第275話 ヴェンデリン先生(後編)

「ヴェル様、緊張している?」


「よくよく考えてみたら、俺は人から教わっても、人に教えた経験があまりなかったんだよ」


「ヴェル様なら大丈夫」


「気休めでも、ヴィルマがそう言ってくれると心が落ち着く……ああっ、やっぱり緊張する!」




 ヘリック校長への挨拶を終えると、早速俺とヴィルマは魔法使いが集められている教室へと向かう。

 ブランタークさんは顔合わせを終えると、他に用事があるとかで、そのまま予備校から出て行ってしまった。

 ヴィルマは魔力があるので、副臨時講師のような扱いで俺の補佐をしてくれることに。

 いよいよ教室に入ろうとしたのだが、ふと考えると、俺に教師の経験などまったくないわけで、急に胃を締め付けられるような緊張感に襲われた。

 一方のヴィルマは、特に緊張もしていないようだ。

 普段どおりで、正直とても羨ましかった。


「(会社のお偉いさんたちの前でプレゼンをした時でも、ここまで緊張しなかった……)」


 商社マン時代に、新企画のプレゼンテーションを役員たちの前でしたことがあったが、その時でもここまで緊張しなかったはずだ。

 胃に穴が開きそう……。


「ええいっ! 別に取って食われるわけじゃないんだ!」


 俺は覚悟を決めて、飛び込むように教室へと入る。

 教室の中には、十二歳から十五歳くらいの少年少女が四十名ほどいた。

 さすがは王都というべきか、魔法使いの数が多い。

 未成年ばかりなのは、魔法使いは地方の農村にまで配られた水晶玉によって幼少の頃より見い出され、一日でも早く即戦力として使えるよう、早々に訓練を受けることが多かったからだ。

 そのため、成人したら即戦力扱いとなるので、冒険者予備校に通っているいい年をした魔法使い、というのは滅多にいなかった。

 テレーゼみたいに二十歳をすぎてから魔力が具現化した、なんてケースは本当はあり得ないのだ。

 だから俺に疑いの目が向かないよう、秘密の保持に全力を傾けているわけだけど。


「みなさん、初めまして。臨時講師のヴェンデリン・フォン・ベンノ・バウマイスターです」


 少し声が上ずったような気がするが、なんとか噛まずに挨拶はできた。


「ヴィルマ・エトル・フォン・バウマイスター」


 ヴィルマは、いつもどおり淡々と自己紹介をする。

 そこに緊張感など欠片もない。

 だからこその、あの狙撃能力なのかもしれないけど。


「ええと……」


 俺が口を開くと、生徒たちの視線が一斉に俺に集中する。

 体中に針が刺さったような緊張感を感じつつ、俺は一つの問題にぶち当たっていた。


「(ヴィルマ、こういう時ってなにをすればいいんだろう?)」


 緊張で頭が真っ白になっているのもあるが、いきなり臨時講師だと言われても、なにをしていいのかわからないのだ。

 魔法を教えるのが主目的なのは理解しているけど、緊張しすぎて、具体的になにをしていいのか頭に思い浮かばない。


「(ヴェル様、昨晩の予習は?)」


「(あれはさ。ここの生徒たちがどの程度の習熟度か、それがわからないと使えないんだよ……)」


 ヘリック校長にそれを聞いてこなかった俺の、完全なミスであった。


「(さっぱりわからんな。まあ、初日だからいいか)いきなり講義をするのをなんなので、質問を受け付けます」


「「「「「「「「「「はいっ! はいっ! はいっ!」」」」」」」」」」


「多いな!」


「ヴェル様、人気」


 結局その日は、俺が次々と手を挙げる生徒たちの質問に答えて終了した。

 質問の中身も、これまでの骨竜退治や、地下迷宮攻略、内乱時などの質問ばかりであり、正直なところまったく魔法の修練にはならなかったと思う。

 ただ彼らと打ち解けることはできたと思うので、次こそはちゃんと魔法を教えないとな。





「みんな、目がキラキラしていたなぁ。俺にもあんな時期があった」


「いや、ヴェルは最初に出会った頃から目はキラキラしてない。世間に対して達観していた」




 その日の講義が終わってから、俺とヴィルマは屋敷に戻った。

 帰りに王都で購入した土産を広げながら、エリーゼたちに今日の話をするのだが、俺の話を聞いたエルが失礼なことを言う。


「もっと若い頃は、俺の目はキラキラしていたんだよ。まるで天使のように」


「どちらかというと、堕天使の類だな」


「失礼なことを。早く奥さんの元に戻ってしまえ」


「了解」


 エルにお土産を渡すと、彼は自分の家へと戻って行った。

 奥さんが妊娠してるのだから、早く戻ってあげた方がいい。


「あなた、次からは講義をどうするのですか?」


「そこは師匠からの教えを参考に、臨機応変に行くよ。ヴィルマも助けてくれるから」


「副臨時講師として頑張る」


 講師としての仕事は週に三回の約束なので、それから三日後。

 俺とヴィルマは、再び多くの魔法使いたちが待つ教室へと向かった。

 さすがに俺の話ばかりしていられないので、自分なりに講義を行うことにする。 

 だがその前に、以前に講師をしていたと聞く、ヨハネスさんの講義内容を聞いてみることにした。

 よさ気な教え方なら、それを参考にするのもアリだと思ったからだ。


「ヨハネス先生って、どんな講義をしていたのかな? 教えてくれると嬉しいんだけど……」


 生徒たちに質問をすると、どういうわけか、みんなで見合ってから黙り込んでしまった。


「えっ? もしかして、秘伝の魔法や理論を教えてくれたのかな?」

 

 だから、他人には教えられないとか? 


「いえ、違います。先生」


「先生? ああ、俺か。ええと……君は?」


 そうだった。

 先生は俺だったんだ。


「はい、アグネス・フュルストと言います」


 ざわめく生徒たちの中から、一人の少女が手をあげた。

 身長百五十五センチほど、ライトブラウンの髪を内巻きにしている、眼鏡をかけた美少女である。

 ぱっと見た感じ、学級委員長キャラに見える娘だ。


「(眼鏡っ娘だ!)」


 眼鏡をかけても美少女なので、外すともっと美少女かもしれないなどと、俺はくだらないことを考えてしまった。


「ヨハネス先生なんですけど……」


 およそ一年ほど前から、彼のボケは始まっていたらしい。


「何度も同じ話をしたり、魔法を教えていたのに、途中で話が昔の冒険譚になったりで、みんなほぼ独学で魔法を……」


 元から魔法は独学でやるものだが、せっかく高名な講師がいるのだから新魔法や鍛錬のコツくらいは聞いて参考にしたい。

 そんな希望を打ち砕くボケ講師の壊れたカセットテープのような講義でも、必要出席日数のためサボるわけにはいかない。 

 いくら色々と緩い冒険者予備校でも、卒業に必要な単位を取らなければ卒業できないのだから。


「全講義数の、三分の二は出ないと駄目なので……」


 本当は、生徒数は六十人近いらしい。

 だが、みんな出席日数はギリギリで構わないと思っているので、常に三分の二くらいの生徒しか出席していないそうだ。

 残り三分の一は……魔法使いって、アルバイトでも稼げるからなぁ……。


「なるほど」


 ならば昨晩考えたとおり、最初は基礎からで構わないか。

 そう考えた俺は、早速自分なりの講義を始めることにする。


「まずは、基礎中の基礎、毎日の瞑想について」


 これは、世間に大量配布されている本に書かれている内容だ。

 毎日、魔力の流れをイメージしながら瞑想し、自分の魔力路と魔力袋を広げる。

 やればやるほど魔力量と魔法の威力が上がるから、これは毎日行う必要があった。


「確実に、毎日瞑想をしてる人は?」


「半分……」


 手を挙げた生徒の少なさに、ヴィルマがガッカリしたような表情をしている。

 彼女も、俺やブランタークさんに教わって、毎日必ず瞑想を行っているからだ。

 あの導師だって、それを欠かしたことなど一日もない。

 そのくらい瞑想とは、基本中の基本なのだ。


「瞑想は、毎日しないと駄目だよ」


「ですが先生、俺は魔力の上昇がもう止まっているのです」


 ここで、一人の男子生徒が反論してきた。

 魔力は初級レベル、このクラスでは低い方であろう。

 ちなみに、このクラスで一番魔力量が多いのは委員長キャラのアグネスであった。

 あくまでも、今のところはという条件がつくが。


「それでも、魔力路は広げられるから」


「魔力路をですか? 俺の魔力量では、魔法の威力もたかがしれていますし……」


「魔力路が狭いと、使用魔力量と魔法威力のコントロールが甘くなるよ」


「えっ? そうなんですか?」


 男子生徒は、その話を初めて聞いたようで驚いている。


「大量の魔力を使って魔法を使う時でも、少量の魔力を使って魔法を使う時でも、魔力を流す魔力路は広い方が有利です。特に前者は魔法の発動時間に影響します」


 魔力路が狭いと、必要な魔力が流れ終わるまでの時間が長くなるからだ。

 イメージとしては、魔力が渋滞を起こすと思ってくれればいい。


「しかしそれは、わずかな差なのでは?」


 別の男子生徒が、俺に質問をした。


「わずかだけど、実戦だと致命的だよ。相手に先に魔法を撃たれたら終わりなんだから。魔法が発動する前に、魔物に突進されたら死ぬだろうね」


「……」


 俺の指摘に、その生徒のみならずクラスの全員が黙り込んでしまった。

 そう、コンマ一秒も差はないであろうが、それが実戦では致命傷になるケースが多いのだから。


「先生っ!」


「はい、なんですか?」


「その瞑想なんですけど……」


 もう一人、下限年齢ギリギリであろう、黒髪をオカッパ頭にした美少女が質問してきた。


「魔力を流して魔力路を広げるイメージ……って本には書いているのですが、そのイメージの具体例がよくわからなくて……」


 イメージだけとしか書いていないので、具体的にどうイメージするのかわからない。

 だから適当に座って瞑想しているだけで終わってしまうと、その少女は言う。

 他にも、同じような悩みを持っている生徒は複数いた。


「(それも仕方ないか……)」


 俺が魔力路を広げるイメージに利用したのは、日本で見たテレビ番組などである。

 学校で見させられる教育テレビなどでは、血管に血が流れる映像があって、それと似たイメージを脳裏に浮かべればよかった。

 ところがこの世界では、人体の仕組みなど、医者や教会経由でないと学べない。

 それも本が主流で、資料映像など存在しないのだ。

 想像するのに必要な資料がないと辛いかもしれないな。


「それを予想して、こんなものを用意しました」


 別段大したものではなく、王都のお店でも売っている猪の腸を横に吊るしたものだ。

 これは詰め物に使うので、とても安く購入できる。

 横に吊るした腸には傾斜がついており、俺は高い位置に吊るした右側の入り口から魔法で水を出し、腸の中に流し込んでいく。

 水量を増やすと腸は膨らんでいき、腸の中を流れ終わった水は低い位置にある左側の出口から下に落ちる。

 落ちた水は、助手のヴィルマがタライを準備しており、そこに落ちて溜まった。


「水を魔力で、この猪の腸が魔力路という考え方です。大量の魔力で腸を常に膨らますイメージを浮かべる」


 俺は水量を強くして、水が流れる腸を膨らませた。

 破れてしまうと駄目なので、そこは慎重に水量を微調整していく。


「自分の魔力路がこのように広がるイメージを、一日一回は瞑想しながら行うといいでしょう。次に……」


 魔力袋であるが、これはもっと簡単だ。

 猪の膀胱も、詰め物の材料として安く売られている。

 これに、魔法で出した水を限界まで入れて膨らませた。


「先生、魔力路と魔力袋とはこういう形なのですか?」


「あくまでも想像の範囲ですけど、先生はこれで毎日訓練しています。魔力を大量に流して膨らむというイメージですと、これが先生には最適なのです。勿論イメージなので、自分なりのイメージを考えて実行しても構いません。それで効果があれば、その人には最適な方法なのです」


「なるほど……」


 生徒たちは、俺の解説を聞き懸命にメモを取っていた。


「(眩しいくらいに真っ直ぐな若者たちだな)」


「(ヴェル様、ちょっとジジ臭い)」


 彼らの純真さに感動した俺に、ヴィルマの毒舌が突き刺さる。


「先生ほどの魔力を持っていても、まだ基礎訓練をしているのですか?」


「先生の場合、まだ魔力が増えていますから」


 まだ二十歳前なので不思議ではない。

 だが、俺の魔力量はすでに大陸随一、勝てるのは魔族のアーネストくらいなので、みんな目を丸くして俺を見つめていた。


「魔力量が上がらなくなっても、魔力路を広げるイメージ訓練はした方がいいです。広げておけば、魔法の手早さや、威力の調整などで有利になりますから」


 魔法を使うために魔力を使う際、魔力路が広ければ素早く魔力が流れるという理屈だ。


「魔法の威力の調整精度などにも影響が出るので、これは毎日することをお勧めします」


 他にも、師匠から教わったり、俺が独自に考えて行っている基礎訓練などを生徒たちに伝えていく。

 一回目は自己紹介で、二回目は基礎の基礎。

 妥当な講義内容であろう。


「バウマイスター伯爵殿、私も講義を見ていましたが感心したぞ」


 講義を終えて校長室に向かうと、俺とヴィルマはヘリック校長からお褒めの言葉を頂いた。


「基礎の基礎ですよ?」


「そうなんだが、意外と教えてくれる人がいないんだ」


 ヨハネスの爺さんは、今のクラスを編成する前からボケが始まっていた。

 本当ならば教えているはずなのだが、それが不明確であったそうだ。


「名のある魔法使いに臨時講師を頼むと、これも当たり外れが多くてな」


 講義を受けている魔法使いの大半は、初級から中級レベルの魔力量しか有していない。

 それでも貴重なのだが、臨時講師で来るような魔法使いは確実に中級の上以上の魔力量を持っている。

 彼らは有能ではあるが、天才で唯我独尊な部分もある。

 ただ自分の派手な魔法を披露して、『これを参考にしな!』で、終わる人も珍しくないそうだ。


「参考にならない」


「そうなんだ、奥方様。派手な火炎魔法とか、竜巻の魔法とか、クラスの半分以上は使えないから」


 というわけで、魔法使いはますます自己研鑽か、師弟制度に偏ることになる。

 どころが、師弟制度には臨時講師と同じような罠も存在していた。

 弟子が、必ず師匠の真似をできるわけではないのだ。


「俺は魔法使いじゃないけど、たまにここの魔法使いは本当にすべての実力を発揮できているのかと不安になってしまう」


 ちゃんと系統立った訓練を受ければ、もっと使える魔法使いになるのではないかと、ヘリック校長は思ってしまうそうだ。


「ええと、お引き受けした期間中までは確実に教えますので」


「ありがたい!」


 そんな経緯があり、俺はヘリック校長にとても気に入られたようであった。





「体系的な魔法の指導ですか……確かに、師匠次第、自分の実力次第な部分が大きいですね」




 家に戻り、夕食を取りながらエリーゼにその話を振ると、彼女はそれを否定しなかった。


「エリーゼはどうだったの? 私、ルイーゼ、ヴィルマは完全な後発型だからヴェルとブランタークさんが師匠みたいなものだから」


「カチヤもそうだよね。カチヤの場合、最初からある程度魔力はあったけど」


「でも、あたいも使える魔法の習得で苦労しているからなぁ……姉御の指導で,

ようやくってところだぜ」


 イーナ、ルイーゼ、カチヤは、自分の状況を語った。


「私の場合、教会で魔法の指導がありましたから」


 エリーゼは幼い頃に魔力が確認されたので、すぐにホーエンハイム枢機卿のツテを用い、教会で指導を受けたそうだ。


「すぐに治癒魔法の特性を見い出されたので、他の治癒魔法使いの方々から指導を受けました」


 教会としても、治癒魔法が使える人材の確保は急務である。

 それに、祖父がホーエンハイム枢機卿なのだ。

 指導の手を抜くことはあり得なかった。


「でもよ、魔法使いは貴重なんだろう? あたいの場合、あまり使える魔法がないからさほど大事にもされなかったけど。冒険者ギルドの扱いは悪くなかったけどな」


 以前のカチヤ程度の魔力の持ち主でも、それが戦闘能力を嵩上げできるタイプなら、冒険者ギルドや軍でも重宝される。

 ただ、それは厳密にいうと魔法使いだからではない。

 強いからだという現実もあった。


「治癒魔法の才能があれば、教会の手厚い指導が受けられます。他の魔法使いの場合は……」


 魔法使いは数が少ないので忙しい。

 指導に時間をかけるくらいなら、自分で働いた方が儲かる。

 魔法くらい、自力でなんとかなるだろうと。

 それでも一応世間で有名になったことだし、社会貢献の意味も込めて二~三人は弟子を取るか……。

 こんな感覚なようだ。


「それも面倒な方は、予備校の臨時講師などでお茶を濁しますね。それすらしない変わり者の方も多いですし」


 それでも、お上や各種ギルドはなにも言わない。

 相手は実力も実利もある魔法使いなので、下手に怒らせてヘソを曲げられると困るからだ。


「なぜ予備校の魔法使い講師陣が貧弱なのかよくわかる話ではあるか……それで、カチヤとテレーゼはどんな感じ?」


 俺は、二人の仕上がり具合を聞いてみた。


「はい。カチヤさんは、『加速』に特化した身体能力強化魔法と風系統の魔法に特性があります。ですが放出魔法は苦手なので、サーベルに魔力纏わせて攻撃力を上げたり、『魔法障壁』などの習得に留まっています。イーナさんと同じ系統ですね。テレーゼさんは、実は一番得意な系統は土でした。土木魔法などの適性が高いです。火系統も高度なものが使えるのは、以前に私と決闘をした時に判明しています」


「へっ?」


 俺は、驚きを隠せなかった。

 カチヤとテレーゼの魔法のことではない。

 あの究極の人見知りであるリサが、俺に淀みない声で説明をしたからだ。


「カチヤさんって……姉御……」


 カチヤは、以前のリサしか知らない。

 急に『さん』付けで呼ばれて、かなり戸惑っているようだ。


「リサが喋った!」


 昔、そんなアニメがあったな。

 あれは、○ララが立ったか……。


「いや……こいつは元から喋れるから。なあ、リサ」


「……」


 リサは、俺とは普通に喋れるようになったが、ブランタークさんからの問い掛けには黙ったままだ。

 まだ人見知りは治っていないらしい。


「俺は無視かよ!」

 

「お師匠様。リサさんが直接話ができる男性は、いまだヴェンデリンさんだけですから」


 リサから話しかけてもらえず不機嫌になったブランタークさんに、カタリーナが懸命にフォローをする。

 彼女はいつの間にか、リサの世話役のようなポジションについていた。

 カタリーナは、なんだかんだ言われながらもやはり面倒見はいい方であり、だからリサから頼られるのであろう。


「あのメイクと服装がないと、こんなものかよ……」


「カタリーナ、随分と面倒見がいいんだな」


「この方、非常にシンパシーを感じるといいますか……」


 人見知りではないが……似たようなものか……同じくボッチであったカタリーナからすると、リサは放っておけないタイプに見えるのであろう。

 実は俺もそうで、だから好きに居候をさせているのだけど。


「バウマイスター伯爵様、私を土木工事に連れて行ってください。カタリーナさんはもう……」


「そういえばそうだな」


 妊娠したカタリーナを、工事現場まで『瞬間移動』で連れていくわけにもいかない。

 リサは居候をしているので、自分が代わりに手伝うと手をあげた。


「橋の建設では大活躍だったものな。土系統の魔法は得意なのか?」


「火系統の魔法よりは得意ですよ」


 リサの魔法の精度と威力は、すでに経験ずみだ。

 ならば、せっかくなので手伝ってもらうことにする。

 俺は貴族なので、バウマイスター伯爵領発展のために遠慮などするべきではないのだから。


「テレーゼさんの面倒も見ます」


「そうよな。妾も多少の経験は積んだが、まだ一人だと不安があるの」


 まだ魔法使い歴が短いテレーゼからすると、ベテランであるリサの付き添いはありがたいようだ。


「テレーゼさんが、うちの開発を手伝って問題ないのでしょうか?」


「エリーゼも真面目じゃの。妾は引退した身じゃから、アルバイトですと言っておけばいいのじゃ」


「フィリップ公爵領から帰還命令とか出ませんか?」


 エリーゼが心配しているのは、テレーゼが魔法を使えるようになったので、フィリップ公爵家から帰還命令が出ないかという点にあった。


「それはないの。アルフォンスほどの男が、そんなバカな命令を出すはずがない」


 下手に呼び戻すと、再びフィリップ公爵家の継承問題に火がついてしまう。

 いくら魔法があっても、それを理由に呼び戻せるはずがないのだ。


「ペーター殿とて、それは望まないであろうよ」


 同じく、次の皇帝にテレーゼを……という話になりかねない。

 いまだ帝国は混乱の最中にあり、議会の再編と皇帝選挙の実施には時間がかかると言われていた。

 ここでテレーゼが帝国に戻ると、彼女の出馬を画策する連中が現れかねなかった。


「公式では、妾はバウマイスター伯爵の客人じゃが、実は戦利品で愛人だと思われておる。この立場が妾には面倒がなくてちょうどいい。アマーリエという友人もできたので、お気楽極楽にやっていくというわけじゃ」


 テレーゼは、最後にそう締めくくる。

 そして翌日から、リサとテレーゼは土木工事の手伝いに回り、俺もそれを手伝うか、現場に魔法で送り届けてから、冒険者予備校で講義という日が多くなっていく。

 

「旦那、あたいも退屈だから連れて行ってくれ」


 カチヤも俺の護衛に加わり三人で予備校に顔を出すと、ヘリック校長が早速カチヤに声をかけてきた。


「そういえば、バウマイスター伯爵にボロ負けして嫁いだんだよな?」


「校長先生は、相変わらずストレートにものを言うよな」


 カチヤはここの教え子で、二人の間には面識があるようだ。

 

「あたいも、旦那の補佐をするからさ」


「補佐……人生ってのはなにがあるかわからないな。あの『神速』が、旦那の補佐か……。というのは冗談で、バウマイスター伯爵がいないとどうにもならなくてな。助かるよ」


「ヨハネスのジジイ、ついに死んだんだっけか?」


「お前なぁ……勝手に殺すなよ。ボケて引退しただけだ」


 今日は三人で授業を始めるが、カチヤも予備校では有名人である。

 ワイバーン専門の待ち伏せ殺し屋で、かなり稼いでいることが知られていたからだ。

 他にも、例の婿取り宣言と、並みいる貴族や王族の子弟たちを倒した件。

 最後に、俺に負けた件も含まれるのか……。

 とにかく、話題には事欠かない人物ではある。


「講義の前には瞑想を行います。魔力路を広げていくイメージで」


 今日も講義が始まる。

 とは言ってももう三回目なので、あとは師匠が俺に教えてくれた基礎や理論に、自分なりのアレンジを加えたものを、説明、実演していくだけだ。

 講義は午前中しかないし一年で卒業だから、グズグズしないで実践的にやらなければ。


「同じ量の魔力を使用した『ファイヤーボール』でも、このように効果範囲がまるで違います」


 一つは、標的の板に直径一メートルほどの軽い焦げ跡がついただけ。

 続けて今度は、『ファイヤーボール』の大きさをパチンコ玉程度にすると、板に穴を開けることに成功した。

 

「最初の、魔法の効果範囲は広いが、威力がいまいちな『ファイヤーボール』、これの使用が推奨されるケースもたまにありますが、魔物狩りではほぼ使いません。その理由は?」


「はいっ!」

 

 俺の質問に、委員長キャラのアグネスが手をあげる。

 眼鏡っ娘で真面目な彼女はこのクラスでは一番魔力量が多く、学業成績も優秀で、生徒たちの纏め役になっていた。

 冒険者予備校のクラスに学級委員長制度は存在しなかったが、周囲から、実質委員長のような扱いをされていた。


「威力が圧倒的に足りないからです。目晦ましくらいにしか使えないと思います」


「ほぼ正解ですね。当たっても倒せない魔法など、放つ意味もありませんから。パーティを組んで討伐する際、目晦ましに使うということはたまにありますが、これもやめた方がいいかな?」


 その理由は、二つ存在している。

 一つめは、その程度の『ファイヤーボール』では、野生動物ならともかく、魔物にはさして目晦ましにはならないこと。

 二つめに、魔物は動物とは違ってあまり火を怖がらないからだ。

 最後の三つ目は、実は一番重要である。


「毛皮が焦げると、商品価値が落ちるからね」


 ジョークだと思ったのか?

 教室中に笑いが広がった。


「実は冗談ではなくて、獲物の状態は冒険者にとっては大切なので」


 一日に倒せる魔物の数など決まっているので、あとはいかに綺麗に殺すかにかかっている。


「全身黒焦げ、切り傷だらけ。こういう素材は毛皮や皮が使えないので、とにかく買い叩かれます」


 ただ倒せばいいというものではない。

 倒した状態が悪ければ、いくら沢山倒してもなかなかお金にならないのだ。


「つまり、火系統の魔法は魔物討伐に不利だと?」


「全身をコンガリ、はやめた方がいいね」


 再び質問したアグネスに、俺はそう答えた。


「でも、火系統しか使えない魔法使いだっていると思いますが……」


「俺がそうです」


「私もです」


 数名の生徒が手をあげる。

 使える魔法の系統だが、こればかりは相性なので、練習してもどうにもならないケースがあった。

 となると、冒険者として稼ぐのに不利な火魔法でどう対処するかだ。


「そこで、魔法の圧縮が役に立ちます」


 大きな『ファイヤーボール』など撃たず、パチンコ大ほどの大きさに圧縮した『ファイヤーボール』を獲物の急所に向けて撃つ。

 少ない魔力でも、圧縮させれば貫通力が増すという理論だ。


「小さな『ファイヤーボール』を、魔物の急所に一撃する」


 見本として、米粒大までに圧縮した『ファイヤーボール』を次々と板に当てていく。

 板には、十ヵ所以上も焦げた穴が開いた。

 どんなに遅くても一秒に一発。

 このくらいできないと、ブランタークさんに怒られてしまうのだ。


「この程度の大きさの穴と焦げなら、そう買い取り価格も下がらないでしょう。素早い魔法の発動と、急所へ当てるコントロールは要訓練です。魔力路を広げる瞑想は、魔法の素早い発動に役に立ちます。練習しておくように」


 俺の言葉が途切れると、生徒たちは懸命にノートを取り始める。


「ちなみに、この圧縮は……」


 続けて、小さく圧縮した『ウィンドカッター』を多数発生させる。

 これも、木の板に三日月形の穴を十ヵ所以上も開けた。


「凄い……」


「先生、水と土の系統はできないのですか?」


 生徒たちが驚きの声をあげるなか、アグネスが再び質問をする。


「できなくもないんだけど……」


 ヴィルマがそっと差し出した石を手の平で発生させた『ウィンドカッター』で砕いてから、それを銃弾のように板にぶつける。

 続けて小さな『水滴』を発生させ、これを『ブースト』で補強して板にぶつけた。

 共に、木の板に小さな穴が複数開けることに成功した。


「このように、貫通力アップのために風系統の『ブースト』を掛ける必要があるので、魔力の使用量が増えます。水の場合は、『氷弾』にした方が貫通力は圧倒的につけやすいですけど、そうすると水と風の系統を組み合わせるので魔力は倍消費しますね。火の場合は貫通力ではなく、板を焼き切って穴を開けているのです」


 貫通力でいえば、魔法よりも弓矢や金属製の銃弾に『ブースト』をかけた方が大きくなる。

 

「魔物はなるべく損傷なく殺すのが一番ですが、そればかり狙って逆に魔物に殺されるのも問題です。魔法を使える才能を得た以上、効率よく獲物を倒せるように研究するといいでしょう。冒険者になってから、ソロでやる人はほとんどいないと思います。他のメンバーの得意武器や戦法も加味して、なるべく安全で効率のいい狩りを模索する。魔物を撃退だけして高価な採集物のみで稼ぐという手もありますし、そこは頭を使ってください」


 同じ戦闘能力でも、頭を使ってない人よりも使っている冒険者の収入の方が圧倒的に多いのだから。

 

「冒険者稼業は長い年月できません。君たちは魔法使いなのですから、引退後も仕事に困るケースは少ないと思いますが、将来のことをよく考えて、第二のキャリア形成にも生かせる冒険者稼業をしてください」


 やはりまだ慣れないけど、三回目の講義も、どうにか無事に終わらせることができた。

 次は、もっといい講義ができたらいいのだけど。





 この日も講義が終わったので、俺たちはヘリック校長に挨拶をしてから、昼ご飯を食べに外へ出た。

 人手や予算の関係で冒険者予備校に食堂はなく、生徒たちは外食か弁当を持ってくる。

 冒険者予備校の周辺には、生徒たち目当ての飲食店が多数立ち並んでいて、多くの客で賑わっていた。

 そんなお店の中から、とある一軒のお店を目指して歩く。


「このお店か……」


 見た感じは普通の食堂にしか見えないが、実はこのお店、導師推薦のお店である。


「おおっ! 待っていたのである!」


 中に入ると、奥のテーブル席から導師が俺たちに声をかけた。

 最近、講演活動で忙しいのであまり顔を合わせていなかったが、今日は午後から一緒に狩りをしようと誘われていたのだ。

 その前に、このお店で待ち合わせて昼食を取ろうというわけだ。


「この食堂は、モツ煮込みシチューが名物なのである」


 導師お勧めのメニューを注文してから話を続ける。


「先生役はどうなのであるか?」


「それなりに、なんとかこなしていますよ」


「そうかな? 旦那は結構上手くやっているとあたいは思うよ」


「それは私も思った。ヴェル様は、先生に向いていると思う」


「そうかな?」


 カチヤとヴィルマに褒められたが、自分ではあまり実感が湧かない。

 前世でも、通っていた大学で教職過程など選択していないので、上手くやれているか自信がなかったからだ。


「ヨハネスの爺さんは丁寧に指導はしてくれたけど、わからなければ練習を続けろというタイプの人だったぜ」


「努力は実を結ぶという感じ?」


「今ヴィルマが言った、『努力は実を結ぶ』が口癖だったな」


 ただし、魔法の理論的な説明などはあまりなかった。

 自分の魔法を見せて、それをイメージしながらひたすら練習しろと言う。

 体育系の部活かな?


「あたいは、なかなか魔法を覚えられなくてなぁ……」


 結局、ヨハネス爺さんの講義では魔力量が増えただけ。

 『加速』を覚えたのは、成人後、リサから教わってようやくだったそうだ。


「リサが?」


「ああ見えて、姉御は魔法に関しては理論的なんだよ」


 氷系統の魔法を極めるため、リサはわざわざ真冬に王国北部にある山脈へと出かけたらしい。

 そこの厳しい自然環境を実体験して、魔法のイメージ力を上げたのだとカチヤに解説したそうだ。


「最近、すっかりしおらしいけど」


「前よりはいいでしょうに……」


 いくら人見知りが酷いとはいえ、あのメイクと服装で高慢ちきなのもどうかと思うのだ。


「今も、素直にバウマイスター伯爵領の開発を手伝っているからな」


 テレーゼの修行も兼ねて、臨時講師の仕事がある俺の代わりに工事現場へと『瞬間移動』で二人を送るようになった。

 俺が講義でいない間も、バウマイスター伯爵領の開発を止めないためである。


『お館様、ここは景気よくリサ殿も娶ってしまいましょう』


『無責任に言ってくれるな』


『いいえ。無責任ではありません。バウマイスター伯爵家家宰として、利益になるから言っているのです。多少年上ですが、綺麗な方ではないですか』


 彼女の土木工事の上手さに感心したローデリヒは、シビアな理由で俺にリサを娶れと迫った。

 リサは、テレーゼを指導しながら巧みに工事を行っている。

 二つ名どおり氷魔法だけかと思えば、他の魔法も実に器用に使いこなすのだ。

 カチヤの言うとおり、他人に教えるのも上手い。

 これまでは、あのメイクと衣装のせいで損をしていたと思われる。

 あの格好でないと他人とろくに話もできないから、仕方がなかったのだけど。

 

「姉御、絶対にこう思っていると思う。これも、内助の功だって」


「うっ!」


 報酬はあとで支払う予定であったが、もし本人がそう思っているのなら受けとらないかもしれない。

 しかしそれを許すと、既成事実の追認のような結果になってしまうかも。


「そういう難しい話はあとにして」


 注文した料理が届いたので、早速食べることにしよう。

 魔物の内臓を煮込んだビーフシチューはとても美味しい。

 長時間煮込んでいるのであろう。

 食べると内臓肉なのにとても柔らかく、口の中でとろけるのだ。


「臭みもないし、美味しいですね」


「バウマイスター伯爵よ。こうしてパンをシチューに浸し、その上にモツを載せて食べると美味しいのである」


 導師お勧めの食べ方をすると、口の中に至福の味が広がった。

 しかし、この筋肉オヤジ。

 いいお店を知っているじゃないか。


「お客さんでいっぱい」


 ヴィルマはパンとシチューのお代わりを頼みながら、店内の客の多さに驚いていた。

 

「シチューとパンのセットで、七セントはかなりお得だな」


「ゆえに、冒険者予備校の学生たちも多いのである」


 冒険者予備校には食堂がないので、その周辺の飲食店は、学生を目当てに安くてお腹いっぱいになって美味しい料理を研究している。

 だから美味しいのだと、導師は説明した。


「某も、昔は冒険者予備校の学生だったのである。このお店は、某がまだ十二歳くらいの頃にオープンしたのである」


「導師が十二歳の頃ですかぁ……」


 どんな子供だったのか……子供版導師……を脳内で予想したら吹き出しそうになってしまった。

 でも、導師が可愛い子供だったなんて、誰も予想できないというか……。


「某は、それはもう可愛らしい子供だったのである!」


「「「……」」」


 絶対に嘘だなと思いながら、俺たちは食事を進めるのであった。





「あのシチュー、美味しかったな」


「ヴェル様、また行きたい」


「お腹も満足したから、次は狩猟だぜ」


「楽しみである!」



 食後は、みんなで狩りをした。

 場所は、導師がよくアルバイトで狩りをする、王都近くの魔物の領域であった。

 そこはあまり広くなく、険しい丘陵地帯なので利用価値がないという理由で開放されず、そのままになっている場所だ。


「魔力量も増えて、戦闘力も上がったからな」


「久々に、私の大斧がうなる」


「頼もしい限りである! さすがはアルフレッドの弟子なのでる!」


 この四人で苦戦するほど強い魔物など出ないので、夕方まで狩りに勤しんだ。

 導師とヴィルマは相変わらず強かったが、カチヤも魔力が増えたおかげで多くの魔物を狩れるようになった。

 高速で、すれ違いざまに魔物の急所をサーベルで切り裂いて失血死させる戦法を多用している。

 さすがは、二つ名を持つ冒険者だな。


「久々の狩りである! 最近は、講演ばかりで疲れたのである!」


「どういうことを喋るのですか?」


「真面目な話などしても、みんな退屈がるのである! 戦の話もするが、バウマイスター伯爵がテレーゼ様に迫られて大変だった話が、大変好評だったのである!」


 追うテレーゼに、かわす俺。

 みんな、笑いながら聞いていたそうだ。


「なぜ、俺の話なんです?」


 というか、人のプライベートを……。

 いくら人の不幸は蜜の味とはいえ、それは酷いと思ってしまう。


「まあ、この程度の話で笑えるのであれば王国も平和ではないか、と思う次第なのである!」


「そうなんでしょうけど……」


 少しは、俺のなけなしのプライドについて考えてほしかった。

 その日の狩りは無事に終わり、今日も平穏なまま一日が終わった……俺のプライベートが世間に暴露され、心は平穏ではなかったような気もするのだけど……。

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