第283話 冒険者予備校バウルブルク支部
そして三日後。
俺は約束どおり、アグネスたちを王室御用達のフルーツパーラーへと案内した。
このお店の本業は老舗の果物屋であり、王宮にも果物を卸しているので、王室御用達の看板を掲げている。
一緒にケーキ屋も経営しており、仕入れたフルーツを使ったスィーツが大人気となっていた。
バウマイスター伯爵家も、冒険者ギルド経由で魔の森産フルーツを卸しているので、お得意さんでもある。
「先生、本当にこんなに高いお店でいいのですか?」
真面目なアグネスは、お店の門構えと建物の豪華さを見て申し訳なく思ってしまったようだ。
一番安いスィーツでも一個十セントなので、庶民にはなかなか手が出ないお店だからであろう。
分不相応だと思っているのかもしれない。
「優勝のお祝いなんだし、今日くらいは構わないだろう。約束した以上、先生はそれを守るさ」
「ありがとうございます」
それでもやっぱり女の子なので、彼女も甘い物には目がないようだ。
アグネスはとても嬉しそうな顔をした。
「いっぱい食べるぞぉ、おーーーっ!」
優勝したら甘い物を奢ってほしいと言い出したシンディは、行きたかったお店を目の前にして無邪気に喜んでいる。
こういうところは年相応で可愛いな。
「限定のケーキが有名で、是非食べたかったんです」
ベッティも大喜びなので、このお店にしてよかったと思う。
早速四人でお店に入ると、店内には品のよさそうな初老の男性が待ち構えていた。
店長……経営者かな?
「バウマイスター伯爵様、お待ちしておりました。フルーツパーラー『ブリュンヒルト』のオーナー、ツェーザルと申します。本日はようこそお越しくださいました」
「オーナー自らの出迎えとは、わざわざすまないな」
「本日は当店に、ようこそおいでくださいました」
人気のお店なので事前に予約を入れておいたのだが、まさかオーナ自らが出迎えてくれるとはな。
やはり俺は、VIP扱いのようだ。
「(オーナーさん自らお出迎え……さすがは先生)」
「(先生って、本当に伯爵様なんだ……当たり前だけど)」
「(お兄さんが前に、ブリュンヒルトはオーナは忙しいから、そう簡単に会えないって言っていたのに……。先生は特別なんだ)」
アグネスたちも、オーナー自らの出迎えに驚いたようだ。
「最近では、魔の森産フルーツとそれを使ったスィーツが好評でして、私共の商いも広がっております。それで一度お礼を申し上げたいと思っておりました。アルテリオ殿から色々とお話は伺っていたのですが……」
この店のオーナーは、アルテリオと知り合いであった。
彼と組んで、今では王都とその周辺に支店網を広げているとは聞いている。
高価ではあるが、ここぞという時には『ブリュンヒルト』でというイメージで、帝国内乱時には北部地域の流通がダメージを受けたが、全体的には南部、パルケニア平原開発、王都再開発、スラムの大幅な減少などもあり、王都周辺は好景気に沸いていた。
そのため、庶民でもここぞという時には奮発して購入、というケースが増えているそうだ。
「特別室をご用意いたしました。どうぞ」
「わざわざすまないな」
「バウマイスター伯爵様は有名ですので、その……」
ブリュンヒルトのカフェスペースには多くの客がいて、特に貴族たちは俺に注目している。
同じスペースで喫食をすれば話しかけられて面倒なはずなので、オーナーが俺たちに気を使ってくれたのであろう。
「ご案内いたします」
オーナー自らの案内で、俺たちはVIP専用の個室に案内された。
「こちらがメニューでございます」
「好きなものを頼んでくれ。食べきれなくても、持ち帰ればいいんだから」
「魔法の袋ですね」
この前の講義で、師匠に教わった魔法使い用の魔法の袋の作成実習を行った。
魔力量が低いとカバン一つ分くらいしか収納できないが、この三人はかなりの量を魔法の袋に収納できる。
お土産のケーキくらいなら、いくらでも入るはずだ。
「魔法の袋に入れておけば鮮度が下がらない。つまり……」
「やたぁーーー! しばらくは、ブリュンヒルトの味が堪能できる」
シンディとベッティは、大喜びで自分の魔法の袋の確認を始めた。
残容量を確認したのであろう。
「お待たせいたしました」
「凄い……」
「美味しそう」
「夢のようです」
テーブルの上には、ケーキ、プリン、ババロア、パフェなど大量のスィーツが並んだ。
注文していない品もあり、他にもメニューにない新商品もあるようだ。
「来週からお出しする予定の新商品もあります。ご感想などをいただければ幸いです」
オーナーが気を使って、新商品を俺たちに無料で提供してくれた。
量が多いので、エリーゼたちにも持ち帰ってあげようと思う。
「じゃあ、遠慮なくいただこうか」
「「「はいっ!」」」
俺たちは、テーブル上のスィーツを食べ始めた。
この時のために昼食を抜いているので、かなりの量を食べられるはず。
「甘さ控えめで、いくらでも入りそうです」
「美味しい」
「幸せです」
三人とも、スィーツを食べながら幸せそうな顔をしていた。
その様子を見ていると、連れて来た甲斐もあったというものだ。
「でも、他のみんなに悪いような……」
「条件が優勝だから問題ないさ」
真面目なアグネスらしい意見だが、冒険者や魔法使いの世界は実力本位なのだ。
俺が、『優勝したら』というシンディからの要求を飲み、それをアグネスたちが達成したので連れて来た。
他のクラスメイトたちも同じ条件で競争した以上、負けたからといってこれに文句をつけても仕方がない。
もし俺に奢って欲しければ、勝負に勝てばよかったのだから。
この世界では、みんなそんな風に考えるのが普通だ。
「お腹いっぱいです。先生、ありがとうございました」
「先生、ご馳走様でした」
「とても美味しかったです。ご馳走様でした」
沢山のスィーツを食べ、お土産も大量にある。
三人はとても満足そうで、その顔を見ていると俺もなぜか嬉しくなってしまうのであった。
「つまり、新しい嫁候補だと?」
「エル、お前はどこをどう聞くとそういう話になるんだ? 俺は先生としての約束を守り、優勝した教え子三人に約束どおりスィーツを奢った。それだけのことじゃないか」
「本当にそうなのかなぁ?」
その日の夜。
俺は、屋敷に戻ってエリーゼたちにもお土産のスィーツ類を振る舞った。
エルも姿を見せてケーキを食べていたが、突然とんでもないことを口にする。
「俺は先生として、頑張った可愛い生徒たちにご褒美を出しただけだぞ」
「いやいや、ブリュンヒルトほどの高級店。貴族や金持ちが、若い姉ちゃんの気を引こうとして連れて行くようなシチュエーションにしか思い浮かばない」
「嫌だねぇ……心が穢れている人は」
ナンパじゃないんだから。
「だから、ヴェルがどう思うかじゃなくて、世間の人たちがどう思うかなの。わかるか?」
「そんなことは、いちいち気にしていられないよ」
帝国内乱に関する噂や、トンネル騒動でも色々と噂話が流れていた。
いちいち世間の風聞を気にしていたら、俺にはカウンセラーが必要になるかもしれない。
なので、自由にやらせていただくことにしたのだ。
「大丈夫よ、エル。世間の人たちはこう思うわ。ヴェルは弟子を取ったのだと」
「そう、弟子なんだよ」
イーナが言うには、俺が冒険者予備校の魔法使いクラスの中で最優秀の三名を弟子として囲おうとしている。
そういう印象を受けるようだ。
「弟子かぁ……魔法使いの師弟制度って、俺にはよくわからないけど……」
「私にもわからないけど……その辺ってどうなの? リサさん」
「正式な登録が必要というわけでもないですし、お互いに承知するだけです」
最近やっと普通に喋れるようになったリサは、魔法使いの師弟制度について説明を始めた。
「こういう時に、前はブランタークさんだったけど」
「お師匠様は、お忙しいのです……子守りに……」
ここのところ、ブランタークさんは姿をほとんど見せない。
その理由は、内乱中に子供が生まれたので、家族との時間にウェイトを置いているからだ。
なので、本当に用事がある時でないと俺も迎えに行っていない。
ルイーゼやカタリーナからすると、これまでは究極の独身主義者だったのに、今では子供に掛かりきりのブランタークさんが面白くて仕方がないらしい。
「私もカチヤに教えましたけど、やはり男性は男性同士で、女性は女性同士の方がいいかもしれませんね」
「器合わせの問題か……」
親子や恋人、配偶者以外の器合わせが世間から色眼鏡で見られる以上、師弟関係は男性同士、女性同士の方が好ましいとされていた。
ただ、器合わせさえしなければ、性別の違う師弟は珍しくないとも聞く。
「でもよ、カタリーナの師匠はブランタークさんだろう?」
「器合わせは、ヴェル様とした」
「なら問題ないのか」
ヴィルマの返答にカチヤは納得した。
カタリーナは、俺たちと出会うまですべて独力で魔法を学んでいる。
そのあとで俺と器合わせをし、他の指導はすべてブランタークさんが行っているので、彼女の師匠はブランタークさんということになる。
でも、二人の男女の仲を疑う人がいないのは、カタリーナが俺と器合わせをした情報が世間に流れているからだそうだ。
……どうもでいいことなんだけど、助かってはいるのか?
「あたいは姉御が師匠で、器合わせの担当は旦那だもんな……」
自分で言いながらカチヤは顔を赤く染めていた。
恥ずかしかったのであろう。
俺にはよく理解できない感覚だけど。
「カタリーナは凄いよな。あたいよりも年下なのに、姉御が感心するくらい独学で魔法を習得していたから」
「私も、基礎はブランタークさんなので」
リサですら、成人前にはブランタークさんから指導を受けている。
それすらないのに、独学で一流の魔法使いになったカタリーナに、彼女は感心していた。
「それは、カタリーナが……」
「ヴェンデリンさん、なんなのです?」
「なんでもないよ」
「怪しいですわね……」
カチヤのようにコミュニケーション能力がないので、独学でなんとかしないといけなかった。
必要に駆られてというやつだ。
これは決して、口に出して言えなかったが。
「エリーゼは、教会だよね?」
「はい、治癒魔法使いの方に基礎を習いました」
そして、俺と器合わせをする前に魔力の伸びがほぼ限界に達してしまった。
その後、俺が他人様の前では言えない方法で伸ばしていたが。
「ブランタークさんからも、細々としたコツなどを教えてもらって感謝しています。私もそうですが、ルイーゼさん、イーナさん、ヴィルマさんもそうですよね?」
ルイーゼの師匠は導師ということになっているが、ブランタークさんからもたまに指導は受けていた。
俺と結婚後に魔法使いになったイーナとヴィルマは、一からブランタークさんの指導を受けている。
素人がいきなり導師から魔法を習うのは辛く、ブランタークさん相手だと覚えが早いのは、半ば公の事実をなっていた。
「あたいもそうだし、旦那もそうだから、ブランタークさんの教え子が多いよな」
内乱中には、帝国の魔法使いたちにも指導していたので、弟子の多さでは大陸随一かもしれない。
「そのせいで、引き抜きのお話もあったそうですが……」
「エリーゼ、それはホーエンハイム枢機卿経由の情報かな?」
「はい」
王国がブランタークさんを法衣貴族にしてしまい、冒険者予備校の校長職を任せる計画があったそうだ。
エリーゼは、ホーエンハイム枢機卿から聞いたと話す。
「ですが、ブライヒレーダー辺境伯様はいい顔をしませんし、ブランタークさんも嫌がっていました」
彼は、自分が貴族になると面倒だと考えている人だし、ブライヒレーダー辺境伯家での待遇は悪くない。
冒険者予備校の校長の件も、貴族にしたブランタークさんを押し込んで冒険者予備校の校長職を貴族限定にしてしまおうとする、貴族たちの陰謀が裏ではあったようだ。
「ブランタークさんは、お世話になったヘリック校長を押し退けたくはありませんし、有能でちゃんとお勤めを果たしている方を、そんな理由で退職させるのかというお話になりまして」
ブランタークさんが突っぱねてしまったために、結局その話はお蔵入りになってしまった。
「面倒臭い話だな」
「ですが、その三人の魔法使いの方々はどうするのですか?」
「えっ? どうって……」
どうもこうも、このまま一年間のカリキュラム終了まで教えて、修了式で他の生徒たちと共に『よく頑張ったな、これで君たちも卒業だ』と褒めて、ドラマの教師のように感動に浸るだけである。
それが終われば臨時講師期間も終了なわけで、卒業後にも師匠として個々に面倒は見るが、これはケースバイケースだな。
「間違いなく、他の貴族たちはピリピリしていると思います」
才能ある若い魔法使いたちなので、どうにか自分の家に引き込もうとしているのに、俺が可愛がれば可愛がるほど、バウマイスター伯爵家で確保するつもりなのではないのか?
そういう疑いの目で見ていると、エリーゼが教えてくれた。
「そうでなくても、うちは伯爵家にしては魔法使いの数が多すぎますから」
当主である俺の他は、全員妻なので文句も言えない。
だが、ここで他の魔法使いたちの確保に走ればただでは済まないぞ、と思っている貴族も出てくると、エリーゼは警告する。
「決められた期間は教えるけど、そのあとの進路は自分で決めてほしいな。勿論、指導や相談は常に受けるけど」
師匠なので助けはするが、最終的には自分で進路を決めてほしい。
俺はそう思っているのだが、周りが色々とうるさいのは、優れた魔法使いの宿命かもしれないな。
それでも、アグネスたちには自由にやってほしいものだ。
今の俺が完全な自由とはほど遠いところにいるので、余計にそう感じてしまうのだ。
「彼女たちの進路は自分で決めるべきだ。先生は、そのための努力は惜しまない」
「本当、このわずかな期間で先生にかぶれたな」
「かぶれた言うな!」
思わずエルに言い返してしまったが、それから数日後、早速冒険者予備校で変化があった。
「アグネスさん、俺たちのパーティに入らないか?」
大野外遠足の結果もあり、アグネスたち三人は、よく他の生徒たちからパーティに誘われるようになった。
優れた魔法使いをパーティに入れることができれば、実入りが大きく変わるから当然だ。
「すみません、私たちは三人で活動していますから」
ただ三人とも、今のパーティで十分だと思っているようで、誘いはすべて断りを入れている。
魔法使い三人のパーティというのは珍しいが、それで成果が出て本人たちが納得しているのであれば、他人が文句を言う筋合いのものではない。
だが、中にはおかしな連中もいる。
「魔法使いという希少な才能を持つ者が三人も固まっているのは、甚だ効率が悪い。僕が分割してパーティを組み直してやろう」
なぜかこういう上から目線のアホが定期的に出てくるのだが、命を賭けて仕事をしないといけないのに、なぜ出会ったばかりでよく知らないお前に、パーティの編成を任せないといけないのだ。
アグネスがそうやんわりと指摘すると、なぜかそいつは逆ギレした。
「魔法使い三人のパーティ一つよりも、魔法使いが一人のパーティ三つの方が効率がいいだろうが! 僕はこういう知識に長けているんだ!」
「はいはい。そこまで」
俺は、アグネスに怒鳴りつけるアホを制止する。
年齢は俺よりも数歳上に見えるが、なぜかそれだけでとても偉そうである。
「なんだね? 君は」
「冒険者パーティとは自分で決めるものであって、他人に強制されるものではない。お前は、そんなこともわからないのか?」
「僕が一番効率がいい方法を提言してやっているんだ! なにしろ僕は、ベイヤー男爵家の者だからね」
段々と話が見えてきた。
どうやらアグネスたちを手に入れるために、このバカたちが冒険者予備校に送り込まれてきたのであろう。
まだここに来たばかりなので、俺の顔を知らなかったようだ。
「(俺はローブ姿なんだけどなぁ……)効率って言うけど、分割して戦力が落ちたパーティが犠牲を出せば、その時点で全体的な効率が落ちるけどね」
何度でも言うが、命がかかっているのに戦力の公平な分布もクソもない。
パーティメンバーは、自分の意志で決めるものなのだ。
「君は魔法使いかね? 魔法使いは魔法は凄いが、その他の才能に欠けている部分がある。冒険者としてパーティを組む時には、幼少の頃より高度な教育を受けた、貴族たる僕に任せたまえ」
戦闘力はあまりないけど、指揮、調整能力は優れていると言いたいらしい。
軍隊ならともかく、人数が少ない冒険者パーティで戦闘力が低いのは致命傷だと俺は思うのだが……。
彼にはわからない……現実を理解したくないのかも。
「君はまだ若いではないか。世間知らずなのは仕方がいにしても……僕に盾突くのは感心しないね」
「別に、盾突いてはいないんだけどなぁ……」
言うほどこの貴族のボンボンと年齢差はないと思うが、二十歳は超えているのでアグネスたちを確保するため、急遽実家から送り込まれて来たんだろうな。
言うまでもないが、優秀な貴族の子弟はほぼ全員が忙しい。
突然ここに送られてきた時点で、間違いなくこいつは家ではオマケ扱いのはずだ。
「言い分は聞きました。ですが、やはり冒険者パーティは本人が決めるものです。それに、この子たちはまだ未成年なので」
「それについては安心したまえ。我がベイヤー男爵家からの出陣命令で、いくらでも魔物の領域に入れるから」
「あんたはバカか……」
俺は十二歳の頃、王国政府からの従軍命令でグレードグランドの討伐に赴いた。
貴族でも家族や領民に同じような命令を課すことはできるが、まともな貴族は絶対にそれをしない。
領内の魔物の領域解放を目指すなら、成人した凄腕冒険者たちに任せるのが常識で、内乱の鎮圧、紛争、山賊の退治などでも、領主や家臣が跡取りや子供を出陣させる時くらいだ。
貴族が自分たちの利益のためだけに魔法使いを囲い、魔物の素材の収奪、転売で利益を上げる。
こういう搾取行為は、世間から白い目で見られてしまうからだ。
「まず前提条件がおかしい。この子たちはベイヤー男爵領の領民ではない。もし従軍命令を出すにしても、それは王国政府の領分だろうが」
「それも、我がベイヤー男爵領の領民に転籍すれば問題ないさ」
「おい……」
この目の前のバカは、自分の領地によほど自信があるのか?
いや、それはないだろう。
うちの実家を見ればわかる。
王国直轄地で普通に暮らす住民たちからすれば、なにが悲しくて、田舎で、不便で、名も知らない男爵領に移住せねばならないのかと。
貴族領には当たり外れがあり、子爵領以上だとそう外れもなく、ブライヒレーダー辺境伯領などは、生活レベルが王国直轄地と大差ない。
だが、男爵領以下は賭けになる。
当主や統治システムが優秀で暮らしやすい場所と、駄目な場所がある。
ベイヤー男爵領は、このバカを見れば一目瞭然だ。
間違いなく外れであろう。
現状が厳しいので、アグネスたちに金を稼がせようとしている意図が透けて見えてしまうのだ。
「大体、君はなんだね? 生徒のようだけど、これ以上うるさいと父上に言って罰を与えるぞ」
「罰ですか……」
やれるものなら、やってみろだな。
どんな罰なのか、気にはなるところである。
鞭打ちでもするのかね?
「そうだ! いくら魔法使いでも、平民風情は黙って……」
「あのさぁ。見てわからないのか? 俺は講師なんだが……臨時ではあるけど」
世の中には、予想を超えるバカが存在するらしい。
俺の格好を見ても、魔法使い志望の貧乏な平民にしか見えないというのだから。
そう思いたいってのが、現実かもしれないけど。
「講師? その若さでか? 嘘を言え!」
「いや、嘘じゃないけど。ちなみに俺の名前は、ヴェンデリン・フォン・ベンノ・バウマイスターです。二度と会わないと思うけど、一応自己紹介はしておく」
「なっ……竜殺しの英雄……」
俺の名前を聞き、ベイヤー男爵家の若い男とその取り巻き連中は、足早にその場から立ち去ったのであった。
「それは、凄いバカと遭遇したな」
「どうして、ああなるんでしょうかね? 教育の問題ですかね?」
「血筋かもよ。貴族にも代々バカってのは多いからな。ブランタークを貴族にしてからここの新しい校長とし、ここの校長職を貴族固定にしよう、なんて考えるバカが本当にいるんだから」
「冒険者予備校の校長は、貴族にしない方がいいんだけどなぁ……」
「あいつら、無駄に増えるから、ポストを一つでも多く確保しようと懸命なのさ。さすがに閣僚クラスで、そうしようと考えるバカはいないけど」
バカたちを追い払った後にヘリック校長に事の顛末を報告すると、彼は呆れた表情を隠そうともしなかった。
バカな貴族の対応に慣れてるからであろう。
「まともな貴族は、もっとスマートに勧誘するがな。ちゃんと条件も提示する」
お金がなかったり欲深な貴族だと、ああいう勧誘をするらしい。
仲間に入れてから、貴族の子弟が強引に妾にしてしまい、稼がせて実家に貢がせる。
稀に、こういう寄生行為の被害に遭う女性魔法使いがいるそうだ。
「ベイヤー男爵家か……冒険者ギルドに報告しておく」
「報告するとどうなるのです?」
「当然、ブラックリスト入りさ」
ブラックリストに入ると、指名依頼がほぼ出せなくなる。
冒険者が寄りつかなくなるので、領内に魔物の領域を抱えていると、自力で狩りをしなければならなくなるのだそうだ。
「どうしてそんなバカなことを……」
「領内に、魔物の領域がないんだろうな」
「あるみたいなことを言っていましたよ」
魔法使いに領内の魔物の領域で狩りをさせ、その売却益で実家の困窮を解決する。
そのために、身なりのいい余った子供にホストのような真似をさせる貴族がいるそうだ。
それは、ホストをバカにしすぎか。
ホストは女性を上手く口説くが、先ほどのベイヤー男爵家の連中みたいに、上手く行かないと実家の名前を出して脅し、威張るしか能がない奴も多かった。
その程度の知能しかないから、実家が困窮しているのだろうけど。
それに、あの男はイケメンでもなかったしな。
ホストが駄目でヒモを目指すのであれば、せめてイケメンでないと難しいであろう。
「そういう貴族ってのは、無駄にプライドばかりが高くてな。たとえば、正妻や身分の確定している側室にでもするならわかるけど、高貴な我が家に平民の血は入れられない、とか抜かすんだ」
非公式の妾にして、金だけ搾取する。
女性魔法使いからすれば、関わり合いにならない方がいい連中とも言えた。
この期に及んで家柄を気にするなんて、だから駄目貴族なんだろうけど。
「これは注意喚起しないとなぁ。勧誘が増えた原因の一つには、実はバウマイスター伯爵のせいってのもあるんだけど」
「俺がですか?」
「間接的にだな。帝国の内乱で大活躍したじゃないか」
俺、導師、ブランタークさん、カタリーナ、エリーゼなどが帝国内乱で大きな戦功をあげている。
魔法使いが戦争で活躍することは誰にでも予想がつくが、実際にその成果を聞けば、自分の家にも魔法使いが欲しくなってしまう。
そこで、冒険者予備校で学んでいる生徒たちへの勧誘が激しさを増しつつあるらしい。
「魔法使いの数から考えても、魔法使いを雇っていない貴族の方が圧倒的に多い。バウマイスター伯爵は魔法使いに恵まれすぎている。戦争のみならず、領地の急速な発展も可能となれば、魔法使いが欲しくてたまらないだろうな」
たとえ初級でも、いるのといないのでは大きな違いがあるからだ。
その得意魔法によって、実はあまりニーズに合わない魔法使いもいるのだけど。
その最たる例は、カチヤであろうか。
彼女の魔法では、領地開発や農作業の役に立たない。
本人は身体機能を強化していくらでも農作業が可能なのだが、一人だけで元気に畑を耕しても、あまり成果は増えないであろう。
「これは、計画を前倒ししないとな」
「前倒しって、もしかして……」
「そう、冒険者予備校バウルブルク支部の開設をだな」
ヘリック校長との話を終えてから屋敷に戻ると、俺はすぐにローデリヒを呼び出す。
そして、冒険者予備校側からの要請を伝えた。
「予備校開設の前倒しですか。それは十分に可能ですな」
「予定では一年後になっているけど大丈夫か?」
「はい、実は敷地も校舎もほぼ完成しているのです。寮は建設中ですけど、それは他の宿泊先を臨時に宛てがえばいいのです。どうせ、最初はそれほど生徒を抱え込めませんのから」
「相変わらず、手際がいいな」
さすがはローデリヒ、もう領主は彼でいいのではないかと思ってしまう。
「冒険者予備校の開設で一番時間を食うのは、手続きが面倒なうえに、審査で時間がもの凄くかかるからです。向こうから急げと言っている以上、それが早まると考えるべきですな。ところでお館様、今なにか不穏なことを考えていませんでしたか?」
「気のせいじゃないかなぁ」
さすがはローデリヒ、実に鋭いじゃないか。
俺が領主の座を押しつけたいと、心の中で願っているのに気がつくなんて。
「準備を進めておきましょう」
そんな話をしてから一週間後、冒険者予備校バウルブルク支部はあっという間に開設された。
「手続きとか、審査ってなんなのでしょうか?」
「実は審査の大半は、王国政府が行っているからね。でも、最近は新規に冒険者予備校が立ちあがる話も少なく、その気になれば審査期間は大幅に短縮可能なのさ」
「それは知りませんでした」
「あんまり公にもできない話だからね、仕方がないよ」
開校した冒険者予備校の中庭で、エーリッヒ兄さんが俺に事情を説明してくれた。
仕事が少ない担当者は、その少ない仕事を引き伸ばしたがる。
どこの世界でも、役人は同じことを考えるようだ。
だが、今回は冒険者ギルドにせっ突かれて、急ぎ審査を終えたというのが真相か。
学生寮が完成していないので人数の受け入れ制限があり、他にも入学シーズンではないので編入生ばかりだが、冒険者予備校バウルブルク支部は活動を始めた。
校長は元冒険者でヘリック校長の知り合い、講師陣は王都の予備校に在籍している非常勤講師を昇格させて対応、生徒も王都の予備校からの転校生が大半であった。
とりあえずこの状態で始動しつつ、来年の春までに新入生を受け入れる体制を整える計画だと聞いた。
「さすがに一週間は無理だから、実は手続きと審査は今も継続中だけど、特に問題もなく正式な許可は出るって話だから、前倒しで開校したってわけさ。どんなに伸びても、新入生入学時までには終わらせるそうだよ」
「助かりました、エーリッヒ兄さん」
「私はなにもしていないよ、今日はただのメッセンジャーだから」
冒険者予備校を開設すると、王国政府から補助金が出る。
その関係でバウルブルクまで来たエーリッヒ兄さんは、俺に裏の事情を説明した。
「おかしな貴族たちから、魔法使いの卵たちを守る。それはわかりますけど、うちが囲い込みをしていると思われるのもどうかと……」
王都の予備校生たちにバウルブルク支部への転校を打診すると、希望者が殺到した。
特に、魔法使いは全員が転校希望を出している。
うちに集まった人数が多いような気がしないでもないのだ。
「ヴェルの奥さんたちは産休中だけど、バウルブルクの冒険者予備校なら講師ができるじゃない。講師陣の充実ぶりでは王都の予備校でも勝てないかもね。卒業後に無理やり囲い込まなければ大丈夫だよ」
実際に、冒険者ギルド側から臨時講師の関する要請が入っている。
そこで、無理をしないように、エリーゼ、カタリーナ、リサなどが対応する予定であった。
「バウルブルクなら安定して指導を受けられるし、バウルブルクはアルバイトにも有利だしね」
エーリッヒ兄さんの言うとおりだ。
まだ発展途上で手付かずの自然が多いバウルブルク近郊には、多くの獲物が存在する。
予備校生たちがアルバイトで稼ぎやすいという事情もあった。
「だからって、魔法使い全員か……」
冒険者予備校バウルブルク支部の生徒数は二百名ほどであったが、その三分の一近くが魔法使いであった。
他の予備校では考えられない魔法使い率の高さである。
「勧誘に関しては、卒業後に一人前になったらいつでもできるからね。狩猟の場所に関しては、今は魔の森が一番のスポットになっている。他の支部の卒業生たちも結局、魔の森に集まっているのさ」
魔の森産の素材と採集物は不足しているので、その買い取り額が高い。
同じ命を賭けるのなら、稼げる場所を選ぶのは当然ではあった。
「未成年の間は面倒を見るけど、成人後にどの貴族の勧誘についていこうと自由ですか……」
「本人の意思を否定できないのは事実さ。大人が騙されたとしても、手を差し伸べられないのと同義語だけど」
ベイヤー男爵家のバカが問題になったのは、まだ予備校生であるアグネスたちを勧誘しようとしたからだ。
法的には問題ないが、それは暗黙の掟で禁止されている。
冒険者ギルドからすれば、駄目な貧乏男爵家くらいならそれを罰するのに躊躇わないというわけだ。
「ヴェルは、春までは大変だね」
「そうですね」
冒険者予備校バウルブルク支部に転校した魔法使いたちへの指導に、王都の予備校でもまだ指導の仕事が残っている。
王都の予備校に所属する魔法使いの人数がゼロになってしまったので、十歳から十一歳くらいまでの、入学可能年齢に達していない魔法使いたちへの指導も発生してしまった。
入学前に基礎力を付けるとかで、ヘリック校長がどこかから魔法使いの見習いたちを集めてきたのだ。
どうやら、エリーゼたちが出産するまでは俺を手放さないつもりらしい。
「これも、エリーゼたちが出産するまでですよ」
「本当にそれで終われるのかな? ヴェルの指導って、冒険者予備校側の評判がいいんだよね。それに……慕われているね」
新設された冒険者予備校バウルブルク支部の前でエーリッヒ兄さんと話をしていると、アグネスたち三人が駆け寄って来た。
「先生、もうすぐ講義の時間ですよ」
「新しい校舎って、木のいい匂いがしますね」
「先生、質問があるんですけど。先生のお兄さんって、うちのお兄さんと違ってしっかりしているんですね。格好いいし、羨ましいなぁ……」
「エーリッヒ兄さん、また夜に」
「そうだね。夕食をご馳走になりに行くから」
エーリッヒ兄さんと別れた俺は、三人に手を引かれながら真新しい校舎へと向かう。
あくまでも臨時でと言って引き受けた講師職だが、結局死ぬまで冒険者予備校バウルブルク支部の臨時講師を続けていくことになってしまった。
まあ、変な貴族の相手をするよりも圧倒的にいいから、それは構わないのだけど。
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