第282話 大野外遠足

「今日の講義はここまでだ。質問があったらいつでも聞いてくれ」




 今日の講義も無事に終わった。

 教室にいる六十一名の生徒たちは、まだ熱心にメモを取り続けている。

 最初は担当がボケた老講師だったため、出席日数は卒業に必要な分だけで構わないだろうと思っていた生徒たちも、俺が講師だと聞いてほぼ全員が毎回出席するようになった。

 たまに体調不良などで一人、二人休むくらいだ。

 俺の知名度のおかげなのだろうが、こうして実際に、俺が教えている内容を懸命に聞いてくれる生徒たちを見ていると、心が和むというもの。

 このまま教師を続けるのも悪くないかもと、俺は思い始めていた。

 本当、貴族の柵なんてクソ食らえである。


「先生!」


「質問か? アグネス」


「はい」


 最近では、生徒たちの名前と顔も覚えた。

 その中でも一番よく質問してくるのは、やはり委員長キャラであるアグネスだ。

 彼女の実家は眼鏡屋さんであり、目が悪い彼女は高価なオーダーメイド眼鏡を複数所持している。

 たまにかける眼鏡を変えてくるのだが、彼女にその理由を聞くと、実家の宣伝のためだと言っていた。

 真面目な彼女は、父親に言われてそうしているらしい。

 眼鏡はそう滅多に売れるものではないので、少しでも実家の宣伝になれば、ということのようだ。

 非常に高価なので富裕層向けであり、庶民で買えるのは、あの胡散臭い不動産屋のように商売で成功した人間だけであった。

 確かにリネンハイム氏は、眼鏡も非常に胡散臭いものをかけている。

 アグネスに聞くと、彼もあのお店の常連だと教えてくれた。

 わざわざあの胡散臭い眼鏡をオーダーメイドするとは……さすがはリネンハイム氏だと言わざるを得ない。

 魔法使いが将来眼鏡になる可能性は、魔法の研究で本を読む人が多いから、一般人よりは高めではある。

 今のうちに宣伝しておけば、まったく効果がないわけでもないのか。

 アグネスの実家は、俺が提案したサングラスの販売でそこそこ潤っている。

 リネンハイム氏も、プライベート用にサングラスを注文したそうだ。

 仕事用でなくてよかった。

 もし仕事中にサングラスなんてしたら、不動産屋というよりも地上げ屋に見えてしまうからだ。


「『魔法障壁』の角度についてお聞きしたいのですが……」


「ああ。それね……」


 『魔法障壁』は、魔力量が少ない人からすると悩ましい魔法である。

 全身を包むと消費魔力量が増え、展開を維持すればやはり大量の魔力を消費していく。

 魔力をケチって『魔法障壁』を薄くしすぎると、呆気なく敵の攻撃が貫通してしまい、展開する意味がなくなってしまうのだ。

 そこで俺は、ある方法に辿り着いた。

 戦車の傾斜装甲のように、『魔法障壁』に傾斜をつけるようにしたのだ。

 これならば、多少『魔法障壁』が薄くても、ある程度までの衝撃は防げる。

 魔力量が少ない魔法使いからすれば、大きな助けとなるであろう。

 ただし、同じ『魔法障壁』の厚さと角度でも、防御力には大きな差が出る。

 自分の『魔法障壁』は、このくらいの厚さと傾斜角度でどの程度の攻撃まで防げるのか?

 その見極めを確実に行ってから実戦で使用するようにと、俺は講義で説明した。

 アグネスは、早速自分なりに『魔法障壁』の改良を行いたいのであろう。


「私もお願います」


 もう一人、この娘はシンディという名前で、黒髪をオカッパ頭にした少女であった。

 年齢は十二歳と最年少であったが、現時点での魔力量は、最優秀のアグネスとそう違いはない。

 実家は大きなフラワーショップであり、彼女はそこそこのお嬢さんであった。

 俺はたまに、奥さんたちに贈る花を購入している。


「先生、私にも教えてほしいです」


 三人目は、実家が飲食店であるベッティであった。

 彼女もアグネスと魔力量に差がなく、俺は特にこの三人に目をかけている。

 駄目なお兄さんが自分のレストランを潰しかけたが、今は俺のインチキコンサルティングのおかげで人気店となっていた。

 立飲み屋に業務変更したので、たまに導師やブランタークさんが待ち合わせて一緒に飲んでいるが、居酒屋とは違って長っ尻にならないので、二人は使い勝手のいい店だと喜んでいる。

 現在アルテリオさんが、同形態のお店を王都に何店舗かオープンさせていた。

 こっちも、同じく繁盛しているそうだ。


「先生、俺にも教えてください!」


 他にも多くの生徒たちが手をあげたので、これから課外講義ということにして外に出た。

 早速裏庭で、『魔法障壁』の実演を行う。


「見やすいように、『魔法障壁』に色をつけたから」


「本当だ、わかりやすい。俺にもできますか?」


「慣れれば、そんなに難しくないけど……」


 『魔法障壁』に色をつけること自体は、そう難しくない。

 ただ、対人戦闘だとその厚さが一目瞭然になってしまい、戦闘で不利になってしまう。

 だからみんな、透明に近い『魔法障壁』しか張らないだけだ。

 『魔物に、『魔法障壁』の厚さなんてわかるのか?』という疑問もあるが、魔物の知性についてはいまだ研究途上だし、冒険者をしていると人間とトラブルになる可能性だってある。

 なので、魔法使いで色付きの『魔法障壁』を張っている人は少なかった。


「『魔法障壁』に傾斜をつけすぎると、大分前で展開しないといけないという弱点も出てくるから、四十五度くらいが限界かな? もしくは……」


 『魔法障壁』に丸みを帯びさせる。

 形状のコントロールが難しいので練習が必要になるが、これにも防御力を上げる効果があった。


「なるほど。これなら同じ魔力使用量でも防御力が増える」


「難しい……『魔法障壁』に丸みを帯びさせるのが……」


「それは、ライナルトが魔法の練習をサボっているからだろうが」


「俺はちゃんと毎日練習しているぞ!」


 一人の男子生徒が同級生にどやされ、彼はそれに反論した。

 一部要訓練の者たちもいたが、なんとか全員に理論を理解してもらえたようだ。

 時間外指導を終えて校長室に向かうと、そこでヘリック校長からとある行事に参加してほしいと要請された。


「『大野外遠足』ですか?」


「魔法使いクラスを引率してほしいのだよ」


「引率ですか……先生らしい仕事ですね」


「そうだろう? もし時間が空いていたらでいいんだが」


 遠足の引率とは、俺の教師業も本格的になったものだ。


「勿論応援はつくさ。一人で六十人も引率はさせない」


「ですよね」


 プロの教師でもない俺が、一人で六十名もの行動を監視するなんてできるわけがない。

 さすがに、その辺は考慮してくれたようだ。


「予定は空いていますからいいですよ」


「すまないな」 


「いえ、俺は先生ですから」


 俺は引率の件を了承した。

 屋敷に戻ってエリーゼにその話をすると、彼女は大野外遠足について知っているようだ。

 俺にその内容を教えてくれた。


「教会から何名か神官を派遣しますので、概要は知っています」


 大野外遠足とは、王都近郊の狩猟場に全員で出かけて狩りをする行事だと、エリーゼが教えてくれた。

 どうやら、俺が考える遠足よりもアクティブに動く行事のようだ。

 なら、『大狩猟祭』でもいいのにと、俺は思ってしまったけど。


「未成年の学生さんか、卒業前の生徒さんばかりなので、当然魔物の領域では行いません。通常の狩猟場で、みんなで狩りの成果を競い合うのです」

 

 神官たちは、参加者が負傷した時のためのボランティアだそうだ。

 エリーゼも、一度だけ参加したことがあると言う。

 

「たまに軽傷者は出ると聞きますが、私は顔を出しただけです。大きな危険はありません」


 王都郊外の狩り場だから、当たり前といえば当たり前だ。

 冒険者でなくても、野草などを取りに行く人もいるくらいなのだから。


「ヴェルはなにをするんだ?」


「生徒たちの監視だ。危険がないようにな」


 俺は、エルに当日の仕事を説明した。


「結構過保護なんだな。王都の冒険者予備校は」


 ブライヒブルクにある冒険者予備校には存在しない行事だ。

 俺たちは滅多に王都の冒険者予備校に行かなかったので、実はこの行事が存在することすら知らなかった。


「俺は予定が空いているから、ヴェルについて行くよ」


 エルが、俺の護衛と手伝いのため付いてくることになった。

 あくまでも念のためだろうな。


「狩猟か……監視役でも参加したい気分ね」


「ボクたちはもう行けないからね。残念」


 妊婦に『瞬間移動』は禁止であり、イーナとルイーゼは参加できないのを悔しがっていた。

 お腹が大きくなるにつれて動けなくなるので、少しストレスが溜まってるのかもしれない。

 

「気持ちはわかるけど、大人しくしていなさい。母子共に危険なんだから」


「わかりました」


「お母さんになるには大変だなぁ」


 動きたくてたまらない二人に、アマーリエ義姉さんが釘を差した。

 もし流産でもしたら、大変だと思っているのだと思う。


「それに、言うほど動けないわけじゃないじゃない。冒険者の運動量に比べれば、動いていないのに等しいのでしょうけど……」


 二人も含めて奥さんたちは、屋敷とその周辺は自由に動き回れるし、訓練も魔法主体のものは今も行っている。

 だから、そこまで行動に制限があるわけでもなかった。


「ヴェル様、魔法使いばかり六十人も監視するの?」


「いや、それは正確ではないか」


 当然魔法使いたちは、他の冒険者見習いたちと編成したパーティで参加する。

 放課後、すでに活動しているパーティに、この行事のために臨時で編成したパーティ、あとは現地で人数が少ないパーティとソロの生徒たちを集め、講師が勝手にパーティを組んでしまうケースもあると聞いた。

 誰でもいいから、パーティを組んで狩猟をする訓練だからだ。


「まさしく……」


「ヴェンデリンさん、どうして私とリサさんに視線を?」


 カタリーナとリサの二人は、講師の指示に逆らって、ボッチで大野外遠足に参加していそうだなぁ……と、思ったからだ。

 担任の先生から『○名でグループを作ってください』と言われた時、余り者同士でグループを作ってしまうのは、ボッチ見習いでしかない。

 それにも逆らって一人で行動するからこそ、真のボッチと呼ばれるに相応しいのだから。

 

「私は西部の予備校でしたので、大野外遠足という行事はありませんでしたわ。狩猟ランキング制度はありましたけど」


 在学中一年間の狩猟の成果をカウントして、成績優秀者を表彰する制度だそうだ。


「私、十二歳の頃から三年連続で一位でしたわ」


「カタリーナ、凄い! どういうパーティで狩猟をしたの?」


「……私ほどの魔法使いになると、一人で十分に対処可能ですから……」


 ヴィルマの質問がかなり堪えたようで、カタリーナは顔を引き攣らせていた。

 間違いなく彼女は、ずっと誰ともパーティを組まないで一人で狩猟を行ったのであろう。


「リサは?」


「私は王都の冒険者予備校の出なので、『大野外遠足』には出ました……」


 ヴィルマは続けてリサにも聞くが、口籠って後半の言葉が出ない。

 出会った頃のリサの言動から察するに、間違いなく彼女一人で参加したのであろう。

 

「一人でも、優秀な魔法使いはなんとかなるからの。妾もそれは理解できたわ」


 魔法を使えない冒険者見習いが一人ではどうにもならないが、魔法使いなら一人でも好成績を上げてしまう。

 カタリーナとリサは、典型的なボッチ魔法使いというわけだ。

 いや、こういう場合は孤高の魔法使いであろうか?

 俺も、他人のことはまったく言えなかったが……。


「しかしわからぬの。その時だけでも適当にパーティを組めばよかろうに。のう、カチヤ」


「あたいは、冒険者予備校時代ソロだったけど、臨時パーティならよく組んだぜ」


 それは、テレーゼとカチヤがそっち側の人間だからだ。

 テレーゼならば、自分がリーダーになってパーティが組める。

 カチヤもこう見えて、誰とでもすぐに仲良くなれるスキルを持っている。

 普段はソロ冒険者であったが、定期的に臨時パーティを組んで狩猟を行っていたそうだ。

 冒険者予備校時代からの知己も多く、実は彼女はコミュニケーション能力に優れていた。


「カチヤ、凄いんだな」


「えっ? そうか? 旦那」


 俺も基本的にはカタリーナとリサ寄りだから、カチヤを羨ましく思ってしまうのだ。


「大野外遠足ならあたいも出たけど、あの草原や森は危険は少ないからピクニック気分でいいと思う」


 ウサギ、鹿、アナグマ、ハクビシン、鴨、ホロホロ鳥。

 獲れる獲物はこのくらいで、まず死者など出ない。

 だから、大野外遠足なのだそうだ。


「お気楽な行事なのか?」


「俺は半分お休みのようなものだな」


 エルはのん気そうだが、翌日俺たちは予想外の喧騒に巻き込まれることになる。






「これはこれは、バウマイスター先生ではありませんか。私は講師のヨーゼフと申します」


「普段はなかなか挨拶ができないので。ラードルフです」


「私はブルーメルと申します。バウマイスター先生、よしなに」


「これはどうも」




 遠足は家に帰るまでが遠足だと、日本で学校の先生が言っていた。

 大野外遠足も同じであったが、冒険者予備校は学校ではない。

 現地集合現地解散なので、早速遅れてくる生徒たちが続出した。

 王都からそんなに距離は遠くないのにこの体たらく。

 だが、冒険者では珍しくない。

 少しくらい遅刻しても、冒険者は稼げれば問題ないからだ。

 勿論貴族に仕えようとすれば、遅刻する奴は問題外であったが。

 そんな理由で生徒たちを待っていると、俺に正規、臨時を含めて多くの講師たちが挨拶に訪れた。

 ちゃんと対応はしているが、数が多くて相手をするのが面倒だ……そんな心の声を表に出すわけにいかないけど。


「みんな、必死だな」


 隣にいるエルが、ボソっと呟く。


「どうして臨時講師の俺に、みんなこぞって挨拶をするんだろうな?」


「お前なぁ……ローデリヒさんの計画書をちゃんと見ているか?」


「見ているけど、それが?」


「バウルブルクの冒険者予備校建設計画だよ」


 それは俺も見たが、開校予定は一年後だ。

 いくら魔法で工事できるとはいえ、そうポンポンと、なんでもすぐにできるわけがないのだから。


「正規講師たちは冒険者予備校の幹部と校長の椅子が欲しいだろうし、臨時講師たちは正規講師の椅子が欲しいだろうな」


 俺のような短期間のみの臨時講師とは違って、正規講師員職の空きを待ちながら臨時講師を続けている者たちも多い。

 彼らは、バウルブルクの冒険者予備校に正規講師枠が増えると、大いに期待しているというわけだ。


「採用なんて、校長にした人に丸投げする予定だけど」


「それでも、領主様の鶴の一声は貴重だろう?」


「かもしれないけどな」


 他にも、多数の生徒を引率するので十数名の冒険者たちも参加している。

 アルバイトなのであろうが、彼らも俺を食い入るように見つめていた。


「彼らは?」


「貴族の子弟とかじゃないのか?」


 生活のために冒険者になったが、できれば仕官したい。

 そういう連中がこのアルバイトに潜り込んだようで、俺に対し必死にアピールを続けていた。


「なんか、やりづらいな……」


 彼らは、俺の方にばかり視線を向けるので困ってしまう。

 見張るのは生徒たちだろうに……。


「無視しとけ。仕官なら、正式な窓口から申し込めばいいんだから」


 他人に見られ続けて居心地の悪さを感じていたが、ようやく生徒たちが全員集合した。

 大野外遠足は校内行事なので、最初に開会式がある。

 パーティ毎に整列し、ヘリック校長が挨拶をしてから注意点などを話していた。

 俺とエルは、彼の横に講師たちと共に並んでいる。


「至極当たり前のことばかりだけど、念のために言うんだな」


「それは、冒険者予備校だからだろう」


 やはり、いつ聞いても校長先生の話など退屈なものだ。

 幸いだったのは、元は優秀な冒険者であるヘリック校長なので無駄話はしなかった点であろうか。

 それと、学校の朝礼では恒例の、倒れる生徒は一人もいなかった。

 その程度で倒れてしまう人に冒険者稼業は向かないから、当然であったが。


「では、開始の合図を!」


「はい」


 ヘリック校長に促され、俺は上空に向けて『ファイヤーボール』を放つ。

 花火代わりというわけだ。

 これが開始の合図となり、生徒たちは事前に地図を見て検討しておいたポイントに向けて走り出す。

 

「各講師の方々も、臨時雇いの冒険者の方々も。所定のポイントでの監視を続けてください」


 そう言うと、ヘリック校長は本部に指定したテントに引っ込んでしまう。

 他にも、治癒担当の神官数名と幹部クラスの講師たちも一緒だ。


「若い連中が汗を流せってか?」


 エルが早々に引っ込んでしまったヘリック校長たちを皮肉っていたが、待機も仕事のうちである。

 気合を入れて現場に来られても、逆にこっちが困ってしまうのだから。


「エル、行くぞ」


「了解」


 俺とエルも、事前に話し合って決めたポイントへと向かった。

 

「草原に一部森か……悪くないな」


「そうだな」

 

 俺とエルが監視を担当するエリアは、草原と森が隣接する悪くない狩り場だと思う。

 エルも、俺と同意見であった。

 俺はすぐに、はぐれた大猪や熊などがいないかを『探知』で確認。

 いれば駆除をして、生徒たちに危険がないようにする。

 これも、講師の仕事であった。


「なんだ、大物がいるじゃないか」


「本当か? 一匹だけでも狩りができてラッキーじゃないか。行こうぜ、ヴェル」


 俺は『探知』でそれらしい反応を見つけ、早速二人で現場へと向かう。

 熊はいなかったが、巨大な猪がいたのですぐにエルが矢を放ち、俺が『ブースト』をかけた。

 額のど真ん中に矢が刺さった猪は、すぐにその場に倒れて絶命してしまう。


「やっぱり、王都の冒険者予備校は甘いよなぁ」


「校内行事だからだろう。放課後の狩りではこんなことはしないんだから」


 校内行事で冒険者に死なれると面倒だから、こんなことをしているのであろう。

 どうせ卒業したら自分でなんとかしないといけないので、今のうちだけってことで。

 気にしても仕方がないと、俺は猪をその場で血抜きしてから魔法の袋に仕舞う。

 他の反応も探すが、残りは小型の反応ばかりで、ここは安全な狩り場のようだ。

 これにて無事に駆除が終わり、あとはウロウロと監視するだけで仕事がなくなってしまう。


「あーーー、狩りがしたい」


「ヴェル、生徒たちの獲物を奪うなよ」


「ならば、他の物を採ろう」


 というわけで、エルには監視を続けさせ、俺も『探知』で監視を続けながら、野草の採集を始める。


「この草は天ぷらにすると美味しい。この木の新芽はお浸しにすると最高だ。この草の根っこは、あとで味噌汁に入れよう」


「妙に詳しくなったな」


「先生がいいからさ」


「エリーゼ先生かよ」


 エリーゼは、教会の炊き出しに使う素材の採集を経験しているので、野草にも詳しかった。

 俺も教えてもらって、ある程度はわかるようになっている。

 

「毒とか大丈夫か?」


「ありきたりで、確実に大丈夫なものしか取っていないから大丈夫」

 

 魔法で解毒もできるが、たまに魔法が効かない未知の毒もあるので、その辺は警戒していた。

 『バウマイスター伯爵、野草の毒で死す』では格好がつかないからだ。


「これくらいで十分だな。早速調理を……」


 ある程度採集を終えたら、今度は野外調理の開始だ。

 ただ監視もあるので、携帯魔導コンロでご飯を炊き、味噌汁を作り、野草の天ぷらとお浸しを作るくらいである。


「いや、十分に作りすぎだから!」


「メインは、持参しただけだぞ」


 さっき獲った猪ではないが、これは事前に大きな鍋で角煮を作っていた。

 豚肉ではないが、エリーゼの作なので味は美味しい。

 これも温めることにする。


「いい感じに昼食ができたな」


「美味そうだな」


 遠方では、生徒たちが懸命に狩りをしている。

 成績上位者には表彰と賞金も出るそうで、他にも高名な冒険者というのはみんな大野外遠足においても好成績を上げていたそうだ。

 当然生徒たちは優秀な成績を目指しており、みんな懸命になって当然なのだ。


「ご飯、野草の根の味噌汁、野草の天ぷら、野草のお浸し、猪の角煮。食事はバランスよくな」


「こんな場所でそんなことを気にするのは、間違いなくヴェルくらいだろうな……」

 

 生徒たちには特にトラブルもないようで、俺たちはのんびりと食事を始めた。

 ヘリック校長たちも食事をとっている最中であろうし、他の講師たちも弁当くらい持参しているはず。

 生徒たちも、各々自由に昼食を取るはずだ。

 ちなみに、昼食時間の時間の指定はなかった。

 そのくらい、自分で考えて取れということだ。


「先生、美味しそうですね」


「いいなぁ……」


「豪勢ですね」


 食事をしていると、顔見知りが声をかけてくる。

 魔法使いクラスでトップ3で、俺が目をかけているアグネス、シンディ、ベッティの三人であった。

 彼女たちは、仲がいい三人でパーティを組んだようだ。


「すまないな。規則上、分けてあげられないんだ」


 飯の確保とその時間配分も大野外遠足の課題に含まれているので、俺がアグネスたちに食事をあげると失格になってしまうからだ。


「ルールですから。当たり前です」


 やはり、委員長キャラであるアグネスの性格は真面目そのものであった。


「魔法使い三人のパーティか。ヴェル、みんな可愛い娘だな」


「お前なぁ……ハルカに言いつけるぞ」


「どうして、女性を褒めただけで浮気扱いなのか?」


「まったく……他人の教え子にちょっかいを出して」


「思いっきり濡れ衣なんだが……」

 

 そう嘆くエルは放置して、俺は三人に狩猟の成果を聞いた。

 

「かなり上位を狙えるはずです」


「それはよかったな」


 三人とも優れた魔法使いなので、別におかしないことではない。

 上級がいないので今年は不作だと騒ぐアホな講師もいたが、彼女たちはまだ魔力量が伸びている状態だ。

 今の時点で、駄目魔法使いだと決めつけるのはどうかと思う。

 それに、俺の周りには魔力量の多い魔法使いが多いが、本来であれば中級でも十分に優れており、そうそう一緒にパーティなど組めないのだから。


「弓を使える人を入れなかったのか?」


「三人の方が連携が楽ですし、弓なら持っていますから」


 三人は弓も持っており、これを射て矢を魔法で強化する戦法も使って数を稼いでいるようだ。

 魔法使い用の袋に、獲物が大量に入っているものと思われる。

 俺とエルもよく使った数稼ぎ用の戦法で、懐かしさを感じてしまう。


「先生のおかげで、前よりも大分狩猟の効率が上がりました。ありがとうございます」


 シンディが俺にお礼を言うが、こういう光景を見ていると心洗われるようだ。

 普段は、素直にお礼を言う美少女ではなく、なにか裏がありまくるオッサンやジジイを相手ばかりしているから、余計にそう感じてしまうのであろう。


「怪我のないように頑張ってくれよ」


「先生」


「どうかしたか? シンディ」


「もし優勝したら、なにかご褒美をください」


 最年少であるシンディは、俺に褒美が欲しいとストレートに言う。

 図々しいお願いではあるが、彼女の愛らしい容姿と声によってまったくそう感じられないのは凄いと思う。


「優勝したらな。王室御用達のフルーツパーラーで食べ放題だ。他のクラスメイトたちにも伝えておいてくれ」


「やったーーーっ! ありがとうございます」


 俺から、優勝した人たちに奢るという条件を引き出した三人は、素早く準備したお弁当を食べると狩猟に戻って行った。

 その対象が彼女たちだけでなく、他の魔法使いたちも入っていたのは、先生として依怙贔屓はよくないと思ったからだ。


「俺たちにも、あんな風に可愛い頃があったな」


「ヴェル、お前はジジイか。俺たちはまだ二十歳前だぞ」


「とはいえ、これまでの苦労を考えると……」


 とても、十七歳の少年少女がしていい苦労ではない。

 俺は、中身がおじさんだからこそ耐えられたのだと思っていた。


「それは考えるのをやめようぜ。確かに幼く感じるよな」


「だろう?」


 俺に巻き込まれて苦労しているエルも、初々しいアグネスたちを見て昔を思い出しているようだ。


「でもみんな、ルイーゼよりは胸があったけどな」


「エル、それを本人の前で言うなよ……」


 確実にぶん殴られるはずだ。

 俺ならそんな恐ろしいタブー、口に出すのも躊躇われる。


「当たり前だろうが。ルイーゼの場合、手加減されても滅茶苦茶痛いからな」


 健康に留意した昼食を取ってから午後も監視を行うが、そろそろ駄目なパーティが目立ってくる。

 準備した矢の数が少なくて狩猟ができなくなる者、午前中に張り切りすぎて動きが極端に落ちてしまった者。

 みんな経験不足だから起こるミスであり、今のうちならば……まあいい経験であろう。


「三人組は頑張っているな」


 三人は、いまだにペースを落とさず狩猟を続けている。

 これなら優勝するかもしれない。

 夕方になりヘリック校長の元に戻ると、彼から再び上空に『ファイヤーボール』を撃つようにとお願いされた。

 これで、大野外遠足は終了というわけだ。

 集まった生徒たちは、パーティごとに獲った獲物を集計してもらう。

 およそ一時間後、ヘリック校長から成績発表があった。


「優勝は、『マジカルトライアングル』!」


 俺の予想どおり、優勝はアグネスたちの魔法使いパーティであった。

 二位以下のグループを大きく引き離しての、圧倒的な勝利だ。

 マジカルトライアングルとは、彼女たちのパーティ名である。

 魔法使いが三人なので特に捻りもないパーティ名であるが、俺はとても似合っていると思った。

 他にも、魔法使いを入れたパーティは例年よりも優れた成績をあげているところが多い。

 俺の指導も、少しは役に立ったのかもしれない。

 表彰台の上で賞状と賞金を貰う三人を見ながら、俺は一人感動に浸っていた。


「ヴェル、特に波乱もなく優勝したな」


「約束どおり奢ってあげないと。先生は約束を守るものだ」


「そういうものなのか?」


「そういうものなのだ」


「まあ、好きにしたら?」


 先生は、必ず約束を守るもの。

 だからこそ、生徒たちは俺を慕ってくれているのだから。

 さあて、彼女たちのためにお店の予約を取りに行かないとな。

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