第278話 ヴェンデリン、再び飲食店にテコ入れをす

「さあて、飯だ飯。腹減ったなぁ」


「エル、今日はなにを食べに行く?」


「探しながら歩いて、その時の気分だな」


「それがいいな。どこかにいいお店はないかぁ……」




 俺は週に三日ほど、王都にある冒険者予備校で魔法使いクラスの臨時講師を続けていた。 

 講義は午前中で終わり、生徒たちは午後から自由行動となる。

 昼食を食べてから、自分で魔法の練習をするも、アルバイトで狩りに出かけるも、遊ぶも、それぞれの自由になっていた。

 その辺は、自己責任というやつかな。

 俺たちは、王都で昼食を食べてから午後の予定をこなす。

 エリーゼたちが妊娠してしまったので領内の開発が多いけど、その前にわざわざ外で昼食を食べるのは、外食を楽しんでいるからだ。

 バウマイスター伯爵領内の屋敷に戻れば、すぐに調理人が昼飯を出してくれるし、それは材料にも調理にも拘っていてとても美味しい。

 でも、たまに外出した時くらいは外食したくなるのが人間の心情だ。

 これまで、あまり美味しくない店にも多く当たってきたけど、それも、穴場的なお店を見つけた時に喜びを倍増させるスパイスといった感じだな。


「旦那、ちょっと冒険者予備校から離れた店にしようぜ」


「カチヤは、その辺に詳しいのか?」


「全然、なにも知らないところの方が面白いじゃん」


「おっ、意外とギャンブラーだね」


「冒険者なんて趣味が少ない人が多いから、そうやって外食を楽しむこともあるってことさ」


 俺、エル、カチヤの三人で、冒険者予備校から少し離れたエリアを探索し、なにか食事がとれそうな店を探す。

 冒険者予備校の生徒たち向けではないが、高級でもない飲食店が点在しているエリアって感じだな。

 

「当たりのお店はなさそうだな」


「それはわからないぞ、エル」


 冒険者予備校の近くにある生徒向けの飲食店は、評判のいい老舗と、度々店が入れ替わる微妙な味のお店とに分類される。

 導師お勧めのモツシチューのお店は、常に混んでいる老舗というわけだ。

 新しいお店も頑張っていたり、逆に全然駄目だったりもした。

 後者は、人が多い予備校近辺で出店すれば儲かるだろう、くらいにしか考えていなかったせいであろう。

 そういう店は、最初は試しに利用する客が多いけど、すぐに閑古鳥が鳴いてしまう。

 これまで多くの客で混んでいた老舗だって、時が経つにつれて味を落とし、客が減って閉店することだってある。

 どの世界でも、飲食店の経営というのは大変なようだ。

 今回少し遠出したのは、ある程度冒険者予備校周辺の飲食店は回りきったので、新規開拓をする目的もあった。


「旦那、あのお店は?」


 カチヤがその地域のメインストリートから一本裏道に入った場所に、こじんまりとしたレストランを見つけた。

 店はよく掃除されているようで汚いという印象はないが、とにかく目立たない店だ。


「こういうお店が、隠れ家的で意外と美味しいかも」


「それにしては、その隠れ家を目指す客がいないな」


 エルは、そのレストランに一人も客がいないことを訝しがった。

 確かに、隠れ家的な名店にはちゃんと客がいるからな。

 でなければ、隠れ家的なお店だと認識される前に潰れてしまうのだから。


「試しに食べてみればいいじゃん」


「カチヤの言うとおりだ。虎穴に入らずんば虎児を得ずだ」


「旦那、そこまで大げさじゃないと思うけど。駄目ならもう一軒いけばいいんだし」


「そうだな、もう一軒いけばいいんだよな」


 穴場的なお店は、自らの足で探さないといけない。

 導師は今でもたまにそれを実行しているおり、彼は王都中の美味しいお店に敏感だ。


『導師は貴族様なのに、庶民的なお店にばかりに詳しくてな。これがまた、どの店も美味しいんだわ。ある意味、感心するよ』


 以前ブランタークさんが、導師の庶民向けグルメへの傾倒度合いを俺たちに話してくれたことがある。

 導師は、俗にいうところのB級グルメ探索が趣味であった。

 あの導師がお忍びで飲食店を探す……あんなに目立つ人がお忍びは無理か……。

 もし彼に気がついても、あえて誰も突っ込まないんだろうな。

 多少治安の悪い裏路地などに入ったとしても、導師を標的に恐喝や強盗をおこなう犯罪者なんていないはず。

 さすがに彼らも、まだ死にたくはないだろうから。


「腹が減ったから、入ってみようぜ」


「いらっしゃいませ」


 エルに促されて三人でレストランに入ると、すぐに店主らしき人物が出迎えてくれた。

 黄色に近い金髪が特徴の、二十代前半くらいに見える若い男性だ。

 この若さでオーナーとは、もしかしてやり手なのかな?

 その割には客が……まあ、実際に料理を食べてみればわかるか。


「ご注文は、いかがなさいましょうか?」


「そうだな、このお店のお勧めを三人前」


「かしこまりました。お勧めを三人前ですね」


 初めてのお店に入った時、俺たちこういう風に注文する。

 いい店なら一番人気のメニューを出してくれるし、悪い店だとわざと一番値段が高い料理を出したりする。

 お店の判別にとても役に立つ方法なのだ。


「お待たせしました」


 十分ほどで料理が出てくるが、メニューは大きな猪肉の塊入りのシチュー、パン、サラダという、特に捻りもないものであった。


「さあて、食べるか」


 早速料理を食べ始めるが、普通に美味しかった。

 シチューは味もよく、肉の下処理も完璧で、よく煮込んであって柔らかい。

 パンもサラダも普通に美味しかった。


「美味しいじゃないか」


「あたいも、普通に美味しいと思うな」


「……」


「どうしたんだ? 旦那」


 確かに、食べると普通に美味しい。

 美味しいんだが……俺はこの店に違和感を覚え始めていた。


「お客様、お味の方はいかがでしょうか?」


「美味しいですよ」


「美味しいと思うぜ」


 俺が考え込んでいると店主が料理の味を聞きにきたので、エルとカチヤは正直に料理を美味しいと答えた。

 本当に美味しいのだから、間違ってはいない。


「それはよかった……あのお客様?」


 若い店主はエルとカチヤから美味しいと言われて喜んでいたが、すぐに俺の態度が気になったようだ。

 俺に声をかけてきた。


「ヴェル、なにか引っかかる点でもあるのか?」


 俺が感じた違和感は、なぜこのお店は美味しいのに客がいないのかという点に移っていた。

 今は時間外ではない。  

 どこもお昼時で、本来であれば店内が混んでいないとおかしい時間帯なのだから。


「うーーーん、今、なにかに気がつきつつある」


「それはなんなのでしょうか? お客様」


 店主は、俺が言いたいことにもの凄く興味があるようだ。

 身をせり出してきた。


「(前に、こういう店に……そうだ! あのお店だ!)」


 俺が前世でしがない商社マンをしていた頃、顧客にあるお店があった。

 その店主は有名な高級ホテルで料理長までしていた人物で、彼は自分の城を持とうと独立を果たしたのだ。

 本当にその業界では有名人であったので、俺も他の取引先に頼まれて高価で質のいい食品を降ろすようになった。

 試食もさせてもらったが、料理は本当に美味しかった。

 誰もがそのお店は成功すると思ったのだが、実際には一年ほどで潰れてしまった。

 それはなぜなのかと言うと……。


「調理技術も味もいいと思う。でも、リピーター客が来るかな?」


 料理は美味しいがありきたりなメニューであるし、ただ美味しいだけで、なにか特徴があるわけでもない。


「導師が教えてくれたモツシチューのお店は、モツを長時間煮込んだシチューが売りだった」


 使ってる肉はモツだから、このお店の肉よりも質は低いであろう。

 それでも、モツ肉を丁寧に下処理し、長時間煮込んで味に特徴を出している。

 材料費を節約して手間をかけ、美味しいものを安く提供していた。

 だから冒険者予備校の生徒たちにも大人気で、夜には冒険者予備校の関係者や、卒業生たちが、友人や家族を連れて食べに来るそうだ。

 懐かしくも、美味しい味として。


「冒険者予備校を卒業しても、たまに食べたくなる味。だから、あのモツシチューの店はリピーターで常に混んでいる。だが、この店は……」


 料理を食べたあと、『美味しかったね』で終わってしまう。


「そしてこの店を出て一日も経てば、このお店のことを忘れてしまうんじゃないかな?」


「お客様、それはつまり……」


「調理技術はいいと思うけど、料理がオーソドックスすぎて特徴がない。だからリピーターが生まれないで客が増えない。このお店は立地もよくないから、わざわざこのお店に来たくなる理由がないと辛いよね」


「くっ……」


 俺の指摘を聞いた若い店主は、その場でうなだれてしまった。

 自分でも身に覚えがあったのであろう。


「旦那、言いすぎじゃないか?」


「それはそうなんだけど……」


 ここで、『とても美味しいのに、お客さんが来ないのはおかしいですね』とお茶を濁すのは楽なのだ。

 多分、この店主は多くのお客さんに同じ質問しているはず。

 それでもこのお店の客が増えていないのは、そういう無難な解答のみしか客から得ていないせいであろう。

 家族や友人ならともかく、たまたま入ったお店の店主に、耳に痛い忠言をするのは勇気がいる行為のだから。


「いや、旦那。それはあたいにもわかるんだけど……」


「なんだよ? カチヤらしくもない」


 いつもサバサバと言いたいことを言うカチヤらしくない態度を、俺は疑問に思ってしまう。


「さすがに、初対面の人にはそんなに言わないぜ」


「お兄さん、今日も材料を持ってきたよ……って! 先生!?」


「あれ? ベッティか?」


 なんと、この若い店主は俺の生徒であるベッティの兄であった。

 それにしても、偶然とは恐ろしいものだ。

 客がいないのに、やけにいい肉を使っているなと思ったが、肉は優秀な魔法使いである彼女から入手していたらしい。

 彼女ほどの実力があれば、大して繁盛していない一軒お店に必要な量の肉を卸すくらい、そう難しい話ではないからだ。


「カチヤは、この展開を見越していた?」


「そこまでは読んでないけど、耳に痛い忠告をするってことは、親身になって協力しなければいけない可能性が高くなるわけで……生徒の親族なら余計にそうなるよなぁ……と」


「確かにそうだ……」


 俺は、この客が入らないで困っているレストランの、なんちゃってコンサルタント業に再び手を染めることになるのであった。






「先生、見捨ててあげてください」


「ベッティ!」




 ところが、レストランの店主の妹であるベッティはこちらの予想を裏切る発言をした。

 自分の兄が経営するレストランを潰してもいいと言ったのだ。


「さすがにそれは、お兄さんに酷くないか?」


 レストランに客を呼ぼうと懸命に努力しているお兄さんに対して『それはないのでは?』と、つい俺はベッティを窘めてしまった。


「そうだぞ! バウマイスター伯爵様の言うとおりだ!」


 店主も、妹のベッティに怒っている。


「だって、実際にお客さんが入らないから。お兄さんは雇われで調理人をした方が生活が安定するもの。今は私が狩猟で得た肉を分けているけど、私が予備校を卒業したら他所から仕入れないと駄目なんだよ。お兄さんには料理人としての独創性が皆無なんだから、今のうちに諦めた方がいいって」


「ぐうの音も出ない正論だな」


 前言を覆し、俺はベッティの味方に回った。

 彼女はお兄さんのため、嫌われるのを覚悟してそこまで言っているのだということに気がついたからだ。


「妹さんが正しいよな」


「いい娘だな。あたいでも、ここまで兄貴に言えるかどうか……」


「言ってたじゃないか。トンネルの件で」


「エルヴィン、そこは話を蒸し返さないでくれよ。あの件は、あたいなりに反省はしているんだから……」


 エルとカチヤもベッティの味方に回り、これでレストランは閉店した方がいいという意見に纏まった。

 ヴェンデリンのコンサルタント業第二回目は、これで終了だ。

 借金生活にならないうちに、自営業から雇われに移行して生活を安定化させる。

 面白くない結末だが、それも仕方あるまい。

 現実なんて案外そんなものだ。


「というわけで就職しなさい。腕はいいからアルテリオ商会に紹介してあげよう。上手くやれば、出世して幹部クラスになれるかもよ」


「お兄さん、その方がいいよ。アルテリオ商会っていえば、色々な飲食店を沢山経営していて、もの凄く儲かっているって聞くもの」


 そうそう、将来有望な幹部候補生を紹介してあげればアルテリオさんにありがたがられ、回りまわって俺の利益にもなる。

 俺の可愛い生徒の兄が借金で首が回らなくなって、妹に迷惑をかける未来も防げる。

 一石二鳥のアイデアというわけだ。

 決して、俺の利益のためだけにそう言ったのではない。


「じゃあ、そういうことで」


「待ってください! 私はこのお店を辞めませんよ! ベッティ! このお店は亡くなった親父の大切な形見じゃないか! それを閉めるなんて、私にはできない!」


「ヴェル、どう思う?」


「亡くなった親の形見か……」


 そこは少し考慮して、考えをニュートラルな方に戻すかな。

 最近、そういうハートフルなお話に飢えていたところだから。


「ベッティが産まれたばかりの頃に亡くなった母さんの思い出も、このお店には残っているんだぞ! そう簡単には閉店なんてできない!」


「ベッティ、本当なのか?」


「はい……」


 ベッティに詳しい事情を聞いてみると……昔あるところに、自分の店を開こうと考えていた若い夫婦がいました。

 夫も妻も懸命に働いて店を手に入れ、店は立地が悪いにも関わらず普通に生活できる程度には利益も上がっていました。

 ところが、ここで人生の転機が訪れます。

 妻が二人目の子供を産んでからすぐ、病気で亡くなってしまったのです。

 残された夫は、二人の子供を育てながら懸命に店を切り盛りしました。


「いい話だな」


 ドラマとかでありそうなお話である。


「問題はここからですよ」


 夫一人になっても、店の経営は順調でした。

 じきに上の息子が大きくなり、自分が店を継ぐと宣言しました。

 彼は小さい頃から父親の手伝いをしていたので、料理の腕には自信があったのです。


「お父さんは、ちゃんと他のお店で修行してから戻って来いって言ったんです。親である自分が教えると、甘えが出るからって」


「もの凄く正しいお父さんだな」


「そうですよね? 先生」


 流行っていた飲食店が突然駄目になる理由の一つに、駄目な後継者の存在がある。

 先代の評判に胡坐をかき、ろくに努力をせずに味が落ち、次第に客足が遠のいて潰れるというパターンだ。

 商社マン時代から、その手の話はいくらでも聞いていた。


「一から新しいお店を繁昌させるよりも圧倒的に楽なのに、必ず潰すのがいるんだよなぁ……」


 貴族にも家を没落させるバカボンボンが定期的に出るので、あまり人のことは言えないのだけど……。


「お父さんもそれを怖れて、お兄さんを他のお店に修行に出したんです」


 ところが、ここでまたトラブルが発生します。

 なんと、店主である夫も病に倒れてしまったのです。


「急遽、新店主として戻ったということかな?」


「病床でお父さんはお兄さんに言ったんですよ。まだ戻って来るなって」


 中途半端な状態で修行を終わらせるな。

 店は賃貸でなくて所有物件なんだから、ちゃんと修行を終えてから戻ってこい。

 亡くなる寸前に父親がそう言ったにも関わらず、息子は勝手に修行先を辞めてレストランの経営を始めてしまいました。

 ところが亡くなった父親の懸念は当たり、次第に客足が遠のき、今では食材の仕入れ代金にも事欠くようになり、妹が狩猟で得た肉が頼りになっている有様というわなわけなのです。


「うわぁ……十歳近くも年下の妹に頼りきりって……ないわぁ……」


「兄貴としてのプライドはねぇのかよ」


 過去にエルは、嫌な兄たちのせいで酷い目に遭っている。

 そしてカチヤの兄は、妹に金銭的な負担など与えたことなど一度もない。

 なので、妹に頼りきりのくせに、思い出の店などと抜かしているベッティの兄に露骨な嫌悪感があるのであろう。

 あからさまに侮蔑の視線を向けた。

 そういう綺麗事を言っていいのは、自分だけでなんとかできる人だけだと思っているからだ。


「だって、ここは親父の店で!」


「だから、親父さんは修行を終えてから店を開けって言ったんだろう? この店は賃貸じゃないから家賃はかからない。売り上げもないから税金ももの凄く安い。いつでも店を再開できるように維持しながら、修行を続ければよかったじゃないか」


「それは……」


 エルの正論に対し、ベッティの兄はなにも言えずに黙り込んでしまった。

 年下から勇み足を指摘され、ショックなのであろう。


「今さら、元の店に戻れないものな」


「はい、今さら戻れませんよ……」


 散々に自分の駄目な部分を指摘されたベッティの兄は、心をへし折られたようで萎れた菜っ葉のようであった。

 今さらながら、自分の駄目さ加減に気がついたようだ。


「先生、見捨ててくれて構いませんよ。お兄さん、甘やかすと駄目になるので」


 とは言いつつも、ベッティはお兄さんが心配で堪らないようだ。

 その表情は、なんとかしてほしいという風にしか見えなかった。


「これも乗りかかった船だ」


 ベッティの兄が、この場所で飲食店を経営して生活できるようにする。

 駄目元だと考えた俺は、お店の改善に乗り出すことになった。





 


「バウマイスター伯爵様、新しい商売を考えたって?」


「新しいかな? 既存の商売を組み合わせたみたいな?」




 翌日、ベッティの兄のお店は改装工事中であった。

 俺がそれを頼んだアルテリオは、果たしてどんなお店ができるのか興味津々なようだ。


「しかし、ちょっと立地が悪くないか?」


「立地の悪さは、他の要素で補いますよ。酒を出しますから」


「居酒屋か? 居酒屋って、経営が難しいだろう」


 そう、居酒屋の経営は難しい。

 出す料理の数が多く、それが結構な手間になるからだ。

 客がこなければ食材のロスが増え、それがさらに経営を圧迫する。

 居酒屋が、個人経営よりも企業が経営した方が儲かるのには、こういうカラクリが存在したからだ。

 『無理というのはですね、嘘吐きの言葉なんです。途中で止めてしまうから無理になるんですよ』……おっと、他の理由を追及してはいけないか……とにかく、個人で居酒屋を経営するには、相当な力量が必要というわけだ。


「カウンター席を増やしているのはそのせいか? 椅子もなしかよ」


「立ち飲み形式にしますからね」


 俺が考えているのは、いわゆる立ち飲み屋形式の飲食店であった。

 利益率が高いお酒とそれに合うツマミを出し、仕事帰りに一杯やってから家に帰る人目当ての商売である。


「ツマミを一~二品に、酒も多くて三杯くらいまで。立ち飲みにしているのは、回転率を向上させるためですよ。本格的に座って飲むのは、居酒屋に任せてしまいましょう」


 長居する客たちは、本業の居酒屋に任せてしまう。

 ここは、日本だと新橋にあるような立ち飲み屋にしてしまう予定だ。

 

「ちょっと飲んで帰る形態だから、立地はそこまで気にしなくてもいいのか」


「立地が悪いところの方が、逆にいいんですよ」


 仕事を終えて家に戻る前に、短時間で一杯飲む。

 休みの日に、昼間からちょっと一杯。

 こんなケースを想定しているので、逆に人通りが多い場所にない方がいいのだ。


「常連客が増えれば、立地の悪さなんてハンデにもなりませんよ。常連が知り合いを連れて飲みに来れば、これで客が増えますから」


「なるほどな」


 改装工事は、調理スペースを狭めてカウンター席を設置する。

 テーブルも置くが椅子はなしで、仲間同士が数名で談笑しながら飲めるようにした。

 椅子がないのは、やはり客の回転率を上げるためだ。


「長居して粘る客は、居酒屋に任せてしまいます」


「なるほど、客層を絞り込むんだな。で、俺の出番は?」


「メニューですよ」


 酒が進む一品料理を、これをなるべく種類を増やしたかったのだ。

 アルテリオが経営している飲食店や、販売している調味料を活用する。


「豆腐の冷奴、枝豆、野菜の漬物、各種サラダ、から揚げは色々と作れるな。天ぷらもいけるか?」


 他にも、串揚げ、鳥の照り焼き、焼き鳥は……竹串が実はミズホ経由でないと手に入らないので高価だから……今は串なしで皿に盛って誤魔化すしかない。

 タレと塩味で、色々な部位を出せばメニューが増えるであろう。


「魚も欲しいかも」


「伯爵様、魚は意外と高くつくぜ」


「ツテはあるんですよね。相談してみます」


 俺が相談をしたのは、以前にウナギの蒲焼きの調理方法を伝授した『リバー』の店主であった。


「バウマイスター伯爵様、お久しぶりです」


「ウナギ王だ! ウナギ王がいる!」


「バウマイスター伯爵様の言うとおりに、そんなあだ名になってしまいましたね」


 リバーの店主は今ではいくつかの支店も出しており、王都では『ウナギ王』と呼ばれるまでになっていた。

 

「ウナギは難しいですけど、川魚料理なら材料を提供可能です。私は川魚漁師たちとツテがあるので、仕入れも少し安くなりますよ。そうですね……メニューは……」


 定番の小魚と川エビのから揚げ、フライや天ぷらにしてもいいであろう。

 甘露煮や南蛮漬けにしても、酒にはとても合うはずだ。

 鯉は鯉こく、甘煮に、ナマズは蒲焼きにしてもいいかもしれない。

 全部作ると手間がかかるので、ある程度完成したものを仕入れれば大丈夫だ。


「メニューが大分増えたな、バウマイスター伯爵様」


「これで、店主を調理に慣れさせてから再オープンですね」


「そして、上手く行ったら王都の別の場所に同じ形態でオープンさせるんだな」


「そういうことです。バウルブルクにもオープンさせますよ」


「また儲かってしまうな」


「でしょう?」


 俺とアルテリオは、肩を叩き合いながら笑い合った。

 情けは、人のためならず。

 

「なぜか私の意見とか、心情とかそういうものが無視されているような……」


「ベッティのお兄さんよ。亡き父の思い出だか何だか知らんが、採算が取れてない飲食店なんて意味がないからな。妹に肉を融通してもらっているなんて聞いたら、草葉の陰で亡くなった親父さんが泣いてると思うけどね。自分なりの飲食店をやりたかったら、まずは金を稼ぐことだ。それとも、ベッティは優秀な魔法使いになるから、死ぬまで妹に集って、中途半端な飲食店経営で一生を終えるか?」


 ベッティの兄がまだグチグチと言っていたので、俺は正論で撃破してやった。

 このままだと前途有望な妹の足を引っ張りかねないから、俺はベッティの兄に協力しているのだと。


「それも楽といえば楽だけどね」


「ううっ……私にも兄としての意地とプライドがあります。腕だって悪くはないんだ! このお店を成功させてから、またレストランを!」


「料理を出す方法もあるけど」


「本当ですか?」


「これまた本当に」


 昼間から店を開けるのだから、限定でランチメニューを出せばいいのだ。

 立ち飲み屋のメニューの調理も忙しいであろうから、メニューは日替わりにして一品か二品に絞る。

 こうすれば、忙しいだろうが無理ではない。


「たとえば、こんな感じに」


 限定昼飯の試作も行わせていたが、これは既存のものの再利用でしかない。

 先日、ベッティの兄が出したシチューを改良したものであった。


「ソースはほぼ完成している。ここに、ベッティの狩猟の成果に頼らず、安価なスジ肉や切り落とし肉などを大量に煮込んでシチューを完成させる。大皿にご飯と共に盛って、脇にピクルスにした野菜などを添えるわけだ」


 丁寧に皿を分けず、一つの皿に全部盛ってしまう。

 パンだと駄目だが、ご飯にしておけばビーフストロガノフライスやハヤシライス風になるから問題ない。

 野菜は栄養バランスのためと、ピクルスにしておけば日持ちがして食材にロスが出にくいからだ。

 ピクルスを単品で、お酒のツマミに出してもいいだろう。


「これで値段は七セントにする。水を無料で出して、果汁水がほしい人は一セントプラスだな」


 果汁はお酒を割るのにも使うので、これで食材のロスを減らせるわけだ。

 大量仕入れで、卸値を下げる効果もある。


「皿が一つだから洗うのも楽だしな。こういうメニューを考えながら、料理人としての独自性を磨いてくれ」


「はいっ! 頑張ってみます!」


「先生、ありがとうございました」


 ここまでしておけば、大分勝率も高いはずだ。

 俺たちは、あとのことはアルテリオに任せて普段の生活に戻った。

 そしてしばらくして……。


「先生のおかげで、お兄さんのお店が繁昌しているんです。本当にありがとうございました」


 色々と厳しいことを言っていても、ベッティはお兄さんのお店が気になっていたのであろう。

 お客さんが入るようになったと、笑顔で俺たちに報告してきた。


「それはよかったな」


「はいっ!」


 アルテリオ経由でも話は聞いていたのだが、ベッティのお兄さんの店は初日から大盛況らしい。

 昼間に、限定で日変わりランチメニューを出し、あとは夜中まで立飲み屋として経営する。

 アルテリオはいいアイデアだと、王都の他のエリアで実験店舗を出す予定らしい。


「お兄さんの借金も早く返せそうです」


 店の改装費、新メニューの開発費、再オープンに必要な費用はすべて借金であるが、返す目途が立ったとベッティが俺に報告する。

 立ち入ってしまった関係で、ベッティの兄に金を貸したのは俺だからだ。


『お兄さんが返せないと、私が返済をしないと駄目だから頑張って』


 大した金額でもないのだが、ベッティは自分が借金の保証人になると言って実の兄を脅していた。

 しっかりしているとも言うが、実は結構怖い娘なのかもしれない。

 少し抜けている兄のせいで、しっかりせざるを得なかったのかもしれないが。


「エルヴィン、旦那、昼飯を食いに行かないか?」


「そうだな、行ってみようか」


 俺は、エル、カチヤ、ベッティを連れて路地裏の店に向かうと、店は多くの客で賑わっていた。

 時間は昼なので、客の大半がランチメニューを食べていた。

 中には一部、昼からツマミとお酒を楽しんでいる老人たちもいたが。


「いらっしゃいませ」


「混んでいるからな。新しい人を雇ったのか」


 店には、若い女性従業員がいた。

 店長であるベッティのお兄さんが調理を担当し、注文を取ったり、料理や酒を運んだり、会計をするのがその女性の役割のようだ。


「あら、ベッティちゃん。こんにちは」


「こんちは、ローザさん。今日はバウマイスター伯爵様と様子を見に来ました」


 どうやら、この若い女性従業員はベッティと知り合いらしい。

 二人は、仲よさそうに話をしている。


「お兄さんが迷惑をかけてすみません」


「本当にどうしようもない男ね。妹さんにこんなに迷惑をかけて」


 ローザという名の若い女性従業員は、調理で忙しいベッティの兄を見ながら溜息をついた。


「ベッティ、知り合いか?」


「ローザさんは、お兄さんと幼馴染なんです」


「その縁でここで働くことになったのかぁ」


「はい、バウマイスター伯爵様にはお世話になりっ放しで、なんとお礼を申し上げたらいいか」


 ローザという女性はとても綺麗で、接客や他の仕事も完璧にこなした。

 俺への挨拶を見ても、とても有能な人のようだ。


「ローザさん、あんなしょうもないお兄さんなので、もし今度しくじったら見捨てて構いませんから」


「大丈夫よ。今度はちゃんと首根っこ掴んでおくから。バウマイスター伯爵様、借金も必ず返済いたしますので」


 ローザさんの方が雇われているはずなのに、力関係は完全にローザさんの方が上のようだ。 

 まあ、世間ではよくある話なので気にしないことにする。

 店が繁昌して、無事に借金が返済されればいいのだから。


「はあ……あの、ローザさんは、ベッティのお兄さんとはどういったご関係で?」


「幼馴染ですね。いまいち頼りないですけど、悪い人ではないので……」


「お兄さん、ローザさんと結婚の約束までしていてあの様だったんですよ」


「なんだと……」


 またも出てしまった。

 料理はそこそこ上手いが、切羽詰まって妹に食材の供給を頼むような駄目な男に結婚を約束した幼馴染がいた。

 世間とは、本当に不公平である。

 そんな奴に幼馴染兼婚約者がいるなんて……果たして神は本当に存在するのか?

 だが、ここで以前のように無意味に叫んでも、俺の主張が認められるわけではない。

 他の手で、あの不届き者に罰を与えておくべきでろう。


「もし失敗したら、お前は鉱山送りだ!」

 

 俺は調理中のベッティの兄に、大声で発破をかけた。


「ひぇーーーっ! 頑張ります! 必ずお金はお返しします!」


 俺はベッティの兄を厳しく激励するように見せかけて、リア充への反撃をおこなった。

 そう、これは嫌がらせじゃない。

 抑圧されたリア充でない人たちの心の声を、俺が代表してリア充に叩きつけただけなのだから。

 これは正義なのだ!


「わかったら、日替わり四人前だ」


 俺はベッティの兄に素早く注文をすると、空いているテーブル席へと移動した。

 椅子はないので、四人でテーブルにもたれながら話を続ける。


「お兄さん、定期的にダレて駄目になるんですけど、ローザさんがいれば大丈夫ですよ」


「彼女の尻に敷かれているくらいで安泰なのかな?」


「はい」


 しかし、本当に不思議だ。

 世の中、ああいう駄目な男に限って、いい女性がつくパターンが多いような……。


「お待たせしました、猪のすじ肉シチューライスです」


 しばらくすると、ローザさんが人数分の食事をもって来てくれた。

 早速食べてみるが、味に改良を重ねたようで、前よりも美味しくなっている。

 ベッティからは駄目な兄だと言われているようだが、料理に関してはそれなりに真面目なようだ。

 でなければ、俺も金など貸さなかったけど。


「しかし、わけわかんねえな。冒険者にもいたんだよな。ああいう駄目なのと引っ付くいい女ってのがいてさ」


「それは男女のことだから、絶対にないとは言えないだろう」


 カチヤは、俺と同じ意見のようだ。

 エルは、恋愛なんてそんな杓子定規な世界ではないという考えで、ベッティの兄に婚約者がいた事実を不思議に思わないらしい。

 ダメンズ好きに、世界の違いは関係ないということか。


「カチヤは、ああいう男は駄目なのか?」


「無理! イライラしちゃうんだよ。あたいは、旦那のようなタイプの方がいいな」


「俺も、言うほどしっかりはしてないけど……」


 魔法以外だと、結構ズボラな部分も多いからな。


「でもさ、妹や婚約者を困らせたりしないだろう? 男女の関係でお金のことを出すと嫌がる人もいるけど、家族や奥さんを困窮させないって重要だぜ」


 確かに、ベッティの兄のやり方はとても褒められたものじゃないからな。


「まったくもって反論できないな」


「だろう?」


 カチヤは、俺たちが思っていたよりもシビアな考え方をする人のようだ。

 女だてらに、一流の冒険者をしていたからなのかもしれない。


「あたいと旦那って、実家が微妙な貴族だから一緒にいて疲れないし。こういうお店で、普通に食事を楽しめるのはいいよな」


 確かに、そういうのも重要かもしれないと俺は思った。

 だが、エリーゼは順応が早いし、テレーゼはそういう店を逆に楽しむ傾向がある。

 俺には、ただの深窓の令嬢は似合わないということか。


「でも、そこまでわかっていてトンネルの件は?」


「旦那も蒸し返さないでくれよぉ……」


 ベッティの兄の店は無事に経営が軌道に乗り、俺への借金の返済もすぐに終了した。

 彼はアルテリオ商店の傘下に入り、お店がある地区に数店舗の飲食店を経営。

 成功者として、それなりに名が知られるようになるのであった。

 勿論、その陰に怖い奥さんの存在があったのは言うまでもない。

 むしろ後世では、彼女の方が業界で有名人になるのは、みんなの想像の範囲内であった。






「ベッティ、すまん。必ず店を成功させて借金は返すから。でないと、ベッティが借金の保証人だから」



 その日の夜中。

 お店の片付けをしながら、お兄さんは私に謝り続けていた。

 その横でお兄さんを手伝っているローザさんが、『うんうん』と首を縦に振っている。

 すでにお店の主導権はローザさんに移っているようで安心した。

 お兄さんに任せると、必ず定期的になにかやらかすから。


「借金の返済が滞ると、ベッティちゃんに迷惑がかかるんだから、わかっているわね?」


「明日からも頑張るさ」


 私は、ローザさんに叱られながらも、仲がいいお兄さんたちを見て羨ましいと思ってしまった。

 私って、将来どんな人と結婚するんだろう?

 ふとそんなことを想像してみたら、脳裏に先生の顔が……

 じゃない! 

 けど……。


「(先生は、綺麗な奥さんがいっぱいいるから無理だよ)」


「本当に、妹を借金の保証人にするとか……兄なのにねぇ……」


「反省しています。絶対に返しますから」


「当たり前でしょうが」


 ところが、喧嘩していても仲がいい二人の姿を見ながら、私はある可能性に考え至っていた。

 それは、もしお兄さんが借金の返済に失敗した時のことだ。


「(その借金を、保証人である私が返済するのは、成人後ならそれほど困難じゃないよね)」


 魔法使いは稼ぎが大きいから、お店の改修費用くらいなら、よほど油断しなければ短期間で返済可能なはず。

 ましてや、私は先生に褒められるほどの魔力を持っていて、冒険者予備校でも期待されている魔法使いだ。

 『ベッティは魔力が多く、まだ成長途上にある。頑張って精進すれば、いい魔法使いになれるぞ』と。

 先生から褒められた時のことを思い出すと、顔が熱くなってきた。


「(あっ、でも。もし私も返済が滞れば……)」


 先生は、貸しつけた借金の回収を行わないといけない。

 ところが、今の私にはろくな資産がなかった。

 ということは、これはもう私が担保になればいいのよね。


「(借金が返せないから、私が先生に差し押さえられて、先生のものになる。いけるかも)」




『ベッティ、君のお兄さんは借金を返せなかった。だから保証人である君が……』


『はい、覚悟ができています。借金は、私の体で返しますから!』


『本当にそれでいいのか?』


『はい! 私は先生のものになります!』


 


 なんて素晴らしいアイデアなんだろう。

 もしそれが実現すれば……そうだ! お兄さんが借金返済というプレッシャーで潰れてしまうと、ローザさんに迷惑もかかるから……。


「お兄さんが借金の返済に失敗しても、私はなんとも思わないからね」


「大丈夫だよ! 絶対に返すから! というか、私はどこまで信用されていないんだよ!」


「これまで、信用される要素なんて一つもなかったでしょうが!」


 ローザさんに叱られているお兄さんを見ながら、私はむしろお兄さんが借金の返済に失敗すればいいのにと、つい不謹慎なことを思ってしまうのであった。


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