第284話 ヴェンデリン先生、実戦指導をする

「バウマイスター伯爵、新しい遺跡が呼んでるのであるな」


「呼んでいるって……そう思っているのはお前だけだと思うぞ」


「勿論そうであるが、バウマイスター伯爵にも利益があるのであるな」


「そこは否定しないんだな……しかし急にやる気を出したな」





 エリーゼたちが安定期に入った頃。

 いつものように俺たちが一緒に朝食をとっていると、そこに魔族の考古学者アーネストが姿を見せた。

 一緒に食事をしようだなんて珍しいこともあるものだなと、急ぎ彼の分も準備させると、その席で新しい地下遺跡の探索について話を始めた。

 これまでは、ニュルンベルク公爵領にいた頃に探索した分も合わせ、その論文の執筆に大忙しだったのだが、それもようやく終わって新しい地下遺跡の探索を始めたいようだ。

 スポンサーである俺に対し、熱心にその位置などを解説し始める。


「エリーゼたちが産休中だから延期だな」


 せっかくのお誘いだが、完全に戦力不足である。

 今の俺が手薄なパーティで冒険者としての仕事をしようとしても、まずローデリヒが許可を出さないので無理だ。


「おおっ! なんたるアクシデントなのであるな。だが、この地下遺跡は安全なので、それほど戦力はいらないはずなのであるな」


 アーネストが探索を希望する地下遺跡の位置は、確かに魔の森の中ではなかった。

 いまだ開発の手は入っていない、バウマイスター伯爵領にはよくある広大な平原の地下にあると、彼が地図を指差しながら言う。


「エリーゼたちの産休が終わるまで待ちな」


 エルが、地下遺跡の探索はしばらく中止だとアーネストに伝えた。


「まったく、ようやく奥方たちに子供ができたと思ったらほぼ一斉にとか。多少は家族計画を立てるべきであるな」


「こっちにも事情があるんだよ」


 バウルブルクより北には、俺に沢山子供が生まれてほしいと願うオジサンとジイサンたちが沢山いるんだ。

 なにより、常にアーネストの希望に添えるわけではないのだから。


「しかしながら、さすがは先祖返りであるな。」


「先祖返り?」


 俺が首を傾げると、アーネストは古代魔法文明時代に存在した人工魔法使いについて語り始めた。

 性行為によって異性の魔力量を増やし、産ませた子供やその子孫もかなり先の代まで魔法使いになる。

 この技術のおかげで、古代魔法文明時代には多くの魔法使いたちが存在したのだと。

 そして、俺がその人工魔法使いの先祖返りだとアーネストが言うのだ。

 もしそれが本当だとしたら、どうしてこいつは今の今までそんなに重要な情報を俺に教えなかったのか?

 『もしや、なにか企んでいるのでは?』と疑いの目を彼に向けてしまった。


「そんな話は初耳だし、俺に子供ができたのと、その人工魔法使いとやらになにか関係があるのか?」


「当然であるな。そういう性質を持つ人工魔法使いには女性が多く集まり、多くの子供が生まれて魔法使いの数が増える。それを狙っての人工魔法使いなのであるな。人間という生物の性を利用した、効率のいいシステムであるな」


「人間の性ねぇ……」


 優れた魔法使いに、多くの女性が集まってハーレムが作られる。

 そして、自然と子供も沢山生まれるわけか。


「そうであるな、エルヴィン殿。優秀な魔法使いは稼げるから、沢山の女性が集まって子供を産もうとする。人間も動物の一種なので当たり前であるな」


「実も蓋もない話だな……」


 知ってはいたけど、聞きたくもなかったとばかりにエルが渋い顔をした。

 アーネストの説明によると、周りに女性が増えるのは人工魔法使いの宿命なのだそうだ。

 人間のというか、全生物の性かもな。

 女性も安全に子供を産んで育てようとすれば、生活が安定する裕福なパートナーを探そうとする。

 『貧しくても愛し合っていれば』とか、前世ではよく聞いたけど、やっぱり金持ちには女性が多く集まるのが現実だ。

 この世界にいると、そんな現実をまざまざと見せつけられてしまうケースは多かった。

 一部の例外のせいで、たまに俺の心は大きく揺さぶられるのだけど。

 

「その人工魔法使いという存在は理解できたが、そういう重要な情報はもっと早く教えてくれよ」


「聞かれなかったから仕方がないのであるな」


「元々知りもしない情報を聞けるか!」


「そこは、想像の翼を羽ばたかせてほしかったのであるな」


 一欠けらも悪気がなさそうに語るアーネストに、『そういえば、こいつはこういう奴だったよな』と心の中で納得した。

 きっとニュルンベルク公爵も、俺と同じような苦労をしたのであろう。

 その点についてだけは、彼に同情できる。


「つまり、生まれてくる子供はみんな魔法使いになるのか?」


「個人差はあるのであるが、どんなに少なくても中級以上の魔力は持って生まれるのであるな」


 俺と子供を作ると、生まれてくる子供は全員魔法使い。

 そんな予感はしていたが、それが実際にわかると逃げ出したくなる。


「ちなみに、その話を誰かにしたのか?」


「ニュルンベルク公爵だけにはしたのであるな。彼が外に漏らしたかまでは我が輩の関知するところではないのであるな」


「そうかよ……」


 本当に、こいつはいい根性しているなと俺は思ってしまう。


「その話は、他の人にするなよ」


「我が輩は生物学者や医学者ではないので、意図的に外に漏らす必要もないのであるな。我が輩が世間に発表するのは考古学で、医学や遺伝学ではないのであるな」


 自分の専門分野外なので、あまり興味がない。

 あくまでも、前に人から聞いた話だという態度をアーネストは崩さなかった。

 人というか、魔族の国で他の魔族から聞いたのであろうが。


「で、人工魔法使いと、新しい地下遺跡探索との関連は?」


「我が輩、暇になると、余計なことを口走るかもしれないのであるな」


 大好きな研究のためとはいえ、スポンサーを脅すとは……。

 やはりこいつは、いい性格をしている。


「……口止め料代わりに、地下遺跡の探索を手伝おう」


「毎度ありなのであるな」


 毎度ありかぁ……。

 アーネストの専門は考古学なので、間違ってはいないのか。

 相変わらず危ない奴だが、地下遺跡の研究で静かになるのだから安いものである。

 それにしても、アーネストの研究のためなら手段を選ばない性格は恐ろしい。

 どうにか長期間、バウマイスター伯爵領で生活をしてもらわないと……となると、やはり地下遺跡発掘を手伝うしかないのか……。

 なにかしらの利益になるだろうから、引き受けることに抵抗があるわけではないけど。


「でもよ、戦力がないぜ」


 この日はエルとハルカも一緒に朝食を食べていたが、そういえばエル以外で戦力になる人間がいない。

 ハルカも妊娠中なので、連れて行くわけにはいかなかったからだ。


「ブランタークさんを呼ぶにしても……」


 俺、エル、ブランタークさん、そしてアーネスト。

 戦力的には十分だと思うのだが……。


「なんか、野郎ばかりでむさ苦しくないか?」


「そうだな……」


 ここで講演活動に忙しい導師を誘ったとしても、やはり余計にむさ苦しくなる。

 安全度は確実に増すが、導師とアーネストは相性が悪いという事情もあった。

 共に『いい性格』をしているため、近親憎悪のような感情を抱くのであろう。


「地下遺跡の調査はバウマイスター伯爵家で行うんだから、冒険者予備校の生徒たちの中から優秀なのを連れていけば? いい経験になるだろう」


「それは、俺も考えたけどな……」


 絶対に安全な地下遺跡など存在するはずもなく、そこに未成年者を連れて行くのはどうかと思うのだ。

 もしなにかあれば責任問題になってしまうし、貴族のゴリ押しは世間の外聞も悪くなってしまう。


「ちゃんと報酬を出せば、その手の批判はかわせるだろう。優秀なのを厳選すればいいじゃないか。冒険者なんだし、そのくらいの危険は織り込み済みのはずだ。あんまり過保護なのもどうかと思うぞ」


「我が輩もその意見に賛成であるな。どうせ、連れて行くのはあの三人の娘っ子たちであろう?」


 アーネストの奴、普段はまったく外に出ないくせに、予備校の生徒たちをよく知っているじゃないか。

 アグネス、シンディ、ベッティは、すでに現役の冒険者に引けを取らない実力を有している。

 なにより魔法使いなので、地下遺跡探索に同行させるのに十分な実力があった。

 

「我が輩でも魔力を探れるのであるな。その三人は、人間にしてはなかなかの魔力を持っているのであるな」


 年齢も若く、まだ魔力も成長途上にある。

 連れて行っても、そうおかしいとは思われないはずだとアーネストが太鼓判を押した。


「本人たちに直接聞いてみるか……」


「それが一番なのであるな」


 次の日の放課後。

 早速俺は三人に対し、地下遺跡探索のアシストをする気があるか訪ねてみた。


「是非、参加したいです」


「未成年なのに、これはチャンス」


「先生もいるし、安全ですね」


 アグネスたちは躊躇うことなく俺からの要請を受け入れ、すぐにアーネスト、エル、ブランタークさんと共に現地へと飛ぶのであった。





「先生、地下遺跡がありません」


「埋まっているからだよ」


「どこだろう?」



 俺たちは現地に到着し、ベッティーが地下遺跡があるとされる草原を見渡していた。

 残念ながら地下遺跡の痕跡すら見つからないが、もしなにかヒントがあれば、俺が子供の頃に見つけていたはずだ。

 地下遺跡はアーネストの情報どおり、完全に地下に埋まっているのであろう。


「この辺を掘るのが正義なのであるな」


 地下遺跡なので、まず発掘をしないといけない。

 俺はアグネスたちと共に、土魔法で地面を掘って地下遺跡の痕跡を探し始める。


「頑張るのであるな」


「アーネスト、お前も手伝えよ」


「調査への気力を残しているのであるな。あとは、娘っ子たちに任せるのであるな」


 トンネル並に苦労するかと思ったが、地下遺跡入り口の発掘作業は一時間ほどで終わった。

 運よく、すぐに入り口があるポイントを見つけられたからだ。


「先生、地下遺跡の入り口を掘り当てました」


「よくやったな、シンディ」


「えへへ、先生に褒められました」


 シンディは運がいいようだ。

 大体の場所しかわからない地下遺跡の入り口を、わずかな時間で掘り当てるのだから。

 冒険者には運も必要なので、彼女は冒険者に向いているのかもしれない。


「なんか、ボロいのな……」


 ブランタークさんが、期待薄といった表情を浮かべた。

 彼の勘と経験に基づく予想なので、残念ながらお宝は期待できそうにないな。

 俺たちは掘り当てた入り口から、『探知』で探りながら地下遺跡の中に入る。

 先頭のエルは、カビ臭い地下遺跡の空気に顔を顰めた。


「残念なのであるな。中は全滅なのであるな」


 この地下遺跡は、ハッキリ言ってハズレであった。

 トンネルのように高度な『状態保存』がかかっておらず、中はボロボロで朽ち果てている。

 なにがあったのかわからないほどの荒廃ぶりだ。


「それでも、なにかあるかもしれないのであるな。すべてを探索するのであるな」


 全員で半日かけて地下遺跡内を探索するが、一万年の歳月とは残酷である。

 中にあった品は、腐るを通り越して埃やカビとなっていた。

 地下遺跡とは、本来こういうものがほとんどなのだそうだ。

 これまでの俺たちは運がよかった……悪かったとも言えるけど……。


「たまには、こういうこともあるさ」


「この建築様式と、壁面の文様については……」


 こんなにボロい遺跡でも、考古学者であるアーネストからすれば黄金に等しい価値があるようだ。

 ルーペで壁面の半ば崩れ去った装飾を確認しながら、一人熱心にメモを取っていた。


「なにもないじゃないか」


「俺は早く帰れるから別にいいけど」


 今朝からテンションが異常に低いブランタークさんは、地下遺跡がハズレでも残念そうな顔をしていない。

 あきらかに早く帰りたそうな表情をしていた。


「子供が生まれると違うよな。ブランタークさんが家に帰りたいなんて。以前なら、歓楽街に直行していたのに」


「エルヴィンも子供が産まれるってのに、下品な物言いは嫌だね。歓楽街って……」


「ブランタークさん、急にそういう風に言われると、逆に怖いけど……」


 究極の独身主義者から、生まれた娘が可愛くて仕方がないマイホームパパになってしまったブランタークさん。

 そのあまりの変わりように、エルは本気で引いていた。


「フランツィスカへのお土産がないのは残念だな」


 ブランタークさんの子供は娘であった。

 奥さんは、『跡取り息子でなくてすみません』と言ったそうだが、ブランタークさんはまったく気にもせずに可愛がっているそうだ。

 婿を取るという選択肢もあるので、本当に気にしていないのであろう。


「じゃあ、俺の子供と結婚させます?」


「はあ? エルヴィンはなにを言っているんだ?」


 ブランタークさんは、エルの冗談に本気で顔を顰めさせる。

 どうやら婿を取るとか以前に、まだ娘を嫁にやるという考え自体に至っていないようだ。


「家の存続のためには止む無しだが、俺が認めた男しかフランツィスカの婿として認めないぞ。エルヴィンの子供は、親の性質を受け継いでいそうだからヤダ。女遊びとかしそうだしな」


「ブランタークさん、よく人のことが言えますね……」


 自分に女遊びを教えたのはブランタークさんなのに、娘ができたら途端に手の平を返した。

 エルからすれば、わけがわからない裏切りに見えるのだと思う。

 でもなエル、世の中の人はそうやって心に棚を作るものなのだ。

 ダブルスタンダードともいうか。


「俺は真面目な男なんだ」


「俺も真面目ですよ」


 二人の間でトンチンカンな会話が続いている間も、アーネストは崩れた壁の装飾の分析に忙しい。

 そして、俺が連れてきたアグネスたちは……。


「あれ? いないな」


 どうやら、他の場所に行ってしまったようだ。

 ここは退屈だったらしい。


「ブランタークさん、ちょっと三人を探して来ます」


「娘っ子たちには退屈だったのかな? ここには罠もないし、魔物もいないから、別に構わないけど」


 ブランタークさんたちがいる部屋を出て広い廊下を歩き、すでに探索を終えている一番奥の部屋へと向かう。

 その部屋は広かったが、いくら調べてもなにも見つからなかった。

 昔はなにかあったのかもしれないけど……。


「アグネス、シンディ、ベッティ。なにか見つけたのか?」


「いいえ、なにかあったらいいなと思いまして……」


 アグネスが代表して答えるが、ただ退屈して、なんとなしに地下遺跡を散歩していただけのようだ。


「冒険者を襲う高度な罠、迫り来る古代魔法文明時代の遺産ゴーレム、大量のお宝。全部ありませんでした」


「そういうこともあるのさ……というよりも、こういうパターンの方が多い。勉強になっただろう? ベッティ」


「同じ勉強になるにしても、もう少しなにかあった方が……」


 大陸中で古代魔法文明時代の遺跡は見つかっているが、すべてにお宝があるわけではない。

 このように、完全なハズレの遺跡も一定数存在しているのが普通であった。


「今回は運がなかったな。アーネストが調査を終えたら帰るとしようか」


「そうですね」


「成人したら、もの凄い地下遺跡を見つけるぞーーーって、シンディはなにをしているの?」


 珍しく俺と話をせず、俺たちに背中を向けて壁をいじっているシンディに、ベッティが声をかけた。


「この壁の装飾が崩れていて、その中に綺麗な玉が。もしかして、お宝!」


「どれどれ」


 シンディが見つけた玉を俺たちに見せようと、埋まっている壁を魔法で壊し始めた。

 露出した部分が増えたので、壁から引き出そうとして玉に触れるのと同時に、突然地下遺跡が揺れてシンディの前にある壁が上にせり上がっていく。

 どうやらシンディが見つけた玉は、隠し部屋を開けるスイッチだったようだ。


「先生、なにか動きましたよ!」


「どれどれ。ああ、これは……」


 壁に埋め込まれた玉は、隠し扉を開ける特殊なスイッチであった。

 魔法使いが魔力を送ると、それに反応して隠し部屋への扉が開く仕組みになっていたのだ。

 魔法使いが魔力を送らないと発動しないし、なかなか『探知』にも引っかからない種類の魔道具なので、アーネストも気がつかなかったようだな。


「シンディの運は、神がかっているな……」


 スイッチの玉は、壁に掘られた小さな像に埋め込まれており、もし壁が経年劣化して崩れていなければ、誰も玉の存在に気がつかなかったはずだ。

 しかも、魔法使いが触らないと玉は反応しない。

 この地下遺跡の入口を見つけた件といい、シンディは本当に運がいいと思う。


「さてと、奥の部屋は……ゲッ!」


 隠し部屋はかなり広く、その奥には金色の輝きが見える。

 お宝部屋であり、大量に金貨や宝石、高価なアクセサリー、装飾された剣、美術品などが見えた。

 部屋の状態も悪くない。

 どうやらこの地下遺跡の持ち主は、一番大切なこのお宝部屋のみを厳重に保管していたようだ。


「凄い!」


「お宝だぁーーー!」


「やりましたね!」


 三人は大喜びであったが、その前には全長三メートルほどのドラゴンの金属像が置かれていた。

 これに見覚えがあった俺は、瞬時に意識を戦闘モードに切り替える。


「三人とも、『魔法障壁』を用意だ」


 俺はすぐ、アグネスたちに戦闘態勢に入るように命令した。


「えっ? どうしてですか?」


「だって、あのドラゴンの像は……」


「お宝の一つですよね?」


「いいや、あれは正真正銘、お宝の守護神さ」


 俺がそう言った直後、ドラゴンゴーレムが咆哮をあげ、俺たちはそのままなし崩し的に戦闘へと突入するのであった。





「性能的には、帝国でニュルンベルク公爵が使用した量産タイプと大差ないな……」


 ドラゴンゴーレムとの戦闘が始まったが、俺はまだ攻撃を開始していない。

 アグネスたちも含めて『魔法障壁』を展開し、相手の出方を待った。

 ついでに、ドラゴンゴーレムの戦闘能力解析も行っている。


「体が小さい分、装甲に混ぜてあるミスリルの比率は少し高め。ブレスの威力は低めだが、小回りが利くな」


 小型のドラゴンゴーレムは、これまでに対峙したドラゴンゴーレムに比べると機動力が高い。

 低空を飛行しながらその爪で俺たちを切り裂こうとしたり、滞空したままでブレスを吐いてきた。


「エネルギー源は、あの台座か……」


 派手に攻撃を加えると、一定の間隔で台座の上に座る。

 機動と攻撃で使用した魔力を、あの台座に設置された魔晶石で回復させているのであろう。

 まるで携帯電話の充電器のようである。

 

「ヴェル!」


「伯爵様……って! どうしてでこんなのがいるんだよ?」


 ドラゴンゴーレムの騒音と魔力に気がついたブランタークさんとエルが、慌てて飛び込んで来た。

 

「アーネストは?」


「あの程度の玩具、バウマイスター伯爵なら余裕だから、調査を続けるって」


「あの野郎……」


 確かに、この程度のドラゴンゴーレムに負けるはずはないが、スポンサーを助けもしないで調査を続けるとは……。

 本当にいい度胸をしている魔族である。

 

「新人たちは駄目か?」


「まあ、無理もない」


 二人は、突然動き出したドラゴンゴーレムに怯えているアグネスたちを見て、納得したような表情を浮かべた。

 普通の冒険者の大半は、現役時代に一回もドラゴンゴーレムに遭遇できない。

 それが、成人前に遭遇して襲われているのだ。

 いくら才能がある魔法使いでも、最初は大きく動揺して対応できないのは当然であった。

 実戦経験は、実際に経験しないと積めないのだから当然だ。


「俺たちで倒すか?」


「いいえ。アグネス!」


「はいっ!」


 とはいえ、せっかくの機会だ。 

 俺が大声でアグネスを呼ぶと、ようやく彼女は恐慌状態から脱したようだ。

 シンディとベッティと共に、俺の方を向いた。


「三人でやれば勝てる相手だ。俺たちが倒してもいいが、やれるか?」


 アグネスたちが三人で協力して戦えば、あのドラゴンゴーレムは勝てない相手ではない。

 だが、初めての実戦で怯えがあるのも事実だ。

 それにまだ未成年なので、無理をする必要もない。

 戦うも戦わないも、本人たち次第というわけだ。


「やります!」


「先生だって、私と同じ年齢の時に骨竜を倒したんです! いけます!」


「あんなガラクタ! 魔法でぶっ飛ばしてやります!」


「その心意気やよし! 最低限の支援はするが、助けはないものと思って戦ってほしい」


「「「はい! 先生!」」」


「講義の内容を思い出すように」


 三人は、一番年齢が上のアグネスがリーダー役となって、小型ドラゴンゴーレムとの戦い始めた。


「ベッティ! 『魔法障壁』を!」


「任せて!」


 まずアグネスは、竜種との戦闘で一番大切な防御を、『魔法障壁』が一番得意なベッティに命令する。

 俺の『魔法障壁』から外れた三人は、ベッティの『魔法障壁』を用いてドラゴンゴーレムからのブレスと爪攻撃を防いだ。

 

「『魔法障壁』の強度は合格だな……」


「伯爵様、えらくスパルタじゃないか」


「本当に、十二歳から十四歳にあのドラゴンゴーレムをやらせるとは」


 三人の戦闘を観察していると、ブランタークさんとエルが側までやって来た。

 共に軽口は叩いているが、いつでも救援可能な態勢になっているのはさすがだな。


「俺の師匠の師匠は、十二歳の子供を一人でアンデッドドラゴンと戦わせましたけどね」


「それは当時坊主、今は伯爵様が、娘っ子たち三人を合せたよりも強かったからだ」


「初めての実戦で、あれはないと当時は思いましたけど」


「なんとかなって、今も元気に弟子たちに指導までできているんだ。気にするなって」


 ブランタークさんと話をしている間に、アグネスたちは攻撃に転じていた。

 ベッティに『魔法障壁』での防御とコントロールを任せ、アグネスは追跡型の『ファイヤーボール』を、シンディは『土槍』を飛ばして小型ドラゴンゴーレムを狙っていく。


「威力は十分か」


 魔力量の節約のためとはいえ、極限まで収束した魔法を飛ばしているので、当たればダメージがあるはず。

 ただ、小型ドラゴンゴーレムは素早い。

 巧みに、二人の攻撃魔法をかわしてしまう。


「小型な分、機動力に長けるか……」


「ブランタークさん、小型っていうけど全長三メートルはあるぜ」


「エルヴィン、あの大きさのドラゴンは、生物でも人工物でも小型の部類に入れるのが常識なのさ」


 これまでに見たどのドラゴンゴーレムよりも小さいが、他の魔物たちに比べれば十分に大型であろう。

 そして、見た目に反して恐ろしくスピードが速く、決して広いとはいえない隠し部屋の天井や床に激突することなく動き回っている。

 超低空飛行まで行っているので、よほど優れた人工人格を持っているのであろう。


「埃っぽいな」


 エルが、ドラゴンゴーレムの高速機動で舞い上がった大量の埃を手で払いながら文句を言った。

 古い地下遺跡だから、それは仕方がない。


「魔法が当たらない!」


「アグネス、二人の魔法で部屋の隅に追い込もうよ!」


「うん、タイミングを合わせよう!」


 早速自分たちなりに工夫を始めたようだが、小型ドラゴンゴーレムは部屋に隅に追いやられても二人の魔法を難なくかわし、そのついでとばかり攻撃を加えていく。

 

「アグネス! シンディ! 急いで!」


 常時展開してる『魔法障壁』により徐々に魔力量が減っていくのがわかるベッティは、焦りからか二人への口調を荒げた。


「そんなことを言われても、魔法が当たらないのよ!」


「クソっ! また外れた!」


 まだ魔力量でいえば十分に戦闘可能であったが、初めての実戦で三人には余裕がなくなっていた。

 このままだと、徐々に魔力を削られて負けてしまう展開である。


「先生、助言しなくてもいいのか?」


「そうですね」


 この年齢でこれだけ戦えれば十分であろうが、できればあの小型ドラゴンゴーレムの弱点に気がついてほしかった。

 確かに高性能なのだが、こんな朽ちた地下遺跡の隠し部屋に置かれていたものだ。

 やはり、貴重なお宝を守るドラゴンゴーレムには性能的に劣る。

 お宝の量から考えると、ゴーレムの費用を多少ケチったのかもしれない。

 ゴーレムにお金をかけすぎて置く宝がないというのもどうかと思うので、この地下遺跡の持ち主の判断が間違っているわけでもないのだが。


「アグネス、あの小型ドラゴンゴーレムには弱点があるぞ。わかるか?」


「えっ? 弱点ですか?」


「少し考えれば子供にでもわかる。初の実戦で動揺しているから思いつかないだけだ。冷静に考えてみろ」


「はい……」


 アグネスは暫く考え続けていたが、ようやくその弱点に気がついたようだ。

 

「先生! 弱点を見つけました! いきます!」


 アグネスは『ウィンドカッター』を展開すると、それを小型ドラゴンゴーレムが鎮座していた台座へと放つ。


 そう、この小型ドラゴンゴーレムの弱点は、燃費の悪さと魔力を補充するための台座にあった。

 いくらゴーレム本体が高機動性能を発揮しても、魔力を補充する台座まで素早く動けるわけではないのだ。


「ただ、それは小型ドラゴンゴーレム側とて理解はしているからな」


 ブランタークさんの予言どおり、小型ドラゴンゴーレムはその身で『ウィンドカッター』を受けて台座を守る。

 小型ドラゴンゴーレムは損傷したが、まだその戦闘力に衰えはない。


「それでも、攻守は逆転しました!」


 シンディも台座に向けて『ウィンドカッター』を放つと、小型ドラゴンゴーレムはその身で攻撃を防ぎ、損傷を蓄積させてしまう。

 なんとかアグネスたちの魔法攻撃を防ごうとブレスを連発するが、それはベッティの『魔法障壁』によって完全に防がれてしまった。


「このまま押し込みます!」


 ここが勝負時だと思ったのであろう。

 アグネスとシンディは魔法を台座に向けて連発し、防ぎきれなくなった一発が台座の上部に命中して破片が飛び散った。 

 これで魔力を補充する装置が破壊されて、小型ドラゴンゴーレムは二度と魔力が補充できなくなった。

 それを理解した小型ドラゴンゴーレムは、あとのことを考えないかのように三人に襲い掛かった。

 魔力切れで停止する前の、最後のひとあがきというわけだ。

 

「もの凄い力……」


「私も手伝う!」


 アグネスとシンディが協力して、小型ドラゴンゴーレムの隙を突きながら『ウィンドカッター』を放つ。

 次第にその胴体や首の部分に亀裂が増えていき、ついにその高機動力を生み出している羽を切り落とすことに成功した。

 これで、低空飛行による高機動はできなくなったはずだ。


「先生、やりました!」


「トドメを刺します!」


 墜落して身をバタつかせる小型ドラゴンゴーレムに対し、アグネスとシンディはさらに魔法攻撃を続ける。

 『ファイヤーボール』、『岩槍』、『氷弾』、『ウィンドカッター』とありとあらゆる魔法攻撃を交互にぶつけていき、次第に小型ドラゴンゴーレムはボロボロになっていく。


「もう少し!」


「これで最後よ!」

 

 これでトドメとばかりに、二人は威力を増した『ウィンドカッター』を小型ドラゴンゴーレムの頭部と胴体にぶつけ、これにより完全に動きを停めてしまう。


「アグネスちゃん、シンディちゃん、やったの?」


「活動の停止を確認しました」


「ベッティ、やったよ」


 ようやく強敵を倒せたので、三人は抱き合って大喜びしていた。

 だが、まだそれは早い。

 やはりまだ新人なので、経験が浅く油断があるのであろう。


「まだだ! 三人とも、『魔法障壁』を全開!」


「えっ? あのゴーレムはもう……」


「急げ! 命令だ!」


「「「はいっ!」」」


 俺からの強い命令で 三人は残り少ない魔力を使って、急ぎ強固な『魔法障壁』を張る。

 そしてそれと同時に、大破した小型ドラゴンゴーレムは自爆してその破片を隠し部屋中にばら撒いた。

 爆発で勢いがついた破片が、まるで散弾のように次々と『魔法障壁』に当たって激しい音を立てる。

 もし生身でそれを受けていたら、間違いなく全身を切り裂かれて重傷を負うか、最悪死亡していたはずだ。


「まさか、自爆するなんて……」


 アグネスは、それを見抜けなかったのが悔しいようだ。

 小型ドラゴンゴーレム討伐の喜びも忘れて、唇の端を噛みしめている。


「先生は、どうしてわかったのですか?」


「微量だが、残骸にはまだ魔力が蠢いていた」


 残存していた魔力が残っていただけかもしれなかったが、俺にはその残存魔力が動いているように感じた。

 小型ドラゴンゴーレムは大破しているので、つまりは最後になにか一つ企んでいるであろうと予想したのだ。

 だから素早く三人に『魔法障壁』を展開させた。

 間違っていたら俺が恥をかいただけで済むが、やはり自爆したな。


「さすがは先生です。私は油断してしまって……」


「反省します」


「地下遺跡のゴーレムって怖いんですね……」


 王国にある地下遺跡からの出土品で、自爆機能がついているゴーレムは初めてであった。

 なぜ気がついたのかと言うと、帝国内乱で大量に使用されていたからだ。

 王国にも自爆するゴーレムがないはずもなく、だから俺は警戒していた。

 それだけ、疑り深くなったとも言うのか。


「おおっ! せっかくの出土品が! 自爆では、あまり資料が集まらないのであるな!」


 そして今頃になってから、アーネストが部屋に乱入して来て、小型ドラゴンゴーレムの残骸に近寄った。

 貴重な資料が壊れてしまった件だけを悲しんでいるのであろう。

 まったく戦闘に参加しないで文句だけを言うとは、とんでもない魔族である。


「お前が手伝えば、ほぼ無傷で鹵獲できたかもしれないのにな」


「結局は自爆したであろうから同じであるな。それに、我が輩は戦闘は苦手なのであるな」


「言ってろ」


 小型ドラゴンゴーレムは胴体部分がほぼ吹き飛んでいたが、運よくとでも言えばいいのか、頭部はほぼ無傷で残っていた。

 ということは、あの動きを司る人工人格が無事である可能性が高い。

 だが、以前帝国内乱時に鹵獲した人工人格の解析すらできていない魔道具ギルドには、『猫に小判』、『豚に真珠』かもしれない。

 それでも、絶対に欲しいと言うのだろうけど。


「それはあとで考えるとして、三人とも大丈夫か?」


 俺は、アグネスたちに声をかけた。

 俺からの強い指示で、小型ドラゴンゴーレムの自爆前に『魔法障壁』を張れたが、予想以上の爆発の威力に呆然としていたからだ。


「先生……」


「私たち……」


「三人だけでは……」


「最初は仕方がないさ。それに、三人はまだ未成年じゃないか」


 爆発が怖かったようで、三人は目に少し涙を浮かべていた。

 いくら魔法の才能があっても、やはり年相応の少女たちというわけだ。

 慰めるために三人の頭を撫でてあげると、ようやく落ち着きを見せ始めた。


「失敗は、次の成功の糧となる。最後の『魔法障壁』の張り忘れ以外は、大体上手くやっていたと思うぞ」


「「「先生っ!」」」


 アグネスたちの顔にようやく笑みが浮かび、俺は先生として、どうにか教え子たちを慰めることに成功したと安堵する。

 一番幼いシンディとは五歳差、来年成人するアグネスでも三歳差だが、こんなに幼いものかなと思ったが、俺は中身がもう四十歳近いので、そう感じるのかもしれないな。


「先生か……モテモテだな、ヴェルは」


「エル君、お仕事があるでしょうが」


「もうやらせているよ」


 なにを勘ぐっているのか知らないが、エルが俺をからかってきた。

 しかし、俺からすればアグネスたちは生徒なのだ。

 その辺のケジメは、ちゃんと付けないといけない。

 それにまだ幼い……ルイーゼとそんなに見た目は変わらないか?

 いや、そんなことは関係ない。

 この三人は、俺の初めての生徒たちである。

 無事に魔法使いとして育て上げ、冒険者予備校を卒業させないといけないのだから。


「伯爵様よ。この隠し部屋にあったお宝だけどよ」


「吹き飛んでいるな……」


 人様に渡すくらいなら、小型ドラゴンゴーレムの自爆に巻き込んで吹き飛ばしてしまえという発想だったのであろうか?

 それとも、そこまで予想できなかったとか?

 金貨などはそれほど傷も付いていなかったが、宝石、装飾品、美術品などは壊れたり傷だらけとなり、価値が落ちてしまうものが多いそうだ。


「このお宝の持ち主って、財産をあの世にも持っていけると思っていたのかね?」


「さあ? もしかすると警備用の小型ドラゴンゴーレムで不良品を掴まされたとか?」


「それはねえよ。ダメージが蓄積するか、魔力の供給が不可能になると自爆する仕組みだったんだろう」


「あの魔力の補充システムは欠陥だと思うんですけど……」


 台座のジョイント部分を破壊すると魔力を補充できなくなるなんて、俺には不良品にしか思えなかった。


「そうでもないさ。あの機動力と戦闘力だからな。よほどの魔法使いが対応しないと、台座への攻撃すら不可能だからな」


 ブランタークさんに言わせると、不良品ではなく、それなりに高性能な防衛装置というわけか。


「しかし、それはそれとして、こんな地下遺跡に資料的な価値なんてあるのかね?」


 ブランタークさんは、隠し部屋の床をルーペで調べているアーネストに対し、不可解な生き物でも見るかのような視線を送った。

 経年劣化してボロボロの床だったので本当に調べる価値があるのか、疑問に思っているのであろう。


「考古学者ってのは、こういう生き物では?」


「そういえばそうだったな。俺も現役冒険者時代に地下遺跡まで警護したけどよ。壁や床の文様とかを何時間も楽しそうに見ていて、本当に理解不能な人種だったぜ」


 地下遺跡の探索は一日で終了したが、俺たちにはどんな歴史的な価値があるのかわからない。

 それでもお宝は出たし、三人も初めての実戦経験が積めたのでよしとしよう。

 

「この隠し部屋の形式は、古代魔法文明時代後期に特注で作られたケースが多かったタイプの……」


 俺たちが撤収の準備を始めても、アーネストはルーペで地下遺跡の壁や床を観察し続けるのであった。

 本当、なにが楽しいんだろうね?

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