第265話 結局、こういう解決方法になる(その3)
「エル、どうだ?」
「うーーーん。駄目っぽいな」
カチヤの婿を選ぶ武芸大会の開催が決まり、王国中の貴族たちが続々と参加者を連れて王都入りしている。
みんな、トンネル利権を得ようと必死なようだ。
なんとしてでも自分の子弟をオイレンベルク騎士爵家に婿入りさせ、美味しいトンネル利権を得たい。
婿以外の一族の食い扶持にも関わるので、みんな必死に、コロシアム内で実戦に備えた練習をしていた。
陛下が許可を出し、コロシアムを練習用に開放したのだ。
代理人を参加させるのは禁止なので、貴族の子弟たち本人たちが必死に剣を振るっているが、それを見たエルの表情は冴えなかった。
剣が苦手な俺が見ても動きが怪しい人たちが多く、カチヤに勝つのは難しいと思っているのかも。
「勝てそうな、騎士団の人たちとかは出ないのか?」
「騎士は法衣貴族の子弟が大半だから、もしカチヤに勝ててもトンネル管理する人員を出せないんだよ。ワーレン師匠(せんせい)なら勝てると思うけど、あの人は出ないだろうな」
勝てそうな人だとトンネル管理の人員を出せず、人手を出せそうな貴族の子弟でカチヤに勝てそうな人はいない。
そんな状況を知り、エルは溜息をついていた。
世の中、儘ならないと思っているのかも。
「あのじゃじゃ馬は、強いものな」
「ああ、あんな強い冒険者がいたんだな」
俺の屋敷に居候している関係で、カチヤは剣に優れたエルに勝負を挑んだ。
とりあえず戦ってみて、それで相手を判断する。
こういう人は、前世で見た創作物にはよく出てきたな。
実在の人物ではなく、キャラクターなんだけど。
現実にいたら鬱陶しいと思うので、エルも内心では面倒臭がっているように見えた。
『思った以上に強い! 硬い!』
『防ぐのに精一杯で、なかなか攻撃できないな!』
王都バウマイスター伯爵邸の庭で行われたエルとカチヤの模擬戦闘は、スピードで翻弄しながら攻め続けるカチヤと、その攻撃を防ぎながらたまに的確な反撃を行うエルによって千日手となった。
基礎能力では魔力持ちであるカチヤの方が上だが、エルが内乱などで得た経験を利用してカチヤの連続攻撃を上手く凌ぎ、隙を見て反撃しているという構図である。
『エルヴィン殿は強いな!』
『カチヤは対人戦闘の経験がほとんどないようだな。その隙をなんとか突けたぜ……』
結局、二人の勝負は引き分けに終わった。
『バウマイスター伯爵家には、強そうな人が多くていいな』
引き分けたのに、なぜか嬉しそうなカチヤであった。
エルのみならず、俺の妻たちとも戦いたそうな顔をしている。
『ただなぁ……俺よりも、うちは女性陣の方が強いから……』
エルのボヤキは、カチヤには聞こえなかったようだ。
続けて、バウマイスター伯爵家の女性陣に勝負を挑むカチヤであったが、ここで彼女は立て続けに負けることとなった。
『……そんな……あたいの方がスピードはあるのに……』
『スピードがあるということは、その分動きを単純化している証拠なのです。ある程度目で追えれば、あとは先読みと気配の察知でなんとでもなります』
まずは、魔力量はエルと大差ないが刀術の達人であるハルカと戦い、十分ほどで死角から首筋に刀身を添えられて敗北した。
『年下なのに、もの凄い技術だな』
『私は、三歳の頃から刀術を習っていますから』
『そうなのか……あたいなんて、剣の師匠すらろくにいなかったからなぁ……』
オイレンベルク卿が剣を振るっている場面など想像もできないし、ファイトさんも同様であろう。
聞けば、共に武芸大会にも出たこともないとか。
そんな環境の中で、カチヤが本格的に剣を持ったのは成人後であったらしい。
それでも冒険者として大成できたのは、幼少の頃から行っていた農業の手伝いで得た驚異的な身体能力のおかげというわけだ。
実際、剣術自体はそう大したものではないと、エルが俺にそっと教えてくれた。
『お館様』
『えっ? なに?』
カチヤとの勝負を終えたハルカが、俺に話しかけてくる。
『カチヤさんですが、武芸大会までこのお屋敷におられるのですよね?』
『あと五日くらいだけど』
『それでも、まずいですね』
『えっ? なにがまずいの?』
俺には、ハルカが抱く懸念がわからなかった。
『成人するまでろくに剣など握ったこともなく、速度を魔法で強化しながら斬りつけるのみであの強さですよ。さっきエルさんと戦ったせいで、私が戦った時にはもうわかるくらい強くなっていました』
なまじまともな剣術の経験がないだけに、エルやハルカのような熟練者と戦っただけで、すぐに経験を吸収して強くなってしまう。
このままこの屋敷で模擬戦闘を続けると、カチヤはもっと強くなってしまうと、ハルカは危機感を覚えているようだ。
『今の時点でも、彼女に勝てる者が出るか不安視されているのに……』
『相手が強ければ強いほど、向こうは得る経験が多いからな。というか、完全な独学でよくあそこまで強くなれるよな……』
エルも、カチヤの底知れない才能に気がついたようだ。
もし俺がエルと剣で戦っても、全然強くならないだろうからな。
『とはいえ、イーナたちに模擬戦闘を断れとも言えないだろう』
ただの練習や模擬戦闘だし、どうせ断ったら他の誰かと稽古するから同じことだ。
屋敷に閉じ込めて練習を禁じたら、俺が悪者にされてしまう。
そして、ハルカの嫌な予感は現実のものとなった。
『負けたぜ! 強いなイーナは。やっぱり、子供の頃から槍術をやっているのか?』
『はい、物心ついた頃にはもう槍を持っていました』
『凄いんだな。それと、あたいに敬語なんて不用だぜ』
自分よりも強い者たちと戦い、経験を積んで強くなる。
それが楽しいらしく、カチヤはイーナの槍術にあしらわれても、ルイーゼの妙技に翻弄されても、ヴィルマの剛力に押されても、とても楽しそうであった。
『ルイーゼも子供の頃からか。羨ましいよなぁ』
『でもカチヤが強いのは、生まれついての身体能力と、農作業で得た頑強さのおかげだと思うよ』
『それもそうか。子供の頃は、親父と兄貴に斜面の畑ばかり耕させられてな。当時は、『こんな領地、絶対に出て行ってやる!』って思ってたけど』
オイレンベルク騎士爵家では、領主一族でも農作業を行うのが家風のようで、カチヤも子供の頃は農作業ばかりしていたと話した。
『ヴィルマも強いしな。あの大規模な帝国内乱で活躍したんだから当然か。義父のエドガー軍務卿に鍛えられたとか?』
『私は、先生がついての鍛錬は十歳をすぎてからだから遅い方。狩猟は、五歳からしていたけど……』
『それも凄い話だな。強いのが納得いくぜ』
貴族的には腹が立つことをしてくれたカチヤだが、こうやって実際に接してみると、非常に性格がサッパリしていてつき合いやすい。
模擬戦闘で負けても恨み言などは言わず、相手を褒めて自分も頑張ろうとする。
彼女がトンネルの件で意固地なのは、実家が弱い存在だからこそ、自分なりにどうにか守ろうと懸命だからなのであろう。
『私も戦えたらいいのですが、生憎と戦闘は苦手ですので……』
『エリーゼの治癒魔法は凄いけどな。あたいなんて魔力量も少ないし、使える魔法は簡単な『身体強化』と『加速』だけだぜ。簡単な怪我とかを治せたら、もっと強くなれるのにな』
カチヤは、エリーゼたちともすぐに仲良くなった。
朝は庭で模擬戦闘がメインの訓練を行い、それが終わるとエリーゼがお茶や食事を出してみんなで食べる。
昼は、俺はトンネル関連の工事でいない日も多かったが、独自に鍛錬をしたり、エリーゼたちとお茶を飲んだり、女性たちだけで王都で買い物を楽しんだりしているようだ。
『エル、トンネルの当事者である俺は早期開通に向けて工事で忙しいのに、なぜもう一方の当事者であるカチヤは遊んでいるのかな?』
『ヴェル、俺もそう思わんでもないが、女性同士が楽しそうにしているところに口を出さない方がいいぞ』
カチヤは武芸大会まで鍛錬に遊びにと楽しそうなのに、俺はバウマイスター伯爵領側のトンネル工事で忙しかった。
ローデリヒ立案による、鬼の開発計画が進んでいたからだ。
護衛で工事についてきたエルに、俺は愚痴を溢してしまう。
『トンネルの件が決定したら、ヴェルが急ぎ反対側の工事に参加できるよう、先にバウマイスター伯爵領側の工事を済ませるだっけか?』
トンネル出口と近くにある街道を繋げる道路工事に、トンネル通行者向けの倉庫や宿泊施設、商品の取り引き場などの建設をスムーズにするため、建設予定を均したりして俺は忙しかった。
そしてそんな日々が何日か続いたあと、ついに武芸大会が目前に迫った。
『エリーゼは料理も上手だな。あたいは実家の田舎料理と、冒険者だから雑な野外料理しか作れないけど』
『今度、習ったら如何ですか?』
『そうしようかな。結婚するとなると、もう少し色々と作れた方がいいかもな。このお屋敷で出る料理は本当に美味しいし』
カチヤは、バウマイスター伯爵家で出る料理を気に入ったようだ。
今回の騒動は、当事者以外からすれば楽しみなイベントでしかない。
コロシアムで行われる武芸大会に向け、王都には多くの貴族とその関係者たち、観戦を希望する平民たちも国中から集まって来て、お店などは売り上げ増で嬉しい悲鳴をあげていると聞いた。
武芸大会も観光資源というわけだ。
そしてその観光客たちの中には、テレーゼも混じっていた。
彼女は自分で泊まる場所を探すと言ったのだが、彼女の立場を考えるとうちで保護するのがの当然という結論に至り、王都バウマイスター伯爵邸に滞在するようになった。
『そうか。であれば、妾が懸命に作った甲斐があったの』
『テレーゼさん、大分上手になったわね』
『先生がいいからの。しかも、二人もおる』
テレーゼと共に、アマーリエ義姉さんも王都屋敷に滞在するようになった。
面倒事ではあるが、俺からしても反対側のトンネル利権の話なので、結局他人事な部分もある。
そこで、俺の世話役という名目でアマーリエ義姉さんも連れて来てきたのだ。
彼女は、エリーゼと共にテレーゼに料理を教えていた。
『このお屋敷は、バウマイスター伯爵様の奥さんが多いよな』
『そうか? 伯爵でこの人数なら普通であろう』
元公爵であり、大貴族に知己が多いテレーゼからすれば、俺の奥さんの数など平均値でしかないと思っている。
父親であるオイレンベルク卿に一人しか奥さんがいないカチヤからすれば、複数の奥さんを持つ貴族は驚きなのかもしれない。
『うちの親父は特殊だったのか……』
『そうよな。普通は、正妻に子供が生まれなかった時のことを考えるからの。他の貴族たちの目もあるゆえ、騎士爵なら最低は二人はの。そのうち一人は、名主や商人の娘にして序列をつけるのが普通じゃ』
『それで、余った子供を外に放り出しか……。あたいは自ら望んで冒険者になったけど、仕方なしに冒険者をしている貧乏貴族の子供は沢山いたぜ』
『子供の数をちょうどよくするのは難しいからの』
足りないよりは、余っていた方がいい。
医療技術が発展していた前世に比べると病気などで死ぬ子供が多いので、余分に子供を作っておくのが、貴族の安全保障政策であった。
『元公爵様は言うことが違うよな。だから、バウマイスター伯爵様の愛人なのか』
『えっ?』
『ほう、そんな噂が流れておるのか』
驚く俺とは違って、テレーゼは楽しそうな表情になった。
『流れてるぜ。帝国内乱で大活躍したバウマイスター伯爵様は、新皇帝陛下のライバルであった元フィリップ公爵様を戦利品として貰い、囲っていると』
『いえ、色々と政治的な事情で、預かっているだけなんですけど……』
カチヤが語る世間の噂に、俺は冷や汗をかいてしまった。
『表向きはそうでも、実際は……ってなるのが噂だし、噂も時に真実を突くことがあるからさぁ』
そう言ったカチヤの視線は、アマーリエ義姉さんにも向いていた。
『私ね……色々と言われているようだけど、別に気にしていないわよ』
アマーリエ義姉さんも、世間では『弟を暗殺しようとした、夫であった兄の代わりに償いとしてその身を差し出している』とか言われているそうだし。
世界は違えど、みんなそういう噂話が好きだよなぁ……。
『私はなにを言われようと、今の方が楽しいからそれでいいわ。新しいお友達もできたもの』
『そうよな』
俺たちは、夜になるまで屋敷を留守にすることが多い。
留守番をしているアマーリエ義姉さんから料理などを習うため、テレーゼが屋敷に出入りするようになり、二人は仲良くなっていた。
『今の妾はただの居候じゃからの。将来はどうなるかいざ知らず』
『あたいから言わせると、バウマイスター伯爵様は稼いでいるんだから、別に構わないだろう。冒険者にだって、何人も奥さんがいる人もいるんだから。女冒険者で、若くて格好いい男を何人も囲っている奴もいるから、男も女も同じだってな』
男性ほどいないだけで、別に多夫一妻状態でもなにか法に触れているわけではない。
やり手の女冒険者や商人に、そう言う人は一定数いると聞いたことがあった。
『うちの兄貴もなぁ……バウマイスター伯爵様と同じにとは言わないけど、何人か奥さんを持って、貴族らしくすればいいのに……』
幼馴染とはいえ、名主の娘一人を奥さんにしてそれで終わりでは、オイレンベルク騎士爵家が、他の貴族たちに舐められてしまうとカチヤは思っているのだ。
現代日本の価値観ではあり得ないが、まさに世界が違えば、というやつであろう。
『カチヤさんは、マリタさんがお嫌いなのですか?』
魔法使いなのでカチヤとは模擬戦闘を行ってはいないが、よく話すようにはなったカタリーナが彼女に質問した。
『嫌いじゃないさ。あたいとも幼馴染で、昔は毎日一緒に農作業をしていた仲だし。すげぇいい奴だけど、名主の娘だからなぁ。本妻は他の貴族の娘に譲って、自分は妾として名主家の跡継ぎを産む、という風に考えてほしかった』
『そういうことですか。ですが、ファイトさんはそこまで好色に見えないといいますか……奥さんが一人でも満足してしまうタイプのような……』
『カタリーナにもそういう風に見えるのか。まったく、貴族家の跡取りなのに兄貴はなぁ……』
兄が頼りなく思えるからカチヤは動いた。
決して嫌いなのではなく、心配で堪らないのであろう。
『それで、婿決めの武芸大会か。しかし、カチヤに勝てる貴族の若様がいるかの?』
『一人くらいいるさ』
王国貴族は三千家を超える。
一人くらいは、カチヤの条件に合う者もいるはず……いてほしいな。
『妾には、心当たりがあるの』
『イーナたちでは駄目だぜ。同じ女だからな』
エルでは引き分けられても勝てないし、そもそも俺が手離す気がない。
ハルカ、イーナ、ルイーゼ、ヴィルマが女性なので、カチヤの婿になれるはずがなかった。
『そうではない。ヴェンデリンがカチヤと戦えば勝てるであろうに』
『俺は当主で、参加資格はありませんから』
『かもしれぬが、一番上手く治まる手だと妾は思うのじゃがな』
『上手く治まるねぇ……』
『もし妾がまだヴェンデリンやブライヒレーダー辺境伯の立場にいれば、利権配分がどうの、政治勢力均衡的にどうのと一緒になって悩んでいたであろうが、幸いにして妾はもうお気楽な身分。ならば、トンネルを発掘したのはヴェンデリンなのじゃから、全部権利を取ってオイレンベルク騎士爵家にはリーグ大山脈南側に代替地を用意すればよかったと、気楽に言えてしまうのじゃ』
その手が一番簡単だとは思うが、ブライヒレーダー辺境伯や他の貴族たちの手前もある。
あまり利権を取りすぎるのもどうかと思うのだ。
『出る杭は打たれると思うたか? それは今さらだと思うがの。ヴェンデリンの杭は、もうハンマーも振り下ろせないほどはるか頭上にあるわ』
テレーゼの言い方に、俺は思わず上手いと感じてしまった。
『しばらくは、表立ってはヴェンデリンと敵対する貴族などおらぬよ。もしそうなれば、ヴェンデリンたちに叩き潰されてしまうからの』
圧倒的な戦功のせいで、俺たちと表だって揉めようとする貴族など当分出ないはず。
テレーゼは、そう確信しているようだ。
『件のヘルタニア渓谷であったか? あれと同じじゃ。王家と警備を案分して経費を負担すれば、王家がいい盾になってくれたのにのぉ』
『ブライヒレーダー辺境伯の手前もありますし……』
『仲がいいのであろう? 事前に相談せい。まったく、ブランタークがいてこれを思いつかぬとは……。トンネル出入口の開発を少なめにして、隣接するブライヒレーダー辺境伯領に割り振れば、彼も納得したのにの』
『ううっ……その手があったか……』
さすがは、ペーターには負けたが元次期皇帝候補者。
俺たちが煮詰まっている間に、素晴らしいアイデアを思いつくものだ。
『もっともこれは、妾が無責任な場所から様子を見ているから思いついたとも言える』
なるほど。
正しい意見を言える外野は多いけど、いざ当事者となると……というのは、テレーゼも散々経験してきたのであろう。
確かに当事者になってみると、理想的な意見を通すのがいかに大変か……。
『武芸大会で、誰もカチヤに勝てない悪夢がないといいの』
『どうなんだろう?』
『妾も観戦させていただくがの』
そんな屋敷での生活ののち。
ちょうどカチヤの宣言から一週間後。
王都にあるコロシアムで、武芸大会が始まった。
王族、貴族の子弟たちが多数集まり、カチヤを倒して夫となり、トンネル利権を手に入れようと野心に燃えている。
みんな、必死なのは誰が見てもわかるほどであった。
ある意味、みんな人生がかかっているのだから当然だ。
「思っていた以上に人数が多いな」
「多いけど……」
エルは、本番に備えて最後の練習などを行う参加者たちを見て再び溜息をつく。
どう贔屓目に見ても、カチヤに勝てそうな者が見つけられないからであろう。
「エルさん、気にしても仕方がありませんよ」
「それもそうか」
「お弁当を作って来ましたから」
「ありがとう、嬉しいな」
とはいえ、別に自分の弟子でもないし、彼らがカチヤに勝てなくてもなにか責任があるわけではない。
ハルカの声を聞くと、すぐに元気になった。
女子の手作り弁当で喜ばない男子はいないか。
それにしても、婚約者の手作り弁当を食べながらコロシアムで行われる試合観戦とか、もはや完全にエルはリア充と化しているな。
挙句に……。
「エルヴィン、やんごとなき参加者たちはどんな感じかな?」
「ワーレン師匠(せんせい)、今日はお休みですか?」
「ああ。最近、子供たちとどこにも出かけていなかったからね。遊びがてら観戦に来たんだ」
ワーレンさんは、奥さんと子供たちを連れてコロシアム観戦にやって来た。
綺麗な奥さんと、子供は男の子と女の子が一人ずつか……。
眩しいほどのリア充家族だな。
「エルヴィン様の婚約者で、ハルカ・フジバヤシと申します」
「なるほど……できる人みたいだね」
ワーレンさんは、ハルカの姿勢だけを見て彼女の力量を推し量ったようだ。
しかし、婚約者を紹介する弟子と、家族連れでレジャーに来る師匠とか、これをリア充集団と言わずになんと言えばいいのであろうか?
「相変わらず、妙なことで鬱屈しているな」
隣に座るブランタークさんが、俺を奇妙な視線で見つめた。
「バウマイスター伯爵殿、今日はボックスシートに入れていただき感謝いたします」
今回もバウマイスター伯爵家の名前で、広めのボックスシートを予約した。
ブライヒレーダー辺境伯はフィリーネを連れて来ていたし、ブランタークさんはその護衛だ。
他にも、エーリッヒ兄さん、ヘルムート兄さんも家族連れで来ており、導師も早速エリーゼが作った軽食のサンドウィッチを貪るように食べている。
「ますますただのレジャーね……」
イーナは少し呆れているようだが、こちらにはもうやることがないのだから、あとは武芸大会を楽しむしかないだろう。
「ワーレンさんは参加しないのですね」
「私ですか? まあ、勝てなくもないですよ」
謙遜口調だが、実際にワーレンさんとカチヤが戦えば、いくら彼女でも勝てないはずだ。
「参加なさらないので?」
「私は、剣の腕だけで近衛騎士団の中隊長になりましたからね。トンネル維持の人員の確保や、ましてや管理、運営なんでできませんよ」
これが、今回の武芸大会の難しさだ。
カチヤよりも強い騎士や冒険者はいないでもない。
だが、それだけでは応募しても弾かれてしまうのだ。
逆に、そういうコネや能力がある奴はカチヤに単独では勝てない。
果たして、本当に勝者が出るのか不安になってきた。
「この一週間ほどで大分強くなっているようですしね」
「えっ! わかりますか?」
「私は、カチヤ殿と面識がありますから」
近衛騎士団の任務の一つに、凄腕の冒険者の実力を探るというものがあるそうだ。
「そういう強者が暴れたりすると、通常の警備隊では鎮圧するのに犠牲が多いので騎士団の騎士が派遣されますから。誰が対応するか、事前に強者の見極めをしておくのです」
一種の治安任務として、ワーレンさんも高名な冒険者の実力はほぼ把握しているらしい。
そんな細かい仕事までしているのか……。
さすがはエリート。
「彼女、上手くなりましたね、確実に」
コロシアムの別の場所でカチヤも準備運動を兼ねたウォーミングアップをしているが、それを見たワーレンさんがすぐに彼女が強くなった事実を確信していた。
「ええと、エルたちが模擬戦闘訓練を一週間ほど」
「それでですか」
「まずいですか?」
『勝てる奴がいないと話にならないのに、強くしてしまってどうするんだよ!』と怒られるかと思ったのだ。
「いいえ。なにしろ、強くなる前でも誰も勝てそうにないですから。そもそも、一週間練習してどうにかなるって話でもないでしょうに……」
剣では一切妥協しないワーレンさんは、参加者たちの腕前をボロクソに批判する。
確かに、一週間前のカチヤでもあの連中に不覚を取るとは思えなかった。
「なにか、奇跡でも起きるといいですね」
「奇跡って、そう簡単には起きませんけど……。それも、努力を継続して重ねた者にやってくるものです」
「それもそうですね」
というわけで試合が始まったのだが、さすがに総当たりではカチヤが疲れてしまう。
そこで、まずは挑戦者を絞るための予選が行われた。
カチヤと戦えるのは八名まで、クジ引きのあとにトーナメント戦が行われたのだが……。
「ワーレン師匠(せんせい)、酷いですね」
「本来、剣の腕なんて必要ない人たちばかりだからね」
まるで、下手なダンスのような試合が展開される。
今までろくに剣など練習していないのに、一週間で達人になれるはずもない。
緊迫感の欠片もない試合が続いており……いや、本人たちは真面目にやっているのだが……とてもそういう風には見えないのだ。
「あの人は、まあまあですね」
「ハルカさん、彼が『神速』に勝てるとでも?」
「無理ですね……」
「カチヤ殿に勝てるというラインに達しないと、意味がないからね」
盛り上がらない予選が続く。
エル、ハルカ、ワーレンさんは真面目に試合を見ているが、それすら放棄している者たちがいた。
「ぷはぁーーー! 王都は帝国に比べると暖かいからな。ミズホ酒は、まだお癇をしない方がいいな」
「内乱で苦労した甲斐があるのである! いい酒のツテができたのは幸いである! 沢山仕入れておいてよかったのである!」
バウマイスター伯爵家専用のボックスシート内で、ブランタークさんは導師と共に昼から酒盛りをしていた。
ツマミも、枝豆、冷奴、冷製トマト、イカの塩辛、アジの開きなどと、今日はすべてミズホ公爵領からの輸入品だ。
帝国からの褒美は二十年ローンとなったが、その分で自由にミズホ公爵領の産品が買えるようになった。
注文、見積もり、承諾を得ると、その請求が帝国政府に行くようになったのだ。
ブランタークさんと導師はこれ幸いと、好き勝手にミズホ公爵領から多くの産品を個人輸入するようになった。
俺たちは顔パスで、よほど貴重なものでなければ自由に買える。
貴重な品でも、頼めばすぐにミズホ公爵が融通してくれた。
「フィリーネ、ああいう駄目な大人になっては駄目ですよ」
「お父様、お酒は大人になってからと、夜に適量ですね」
「そういうことです。今日は、新しいお店でケーキを買ったので一緒に食べましょう」
「はい」
ブライヒレーダー辺境伯は、初めてできた娘フィリーネを常に近くに置いて溺愛していた。
今日も、彼女と一緒にケーキを食べながら試合を見ている。
「導師様、変わった食べ物ですね」
「うむ。はるか北方の産物でな。フィリーネも食べるか?」
「はい」
それでもフィリーネは、やはり導師がお気に入りであった。
彼に話しかけ、茹でた枝豆などを貰っている。
「ミズホ公爵領産の食材は美味しいものが多いですけど、流通量が少ないから値段が高すぎていけません」
「その辺は、領地も広がったし増産を計画しているそうですよ」
「私も、そのうち挨拶に行かないと駄目ですね」
どういうわけか、俺たちのお気に入りという理由で、王都周辺や一部大貴族の領地ではミズホ食ブームが始まろうとしていた。
健康にいいと、老人や女性たちにも評判だ。
ただ、流通量が極端に少ないので、末端では恐ろしい金額になっていたのだが。
ミズホ公爵領から直に仕入れられる俺たちは、圧倒的に割安でミズホ食を楽しめるというわけだ。
「内乱で苦労してよかったのである」
バウマイスター伯爵家専用のシートでは、もうひとグループがまったく試合など見ず、遊びながら食事やお茶を楽しんでいた。
「カール、そこはビシっと! 慎重に取るんだ!」
「兄さん、指が震えている。それを抑えないと」
「それは取らないでほしいな。次はボクの順番じゃないか。これ以上は無理! 崩れる!」
俺たちは、予選試合など見ないでゲームに集中している。
アマーリエ義姉さんに会わせるために連れて来たカール、オスカーに、エーリッヒ兄さん、ヘルムート兄さんの家族と共にジェンガを囲んで遊んでいた。
エリーゼ、アマーリエ義姉さんは、お茶や食事の世話をしながらジェンガゲームの様子を見ている。
この世界に存在していなかったゲームだが、俺が領内の木工職人に指示して作らせたのだ。
「ふう……上手く抜けた」
「やったね、カール兄さん」
「次はボクか……」
「ルイーゼ、降参してもいいよ」
「降参なんてしないよ。ボクの計算では、三割の成功確率があるからね。次はヴェルだから、ここは集中して……」
尋常でないほど高さを増し、すでに大分傾いているジェンガの山を前に、ルイーゼは精神集中を始め、それから目にも止まらぬ速さでジェンガを抜き去った。
「成功だ!」
ジェンガの山はわずかに傾いたが、崩壊には至らずルイーゼは賭けに勝った。
そして最悪なことに、次は俺の番である。
「俺の計算では……一パーセントの成功もねえよ!」
「ヴェル、ジェンガを魔法で凍らせるとかは反則だよ」
「そんなことをしたら、場が盛り下がるからしないよ!」
慎重に指をプルプルさせながらジェンガを引き抜こうとするが、その前に限界を迎えたジェンガの山は崩れてしまった。
「やっぱり駄目かぁーーー!」
「ヴェルはこれで五連敗だね」
「エーリッヒ兄さん、俺が弱いのではなく、運が悪いのです」
「どちらでも、あまり嬉しくないような……」
絶対に不利にならない男エーリッヒ兄さんも、嫡男のイェルンを膝に乗せてジェンガに参加しているが、これまで一回も負けていない。
やはり、俺の運勢にはなにか特別なものがあるのであろう。
「俺の場合、単純にヴェルのあとだから負けないんだな」
まだ生まれてさほど経っていない嫡男アレクシスを膝に載せているヘルムート兄さんも、順番が俺のあとなので一回もジェンガを崩していなかった。
単純なゲームだが、多人数でやると盛り上がるので作成を依頼した木工職人の工房では量産を開始するそうだ。
真似される前に大量に売り捌くと、意気込んでいたのを思い出す。
「こういう休日もいいものだな。うちは、義父さんがまだ現役だから休みは取りやすいけど」
「私も法衣貴族でお役所勤めなので、お休みは取りやすいかな? パウル兄さんたちも来ればよかったのだけど……」
パウル兄さんは、領地がトンネル出入り口に近いので宿場町建設計画のために忙しい。
ヘルマン兄さんも、領地で生産しているハチミツ酒を特産品として本格的に売り出し始め、今は生産設備拡張のために忙しかったので、今日は欠席であった。
「そのうち、みんなで集まることもあるでしょう」
「それもそうだね」
「あの……お館様?」
公式には屋敷の侍従長扱いのアマーリエ義姉さんが、俺に話しかけてきた。
屋敷内では『ヴェル君』と呼んでいるが、ここには外の目があるので俺をお館様と呼んでいる。
「なんですか? アマーリエ義姉さん」
「試合を観戦しなくてもいいのですか?」
アマーリエ義姉さんは、懸命に戦う生まれのいい方々の試合をちゃんと観戦しないでいいのか、不安に思っているようだ。
「見る価値ないですし」
「アマーリエ義姉さん、一生懸命に観戦したからといって、カチヤさんに勝てる人が急に出るわけでもないですから」
「本音で言うと、あまり面白くない」
俺、エーリッヒ兄さん、ヘルムート兄さんの三人は、それなら子供や甥たちとゲームでもしていた方がマシだと考えていた。
「カールとオスカーには、剣術の参考になるのでは?」
二人の母親としては、そういう理由もあって、試合をちゃんと観戦した方がいいと思っているのであろう。
「カールとオスカーの剣術なら……」
俺がワーレンさんに視線を向けると、彼はこちらに気がついて話しかけてきた。
「短時間ですけど、私が少し見ますから」
「ワーレン様がですか?」
ワーレンさんの剣術指南を受けられる人間など、スケジュール的に考えてもそう多くはない。
それを知っているアマーリエ義姉さんはとても驚いていた。
「多少は融通を利かせますよ。バウマイスター伯爵殿のお願いですから」
ワーレンさんは、教えるのも上手い。
一時間ほど練習を見てから、その人が上達するのに最適な課題と訓練メニューを組んでくれる。
休みの日などは、家庭教師業で相当な額を稼いでいた。
お得意さんが大貴族家ばかりなので、これが結構お金になるのだそうだ。
「ヘボの試合を何時間も見るよりも、ワーレンさんとの一時間の訓練の方が圧倒的にためになりますから」
魔法でも同じだ。
師匠、ブランタークさん、導師からの指導はためになるが、他の魔法使いたちの魔法は、見ていてもあまり参考になることがない。
それなら、昔の魔法使いが書いた本でも読んでいた方がよっぽど勉強になるであろう。
「カールとオスカーのためにありがとうございます」
「お気になさらずに」
こういう部分はやはり母親である。
アマーリエ義姉さんは、ワーレンさんに深々と頭を下げた。
「ワーレンさん、参加者たちはどうなのです?」
「そうですね。しばらくトンネルの開通は無理じゃないですか? 陛下も参加者名簿を見て溜息をついていましたから。ああっ! そういえばインチキしていた者もいましたね」
勝てそうな代理人を自分に変装させ、替え玉出場させようとして、数名が失格になったらしい。
大学受験じゃないんだから……。
「顔が知れた大貴族の家族なのに、本気でバレないと思ったのでしょうか? 係員たちも首を傾げていましたね」
「魔道具を使ったのでは?」
「変装用の魔道具を使えば、王宮にいる魔導師たちに一発で見破られますから」
魔道具でいくら完璧に変装できても、魔法が使えない人間の周囲に常時魔力が流れている状態になる。
流れている魔力は微量でも、ある程度技量がある魔法使いなら簡単に見破ってしまうのだ。
「そういえばそうでした」
「戦えても、腕前の問題で意味がないかもしれませんが」
それから一時間ほどで、八名の予選突破者が確定した。
この八名が、順番にカチヤに挑むのだ。
だが、ワーレンさんはその中でカチヤに勝てそうな者がいないと断言する。
「勝てないとどうなるのですか?」
「さて、陛下はどのようにお考えか……」
ここまで話が拗れると、あとは陛下の決断が重要となる。
国王には一定の力があるので、みんな『まあ、陛下がそう仰るのであれば……』となるケースが多いからだ。
「八人の中に余の甥もいるのでな。できれば勝ってほしいところではあるが……」
「陛下!」
俺たちがいるシート席に、フードを深々と被った三人組みが入って来た。
お忍びの貴族が挨拶に来たのかと思ったら、なんと彼らは陛下と護衛の騎士二名であった。
今日はコロシアムに来ていないなと思っていたら、変装して俺たちのブースに紛れ込ん来るとは驚きだ。
「陛下」
「ワーレンは、今日は休暇なのだから休んでおれ。上の者が休まぬと、下の者も休めぬからの」
護衛の二名の騎士はワーレンさんの部下で、そっと彼に目礼をしてから陛下の両脇を固めた。
「陛下、お忍びですか?」
「先ほども言ったが、我が甥が出ておっての。勝ってくれればよいのだが、余が表立って応援にに行くと、妙な勘繰りや、必要もない行動を取る者がおるのでな」
陛下が自分の甥をカチヤの婿に望んでいると強く思い、オイレンベルク騎士爵家やカチヤに対し、『わざと負けるように』と圧力をかける貴族が出かねないとか、そんなところであろう。
「それを予期して、あのじゃじゃ馬は公衆の面前で武芸大会の宣言をしたのであろうからな」
こんな平和な世の中だ。
王様が下級貴族に自分の願いをゴリ押ししたなどと噂が流れると、予想以上に悪評が広がる可能性がある。
平時の王様も、これでなかなかに大変なようだ。
「さてと、試合を見るとするかの」
陛下は俺の隣の席に座ると、エリーゼが準備したミズホ公爵領産の食事を摘み始めた。
「エリーゼの調理技術もいいのであろうが、これは美味しい。王城の中で、貴族たちが噂をしておったわ」
「陛下、ここはミズホ酒を飲みませぬと」
「クリムトか。では辛口の酒を頼むぞ」
「ほう……陛下はすでにミズホ酒を?」
「酒は、余くらいの身分になると手に入りやすいのでな」
「それは羨ましい限りですな」
「そのくらいしかいいことがないのが王だがの」
陛下は導師から注がれたミズホ酒を飲み、導師も反対側の席に座って始まった試合の観戦を始めた。
「一人目は、ディンドルフ子爵家の者じゃったかの?」
「確かそうですな」
導師は、勝ち残った八名のプロフィールが記載された紙を見ながら陛下の問いに答える。
「彼はどうなのだ?」
「そこそこは強いはずですが……」
導師がその言葉を言い終わる前に、魔法で加速したカチヤに一撃で剣を弾かれて敗北してしまった。
「……一人目ですから、と言った方がいいのでしょうか?」
「そういうことにしておこうか、バウマイスター伯爵」
続けて、トイフェル伯爵家の三男、リースフェルト伯爵家の三男、グリーベル侯爵家の四男と、大物貴族のボンボンにしてはまあまあ評判がいい若者たちであったが、みんな五分と保たないでカチヤに敗れてしまった。
残念ながら、惜しいという感じでもないな。
「弱いぞ!」
「貴族! 普段は威張っているんだから、こういう時くらい頑張れよ!」
本来の武芸大会よりも圧倒的に盛り上がらない試合の連続に、観客たちからは罵声とブーイングが鳴り響いた。
不敬罪で捕まりそうな気もするが、そんな理由で平民を捕えて処罰したなどという噂が流れたら評判がガタ落ちしてしまうので、まずそれはないそうだ。
いちいち捕まえていたら、キリがないという理由もあるらしいけど。
「まるで反論できぬの」
「陛下、もっと強い候補者がいたのでは?」
「いないこともないのじゃが……」
そういう人に限って、すでに結婚している人が多いので試合に出られないそうだ。
「あのじゃじゃ馬の実家が持つ利権を考えるに、アレを正妻として受け入れるのが当たり前。そうなると、あのじゃじゃ馬に勝てそうな者の正妻を離縁なり側室に下ろす必要があるのじゃが……」
そんなことをすれば、当然正妻の実家から苦情が出てしまう。
正妻の実家だって、それなりの貴族であるケースが大半だからだ。
「八方塞がりですか……」
「だから、ヴェンデリンがカチヤを倒せば、一番すんなりと事が進むと言ったであろうに」
「ご隠居殿か……なるほど、確かにそれは正しい意見よな」
陛下は、テレーゼが漏らした独り言に感心していた。
ただ、実行するのはどうかと思いますよ。
「さすがは、元フィリップ公爵殿というべきかの?」
「陛下、妾は政争に破れて隠居した気楽な身分にすぎませぬから」
陛下がテレーゼを『ご隠居殿』と呼ぶのは、彼女がすでに現役を退いていると周囲に知らしめるためであった。
その割には、陛下に独り言のフリをして意見具申はしていたけど。
「当事者同士だとどうしても複雑に考えてしまう。一歩退くと単純明快でよい案が出てくることもあるか。ご隠居殿だからこそ出る案かもしれぬの」
「陛下、今さらそれはないでしょう」
それなら、最初にそうしてしまった方が問題が少なくて済むのだから。
「とはいえ、誰も勝者が出ぬのではの。そうだ、最後にグイードが残っておったの。我が甥の勝敗を見てから決めるとしよう」
最後の一人は、陛下の甥でグイードという青年であった。
「余の弟の息子での」
「なるほど、軍の重鎮にして剣の腕前も優れていると?」
「いや、時間があるものだから剣の練習に時間を割いておるが、ワーレンほど才能があるわけでもなし、余もあれの将来をどうしようかと悩んでおる」
「えっ? そうなんですか?」
「バウマイスター伯爵も、辺境にある騎士爵家の八男で大変だったであろうが、王族も楽ではないからの」
王族は次々と増える。
公爵家の数は決まっているし、一度創設してしまうとその公爵家の家中でしか継承権が動かない。
例外は、ヘルター公爵家のように後継者がいなかったケースのみだ。
「余の不詳の叔父は、たまたま運よくヘルター公爵家へ養子に入れたわけじゃな。もっとも、その後はあの様で家を潰したわけじゃが……」
増え続ける王族に対して、いちいち公爵家を増やしていたのでは王国の予算がいくらあっても足りない。
予算削減の圧力もあり、やらかせば公爵家でも潰されてしまうのだ。
「娘は降嫁という手段があるので、かえって楽だの」
大物貴族家からすれば、王家から嫁を貰えるのだから名誉である。
嫁ぎ先などいくらでもあるのだ……なぜか余っている人もいるけど……。
「ただ、息子はのぉ……」
下手に婿入りさせると、王家からの干渉が強くなるので嫌厭する貴族が多いらしい。
エーリッヒ兄さんとヘルムート兄さんの場合、互いが小身の貴族だったから、そう揉めずに話がついたというわけだ。
あくまでも王族よりは……と付け足しておくけど。
「一応、軍で当たり障りのない役職を与えておるがの。まあ、することもないわけじゃ」
上司も部下も接するだけで気苦労だと思うので、特にすることもなく、剣の練習だけしていたらしい。
「陛下……それって……」
「冷や飯食いだの、穀潰しだの、裏では色々と言われておるの」
陛下の返答も相当にぶっちゃけていた。
「余も人間なので可哀想だとは思うが、ここで情けをかけて公爵家を増やせば、のちに財政規律が崩れるからの。心を鬼にして、余っている王族を平民に落とすこともある。ただ、グイードは真面目で素直な青年じゃからの。伯父としてはなんとかしてやりたい」
「あんた! 王族にしては結構やるな!」
「ここで負けられないのでね!」
ワーレンさんは匙を投げていたが、グイードさんの剣の腕前はなかなかのものだ。
一番長くカチヤと戦えていた。
「やるとは思うが、あたいにも未来図があるのでね!」
そう言うのと同時に、カチヤは自身のスピードをさらに上げる。
『加速』の強さを上げたのだ。
そして、グイードさんはこれに上手く対応できなかった。
すれ違いざまに剣を弾かれてしまい、これで八人の挑戦者たちは全員が敗北してしまった。
「一人も勝てないじゃねえか!」
「弱すぎるぞ!」
観客たちは、貴族たちのあまりの不甲斐なさに大ブーイングをあげる。
カチヤに勝てる者がいなかったので、トンネルの件は再び暗礁に乗り上げた。
さて、どうしようかと思った時、突然陛下が護衛の騎士二名と共に試合会場へと入り、そこでフードを脱いだ。
「確かに余でも不甲斐ないと思うぞ! この余、ヘルムート三十七世でもな!」
突然の陛下の登場に、今までブーイングをあげていた観客が一斉に歓声をあげた。
ブーイングから一気に歓声へ。
さすがは一国の王だな。
「ここまで揉めに揉めた案件ではあるが、ならばここで余が解決策を提示しよう!」
「おおっ!」
「陛下が自らかぁ」
「どうするんだろう?」
観客に向かって、自分の決断を告げると宣言する陛下。
ある種の劇場型政治に、観客たちは興奮して歓声を強くする。
「こうなれば、もうあの男に任せようではないか! これまでに多くの功績をあげ、竜であろうが、帝国軍であろうが負け知らずのあの男に! バウマイスター伯爵!」
陛下の呼び出しに、俺は思わず試合会場へと移動してしまう。
偉い人に命令されると体が勝手に動くのは、商社マン時代からの癖が抜けきっていない証拠であろう。
「トンネルは、バウマイスター伯爵が見つけたものだ。ならば、発見者が管理をするのが筋! そしてカチヤよ」
「はい」
突然の陛下の登場にカチヤは驚いてはいたが、どうにか返事をしていた。
「オイレンベルク騎士爵家発展のためか。気持ちはわかるが、世の中はそんなに甘くない。貴族とはの、バウマイスター伯爵のような例外を除けば、何代もかけてコツコツと大きくするものだ。そなたは強いようじゃが、異才に倒されて己の今の力を知るがよい」
「バウマイスター伯爵様が?」
「みなの者! バウマイスター伯爵の魔法が楽しめるぞ!」
陛下はカチヤにそこまで言うと、最後にそう宣言して元の席に戻った。
「「「「「「「「「「陛下! 陛下! 陛下!」」」」」」」」」」
「バウマイスター伯爵様! 勝ってくれよ!」
残された俺に対し、陛下の分と合わせて多くの歓声が投げかけられた。
「勝負しないと駄目かぁ……」
「ここにきて竜殺しが相手か。悪くねえ。楽しそうじゃないか」
バトルジャンキー疑惑があるカチヤは、俺と戦えて嬉しいようだ。
まるで極上の獲物を見つけたかのような表情を浮かべながら、俺と対峙し始めた。
「八連戦して、疲れていないのか?」
「最後のグイード様以外は、全然。疲労感すらないから大丈夫さ」
「カチヤがそう言うのなら……」
「バウマイスター伯爵様、勝ちを確信して油断しないようにな」
「それは心配ないから」
一旦、お互いに距離を置いてから戦いが始まる。
さて、陛下からの指名なので負けるわけにはいかないので、油断しないように頑張らなければ。
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