第259話 トンネル騒動(前編)

「アーネスト・ブリッツ、レポートの作成と資料の分析は順調か?」


「バウマイスター伯爵であるか? 極めて順調であるな」


「それはよかった」


「じきに、バウマイスター伯爵領内の発掘も始めるのであるな」




 フィリーネを、父親であるブライヒレーダー辺境伯と会わせてから一週間。

 すでに俺たちは、普段の生活に戻っていた。

 魔の森での狩猟と採取と、領内の土木工事を交替でこなす日々の再開である。

 俺による基礎工事待ちの場所も多く、おかげでまたローデリヒに扱き使われる日々が続いていた。

 そんな日々の中で、領主館の一室に軟禁している魔族アーネストの様子を見に行く。

 軟禁とはいってもその気になればすぐに逃走可能なわけだが、彼は今の生活環境に満足しているようで、逃げずに自分のやりたいことをやっていた。

 天才にありがちな、恐ろしくマイペースな性格をしているのであろう。


「バウマイスター伯爵からの情報提供により、発掘地点の特定も順調なのであるな」


 アーネストが机の上に広げているバウマイスター伯爵領の地図には、多くの×印が付いていた。

 そこが、地下遺跡の位置なのであろう。


「バウマイスター伯爵領内のものは、大半が未発掘であるな。当たり前ではあるが」


 もう一枚、他の王国領域と帝国の地図にも大量の×印が付いているが、こちらは発掘済みのものが多い。

 未発掘遺跡の大半は魔物の領域内にあり、中には山頂や海底にあるものまであった。

 人が行けないからこそ、未発掘なのは当たり前なのだけど。


「バウマイスター伯爵領以外の未発掘遺跡の位置は、両国に伝えてあるが構わないな?」


「我が輩を、バウマイスター伯爵領に置く条件の一つであるな」


「そういうことだ」


 やはり、このアーネスト・ブリッツという魔族は頭がいい。

 役立つ情報は持っているが危険物である彼を俺が預かる件に対して、王国と帝国が極秘裏に出した条件について察しているようだ。

 両国内の、未発掘遺跡の位置を彼が情報提供する。

 そこを両国の中央政府が主導で発掘を行って発掘品を独占できれば、中央政府の力の強化に役に立つという寸法だ。

 お礼に、やらかしたアーネストの件は不問にするわけだ。

 そもそも両国は、密入国者扱いの彼の存在を公式に認めていないのだけど。

 

「バウマイスター伯爵領以外の未発掘遺跡に興味はないのか?」


「その気になれば、いつでも調査可能であるな。他の土地の地下遺跡はニュルンベルク公爵領内の遺跡と傾向が似ていて、アキツシマ共和国系列であるバウマイスター伯爵領内の地下遺跡の方が、変った出土品が得られるはずで、とても楽しみなのであるな」

 

 アーネストは、地下遺跡の造りや発掘品の調査が目的であって、あまり発掘品の所有欲を持っていない。

 調査と報告書が書ければ満足で、こういう人を学者バカというのかもしれない。


「バウマイスター伯爵領内には変わった地下遺跡が多いことは、話に聞いた魔の森の地下遺跡の件から見ても確実なのであるな。たとえば、カプチラス山脈を貫く、古代魔法文明時代の土木技術の粋を集めた大縦貫トンネルなどがあるのであるな」


「トンネル? そんなものがあるのか?」


 その前に、カプチラス山脈という山脈名に聞き覚えがなかった。


「カプチラス山脈は、古代魔法文明時代の呼び方であるな。今は、リーグ大山脈であるな。発掘作業第一号は、この大縦貫トンネルであるな」


「あんなところに、トンネルがねぇ……」


「一万年以上も昔のものなので、埋まってしまっているのであるな」


「だろうなぁ」


「バウマイスター伯爵の魔法に期待なのであるな」


「お前も掘れよ」


「それは当然なのであるな」


 マイペースな魔族からの提案により、最初の発掘作業は、リーグ大山脈にあるという縦貫トンネルの探索に決まったのであった。






「えっ? うちの領地の近くにそんなものがあるのか?」


「らしいですよ」


「らしいってねぇ……」




 早速俺たちは、耳を隠したアーネストを連れて、古代魔法文明時代に掘られたという大縦貫トンネルの発掘に向かった。

 その場所は、パウル兄さんの領地からそれほど遠くない場所にある山脈の麓だとアーネストは言う。

 パウル兄さんのバウマイスター準男爵領に顔を出すと、領地の開発は順調に進んでおり、大分人口も増えていた。

 出迎えたパウル兄さんの傍らには、彼の家臣となった警備隊の元同僚たちが一緒にいた。


「トンネルの痕跡なんてあったかな?」


「残念なことにうちの領内ではないし、一万年以上も昔のものだと聞く。埋まっていてはわからなくて当然だ」


 パウル兄さんを守るように、バウマイスター準男爵家の従士長になったオットマーさんと、警護隊長兼剣術指南役のジークハルトさんもいた。

 

「とはいえ、近くではあります。もしトンネルが使えるものだとすれば、我らバウマイスター準男爵領飛躍のチャンスです」


 商家の出であるルーディさんは、執事兼財政なども見ているそうだ。

 やはり田舎なので、セバスチャンのように執事服は着ていなかったが。


「チャンス?」


「お館様、もしそのトンネルが使えれば、魔導飛行船よりは少し時間がかかりますが、安い経費で物資と人の移動が可能になります。出口付近にあるうちとしましては……」


「休憩、宿泊施設の運営で利益が出そうだな」

 

 この領地はトンネルに近いので、ドライブインのような施設を運営すれば儲かるかもしれない。

 ルーディさんからの提案に、パウル兄さんはかなり期待しているようだ。 


「本当に見つかるかとか、見つかっても使用可能なのかという課題もありますけど。あれ? ゴットハルトさんは?」


「あいつは、今開墾作業の指揮を執っている」


「意外な人選ですね」


 前に会った印象では、武芸の方が得意で、さらに口調もぶっきら棒なため、領民たちを指揮するのに向いていないような気がしたからだ。


「あいつ。ああ見えて、俺たちの中で一番のインテリだからな」


 孫でも子爵家の出なので、高度な教育を受けている。

 闊達に喋る方ではないが、なぜか領民たちは怖がらずに効率よく仕事をこなすらしい。


「意外と人を使うのが上手いんだよな。見た感じだと、ボソっと最低限の指示を出しているだけのように見えるけど」


「あれこれ喋る人よりも、やることがわかりやすいとか?」


「かもしれないな。ヴェル、そのトンネル発掘の前に父上と母上に会って行け」


「はい」


「あと……。アマーリエ義姉さんとか、カールたちも……」


 パウル兄さんは、一瞬だけエリーゼたちに視線を送ってからついでのように言った。

 まあ、アマーリエ義姉さんに関しては、色々と忙しかったのもあってまだ会いに行っていないのだけど。


「帝国で買ったお土産もありますから」


「内乱に巻き込まれて大変だったのに、すまないな」


 その後は、パウル兄さんの案内で前に完成した屋敷へと向かう。

 将来のことを考えて、かなり大き目に作ってある屋敷の前庭では、父が甥のカールとオスカーに剣の稽古をつけていた。

 一年と少しぶりであったが、子供の成長は早い。

 二人の甥たちは、前に会った時よりも大分背が伸びていた。


「父上、カール、オスカー」


「ヴェンデリンか、よく来たな」


「ヴェンデリン叔父さん! 帝国でのお話を聞かせてください」


「戦争で大活躍したって本当ですか? 僕もお話を聞きたいです」


 二人の甥たちにとっては、どう取り繕っても俺は父親の仇でしかない。

 それでもこうして慕われている分、少し気分が楽であった。

 アマーリエ義姉さんに感謝しないといけないのであろう。


「カール、オスカー、それは後でな。バウマイスター伯爵殿は忙しいのだから」


 父が気を使ってくれたようだ。 

 貴族は、戦争になれば剣を振るって戦わなければいけない。

 だが、二人はまだ子供だ。

 子供は遠い場所で起こった戦争の話を聞くのが大好きだ。

 それをよくないと言う人は日本に多かったが、子供はテレビで戦車や戦闘機が映れば格好いいと思うし、自衛隊の基地祭は親子連れで賑わっていたりする。

 自分が被害を受けていない勝った戦争のお話など、大人でも大好きな人が多いのだから。

 自分の目であの死体の山を見なければ、大半の人たちはそんなものだ。


「カールもオスカーもすまないな。帝国のお土産を買ってきたから、お話はまた次にな」


「「ありがとうございます」」


 二人にお土産を渡すと、父が彼らを部屋の外に出す。

 それとほぼ同時に、ティーセットを持ったアマーリエ義姉さんが入ってきた。

 

「お久しぶりです、バウマイスター伯爵様」


「お久しぶりです、アマーリエ義姉さん」


 白々しい挨拶だが、本当に久しぶりなのも事実だ。

 一年ぶりだが、彼女はあまり変わっていないように見える。


「エリーゼ様たちも、帝国では大変だったそうで」


 アマーリエ義姉さんは、エリーゼの前に茶を出しながらさり気なく声をかけた。

 俺からすると、少しヒヤヒヤものだ。


「大変でしたけど、夫と苦難を共にするのも妻の務めですので」


「旦那様との絆も深まったと思います」


「それはあるかも」


「どこでも、私はヴェル様について行くから問題ない」


「おかげで、こうして戻って来ても仲良く一緒に行動していますわ」

 

 エリーゼの発言を皮切りに、イーナたちも笑顔でアマーリエ義姉さんに返答した。

 間髪入れずに連続で返答して、アマーリエ義姉さんに対抗しているような……。


「仲がよくて、羨ましい限りです」


 同じく笑顔で答えるアマーリエ義姉さんに、俺の胃が痛くなってきた。

 エリーゼたちからすれば、アマーリエ義姉さんはいまだに俺と関係を続ける目障りな女でしかない。

 だが、そういう感情をおくびにも出さず、この場合は出した方が負けだと思っているのであろう。

 アマーリエ義姉さんの方も上手く受け流しており、本当に女性とは逞しいと思ってしまう。

 だが、俺には見える。

 女性たちが飛ばす火花のようなものを。

 唯一、俺だけがハラハラしていた。


「あっ、このお茶菓子美味しい」


「発掘の前に、適度な糖分の補給は大切なのであるな」


 そんな事情を知っているエルは、巻き込まれたくないので、出されたお菓子に夢中である。

 これから発掘するトンネルにしか興味がないアーネストも、俺を無視してお茶菓子を食べながらマテ茶を飲んでいた。


「おほんっ! そういえば、今日は仕事だとか?」


 俺とアマーリエ義姉さんをくっつけた共犯である父は、自分も気まずいのであろう、パウル兄さんに視線を送りながら話題を変えた。


「昔のトンネルの発掘だってさ」


 パウル兄さんは、父たちに今日俺たちがここに来た最大の理由を説明した。


「大昔のトンネルか……。私は素人なのでよくわからないのだが、そんな大昔のトンネルが崩れずに残っているものなのか?」


 実は、その疑問は俺も感じていた。

 なにしろ、一万年以上も昔のトンネルなのだから。

 

「もし残っていたとしても、いつ崩れるかわからないトンネルなど、誰も使わないのではないか? 危ないからな」


 父の意見に、みんなが納得したような表情を浮かべる。

 確かに一万年以上の昔のトンネルだと、経年劣化による崩壊が危ぶまれるところだ。


「どうなんだ? アーネスト」


「ヴェンデリン、彼は?」


「帝国で知り合った考古学者です。これからバウマイスター伯爵領内での発掘作業を任せる責任者です」


「なるほどな。地下遺跡は、当たりを引くと金になると聞くからな」


 領内にそんな素晴らしいものがあるのであれば、領主はそれを発掘して当たり前。

 父はそのように感じたようだ。

 アーネストの変装も完璧で、彼を魔族だとは思っていないようだ。


「普通のトンネルでは絶対に崩壊しているのであるが、これから探すトンネルに関しては特別なのであるな」


 アーネストは、一枚の古いチラシのようなものを俺たちに見せる。


「古い紙だな……。チラシ?」


「正確には、古代魔法文明時代の政府広報であるな」


 一万年以上も昔の紙が残っているというのが凄い。

 魔族の国に残っていたのであろうか?


「これによると、『カプチラス山脈を貫き、安価に大量に人と物資を送ることが可能になる、大縦貫トンネル』とあるのであるな。古代魔法文明時代で一番有名な魔道具職人のみならず、その他の分野でも高名であるイシュルバーグ伯爵と、古代魔法文明時代の中心国家に劣らない技術力を持つ、現バウマイスター伯爵領に存在したアキツシマ共和国。双方が人と金と技術を用いて掘られたトンネルであるので、一万年くらいでは崩れないのであるな。入り口が埋まっているので、それを探す方が困難であるな」


「イシュルバーグ伯爵って、冒険者デビュー戦で散々な目に遭ったあの地下遺跡の持ち主だよな?」


「ああ」


 さすがにエルは覚えていたようだ。

 あの地下遺跡は最低でも数千年前のものなのに、その施設はまったく劣化していなかった。

 使われていた『状態保存』が、とても優れていたからだ。

 もしそのレベルの『状態保存』がトンネルに使ってあれば、土砂をどければすぐに使用可能になる可能性が高い。

 バウマイスター伯爵領に、大きな富をもたらす存在であろう。


「当然、情報提供をした我が輩の調査が先であるな」


「それはわかってるさ」


 こういう時にも釘を刺すのを忘れないアーネストは、さすがはニュルンベルク公爵と組めるだけはある。

 とにかくいい度胸をしているのだ。


「一日で見つかるかどうかわからないので、泊めてください」


「それはいいが、そんなに大きなトンネルが一日で見つからないのか?」


「ご尊父、大体の位置は古代魔法文明時代の地図に記載されているのであるが、なにしろ一万年も経っているのであるな。地形の変動などで、想定よりも大分ズレた場所にある可能性もあるのであるな」


「面倒なのだな」


 父からしばらく泊めてもらう許可を得てから、俺たちは地図の現場に向けて出発することにしたのだが……。


「これがアクセルで、ブレーキ、ギア……。サイドブレーキってなんに使うんだ?」


 多少距離があるし、まだ『瞬間移動』では行けないので、現地へは前に発掘した魔導四輪で行くことにした。

 燃料ではなくて魔力で動く車であったが、操作マニュアルを見ながら、エルが試し運転をしている。

 この世界では運転免許もクソもないし、どうせここは誰もいない草原だ。

 間違って轢いてしまっても動物なので、いきなり動かして運転を覚えても構わないであろう。

 幸いというか、エルは運動神経がいいのですぐに運転が上手くなった。

 俺も前世では運転免許持ちであったし、空白期間があってペーパードライバー状態であったが、少し練習したら普通に運転できるようになった。

 意外と体が覚えているものだ。

 もう少し練習しないと、現代日本の道路を走れるとは思えないが。


「ボクも覚えたい」


「順番に練習していこう」


「昔の人って、便利なものを作っていたんだね」


 便利といえば便利かもしれないが、車はちゃんと道を整備していないと案外使い勝手が悪かったりする。

 幸いにして、魔の森の地下で発掘された車両類の多くが、悪路で使用するのが前提であるジープや大型トラックに似たものが大半だった。

 普通の車しかなかったら、悪路に次ぐ悪路で使えなかったかもしれない。


「ヴェル、便利だけど酔うねぇ……」


 アーネストが指定するポイントはリーグ大山脈の麓で、ほぼ手つかずの無人地帯なので、魔導四輪を走らせると恐ろしく揺れる。

 ルイーゼですら乗り物酔いで気持ち悪そうなので、他の人たちは言うまでもなかった。


「一万年の時の流れは残酷であるな。大陸で一、二を争う発展を遂げていた場所が、手付かずの大自然であるな」


 アーネストは車酔いとは無縁で、一人レポートの作成に勤しんでいた。


「アーネストさん、よく酔いませんわね……」


 一番酷い車酔いに襲われているカタリーナは、まったく車酔いしないアーネストに驚いていた。


「我が輩も、子供の頃は乗り物酔いが酷かったのであるな。今は大丈夫なのであるな」


 このアーネスト、あまり自分の故郷の話をしないのだが、たまに断片的な情報が手に入る。

 魔族の国では、魔導四輪が当たり前のように普及しているようだ。


「魔族の国では、酔っている人はどうするのですか?」


「市販されている酔い止めを飲むのであるな。必要であるかな?」


「持っているのでしたら、先に渡してほしかったですわ……」


 カタリーナの要請に従ってアーネストがみんなに酔い止めを渡し、それを飲むと全員が乗り物酔いから解放された。

 これも魔法薬のはずだが、市販されているなんて……。

 魔族の国の技術は進んでいるのだな。

 もう一台、エルが運転している魔導四輪に乗り込んでいるメンバーにも酔い止めを渡した。


「ヴェンデリンさんは酔っていないようですわね」


「運転しているから?」


 前世では、子供の頃は乗り物酔いが酷かった記憶がある。

 それなのに、車の運転免許を取って自分で運転すると酔わなくなるから不思議なものだ。


「到着したのであるな」


 予定ポイントには二十分ほどで到着するが、現場はただの山の斜面であった。

 木々も大量に生えており、とてもこの下に古代魔法文明時代のトンネルがあるとは思えない。

 一万年も経っているので、完全に山の下に埋まってしまったのであろう。


「大体この位置というのはわかるのであるが、正確にどこと言われると困るのであるな」


「この辺りを、すべて掘ってみるしかないのか……」


 ある程度位置を特定できるだけ、他の冒険者や考古学者よりもマシだ。

 そう思いながら作業を開始する。

 ただ、無暗に魔法で土砂を吹き飛ばせばいいというわけではない。

 まずは、斜面に大量に生えている木々を『ウィンドカッター』で切り倒し、魔法の袋に回収していく。


「木材や薪の材料にはなるか……」


 続けて、岩や土砂なども削り取って回収していく。

 

「ヴェンデリンさん、もっと一度に大量に行いませんか?」


「いや、それをすると下のトンネルが傷つくかもしれないから」


 大学時代の友人に考古学を専攻していた奴がいたが、発掘で重機を使う時には慎重に行わないと駄目だそうだ。

 面倒臭がって一度に大量に掘ると、せっかくの遺構遺跡や出土品が壊れてしまい、『貴重な資料が!』ということになりかねない。

 目標がトンネルなので、木のヘラで慎重に土を剥ぐ作業をしないだけマシかもしれない。


「地味だな」


「エルたちは地味じゃなくていいよな」


 トンネル探しは、俺、カタリーナ、アーネストが魔法で行い、エルたちはたまにこちらにやってくる飛竜とワイバーンの相手をしていた。

 リーグ大山脈は準魔物の領域ともいうべき場所で、麓で人間が騒いでいれば、餌だと思ってやってくる飛竜とワイバーンもいたからだ。

 他の領域に比べると分布に粗があるが、やはりここは魔物の領域である。

 危険な山道や、安全でも運賃が高い魔導飛行船以外の移動方法も整備しておくべきであろう。


「トンネルができて、それをバウマイスター伯爵家が所有すれば儲かる」


 ヴィルマの言うとおりである。

 人は、利益がないとなかなか動かない生き物であった。


「そして我が輩は認められ、ますます発掘と調査、研究に集中できるのであるな」


 俺は、便利なトンネルとそこから上がる利益のために。

 アーネストは、さらなる発掘作業を俺から認めてもらうため、こうして懸命に発掘を行っているのだ。


「あなた、残土も回収ですか?」


「ローデリヒなら、なにかしら使い道を見つけるだろう」


 前に、埋め立てをしたい場所があると言っていたような記憶が……。

 そこに持って行って埋め立ててしまえば、無駄な土砂も残らない。

 下手な場所に積んでおいて、それが雨でぬかるんで土砂崩れにでもなったら人災になってしまうのだから。


「うーーーん、ここも外れであるな」


 夕暮れまでにかなりの範囲を掘ってみたが、肝心のトンネルが見つからなかった。

 あとは明日にしようと、『瞬間移動』でバウマイスター準男爵領へと飛んだ。

 魔導四輪を使わなかったのは、みんな、間違いなく悪路のせいである乗り物酔いが嫌だったからだ。

 場所を把握しながら一度来ているので、明日からは『瞬間移動』で飛んで来れるようになったから問題ない。

 せっかく便利な乗り物なのに、インフラ整備が行われていないため、嫌われることもあるのだと俺は知った。

 乗り物酔いは苦痛だからなぁ。

 他にも、盗難にどう対処するかという問題もある。

 無警戒で現場に置いておくと、魔法の袋で盗まれるなんて普通にあり得るのだから。


「なかなか見つからないものなのだな」


「大体の位置の範囲が広いですからね……」


 俺たちはバウマイスター準男爵領に戻り、父たちと夕食をとる。

 さすがにメニューは大分改善されており、他家と遜色ない内容になっていた。

 俺は、父と今日の発掘作業について話を続ける。


「一万年も経てば、トンネルも埋まって、その上に山や森もできるというわけか」


「そのくらい埋まっていないと、誰かしら過去の人たちが見つけていたでしょうから」


「トンネルが見つかり、すぐに使えることが判明すれば、この領地にも客が沢山来るようになるのか。私が若い頃には、想像もつかなかった未来だな」


 想像もつかない。

 狭いバウマイスター騎士爵領の維持に、父は窮々としていた。

 ただそれだけで精一杯だったのであろう。


「今の私は、別の領主として独立したパウルに養われている隠居ジジイにすぎないから、手伝いがせいぜいであろうが……。そういえば、クラウスはどうした?」


「大人しくしていますね……」


 反乱を起こしたあと、臨時で雇用したクラウスであったが、俺たちが帝国に行っている間はローデリヒに細々とした仕事を貰い、ただそれを黙々とこなす存在であったらしい。

 ブロワ辺境伯家との騒乱で高額の褒美を貰ったので、それで十分だとローデリヒに語っていたそうだ。


「ローデリヒは、多少警戒しているようですけど……」


 ローデリヒほどの人物からすると、過去に散々やらかしているクラウスは要警戒人物なのであろう。

 細々とした仕事を与えているのも、監視も兼ねてなのだから。


「あまり心配する必要はないと思うがな」


「どうしてですか?」


「私とクラウスは反りが合わなかったが、奴のことは最近理解できるようになった」


 父によると、彼の野望はもう成就しているのだそうだ。


「バウマイスター騎士爵領も含め、未開地の開発が進んで外部との交流が始まる。これが奴の野望だ。この野望のためなら、私やクルトなど排除しても構わないと、冷徹に考えられるのがクラウスという男だ」


「もう目的は達成していると?」


「あの男は、目的達成のための不安定要素であった自分の孫たちすら蹴落とした。もっとも、自分の孫たちは可愛いのであろう。殺されないように上手く動いたがな」


 父の顔に、一瞬苦み走ったものが出る。

 そこが、クラウスの気に入らない部分なのであろう。

 自分は息子を失う羽目になったが、クラウスの孫たちは島流しにはされたが、普通に生活はできている。

 もしかすると父は、クラウスとの能力の差に嫉妬しているのかもしれない。

 クラウスは孫たちを助けられて、自分は息子を助けられなかったからだ。

 

「どちらにせよ、もう終わったことだ。私もクラウスも老いて死んでいく。しかし、トンネルか……。地図によると、ブライヒレーダー辺境伯領に繋がっている可能性が高いが、上手くこの領地の繁栄に役立ってほしいものだ。個人的には、私の小遣いも増えるだろうからな」


 そんな話をしながら夕食を終え、俺は屋敷の裏庭で夕涼みをする。

 外では、エルがカールとオスカーに剣の稽古をつけていた。


「エル、どうだ?」


 俺はエルに、二人の甥たちの剣の才能について聞いてみた。


「ヴェルとエーリッヒさんよりも才能はあるな」


「うーーーん。それだと、比較対象が駄目すぎてわからないぞ」


 俺の剣の才能については言うまでもない。

 そして、そんな俺よりも酷いのがエーリッヒ兄さんなのだから。


「このまま頑張れば、武芸大会で予選三~四回戦くらいまでは行くと思う」


「ならば安心だな。お母さんの血の方が強いのか?」


「それはないでしょう。私の父も若い頃に武芸大会に出て二回戦敗退ですから」


 いつの間にか、隣にアマーリエ義姉さんがいた。

 本当はもっと話をしたかったのだが、エリーゼたちもいるし、他の人たちの目もある。

 目の前ではエルが甥たちに稽古をつけているが、周りには誰もいない。

 ようやく二人きりで話ができるというわけか。

 エリーゼたちは、俺に気を使ってくれたのかもしれない。


「お義父様が、時間があれば稽古をつけてくれたのです」


 父にも剣の才能はないが、子供に基礎を教えるくらいは問題ないというわけか。


「文字や計算も、私やお義母様が教えています。お義父様も、ほとんど不自由なく計算ができるようになりました」


 隠居状態で暇とはいえ、まだ拡張中で忙しいバウマイスター準男爵領の手伝いをしながら、孫たちに剣と弓の稽古までしている。

 見かけ以上に忙しいのに自分も勉強をしているということは、やはりクルトの件で自分の至らなさのようなものを感じているのかもしれなかった。


「そうですか」


 ただ、その推論を口にはしない。

 父に対して失礼になるからだ。


「ですが、その時間ももう少しで終わります」


「終わる?」


「はい、カールとオスカーは私の実家に預けられるのです」


 カールの成人後、バウマイスター伯爵領から領地が分与される。

 オスカーも新設される騎士爵の従士長となって兄を支える予定で、それまでの期間、アマーリエ義姉さんの実家であるマインバッハ騎士爵家に預けられることが決まったそうだ。


「まだ早くありませんか?」


 まだ十歳にもなっていない子供たちを他家に預けるなんて、俺には早いと感じてしまうのだ。


「あら、ヴェル君はもっと子供の頃から一人で未開地に出かけていたじゃない」


「でも、家には戻っていましたよ」


「たまに戻って来なかったわよね?」


「野宿した日もありましたけどね」


 ようやくアマーリエ義姉さんの口調が、二人きりの時のものに変わった。

 エルたちが稽古に夢中で、こちらの話を聞いていないことに気がついてくれたようだ。


「少し早いけど、実家の父が絶対だと言うから」


 新しい騎士爵領は、アマーリエ義姉さんの実家マインバッハの家名を継ぐ。

 同じ騎士爵家でも実質分家のようなものができて、その家はバウマイスター伯爵家の縁戚でもある。

 彼らからすれば、失敗など万が一にもあってはならないと、危機感を抱いているそうだ。


「身内では甘やかすからと……父親の悪行のせいもあるのでしょうけど……」


 家臣や領民の過半数は、マインバッハ騎士爵領から出す。

 彼らは次男以下なので本来不遇な立場のはずが、降って湧いたチャンスのおかげで新しい居場所を得ようとしている。

 確かに、失敗はできないのか。


「大変だなぁ」


 まだ幼いのにと思ってしまうが、これが領主になるということなのであろう。

 子供の頃は父やクルトのやり方に疑問を感じていたが、周囲からのプレッシャーが強かったせい、というのもあるのかもしれない。

 当事者からすれば、自分なりに必死に行ってきた結果なのだと。


「アマーリエ義姉さんはついて行くのですか?」


「いえ。母親の私が一番甘やかす可能性が高いからと……」


「でもなぁ……」


 あんまり厳しいのはどうかと思う。

 たまに、それで壊れてしまう貴族も実際に存在するのだ。

 前に王都で、変な貴族に遭遇したからよくわかる。


「それは父も考慮していて、月に一度くらいなら会いに来ても構わないと。ですが……」


 リーグ大山脈の向こう側にあるマインバッハ騎士爵領に、月に一度出かけるというのも難しい話だ。

 魔導飛行船はバウマイスター騎士爵領の近くから週に一度、小型の船がブライヒブルクまで出ている。

 だが、そこからさらに馬車でマインバッハ騎士爵領まで移動しなければならない。

 時間もそうだが、お金の問題も出てくる。

 いくら多少余裕ができたとはいえ、子供に会いに行く交通費に年二十万セント近くもアマーリエ義姉さんが使うのは難しい。

 なにしろ今の彼女は、パウル兄さんの家に居候をしている身分なのだから。


「父の思惑どおりで忸怩たる思いですけど、私はヴェル君に縋るしか……」


 つまりマインバッハ卿が、アマーリエ義姉さんがここではなく俺の側にいられるように画策した。

 俺のところにいれば、彼女が子供たちに会いに行く時、『瞬間移動』で送り迎えが簡単にできると言って。

 アマーリエ義姉さんの父であるマインバッハ卿は、俺と自分の娘との関係に気がつき、それを利用しようと考えている。

 無理に実家に戻して再嫁先を探すよりも、非公式の愛人としてでも俺の側に置いていた方が利益になると。

 見事なまでに貴族的な思考だが、彼の両肩にはマインバッハ騎士爵領の家臣と領民たちの将来が重く圧し掛かっている。

 娘を利用してでも、家のために、領民たちのために動くというわけか。


「俺の父よりも、貴族らしいか……」


「最近は特に悩んでいて……」


 マインバッハ騎士爵領は小さな領地なので、もうあまり開発などできない。 

 養える人口に限りがあって、余った人たちは外に出ていかなければならなかった。


「『王都で一旗あげてやる!』とか言って意気込んで出て行きますけど、半分以上は連絡不能になります。スラムででも生活できていればいいのですが……」


 もしかすると、死んでいる人が多いかもしれないと。

 バウマイスター騎士爵家に嫁ぐ前のアマーリエ義姉さんは、なんとかできないものかと、悩む自分の父親の姿を何度か見たことがあると話した。


「ですから、絶対に失敗はできないのだと」


 カールとオスカーへのさらなる教育に、家臣と名主候補、生え抜きとなる領民たちと早くから接させ、効率よく新領地の運営と開発が行われるようにする。

 マインバッハ騎士爵領で余った領民たちを送り出せる、新マインバッハ騎士爵領の開発失敗などあってはならない。

 ついでに言うと、俺の心変りで話がなくなるなどもっとあってはならないのだと。

 そのためには、アマーリエ義姉さんを差し出すくらい平気でやるのであろう。


「いいですよ。うちに来ても」


「ヴェル君の方が力があるのだから、強引に断ってもいいのよ?」


「それも考えなくもないのですが……」


 帝国の内乱では、反乱軍と解放軍に翻弄されながら自分の領地の保持に必死になる貴族たちを沢山見てきた。

 勿論、領地と爵位を失うのが一番怖いのであろうが、同時に領民たちの生活にも責任があるからこそ、必死なのだと。

 そういうのを見ているので、どうにも断りにくい気持ちがあったのだ。


「どこも大変なのね」


「それが柵(しがらみ)となって、俺に絡みつくわけですよ。それで、どうせなら領主らしく自分の好きに決めようかなと」


「好きに?」


「アマーリエ義姉さんが、側にいた方が俺には都合がいいわけですよ」


「本当に変わっているわね。こんなオバさんを傍らに置くなんて……」


「いいじゃないですか。俺がいいと決めたのだから」


「バウマイスター伯爵様のご命令どおりに。でも、大丈夫かしら?」


「はははっ、俺はバウマイスター伯爵様ですよ」


 などと、アマーリエ義姉さんの前では強気でいたが、それから一時間としないうちに、割り当てられた宿泊用の室内でエリーゼたちに対し綺麗な土下座を披露していた。

 土下座なら俺に任せてくれ……というほど経験はないけど、前世で部長が取引先に綺麗な土下座をしたのはよく見ていたぞ。


「という事情でして……」


 アマーリエ義姉さんが側にいると嬉しいという個人的な感情を絶対に口にせず、色々と貴族的な事情があって受け入れないと駄目になりました。

 可愛い甥たちのためでもあるのですよと、懇切丁寧に説明をする。

 エリーゼたちは、静かに俺の話を聞いていた。

 なにも言わないので、俺は少し恐怖を感じている。


「私からは、特に反対する理由もありません」


「私も」


「ボクもないかな」


「ヴェル様の好きにすればいい」


「そうですわね。私たちが口を挟む理由もありませんし」


「おおっ!」


 まさかの一発了承に、俺は喜びの声をあげてしまった。

 おっと、あまり喜んでは真の理由がバレてしまうではないか。

 表情を冷静なものにしないと。


「今さらという気もありますし」


「そうよね。でも、非公式から私たちの目に留まるようになったのはいいわね」


「『バウマイスター伯爵様』が夜中に抜け出して非公式の愛人と逢瀬とか、ローデリヒさんがそろそろ困っていたから」


「警備上の問題もある。ヴェル様になにかあると困る。ここだと周囲が無人に近いから、暗殺者の配置も簡単」


「というわけですので、私たちからすれば状況が改善されたと考えます」


「そう言っていただけると……」


 結構厳しい指摘も多かったが、了承してくれたのでよしとしよう。

 頑張って土下座をした甲斐があったというものである。


「それに、アマーリエさんに関しては『仕方がないかな』と思えますので」


「仕方がない?」


「はい。感情の問題ですけど、これは重要です。なにしろ、これから一緒に屋敷で暮らすのですから」


 嫌だと思っている人とは一緒に住めない。

 貴族の妻同士にはそういう関係の人たちも多く、常に屋敷の中がギクシャクして雰囲気が悪くなってしまい、それから逃れるために新しい愛人の別宅へ。

 なんていう本末転倒な貴族もいるそうだ。

 それを知っている、エリーゼならではの割り切り方かもしれない。


「ヴェルはお義母さんとの関係が希薄な部分があるから、アマーリエさんでそういう部分を解消しているのかなと」


「イーナちゃん、こういうのは『年上属性』って言うんだよ」


 色々と俺について解析されてしまっているが、『年上属性』ってルイーゼはどこで覚えたのかと思ってしまう。


「でも、それならテレーゼがそう?」


「ない。今はともかく、帝国にいた頃のテレーゼは駄目」


「鬱陶しい上に、ヴェンデリンさんへの露骨なアプローチでイラッときましたわよね」


 ヴィルマとカタリーナによる、過去のテレーゼ評はボロカスであった。

 間違いなく、エリーゼたちも同じ思いのはずであったが。


「でも、帝国にいた頃はか。今は?」


「今は大人しい。無毒」


「そういえば、前ほど嫌な感情は覚えませんわね」


 今のテレーゼは近所に小さな屋敷を購入して静かに暮らしている。

 念のために警備は入れているが、外部からの客もなく、たまに俺がお土産を持って話しに行くくらいであろうか。


「テレーゼさんには立場もあったのでしょうから。アマーリエさんの件は、そこまで事情が複雑でもありませんから」


 俺には複雑なような気がするが、エリーゼに言わせるとさほど複雑な事情でもないというわけか。

 やはり、貴族の世界とは色々と面倒だ。


「奥向きのことを行う侍女長扱いで構わないと思います。こうやって愛人を囲う貴族も多いですから」


 形式上はメイドを束ねる身分にあるが、実は貴族の愛人である、という女性は多い。

 連れ子や、もし子供が産まれた場合の身分は当主である貴族の権限なので、あまり他の者は口を出せないそうだ。


「アマーリエさんにはあなたからお話いただくとして、明日からも発掘作業ですので、早く寝ましょうか?」


 さすがに今日は例の逢瀬小屋には行かず、明日に備えて早めに寝てしまうことにした。

 無事に、アマーリエ義姉さんの件が片付いてよかった。

 明日は、無事にトンネルが見つかるといいな。

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