第266話 結局、こういう解決方法になる(その4)
「先手必勝だ!」
カチヤは再び『加速』をかけてから、俺に向かって突進を始める。
以前の俺ならばビビってすぐに分厚い『魔法障壁』を張ったのであろうが、内乱時の師匠との死闘を経て、大分落ち着いて対応できるようになった。
同じく『加速』をかけてから、カチヤがサーベルで斬りかかってきたところとその周辺のみに薄い『魔法障壁』をかけ、最低限の魔力だけで攻撃をかわすことに成功する。
彼女の初撃はジャブのようなものだ。
速さはあるが力がなく、分厚い『魔法障壁』を張る必要がなかった。
向こうも、初撃で俺を倒せるとは思っていないだろう。
「へえ、見切っているのかい」
「カチヤは速いけど、残念ながらそれだけって感じだな。力はない」
「ここぞという時には、強烈な一撃を繰り出すさ」
魔法に頼る俺も人のことは言えないが、カチヤはもっとスピードだけに頼っている。
普段もワイバーンの首筋に一撃入れる瞬間のみ、魔法で力を増してトドメを刺しているはず。
彼女の魔力量は少ないので、大切に使わないとすぐに魔力が尽きてしまうからだ。
この一週間の鍛錬で劇的に実力を上げたが、上位の魔法使いには届かないといった感じだな。
「このスピードがあるから、あたいに攻撃魔法は当たらないぜ」
スピードがあるから、かわせると思っているのであろう。
以前の俺なら広範囲魔法で逃げ道を塞いだが、それでは魔力の無駄遣いを窘める師匠の教えに反する。
そこで、新しい魔法を試してみることにした。
「カチヤ、高そうなサーベルなのに悪いな」
「えっ?」
俺は、指先で二本の小さな『青火蛇』を作ってから、それを高速でカチヤに向けて飛ばした。
スピードに自信があるカチヤはすぐに避けるが、『青火蛇』はその動きに合わせて移動し、そのまま彼女のサーベルに巻きつく。
小さいが超高温の『青火蛇』は、瞬時にカチヤのサーベルをドロドロに溶かしてしまう。
「あちっ! あたいのサーベルが!」
「だから、最初に謝っただろう」
「あくまでも、魔法であたいを倒そうっていうのかい!」
「当然だろう。俺が剣を持ってなんになる?」
「冒険者であるあたいが、予備のサーベルを準備していないとでも?」
カチヤは、腰に下げていた袋から素早く予備のサーベルを取り出した。
やはり、魔法の袋を持っていたな。
魔法薬入れというオチはなかったか。
「バウマイスター伯爵様の魔法の袋ほど量は入らないけどな。一応、汎用だぜ。高かったからな」
再び『青火蛇』でサーベルを溶かそうとするが、今度は連続加速で上手くかわされてしまった。
もうサーベルの予備はないのかな?
「二度も同じ手は食わないさ!」
続けて、上空にソフトボール大の『ファイヤーボール』を浮かべてから、それをカチヤの目前まで飛ばす。
「そんな『ファイヤーボール』くらい……」
カチヤが油断した直後、『ファイヤーボール』は散弾のように弾けた。
散弾が一発くらいは命中すると思ったが、カチヤは『加速』とサーベルの乱舞ですべてを弾き、回避してしまう。
「速いな」
スピードだけなら、ルイーゼにも匹敵するであろう。
だが、彼女の魔力量を考えれば、『加速』が使える時間は容易に想像がつく。
次々と、『岩槍』、『氷弾』『ウィンドカッター』で連続攻撃を続け、カチヤの接近を許さない。
「ちっ! やっぱり一流の魔法使いだな。隙がねえ!」
なんとか隙を作ろうと、カチヤは腰に刺していたナイフを何本か、連続して俺に向けて投擲する。
俺の顔、腹部、手足を狙ったようだが、すぐに高温の『火壁』を形成、ナイフはすべて地面に溶け落ちてしまった。
「特注品のナイフが……」
「しかし、当たらないなぁ……」
反撃とばかりにいくつか魔法を繰り出すが、カチヤは上手く回避してしまう。
俺が放つ多彩な魔法と、それを華麗にかわす彼女のカチヤのおかげで、客席からは盛大な歓声があがった。
「うぃーーーっ、今日の俺たちって、このためにいるのかね?」
「お師匠様、酔っていらっしゃいますね」
元々剣術の武芸大会なので、観客保護のために『魔法障壁』を張る魔法使いがいない。
代わりに、すでにお酒で出来上がっているブランタークさんとカタリーナが、急遽客席に『魔法障壁』を展開した。
「ですが、観客席に飛んできませんわね」
「その辺は、伯爵様も考えているんだろうな」
観客に当たれば怪我人が出て大変なことになるし、幸いにしてカチヤはほとんど三次元の動きができない。
上手く魔法をコントロールすれば、客席に飛び込むことなどまずなかった。
「あたいは、手を抜かれているのか?」
「そうだな」
「なにぃ!」
カチヤも高名な冒険者なので、それに気がついているはず。
だが、実際に俺からそう言われると頭にくるのであろう。
顔を真っ赤にして激高した。
「剣術だけなら、俺がカチヤに勝てるはずなどない。だが、総合的な戦闘力で、カチヤが俺に勝てるはずがないだろうが」
「ううっ……」
「ここで、カチヤは強いって言ってもらって嬉しいか?」
「思わない……逆に腹は立つが……結局どちらでもムカつく!」
カチヤは俺が放ち続けている魔法をかわしつつ、徐々に体勢を立て直してから、再び二本のサーベルを構えて俺へと突進してきた。
「懐に入れれば!」
唯一の勝機だと感じ、すべての魔力を振り絞って今までにない『加速』を絞り出した。
「これが、切り札だ!」
魔力切れが間近であり、両者の距離も近い。
今度ばかりはカチヤも、魔法が何発かその身を掠って負傷する。
一瞬だけ顔を顰めるが、カチヤは速度を落とさずに俺の目前にまで迫った。
「いける!」
カチヤは、自分は賭けに勝ったと思ったのであろう。
最後に振り絞ったであろう魔力が燃えるのを、俺は『探知』した。
力も強化した一撃を繰り出すのであろう。
カチヤは勝利を確信したような笑顔を浮かべるが、俺には対策が山ほどある。
すでに適切な強度の『魔法障壁』を張っており、カチヤによる俺の胴を凪いだ一撃は完全に防がれてしまった。
渾身の一撃を弾かれたカチヤは、そのまま後ずさってしまう。
「硬い!」
「もしまともに食らっていたら痛かったのに。無茶してくれるな」
「そのローブは、下手な鎧よりも頑丈じゃないか」
「なんだ。知っていたのか」
カチヤの動きが止まった隙に、今度は滅多に使わない魔力剣の柄を取り出した。
そこに篭める魔法は、当然火魔法だ。
温度の高い青い炎の刀身を、フェイントもかけずに上段から一気に振り下ろす。
この一撃を、カチヤは二本のサーベルをクロスして防ごうとしてしまう。
だがそのサーベルは、少々のミスリルを混ぜた鋼製にしか過ぎない。
再び超高温の火炎によって溶かされてしまった。
「二組目のサーベルをすまないな」
「まだまだ!」
諦めの悪いカチヤは、再び魔法の袋から三組目のサーベルを取り出そうとするが、さすがにそれを許すほど俺は甘くはない。
小さな『ウィンドカッター』を飛ばして、腰に着けていた魔法の袋を切り落としてしまった。
しゃがんで取ろうとすれば魔法の餌食になるのがわかっているカチヤは動けず、これで完全に武器を失ってしまう。
「降参してほしいな、魔力ももうないでしょう?」
カチヤの魔力がほぼ尽きたのは、状況から見たらあきらかだ。
『加速』が使えない以上、もうどうすることもできないはず。
彼女の頭上にはいくつかの『ファイヤーボール』が滞空したままであり、少しでも動けば、カチヤを攻撃する手はずとなっていた。
「くそっ……剣術だけなら……」
「実戦だと、剣術だけで戦えなんて指定なんてできないよね? 残念だけど、そういうことだから」
「降参だ……」
カチヤが両手を挙げるのと同時に俺の勝ちが決まり、観客席からは多くの歓声があがった。
「魔法で剣を溶かしたぞ」
「色々な魔法が出たな」
「バウマイスター伯爵は、サーベルで斬られても傷一つ負わなかったぞ」
「あのバカ公爵がここに持ち込んだ飛竜にも余裕で勝つくらいだものな」
「負けるわけないか。最後に面白くてよかったぜ」
実に面白いものが見れたと、観客席にいるみんなは満足のようだ。
今の王都の住民たちからすれば、この手の武芸大会など、ただの暇潰しで娯楽なのだ。
貴族や王族が必死に求めたトンネル利権にしても、彼らからすれば縁のないものでしかないのだから。
「負けたことがないわけじゃないけど、圧倒的な実力差を感じるぜ。これまでの戦績は、伊達じゃないんだな」
「大半が、巻き込まれてとか、頼まれての結果だけど。そうだ」
俺はカチヤに近づくと、魔法が掠った場所を探してから治癒魔法をかけた。
内乱で練習したおかげであろう。
軽傷レベルなら、すぐに治ってしまうな。
「放置しておくと跡が残るぞ。せっかく綺麗に生まれたんだから」
「あたいが、綺麗?」
「お世辞じゃなくて客観的に見てな。カチヤがブスなら、世間の女性の大半がブスだろうからな」
「あたいが……綺麗……」
なぜかカチヤが俯いてしまったので、俺は試合を観戦していた陛下に近づいて話しかけた。
「陛下、順当に勝ちました」
「久しぶりに面白いものを見れて満足だ。あのじゃじゃ馬はバウマイスター伯爵が倒したのだから、そなたが責任を持って娶るがいい」
「やっぱり、そうなりますよね……」
「決まっておろう。余が許可するぞ」
その言葉を受け、コロシアムにいた多くの貴族やその子弟たちがガックリと肩を落とした。
さすがに、陛下の決定にケチをつけるわけにいかないからだ。
この状況に至ったとなれば、もう断るわけにもいかない。
トンネル利権も、結局は他の貴族に渡して事態が複雑化するよりも、俺が一括して管理した方が楽で安全ということか。
テレーゼの意見が正しかったことが証明された……そう思っていた人は意外と多かったけど、色々あってなかなかそうならないのが世の中というものだ。
「トンネル警備隊の創設に、上納金代わりの経費負担。当事者が王国とバウマイスター伯爵家だけになったから兵員は半々。王国としては大いに得をしたというわけじゃ」
トンネルに関連での貴族たちからの嫉妬も、王国が盾となってくれることを期待するしかないな。
「バウマイスター伯爵、なるべく早くにトンネルを開通させないとな」
「はい」
これにて無事にトンネルという資産は増えたのだが、それに合わせて嫁が増えるという結果に陥ったのは、予想外というか、これも避けられない運命だったのだと俺は思うことにするのであった。
「リーグ大山脈大縦貫トンネルの開通です!」
俺が決闘でカチヤを下してから一週間後。
大突貫作業で準備を進めたトンネルは、無事に開通した。
トンネル自体に問題はなかったのだが、他の準備で大忙しだったのだ。
まずは、両出入り口周辺の基礎工事や、渋滞を防ぐための道の整備、馬車などの待機場、宿泊施設などの整備が必要であった。
宿泊施設などの整備は当分続くが、それは仕方がないことだ。
バウマイスター伯爵領出入り口に近いパウル兄さんの領地や、ブライヒレーダー辺境伯領側出入り口に近いブライヒレーダー辺境伯領でも、宿泊施設の整備が進んでいる。
魔導飛行船は速いが、運んでいる商人と荷物に高額の運賃がかかる。
空港に到着しても、バウマイスター伯爵領は広いので、そこから馬車を出して各地に荷を運ぶと、どうしてもコストがかかってしまう。
山越えだと、どう急いでも二ヵ月近くもかかってしまい、あまり大量の馬車が動くと野生動物や飛竜に狙われる可能性が増えるので、トンネルは小規模の商人が新しく商売をするには最適であった。
通行料は片道百セントと定められたが、開通日には多くの商人たちが、馬車で大量の荷を積んで押しかけてきた。
この世界でも、開通イベントが存在する……当たり前か。
俺、ブライヒレーダー辺境伯、オイレンベルク卿などが、飾りの付いたナイフでトンネル入り口に張られたリボンを切る。
こういう光景はニュースでしか見たことがないので、自分も参加できてワクワクしていた。
「混んでるなぁ」
「早くリボンを切ってしまいましょう」
「それもそうですね」
ブライヒレーダー辺境伯に促されてリボンが切られるのと同時に、多くの馬車がバウマイスター伯爵領に向けて走り始めた。
「みんな、張り切ってるな」
「当然ですよ。魔導飛行船よりは時間がかかりますがコストはかからない。山歩きよりは圧倒的に時間もコストもかからない。大商人以外でも、バウマイスター伯爵領内で商売が可能になりました。このビジネスチャンスを逃すようでは商人とは言えません」
流通量がバウマイスター伯爵領の経済は活性化し、通行料でトンネルの維持費と用心棒代わりの『王国軍リーグ大山脈大縦貫トンネル警備隊』の経費も無事に賄えるというわけだ。
「ただ、本来トンネル利権を半分引き受けるはずだったブライヒレーダー辺境伯には悪いかも」
「いえいえ。旧オイレンベルク騎士爵領の大半を譲っていただきましたから」
本来トンネル利権に加われるはずであったブライヒレーダー辺境伯家にも、一定の配慮をする必要があった。
たとえ本人同士が納得済みでも、家臣たちへの手前もあった。
特に俺を、『山脈越えの水呑み騎士の八男』と呼んで嫌う一族や重臣たちへの配慮は必要というわけだ。
そこで、新しいオイレンベルク騎士爵領はバウマイスター伯爵家で用意し、その場所はリーグ大山脈寄りのマロイモの大量生産に適した山地であった。
ほとんど手つかずの場所だったので、古い土地の持ち主など存在せず、引っ越しも順調に進むはずだ。
オイレンベルク卿とファイトさんと領民たちは、新しい広大な領地で早速マロイモの生産を始めた。
「ブライヒレーダー辺境伯殿、マロイモ畑の土をいただいてすいません」
どうせ使わないからと、マロイモ畑の何十年もかけて作った土は、すべて俺が新しいオイレンベルク騎士爵領へと運んでいる。
『土は農業にとって命なので、とてもありがたいです!』
ファイトさんは、これならすぐにある程度の収穫が望めると喜んでいた。
「我々はマロイモを栽培しませんからね。どうせ工事で削ってしまう土なので、有効活用してください」
旧オイレンベルク騎士爵領も、トンネルの出入り口の極狭い範囲のみバウマイスター伯爵領として、そこには警備隊の駐屯地と通行者の検問所くらいしか置いていない。
他の領地はブライヒレーダー辺境伯家への譲渡となり、そことブライヒレーダー辺境伯領に大規模な馬車の待機場と宿泊施設の建設が進んでいた。
馬車でトンネルを通行すると、トンネル内で何日も野宿をする羽目になる。
その前に宿に泊まっておこうという需要を満たす宿場町の運営を、ブライヒレーダー辺境伯家に委託したのだ。
「その辺の利権の調整って難しいですよね。私もたまに面倒になるんですけど、家臣や領民たちの生活もありますから」
トンネル近くの宿場町が栄えれば、ブライヒレーダー辺境伯家の利益になる。
利益があれば、うるさ型の家臣たちでも案外黙ってしまうものらしい。
「人は霞を食べて生きてはいけませんからね。バウマイスター伯爵は、その辺の理解が早いからとても助かるのです。若い貴族だと、どうも突っ走ってしまう傾向にありまして……」
「ううっ……すまねぇ……」
ブライヒレーダー辺境伯の発言に反応して、項垂れながら謝る人物がいる。
結果的に、トンネル利権問題を複雑化させてしまったカチヤであった。
今日の彼女は、オイレンベルク卿の御供なのでドレス姿であった。
元が綺麗なので、彼女は多くのトンネル開通式参加者たちの注目を集めている。
ただし……。
「彼女が、勇ましい行動を取ったオイレンベルク卿のご息女か」
「並み居る貴族や王族のご子息たちを全員剣術で撃破したそうだ」
「私は試合を見ていましたとも。ただ、最後のお相手が悪かったですな」
「バウマイスター伯爵殿であろう。さすがの女丈夫も、竜殺しには勝てませんか」
「元フィリップ公爵殿に続き、バウマイスター伯爵様の戦利品となったわけですか」
「お美しい方ばかり、実に羨ましいですな」
随分と女性に失礼な言い方に聞こえるが、この世界の貴族の認識なんてこんなものである。
カチヤも、俺に負けて俺のものになった。
王国中のみんなが、同じようなことを言っているはずだ。
「お気持ちはわかるのですが……」
「私もファイトもトンネルの管理はねぇ……農作業の方が好きだし」
人間、慣れない、合わないことを家業にすると苦労するものだ。
だからオイレンベルク卿とファイトさんは、すぐにトンネル利権を譲ることを承諾したのだから。
「カチヤが、オイレンベルク騎士爵家のことを真剣に考えてくれていたのはわかってたんだ。ファイトも、カチヤを嫌っているわけじゃない。これは生き方の問題でな」
「親父……」
「それに、我がオイレンベルク騎士爵家は農業で確実にゆっくりと繁栄する。人は食わねば生きていけない。幸いにして、バウマイスター伯爵殿の手助けもあるからな」
「バウマイスター伯爵様が農業の?」
「勿論、専門的なことじゃないよ」
現時点では知名度こそ低いが、美味しいマロイモの栽培技術を独占しているのだから、それを生かした開発を進めればいいのだと、少しアドバイスしただけだ。
「サツマイモよりも、マロイモの方が高く売れる。つまり稼げるというわけだ」
比較的気候が温暖な王国では、サツマイモの栽培と、それを使った産品が名物になっている領地が多い。
そこに参入するのは困難であったが、栽培条件と方法が特殊なマロイモならば、競争相手がいないので十分に商売になるはずだ。
「ファイト殿には、質を維持したままマロイモの栽培量を増やしてもらうとして、それで作った加工品の販売も手がけて収入を増やす計画だ」
干しイモ、カリントウ、チップス、イモアメ、お酒などを作ってもいいだろう。
これらの加工食品をサツマイモで作っている地域は複数あるが、その味はマロイモに到底敵わない。
なにしろ、甘さが圧倒的に違うのだから。
「王都のお菓子屋に製菓材料として卸してもいい。王都で流行すれば、引く手数多になって仕入れ値が上がるから」
「なるほど、そういう商売方法があるのですか」
「トンネル利権を譲ってもらった代金の中には、新領地の開発や産業育成のアドバイスなどもあります。商人も紹介するので、ご安心を」
その条件でもバウマイスター伯爵家が圧倒的に利益を得られるので、そのくらいは援助しないと駄目だろう。
「ファイトが気合を入れていましたよ。品質の維持は大変ですけど、領地が広がったのでオイレンベルク騎士爵領の発展に期待が持てると」
「兄貴にも、ちゃんと貴族としてのプライドがあったんだな」
「他の貴族とは少し違うがな。だから、安心してカチヤは嫁に行くといい」
「そういえばそうだった」
「初めて貴族的なことを言わせてもらうが、カチヤがバウマイスター伯爵に嫁がないと、うちは色々と大変なことになるからな」
援助の中身が減ってしまうので、ちゃんと嫁に行け。
これは、先に貴族としての誇りが云々と言ったカチヤへに対する、父親からの意趣返しかもしれない。
「わかったよ、あたいは納得して嫁に行くさ」
「これは意外ですね」
「ブライヒレーダー辺境伯様、あたいを圧倒的な強さで倒す男なんて、そういるもんじゃないんだぜ」
「なるほど」
やはり、カチヤは戦闘力で他人を計ることが多いようだ。
俺に負けたから、俺の奥さんになっても構わないと言うのだから。
「冒険者の男って、一定数を除いてしょうもない奴らばかりだからな。その点、冒険者兼業でもバウマイスター伯爵様は紳士だからな」
「俺が紳士ねぇ……」
どうにも紳士の基準がわからないが、カチヤがそう思っているのだから問題はないのか。
「あたいのことを綺麗だなんて言う男性は初めてだから。野蛮とかガサツとはよく言われるけど……」
これだけ綺麗な娘に対し、素直に綺麗だと言わないのか。
冒険者ってのは意外と余裕がないんだなと、俺は思ってしまう。
カチヤはなぜか再び俯いてしまったが、その様子も結構可愛いと思った。
「トンネルの件は、これで無事に解決ということで。そういえば、王国警備隊のトップはグイードさんですけどね」
陛下は、不遇な甥グイード様を心から心配していた。
その彼が、警備隊のトップなのか。
「グイード様は王弟殿下のご子息なのですが、母親の身分が低くて四男でしたから」
行先がなくて軍で捨扶持を与えられている状態であったが、本人は決して腐らず、剣の稽古に励んでいたというわけだ。
「あたいが言うと生意気に聞こえるけど、真面目に修練した積み重ねた剣技だよな」
「決して才能があるわけでもないのに、懸命に苦労して覚えたのでしょうね」
その褒美なのであろう。
陛下は、彼を法衣子爵にしてトンネル警備隊の隊長に任命した。
「武芸大会は一人も勝てないで大ブーイングでしたけど、最後のグイードさんが唯一まともにカチヤさんと戦えていましたからね。それで王家は面目を保てた部分もあるのですよ」
そんな理由もあって、陛下が珍しく強権を発動してグイード隊長の人事案を決定したそうだ。
この人事案を聞いた貴族たちは、誰も反対はしなかった。
もし反対すると、他の不甲斐ない参加者たちへの批判が必ず出てしまうからだ。
彼らの大半は自分たちの子弟なので、静かにして、一日でも早く忘れてもらいたいのであろう。
「なるようになったということか」
「そのグイードさんですけどね」
「グイードさんがなにか?」
「いえ、子爵家を立ち上げたので、お見合いの話が増えましてね」
トンネル利権は手に入らなかったが、警備隊隊長職はほぼ世襲が決まっている。
そこに潜り込もうと、いまだ独身であったグイードさんとのお見合いを企んだらしい。
貴族って、機を見るに敏というか……。
「結局、すべて断ったようですが」
「婚約者でもいたのですか?」
「うーーーん……みたいなものですかね?」
「みたいなもの?」
「ええ」
陛下の甥なのに、母親の身分のせいで昔から扱いが悪かったグイードさん。
それでも彼は、目をかけてくれる陛下のために決して腐らず、真面目に日々の生活を送っていた。
「そんな彼には幼馴染がいたそうで……」
その娘は、ポイス子爵家の次女であった。
他の貴族たちからはほとんど無視されている彼の、唯一の理解者だったそうだ。
「グイードさんは、もし自分が独り立ちできたら結婚しようと彼女に言っていたそうで。泣けるお話ではありませんか」
出たよ、また再び出てしまった。
幼馴染が結婚を約束して、それが実現してしまう。
先のファイトさんに続き、再び俺のトラウマを刺激する敵の登場である。
「へえ、純愛だね。あたいでも羨ましくなるぜ。でもそうなると、あたいが勝って結果的にはよかったのか?」
「かもしれませんね。陛下もお認めになられたそうで。前から二人の関係を知っていたからこそ、許可を出したそうです」
どうやら陛下も、自分の甥には甘いらしい。
いや、ああいう立場の甥だからこそ、好きな人同士で結婚するのを認めてあげようと思ったのか?
しかし、なぜか無性に腹が立ってきた。
エリーゼたちはいい奥さんだと思うが、それとは関係なしに感じてしまう、理不尽なまでの怒りとでもいうべきか。
「くあぁーーー! 貴族として失格!」
俺は突如大声をあげた。
そんな結婚は、今度こそ絶対に阻止しなければならない。
「貴族が恋愛結婚などありえない!」
「そうかもしれませんが、グイードさんと家格が釣り合っていないわけでもないですし、反対する理由もないですけど」
「ブライヒレーダー辺境伯、そこに純愛物語を贔屓する補正がないと断言できますか?」
「ないとは言いませんけど、別におかしな話ではないでしょう? 第一、陛下がお認めになっていますから」
「そういえばそうだった……」
ブライヒレーダー辺境伯の正論に、俺は急にトーンダウンしてしまう。
どうしても商社マン時代の癖で、偉い人の許可という言葉に弱いのだ。
「さっぱり理解できませんね。バウマイスター伯爵はなにを怒っているのですか?」
「それはですね……」
いつの間にか、エルが姿を見せてブライヒレーダー辺境伯になにかを吹き込んでいた。
主君の悪評を広げるなど、とんでもない家臣である。
「幼馴染が羨ましい? なんですか? それ」
「十二歳でブライヒブルクに来るまでに、なにかトラウマがあったのかな? と思う次第でして。たまに変になるんすよ」
「今は、こんなに綺麗な奥さんたちに囲まれているからいいではないですか。バウマイスター伯爵、私も兄が急死して家督を継ぐまでは、女性とはほとんど縁がありませんでしたよ。兄は自分の寿命を悟っているような人でしたから梃子でも結婚しませんでしたし、次男の私だって、兄よりも先に結婚して子供を作るなんて許されませんでした。私には文学があったので、決して寂しくはなかったですけどね」
「ブライヒレーダー辺境伯っ! 俺たちは仲間ですね!」
俺も十二歳になるまでは、魔法だけが友達だった。
だから、文学だけが友達だったブライヒレーダー辺境伯とは仲間。
そう思うと、つい嬉しくなってしまうのだ。
「ええと……喜んでいただけてなによりです……」
「あたい、この人と結婚して大丈夫かな?」
「奥さんには優しいから大丈夫だと思うよ、と言っておく」
「そうなんだ。エルヴィンはいつも一緒にいるからわかるんだな」
「たまに、わけがわからんこともあるけどな……」
こうして無事にトンネルは開通し、結果的に俺の嫁がもう一人増えた。
どうやら、なにか事件があると俺の嫁が増える傾向にあるようなので、これからは平穏無事な日々を送れたらいいなと思う。
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