第277話 ヴェンデリン、花を贈る

「先生、サングラスの具合はいかがですか?」


「とても使い勝手がよくて、釣りと狩猟でとても役立っているよ。いい品をありがとうな、アグネス」


「先生に喜んでもらえてよかったです」




 今日も講義が終わった後、俺はアグネスと世間話をしていた。

 サングラスの件で縁ができたし、彼女は魔法使いのクラスで一番優秀な生徒である。

 魔力量も現時点ではクラスで一番多く、講義も熱心に聞き、筆記試験などでも優秀な成績を修めていた。

 所謂委員長キャラであるが可愛い娘でもあり、俺のお気に入りの生徒になっていた。

 生徒を差別するのはどうかと思ったが、先生も人間だから仕方がない面もあり、別に他の生徒たちの指導に手を抜いているわけでもない。

 『だってお気に入りの生徒だから仕方がないじゃない。人間だもの』と、思うことにした。

 前世の学校の先生たちも、こういう悩みを抱えていたのであろうか?

 少なくとも俺は、先生からもの凄く好かれる生徒ではなかったな。

 嫌われているわけではないが、目立たず、ラノベやアニメならモブ扱いの生徒だったと思う。


「先生は、これから予定は決まっているのですか?」


「今日は特に王都で用事もないから、早く屋敷に戻ろうと思うんだ。奥さんたちが待っているしね」


「それがいいですよ。奥様たちは妊娠されているのですから」


 俺がアグネスを気に入っている理由の一つに、この娘がもの凄くいい子だというのがある。

 放課後に遊びに連れて行けとか、この年代の娘なら言いそうなことを言わず、俺が妊娠したエリーゼたちの元に早く帰ってあげた方がいいと、気を使えるのが凄いと思う。

 前世で同じ年齢だった時の俺に、こんな気遣いはできなかった。

 最新のゲームと、人気の連載漫画の続きと、可愛い女の子のことしか考えていなかったのを思い出す。


「なにか、お菓子でも買って帰ろうかな?」


「先生って、お土産がほとんど食べ物ですね」


「ははっ、好きだからな」


 それもあるが、服やアクセサリーだと似合う似合わないとかサイズの問題もあって、エリーゼたちと一緒にお店に買い物に行かないと判断できないからだ。

 まあ、俺にファッションセンスがないのは、前世からずっとそうなので仕方がないのだけど。


「女性への贈り物なら、たまにはお花なんていかがですか?」


「花か……」


 さすがは女性というべきか、アグネスは花を買って帰ればエリーゼたちも喜ぶであろうと助言してくれた。

 なるほど、女性ならではの素晴らしい意見であった。


「そうだな、たまには花もいいよなぁ」


「そうですよ、女性はお花をもらうと嬉しいものですよ」


 沢山のバラを買って花束に……鉢植えの高価なランとかでもいいのかな?

 他にも花の種類はいっぱいあるから、いざどれを贈ろうか考えると大いに悩んでしまうな。


「先生、実はシンディの実家はお花屋さんなんですよ。王都でも一番と評判の老舗で、綺麗なお花がいっぱい置いてあるんです」


 シンディとは、このクラスで最年少の少女であった。

 年齢は十二歳で、そういえば俺もその年で予備校に入学したんだよなぁ。

 アグネスとも仲がよく、実はクラスで三番目の魔力量の持ち主であった。

 しかも三番目とはいっても、アグネスとそう魔力量に差があるわけでもない。

 彼女と同じく、前途有望な新人というわけだ。

 黒い髪をオカッパにしているので余計幼く見えるが、実はルイーゼよりも少し背が高かった。

 やはり、ルイーゼほど幼く見える娘ってそうはいないのだな、と俺は思ったものだ。


「シンディ」


「なあに? アグネス」


 年齢は二つ違うが、二人はお互いに気安く口を利いていた。

 同じクラスでもあるし、本当に仲がいいのであろう。


「先生が、シンディのお家でお花を買いたいって」


「本当ですか? ありがとうございます」


 シンディは、お客になるであろう俺に嬉しそうにお礼を述べた。


「それで、どのようなお花をご希望ですか?」


「……」


 シンディに質問され、ここで一瞬、俺の時間が止まってしまった。

 よくよく考えたら、俺は大して花の種類など知らないのだ。

 バラ、チューリップ、ラン、菊……駄目だ、菊は女性に贈るのに向かない。

 俺のイメージだと、葬式とかで飾られているイメージだ。

 あとは花人形……全然関係ないな。

 そういえば、この世界に菊ってあるのかな?

 ミズホ公爵領には花人形と共にありそうだが、全然興味がないので調べていなかった。

 食用菊……はあるかどうか、あとでミズホ公爵に聞いてみよう。

 あれは、茹でてからカラシ醤油で食べると美味しいんだよなぁ。

 それにしても、他の花の名前がいまいち出てこない。

 マーガレットって、花の名前……人の名前か?

 ポインセチア……あれ? 犬の名前か?

 そんな具体的に欲しい花の名前を聞かれても困ってしまうので、俺は思わず後ろで静かにしていたエルに救いを求めた。

 エルもたまにナンパしているくらいだから、きっと俺の知らないところで、女性に花を贈った経験くらいはあるはずだ。


「エル、お前ならどんな花を贈る?」


「……チューリップ?」


「さては、お前。俺と同じレベルだな」


 エルも大して花の名前を知らず、俺と差などなかったことが判明した。


「お前、そんなんだからカルラにフラれるんだよ!」


「それは花と関係ないじゃないか! バラ!」


「バラを知らない人はいないだろう」


 やっぱり、エルも俺と大差がなかった。

 大半の男性が、実はこんなものなのであろうが……。


「ここは同じ女性であるカチヤに聞くか……カチヤ」


「えっ? あたい?」


 なぜかカチヤに話を振ったら、あきらかに動揺し、彼女もエルと同じように考え込んでしまった。


「たとえば、家族や男性冒険者から花を贈られた時のことを思い出してみるとか?」


「……ええと、そんな経験はないかな」


 カチヤは、人から花を贈られた経験がないという。

 それを口にしたあと、あきらかに表情が暗くなったので、俺もエルもこれ以上は聞いてはいけないような気がした。

 屋敷に帰って、カタリーナとリサにも聞いてはいけないと思う。

 そんな予感がするのだ。


「親父や兄貴が花なんてくれないし。一番もらうのはマロイモ?」


「そうか……」


 マロイモは美味しいし女性には大人気だけど、やっぱりたまには花くらい欲しいとカチヤも思うはず。

 マロイモだと、いまいちロマンチックじゃないからな。


「こうして、花の名前がわからなくて三人で行き詰っているわけか……」


 先生失格かもしれないが、俺の専門は植物学じゃない。

 花の名前を知らなくても仕方がないというか……。


「先生、そういう方は別に珍しくないですよ。そのための、私たちのようなお花のプロなのですから」


「おおっ! 花のプロかぁ! そうだよな? なら、シンディに花を選んでもらおうかな」


「はい、喜んで。ご案内しますね」


 こうして俺たちは、シンディの案内で彼女の実家である花屋へと向かうのであった。





「先生、ここですよ」


「これはまた、随分と大きな店構えだな」


「沢山花があるぜ、ヴェル」


「エルヴィン、そりゃあ花屋だから沢山花はあるだろう」


「カチヤ、あの花の名前を知っているか?」


「……エルヴィンは?」


「そこ、お互いに傷を広げ合わない」




 シンディの実家は、商業街の一角、下級貴族街にも近い大きなフラワーショップであった。

 花のみならず、樹木やガーデニング関連の商品も扱い、かなり大規模に経営しているようだ。

 いかにも専門店といった店構えで、お客さんも多かった。

 

「ただいま」


「お帰りなさいませ、お嬢様」


 店内に入ったシンディを、店員らしき若い男性が出迎えた。

 お嬢様と呼ばれているところを見ると、ここはかなり大規模に花を扱っている大商家なんだな。

 シンディは、そこのお嬢様というわけだ。


「トーマス、今日はお客さんを連れてきたから私が案内するね」


「へえ、お嬢様が直々にお連れしたお客様ですか……って! バウマイスター伯爵様ですか?」


 若い店員は、俺の顔を知っていたようだ。

 こちらも驚くほどの大声をあげた。


「今、私たちの先生なのよ。先生は奥様たちに贈るお花を選ぶから、私が案内するね」


「わかりました、ここはお嬢様にお任せした方がいいですね」


 シンディの案内で、まずは切り花が置いてあるコーナーへと向かう。  

 綺麗な花が沢山置いてある。

 バラとか……チューリップもあった。

 タンポポはないか……野生の植物だからな。

 でも、あれは根っこでコーヒーが作れるんだよな……今度作らせてみようかな。

 あとは……よくわからない。


「綺麗だな、エル」


「ああ、綺麗だ」


「綺麗だな、旦那」


 そして悲しいことに、やはりエルとカチヤも俺と同レベルであった。

 人に花を贈る生活なんてしたことがないから、三人で花を見ても綺麗としか言えないのだ。

 花の名前なんてほとんど知らないし、もしかしたら語彙が貧困なのかもしれないな。


「先生は、どのようなお花が好きですか? お花の名前を知らなくても、自分が綺麗だと思うお花を贈るのも悪くないですよ」


 さすがは商人の娘。

 シンディは、俺に恥をかかせないように上手く誘導してくれた。

 というか、十二歳とは思えないほどシッカリしている。

 俺から魔法を教わる時などは、もう少し幼い印象を受けていたのだが……。


「そうだな……これは?」


 俺は、ある花を指差した。

 なんか見たことがあるようなないような……花は小さいけど、これは意外といいのではないかと思ったのだ。


「えっ! このお花ですか?」


「おかしいかな? 綺麗だと思うけど……」


「先生、このお花はシレネって言いまして、花言葉は『偽りの愛』なんです」


「……」


 どうやら、この世界にも花言葉があるようだ。

 しかも俺は、花言葉という単語しか知らず、いきなり妻たちに贈るには不向きな花を選んでしまうのであった。






「ヴェル、こんなに沢山ある中から最悪なのを選ぶなよ」


「うるさいなぁ、じゃあエルが選んでみろよ」


「俺も、ハルカさんが喜ぶような花束でも買って帰るかなぁ。きっと喜ぶぞ」





 エルも、ハルカに花でも買って帰ろうと思ったらしい。

 沢山ある花の中から、女性に贈るのに相応しいと思うものを選び始めた。


「似合わないなぁ……」


「ヴェルに言われたくないわ!」


 俺に対して怒りながらも、エルは沢山ある花の中から自分の好みに合う花を選び出した。


「これなんて、変わっていて面白いかも。バラと合わせて花束にするとか?」


「シンディ、これはどうだ?」


 俺は、エルが選んだ花の花言葉を聞いてみる。


「このお花はシクラメンですね。花言葉は、『嫉妬』と『猜疑心』です」


「お前も駄目じゃないか」


 嫉妬と猜疑心とは、女性に贈るのにもっとも不向きな花言葉にしか聞こえない。

 なお、シクラメンは今名前を教えてもらったが、俺でも聞き覚えがある花の名前だった。

 正直、どんな花かは知らなかったけど。


「なあ、シンディ。そういうのを気にしていたら、花なんて贈れないんじゃないのか?」


 カチヤは、じゃあどうしてそんな花言葉の花を商品として置いておくのだと、疑問に感じたようだ。

 シンディに対し、質問を投げかける。

 

「女性に贈るのに一番無難で、一番喜ばれるのはやっぱりバラなんですけど、ずっとバラばかり贈られても飽きるじゃないですか。そういう慣れた方は花言葉はほとんど気にしませんけど、初めて贈るお花で冒険をして相手に嫌われるというケースもあるので、そこは、お勧めする店員の力量なんです」


 シンディは、カチヤの疑問に淀みなく答えた。


「なるほど、あたいは花言葉なんて気にしないで、綺麗な花を貰えた方が嬉しいかな」


 シンディの実家であるフラワーショップは繁盛していた。

 数名いる若い店員たちが、客一人一人について色々とアドバイスをしている。

 花を買うのはお金に余裕がある富裕層であり、花の値段も現代日本よりも高いから、きめ細やかなサービスというものが必要なのであろう。

 定期的に花を購入してくれるお金持ちの客が、次も気分よく花を買いに来てくれるよう、店員たちは日々花の勉強を怠っていないようだ。

 鉢植えなどもあるし、花の種も売っているので、育て方についても詳しくないと駄目なはず。

 俺は、フラワーショップの店員さんも色々と大変だなと思った。


「お得意様のお好みのお花を覚えるのも、店員のお仕事なんです」


「なるほどねぇ……色々と大変なんだな。シンディも詳しいみたいだけど」


「はい、私には兄と弟がいるのでこのお店は継ぎませんけど、子供の頃からよく手伝いをしていたので」


 『門前の小僧習わぬ経を読む』ということのようだ。

 シンディも、店員に負けないくらい花に詳しかった。


「サービスのよさか……確かに、客が多いからなぁ」


 店内には、男性客も多い。

 貴族がおつき合いのある女性に贈ったり、大商人らしき人は、飲み屋の女性にでも贈るのであろうか?

 そう考えると、実はエルよりもブランタークさんを連れてきた方がよかったとか?

 ただ、あの人が女性に花を贈るイメージが……。

 師匠とか、エーリッヒ兄さんの領分だと思ってしまうのだ。


「赤いバラとカスミソウを大きな花束に! 四つ作ってほしいのである!」


 とここで、俺たちは意外な光景を目の当たりにすることとなる。

 なんと、あの導師が花を買いに来ていたのだ。

 導師が熱心に教会に通うのと合わせて、あり得ない事象の双璧だと思っていたのに、俺たちは目の前の現実に目を疑った。


「導師?」


「おおっ! バウマイスター伯爵であるか!」


 導師は俺たちを見つけると、嬉しそうに声をかけてきた。


「花を買いに来たのですか?」


「普段は屋敷を空けることも多く、妻たちには寂しい思いをさせているので、たまには花くらいは、というやつである! まあ、花などよく知らぬので、いつも赤いバラとカスミソウであるが」


「導師様、これでよろしいですか?」


「うーーーむ、もう少し赤いバラ花を増して花束を大きくするのである! こういうのは豪勢な方がいいのである!」


「畏まりました」


 意外というと失礼かもしれないが、導師はこのお店の常連のようだ。

 店員とのやり取りで、そういう印象を感じてしまった。

 しかし花束は豪勢な方がいいとか、導師の性格がよく出ていると思う。


「バラを大分増量しましたが、これでよろしいでしょうか?」


「おおっ! これぞ花束である! では某はこれで! エリーゼたちに花を贈るとは、バウマイスター伯爵もやるのである!」


 俺は導師に褒められたが、なんとなく釈然としない気持ちを抱いてしまった。

 そして導師は、購入した花束を魔法の袋に仕舞うと、颯爽と屋敷へと戻って行く。

 その手慣れた様子に、俺も、エルも、カチヤも、とてつもない敗北感を覚えてしまった。

 エーリッヒ兄さんやブライヒレーダー辺境伯なら、そんな感情は抱かなかったかもしれない。

 あの、花とは一番縁遠そうな導師だからこそ、余計にそう感じてしまったのだ。


「ヴェル、なぜかもの凄い敗北感を味わったような……」


「あたいたちって、導師様以下……」


「それを言うな! カチヤ!」


「だって事実じゃないか! エルヴィンだってそうだろう!」


 導師には大変失礼だが、この件に対する俺たちの心のダメージは深刻であった。

 そして、もう一つの試練が俺たちを襲う。


「お嬢様、導師様が赤いバラをすべて購入されていかれたので、赤いバラが品切れです」


 一番無難な赤いバラが品切れという事態に、花に詳しくない俺たちはさらに苦境に追いやられることとなった。

 バラがなければ、なにを買えばいいのだろう?





「真っ赤なバラがないというのは困ったな……」


「ああ、一番の人気商品だからな」


「導師様、少しくらい残してくれておいても……」




 導師よって赤いバラを買い占められてしまうという事態に、俺たちは大いに困ってしまった。

 陳腐だとか、マンネリだとか言われても、真っ赤なバラを贈られて嬉しくない女性はいないと思うからだ。

 

「こうなれば……」


「こうなればどうするんだ? 旦那」


「専門家に一任する」


 そう、俺は伯爵様なのだ。

 なにかを成す時に、人の力を借りることは悪ではない。

 むしろ、これが正しい貴族の姿であった。

 決して、赤いバラが売り切れてネタに詰まったから、もう自分で決めるのは諦めようと思ったわけではない。


「はい、任せてください。でも、次からは先生も贈りたいお花を考えておいてくださいね」


 さすがは手馴れているというべきか、シンディは上手く花を組み合わせてエリーゼたちに贈る花束を作ってくれた。

 素人目で見ても、女性が喜びそうな綺麗な花束だな。


「……先生の奥さんって、多いんですね……」


 それは、アマーリエ義姉さん、テレーゼ、リサの分も混じっているからであろう。

 でも、伯爵様ならそう珍しくもないのだけど。

 奥さんたちに花を贈るだけでももの凄い出費となっており、貴族って存在するだけでコストが発生するんだなと、俺は妙に感心してしまった。

 逆に言えば、こうして貴族が浪費するからこそ、先日のアグネスの実家のみならず、シンディの実家やその家族や従業員、取引先が潤って生活できるという面もあるのか。


「また花を買いに来るよ」


「はい、定期的に奥様たちに贈ってさしあげると喜ばれますよ。女性は、お花が大好きですから」


 それは、俺でもなんとなくわかった。

 女性は花が好きな生き物で、なぜ花がいいのかと言うと、枯れてなくなってしまうからだと言っていた人がいたような……。

 アクセサリーほど重くはなく、また贈ってもらえるかもという期待感があるのかもしれない。


「シンディにはお世話になったから、ここは先生がお花を贈ろうかな」


 俺たちだけだったら花を選ぶことすらできなかったであろうし、お礼とチップも兼ねてシンディにもお花を贈ることにした。

 女性に贈る花を選ぶ訓練にもなり、一石二鳥でもある。


「そうだな……これなんてどうかな?」


 俺が選んだのは……ユリに似た花。

 そうそう、俺でもユリはわかったよ。

 急に知っている花の種類を全種類言えと言われても、そう都合よく全部思い出せるわけでもないからな。

 今、ようやく思い出せた。


「今日はありがとうな、シンディ」


「はい、奥様たちによろしくお伝えください。お花、ありがとうございました」


 俺はエリーゼたちに贈る花束を、エルもハルカに贈る花束を購入し、急ぎ屋敷へと戻るのであった。





「というわけで、エリーゼたちに花を買ってきました」


「そのまま渡せばいいのに、事情を話してしまうのがヴェルらしいね」


「いやあ、俺に気の利いた言葉なんて難しくてさぁ」




 奥さんたちに花束を渡すと、ルイーゼからもっと格好よく渡せばいいのにと言われてしまうが、花を贈られたこと自体は嬉しかったようだ。

 花を見ながら、エリーゼたちとわいわい話をしていた。


「赤いバラがありませんけど、他のお花を上手く組み合わせてあって綺麗ですね」


 エリーゼもとても嬉しそうだ。

 やはり、女性が花を貰うと嬉しいというのは、本当のようであった。


「赤いバラって、やっぱり定番なのかな?」


「はい、一番人気があって、一番わかりやすいですから」


 この世界でも、やはり赤いバラは最強なようだ。

 

「それがさ……」


 俺が、導師が赤いバラを全部買い占めてしまった話をすると、実際にそれを見ていたカチヤと、エリーゼを除き、みんなが驚愕の表情を浮かべた。


「えっ? 導師が?」


「またまた、導師に似た他の誰か……あんな人、見間違えるはずがないか」


「似合わない」


「似合わない……としか言えませんわね……」


 イーナ、ルイーゼ、ヴィルマ、カタリーナの反応は俺の予想の範囲内だ。

 導師を知る人からすれば、きっと誰だってそう思うはずなのだから。


「でもよ、実際にあたいも見たし、話もしたんだから」


「いや、それほどおかしいことか?」


「おかしいというか、似合わないって方が大きい」


 ルイーゼも、大概酷いな。


「それはそうかもしれぬが、ああ見えて導師は、女子供には優しいのじゃぞ」


 テレーゼは、子供の頃に親善訪問団で帝都を訪れた導師に我儘を言ったら、各地に遊びに連れて行ってもらった時の話をした。


「下手をすれば罰せられるところなのに、導師は妾の我儘を聞いてくれたからの。巻き込まれたブランタークは、最初顔を引き攣らせておったがの」


 可哀想にと、俺は心の中でブランタークさんに同情してしまった。


「そうよね、私もたまにお話をするけど、お優しい方だと思うわ」


 アマーリエ義姉さんもテレーゼと同意見で、ある程度年齢がいっている女性は導師は女性に優しい人だと思っているようだ。

 経験を重ねて、男性を見る目が鍛えられているというやつであろうか?


「エリーゼは驚かないのな」


「はい、昔から伯父様はそういう方ですから」


 導師は新婚当時から、定期的に奥さんたちに花を買って帰るのが習慣になっているのだと、エリーゼがみんなに教えてくれた。


「まあ、結局あれだな。俺たちも導師くらい女性に気を使えるようにならないと駄目だと」


「そうかもな」


 エルの的確すぎる指摘に、俺は思わず納得してしまう。

 早速、明日から心がけることにするよ。

 とにかくも、エリーゼたちが喜んでくれてよかった。







「シンディが、バウマイスター伯爵様からチグリジアを贈られたそうだ」


「えっ! 本当ですか?」


「ああ、本当だ」


「それは凄いですね!」




 本日、うちのお店にバウマイスター伯爵様が来店し、沢山の花を買ってくれただけでなく、私の娘シンディにまで花束を贈ってくれたと聞く。

 しかも、その花がチグリジアとは……。

 シンディは、バウマイスター伯爵様は花言葉を知らないと言っていたが、あれだけある花の中から、わざわざチグリジアを選んだのは運命であろう。

 なによりシンディは、バウマイスター伯爵様から花を贈られた。

 これは、うちの娘がただの教え子ではなく、それ以上に思われているからだ。

 うん、きっとそうだ。


「凄いですね、オーナー。お嬢様が、バウマイスター伯爵様の奥さんですか」


「なにしろ、シンディに花束を、それもチグリジアを贈るくらいだからなぁ。シンディがバウマイスター伯爵様の妻になれば、うちもバウルブルクに支店を出せるな」


「それはいいですね」


 この慶事を、代々うちで働いている従業員も喜んでくれた。

 チグリジアの花言葉は、『私を愛して』である。

 確かに、バウマイスター伯爵様はその事実を知らないかもしれない。

 だが、このお店には多く身分の高いお客様たちが来店する。

 バウマイスター伯爵様が、シンディにチグリジアを贈るところを見た方々も多い。

 その光景を見た彼らがどう思うか。

 これはもう、バウマイスター伯爵様がシンディを気に入って妻にしようとしていると、王城にまで噂が流れるのは確実だな。


「実に素晴らしいですね、オーナー」


「うちは平民だからバウマイスター伯爵家の相続には関係ないが、バウマイスター伯爵様とシンディの子供がバウルブルクの花屋のオーナーになり、バウマイスター伯爵領内に作られる多くの支店も経営するようになる。実に素晴らしい未来だ。こっちの本店はカーチスの息子に任せて、お前はシンディの下で実質的な経営と支店網の構築を担当することになるだろう。今のうちに準備をしておかないと」


「夢が広がりますね、オーナー」


「いやあ、シンディが可愛い娘でよかった」


「魔法使いなのもよかったですね」


「本当だよ」


 ついに、うちのお店も王都やその近郊以外の場所に支店を出せるのかぁ。

 我らのご先祖様の野望がついに叶うわけだ。


「バウマイスター伯爵領内には、珍しいお花も多いそうで。これも商えれば、商売も広がりますね」


「カーチス、いいことに気がついたな。そうだ、これは大きなチャンスなんだ!」


 バウマイスター伯爵様が、チグリジアの花言葉を知らないことなど些末な問題だ。

 シンディが同じ魔法使いで、しかも店内で衆人環視の下、チグリジアを贈った事実こそが大切なことなのだから。





「(お父さん! カーチスさん! 先生がチグリジアの花言葉を知らないことを知っていて! 発想が飛躍しすぎだよ!)」


 お父さんたちが、とんでもない方向に話を広げてるよ!

 先生はただ、お花を選んだ私にお礼として花束をプレゼントしてくれただけなのに……。

 もし先生にその気がまったくなかったら、あとでもの凄くガッカリするのがわかっいるから。 


「(どうにかして、私の卒業までにお父さんの勘違いを是正しないと……でも、先生のお嫁さん……いいかも……)」


 お花をプレゼントしてくれたってことは、先生は私を嫌いではない。

 魔法の講義はこれから一年続くし、これからも魔法を色々と教わっていく間に、先生が私のことを……キャァーーー、恥ずかしい!

 そして卒業の時、もし先生が私に奥さんになってくれってプロポーズしてきたら……。


「いいかもしれない」


 ようし!

 魔法の訓練を頑張って、アグネスとベッティに負けないように頑張らないと!

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