第263話 結局、こういう解決方法になる(その1)

「結局、そういう結論に至りましたか……」




 発見されたトンネルの管理は、オイレンベルク騎士爵家側の希望により、他家に譲渡されることとなった。

 今回のケースでは地理的な要因により、ブライヒレーダー辺境伯家が管理することとなる。

 もし王国直轄地にすると、王家とブライヒレーダー辺境伯家が対立しているからだ、などという噂が流れてしまうからだ。

 ただまったく噛ませないわけにはいかないので、警備と管理の人員は、王国、バウマイスター伯爵家、ブライヒレーダー辺境伯家が均等に出すことになった。

 王国警備隊の経費は、バウマイスター伯爵家とブライヒレーダー辺境伯家で平等に分担する、などの条件が出されるはずだ。

 生臭い政治的なお話であり、なるほど、オイレンベルク騎士爵家の人たちは嫌がるはずだ。

 他の貴族たちと滅多に顔を合わせない彼らに、王家やブライヒレーダー辺境伯家との政治交渉など不可能なのだから。

 できる限りお上と関わらないってのは、ある意味賢い生き方でもある。

 本能でそれがわかるオイレンベルク騎士爵家の人たちって、案外賢いのかも。

 ただその代わり、ブライヒレーダー辺境伯家はオイレンベルク騎士爵家がマロイモを栽培できる代替地を用意しなければならない。

 今よりも気候、土壌の条件がよく、広い領地を用意する必要があり、ファイトさんとの婚姻を希望する貴族たちに対し、彼が政略結婚をしない理由を説明して回る必要もある。

 それで被る被害くらい、ブライヒレーダー辺境伯家に被ってもらわないと。

 それにだ。

 どう補佐しても、オイレンベルク騎士爵家の人たちにトンネルの管理なんて不可能だ。

 海千山千の貴族たちに翻弄され、トンネル関連でおかしな約束でもされると困ってしまう。

 結局、ブライヒレーダー辺境伯がなんとかするしかなかったのだ。

 

「こういう予感はしていましたけどね……」


「ここを乗り切れば、大きな利益になりますよ」


「バウマイスター伯爵はいいですよね。ローデリヒさんに任せればいいのですから……」


 うちは新興だし、まだ十七歳でしかない俺の領主としての実力など未知数である。

 だから、ローデリヒが勝手にやってくれるので楽ではあった。


「将来、傀儡にされますかね?」


「バウマイスター伯爵を傀儡に? 無理でしょう」


「俺は、貴族としての仕事をあまりしない駄目領主ですからね」


「いいえ、それは違いますね」


 ブライヒレーダー辺境伯は、俺の発言をきっぱりと否定する。


「聞けば、バウマイスター伯爵は、内乱時に参謀として事務処理などもしていたとか? あなたは、その辺の貴族よりもよっぽど頭がいいではないですか。ただ、仕事のリソースが、冒険者や魔法使いの方に割かれているだけです。敗戦知らずで巨大な武勲も持っていますし、よほどのバカでなければバウマイスター伯爵を傀儡にしようとしません。ローデリヒさんは、極めて有能な方ですしね。人格面でも信用に足る人物です」


 俺もローデリヒも、ブライヒレーダー辺境伯からえらく評価されているようだ。

 別に俺の頭がいいわけではなく、現代日本の教育制度と商社での仕事が役に立っただけだと思うけど。

 現代日本って教育レベルが高かったんだなぁ。 


「そうなんですよね。だから俺は楽ができる」


「楽というのはどうですかね? 私なら、アンデッド古代竜と属性竜とのダブルヘッダーをしたり、巨大地下遺跡で死にかけたり、一万人の軍勢と対峙したり、ヘルタニア渓谷を解放したり、内乱で主戦力になったりなんて嫌ですけど」


 改めて他人から言われると、俺たちって色々とやっているよなとは思う。

 同時に、よく生き残っているものだと。


「ようは、役割分担というわけです。バウマイスター伯爵が色々と派手に動いて、結果的にバウマイスター伯爵家が多くの利益と利権を得る。それを、ローデリヒさんが上手く運用して領地が発展する。ただ……」


「ただ、なんですか?」


「こういうやり方は、初代だからこそ通用するやり方なんですよね」


 俺の子供が魔法使いになるかどうかはわからないし、ローデリヒのような全権を持った家宰という存在は、将来は災いとなる可能性がある。

 次世代からは、色々とやり方を変える必要があるというわけだ。


「ローデリヒさんのことですから、エリーゼさんが産む予定の後継ぎには厳しい教育を施すでしょうね。あとは、自分の仕事を若い家臣たちに分割して後継者を指名、それぞれに教育を施すとか。次世代以降は、バウマイスター伯爵の後継ぎが家臣団を使って領地を運営していくわけです」


「恒久的な統治システムの構築ですか……」


「領主の権限は強いですけど、領主一人ではなにもできませんからね。おっと、話が反れましたね。トンネル利権の譲渡ですけど、それはあくまでも、オイレンベルク騎士爵家からの要望があった、というアリバイが必要なのですよ」


 オイレンベルク騎士爵家側が、『うちでは無理だから、ブライヒレーダー辺境伯家に任せます!』と、公式に白旗をあげる必要があった。

 それがないと、ブライヒレーダー辺境伯は他の貴族たちから非難を雨霰と受けることになるわけか。


「面倒な話ですね」


「貴族は本当に面倒です。王国軍を混ぜるのだって、警備隊隊長などのポストが増え、その経費を我々が負担するとなれば、利益を受ける王国も文句を言えないどころか、逆に我々を助ける必要が生じるからです。ただ、我々が王国軍が派遣する警備隊の人件費を負担するなんて面倒なことをしているのは、直接王国に金銭を納めたと、他の貴族たちに思われないためです」


「わざわざ王国軍を駐留させるのも面倒ですからね。王国に上納金を支払った方がかえって楽でしょうから……」


「王国貴族たちの大半は、上納金アレルギーなので。有事の際、貴族たちが諸侯軍を派遣するのが義務になっているのは、以前は王国に納めていた上納金の代わりである。という通達が破られないためです。みんな、おかしな前例を作って上納金復活なんて話が出てほしくないですから」


 それは聞いたことがある。

 昔の王国には、軍役と領地の規模に比例した上納金制度があったのだと。

 ただ、当時は帝国との長年に渡る戦争が続いていて、その負担の重さから一部貴族たちが、諸侯軍の引き揚げや、王国からの離脱を計画したことがあったらしい。

 その動きは上納金制度を止めることで治まったそうだが、上納金制度をブライヒレーダー辺境伯家が復活させたと言われてしまっては堪らない。

 だから、王国軍が派遣する駐留警備隊の経費負担に形を変えたわけだ。


「こういう時には、教会の方が相手が楽です。ここに巡礼所や教会を建てましょう、で済みますから」


 あとは、寄付金を多目に出しておけば済むからだ。

 よくも悪くも、教会の運営システムは洗練されている。

 『俗っぽい』の同義語でもあったが。

 

「では、オイレンベルク騎士爵領に行きますか」


 思わず長話になってしまったが、俺はブライヒレーダー辺境伯を迎えに来たのだった。

 彼を連れてオイレンベルク騎士爵領へと戻ると、過大な仕事を押しつけられずに済んだオイレンベルク卿とファイトさんの表情は明るかった。

 

「ブライヒレーダー辺境伯殿」


「飛竜やワイバーンが飛んで来ず、マロイモの栽培に適した斜面があり、他の作物も沢山作れる代替地ですね。我がブライヒレーダー辺境伯領も、リーグ大山脈に接している場所は多いですからね。探せば必ずありますよ」


「よかったぁ」


 ファイトさんは、顔を綻ばせていた。

 彼からすれば、トンネルの管理よりもマロイモの栽培なのであろう。


「すぐに新しい領地で土造りを始めませんと。ようやく土造りのノウハウを獲得しましたが、マロイモが今の甘さになるには十年はかかりますから」


「それでしたら、バウマイスター伯爵に土を運んでもらったらどうですか? その方法で、領地一つ分の畑の土を運んだこともありますしね」


「もの凄いことができるのですね。バウマイスター伯爵殿は」


 農業で一番面倒なのは、土造りである。

 なら、移転時にそれを運んでしまえというのが俺の考え方だ。

 そして、それが可能な俺をファイトさんは尊敬の眼差しで見ていた。

 これまでは怖がられてばかりだったので、初めて他の対応をされたような気が……。


「どのみち、オイレンベルク騎士爵領は大規模に工事をしないといけませんから……」


 農地と斜面を削って、トンネルに続く広い道路を作らないといけない。

 それを怠れば、トンネルに入る前に人と馬車が大渋滞を引き起こす可能性があった。

 山崩れなどの災害対策もある。

 他にも、大規模商家に向けての倉庫群、馬車の待機場、休憩所、宿泊施設、飲食店街、歓楽街など。

 トンネルの両出入り口近くに、これらの施設を大規模に作る必要があった。

 バウマイスター伯爵領側も、すでに建築家でもあるレンブラント男爵に依頼を出して、設計図を書いてもらっているところだ。

 それが出来上がれば、俺は基礎工事でしばらく働かないといけない。

 建物なども、職人が多い王都で建造させてからレンブラント男爵の『移築』で運ぶという短縮工法が、ローデリヒの考案で始まっていた。


「トンネルの管理のみならず、そういった開発も合わせると、ますますうちには無理ですね」


「そういうものを作ると、マロイモの栽培は難しいですね」


 オイレンベルク卿は自分たちの能力の限界を超えていると嘆き、ファイトさんは建設工事をすると、マロイモの畑が消えてしまうことを憂慮していた。

 ファイトさんは、ある意味ブレないな。


「今マロイモの畑がある斜面は、土砂崩れを防ぐために補強工事をしないといけません。土は持って行ってください」


「ありがとうございます」


 ブライヒレーダー辺境伯からの好意に、ファイトさんがお礼を述べた。

 最初は色々とあったが、これでようやく難題が解決した。

 よかったよかったとみんなで喜んでいた時に、再びの難題が突然訪れてしまう。

 突然、バタンとオイレンベルク騎士爵家邸の玄関ドアが勢いよく開き、一人の人物が飛び込んできたのだ。


「親父! 兄貴! 正気か! オイレンベルク騎士爵家大躍進のチャンスなのに、なに嬉しそうに、人様に金の卵を譲ってんだよ!」


「「カチヤ?」」


 飛び込んできたのは、俺たちとそう年が違わないように見える少女であった。

 男勝りの口調なのでどんなに逞しい女性なのかと思えば、身長は百五十五センチほどしかなく、黒に近い茶髪をツインテールにして膝下まで伸ばしている。

 顔も、まるで人形のように整った美少女であった。

 

「カチヤ、随分と早い里帰りだね。予定では来月だと」


「カチヤ、前に渡した干しマロイモが足りなくなったのかい?」


「それはまだもう少し余裕が……って! 違うよ! 実家がこんな状態だって噂だから、急いで帰って来たんだよ!」


 カチヤという少女はその口調からは想像できないが、家族仲もよく、定期的に実家にも帰省しているようだ。

 ファイトさんから干しマロイモのことを聞かれて素直に答えているので、意外といい娘なのかもしれない。

 しかし、干しマロイモか……。

 これはとんだ盲点だったな、必ず帰りに買って帰らないと。


「オイレンベルク卿、私の勉強不足で申しないのですが、こちらのお嬢さんは?」


「娘のカチヤです。ファイトの妹になります」


「娘さんですか……」


 ブライヒレーダー辺境伯は、自分の寄子なのにオイレンベルク騎士爵家に娘がいることを知らなかったようだ。

 ただ一つ弁解させてもらうと、それを知っている他の貴族が一人もなかったので、みんな同罪だとは思うのだけど。


「カチヤさんは、外で働いていらっしゃるのですか?」


「おうよ、冒険者としてな」


 冒険者だからか、本人の気質なのか?

 カチヤは、相手がブライヒレーダー辺境伯でも口調を変えなかった。


「カチヤ、そちらの方は……」


「ブライヒレーダー辺境伯様だろう? 生憎と、今のあたいは冒険者だからな」


「別に構いませんよ」


 ブライヒレーダー辺境伯は、彼女の口調を気にしていなかった。

 確かにカチヤは、一目で冒険者だとわかる格好をしている。

 彼女はスピード重視の剣士のようだ。

 白いタンクトップとデニム地に似た短パン、防御力を補強したブーツと、その上から薄手の防御用の手甲、胸部用のプロテクター、あとはなぜか鉢金(はちがね)もしていた。

 ミズホ公爵領から輸入でもしたのであろうか?

 武器は、細身の長い剣を背中に二本挿しているようだ。

 鞘についたベルトが、前側で十字にクロスしていた。


「あれはサーベルだな」


「サーベルかぁ……」


 剣の収集を趣味にしているエルが、カチヤが装備する二本の剣がサーベルであることを教えてくれる。


「サーベルって珍しいのか?」


「一応剣の一種だから、貴族が使っても問題ないけど、なぜか人気がなくて一段下に見られるな」


 通常の剣のように、重厚さがないからだと言われているそうだ。

 重厚感のあるサーベルもあると思うのだが、とにかく剣よりも一段低く見られるので、貴族で使っている人が極端に少ないらしい。


「似たような扱いの剣に、エストックもあるな。細くて突きが主体だから、卑怯に思われるんだよな」


 そのせいで、貴族で使っている者はほとんどいないそうだ。

 確かに、王都でサーベルとエストックを挿している貴族をあまり見たことがないし、武芸大会でも使っている人も少なかった。 


「確かにあの双剣は、軽量化重視なんだろうな」


 日本刀は違う形の、斬るを重視する剣の形というわけだ。

 カチヤは女性だからか、その戦闘方法は軽量化された防具を見るに、スピード重視タイプに見える。


「あとは、腰の部分を見てみろ」


「短剣? ナイフ?」


 腰のベルトに、小さな投擲用の小剣が十本ほど挿してあった。


「スピード重視の戦闘をするから、遠方から投擲して接近するんだ」


 小さなナイフでも、無視すれば自分に刺さってしまう。

 特に顔を狙われることが多いので、対戦相手はみんな顔を狙って飛んでくるナイフを剣で弾くという動作を強要される。

 それでできた隙を突いて、接近を図るのだそうだ。

 運よくナイフが体のどこかを傷つければ、相手の戦闘力を落とせてますます有利になるのか。


「なるほどな」


 エルの解説に、俺は納得した。

 さすがは、剣の才能をワーレンさんに認められているだけのことはある。


「ヴェンデリンさん」


 カタリーナが、俺のローブを引っ張った。

 彼女の言わんとしていることはわかる。

 それは、彼女が魔力持ちだという事実だ。

 わずかに中級には届いていないが、その魔力を剣の腕前に上乗せすれば、相当に強いはず。


「ちっ、冒険者ギルドで情報を集めないとな」


 ブランタークさんが、カチヤを見て舌打ちする。

 もしかすると、高名な冒険者かもしれないからだ。

 冒険者の情報は防犯上の理由でなるべく秘密にされているが、ブランタークさんなら知己の幹部などから入手可能である。

 『蛇の道は蛇』というわけだ。


「バウマイスター伯爵様の子分たちか? 実戦経験有るって感じだな」


「大体合っているけど、子分じゃなくて家臣と呼んでほしいな」


「子分って……私は妻ですけど」


「俺は、一応師匠の一人でもあるな」


「すまないね、あたいは冒険者なんだ。多少の口の悪さは勘弁してくれないか」


 別に、エルたちも気にしているわけでもない。

 ただ言っただけであろう。

 エルとブランタークさんは、カチヤに女性としては興味ないといった感じだ。

 カチヤは見た目は美少女であったが、それはハルカも同じだし、内面もミズホナデシコの鑑だとあのシスコン兄貴が褒めているくらいなのだから。

 ブランタークさんも、奥さんの方が好みであろう。

 この人は、意外にもおしとやかな女性が好きだから。

 

「それで、カチヤさんはなにが不満なのでしょうか?」


「なにがって……トンネルの利権は、誰がどう見てもオイレンベルク騎士爵家のものじゃないか! それを寄親だか王国だか知らないが、力技で強引に奪い取るなんて!」


「ですからねぇ……」


 どおりで、ブライヒレーダー辺境伯が最初は断ったわけだ。

 この世界にはニュースやネットなど存在しないから、トンネルの利権が零細貴族であるオイレンベルク騎士爵家のものであるという噂が流れると、ブライヒレーダー辺境伯家が取り上げるのではないかという憶測が勝手に広がる。

 カチヤがそれを心配して戻ってみれば、自分の父親と兄が噂どおりトンネル利権をブライヒレーダー辺境伯家に譲る相談をしていた。

 慌てて怒鳴り込んだというのが真相であろう。


「ただ無責任に、通行料だけ取ってウハウハじゃないんですよ」


「そんなことはわかっているさ!」


「本当にですか?」


「おおっ!」


 トンネルが人との物の流れを加速させる以上、負の案件も増える。

 違法な薬物や犯罪者などの移動も増えるのだ。

 他にも、トンネルはブライヒレーダー辺境伯領とバウマイスター伯爵領を結ぶ重要なインフラとなる。

 帝国とは講和を結んだとはいえ、また戦争になればここを塞ぐ破壊工作が行われる可能性がある。

 敗死したニュルンベルク公爵一派の残党が、王国と帝国を争わせてその隙に再起を目論むため、トンネルをテロの標的にする可能性もあった。


「だから、王国警備隊も混じっているのです。彼らがいるにしても、バウマイスター伯爵家側に権利がある魔導灯管理室などを除くトンネルの半分を、責任を持って警備、管理しないといけない。相応の手間もかかるのですよ」


「それは、オイレンベルク騎士爵家で用意すれば……」


「それができないから、こういう結論に至ったのですけどね。他にもあります」


 出入り口付近の道や、利用者のための周辺設備の整備もある。

 利用者の身分や、持ち込む荷などをチェックする税関的な施設の運用も必要であった。


「多額のお金と、人材、ノウハウが必要です。出入り口が、バウマイスター伯爵領側が順調なのに、オイレンベルク騎士爵領側がいつも渋滞では困ります。もしそうなると、王国から職務怠慢で領地を奪われますよ」


「ううっ!」


 ブライヒレーダー辺境伯からの鋭い指摘に、カチヤはタジタジとなってしまう。


「それでも兄貴が……オイレンベルク騎士爵家が管理する方法だって……」


「ないこともないですね」


「あるじゃないか」


 方法があると知って、カチヤの顔に笑みが戻った。


「それは、ファイト殿がこのお見合い話を受け入れることです」


 ブライヒレーダー辺境伯は、机の上に積まれた大量の見合い写真を指さした。


「資金、人材、ノウハウを持っている子爵家以上が多いですね。ファイト殿の奥方と一緒に、その実家から資金と人材が送り込まれて彼らがトンネルを維持します。看板はオイレンベルク騎士爵家ですけど、その実態は奥さんの実家に乗っ取られたというわけです」


 実家が乗っ取られる。

 その可能性に、カチヤは苦い表情を浮かべた。


「ブライヒレーダー辺境伯家としては嫌な状況ですが、我慢はできます。王国軍も駐留するから変なことにはならないでしょうし、奥方の実家側も妙なことはしないはずです。なにしろ、オイレンベルク騎士爵領はブライヒレーダー辺境伯領に囲まれていますから」


 彼らはトンネルの利権が欲しいのであって、ブライヒレーダー辺境伯家の利権に嘴を突っ込みたいわけではない。

 無用な衝突や対立は避けたいと願うはず。


「ちなみに、ファイト殿に奥方を送り込むという案では、我らブライヒレーダー辺境伯家が圧倒的に有利です。なにしろ、オイレンベルク騎士爵家はブライヒレーダー辺境伯家の寄子ですから」


 寄親が寄子の跡取りに奥さんを紹介すると言えば、他の貴族たちは黙るしかない。

 その結果、ブライヒレーダー辺境伯家の縁戚か、仲がいい寄子から資金と人材が入ってきて、実質オイレンベルク騎士爵家は乗っ取られるというわけだ。


「世間からの評判が悪くなるので避けたい方法なんですけど、もしファイト殿が他の貴族家から奥さんを迎え入れると決意するならば、その策を強行することも考えました。結果は、オイレンベルク卿とファイト殿が堅実で、最良の選択をしてくれたのでよかったですけど」


 こういう事情を聞くと、ますますトンネルの管理をオイレンベルク騎士爵家が単独で行うのは困難だと感じてしまった。

 

「一言で言えば、身の丈にあった選択をですな」


「それもありますし、トンネル周辺の工事をすると大半の農地を潰さないと駄目ですから……」


「兄貴! そんな儲からない農業よりもトンネル管理だろうが!」


「農業は人の基本だよ。人は食べないと生きていけないのだから。それに、カチヤもマロイモが好きでしょう? 帰郷の際には、必ず大量の干し芋を持って帰るし」


「マロイモなら、トンネル管理で儲かったら他に農地を買えばいいだろうが!」


 農業とマロイモ栽培で細く長くが基本の兄に、トンネルで管理でオイレンベルク騎士爵家の躍進をと考える妹。

 実家に残っている兄は保守的で、実家を出た妹は新しいことに挑戦していきたい、みたいな感じであろうか?

 考え方の違いかぁ……。

 

「カチヤさん、残念ながらそれはできません」


「周囲は全部、ブライヒレーダー辺境伯領だからか?」


「それもありますけど、貴族同士での土地の取引きは王国から禁止されていますから」


「そうなのか?」


「えっ? 知らなかったのですか?」


「ううっ……」


 それはそうだ。

 勝手に土地が売買されて領地が増えたり減ったりすれば、貴族を管理する王国側としても堪らないのだから。

 騎士爵領が、土地の買収でいつの間にか伯爵領規模なったりすれば、王国の貴族管理政策において重大な支障が出てしまうはず。


「勝手に土地なんて売ったら、王国から罰せられてしまいますから」


「土地の交換はいいのかよ!」


「それは王国が許可しますから」


 貴族法を制定、運用している王国が許可をすれば、法に触れる行為も例外として黙認……王国が許可すれば合法になるわけだ。


「畜生! ずるいぞ!」


「ずるいって……これは、オイレンベルク卿とファイト殿が現実を見て判断した決断でして、最善に近いと思うのですが……」


「親父! 兄貴! ここは踏ん張れよ! 上手くやれば、男爵どころか子爵にもなれるぞ! ここで諦めてどうするんだよ!」


 ブライヒレーダー辺境伯に論破されてしまったカチヤは、今度は矛先を父親と兄に変えて二人に気合を入れようとした。

 理論的に論破されたので、感情に訴える作戦に出たようだ。


「エリーゼ、これは、故郷を失う悲しさから意固地になっているのかな?」


 俺は、カチヤが感情的なのは故郷を失うからだと思っており、その正否をエリーゼに尋ねてみた。


「トンネルの管理ができれば、オイレンベルク騎士爵家は躍進する。自分は家を出ている人間だけど、実家が躍進してくれれば嬉しい。こんなところだと思います」


「また面倒な……」


 カチヤが出てこなければ、話は解決していたのに。

 俺は、運命の神を呪ってしまった。


「兄貴が嫁を迎えると駄目なんだろう? だったらあたいが婿を取って、そいつを責任者にしてトンネル関連の仕事を任せようぜ」


「(なぜそうなる……)」


 俺は小声で、カチヤの意味不明な判断を愚痴った。

 そんな変則技を使っても、オイレンベルク騎士爵家が傀儡化する事実に変化はないというのに……。

 それを聞いたブライヒレーダー辺境伯も、露骨に顔を顰めさせた。

 机上の空論どころではないからだ。


「貴族の娘としての立ち位置に戻る。おかしくはないのよね……」


 イーナの言うとおりではある。

 どこかの貴族に嫁ぐべきであったカチヤは、オイレンベルク騎士爵家の特殊性により、家を出て冒険者になるという自由な行動ができた。

 それが、本来の立ち位置に戻るだけなのだから。


「というわけで、あたいに有能でオイレンベルク家のために頑張る婿を紹介してくれ。寄親のブライヒレーダー辺境伯様」


「なっ!」


 いきなりわけのわからないお願いをされて、ブライヒレーダー辺境伯は激しく混乱した。

 俺も元の木阿弥かと思うと、体の力が抜けてしまいそうだ。


「エリーゼ……」


「あなた、大丈夫ですか?」


「余計な仕事が増えたよなぁ……」


「帰ったら、マロイモを食べましょうね」


「そうだな」


 カチヤの見当違いな策のために、トンネルを巡る情勢は、ますます混乱していくこととなる。

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