第286話 髪は長い友達(その2)

「失った髪を取り戻す秘薬の材料か……大物貴族というのは大変なのだな」




 ようやく父の機嫌が直ったので食事を再開しながら、今回の仕事の内容を説明した。

 情報の漏えいの危険だが、父は貴族なのでそれは察してくれている。

 とはいえ、もう俺が沢山の人を使って大々的に捜索しているし、冒険者の線から漏れるのはどうしても防げない。

 髪神(カミカミ)という生き物がどれほど目撃された地点に居座るかは知らないが、しばらくはパウル兄さんの領地で宿を取る冒険者が多いかもしれなかった。

 必ず効く毛生え薬ともなれば、大物貴族や大商人ならいくらでも金を出すのだから。

 一生遊んで暮らせるお金が手に入るかもしれないとなれば、ゴールドラッシュの如く人が集まってくる可能性が非常に高い。


「うちは稼ぐ機会だな」


 ただし、探しに来た冒険者たちが必ず髪神(カミカミ)を見つけられるとは限らない。

 むしろ、全員が見つけられない可能性の方が高いのだ。

 だが、彼らを相手にするパウル兄さんたちには、髪神(カミカミ)探索者たちへの食事や宿泊先の用意という、地味なゴールドラュシュが発生していた。


「大物貴族ともなれば、人前に出る機会も多かろうからな。髪があった方が見栄えがよくていいのかもしれないな」


 父はそう言うのだが、実際問題、これまで髪が薄かったのに、急にフサフサになったら周りの人はどう思うのであろうか?

 前世だと、植毛とカツラを疑われるケースである。

 会社の上司とか目上の人だと、いかに上手くスルーするかを問われる案件であろう。

 でも自前の髪なら、そこまで気にする必要はないのか?

 そんなことを思いながら、ふと父の頭に視線が行ってしまう。

 とはいえ、父は別に髪に不自由していない。

 少し白髪が増えていたが、それは染めれば済む問題だからだ。


「ヴェンデリン、別にその秘薬は提供してくれなくてもいいぞ……」


 俺からの視線に気がついたのか。

 父は、俺に釘を刺した。


「我がバウマイスター家の家系で髪に困る者は少ない。特になんの取り得もない一族だが、それだけは自慢できるな」


 バウマイスター一族で、髪が薄くなったりハゲる人は少ないようだ。

 エーリッヒ兄さんとかも、髪はサラサラだものな。

 でも、それはありがたいかもしれない。

 この世界の貴族は髪が薄くなったからといって、坊主にして誤魔化すという手段が使えないからだ。

 貴族が坊主頭にすると、あきらかに場違いというか、似合わないというか、常識がないと思われるからだ。

 貴族の中にはカツラをつけている人がいるのだけど、技術力の問題で、誰が見てもカツラだとわかってしまう。

 それを表立って口にしてバカにする貴族は少ないけど、その人がいない場所では笑い話にされてしまうことが多い。

 悪口をたまたま本人に聞かれてしまい、決闘になってしまったことが、過去にはあったそうだ。

 そんなわけで、金のある貴族は長い友達である髪を求めて色々と努力するわけだ。

 変な魔法薬に引っかかって、詐欺に遭う人も定期的に発生するそうだが。


『背が伸びる薬、痩せる薬、精力剤、胸が大きくなる薬、この辺は疑ってかかった方がいいですね』


 エリーゼは、俺にそう教えてくれた。

 あきらかに胡散臭いのに、夢のような効能を話されると、つい大金を出してしまう人が多いのだそうだ。

 これも、人間の悲しい性というか……。

 世界は違えど、こういうのに引っかかってしまう人は一定数存在するわけだ。


「その前に、その髪神(カミカミ)というのは本当に捕まるのか?」


「ええと……どうなのでしょうか?」


 俺は、父からの質問の返答に窮してしまう。

 その後は母も混じって、エリーゼたちの状況などについてなど話をしたので、誰も髪神(カミカミ)についての話をしなくなった。

 結局人は、実際に見たものしか信用しないのだなと、俺は密かに悟ってしまうのであった。





「先生、見つかりませんね」


「シンディの幸運でも駄目か……」




 二日目の捜索も始まるが、髪神(カミカミ)とやらは影すら見つけられなかった。

 幸運を呼ぶ少女シンディの実力をもってしても、そのヒントすら掴めない。


「伯爵様、見つけられないな」


 ブランタークさんもやる気なさげだ。

 目撃されてから捜索しても見つかる可能性は少ないし、ブランタークさんは早く娘の元に戻りたいと思っているのかもしれない。


「最低でも三日くらいは探さないと、アリバイにならないのですよ」


「無駄な出費……でもないか……貴族社会では……」


 俺は大物貴族なので、彼らに対しそれなりに配慮する必要がある。

 たとえ髪神(カミカミ)が見つけられなくても、ちゃんと手間暇をかけて探したという誠意が必要というわけだ。

 勿論、俺の不甲斐なさを非難する貴族もゼロではないけど、なら自分で探せってんだ。


「ヴェル、生徒たちがダレてきているぞ」


 アルバイトをさせている冒険者予備校の生徒たちを統率しているエルが、俺にそう報告してきた。

 決められた場所を監視し、他の狩猟採集行為が禁止されているので、集中力が途切れてきているのであろう。


「なんとか、明日まで保たせてくれ」


「完全な骨折りだな、早く終わらせて……」


 エルがそう口にした瞬間、突然風が舞って俺の顔の横をなにかが高速ですり抜けたような感覚を覚える。


「伯爵様?」


「ブランタークさんも感じましたか?」


「ああ」


 今、まったく風が吹いていない状態だった。

 それなのに、局地的に俺たちは風となにかの気配を感じた。

 つまり……。


「髪神(カミカミ)か?」


「そうだろうな」


 あくまでも推定でしかないけど。

 そしてその髪神(カミカミ)らしき気配だが、もう感じない。

 とてつもない高速で、俺とブランタークさんの間をすり抜けたのであろう。


「伯爵様、『探知』にも引っかからないぞ」


「俺も駄目です」


 どうして魔法使いが髪神(カミカミ)の捕獲になかなか成功しないのか、俺はようやく理解した。  

 魔法の『探知』に引っかからず、あまりに素早いので、魔法の発動前に範囲外に移動してしまうからだ。


「こんなのどうやって捕えるんだ?」


「髪神(カミカミ)の動きを予想して、そこに罠を張るとか?」


「今の時点で、どこにいるのかわからないのにか?」


 ブランタークさんから、魔法で罠を張るという策を否定されてしまった。

 確かに、仕掛けた場所に必ず髪神(カミカミ)がやって来る可能性もないし、魔法で罠を張ると、罠の維持で大量の魔力を使ってしまう。

 多くの場所に罠を仕掛けようにも、候補が多すぎて物理的に不可能だった。


「そもそも、すでにどこにいるのかわからないじゃないか」


「そうだよな……」


 エルの指摘がもっともだと思っていると、森の奥から配置した生徒たちの声が聞こえてきた。

 どうやら、髪神(カミカミ)はそこまで移動したらしい。


「行くぞ!」


「伯爵様、もう行っても遅いんじゃないのか?」


 ブランタークさんから指摘されて、俺は気がついた。

 確かに、今から生徒たちが騒いでいるポイントに向かっても、絶対に間に合わないはずだと。


「こんなの、どうやって捕えればいいんだ?」


 まず不可能だなと思っていると、そこに同じく髪神(カミカミ)探索に参加している導師が姿を見せた。


「バウマイスター伯爵、たまたまだが髪神(カミカミ)らしき気配を感じたのである!」


「導師もですか。俺たちも気配くらいは……って!」


 俺たちが導師を見ると、そのあまりに異形ぶりに声が出なくなってしまった。


「導師?」


「勘で拳を入れてみたが当たらず、だが髪神(カミカミ)の怒りを買ったようである! ご覧の有様である!」


 髪神(カミカミ)は、噂の体液攻撃を導師に向けておこなったらしい。

 導師は普段剃っている頭全体から無駄にサラサラな髪が腰まで伸び、同時にヒゲにも効果があるようだ。

 まるで仙人のように豊かなヒゲを蓄えていた。


「導師、不気味だな……」


「まったく、これが本来髪やヒゲが生えない場所に生えでもしたらとんだ迷惑だったのである!」


 髪神(カミカミ)の体液を浴びた導師の髪とヒゲは豊かになったが、それは貴重な体液を無駄遣いしてしまう結果となってしまった。 

 じゃあ、髪神(カミカミ)の体液を有効活用できるかと問われると、それも難しいのだけど。

 ただ、探索二日目にして髪神(カミカミ)が実在することだけは確認できたのは……成果なのかな?






「なるほど……これはなかなかに……」


「ヴェル、本当に効果あるんだな」


「凄いよなぁ、フサフサで」


「まったく、酷い目に遭ったのである」




 二日目の探索を終えて宿に戻ると、俺、エル、ブランタークさんはロンゲ、仙人ヒゲとなってしまった導師を観察しながら、髪神(カミカミ)の体液は本当に効果があるのだなと、感心していた。


「綺麗な髪だな……」


 エルの意見にみんな賛成だけど、導師が女性のように綺麗な金髪を伸ばしていても、ただ不気味である。

 事実、この屋敷に戻るまでに、導師を見た子供たちが悲鳴と泣き声をあげ、大人たちは驚いて家の中に逃げ込み、失神した老人までいた。

 俺たちは、普段の導師の髪型は十分に迫力があると思っていたが、実は一番穏便な髪型でもあることに、今になって気がついた。

 金髪ロンゲの導師、ハッキリ言ってちょっと怖かった。

 ヒゲも仙人のように生えていて、そのアンバランスさで余計に怖さが増幅するのだ。


「導師、髪を切らないのですか?」


「探索を終えるまで待つのである。また体液をかけられる可能性があるのである!」


 そんな奇跡のような確率……導師ならあり得そうなので、俺たちも無理に髪を切れとは言わなかった。


「少し揃えておきますね」


 それでも、パウル兄さんの奥さんがハサミで髪を整えてくれた。

 おかげで、少しはマシになったかもしれない。

 最初にパウル兄さんの奥さんが導師を見た時、あきらかにビクっと驚いていたから。

 ああ、でももう見慣れたのかもしれないな。

 髪を切ってくれたということは。

 だが俺の甥たちは、仙人導師を見て泣いていた。

 このままトラウマにならないことを祈るのみだ。


「おのれ髪神(カミカミ)め! いたいけな子供を泣かせおって!」


 導師が一人、髪神(カミカミ)に敵意を燃やしているが、なんだろう?

 間違ってはいないが、どこか言いがかりなような気もしてしまう俺もいた。


「それでも、少しだけ体液を集めたのである!」


「凄いですね」


 ロンゲ、仙人ヒゲの導師は、自分の身に降りかかった髪神(カミカミ)の体液を集めていた。

 導師の髪とヒゲを伸ばすのに使われてしまい回収できた量は少ないが、とんでもない貴重品である。

 一人分の髪を回復できる量はあるので、あとで厳しい獲得競争がおこなわれるであろう。


「効果てきめんだものなぁ……」


 エルは、ロンゲ、仙人ヒゲの導師を見て、髪神(カミカミ)の体液の効果が本物であることを信じた。

 俺も最初は眉唾ものだと思っていたけど、実際に効果があるのを見てしまうとなぁ……。

 もし地球に髪神(カミカミ)がいたら、軍隊を投入して探す人が出そうだ。


「明日以降も、導師が活躍すれば髪神(カミカミ)の体液が手に入るわけだ」


「いや、某が髪神(カミカミ)の体液を手に入れたのは、本当に偶然である」


 導師はエルに対し、明日も同じように髪神(カミカミ)の体液を手に入れてくださいと言われても困る、と答えた。


「魔法で捕縛しようにも、そう思った時にはいないのである」


 そう、いくら魔法の準備をしても、唱える前に範囲外に逃げているから性質が悪い。

 明日も、捜索はしたというアリバイだけ稼いで終わりだろう。

 髪神(カミカミ)を捕えるなんて、本当に雲を掴むような話なのだから。


「バウマイスター伯爵、陛下がこの薬を欲っしなくて助かったのである」


「それは、俺も考えましたけどね……」


 陛下は髪に困っていないから大丈夫だろう。

 その日は明日に備えて早めに寝てしまったが、翌朝、再びロンゲ、仙人ヒゲの導師を見てしまい、朝から心臓に悪かった。

 寝ている間に、つい導師の髪とヒゲのことを忘れてしまっていたのだ。

 俺の甥たちなどは、再び導師を見て泣いてしまう有様だ。


「しかも、一晩でかなり伸びている……」


 髪もヒゲも、昨晩より十センチ以上は伸びているはずだ。

 

「恐るべき効能ですね……」


「某には元々髪があるので、うっとうしいだけである!」


 朝食後、導師はパウル兄さんの奥さんにまた髪を切ってもらっていた。

 しかし、このままで導師は大丈夫なのだろうか?

 髪やヒゲはタンパク質だと聞いたことがある。

 つまり、導師の髪とヒゲの伸びが異常に早い分、自慢の筋肉が減って最終的にはガリガリになるとか?

 もしくは、薬の効能が切れると髪の伸びに限界がきてハゲになる?

 その可能性を考えると、俺は自分が髪神(カミカミ)の体液を浴びなくてよかったと、内心で思っていた。

 エルとブランタークさんも、同じ気持ちだと思う。


「(でも、導師の筋肉が痩せ衰えたようには見えないか……)」


 その髪はどこからきたのかと思ったが、髪神(カミカミ)の体液はある種の魔法薬だから、物理法則を無視するのかもしれないな。

 導師は肉を沢山食べるから、そこからきているのかもしれないけど。


「今日で終わらせようと思ったんだけどなぁ……」


 なまじ、導師が偶然でも髪神(カミカミ)の体液を手に入れてしまったのがよくなかった。

 パウル兄さんの領地で宿を求める冒険者の数が徐々に増えていき……。


「(お館様、もう何日かは捜索をされた方がよろしいかと……)」


 ローデリヒから、魔導携帯通信機で連絡がきた。

 大物貴族から『もっと探してほしい』という圧力がきたらしい。

 しかしこんなことで、バウマイスター伯爵家がこれまでにないレベルの圧力を受けるとは……。

 髪とは本当に恐ろしいものだ。


「俺は、髪が薄くなったら頭を剃ろうかな?」


「それは駄目なんじゃないのか? バウマイスター伯爵的に言うと」


 そう言われると、坊主頭の貴族っていないよなぁ……。

 でも、常に帽子を被ったり、誰にでもわかるカツラをつけるのもどうかと思うし……。

 貴族たちもそう思うからこそ、俺への圧力が凄いんだろうけど……。


「それで、どうするんだ?」


「根気よく見張る!」


「しかないよなぁ……」


 パウル兄さんの領地側の森では、最近髪が厳しいオットマーさんが領民たちを動員して、森中に網や罠を仕掛けていた。

 髪神(カミカミ)はそんなに罠に引っかからないからこそ、なかなか捕まらないんだけどなぁ……。

 よく見ると、オットマーさんと同じく髪が薄い参加者が多いから、みんな必死なのであろう。


「もっと網と罠を増やすんだ! 見張りも厳重に、どんな些細な変化も見逃すな!」


 パウル兄さんの従士長であるオットマーさんは、その経験と地位を生かして必死に髪神(カミカミ)を捕えようとしていた。


「あの……パウル兄さん?」


 俺は、オットマーさんを見ながら溜息をついているパウル兄さんに声をかける。


「あいつ、本当に必死なんだよ。領民たちに髪神(カミカミ)の体液が手に入れば巨万の富を得られると煽ってさ。俺にも、開発資金が手に入りますって……」


「参加者の髪の量が……その……」


「あわよくばだろうな……」


 表向きにはもっともな理由であったが、オットマーさんもやる気を出している領民たちも、薄くなりつつある髪を取り戻すために必死なのが誰にでもわかった。

 そんなことはわかっているけど、可哀想だから誰もその事実を指摘しない。

 人の優しさってやつだな。


「俺も、この件だけはオットマーになにも言えないよ。なんか怖そうだし……」


 パウル兄さんは、髪神(カミカミ)祭りが終わるまでは仕方がないと諦め顔だ。


「たかが、毛生え薬のような気がしないでもないけど……」


 エルはそう言うが、それは俺たちが髪に困っていないからであって、ない人からすれば切実な問題なのだから。

 それと、エルは発言に気をつけた方がいいと思う。


「エルヴィン! たかが毛生え薬ではないのだ! 必ず髪を取り戻す奇跡の魔法薬、これが手に入れば、バウマイスター準男爵領は必ずや大きく発展する! 高値で売れるからな、まあ……念のためにちょっとは使ってみるつもりだけど……実際に効果を試さないと売れないからな……とにかくだ! 将来はバウマイスター伯爵家の重臣になるであろうエルヴィンが、そんな考えなのはよくないぞ!」


「はあ……」


 エルはオットマーさんに捕まってしまい、長々と説教を受けてしまうのであった。

 それにしてもこの騒動は、いつ終わるのであろうか?

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