第287話 髪は長い友達(その3)

「髪神(カミカミ)の探索を始めて、もう一週間かぁ……」


「あれからなにも見つからないな」


「そうだな」




 どうやら、導師は本当に運がよかったらしい。 

 あれから髪神(カミカミ)の目撃報告すらなく、みんなやる気をなくしていた。

 それはそうだ。

 みんなで、ただ担当しているポイントを見張っているだけなのだから。

 冒険者の中にはすでに見切りをつけた者たちも多く、次第に髪神(カミカミ)探索に参加する人数は減っていた。


「先生、見つかりませんね」


「退屈です」


「見張る以外になにもできないので辛いです」


 アグネス、シンディ、ベッティ他、アルバイトで探索に参加している生徒たちも退屈そうだ。

 若いのによく我慢したとも言えるが、さすがにもう限界であろう。


「新しい目撃報告もない。今日で一旦終わりにしよう」


「賛成!」


 俺が髪神(カミカミ)探索打ち切りを宣言すると、真っ先にブランタークさんが賛成した。


「ブライヒレーダー辺境伯はなにも言わないのですか?」


「言うわけがない。目撃されても、十回に一回くらいしか体液が手に入らないんだぜ。うちのシビアなお館様はそんな夢は見ていないよ。俺の派遣はアリバイ作り。本当、王都のハゲどもも諦めればいいのに」


 随分と酷い言いようだが、こちらも多額の資金を投入しているからな。

 そういつまでも続けるわけにもいかない。

 アグネスたちのアルバイト代に、宿泊費など。

 宿泊費はパウル兄さんが少し勉強してくれたけど、これまでの経費を計算すると、小身の貴族だと頭を抱えるであろう金額になっていた。


「第一、魔法で捕まえられないからな」


 ブランタークさんですら、導師もそうだけど、髪神(カミカミ)を魔法で捕えられないのが大きい。

 髪神(カミカミ)の存在を認識した瞬間、すでに距離が離れてしまっているのだ。

 魔法を発動させる暇もないのだから。


「一応、こんな魔法も作ってみたんですけどね」


 俺は、ブランタークさんに網の目が細かい魔法ネットを見せた。

 暇なので、自分なりに研究をしていたのだ。


「なかなかに精密な出来だが、この手を考えない魔法使いはいないさ」


「ですよねぇ」


 髪神(カミカミ)を魔法のネットで捕える。

 とても陳腐な手段だと言えよう。


「その網を展開する前に、逃げられてしまうからな」


「となると、網を仕掛けるしかないのか……とは言っても、そこに髪神(カミカミ)がやってくる確率は低いですよね」


「運試しの類だな」


 その前に、あちこちに魔法のネットを仕掛け、それを維持していたらいくら魔力があっても足りない。

 俺の魔法のネットの利点は、他の魔法使いが作るネットに比べると網目がとても細かく、色も極力透明にして、とても見えにくくしている点であろう。


「もっと網目を細かくしてみます」


「ここまで細かいと、さすがの髪神(カミカミ)も抜けられないか?」


「えっ? そこで疑問形ですか?」


「髪神(カミカミ)の正体なんて誰も見たことがないからな。噂ではどんな形にもなれて、網目をすり抜けるとか? あくまでも噂、伝承の域だけどよ」


 形を自由自在に変えて、網目を潜り抜ける? 

 もしそれが本当ならば、魔法の出る幕すらないと俺は思ってしまった。


「この網もボツですかね? こうやって頭上に仕掛けて、髪神(カミカミ)が捕まって体液を出した時に備えて、下で壺を持って待ち構えるのです」


 俺は、魔法の袋から取り出した大きめの壺を両手で持ちながらブランタークさんに見せた。


「随分と大きな壺だな。これまでも、一回に採れた体液なんて十人分がいいところだぜ」


 導師が運よく回収できたのが二十ccくらいで、これが一人前くらいだそうだ。

 俺が持っている壺が昔に塩を入れていたもので、満タンにすれば二十リットルくらいは入りそうであった。


「欲をかきすぎだぜ、伯爵様」


「このくらい壺が大きければ、体液を拾うのも楽かなと……」


「髪神(カミカミ)が出たぞ!」


 そんな話をしていたら、少し離れた場所から髪神(カミカミ)が出現したと報告が入った。

 慌てて対応しようとした俺の頭上を一陣の風が舞う。


「また間に合わなかったか!」


 また逃げられてしまったかと頭上を見上げると、なんと上から大量の液体が降ってきた。

 もしや、これは……。


「伯爵様!」


 俺は慌てて対応しようとするも、その前に降ってきた液体はほぼすべて、抱えていたツボの中に入ってしまった。

 急にズッシリと重みがくるが、俺は急ぎ魔法で体を強化して、壺を地面に落としてしまうのを防ぐ。


「急に雨ですか?」


「違うよ、それが髪神(カミカミ)の体液なんだろう。この辺に雨なんて降っていないから」


「偶然すぎるよなぁ」


「ああ……」


 たまたま、試しに網目の細かい魔法の網を作って頭上に仕掛けてみたら、そこを髪神(カミカミ)が通るなんて……。

 俺は思わぬ奇跡により、大量の髪神(カミカミ)の体液を入手してしまうのであった。

 これ、どうしよう?




「しかし、なぜこんなに髪神(カミカミ)の体液が……」


「偶然としか言いようがないな」



 

 目的の品が大量に手に入ったので、これで探索は終了となった。

 一旦パウル兄さんの屋敷に戻り、そこで壺に入った液体の確認をおこなう。

 

「壺に入った時に、重たくて溢すかと思いました」


「ほぼ満タンだからな」


 多分、髪神(カミカミ)の体液は二十リットル近くあるはずだ。

 二十リットルは二万ccなので、一人前が二十ccだとすると千人分という計算になる。

 

「とんでもない量であるな!」


 導師も、壺になみなみと入っている髪神(カミカミ)の体液に驚くばかりだ。


「しかし、どうしてこんなに入手できたのである?」


「偶然だな。間違いなく」


 ブランタークさんの推測によると、俺がたまたま頭上に魔法のネットを掲げていたら、そこを髪神(カミカミ)が通り抜けた。

 髪神(カミカミ)は形を自在に変えるが、俺が試作した網の目が細かすぎて体の水分……つまり体液だけど……を捨てないと通り抜けられなかったから、大量に捨てたのではないかという推論だ。


「なるほど。それで、本物なのであるか?」


「本物ですね……」


「やっほぉーーー!」


 俺たちの近くで、オットマーさんが人目も気にせずに大喜びしていた。

 実験……じゃなくて試しにオットマーさんの頭に髪神(カミカミ)の体液を塗ってみたところ、髪が全体的に太くなり、頭頂部の髪が薄い部分も完全に回復したのだ。

 毛根が死滅した部分にも髪が生えているので、髪神(カミカミ)の体液の効果は本物であろう。

 導師の時は、髪や髭の成長促進しか確認できなかったので、その点だけが心配だったのだ。


「となると、惜しかったな。うちは」


 俺が髪神(カミカミ)の体液を採取した場所は、パウル兄さんの領地側ではなかった。

 もしそうなら三割くらいは権利があったのだから、確かに惜しいかもしれない。


「まあいいか。うちも儲かったから」


 ゴールドラッシュではなく、髪神(カミカミ)ラッシュにより、集まった冒険者たちの宿泊先や食事の手配などで、パウル兄さんもかなり儲けていたからだ。

 

「それに、そんなものをうちのような零細貴族が持っていると面倒そうだ」


 面倒そう……確かに、これから面倒そうではあるな……。

 とにかくも一週間に及んだ髪神(カミカミ)探索を終え、俺たちは無事にバウルブルクへと戻って来た。


「あなた、お帰りなさいませ」


 エリーゼたちが出迎えてくれて、ようやく屋敷に戻ってきたことを実感する。

 みんなの顔を見ようとリビングに移動すると、イーナたちがなにやら相談しているようであった。


「イーナ、なにかあったのか?」


「そんな大したことじゃないけど、髪を切ろうかなという相談していたの」


「えっ? なんで?」


「知らないの? 妊娠すると、栄養が赤ちゃんに持っていかれて髪が駄目になるのよ。赤ちゃんが生まれてから、また伸ばそうかなって話になってね」


「そうなのか」


 正直、初耳だ。

 母親になるというのはなかなかに大変なんだな。

 でも、せっかく伸ばしているのに髪を切るのは勿体ないような……。


「ボクは元々短いから切らないけど、他のみんなはしょうがないよ」


 髪が短いルイーゼを除き、みんな髪を短くする相談をしているのか。


「最近では、私の髪型も勢いをなくし、色艶も悪くなってきたので仕方がありません」


 貴族として髪型には拘るカタリーナですら、段々と状態が悪くなってくる自分の髪には困っているようであった。

 切るのも止む無しという考えに至っている。

 確かに、少し髪の色艶が悪いような……、クルクルロールの勢いも以前に比べると……。

 女性は、妊娠すると色々と大変なんだな。

 子供を産んだことがない俺にはわからない苦労だ。


「ヴェンデリン、髪は出産後にまた伸ばせばいいのだから気にするな」


「そうなんだけど……」


 テレーゼも、髪を短くすることを決めたようだ。

 俺は長い髪型も短い髪型も似合えば好きだけど、みんな一斉に短くしてしまうと寂しいような気がする。


「長いつき合いの髪型ですけど、こればかりは仕方がありません」


 ようやく母親になれるリサからすれば、髪型に拘っている場合ではないというわけだ。


「でもなぁ……」


 俺は、今までの髪型がいいんだけどなぁ。

 でも、荒れた髪のケアが必要になるか。

 ちょっといいシャンプーやヘアケア製品程度で、以前の髪質を保つのは難しいか……いや、待てよ。

 いいものがあるじゃないか。


「じゃじゃーーーん! 今回の成果、髪神(カミカミ)の体液ぃーーー!」


 俺は壺の中から少量の髪神(カミカミ)の体液を手に付けると、それをエリーゼの髪に薄く塗った。

 すると、目に見えて髪の質がよくなっていく。

 妊娠前の美しいエリーゼの金髪が復活した。


「おおっ! いけるじゃないか! じゃあ、次はと……」


「「待てい!」」


 続けてイーナの髪に髪神(カミカミ)の体液を塗ろうとすると、エルとブランタークさんが止めに入った。


「えっ? どうかしましたか?」


「いや、伯爵様。そんな無駄使いは駄目だろう」


「無駄じゃないですよ。エリーゼの髪がこんなに綺麗になったじゃないですか」


 夫としては、妻は綺麗な方がいいからな。

 それに、髪神(カミカミ)の体液は俺が採取したものだ。 

 それをどう使おうと、俺の勝手であろう。


「エリーゼの嬢ちゃんたちの髪の状態は、出産後に復活するじゃないか。その魔法薬は、王国中の髪がもう二度と戻って来ない連中の希望だから、無駄遣いはやめた方がいいって!」


「無駄じゃないですよ、エリーゼたちの髪が綺麗になります」


「だぁーーー!」 


 どうにも、俺とブランタークさんの意見がかみ合わないようだ。

 

「だって、偶然とはいえ俺が採取したものですよ。少しくらいいいじゃないですか」


「伯爵様が、髪神(カミカミ)の体液をそんなことに使ったなんて知られたら、本当に大変だぞ」


「大丈夫ですよ。使ったなんて言わないですから」


 俺が髪神(カミカミ)の体液を採取した事実は外部に知られてしまったが、どのくらい採ったかなんて知られていないのだから。


「第一、顔も知らない人のハゲが治るよりも、エリーゼたちが綺麗な方が俺は嬉しいですし」


「ヴェル、お前は何気に酷いことを言うな……」


 エルが、なぜか俺に呆れている。

 でも、おっさんや爺さんに褒められるよりも、毎日顔を合わせるエリーゼたちの髪が綺麗な方が、精神衛生上よろしいのは事実だ。


「俺もそう思うけど、そういう行動は髪がない、やんごとなき方々を敵に回すから!」


 もしエリーゼたちの髪につけた分の髪神(カミカミ)の体液が減った事実を知られてしまったら?

 そのせいで割を食った貴族たちに恨まれると、ブランタークさんは忠告してきた。


「ブランタークさん」


「なんだ?」


「内緒でお願いします」


「ちくしょう、ろくでもない秘密を抱えてしまったじゃねえか!」


 俺は中断していた作業を再開する。

 イーナに髪神(カミカミ)の体液を塗ると赤い燃えるような髪が復活し、ルイーゼ、ヴィルマ、カタリーナ、テレーゼ、カチヤ、リサと次々と綺麗な髪が復活していく。

 さすがは伝説の魔法薬である。

 というか、もしこれを地球に持って行けたら、金持ちがいくらでも出しそうだな。


「アマーリエ義姉さんもつけますか?」


「私は妊娠していないから大丈夫よ」


「必要になったら言ってくださいね」


「嬉しいけど、ブランタークさんの顔が真っ青よ」


「ちょっとくらいなら、いいと思うんだけどなぁ……」


 エリーゼたちの髪を元に戻した俺は、そっと髪神(カミカミ)の体液が入った壺を魔法の袋に戻すのであった。





「旦那、正面門の方が眩しいな」


「カチヤも、大概口が悪いな」


「女冒険者なんてこんなものだぜ。姉御だって、前は凄かったじゃん」


「否定できませんね……カチヤも少しずつ直しなさい」


「姉御、それは難しい話だなぁ」




 数日後、バウマイスター伯爵邸の前に多くの眩しい方々が集まった。

 その眩しさに目も眩むばかり……俺もカチヤのことは言えないか……。

 リサはあのメイクと衣装にならないと喋り方は普通なので、カチヤに普段の喋り方を直すようにと忠告した。 

 だが本人には妙な拘りがあるようで、やんわりと断られてしまっていたが。


「この数日で、よく集まったなぁ……」


「髪神(カミカミ)の体液は安いものではありません。購入できるのは財力に自信がある者ばかり、自然と大物貴族と大商人に限定されますので、その情報収集能力を侮ってはいけません」


「必ず効く魔法薬を入手し損なわないようにか」


「はい」


 髪神(カミカミ)の体液だから正確には魔法薬じゃないけど、効果は絶大なので魔法薬扱いであった。

 本物の魔法薬は、専門家が調合している。

 知識があれば魔法使いじゃなくても調合可能だけど、最後に魔力を篭める種類の薬もあるので、やはり魔法使いの方が有利だ。

 こうやって、魔道具、魔法薬と、魔法使いのリソースが割かれるから、余計に魔法使いが不足するんだよなぁ。

 もっとも、個人で魔法薬の調合師をしている人は少なく、大半は知識のある魔法使いじゃない調合師を雇って調合工房を開いているけど。

 勿論、調合師のギルドも存在する。

 ただ、魔法薬の類は門外不出のレシピなどもあって完全に秘密主義である。

 魔道具工房よりも目立たなかった。

 ついでに言うと、金になるから毛生え薬はかなりの種類発売されている。

 値段は魔法薬なのでかなりお高いが、効果の方はあるような、ないような?

 毛根が残っていると効く薬もあるので全部がインチキじゃないけど、髪に悩む人々は、色々と購入しては駄目だったという日々の繰り返しらしい。


「私もあとで資料を調べましたが、前に髪神(カミカミ)の体液が入手されたのが、三百二十四年前に二十四名分のみです」


 リサは、地味に過去の古文書の解読なども得意であった。

 昔も同じ言語なんだけど、あまりに古い書籍や資料だと字が達筆すぎたり、崩しすぎたりで、俺たち一般人には読めないケースが多いのだ。

 おかげで、師匠が残した文献の解析は他の仕事が忙しいので後回しにしていたのだけど、妊娠中で動けないリサが解読、翻訳してくれるのでありがたかった。


「停戦よりも百年以上も前なのか!」


 それは、必死になって集まるはずである。

 俺が髪神(カミカミ)の体液を入手したので、それを欲する人々が集まったというわけだ。

 そんな彼らの頭が、日の光でキラキラと輝いているわけだね。

 

「だから、そんな貴重な薬を嫁さんの髪に使うなっての!」


「このくらいの我儘は許してくださいよ。もしかして、ブライヒレーダー辺境伯も密かに髪の悩みが……」


「それはねえよ。伯爵様の不正流用が知られると、うちのお館様も怒られるからだよ」


「不正流用って……俺が採取したものなのに……」


 それにだ。

 エリーゼたちの髪の傷みが回復して、妊娠中でも綺麗な髪型を維持していられるようになったんだ。

 これは素晴らしいことだと俺は思うけどね。


「確かに、髪神(カミカミ)の体液の権利は伯爵様にあるけどな。あの外の連中の血走った目を見ろよ。下手をすると紛争だからな」


 失った長い友を取り戻す。

 そのために、他のライバルたちを蹴散らすことも躊躇わないというわけか……。


「それを聞くと、恐ろしくなってきたような……」


「古代より、金、権力、女、髪で人々は血で血を洗う戦いを続けてきたのである!」


「導師、最後の一つおかしくないですか? あと、髪型は直さないんですね……」


 今日は導師も来ていたが、彼は肩まで伸ばしたキンパツロンゲと、仙人のような髭をそのままにしていた。

 いつものパイナップルカットとカイゼル髭ではないので、エリーゼですら最初は絶句したほどだ。

 というか、俺もブランタークさんもまだ慣れていない。

 朝に挨拶されると、思わずぎょっとしてしまうのだ。

 

「もう一日二日、髪神(カミカミ)の体液の効果が薄れるまでは面倒なのでこのままである。これでも、朝に大分切り落としているのである」


 髪がある人が髪神(カミカミ)の体液をつけると、一週間から十日ほど、髪が過剰に伸びてしまう。

 その期間が終わると状況は落ち着くので、導師はそれまでいつもの髪型をやめていた。

 毎日伸びすぎた髪を切り、ヒゲ剃らないと駄目なので、いつもの髪型にするのが面倒だと思っているのであろう。


「質問!」


「はい、エル君どうぞ」


「髪神(カミカミ)の体液って、相場はいくらくらいなんだ?」


「「「「「……」」」」」


 エルのもっともな質問に、全員が黙り込んでしまった。

 絶対に効果がある毛生え薬、一体いくらなのか見当もつかなかったからだ。


「ええと……古い資料には載っていないのかな? リサ」


「約一千万セントと書かれていました」


「高っ!」


 塗れば、必ず髪が蘇える。

 もの凄い薬だとは思うが、所詮は毛生え薬でしかない。

 なくても命には関わらないのだ。

 それに日本円で約十億円とは、俺には正気の沙汰とは思えなかった。

 購入したのは、間違いなく大物貴族であろう。

 そのお金を領地の産業振興とかに……でも領主はその領地の顔だものな。

 できればフサフサの方がいいと思ったのか?


「もし俺なら、その金額を払うだろうか?」


 こればっかりは、自分の髪が薄くなってみないとわからないよなぁ……。

 今の俺の『髪くらいで……』なんて心情は、持つ者の傲慢さからきているのかもしれないのだから。


「ヴェル、外の眩しい人たちはどうするんだ?」


 かなりの大物貴族たちでもアポなしで集まっているので、屋敷の前のメインストリートが渋滞しているからなぁ……。

 建設工事の邪魔になってしまうか……。


「今回はいっぱい獲れたから、一人前百万セントで売ればいいか」


 それにしても、日本円で一億円だ。 

 普通の人にはまず出せない金額だけど。


「諦めて帰る人もいるだろう」


 この人たちの陳情を全部聞いていたらいくら時間があっても足りないので、俺たちは髪神(カミカミ)の体液を一人前ずつに分けて販売を開始した。

 依頼書を寄越した貴族が最優先だけど、依頼書には値段が書いていなかったからな。

 まあ、同じ金額でいいだろう。

 なんかもう、価格交渉をするのも面倒くさい。

 あと眩しい。


「バウマイスター伯爵、よくぞやってくれた!」

 

「百万セントだと! 安い! 安すぎる!」


「俺は、髪を取り戻すのだ!」


 恐ろしいことに、屋敷の前に集まっていた人たちの中に、髪神(カミカミ)の体液を高いという人は一人もいなかった。

 みんな即金で支払って、すぐに頭に髪神(カミカミ)の体液を塗る。

 すると、どんなツルッパゲでもすぐに髪が復活した。

 何度見ても、恐ろしい効力である。


「よかった! 死ぬ前に髪が戻って本当によかった!」


 八十歳を越えているであろう老貴族までいたが、明日死ぬにしても髪があった方がいいものらしい。

 白髪ながらも見事な髪が復活し、年甲斐もなく喜んでいる。


「ヴェル様、眩しくなくなった」


「ヴィルマ、しぃーーー」


「しぃーーーする」


 集まっていた人たち全員に髪神(カミカミ)の体液を売ると、これで在庫はすべてなくなった。

 偶然で手に入ったものだが、エリーゼたちの髪は綺麗になったし、世の中の髪で悩む人々がかなり救えたのでよかった。

 善行を積んだ気分だな。

 俺も儲かったし。


「ところで導師は、髪神(カミカミ)の体液はどうするのですか?」


「我が家の伝統から考えて、いつもの髪型ができなくなるのは困るのである! よって、万が一に備えてとっておくのである」


 導師本人は、アームストロング家の伝統に従ってパイナップルカットを維持している。

 髪が薄くなってその髪型ができなくなった時のため、髪神(カミカミ)の体液はとっておくつもりのようだ。


「バウマイスター伯爵は、少しくらいはとっておかないのであるか?」


「髪が薄くなったら、その時はその時ですよ」


 などと導師には言ったが、実は髪神(カミカミ)の体液を少しとっておいてあるのは秘密である。

 それにしても、たかが髪、されど髪と思わせてくれる事件であった。

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