第268話 ブリザードのリサ(後編)

「でもさ。近々来るって書いてあるけど、正確にいつって書いていないから困るよね。今すぐ来てもおかしくない」


「抜き打ちってことかしら?」


「やめてくれよ! ルイーゼ! イーナ!」




 ブリザードのリサから手紙がきてから一週間後、今日はみんなで魔の森に狩りに行った。

 大量の成果と共にバウルブルクに入り、今日は屋敷に帰る前に、町の中心部にオープンした喫茶店に寄ることにする。

 そのお店はオープンカフェ形式で、王都にある同じようなお店にも負けていないと評判になっていた。

 メニューに限っていうと、魔の森産の果物やカカオを使ったメニューが出るし、輸送費の関係で王都のお店よりも安く提供されている。

 お得感もあって、店は多くの客で賑わっていた。


「バウマイスター伯爵様っ! 生憎と今の時点で貸し切りは……」


「そういう気遣いは無用だから。適当に普通の席に案内してよ」


「畏まりました」


 店主直々に案内されて席に座り、みんなそれぞれに飲み物やデザート類を注文する。

 しばらくするとウェイトレスが注文したものを持ってきたので、全員で食べ始めた。


「美味しいですね、あなた」


「王都のお店に負けていないよな」


「そこで働いていた方が、オーナー兼パティシエの方が出した支店だそうです」


「へえ、そうなんだ」


 暖簾分けか、独立をしたようだ。

 バウマイスター伯爵領ならば商売になると思われたということは、この領地が順調に発展している証拠であろう。


「魔の森も凄いけど、旦那たちも凄いな。というか、よくあれだけ狩れるよな」


 魔の森には、他の魔物の領域に比べると貴重な魔物と産物が豊富に存在している。

 それを獲る過程で、今も時折行方不明者や死傷者を出してるが、一攫千金を夢見て挑戦する冒険者は多かった。

 その中でも、俺たちは安定して大量の魔物を狩れるのでカチヤは驚いているようだ。


「あたいは、待ち伏せ、奇襲専門だったからなぁ」


「でも、ソロで稼いでいたんだろう? 大したものだと思うけど」


 今のカチヤは援護があるので、高速で魔物の急所を一撃で斬り裂く戦法に移行している。

 魔力が増えてさらに強くなったので、すでに足手まといではなくなっていた。


「あたいに合わせられる、旦那たちが凄いと思うけど。元からの戦闘力じゃあ比べ物にならないよ。姉御よりも強いんじゃないのかな?」


「へえ、それは凄いんだね」


「えっ?」


 突然別の席から声がしたので振り返ると、いつの間にか隣の席に一人の女性が座っていた。

 年齢は三十歳前くらいだと思う。

 ボンテージ風の黒いショートドレスと黒いロングブーツ姿で、フトモモが露出している。

 マント風の真っ赤なローブを纏い、ローブの装飾にはラメが大量に使われていた。

 髪色は濃い緑で、髪型は俗にいうワンレングス、前世で母が『バブル崩壊前には、こういう服装や髪型が流行していたのよ』と、言っていた姿格好そのままのであった。

 死語ではあるが、『ゴージャス系美女』という種類だと思う。

 昔の映像で、○ュリアナとかで踊っていそうな人だ。


「気がつかなかった……」


 狩猟が終わって油断していたのかもしれない。

 ブランタークさんはテレーゼへの指導でいなかったので、もっと気をつけないとなと思ってしまう。


「それを補うためにボクがいるわけだけど、特に害意もないから言いそびれちゃった。ゴメンね」


 ルイーゼは、かなり前から彼女の存在に気がついていたようだ。

 俺に謝ってくる。


「ルイーゼ、どうしてもっと早く言わなかったの?」


「あのね、イーナちゃん。あの人、声をかける前にお化粧に余念がなかったから……」


 同じ女性として、ルイーゼなりに気をつかったというわけだ。

 あの年齢だと、お化粧にも時間がかかるのであろう。


「余計なことを言うんじゃないよ。このチビ」


 なのに、俺の奥さんであるルイーゼへの暴言。

 親切が仇になることってあるんだな。

 俺も含めて、全員が絶句してしまう。

 ただ一人を除いて。


「姉御、いらしていたんですか?」


 予想どおりではあったが、どうやらこの人がブリザードのリサであるようだ。

 カチヤが緊張の面持ちと口調で挨拶をした。


「ちょっと仕事が早めに終わってね。魔導飛行船で飛んで来たのさ。ところで、カチヤはどうして魔力が増えているんだい?」


「特訓でです」


「特訓ねぇ……」


 リサは、カチヤを獲物を狙う猛禽類のような目でみつめる。

 どうやら俺たちは、とんでもない女性に目をつけられてしまったようだ。





「お前、前に顔を合せた時よりも化粧が濃いな」


「人のことは言えないだろうが! 白髪が増えたな、ブランターク」




 このままオープンカフェテラスで話を続けるのはどうかと思った俺たちは、すぐに彼女を連れて屋敷へと戻った。

 すると、まだ庭ではブランタークさんがテレーゼに魔法を教えており、ブリザードのリサと会った瞬間、礼儀もへったくれもない言葉の応酬が始まる。


「年のことはお互い様だろうが、俺も五十歳を超えたんだから。お前もそういえばそろそろ……」


「凍らせるよ!」


 ブランタークさんがブリザードのリサの年齢を言おうとした瞬間、周囲の温度が一気に下がって周囲の植木や芝生に霜が降りた。

 ブリザードの二つ名は伊達ではないようだ。

 瞬時に、これだけの広範囲に冷気を拡散できるのだから。


「お前なぁ……俺は一応年上で、昔は魔法の指導もしてやったんだぞ。ちっとは年上に敬意を払えや」


 少なくとも、二十以上年上のブランタークさんを呼び捨て、タメ口、実力本位の世界とはいえ、ある意味凄い女性である。


「冒険者に礼儀なんていらないのさ。それよりも新しい弟子かい? ブランターク」


 ブリザードのリサの興味は、ブランタークさんから魔法を習っているテレーゼへと向かった。

 凄腕の魔法使いとしては、ライバルになるかもしれない他の魔法使いの実力が気になるのであろう。


「まあ、そんなところだ」


「随分と年のいった弟子だね。珍しい」


 魔法使いの素質がある者は、大半が子供の頃に見出される仕組みになっている。

 テレーゼのように二十歳を超えてからというのは、実はかなり珍しいケースであった。

 勿論、一人もいないわけではないのだが。


「家庭の事情での」


「お前……『バウマイスター伯爵の戦利品』か。元フィリップ公爵が、これまで魔法を習えなかった環境? おかしくはないか?」


 しかし、このブリザードのリサは口が悪い。 

 テレーゼに関する世間の噂を、本人の前で平気で口にしてしまうのだから。

 それでも彼女の情報もちゃんと入手している辺り、やはり超一流の冒険者は油断ならないということか。


「おかしいと言われても、妾はフィリップ公爵として英才教育を受けた身、そういうこともあるのだと理解してもらうしかないの」


 さすがはテレーゼ、上手く秘密をはぐらかそうとした。


「冒険者に事情があるように、貴族にも事情があるというわけじゃの」


「カチヤはどうなんだ? 前に会った時よりも、大分魔力量が上がっているんだが」


「うっ!」


 いきなり標的が自分になり、カチヤは顔を青くさせる。


「さあての。それはカチヤ本人にでも聞いてくれ。案外、師匠の教育が悪かったのではないか? ブランタークが指導したら、こういう結果になったのじゃから」


 テレーゼは、上手くはぐらかしながらもブリザードのリサへの口撃も忘れない。

 いくら相手が高名な魔法使いとはいえ、口の利き方に腹を立てたのであろう。

 さすがは、フィリップ公爵をしていた人物だ。


「おい、テレーゼ……」


「なんじゃ? カチヤ。妾は、客観的に事実を述べているに過ぎぬぞ」


 それでも、お前の指導は下手だと断言しているのだ。

 ブランタークさんが言うのならともかく、魔法を習いたてのテレーゼに言われればブリザードのリサが激怒して当然だ。


「言ってくれるな……小娘……」


「妾はもう二十一歳で、世間では年増の入り口なのじゃがな。お主は、一体いくつなのじゃ?」


「貴様ぁーーー!」


 テレーゼは、わざとブリザードのリサを激怒させた。

 彼女が激高すると、周囲に冷気が広がる。

 どういう仕組みなのか? 

 人には寒気しか感じられないが、次第に庭にある草木やテーブル、椅子などが凍りるき始めた。


「ブリザードのリサの二つ名は、伊達ではないの」


「小娘、謝るなら今のうちだぞ」


「なぜ謝る必要などある? 妾は事実を言っただけじゃぞ」


 ブリザードのリサの迫力に、テレーゼはまったく動じていない。

 逆に、向こうの激高ぶりを楽しんでいるかのように見える。


「弟子の様子を見にきて、妾に喧嘩を売ってどうするのじゃ? それに、庭の草木もテーブルも椅子もバウマイスター伯爵家の資産じゃ。感情に任せて凍らせるのはどうかと思うしの。少し頭を冷やせ……もうこれ以上は冷えぬか」


「……」


 ブリザードのリサは、使う魔法とは違って激高しやすい人物のようだ。

 貴族に対してこれだけ傲慢な態度を取れるのは、それだけ彼女が冒険者として高名な証拠かもしれない。

 ただ無礼なだけの冒険者など、まず生き残れないのだから。


「もう少し落ち着かぬと、いつまで経っても結婚できぬぞ」


「おいっ! テレーゼ!」


 カチヤが止めに入るが遅かった。

 誰もが容易に想像がついたが、間違いなくブリザードのリサに一番言ってはいけない禁句がそれであるはず。

 彼女は、これまでの激高した表情から一気に無表情になっていく。


「うわぁ……姉御がこの表情になったら……」


 これまでにも経験があるのであろう。

 カチヤはブリザードのリサの顔を見て、この世の終わりだという表情を浮かべた。


「魔法が使えるようになったばかりで、随分と粋がっているようだね。魔法の世界に貴族も平民もない。わかっているのかい? 小娘」


「少しばかり鍛錬の期間が長いからといって、無駄に威張りくさっておるのか。これだから、『大年増』は困るの」


「よくぞ言った、私が叩き潰してやる」


「ベテランは、いつか新人に敗れ去る定めじゃ。安心して破れるがいい」


 なぜかブリザードのリサの弟子訪問が、テレーゼとの決闘へと変化してしまう。

 なぜそうなるのかと、俺も含めてみんななにも言えず、ただ二人の口論を注視するのみであった。




「あのぅ……お話のケリがついたのなら、少しばかり助けていただきたいのですが……」


 そして不幸にも、ブリザードのリサの冷気で足元が凍りついてしまったエルが、俺たちに助けを求めるという、情けない出来事も発生したのであった。





「テレーゼさん、さすがに無謀では?」


「残された時間で、なんとか殺されないレベルになれば問題あるまい」




 果たして、水と油だからなのか?

 売り言葉に買い言葉で喧嘩になったブリザードのリサとテレーゼは……もう面倒なのでリサでいいか……魔法を用いた決闘をすることが決まってしまった。

 さすがにまだテレーゼは素人なので、決闘は一ヵ月後、猶予を貰えたのはよかった。

 リサはそれまでは魔の森で稼ぐと、本来の目的であるカチヤへの挨拶もろくにしないまま、魔導飛行船乗り場に向かってしまった。

 いくらなんでも、高名な魔法使いに、いまだ才能は未知数のテレーゼでは勝てまいとエリーゼは心配するのだが、当の本人は涼しい表情のままだ。


「妾の魔力量はまだ成長途上にある。ヴェンデリンよ、妾を効率よく成長させい」


 魔力量を成長させるイコール、そういうことを頻繁にしろという意味である。


「そういう意図? ずるいなぁ」


「ルイーゼよ、それもないとは言わぬが、妾はとりあえずはあの年増女の疑念を逸らすことに成功したのじゃぞ。少しは感謝せい」


「それもあるんだ……疑念?」


 ルイーゼは、テレーゼの策士ぶりに感心していた。

 同時に、疑念の意味がよくわかっていないようだけど。 


「忘れたのか? あの年増女、優秀な魔法使いゆえに、カチヤの魔力量が増えた点を気にしておったであろうに」


「そういえばそうだったね」


 どうして、結婚したカチヤの魔力量が増えたのか?

 少し考えれば、自然と俺の方に疑問の矛先が向く。

 テレーゼはわざとリサに喧嘩を売って、一時的ではあるがそれを防いでくれたわけだ。


「でも、一時的じゃないか」


「どうせ、これからは隠しきれまいて。今は、あの年増をどうするのか考える方が先じゃ。ヴェンデリン、あの年増女も嫁にするか?」


「ごめんなさい、無理すぎます」


 あの格好もどうかと思うが、なぜああも喧嘩腰なのかが理解できない。

 彼女と夫婦生活を送ると、ストレスが多そうだ。

 それに、あの人はいくつなのであろうか?


「ブランタークさん」


「俺もいらねえからな、あんなキツイ女。向こうもゴメンだろうしな」


「そっちじゃなくて、年齢ですよ」


 さすがにそれは、俺でも理解している。

 ただ彼女の年齢を聞きたかっただけだ。


「確か、三十歳になるかならないかだな。そうだよな? カチヤ」


「ええと、姉御は誕生日が春だから、今はギリギリ二十代だったと思う」


 テレーゼにまで大年増扱いされたリサは、もう数ヵ月で三十歳になってしまう。

 それに加えて、あの強気というか喧嘩腰な言動もあり、彼女が三十歳までに結婚できる可能性はかなり低いはず。


「あたいが姉御に教わっていたのは十五歳の頃、姉御も二十五歳くらいだったな」


 その頃から、この世界では色々と言われ始める年齢になっていたので、カチヤはそのことに極力触れないようにしていたそうだ。


「普段はサバサバしていい人なんだけど……」


 食事中に、同業の男性冒険者が独身なのをからかったら、座っていた椅子とテーブルごと氷漬けにされてしまったのを見てしまったそうだ。


「ブリザードに相応しいというか……」


「姉御もバカじゃないから、表面だけ凍らせるんだけど」


「それにしても迷惑だ!」

 

 不運にも鎧の足の部分を凍らされてしまったエルが文句を言う。

 もし足の中まで凍らされていたら、それこそ傷害事件になってしまうところだった。

 文句を言って当然であろう。


「でもさ、あの人と結婚する男性っているの?」


 ルイーゼの疑問に、全員が黙ってしまった。

 少々派手だが、美人ではある。

 だが、恐ろしく気が強い。

 怒ると、対象を氷漬けにする。


「ないわ。俺はないわ」


「俺もあるわけがない。そんなことは十五年も前にわかっていた」


 エルからすれば、リサはハルカの対極にいるような人物だし、もしブランタークさんにその気があれば、とっくに彼女は既婚のはずだ。


「一ヵ月後に来襲があるのじゃから、それまでに妾は特訓をせねば」


 というわけで、テレーゼの魔法特訓が始まった。

 朝早くからブランタークさんの特訓が始まり、夕方までにかなりの量の魔力を使い果たす。

 そして夜には……。


「妾の相手を毎日することにより、妾の魔力量が上がっていく。これはよしとして、独占するとエリーゼたちに悪いからの。ヴェンデリン、気張れよ」


「そんなことだろうとは思った」


 なぜか俺がとても疲れる羽目になっていたが、テレーゼはそのおかげもあって、次第に魔力量が増大していく。

 魔法の習得も恐ろしく早い。

 正直なところ、羨ましい限りであった。

 

「なんでも覚えるのが早いし、才能あるんだな」


 教えているブランタークさんも、テレーゼの成長に驚きを隠せなかった。


「とはいえ、まだリサさんには勝てませんわよ」


 現時点でのテレーゼの魔力量は、中級の上であった。

 杖は俺の予備をプレゼントしたので、それを使っている。


『これは、婚約指輪の代わりかの? まあ公にできぬ関係ゆえに、こういうプレゼントの方がありがたいというわけじゃ』


 俺から杖を貰ったテレーゼは嬉しそうだ。

 取得する魔法は、ブリザードのリサに対抗してか? 

 火系統の魔法をメインに練習していた。


「火魔法にしたのは対抗心からじゃの。時間もないから、他の魔法を練習している暇などないわ」


 ただ魔法を使うのではなく、リサに対抗可能なレベルの精度と威力を持つ魔法を覚えるのに一ヵ月はとても短い。

 色々と覚えるよりも、リサの氷結系魔法に対抗するため、火魔法に集中した方がいいという結論であった。

 その目論見どおり、テレーゼの火魔法はなかなかのものだと思うけど。


「それにじゃ、どうせ妾の負けなのじゃから」


「確かに、勝つには難しいですわね」


 いくら才能があっても、練習期間一ヵ 月で二十年以上も魔法の練習をしているリサに勝てるはずがない。

 リサだって、十分に天才に分類されるほどの魔法使いなのだから。

 テレーゼは、それを誰よりも理解していた。


「というわけで、適当なところで止めてくれよ」


 どうやらテレーゼは、本当に俺の能力を隠すためにだけ喧嘩を売ったようだ。


「時間は稼げたが、さてどうやってあの女を丸め込もうかの。そちらの方が難題じゃて。そして、ヴェンデリンは頑張ったの。冒険者パーティドラゴンバスターズの戦力半減じゃ」


 テレーゼがそう言いながら笑っているが、テレーゼにばかりかまけているとエリーゼたちに悪いわけで、そちらへの配慮も必要というわけであって……。


「悪阻がこんなに辛いとは……」


「私も駄目。ギブアップ」


「これじゃあ、ボクたちはしばらくお休みだね」


「私も、テレーゼさんに魔法を教えていると吐き気が……」


 その結果、エリーゼ、イーナ、ルイーゼ、カタリーナの四名が妊娠した。

 慶事なのに、妊娠だとやはりまだピンとこない部分もある。

 俺が男だからであろうか?

 見た目ではまだわからないので、もっとお腹が大きくならないと実感がわかないのかもしれない。


「私は、年齢的な理由でもう少し遅くてもいいと思う」


「あたいはこれでも新婚だから。特訓もあるし」


 妊娠していないヴィルマとカチヤに、エルを合わせてようやく四名。

 これでは、ローデリヒも魔の森探索を認めてくれないであろう。


「私は戦力にはならないわよ。エリーゼさんたちのお世話もあるし。ほら、私は二人子供を産んでいる経験者だから」


 いや、さすがに俺も、アマーリエ義姉さんを冒険者にしようとは思っていない。

 子供を産んだ経験者なので、エリーゼたちの側で世話などをしてほしいからだ。


「さすがにアマーリエは戦力にはしないであろうよ。それよりも、そなたは妊娠せぬな」


「私は色々とまずいもの」


「貴重な畑じゃ。頑張って産めばよいではないか。エリーゼたちの次に」


「高齢出産にならない?」


「アマーリエ、そういうことをあの年増女の前で言うと殺されるぞ」


 そういえば、アマーリエ義姉さんはリサよりも年下であった。


「あの年増は、もうすぐ三十歳。妾も前は年増の入り口などと揶揄されておったが、アレがおると気が楽になるの」


「小娘! 私はもうここにいるんだよ!」


 実は、今日は決闘当日であった。

 そこで、リサは早めに屋敷に顔を出していたのだが、テレーゼは彼女がいるのがわかって、わざと挑発していたのだ。


「ちくしょう! 十代で結婚して妊娠だと! すげえムカつく!」


「姉御、少し落ち着けよ」


「カチヤ! あんたに言われたくないよ!」


「あたいにどうしろってのさ? 姉御は!」


 リサはエリーゼたちの妊娠に対し、やり場のない怒りを覚えているようだ。

 すぐにカチヤが止めに入るが、ここで新婚の彼女が止めに入っても意味がないどころか、余計火に油を注ぐ結果になった。

 別に俺だって、リサを怒らせるためにエリーゼたちを妊娠させたわけじゃないんだけど……。


「予告どおりに、ぶちのめしてやる!」


 結婚できない鬱憤を胸に、リサはテレーゼとの決闘を始める。

 本当は魔法使い同士なので避けるべきなのであろうが、そこは俺、カタリーナ、ブランタークさん、導師の四名が間に入ることになった。

 万が一にも、死者を出さないためだ。

 怪我もよくないけど、最悪生きていればエリーゼがなんとかするからな。


「テレーゼ様、頑張ったんだがな……」


「普通、こんな短期間でここまで強くならないのである」


 毎日魔法の鍛錬を欠かさず、俺との夜の生活も欠かさずに魔力量を増やし、今では上級の下くらいまで魔力量が増えていた。

 魔法に関しても、ただ使えるだけの魔法も入れると恐ろしい進歩を遂げたと思う。


「ただなぁ……」


 それでも、今のカタリーナよりも少し少ない程度の魔力を持つリサに勝てるはずがない。

 その前に、経験の差で圧倒されるであろう。


「また短期間で魔力量が増えていやがるな……小娘をぶちのめして、その秘密を探ってやる!」


「ちっ、思い出しやがった」


「ヴェンデリン、そう都合のいい話はないぞ。妾が勝って大人しくさせるのは……」


 テレーゼが口籠ってしまう。

 まあ、ほぼ百パーセント不可能であろう。


「先に撃たせてやる」


 リサも、自分がテレーゼに負けるとは微塵も思っていないようだ。

 お手並み拝見とばかりに、先に魔法を撃てと、テレーゼを挑発した。

 一見油断しているようにも見えるが、リサほどの達人だと、先に魔法を撃った対戦相手から瞬時に多くの情報を収集してしまう。

 かえって、先制した方が不利になる場合もあるのだ。

 

「それは好都合、唯一覚えた大技を見せてやろう」


 テレーゼが杖を構えると上空に巨大な火の玉が発生し、それは徐々に大きくなっていく。

 直径二メートルほどになると炎が青白く変化して、あきらかに温度が上がってるようだ。

 離れていても、少し熱くなってきた。


「小娘、思ったよりもやるけど、なんでそこまで魔力を込めるんだよ?」


 この一撃にすべてを賭けるとばかりに、テレーゼは大半の魔力を上空の火の玉に込めている。

 火の玉の大きさも、直系十メートルほどにまで成長した。


「小さな魔法をチマチマと撃っても勝てぬからの。食らうがいい!」


 テレーゼは、上空に完成させた巨大な火の玉をリサに向かって振り下ろした。

 もし人間に直撃したら、骨も残らないだろうな。


「ったく! これだから素人は!」


 この火の玉を無効化するには相当な魔力量が必要なはずだが、リサは瞬時に『ブリザード』を展開し、それを火の玉にぶつけた。

 『火の玉』と『ブリザード』がぶつかる度、大量の水蒸気が発生して辺りに広がっていく。

 決闘の場は住宅街の建設予定地なので草しか生えていなかったが、それらはすべて水蒸気に当たって萎れてしまった。

 俺たちもそれぞれに『魔法障壁』を張り、大量の水蒸気を防ぐ。


「旦那、すまねえ」


「いやあ、凄かったね」


 火魔法を懸命に覚えたテレーゼと、氷魔法の達人リサのぶつかり合い。

 威力はとんでもなかったが、すでに勝負の決着はついていた。


「魔力切れで降参じゃ」


 『火の玉』にほぼすべての魔力を注ぎ込んだテレーゼが、リサに両手をあげて降参したのだ。

 魔力切れで他に切り札もない以上、テレーゼの判断は正しいと言える。


「降参?」


「勝てぬ勝負を続けるつもりはないのでな。では、これにて失礼するぞ。相殺のつもりが、少し寒いの。アマーリエにお茶でも淹れてもらうかの」


 呆気ないほど簡単に降参したテレーゼは、そのまま屋敷に戻ろうとする。


「おい! 待てよ!」


「なにか用事か?」


「私が勝ったんだから、素直に魔力量が増えた秘密を喋れよ!」


「妙なことを言うの、お主は」


 テレーゼは、『どうしてそんなことをお前に教えねばならないのだ』という表情を浮かべる。


「私が勝ったじゃないか!」


「お主は勝負は挑んできたが、勝敗の条件などなにも言っておらぬだろうが。お互いに、魔法の研鑽に励んだ。有意義であったの」


「ぷぷっ!」


「確かに……くくっ! リサはなにも言っていなかったな」


 テレーゼからの指摘に、導師とブランタークさんは懸命に噴き出すのを堪えていた。

 彼女に魔法で勝利したが、交渉では破れてしまったリサが面白かったのであろう。


「私の一ヵ月はなんだったんだよ!」


「そんなことは知らぬわ。別に遊んでいたわけでもあるまいて。魔の森で狩りでもしていたのであろう?」


 情報は、ギルド支部から入っている。

 彼女はブリザードのリサに相応しく、大量の魔物を氷漬けにして倒したそうだ。

 

「確かに稼げたが、魔力量が増えた理由を教えろ!」


 リサがテレーゼにつっかかろうとすると、導師とブランタークさんが止めに入った。


「リサ、テレーゼ様は帝国から預かった大切な客なんだ。なにかあったら外交問題になるぞ」


「ううっ……」


 リサはバカではないようで、ブランタークさんからの忠告で身を引いてしまった。


「それならば、カチヤ!」


「えっ? あたい?」


「お前も、魔力量が増えているじゃないか!」


 妊娠したエリーゼ達も合わせ、テレーゼだけ贔屓するわけにもいかず全員を平等に相手にした結果である。

 カチヤも、中級の上まで魔力量を上げていた。


「教えろ!」


「姉御にも言えないから」


「はあ? 言えないだと!」


「しまった!」


 余計なことを口走ってしまったリサがカチヤに詰め寄ろうとしたので、俺は咄嗟に二人の間に割って入った。


「カチヤは、この俺バウマイスター伯爵の妻だぞ。さすがに、これ以上は無礼だろう」


「旦那……」


「大丈夫か?」


「うん」


 上手く割って入れたようで、カチヤには被害はなかったようだ。


「くっ! そうきたか! しかし、私は納得しないからね!」


「ならば、俺が代わりに決闘をする。俺が勝てば、大人しく弟子の結婚を祝って帰れ。俺が負けたら、秘密を教えてやろう」


「その条件受けた! 私もそれなりに経験を積んだ魔法使いだ。そう簡単に勝てると思わないことだね」


 結局、俺はリサと決闘をする羽目になってしまったのであった。





「伯爵様、勝てないとは思わないが、どうやって戦うんだ?」


「そこは臨機応変にですよ」




 俺とリサとの決闘は、彼女の魔力が回復した翌日に行われた。

 場所は、昨日テレーゼと決闘をした住宅街開発予定地の草原だ。

 昨日の決闘で大量に発生した水蒸気で草がすべて枯れていたが、どうせ開発をおこなうので気にすることはない。

 戦いを始める前に、立会人役のブランタークさんがどうやってリサに対抗するのかと、俺に聞いてきた。


「相手がブリザードだから、大火力でもぶつけますか?」


「それはやめた方がいいぞ」


「どうしてです?」


「見ている方が、水蒸気で視界が遮られてな」


「そんな理由で?」


「その前に、『魔法障壁』で防がないと水蒸気で火傷するってのもあるんだよ」


「ブランターク殿の言うとおりである! 某は、視界不良で勝負が見えない方が嫌なのである!」


 導師からも釘を刺されてしまい、他の手でリサに対抗することになった。

 なぜかこうなるのは、俺の魔法教育のため、なのであろうか?


「年下に負けるとは思わないけどね」


「具体的に十歳以上も年下、年齢が約半分のガキには負けない! とか言わないので?」


「バウマイスター伯爵、凍らせるよ!」


 やはり年齢の件は鬼門のようだが、嘘は言っていない。

 今の俺が十七歳で、リサは二十九歳なのだから。


「では、勝負開始だな」


 ブランタークさんが宣言し、導師が合図の火の玉を上空に上げてから決闘開始だ。

 合図をしてから、二人は見学にきているエリーゼたちの近くまで下がった。

 俺たちの勝負の巻き添えを食らうと思ったのであろう。


「殺すと問題になるからね。凍らせて身動きを取れなくしてやるよ!」


 先制攻撃はリサの方であった。

 すぐに俺の周囲の温度が下がっていく。

 足元を見ると、枯れ始めた草や地面に霜が降りていた。

 そして、俺のローブにも薄氷が付着し始める。

 このままでは、数秒と経たずに氷で動けなくなってしまうはずだ。


「さすがだな。二つ名持ちは」


 俺はすぐに火魔法を利用し、自分とその周囲の温度を上げてローブについた氷を溶かす。

 肌寒さもすぐに消えた。


「(反撃だ)」


 今度は逆に、リサに対して似たような氷魔法で反撃をする。

 前に師匠が言っていた、相手と同じ魔法で攻撃して動揺を誘う戦法だ。

 徐々にリサとその周囲の温度が下がり、彼女の服や装飾品に霜や薄氷が付き始めた。


「ブリザードの二つ名を持つ私に氷で攻撃とは、舐めた真似をしてくれるね!」


「どんな魔法を使おうと、勝負に勝てば問題ないさ。そういうことに、舐めたもクソもないのだから」


「クソっ! 思ったよりも威力が……」


 テレーゼとの決闘とは違い、俺たちの決闘はビジュアル的には地味であった。

 傍から見れば、二人で対峙したまままったく動かず、お互いに温度を下げて凍らせようとしているだけなのだから。

 相手を氷で動けなくしようとしながら、自分の装備に付いた氷を溶かしている。

 魔法が使えない人から見れば、とても地味に見えてしまうはずだ。


「魔法が使える人から見れば、とても高度な勝負をしているのですが……」


「エリーゼ、魔法を習いたての妾からすると大変地味に見えるの」


「テレーゼさん、一見お互いにあまり変化はないですけど、この時点で双方はかなり大量の魔力を使っていますから」


 相手を凍らせようと魔力を使い、自分が凍らないように魔力を使う。

 お互い二つの相反する系統の魔法を行使しながらの、高度な魔法戦なのだと、カタリーナはギャラリーに説明していた。

 俺の代わりに。


「こういうのを千日手という」


「そこまでは時間は伸びないでしょう。魔力量に限界あるから」


「このままだと、ヴェル様の勝ち」


「ボクもそう思う」


 ヴィルマとルイーゼの予想は正しい。

 このままお互いに地味な魔法の応酬を続ければ、魔力量が少ないリサの方が先にガス欠になる。

 決着も地味だが、双方が大威力の魔法を放ち合うと事故が発生するかもしれないし、周囲への迷惑もある。

 俺は配慮のため、こういう決闘をする必要があるのだ。


「くそっ!」


 そしてこの状況に、リサの方が焦ってきた。

 ここで無理に大きな魔法を放ったところで、無駄どころか魔力切れを早めるだけ、このままだと魔力切れで負けるのがわかったからであろう。


「少しばかり大魔法を放てるガキかと思えば……」


 確かに魔法使いとしての経験はリサよりも少ないが、内乱に巻き込まれたり、師匠と戦って死にかけたりと、苦労はしているのだ。

 その辺の部分も加味して勝負を受けてほしかった。


「お得意のブリザード魔法でもどうぞ」


「……」


 あとは、このままの状態を維持するだけだ。

 焦って攻撃魔法など放たなくても、待っているだけで俺の勝ちである。

 どう頑張っても、先に魔力が尽きるのはリサの方なのだから。


「この野郎……ガキの癖に焦って攻撃してこない……」


「内乱の経験が生きているからさ」


 それもあるが、実は中身がすでに三十代後半だからでもあった。

 俺はリサよりも老練……かな?


「でも、それだけでは芸がないか……」


 相手は実力も名声もある魔法使いだ。

 こういう勝ち方だと、納得しないことも考えられる。

 いや、人の秘密を探らないように圧倒的な実力差を……向こうの敵愾心を折る必要があるかもしれない。

 そうなると、彼女の得意技はその名のとおり氷魔法だ。

 実はこれ、水系統と風系統の合成魔法なのだが、彼女が自然現象などを参考によく研究して己の武器にしていた。

 こちらを真似すると俺に勝ち目はないのだが、一つだけ彼女に勝てる要素が存在する。


「(それは、絶対零度の概念……)」


 温度を決める原子の振動が最低になり、その動きが止まった温度のことを指す。

 自分で言っていてわけがわからないが、高校生の頃に科学の先生が授業で説明していたような……あれ? 物理の先生だったかな?

 とにかくだ。

 リサの周囲だけに限定して、絶対零度にして囲む。

 間違えて彼女を凍らせないように慎重にだ。

 ブリザードのリサクラスの魔法使いを殺してしまうと、あとで王国からなにを言われるかわからないからだ。

 損失分を補填するため、無料働きしろなどと言われたら堪らない。


「まだ魔力には余裕がある」


「化け物か。このガキは」


「いいえ、色々とある柵(しがらみ)や苦労の分だけ、俺は魔力量を増やしていく」


 毎日の鍛錬と、様々な面倒事が俺の魔力量を徐々に増やしていくのだ。


「あまり羨ましくないな……魔力量が多いという点だけは羨ましいが」


 俺は、決闘相手であるリサにまで同情されてしまった。

 その間にも、俺の『絶対零度』は徐々にリサの『暖房』魔法を押しやり、彼女の周囲十メートルほどが絶対零度の環境に変化する。


「くっ!」


「少しでも動くと死ぬぞ」


「なにいっ!」


 試しに落ちていた木の枝を絶対零度エリアに放り投げると、それは液体窒素に漬けたバナナのようになってしまう。 

 俺が魔法で小石を飛ばしてぶつけると、凍った木の枝は瞬時に粉々に砕けた。


「氷魔法、相性がいいな」


 前世で、学校の成績が3(5段階で)だった理科の知識でも役に立つのだから。

 ついでに、もう一つ魔法を思いついた。


「(名付けて『液体窒素』魔法)」


 空気中にある空気を圧縮して、それを液体窒素にする。

 いや分離ができないから『液体空気』か。

 俺が空中で作った『液体空気』が地面に落ち、それを被った岩が凍りつく。

 それにも魔法で小石をぶつけると、枝と同じく粉々に砕けた。


「降参していただけるとありがたいのですが?」


「クソっ! 私はブリザードのリサなのに……」


 リサが両手を挙げたので彼女の周囲に張り巡らせていた絶対零度ゾーンを解除し、俺は決闘での勝ちを決めた。

 だが、ここでとんだミスをしてしまう。

 お互いに健闘したのでここは握手でもと、柄にもない考えでリサの元に向かったのだが、実は彼女は大きなダメージを受けていた。

 いくら効果を除外されていたとはいえ、周囲を絶対零度の冷気に囲まれていたリサは、自分の体を守るために体を魔法で温め続ける必要があった。

 その時には、服や装備品などは後回しとなり、俺が絶対零度を解いてから急に装備品を温めたわけで……。

 急激な寒暖の差に曝された服や装備品は、脆くも崩れ去ることとなった。

 ここで、大人気ない態度を見せてもと思ったのであろう。

 俺と握手をしようとしたリサは、身につけていた装備品がすべてボロボロになって崩れ落ち、その裸体を俺たちにに曝すこととなってしまった。


「キャーーー!」


 慌ててその場にしゃがみ込むリサ。

 そして、想像もつかないほど女らしい悲鳴をあげるリサ。

 さらに俺は、彼女の秘密を知ってしまう。


「下……生えていないんだね……」


「わぁーーーん!」

 

 俺に秘密を見られてしまったリサは、大声で泣き出す。

 せっかくの決闘も、なにやら締まらない結末を迎えてしまうのであった。





「今日は、色々と凄いものが見られたのである」


「導師、色々か?」


「左様。まずは、バウマイスター伯爵のブリザードを圧倒する冷気」


「ああ、あれは俺も教えてほしいわ」



 それは、俺の微妙な科学知識のおかげだ。

 絶対零度に、液体空気の製造と。

 いくら極寒の地でもマイナス五十度くらいが限界なので、それを参考にしているリサが俺に勝てないのは当たり前であった。


「次に、まるで女のように悲鳴をあげるブリザードのリサか」


 運よく、リサの裸はギャラリーから距離が相当離れていたのと……。


「ブランタークさん、見ては駄目ですよ」


「伯父様、ご勘弁を」


「エル、見たいだろうけど駄目」


 すぐに、イーナとエリーゼとヴィルマによって目を塞がれたので、俺以外の男性陣には見えなかったようだ。


「(ということは、あの件は言わない方がいいな……)」


 あの件とは、リサに下の毛がないという事実だ。


「それにしても、あれから妙にしおらしいな……」


 状況が状況なので、すぐにリサは女性陣によって屋敷に連れて行かれ、お風呂に入らされてから、こちらが用意した服を着て、熱いマテ茶を飲んでいた。

 普段着ているゴージャスな服が崩れ去ってしまい、特徴的であったイケイケ顔を表現していたメイクも、お風呂上りなのでスッピン状態になっている。

 年齢的に女性のスッピンを見て大丈夫なのかと思ったが、実は彼女、化粧を取るとかなりの童顔だ。

 テレーゼよりも、少し上くらいにしか見えない。

 そして、なぜか妙に大人しくしている。

 アマーリエ義姉さんが準備したマテ茶をチビチビと啜りながら、オドオドとした態度で、たまにこちらをチラチラと見ていた。


「俺、そんなに怖がらせ過ぎたかな?」


「いや、その程度で怖がる奴じゃないと思うけど……」


 俺よりはリサに詳しいブランタークさんも、今の彼女の態度には首を傾げる。


「カチヤはどう思う?」


「いや、あたいもこんな姉御は初めてだな。皆目見当がつかない」


「さあ、クッキーが焼けましたよ」


 大人しいままのリサに、アマーリエ義姉さんが焼いたクッキーを持って来た。


「今日は、チョコチップとドライフルーツ入りよ」


 共に、魔の森産の食材を用いて作ったクッキーで、最近王都のお菓子屋で流行している品であった。


「美味しいです」


 リサは、まるで小リスのようにクッキーを食べている。


「妙に可愛くなったね」


「そうね、化粧で女は化けるというけど……」


 ルイーゼとイーナは、変わりに変わったリサを不思議そうな目で見ていた。

 メイクがバッチリの頃はドギツイ系の美人だったのに、今は可愛い美人という感じであったからだ。

 なぜかまだビクビクしているが、年上なのに、なぜがみんなの保護欲を誘ってしまったらしい。


「どういうことなのでしょうか?」


 さっぱりわからなかったが、そこは上手く、アマーリエ義姉さんがリサから聞き出してくれた。

 色々と甲斐甲斐しく世話をしてくれた彼女にだけは、リサが心を開いたのか?

 小さな声で耳打ちして事情を話している。


「なるほど……そうなのですか……わかりました」


 リサから事情を聞いたアマーリエ義姉さんは、俺たちに詳細の説明を始めた。

 

「リサさんは、ああいう格好をしないと人見知りするそうなのです」


 アマーリエ義姉さんの説明は続く。

 その昔、とある村に女の子が一人生まれたが、その子は極度の人見知りであった。

 特に男性相手では、実の父親と、のちに生まれた弟以外とほとんど話せなかったらしい。


「せっかく魔法の才能があるとわかっても、人見知りは治らなかったようで」


 リサは、このままだと冒険者になって社会に出ても、ろくに仕事にならないと悩んだ。

 さらに、結婚も不可能なのではないかと。


「そこで、派手なメイクと服装で強気な女性を演じていたそうです」


「随分と堂に入った芝居だな」


 ブランタークさんが、今の今まで気がつかなかったのだ。

 確かに、もの凄い演技力というか、自己催眠能力だと思う。


「衣装がなくなり、メイクも落としたので通常に戻ったと?」


「そういうことのようね。そうよね? リサさん」


 アマーリエ義姉さんが聞くと、リサは『うんうん』と首を縦に振る。

 その仕草は、かなり可愛かった。


「可愛いね」


「そうよな」


 ルイーゼの感想に、テレーゼも賛同する。


「もうすぐ三十歳とは思えないほど見た目が若いしの。そんなメイクはせぬ方がいいと思うぞ」


「……なるほど。テレーゼさん、メイクを取ると男の人と話せないそうよ」


「それで、メイクをすればあの性格か。難儀なものよの……」


 共に偏り過ぎて、どちらもいい結果を生んでいない。

 確かに、難儀といえば難儀である。


「……わかったわ。ヴェル君」


「はい? もしかしてやり過ぎたのかな?」


 続けてリサが、アマーリエ義姉さんになにかを耳打ちする。

 俺は、リサに決闘の件で文句を言われるのではないかと思った。


「そうじゃなくて、決闘の件は決闘だから仕方がないって。そうよね?」


 アマーリエ義姉さんの問いに、リサは再び首を可愛く振る。

 しかしこの人、なぜ派手な服装と化粧がないとろくに男性と話すらできないのであろうか?

 とにかく不思議でならない。


「それよりも、決闘の後で私の裸を見たから責任を取れって」


 続けてリサのささやきを聞いたアマーリエ義姉さんは、とんでもない爆弾を投下した。

 決闘の件じゃなくて、魔力量の件でもなくて、それかい!


「ああ。前にそんなことを言っていた人がいたなぁ……」


「そんなこともありましたわね……」


 俺に風呂場で裸を覗かれた経験があるカタリーナが、思い出したように呟く。

 ブリザードのリサとの決闘に勝ったのはよかったが、俺は新たな難儀を背負い込むことになってしまった。

 俺、リサと結婚することになってしまうのか?

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