第281話 貴族と種馬に差はあるのか?
「お館様、これからのバウマイスター伯爵家の繁栄は、いかに多くの子を成して一門衆を形成するかにかかっているのです。歴史ある貴族家では、多すぎる子は争いの元になりますが、バウマイスター伯爵家はお館様が立ち上げた家です。よって、その心配もありません」
「そうなんだ」
「お館様、そんな他人事のように……お若いのですから、これからも頑張っていただきませんと」
「はあ……」
俺が臨時講師を引き受けてから三ヵ月。
季節は初夏となった。
バウマイスター伯爵領は南方にあるので一年中暑いが、これからはさらに暑い真夏の時期を迎える。
季節とはまるで関係ないが、俺は家宰にして政務を丸投げしているローデリヒから説教ではないが、励ましのようなものを受けた。
もっと子供を作りなさいということらしいが、今エリーゼたちは妊娠しているし、俺は教え子たちに魔法を教えるのが忙しい。
なにより、俺はまだ若いのだ。
そんなに焦る必要はないと思うんだよなぁ。
「エリーゼ様たちは、すでに妊娠四ヵ月ほど。待望の後継ぎが生まれる可能性は非常に高く、我ら家臣一同、安堵の溜息をついております」
エリーゼ、イーナ、ルイーゼ、カタリーナと。
ほぼ四人同時に妊娠したので、もし今俺になにかがあってもバウマイスター伯爵家が無嗣断絶になる心配はない。
貴族に後継者がいないと、爵位と領地継承でいらぬトラブルになることがあるからなぁ……。
ようやく職を得た家臣たちからすれば、それが原因でリストラされる可能性もあるのだ。
安堵して当然か。
最悪、俺の甥たちもいるからなぁ。
まだしばらく死ぬつもりなんてないが、思わぬ事態が発生するケースがあるかもしれない。
もしそうなったらそうなったで、生きている人たちだけで考えればいいと思うのだけど、それは俺が無責任なのか?
「エリーゼ様たちのご出産の無事を祈りつつ、ヴィルマ様とカチヤ様ですが……いやあ、よかったです」
実は、この二人も妊娠していた。
ヴィルマは十五歳になったからで、カチヤももうこれ以上は魔力が上がらないのと、もうすぐ二十歳なので、実家の方から催促が来るようになってしまったらしい。
そこでというわけでもないが、俺が奮闘した?
普通に夫婦生活を送っていたら、妊娠したわけだ。
「よかった……。これで、バウマイスター伯爵家も安泰です……ううっ……」
いきなり呼び出されたから何事かと思ったが、どうやら俺に説教したいわけでもないらしい。
ローデリヒが勝手に感涙に咽んでいて、こういう時、俺はどう対応していいものやら。
男の涙に、男の俺が優しくしてあげる必要はないと思うんだよなぁ。
「おかげで、魔物の領域に狩りに行けなくなったけどな」
「当たり前です。安全が確保できるパーティを組んでいないのですから」
これにて、ドラゴンバスターズの女性陣はほぼ全員が産休に入った。
よって今は、たまにエルと近隣の森へ狩猟に行くくらいである。
それも、エルが数名の護衛たちを連れてだ。
なかなか身軽に行動できなくなってしまったなぁ。
「護衛とか、堅苦しいよな。廃止しない?」
「なにをおっしゃいますか! もしお館様の身になにかあったら、このバウマイスター伯爵家はどうなるのです? 護衛ナシなどあり得ません」
偉くなるのも考えものかもしれない。
ただローデリヒは、エリーゼたちが同行していれば行動の自由を認めてくれる。
今は仕方がないというわけか。
エリーゼたちの産休明けを待つしかないな。
「そういえばテレーゼもなぁ……」
結局、上級の中レベルの魔力量まで上がった彼女は、自主的に避妊を止めて妊娠してしまった。
本人曰く、『魔法の練習は妊娠中でもできるであろう。妾ももう二十一歳じゃ。一人くらいは子供を産んでおきたいからの』だそうだ。
「テレーゼ様に関しては、別に問題はありません。お察しがいい方なので大変に楽でした」
テレーゼが産んだ子には、バウマイスター伯爵家の継承権はないが、男子ならば新たに立ち上げる重臣家の当主にする。
それでテレーゼとは話がついていると、ローデリヒが語った。
いつの間にと思ったが、面倒がなくて俺からすれば好都合だ。
「リサ様ですが、結局手を出されましたな」
「こら、ローデリヒ。今さら階段を外すか?」
彼女に関しては、あのメイクと衣装のままだと誰も結婚してくれないだろうし、スッピンにすると俺以外の男性とは話せない。
うちの女性陣とは普通に話せるようになったので、男性恐怖症を克服する訓練の効果がなかったわけでもないのだが……。
甲斐甲斐しく領地の開発を手伝ってくれるし、アマーリエ義姉さんなどに言わせると『年上なのに可愛いから、つい面倒を見てしまう』人で、俺もそう感じていたので本人の希望を受け入れることにした。
そして彼女も無事に妊娠して、同時に魔力量も上がっている。
カタリーナとほぼ同じ魔力量まで増えたが、やはり元から超一流の魔法使いだと伸びしろは少ないようだ。
「リサ様は、嬉しそうではないですか」
確かに、今の彼女はエリーゼたちと共に赤ん坊用の産着などを縫って、日々を楽しそうに過ごしている。
もうすぐ三十歳になる彼女からすれば、年増の自分に奇跡が起きたと思っているのであろう。
日本なら特に珍しくもない年齢なんだけど、この世界だと間違いなく高齢出産扱いであった。
「この前は、大変な目に遭ったけどな……」
「リサ様が、臨時講師をなされた件ですか?」
「そう、それ」
リサが妊娠する前、先月にあった出来事を俺は思い出す。
『えっ? 工事? 俺は今日は駄目だぞ』
リサの妊娠が発覚する前。
その日は冒険者予備校の講義だったのだが、ローデリヒから急ぎ魔法で工事してほしいと頼まれた案件があった。
急ぎだというので俺は講義を翌日にズラそうとしたのだが、そこに名乗りをあげたのがリサであった。
しかも、臨時講師の方をだ。
工事の方は大規模で、俺が担当しなければ魔力が足りなくなってしまい、逆は不可能だとローデリヒが言う。
『リサ様が、臨時講師の方を受けてくださるそうです。というわけで、工事の方が問題なく行えます』
『ならいいか』
以前にカチヤが、リサは魔法を教える時は理論的だと言っていたし、生徒たちも色々な魔法使いに教わった方が視野が広がっていいと思う。
俺だって、師匠、ブランタークさん、導師と魔法を教わり、魔法使いには色々な人がいるのだと知った。
アグネスたちにも、色々な魔法使いを見せておいた方がいいと思うのだ。
『じゃあ、お願いしようかな』
『はい』
こうして、その日はリサが臨時講師を務めることになった。
『リサ? あんたが、あのブリザードのリサ?』
当日の朝、彼女を予備校まで送ってからヘリック校長に事情を説明すると、彼は目を丸くしながらリサを見ていた。
俺もその気持ちはよくわかる。
以前とは、まったく別人のようになってしまったのだから。
『よろしくお願いします』
『バウマイスター伯爵殿、俺はあんたを尊敬するぜ……』
ヘリック校長は、俺がリサを矯正したと思っているらしい。
正確には化けの皮を剥いだか、本性を暴いたといった感覚なのだが……。
まさか、こんなことでヘリック校長から褒められるとは思わなかったなぁ。
『バウマイスター伯爵殿が急用ならば、是非お願いしようかな』
ところが、今のリサには欠点が一つある。
いまだに、俺以外の男性とろくに話すらできない点だ。
いくら未成年ばかりとはいえ、魔法使いクラスの半分は男性であった……。
『あの……』
『先生、なにを言っているのかよく聞こえません』
講師役を引き受けたのはいいが、いざ生徒たちを目の前にすると、自己紹介すらできず、オドオドする羽目になってしまう。
生徒たちも、ろくに口すら利けない臨時講師に不満を漏らし始めた。
正直なところ、どうして引き受けたのだと思ったのだが、すぐにその理由は判明した。
もっともこれらの話は、俺はもう工事現場に向かっていていなかったので、ヘリック校長が様子を見に行ってわかった事実である。
『少し、失礼します……』
生徒たちが今日の臨時講師に不満を抱くなか、リサは小さく断ってから教室を出て行き、十分ほどで戻ってきた。
以前のメイクと派手な衣装に身を包んで。
『ブリザードのリサだ! クソガキ共! 今日は鍛えてやるから感謝するんだな!』
教室内は、一気に阿鼻叫喚の渦に包まれたそうだ。
それはそうであろう。
冒険者を目指す魔法使いで、リサの名と普段の言動を知らない人はいないのだから。
教室内は、一気に危険ゾーンへと突入した。
『さっきのと同一人物? 詐欺だ!』
『うっさいね! 凍らせるよ!』
とある男子生徒の発言にキレたリサが、周囲に冷気を漂わせる。
教卓の上に置かれた花瓶と花がまるで氷細工のように凍りつき、それを見た生徒たちが恐怖した結果、皮肉なことに彼らは大人しくリサからの講義を受けるようになったという。
肝心の講義内容の方は、誰もが納得のできる理論的なものであったそうだ。
『前回の臨時講師はどうだったかな? 先生、前回は急用があって出られなかったんだ』
『とても参考にはなりました……怖かったですけど……』
『教卓のお花は天に召されましたので、新しいお花を持ってきました。ためにはなったけど、怖かったです』
『水と風系統の魔法理論は素晴らしかったです。怖かったですけど……』
アグネス、シンディ、ベッティ他、すべての生徒たちが、あの派手なメイクと衣装のリサを見て、大いに肝を冷やしたようだ。
それにしてもあの衣装、替えがあったんだなと、俺は妙な感心をしてしまった。
『リサのあの衣装、もう一度見てみたいかも』
『すみません、旦那様になる人には見せられません』
そんな経緯もあり……なにがそんな経緯なのかわかないが、俺はリサも奥さんとして娶った。
勝負して破ったから嫁にするとか、こんなことを続けていたら、俺は死ぬまでに何人の女性を嫁にするのであろう?
それは考えない方がいいかもしれないな。
「それにしても、アマーリエ様がおられてよかったですな」
「確かに」
ローデリヒの言うとおりだ。
俺が思っていた以上に奥さんの数が増えて、さらに全員が妊娠してしまった。
そのため、出産と子育ての経験があるアマーリエ義姉さんが、妊娠したエリーゼたちの面倒を見てくれるのはありがたい。
公式には侍女長扱いのアマーリエ義姉さんであったが、ローデリヒは俺の奥さんとして扱っている。
彼に言わせると、『子供を産んだ経験があり、まだ若いので頑張ってください』なのだそうだ。
「さすがに、これ以上は奥さんを増やせませんか……」
「おい……」
ローデリヒが、とんでもないことを考えていやがった。
だが、寄親であるブライヒレーダー辺境伯との兼ね合いもあるので、これ以上は不可能なはず。
彼は俺に奥さんの数を合せることをしてきたのだが、さすがにもう勘弁してくれと、この前魔導携帯通信機で連絡してきたからだ。
彼は文系肌の人物であり、別に好色でもない。
奥さんをあまり増やしたくないタイプなのだ。
勿論成人してからだが、フィリーネも合わせて合計八人。
それに加えて、非公式の愛人二人。
字面だけで言うと、貴族とは淫靡な生き物である。
いや、ライオンの群れか?
官能小説のネタにもなるわけだ。
もっとも、現実のハーレムには色々と大変な点もあったりする。
特に俺は、前世で女性にモテモテだったわけではない。
女性を上手くあしらうスキルが、大きく欠けているのだから。
「最低でも、三十人は欲しいですな」
しかし、ローデリヒに言わせるとその制限がもどかしいらしい。
一体、俺の将来はどこに進もうとしているのだ。
「なにが三十人なんだ? ローデリヒ」
「勿論お子の数です」
「おい……あえてもう一度言う。おい……」
そんなに沢山、俺は戦国武将や江戸幕府の将軍かと思ってしまった。
「分家の創設に、半分は女子と考えて婚姻の引き合いも多いですからな。男子とて、婿養子に欲しがる家などもあります」
子供が娘しかいない家からすれば、うちから婿養子を受け入れ関係を結び、利益を得るくらいのことは考えるそうだ。
普通の貴族なら、多すぎる子供はその進路に大きく頭を悩ませる事態になるが、俺が初代のバウマイスター伯爵家ならまったく問題ない。
むしろ、人手不足が問題視されているくらいなのだから。
「生臭い話だな」
「それが貴族ですので」
「わかったから」
「というわけですので、頑張ってください」
俺はローデリヒにガッチリと両肩を掴まれた。
これ以上俺に、なにを頑張れというのであろうか?
「わかったから!」
俺は話を打ち切ると、急ぎそのまま『瞬間移動』で王都へと飛んだ。
生臭い貴族の世界のお話は忘れ、早く純真な生徒たちと接したい……まったく、人を種馬扱いして。
ローデリヒたち家臣は失業が怖いんだろうけど……。
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