第274話 ヴェンデリン先生(前編)

「ヴェル、俺たちの『ドラゴンバスターズ』は、現在活動困難な状況になってしまったぞ」


「大分前からそうだけどな」


「で、どうするよ?」


「そうだなぁ……」




 今さらだが、エルの指摘は正しい。

 『ドラゴンバスターズ』が機能していない原因、それはエリーゼたちが妊娠したことにある。

 新婚中、内乱中と避妊していたのが、それをしなくなったのだ。

 バウマイスター伯爵家には跡継ぎを含めて多くの子供が求められているおり、エリーゼたちがなかなか妊娠しないとなると、『じゃあ、新しい奥さんを娶りましょう! うちにいい娘がいるんですよ』などと言って、貴族たちが娘や妹を送り込もうとする。

 あいつらは、本当に油断ならないのだ。

 だから、エリーゼたちが妊娠したのはとてもおめでたいことであった。

 家臣たちもとても喜んでいる。

 俺も父親になるのだ。

 悪い気分ではない。

 前世では結婚すらできなかった……現代日本で、二十五歳独身なんてそう珍しくもないけど……ので、これは大きな進歩といえよう。


「産休が四名も出ているから大幅な戦力ダウンだ。俺も常に、狩りに参加できるわけじゃないからな」


 先日の内乱で軍勢の指揮の仕方を習ったエルは、今も領内警備などで経験を積んでいる。

 そのため、たまにしか冒険者としての仕事につき合ってくれなくなった。

 まあ、これは仕方がないのだけど。


「ハルカを貸してくれと言うと怒るか?」


「いや、怒らないけど、それがさ……」


 ついでとばかりに、ハルカも妊娠してしまったとエルが報告してきた。

 ならば無理強いはできないな。


「おめでたい話なんだけど、なんだろう? 早くないか?」


「俺には、早打ちの才能がある」


「それは褒め言葉じゃねえよ。大人の会話的に」


 オヤジなブランタークさんが妙な合いの手を入れてくるが、それよりもパーティメンバーの問題だ。

 

「さっきも言ったが、俺も常につき合えないし、伯爵様、ヴィルマ、カチヤ、と……テレーゼ様はもう少し修練しないとな」


 工事はともかく、戦闘に関しては慎重にというのがブランタークさんの方針だ。

 テレーゼの場合、もし彼女の身になにかあると、バウマイスター伯爵家の責任問題になってしまうという理由もある。


「あれ? 十分な戦力じゃないか?」


「伯爵様、残念ながらもう以前のように四~五人で魔の森に行くのは禁止になったんだ」


「えっ? 誰が禁止に?」


「うちのお館様とか、陛下とかもな。俺がいない時に、キンブリーがやらかしたからな。幸い伯爵様に怪我はなかったが、もっと戦力がいないと伯爵様を魔物の領域に出すのは禁止という、慎重論に偏っても仕方がない事件だったな……あれは」


「ええ……」


 そう言われてしまうと、俺としては完全にお手上げ状態だ。

 そのせいか、最近は毎日土木工事ばかりである。


『お館様は父親になられるのです。ここはお子たちのために、バウマイスター伯爵領のさらなる発展を!』


 自分も子供が生まれたばかりのローデリヒが、俺を上手く乗せて動かし、領内の土木工事を急ピッチで進めていた。


『帝国からの恩賞も含めて、バウマイスター伯爵家の資産はさらに増えました。これを利用して、効率よく素早く開発が可能になったのです。他の貴族ではあり得ないことですから』


 どの貴族領でも、開発計画くらいならすぐに立てられる。

 そこで必ず問題になるのは、先立つもの。

 つまり資金なので、それがあるうちは無茶が可能だ。

 一番手間と金がかかる基礎工事を俺が魔法で済ませてしまうので、開発計画も立て放題なのだ。

 そして、お金が回っているバウマイスター伯爵領には人が集まるので、ローデリヒは彼らも利用して開発を促進していた。

 整地に、開墾に、街道工事、河川の改修、港の建設。

 ローデリヒ曰く、第一次工事分は予定よりも大分早く終了したので、今は第二次工事分を進めている最中だそうだ。

 まあどうせ、すぐに第三次工事計画のお話が出てくるのだろうけど。

 バウルブルクを中心に東西南北に伸びる主街道と、蜘蛛の巣状に張り巡らされた支道の工事は完全に終わり、今はそれに繋がる細かな街道の建設、バウルブルクの近くを流れる河川の改修にも目途がついたので、東と西を流れる河川の改修工事も始まっている。

 主要な橋の建設は、ほぼ終わらせた。

 あとは、小さな橋を必要に応じて建設するのみだ。

 地元住民たちからの陳情が出たらローデリヒが必要度を判断し、俺たちが現場に赴いて建設する。

 将来、領内が橋だらけという可能性もあるが、その辺のさじ加減はローデリヒがしてくれると思う。


「冒険者としての仕事は、子供が産まれてからでいいじゃないか」


 エルは、産休終了後に再び冒険者をすればいいと言う。


「あっ、でも……」


 ふと、リサの方に視線を送ると、彼女は嬉しそうに首を縦に振った。

 俺の新しいパーティメンバーとして助けてくれるようだ。


「……ですが、ヴェンデリンさん。ちゃんと責任を取ってほしいそうです」


 通訳のカタリーナが、リサの希望を俺たちに伝えた。

 裸を見たくらいで……あとは、下の毛が生えていなかったのを知ってしまったからか?

 この世界の女性は、そういう点が面倒くさい。


「そういうことは、もう少しお互いをよく知ってからで……」


 どうも、この前のカチヤの件はなし崩し的な部分もあったので、今回は少し慎重になっていた。

 というか、慎重に判断しないと、俺は奥さんばかり増えていってしまう。

 問題なのは、周囲がそれを喜ぶという点であろう。


「……最初はそれでいいそうです」


 しかし、カタリーナも律儀に通訳をするものだ。

 リサからの言葉を正確に伝えた。


「これでなんとかなるか?」


「導師が来てくれればいいのに」


 エルは、導師が助っ人として来てくれることを期待しているようだ。


「エルヴィン、導師は駄目だぞ」


「えっ? どうしてです? ブランタークさん」


「導師は講演で忙しいから」


 帝国内乱の話を聞きたい人が多いのだが、俺は在地貴族なので開発に忙しく、ブランタークさんはブライヒレーダー辺境伯家の家臣である。 

 結果的に、法衣貴族であり、王宮筆頭魔導師なのに仕事が少ない彼に出番が回ってきたそうだ。


「導師、陛下の頼みは断らないからなぁ……」


 幼馴染にして、忠実な臣下だからだ。

 他の部分では思いっ切り唯我独尊だと、俺も含めて関係者全員が思っているけど。


「あの導師の講演ねぇ……」


 エルは、あの導師が集まった聴衆を前に、なにを喋っているのか気になるようだ。


「しばらくは、魔物の領域に行くのはなしだな。それに、もう伯爵様が狩りをしなくても、魔物の素材や採集物は沢山集まっているそうだ」


 現在、魔の森周辺には数十の村や町ができており、そこから毎日、多くの冒険者たちが狩りや採集を行ってる。

 俺たちが無理に頑張る必要は、もうなくなっていた。


「ヴェル、あの人は? ほら、アーネスト」


「いや、彼は……」


 現在のアーネストは、俺たちの前にもろくに姿を見せず、室内でレポートの作成に没頭していた。

 

『考古学の常識から考えて、遺跡発掘よりも、調べたものを元に論文を書く方が時間がかかるのであるな』


 予定を越えてトンネルを二週間ほど綿密に調査したアーネストは、それから部屋に籠って分厚い紙束に論文を書いている。

 探索してから、分析して、論文を纏める。

 彼は、生粋の考古学者というわけだ。

 かなり集中しているようで、毎日風呂に入るのと三食の食事以外では部屋から出てこなかった。

 狩猟に誘っても来ないだろう。

 魔族の性質を考えると、現代日本人を狩猟に誘っても、なかなか参加しないのと同じなのだから。

 

『ここは快適であるな。ニュルンベルク公爵は、発掘を急げと面倒だったのであるな』


 その分の論文記述も残っているそうで、それに加えて領内の遺跡位置の特定もある。

 今のアーネストは、机の前から梃子でも離れなかった。

 勿論監視は続けているが、担当の家臣は暇そうでテンションを保てないと、ローデリヒが報告してきたほどだ。


「あの人、本物の学者だな」


 あれだけの魔力を持つ魔族なので、野放しも危険である。

 地下遺跡という餌を与えて、バウマイスター伯爵領内で生活させた方が楽というわけだ。


「じきに、新しい遺跡の話も出るだろう」


 まったく手付かずのバウマイスター伯爵領内には、多くの地下遺跡が存在する。

 特に魔の森がある場所には多いそうで、そこを探るには戦力も必要だ。

 エリーゼたちが産休を取る以上、無理をする必要はなかった。


「結局は、テレーゼの仕上げ待ちかな?」


「そんなところだと思うが、実は伯爵様に仕事の依頼だ」


「仕事ですか? どこの竜でしょうか? もしくは、謎の地下大遺跡?」


「いやいや、そんな大げさなものじゃないから」


 ブランタークさんが否定するが、実際に見ないと信用できない。

 今まで、そういう無茶振りばかりされていたのだから。


「王都にある冒険者予備校の臨時講師だよ」


「臨時講師ですか……その前に、俺たちってまったく王都の冒険者予備校に通っていないですよね?」


「そう言われるとそうだな……」


 所属はしていて、卒業したことになっているが、ろくに顔を出したことがない。

 必要な訓練などは、すべて他で行っていたからだ。


「王都の冒険者予備校ともなると、魔法使いがそれなりにいるからな」


 地元の予備校に入学せず、魔法の最先端だからと、わざわざ王都まで学びに来る魔法使いは一定数存在するそうだ。

 地方だとブライヒブルクのように大都市でも、ちゃんとした魔法使いの講師がいないケースが多いという理由もある。


「講師がいいからな。臨時で高名な魔法使いが短期講習とかをするから。俺も何度かやったことがあるぜ」

  

 ブランタークさんは、その時リサに魔法の指導を施したらしい。


「これも魔法使いの義務だ。伯爵様は有名になってしまったからな。日当は出るけどこれは雀の涙で、奉仕活動だと思ってくれ」


「わかりました」


 俺は、その依頼を引き受けることにするのであった。






 翌日、ブランタークさんと共に『瞬間移動』で王都に向かうことにする。

 講師など初体験だが、もし失敗しても仕方がない。

 適性がなかったということだし、失敗しても死ぬわけじゃないからな。

 屋敷の庭まで、エリーゼたちが見送りに来てくれた。

 連れて行くという選択肢もあったのだが、それはブランタークさんから止められてしまう。


『妊婦に、『瞬間移動』は駄目だからな』


 昔からそういうことになっているそうだ。

 理由は、流産と赤ん坊の奇形が増えるかららしい。

 『瞬間移動』とは、地味に怖い魔法である。

 というわけで、エリーゼ、イーナ、ルイーゼ、カタリーナ、カチヤ、テレーゼ、アマーリエ義姉さん、リサは見送りだ。


「あなた、行ってらっしゃいませ」


「お土産でも買ってくるよ」


「頑張ってくださいね、先生」


「エリーゼに先生って言われると照れるな」


 エリーゼは、俺が冒険者として狩りにいくわけでもないので心配していないようだ。

 笑顔で俺と話をする。


「ヴェル、先生役とか大丈夫?」


「イーナ、そこはこう考えるんだ。『一人くらい、臨時講師に反面教師がいても構わないじゃないか』と」


「ヴェルの言うことも間違ってはいないのよねぇ。そう簡単に、ヴェルの魔法は真似できないと思うから……」


 義務の履行というやつなので、顔さえ出せば最低限の仕事は終わるのだ。

 変な講師でも我慢してほしい。


「人に教えるのも慣れだと考えて、教え続ければ大丈夫になるかもしれないぞ」


「将来の大魔法使いがいるといいわね」


「どうだろう? 一人くらいは、そういう逸材がいるといいな」


 もしかしたら師匠のようなもの凄い魔法使いの卵と出会えるかもしれないが、そこは運の要素が強いであろう。

 その前に、俺がちゃんと教えられるように……できるといいな。


「なんて言いつつ、、夜に懸命になにかを読んでいたよね、ヴェルは」


「俺はダメダメでも、師匠の理論は役に立つのさ。というわけで、念のために読んで覚え直した」


「真面目なんだから。でも、案外ヴェルの理論も参考になるかもよ」


「急に褒められたような……。ルイーゼ、まさかお土産の増量を狙っているのか?」


「コラッ、ヴェルって意外と考えて魔法を使うタイプじゃない。ボクは直感的だから、人に教えるのが苦手だけど」


 ルイーゼは、自分は教えるのに向いていないと言う。

 それもあるが、彼女は使える魔法が少ないので、こういう席に呼ばれないのだとブランタークさんが説明した。


「ヴェンデリンさん、そのうち私にも後に臨時講師のお仕事がくると思いますので、戻ったら臨時講師の様子を教えてくださいね」


「そうか。カタリーナにもそのうち、臨時講師の仕事が回ってくるよなぁ……」


「今は妊娠しているので、お話はこないでしょうけど」


 カタリーナも、今では大変有名な魔法使いになっている。

 そのうち、臨時講師の仕事がきてもおかしくはなかった。


「その前に、カチヤさんとテレーゼさんの指導がありますけど」


「妾は目立てないので無理かの」


「あたいも使える魔法の種類が少ないから、そういう義務とは無縁だな。旦那も大変だぜ」


「ヴェル君、行ってらっしゃい。エリーゼさんたちは、安定期になるまで動かせないから」


 テレーゼとカチヤも見送りに来ている。

 アマーリエ義姉さんは、なし崩し的にエリーゼたちの面倒を見る仕事に就いていたが、さすがは経験者。 

 すぐにエリーゼたちから信用されるようになっていた。


『私、これでも二人子供を産んでいるから、少しは役に立つわよ』


 経験者の強みで、エリーゼたちはアマーリエ義姉さんを頼りにしているようだ。


「っ? リサ」


 急に服の袖を引っ張られたので視線を移すと、カタリーナの後ろにリサがいた。

 相変わらずの人見知りで、なぜ彼女があのメイクと服装を長年続けていたのかがわかる。

 それをしないと、ギルドの受付にすら行けないであろうから。

 しかし、先日戦った時とはまるで別人だな。


「……リサさんも、カチヤさんとテレーゼさんの特訓を手伝うそうです」


「ありがとう、リサ」


 俺がお礼を言うと、リサは嬉しそうにほほ笑む。

 

「本当、別人みたいだな」


 派手なメイクと衣装の頃のリサしか知らないブランタークさんは、今の彼女に困惑気味だ。

 どう接していいのか、わからないようだ。 


「そして、私はヴェル様の護衛」


 今日も、エルは警備隊関連の仕事でバウマイスター伯爵領を離れられない。

 というわけで、俺は案内役のブランタークさんと護衛役のヴィルマと共に王都へと飛んだ。

 数回しか行ったことがないが、場所は覚えていたので、冒険者予備校の裏庭へと『瞬間移動』で飛ぶ。

 時刻は朝なので、外から見える教室の中では多くの冒険者見習いの少年少女たちが講義を受ける準備をしていた。


「みんな、初々しいな」


 実は、俺たちよりも年上の人は意外と多いけど。

 三十歳を過ぎても、新しく始める商売の資金稼ぎなどで冒険者を目指す人もいるからだ。

 それでも、半数以上は未成年であった。


「伯爵様と、そんなに年齢も変わらないじゃないか」


「いや、十代の数歳差は大きいのです」


 王都の冒険者予備校も、他の地域の予備校と大差はない。

 入学希望者が多く、王国から直接資金援助を受けているので、ブライヒブルクの予備校よりも敷地と建物が豪華で、講師や職員が多いくらいだ。

 入学は十二歳からで、成績優秀者には学費の免除がある。

 十五歳にならないと魔物の領域には入れないので、それまでは近場の森などで狩りを行う。

 ブライヒブルクの冒険者予備校とまるで同じであった。


「校長に挨拶に行こうぜ」


 ブランタークさんの案内で、俺たちは校長室へと向かう。

 ヴィルマと手を繋ぎながら校内を歩いていると、すれ違う生徒たちが騒ぎ始めた。


「ブランタークさん、有名人ですね」


「俺も有名ではあるよ。だが、それ以上に伯爵様だろうが」


「みんな、ヴェル様を見て驚いてる」


「そうなんだ。俺の顔なんて知っているんだな」

 

 校長室に入ると、数年前と同じ校長が出迎えてくれた。

 六十歳くらいでロマンスグレーが格好いい、片腕が義手の男性だ。


「ヘリック殿、連れてきたぞ」


「すまんな、ブランターク」


 彼の名はヘリック・クレーメンス・ハインケスで、元は高名な冒険者である。

 片腕が義手なのは、若い頃、魔物に腕を食い千切られたからだそうだ。

 彼が凄いのは、そこで引退せずに義手で冒険者を続け、腕を食い千切られる前よりも活躍した点にあろう。

 『義手のヘリック』は、冒険者列伝にも載っている有名人であった。

 引退後、その知名度を買われて冒険者予備校の校長に就任している。

 ブランタークさんは駆け出しの頃に彼に世話になったそうで、だから臨時講師の依頼を俺に持ってきたのであろう。

 

「実は、ヨハネスの爺さんが引退してしまってな」


 ヨハネスの爺さんとは、この予備校で魔法の講義を担当していた正規講師であるが、年齢は九十歳を超えている。

 いかに王都の予備校でも、魔法を教えられる人材を確保するのは難しいので、教えられる限りは引退しない魔法使いは多かった。

 本人が辞めたくても、予備校側が引き留めるケースが多いのだ。


「ついにボケて、魔法を忘れ始めてな。講義に支障が出るからと、孫が来て退職届を置いていった」


「そこまでいくと、さすがに引き留められないか」


「さすがに、引き留めるのは心情的になぁ……」


 魔法を忘れているから、魔法が教えられないのがなによりも致命傷だ。

 そんな老人でも、正規講師が消えてしまったので予備校側は困った事態に陥ったようだ。

 

「講義が可能な老魔法使いの大半は、他の儲かる仕事を受けるからな。ヨハネスの爺さんは貴重だったんだよ」


 次の正規講師を探し続けてはいるが、時間がかかる。 

 そこで、王宮から臨時講師扱いで魔法使いを派遣してもらったりして凌いでいるようだ。


「だから一ヵ月でも……一週間でも助かるから」


「奥さんたちが妊娠して冒険者稼業もお休みですから、開発の合間になら……」


「ありがとう、バウマイスター伯爵殿」


 というわけで、週に三回ほど、エリーゼたちが出産するまで臨時講師を引き受けることになった。

 まあ、こういう経験もなにか人生の役に立つはずだ。

 それに『ヴェンデリン先生』、悪くない響きである。


「ところで、王宮には暇そうな人がいるではないですか」


 誰とは言わないが、最近講演で忙しい人である。


「導師殿か? 彼は駄目だろう」


「なぜです?」


「将来がある魔法使いたちを壊すわけにはいかないからな。私も訓練は厳しい方がいいとは思うが、何事にも限度があると思うぞ」


「あの……ここに、直接導師から二年半も訓練を受けた人間がいますが……」


「それは、バウマイスター伯爵殿が強いからなんとかなったんだ。普通の人間には無理だよ」


「俺は普通ですよ!」


「そうか?」


「誰が見ても普通ですって!」


 そこは譲れなかった。

 俺は、導師みたいな奇人変人枠じゃないのだから。


「しかし、これまでの戦績とか実績を考えるとぁ……普通はあり得ないと思うのだが……まあ、本人がそう言うのであれば?」


「……」

 

 元凄腕の冒険者にまで、導師と同じ人種だと認定されてしまった俺。

 表面上は笑って誤魔化したが、内心では物悲しさを感じてしまうのであった。

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