第280話 過去の思い出と現実(後編)
「エル、君には失望した」
「ヴェル、いきなりなんだよ……って! アンナか?」
「はい! お久しぶりです、エルヴィン様」
俺がその美少女を中庭まで連れていくと、本当にエルの幼馴染だった。
早速二人は親しそうに話をしており、この時点でエルは、俺の中では有罪確定である。
その罪はかなり重い。
「急にこんな遠くまで、どうやって来たんだ?」
「持っていたお金で、長距離馬車を乗り継いで来ました」
「それは大変だっただろう」
エルの実家は西部にあり、このバウマイスター伯爵領に来るにはブライヒブルクを経由しないといけない。
魔導飛行船を乗り継げれば一週間とかからないが、お金がかからない長距離馬車経由だと一ヵ月以上もかかってしまう。
このアンナという美少女は、エルに会うためにそこまでの苦労をしたというのだから凄い。
俺の中では、エルは終身刑相当の罪人となった。
「エル、許すまじ」
「ヴェル、俺はアンナから事情を聞くのが忙しいから、その発作はもう少しあとで頼む」
エルに軽くかわされてしまい、俺の中でエルは終身強制労働刑レベルの罪人扱いとなった。
「うきぃーーー! エルのくせに生意気な! 幼馴染とか聞いてねえよ!」
「ヴェルにその話をするのが可哀想だったから?」
「お前、生まれが俺と大差ない貧乏貴族の五男なのに、どうして美少女の幼馴染が存在するんだよ! 俺にはいなかったぞ!」
俺には、同性の幼馴染すらいなかったというのに……。
これは、アレか?
エルがコミュ強でリア充なのに対し、俺がコミュ障で陰キャラでボッチだからか?
俺は、ただ運命の神を呪うのみであった。
「まあ、事情を聞いておこうか……」
そうだ、この悲しみと怒りはあとに取っておこう。
俺はバウマイスター伯爵、冷静に事情を聞くくらいの度量は見せないといけない。
「そんなに複雑な話じゃないけどな」
五男であったために、実家で兄たちから苛められ、搾取され、苦労の連続であったエル。
そんな彼と普通に接してくれたのは、平民の子供たちだけであった。
「その時点で、俺を凌駕しているな」
「ヴェンデリン、黙って話を聞け」
「はい……」
なぜかテレーゼに怒られてしまい、俺はエルの話を聞くのに集中する。
エルがその中でも一番仲がよかったのは、領内に唯一存在する商店の三女であったアンナであったそうだ。
「よくありそうな話ね。でも、今までエルの過去の話ってあまり聞いたことがなかったわ」
「俺は過去を捨てた男なんだ」
別にエルが格好つけているわけではなく、三女でも地元の商店の娘となれば、現地で結婚して生活をしなければいけない。
父親から『○○の家に嫁げ!』と言われれば、彼女は断れない立場にあるのだ。
「俺は領地を出ていく身だったし、まさかアンナを連れて出るわけにもいかない。うちの親父もアンナの父親も激怒するだけだろう。当時十二歳の俺になにができるよ? 自分一人で精一杯だったというだけのことだ。それよりも、アンナ。お前は、名主の次男ベッカーと結婚するんじゃなかったのか?」
エルも、すでにバウマイスター伯爵家の家臣という身分になっている。
立場があるので、勝手に故郷から逃げてきたアンナという少女に対し厳しい口調で詰問した。
「そのお話は、なしになってしまいました……」
平民も、親同士で婚約を決めたにも関わらず、色々な事情で取り消しになってしまうケースが多い。
結婚とはあくまでも家と家同士のものであり、家長の意向が大きく影響するからであった。
この世界の現状を平成日本人が知れば、古典的で堅苦しいと笑うかもしれない。
だが、この世界はこれで回っているのだ。
令和の日本みたいに、結婚しない自由、子供を産まない自由など、そう簡単に認められるはずがないのだ。
家が存続しないこと以上の恐怖など、この世界には存在しなかった。
「なしになった?」
「はい、リーラお姉様が代わりに嫁ぐそうです」
「どうしてそんなことになっているんだ?」
「それが……名主様の跡継ぎであった、ゲッツ様が病でお亡くなりになりまして……」
「ゲッツの奴、死んだのか……」
知り合いが死んだと聞いて、エルは表情を少し曇らせた。
だが、そこまで悲しいという表情でもない。
名主の跡取りともなれば、エルの兄貴たちに擦り寄っていたのであろう。
もしかすると、エルにとっては嫌な奴であったのかもしれない。
「正直なところ、悲しくはないな。それでベッカーが急遽跡取りか……」
「はい。そうなると、三女の私だと釣り合わないというお話になりまして……」
そこで急遽、上のお姉さんの方を名主家の跡取りの嫁にする。
田舎の領地だとよくある話であった。
誰が嫁ぐかではなく、どのポジションの女性が嫁ぐかが重要なのだ。
「それで、アンナはどうなったんだ?」
「それが……名主様の後添えということになりまして……」
「はあ? どうしてそうなる?」
「ゲッツ様と同じ病が奥様にも伝染ってしまい、ほぼ同時期にお亡くなりになってしまわれたのです」
名主が妻を病気で亡くしたので、急ぎその後添えをという話になった。
後添えとはいえ、普通の農民の娘を嫁がせるわけにもいかず、急遽婚約話が消えたアンナに白羽の矢が立ったというわけか。
「クソ親父、もう少し考慮しろよ……」
「名主様が独り身というわけにはいかないそうで……」
「そういう場合、ある程度年がいった未亡人を当てるのが普通なのじゃがな……」
「そうなのか? テレーゼ」
「ああ、下手に若い嫁をもらって子供が生まれると、先妻の子と相続で揉めるかもしれぬ。夫を亡くし、もう子供は産めなさそうな女性を、形だけ後妻に押し込むというわけじゃな。妾も、昔にそんな裁定というか斡旋というか、したことがあるぞ。そいつは年老いた重臣であったがの。当時は、未婚の妾がなぜこんなことまで配慮せねばならぬのかと、悶々とした記憶がある」
自分の婚約者も決まっていないのに、六十歳を超えた老臣の後添えを探すのに奔走したテレーゼ。
確かに、俺でもそんな仕事には違和感を覚えてしまうかもしれない。
「普通は、こんな若い後添えは選ばぬのだがの。その名主はいくつなのじゃ?」
「はい……六十歳近いです」
「思ったよりも年寄りだな」
「名主はうちの親父の庶兄で、名主家に婿養子に入ってから結婚したから晩婚なんだよ」
つまり、エルの祖父である前領主が他所に子供を作って飼い殺しにしていたけど、たまたま名主家の婿の座が空いたからそこに押し込んだ。
息子が二人生まれたが、嫡男が病死して次男が跡を継ぐことになった。
妻も同じ病気で亡くなり、独り身になってしまった名主は若い後添えを欲したという事情のようだ。
名主家はエルの実家とは親戚関係にあるので、アンナの実家も断れない。
それでもアンナは年寄りとの結婚が嫌で、幼馴染を頼って逃げてきたというわけか。
「複雑な家庭環境だな」
「そうか? 田舎の貴族領なんて、みんなこんなものだぞ」
前世だと、時代錯誤だとか散々に批判されそうな話である。
「それで、どうするの?」
事情もわかったところで、さてこれからどうするかだ。
ルイーゼが、エルに対しストレートに尋ねた。
「どうするも、領地に戻って結婚しろとしか俺には言えないよ」
「そんな……エルヴィン様……」
「俺もアンナももう子供じゃないんだ。それはわかるな?」
領主と親戚である名主家の後妻候補が、勝手に昔の幼馴染を頼って逃げ出してしまったのだ。
エルが気ままな冒険者のままなら、このまま彼女を連れて逃げてしまうという選択肢も可能である。
どうせ、エルの実家に駆け落ちしたカップルを探す余裕などないのだから。
だが、今のエルはバウマイスター伯爵家の家臣である。
もしエルがアンナを匿うと、バウマイスター伯爵家とアルニム騎士爵家との争いになってしまう可能性があった。
この二家だけの争いであればいいが、アルニム騎士爵家の寄親である西部の雄ホールミア辺境伯家が口を出してくるのが容易に想像できる、というのが困ってしまうのだ。
「アンナ、俺とお前は昔は仲がよかったよな」
「はい、私もエルヴィン様も半端者の扱いでしたからね」
「アンナは、嫁入り要員に思われていただけマシ……でもないか……」
貧乏貴族の子供で、将来領地を出ていくことが確実な五男と、三女で冒険者としての資質もなく、故郷を出て行こうにも出て行けず、婚姻の道具としてしか見なされなかった少女。
二人は、自然と仲良くなっていった。
エルがアルニム騎士爵領を出てから二人の交流は途絶えたが、アンナは今もエルを忘れていなかった。
でなければ、彼を頼って一人でバウマイスター伯爵領まで来たりはしなかったであろう。
「昔に冗談で、『将来結婚しようか?』とか俺が言ったことがあったな」
「私は、本気にしていましたよ。エルヴィン様」
「だがな、アンナ。もう今の俺の立場ではお前を守ってやれないんだ。バウマイスター伯爵家に迷惑をかけてしまうからな」
エルは、自分なりに懸命に考えて今の結論に至った。
自分がアンナを匿ってしまえれば、どんなによかったかと。
だがそれは、バウマイスター伯爵家のために選択できない。
もしこの件で、バウマイスター伯爵家とアルニム騎士爵家、ホールミア辺境伯家との間にトラブルが発生してしまえば、それはバウマイスター伯爵領開発の足枷となってしまう可能性があるのだから。
「アンナ、運賃は出す。アルニム騎士爵領に戻れ」
「エルヴィン様……」
「これは、どうしようもないことなんだ」
エルは、昔の未練を苦渋の選択で振り切った。
その仕打ちに冷たいと思う人も多いと思う。
自分はもうバウマイスター伯爵家の家臣なので、お前を匿えない。
心を鬼にして、昔の幼馴染に故郷に戻れと言ったわけだ。
「(俺には理解できたんだけど……)」
結婚を約束した幼馴染とか、ここで俺の嫉妬砲が炸裂してもおかしくはないのだが、その前にエルが冷徹にアンナを振り切ってしまったからな。
彼女は涙を流しながら俯いていたが、その様子を見てうちの女性陣がどう思うのか……。
確実に暴発確実だとわかったから、俺は静かにしていた。
しかしエルの奴。
俺が、カチヤの兄ファイトさんと、その婚約者であるマリタさんの件で貴族の常識を押し通そうとして、えらい目に遭ったことを覚えていないのかね?
人間、ちゃんと学習しないと、大変なことになってしまうというのに……。
バウマイスター伯爵家の重臣らしく振舞うので精一杯なのか?
「ちょっと、エル。それはあまりにアンナさんが可哀想じゃないのよ」
「イーナ、俺も苦渋の選択……」
「どこが苦渋の選択よ。ここで幼馴染の一人くらい匿う度量を見せなさいよ」
「そうだよ! 第一、エルがバウマイスター伯爵様じゃないんだから、立場とか偉ぶっているのが変!」
「ちょっ! ルイーゼ!」
イーナとルイーゼは、エルの選択がおかしいと噛みついた。
エルはそんなに責められるとは想定外だったようだ。
「いやだから、俺は自分の今の立場を考えてだな……俺は正しいよな? エリーゼ」
「いえ、特に気にする必要もないかと……」
「あれ? そうなの?」
エリーゼの予想外の回答に、エルは己の態度の根拠を失って狼狽えた。
これまでのクールな姿勢が、すべて台無しになった瞬間である。
「こう言うと失礼になるかと思いますが、王国でも有数の大貴族家であるバウマイスター伯爵家の重臣と、ささやかな騎士爵家では、前者の方が圧倒的に力がありますから……」
まあ、至極当たり前の話である。
今のバウマイスター伯爵家の重臣相当であるエルと、アルニム騎士爵家の、しかも名主風情とどちらが偉いのかと。
実は俺も、後ろにいるアルニム騎士爵家とホールミア辺境伯家が出てきて面倒になると思っていたけど……。
「つまり、エルヴィンさんの決断次第というわけですわね。考えすぎなのではありませんか?」
「ここはビシっと、俺が妻にもらうくらい言うべき」
カタリーナとヴィルマにも散々に言われてしまい、ますますエルの立場がなくなってしまった。
「そんなぁ! 俺は色々と考えたのにぃ!」
「エルヴィンはあたいと同じでバカなんだから、あまり深く考えるとドツボに嵌るぞ」
「アンナさんは貴族の娘ではないので、わざわざ時間と運賃をかけてバウマイスター伯爵領まで取り戻しに来ないと思いますけど……」
最後に、カチヤとリサに止めを刺されて、クールな決断をするエルの構図は一瞬にして崩れ去った。
やはり、人は慣れないことをしてはいけないのだ。
「ほら、エル」
「言いなさいよ」
「アンナ、お前さえよければ、俺の側にいてもいいんだぞ」
と、一見格好よく言ったエルであったが、その前にハルカに視線を送っていたのに俺は気がついているぞ。
ハルカは静かに頷いていたが、これだけで夫婦間の力関係がわかるというもの。
「はい、喜んで。エルヴィン様」
ルイーゼとイーナに促され、エルはアンナも嫁として娶ることになった。
可愛そうに、今回の件でエルはうちの奥さんたちからも首根っこを掴まれた形だ。
俺にはあまり格好よく見えなかった。
「(でも、なぜか気に入らない……これは……嫉妬の炎か?)」
俺が気に入らない理由は簡単だ。
なんと、俺と似たような境遇であったはずのエルに、過去に冗談でもプロポーズまでしたことがある幼馴染がいたというのだから。
そもそも、冗談でプロポーズする仲ってなんだよ?
そういうのはリア充なら許されるけど、前世の俺みたいなのがやったら引かれるシチュエーションだ。
俺だって、そのくらいは知っているぞ。
「エル、今日はデートでもしてきたら?」
「そうね、レーアも連れて」
「私もですか? アンナさん、エルヴィン様の二番目か三番目の妻になるレーアです」
「アンナと申します」
「すまない。じゃあ、俺はこれで……」
「バウマイスター伯爵様、いえ、お館様。ここまで連れて来ていただきありがとうございました」
エルは、ルイーゼとイーナの勧めどおり、アンナとレーアを連れてバウルブルクの町にデートに出かけてしまった。
今回の件でエルは、完全にイーナたちに頭が上がらなくなってしまったようだな。
「大きな町ですね、エルヴィン様」
「アルニム騎士爵領とは比べるまでもないさ」
「アルニム騎士爵領には、うちの実家しかお店がありませんからね」
「バウマイスター伯爵様のご実家には、昔はお店がなかったそうですよ」
妊娠中のハルカが遠慮したので、エルはレーアとアンナと両手に花で楽しそうに屋敷を出て行ってしまった。
結婚式を挙げるまでに、互いの相互理解を……というやつであろう。
まあ、デートなんだけど……。
「うぐぐ……」
エルがプロポーズをしたことがある幼馴染の存在、俺は再び嫉妬の感情に支配されつつあった。
何度思い返しても、俺にはそんな人はなかったというのに……。
しかもあのアンナという少女、最初はエルに結構冷たくされたのに、今はもの凄く嬉しそうだ。
やはり、男は悪の方がモテるのか?
「解せぬ……」
「ヴェル君、バウマイスター騎士爵領時代のヴェル君には私がいたじゃないの」
「アマーリエ義姉さん……」
そうだった。
俺には、アマーリエ義姉さんがいたのだった。
実家にいた頃の俺が出かけようとしたり、屋敷に戻って来ると、ちゃんと『行ってらっしゃい』や『おかえりなさい』と挨拶をしてくれたのを思い出す。
母はその点がかなり適当だったけど、アマーリエ義姉さんだけは違ったんだ。
浮ついた会話とかはなかったけど、あの時はアマーリエ義姉さんは、俺の唯一の心の癒しだった。
「ここは、親友兼家臣であるエルヴィンさんの幸せを喜ぶのが、ヴェル君らしくて私はいいと思うな」
「そうですよね、俺にはアマーリエ義姉さんたちもいますしね」
「そうよ」
休日にこのような出来事があり、エルはバウマイスター伯爵家の重臣に相応しく三人の妻を娶ることが決まった。
そこに本人の意志がどの程度入っていたのか、問うてはいけないのだけど。
「それでだ、俺は手紙を書かないと駄目なんだよ」
別にこのままでもいいような気がしなくもないが、アンナはアルニム騎士爵領の名主に後妻として入る予定の女性であった。
それがエルの奥さんになる以上、一応連絡だけはしないといけない。
俺も大貴族である以上、相手に付け込まれないように上手く手紙を書く必要があり、そのマナーをローデリヒに聞いてみることにした。
「拙者が教えてもいいのですが、実務で経験があるテレーゼ様に聞くのも手ですな」
「ああ、そうか。テレーゼは、そういうのに慣れているからな」
ローデリヒの勧めに従い、俺はテレーゼに手紙の書き方を教わることにする。
「二通であったな」
「えっ? 二通?」
「アンナという少女の前に、まだエリーゼたちのお腹の中に入っている子供を嫁にほしいと騒いでいた、アホ男爵がおったではないか」
「いたな、そんな奴」
「お主が忘れてどうするのじゃ」
魔法で吹き飛ばしたらスッキリしたし、アンナの件があってすっかり忘れていたのだ。
ムカつく以外で、特に印象に残る奴でもなかったというのもある。
「これは普通に絶縁状を叩きつけ、知り合いの貴族にアホ男爵の所業を手紙で知らせておけ」
先制してレガート男爵の悪行を伝え、相手の反撃を許さないためである。
相手も追い詰められている以上、嘘八百を並べてバウマイスター伯爵家を攻撃してくるかもしれない。
彼が不審者扱いで新設された牢屋に入っている間に、絶縁状などは出しておくべきであろう。
「生まれたばかりの赤ん坊同士で婚約という話は聞いたことはあるが、お腹に入っている子供の婚約は初耳じゃの。久々に聞く、空前絶後のアホ貴族じゃな」
「それで、絶縁状ってどう書くんだ?」
「これは、それほど難しい文面でもないの。ありのままに事実を書き、そういう理由でレガート男爵家の者とは金輪際つき合わないと最後に書けばいい。あとは家臣たちへの徹底じゃの。レガート男爵家の者がいたら、バウマイスター伯爵領から叩き出すように命令しておけ」
「なるほど、慣れているんだな」
「大物貴族などしておるとな。極論すれば、半分が味方で半分が敵じゃからの。半分すべてを敵視はしない。仲が悪くても、距離感のあるつき合いというのもあるであろう? 中には一部どうしようもない貴族がいて、時に絶縁も必要というわけじゃ」
テレーゼも、フィリップ公爵時代に絶縁状を出した経験があるのだと語る。
「帝国にも王国にも、貴族などいくらでもいる。一つや二つ絶縁したところで大した影響などないわ」
テレーゼはそう言って笑っているが、確かに今でもなかなか貴族の名前を覚えきれない俺が、男爵家一つくらいと絶縁しても大した変化もないんだよな。
「絶縁状はこれでいいとして、アルニム騎士爵家への書状はどういう風に書くんだ?」
「これも、思いっきり上から目線で書け! 相手に言質を取られるな! 以上じゃ」
「そんなんで大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃ。伺いなど立てるな。相手はそこから攻めてくるからの。エルヴィンの実家は騎士爵家であろう? それも、たかが名主の後妻候補を奪っただけのこと。相手が文句を言ってきたら西部との取引をちょっと締めてやればいい。相手もそれを考えるであろうから、なにも言ってこないと思うがの」
「寄親は出てこないのかな?」
「出てくるはずがないであろうが。ヴェンデリン、お主は西部との取引を制限しておるか?」
「いいや」
特別扱いはしていないけど、正常な取引のままであった。
「寄親とは言うがな。エルヴィンの実家の直接の寄親は、子爵家なのであろう?」
「そんな話だったな」
俺は以前にエルから、そんな話を聞いたのを思い出す。
「その子爵家の寄親がホールミア辺境伯家なのじゃから、寄子の寄子の名主の話に口など出さぬわ。ホールミア辺境伯家とやらも暇ではないし、沽券に関わるからの。その名主が領主の庶兄だとしても、すでに青い血でもない。気にするな」
「なるほどな」
以上のような参考意見をテレーゼから聞き、俺はアルニム騎士爵家に書状を認めた。
貴族への手紙は色々と面倒なルールがあるので、その点は要約してここに記すことにする。
『西部は今、陽気な春だと聞いたけど、お前ら元気? 実はさ、うちの家臣があんたの領地の娘を嫁に貰うことにしたんだわ。別に、お前ら如きに教えてやる義理もないんだけど、一応礼儀だから知らせておくわ。まさか文句はないと思うけど、あったらうちだけに直接知らせてくれないかな? 別に青い血の娘でもないんだから、寄親にチクると、こちらも騒ぎを大きくしちゃうぞ。あっ、祝儀とか結婚式への参加は不要だからね。それじゃあ』
勿論このままの文面ではなく、決まりに従って文章を飾り立ててあるが、要約するとこんな内容である。
「思いっきり、失礼な内容だな」
「アルニム騎士爵家とやらの以前の対応を聞くに、こちらが下手に出るとつけ上がる可能性が高いからの。騎士爵家ひとつに嫌われるくらい、伯爵家ではよくあることじゃ。気にするな」
「さすがはテレーゼ様、素晴らしい手紙ですな」
「それなりに経験があっただけじゃ」
ローデリヒが手紙の中身を確認するが、素晴らしい出来であったようだ。
彼は、テレーゼを絶賛している。
俺は全然内容を考えておらず、手紙を言われたままに書いただけだからな。
それにしても、あまり手紙なんて書く習慣がないから疲れてしまった。
「ヴェンデリンは、魔法と自分が興味のあること以外にはやる気が薄いからの」
「時間は有限だからな」
俺は器用じゃないので、熱中することを取捨選択しているだけなのだから。
「子供のような男じゃの。まあ、しょうがない。妾やアマーリエ、リサなどでフォローくらいはしてやる。年上女たちもたまにはありがたかろう?」
「テレーゼ、あたいも一応年上なんだけど……」
「そうは見えぬが……というわけじゃ」
「テレーゼが酷ぇ……」
「カチヤは、もう少し大人の女にならぬとな」
テレーゼ監修の手紙がアルニム騎士爵家に届けられたが、返事はこなかった。
つまり、黙認というわけだ。
こうしてエルは、無事にレーアとアンナを奥さんにするのであった。
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