第258話 日常への帰還と、親子再会を手助けする

「久しぶりに、冒険者兼業貴族生活に戻れるな」


「ヴェル、そこは貴族兼冒険者生活としておけ」




 両国による講和条約調印から二週間。

 王城への報告や、多くの貴族たちに囲まれた戦勝パーティーなどを終えて、俺たちはバウマイスター伯爵領へと帰還した。

 ミズホ公爵から招待された接待旅行などもあったので、ようやくバウマイスター伯爵領に戻って来れたわけだ。


「しかし……どうして王城で戦勝パーティーが開催されたんだ? むしろ王国軍は……」


「エル、それを言ってはいけない」


 レーガー侯爵率いる王国軍の先遣隊が無様に負けた事実は、もう口にしてはいけないのだ。

 そこには、国家としてのプライドもあるのだから。

 俺たちが内乱で大活躍し、のちに合流したフィリップとクリストフも活躍して、王国と王国軍の威厳はどうにか保たれた。

 その事実こそが重要なのだから。


「そういえばさ。パーティー会場でヴェルを睨みつけてた感じ悪い奴がいたよな。やたらと着飾っていて、いかにも貴族ボンボンって感じの」


「名誉の討ち死にを遂げた、レーガー侯爵の跡取り息子さ」


「あいつが……」


 レーガー侯爵が討ち死にしたのは彼自身が愚かだったからだが、その跡取り息子はその事実を認められなかった。

 俺を恨むことで、精神の均衡を保っているのであろう。

 直接害がなければ、ただ睨まれていただけなので放置するしかない。

 さすがに、俺になにかしたら大変なことになるくらいは理解しているようだ。


「しかしまぁ、あの戦勝パーティーに参加する度胸が凄いな」


「出ないわけにいかないだろう」


 全体的には王国軍は負けていません、帝国内乱鎮圧に協力して、むしろ戦勝判定です、という評価に落ち着いたからこそ開かれたパーティーなのだから。


「レーガー侯爵家は、軍系貴族の重鎮なんだ。もし王国軍の戦勝パーティー参加しなかったら……」


「逃げたって思われるか」


「大貴族だからこそ、公的なパーティーに出ないわけにはいかないんじゃないのか?」


 急に父親が亡くなって相続が大変そうなのもあり、精神的にはボロボロだろうけど。

 俺を恨んで誤魔化している感じだったな。


「恨まれるのも、大貴族の仕事ってか」


「仕事というか、勝手に敵ができるというか……。それよりも、みんな待っているな」

 

 屋敷の前に到着すると、ローデリヒ以下の家臣たちが出迎えてくれた。

 今日からは『魔の森』の探索、領内の土木工事、少々の貴族としての仕事などを順番にこなしていく予定だ。

 しかし、この一年と少しでバウマイスター伯爵領も随分と発展したものだ。

 バウルブルクの町もかなり広がっており、魔の森周辺には冒険者たちが集う町とギルド支部が複数完成していて、そこを拠点に多くの冒険者たちが集まって、狩りや採集で多くの素材を集めていた。

 そして、それが領外に販売されてバウマイスター伯爵領が潤うという仕組みだ。

 狩猟をしなくても、税収で潤うってのは不労所得みたいで凄いな。

 集めた税収は、すぐに開発に投資されるからほとんど残らないけど。

 他にも大規模な農地と、農民たちが住む農村に、領内の各所を繋ぐ道の整備も急ピッチで進んでいる。

 これらすべての流れを、バウマイスター伯爵家の家宰であるローデリヒが仕切っていた。

 おかしな貴族避けにエーリッヒ兄さんも手助けしていたが、ローデリヒ一人でも実務はなんとかなったはずだ。

 つまり……。


「ふと思ったんだけど、別にローデリヒが領主でも構わなくね?」


「ヴェル……、お前がそれは言うなよ……」


 まさか、エルに窘められるとは思わなかった俺であった。




「ヴェル、それはないから」



 ふと、先ほどの話をエーリッヒ兄さんにしてみたのだが、彼の答えはノーであった。

 隣にいるローデリヒも頷いている。


「どうしてですか? エーリッヒ兄さん」


「バウマイスター伯爵領の開発は早いけど、それはヴェルが事前に基礎工事をしていたからだよ」

 

 それが終わっていたから、ローデリヒがの開発を効率よく行えた。

 俺の留守中にも、計画どおりに開発工事が進められたというわけだ。


「エーリッヒ様の仰るとおりです。新規に開発を始めるとなりますと、またお館様には土木工事冒険者して活躍していただかないと。それに、今の拙者はあくまでもお館様から全権を任された家宰として信頼されているわけです。ここで『拙者が新領主になるから言うことを聞け!』と言っても、みんなから無視されるでしょうな」


「そうなんだ」


 やはり、俺が領主のままなのか。

 当たり前だけど。

 これからも、荒地を均したり、治水工事をしたり、道を作ったり、臨時の野生動物除けを作る工事が始まるな。


「前とは違って、素直に了承してくださいますな」


「内乱中に散々やったからだな」


 陣地構築の手伝いに、慰撫工作のために町の開発と、あれだけやればもう慣れたというものだ。

 

「なるほど、お館様は工兵としても優秀なのですな」


「敵に回すと怖いかもね」


 ローデリヒとエーリッヒ兄さんは、納得したような表情を浮かべる。


「それにだ。ヴェルたちの戦果は、大まかにはもう国中に伝わっているんだよ。多分、今王国では一番威厳のあるというか、恐れられている貴族だと思う」


 隣国の内乱とはいえ、普段のなるべく死者を出さない紛争とは違って、本気で殺し合う戦争に参加して大活躍している。

 その事実は、他の王国の貴族たちから畏敬の念で見られる最大の原因となっていると、エーリッヒ兄さんが説明した。


「貴族は、戦争に勝てると尊敬され恐れられるからね」


「逆に負けると、色々と大変ですけどね」


 負けて評判が落ちたのは、昔に魔の森で諸侯軍を壊滅させた先代ブライヒレーダー辺境伯か。

 でも当代が、ブロワ辺境伯との大規模紛争で汚名を挽回した。

 元ブロワ兄弟はその大規模紛争で没落したが、今回の内乱でフィリップは優秀な指揮官として名をあげている。

 クリストフの軍政能力も評価された。


「無様に惨敗したレーガー侯爵家は、役職を世襲できなくなる可能性があるらしい」


 だから戦勝パーティーで、跡取りが俺を睨みつけていたのか。

 とはいえ、父親が強硬に出兵論を主張して、王国軍にも多大な犠牲を出しているから仕方がないだろう。

 挙句に当主と多くの家臣たちまで戦死してしまい、家内は混乱の極致にあるそうで、このままだと軍務卿の役職が回ってこなくなる可能性もあるそうだ。

 人手不足で職をまっとうできないのであれば、それも致し方なしなのだろうけど。


「逆に、敗残兵を纏めて内乱で活躍した元ブロワ兄弟は王宮でも評判がいいね」


 レーガー侯爵が犯した失態を上手く補ってくれ、帝国軍上層部からも名将だと評価されている。

 法衣貴族ながらも、昇爵と世襲職が与えられることがほぼ決まっているそうだ。

 えらく王国政府の人事案に詳しいと思ったら、そういえばエーリッヒ兄さんはルックナー財務卿の派閥である。

 そこからの情報なのであろう。


「一戦の結果で、評価が乱高下ですか……」


「貴族は戦争に強くてなんぼという考え方だからさ。そんなわけで、今のバウマイスター伯爵領に表立ってちょっかいを出す貴族はまずいないね。私もとても楽だったよ」


「エーリッヒ様には、色々とお手伝いいただき感謝したしております」


「ローデリヒは優秀な家宰だよね。我が家にも欲しいくらいだけど、うちの家の規模だと、そんなに仕事がないからなぁ」


 エーリッヒ兄さんは法衣貴族なので、在地貴族よりは仕事が少ない。 

 というか、職務はその貴族本人が主にそれを行い、家臣たちはその補佐という役割分担なので、任せるという部分が少ないのだ。


「私ももう少しで王都に帰還かな。でも、いくつか厄介なのを背負い込んだよね?」


「エーリッヒ兄さんには隠し事はできないなぁ……」


 この内乱で俺が背負ったものとは、まずはテレーゼの身柄であろうか?

 ただ彼女に関しては、ペーターは俺が預かってくれて安心だと思っており、王国側もなにも言ってこなかった。

 彼女がメイドを一人しか連れて来ず、フィリップ公爵家とも連絡を取っていないので、『もう終わった人』という認識なのであろう。

 それに加えて、やはり彼女が女性なのが大きい。

 『選帝候として手腕を振るった才人だが、所詮は女性』という考えが王宮にはあるそうで、俺が戦利品として貰ってきたくらいの感覚なのだそうだ。

 フェミニストな人が聞いたら、大激怒しそうな意見ではある。

 この世界に、そんな人はほとんどいないけど。


「元公爵閣下の女傑か。確かにそんなオーラは感じるね。なかなかの美人だし」


 エーリッヒ兄さんはこう見えて女性評が厳しい方なので、テレーゼは美人で間違いないと思う。

 俺の評価が甘いということはないようだ。


「領主館近くの屋敷を購入され、そこで静かにお住まいです。念のために監視兼護衛はつけてありますが、主な仕事は監視でなく護衛ですね」


 彼女になにかあるとバウマイスター伯爵家の責任になるので、ローデリヒが気を利かせたようだ。

 やはり、彼が家宰でよかったと思う。


「テレーゼ様はさほど厄介でもありません。むしろ、フィリーネ様です」


「ううっ……」


 彼女も、今は領主館で生活している。

 すぐに、父親であるブライヒレーダー辺境伯に会わせるというわけにはいかないからだ。

 大物貴族の私生児騒ぎは定期的に発生し、その中には詐欺も多かった。

 バウマイスター伯爵家の家臣が証拠の品と共に説明を行い、それをブライヒレーダー辺境伯が承認したとしても、そう簡単には再会といかない。

 相手は忙しい大物貴族なので、まずは日時と場所を決め、フィリーネ側にも準備がある。

 娘なので、それに相応しい服装の準備などもあるのだ。


「お館様、フィリーネ様の貴族としてのマナーなどはどうなのですか?」


「エリーゼに任せたままだけど、大丈夫だと思う」


 内乱で忙しい時には、お金を出して帝国貴族の奥さんに教育を頼んだりもした。

 紹介はあのランズベルク伯爵なので、おかしなことにはなっていないはずだ。


「親娘の再会はよろしいのですが、あきらかに押しつけられますね」


「それはあるね。ブライヒレーダー辺境伯殿は大喜びだと思うよ」


 今までいなかった年頃の娘だ。 

 現時点で十歳なので、あと五年もすれば俺との結婚も可能になるのか。

 

「母親の身分が低いから、序列が低くてもなんの問題もないからね」


 それが一番大きい。

 なので、もしブライヒレーダー辺境伯に婚姻話を持ちかけられたら、断わる理由を探すのは難しかった。


「五年後まで、現実逃避しておきます」


「それがいいね」


「いいんですか?」


 俺は、エーリッヒ兄さんに思わず聞きかえしてしまう。


「大物貴族になると問題が山積みだからね。『はい』、『いいえ』で済む問題は直前まで放置しても構わないさ。五年後には状況が変わっているかもしれないから」


 俺よりも、嫁がせたい人が出るかもしれない。

 貴族の婚約など、実は簡単に取り消されたりするのだから。


「再会の儀式は明日だっけ?」


「儀式ですか……」


「大物貴族ってのは、なんでも大仰だからね。儀式と呼んでも差し支えないかも」


 ルックナー財務卿をよく見ている、エーリッヒ兄さんらしい言い方だと思う。

 感動の娘との再会も儀式扱い、大物貴族とは大変だと思ってしまった。


「そして、一番の問題は……」


 あの魔族のことである。

 今は、ローデリヒに頼んで屋敷のある部屋に軟禁している。

 いや、その気になればあれだけ強大な魔力の持ち主だ。

 簡単に逃走してしまうであろう。

 なんのことはない。

 彼は、ニュルンベルク公爵領内で発掘した遺跡や発掘品に対するレポートを書いたり、今度はバウマイスター伯爵領で自由に発掘できると喜び、昔の資料を引っ張り出して遺跡などの特定作業を行っていたのだ。


「あの者、国家に属しているとは思えませぬな」


「私もそれは感じた」


「彼を突き動かすのは、知識欲なのでしょうね」


 出会ってから一ヵ月以上も経つが、彼が魔族の国と連絡を取っている様子はない。

 それが可能な魔道具も持っておらず、そういう魔法を使っている気配すらなかった。

 ただ机に向かって、レポートの執筆や資料の解析に勤しんでいるのだ。

 唯一、三食出す食事にはうるさかったが、ニュルンベルク公爵が好きだったミズホ料理を出すと文句を言わなくなった。

 年配なので、味が濃かったり、脂っこい料理が苦手なのかも。

 あきらかに文系で、積極的に体を動かすタイプにも見えないからな。

 なお、今彼の食事を作っているのはハルカである。


「そんな理由で、内乱に手を貸すのはどうかと思うけど……」


「本人は反省していませんよ」


 俺は、先ほど魔族の様子を見に行った時の事をエーリッヒ兄さんに説明した。





『アーネスト・ブリッツ、調子はどうだ?』


『ニュルンベルク公爵領内における、古代魔法文明時代の遺跡の分類。我が輩のレポートは予定どおりに進んでいるのであるな。同時に、バウマイスター伯爵領内にある地下遺跡の特定作業も順調なのであるな』


 厳重に監視された領主館の一室で、魔族は分厚いレポートを執筆していた。


『そうか』


『おや、我が輩を殺人者だと糾弾しないのであるな』


『それを言うと、俺も相当な殺人者だからな』


 俺だけではない。

 導師も、ブランタークさんも、エルたちも、あの内乱に参加したみんながそうであろう。


『我が輩、魔力量は多いのであるが、その手の訓練は受けていないのであるな。それと、これは言い訳になるかもしれないのであるが、我が輩が発掘した地下遺跡は確かに軍の施設などが多かったのであるが、なにも武器ばかり発掘したわけではないのであるな』


 そういえば、トラックや土木機械に似た魔道具なども多かった。

 俺もある程度鹵獲したが、大半は帝国軍のものとなっている。

 今は、戦後復興に使っているはずだ。


『手に入れたナイフで料理をするか、人を刺すか。我が輩が、もう大人のニュルンベルク公爵に説く内容でもないのであるな』


『そういう考え方もあるのか』


 ニュルンベルク公爵は反乱を起こさずに、それらを使って国力を嵩上げすればよかった。

 そうすれば、次の皇帝選挙で圧倒的な勝利を得られたであろう。

 それができなかったことが、彼の精神が均衡を欠いていた証明かもしれない。


『もう終わったことだな』


『であるな』


 いつまでも仮定の話をしても仕方がない。

 二人の考えは一致した。


『ところで、バウマイスター伯爵領内にはそんなに遺跡が多いのか?』


『今、そちらからの資料と合わせて解析しているのであるが、地下遺跡の数自体は、他の地域と差はないはずなのであるな』


 王国の他の地域のみならず、帝国の領域では、すでに多くの地下遺跡が発掘されてしまっている。

 ところがバウマイスター伯爵領は、元々無人の未開地だったので、とにかく未発見の遺跡が多いわけか。


『特にバウマイスター伯爵領南部には、古代魔法文明時代に高度な技術を誇ったアキツシマ共和国があったのであるな』


『アキツシマ共和国?』


『今のミズホ伯国……、今はミズホ公爵領であるか。彼らの先祖であるな』


 魔族の話によると、ミズホ人の先祖は魔の森付近において、従属国ではあるが自治性の高い国家を運営していた。

 だが、古代魔法文明の崩壊と共に未開地にはしばらく人が住めなくなり、今の領地まで、苦難の果てに移住した歴史があるそうだ。


『アキツシマ共和国時代の地下遺跡が、未開地には沢山あるのであるな。調査と発掘が楽しみであるな』


『そうか、まだ外に出るなよ』


 反乱が終わった直後である。

 もうしばらくは、この部屋で大人しくしていてほしいものだ。


『幸いにして、することも多いので心配無用であるな。考古学者は、なにも発掘だけしていればいいわけでないのであるな』


 フィールドワークとデスクワーク。

 共に重要で、今はレポートの作成に忙しいため、数ヵ月くらいなら普通に待てるそうだ。

 

『ここは食事がいいので、快適であるな』


 この魔族も、ニュルンベルク公爵と同じで食事は薄味で脂っこくないものが好みであり、ハルカが作るミズホ料理を気に入っている。

 互いに利用し合う関係だけであった両者であるが、皮肉なことに食事の好みは合っていた。

 もう少し腹を割って話し合えばよかったのにと、俺は思わないでもない。 


『俺たちも、内乱が終わってようやく地元に戻れた。冒険者として魔の森を探索もする。地下遺跡の発掘くらいなら手伝ってやる』


『それは嬉しいのであるな。我が輩、魔力量は多いのであるが、荒事は苦手なのであるな』


 魔力量の多さで普通の敵を相手にしている分には無双できるのであろうが、エリーゼの『過治癒』を食らったように、この魔族には戦闘経験が圧倒的に足りなかった。

 遺跡発掘に、俺たちの力を借りるのを恥とは思っていない。

 むしろ嬉しそうで、つまり彼は軍人ではないということだ。


『この部屋に籠っている間に、我が輩が持参した昔の資料と、バウマイスター伯爵が持ってきてくれた今の資料を擦り合わせて、詳しい地下遺跡の位置を特定しておくのであるな』


 最後にそう言うと、魔族はレポートの執筆に没頭してしまう。

 それにしても、絵に描いたような学者なのだな。





「とまあ、こんな感じです」


「真に学者だねぇ……。王都のアカデミーにも、そんな学者さんは多いよ」


 エーリッヒ兄さんは予算執行の仕事でたまにアカデミーに赴いた時、そこにいる学者たちと話をしたことが何度もあるらしい。

 人間と魔族。

 種族は違えど、アーネストも彼らと同類だと思っているようだ。


「頭はもの凄くいいのですが、どこか浮世離れしていますよね。アカデミーの学者たちは」


「ローデリヒの表現が一番適切かな?」


「ところで一つ気になるのですが……」


 ローデリヒが真面目な表情になって、俺に質問をしてきた。


「魔族を匿っている件を、帝国と王国の上層部は知っているのでしょうか?」


「知っているよ。陛下には話してあるし、帝国ももう気がついたと思う」


 王国には報告済みだし、あのペーター相手に長期間偽装が通じるはずはない。

 すでに知られていると見た方が安全だ。

 

「よく取り上げられませんな」


「取り上げられないんだろう? ヴェル」


「はい」


 戦闘は苦手とは言っているが、もし強引に拘束して発掘品の情報などを引き出そうとすれば、彼は全力で抵抗するはず。

 エリーゼの『過治癒』は、最初だから通用した手だ。

 あの頭のいい魔族には二度と通用しない。


「物理的に、俺、導師、ブランタークさん、カタリーナ、エリーゼ、ルイーゼか、それに匹敵する戦力を、あの魔族を監禁するためのみに割けるのか、という問題がある」


「確かに、それは難しいですな」


 魔法使い不足の帝国が、そんな戦力を常に貼りつけられるはずがない。

 それならば、彼が逃げないような環境を作り出す方が効率的だろう。


「なので、バウマイスター伯爵領の地下遺跡というわけだ」


「ほぼ未発掘なので、すべて調べるには時間がかかりますか」


「そういうこと」


「難儀な方ですな。バウマイスター伯爵家の利益にはなるので、お館様の方針には賛成ですけど」


 いや、俺の方針というか、結果的に腫物扱いで押しつけられたのかもしれない。

 あの魔族が住んでいた国は魔道具技術が発展しており、専門家でもない彼でもかなりのことができた。

 この情報と合わせ、地下遺跡発掘の成果も王国に疑われないようにどうせ定期的に提供しないと駄目なのだから、王国としては得しかないのかも。

 もし魔族に逃げられたら、俺の責任だろうからな。


「帝国の方はどうなのです?」


「扱いが難しいだろうね」


 もし事実を公表すれば、帝国臣民の大半はニュルンベルク公爵と同罪だから処刑しろと強く言うはず。

 もしくは、監禁して賠償代わりに帝国の地下遺跡を発掘させろと。

 だが、そんなことを無理やりすれば、アーネストが全力で抵抗する可能性が高い。

 逃げ出して、帝国に反抗的な貴族の元にでも駆け込まれたら、もっと面倒なことになってしまうのだから。

 

「今の帝国だと、抵抗するアーネストを討てても損害が大きすぎます」


「そうでなくても、今の帝国は魔法使いが不足しているからね」


 内乱で、俺たちがどれだけの魔法使いたちを殺したか。

 初級や中級だって、しかるべき場所で活躍すれば普通の人の数百倍から数千倍の活躍をするのだ。

 それがゴッソリといなくなり、今の帝国は魔法使いの数が大幅に不足している。

 最後の地下遺跡攻略の時など、十歳以下の子供まで動員してブランタークさんが魔法を教えながら戦力化していたのだから。

 しかも彼らは、帝国復興のために各地で忙しく働いている。

 魔族を監視する人手など、そう簡単に集められるはずがない。


「だから、ペーターはあえて知らんぷりをしている可能性があります。むしろ、アーネストの件を問題提起されるのを嫌がるでしょう」


「アーネスト……ああっ、あの魔族の名前ね」


 帝国からすれば、アーネストの存在など誰も知らない方が幸せはなずなのだから。


「いつもの日々に戻るには時間がかかりそうですな。まずは、一個ずつ解決するとしますか」


「そうだね。私もまだこの地に残留しろと、ルックナー財務卿から言われたしね」


「色々とですか。まずは、感動の親娘再会かな」


 まずは、フィリーネをブライヒレーダー辺境伯に会わせないといけない。

 まるでテレビでやっている親子感動再会番組のようだと、俺は思ってしまったのであった。





「バウマイスター伯爵様、お父様はどんな方なのでしょうか?」


「ええと、文系の人かな?」


「あなた、そういう言い方ですとフィリーネさんにはわかり辛いですよ。お優しい方ですから」


「(優しい人が、こんなに娘を放置するかな?)」


「(エル、俺もそう思ったが、それを大きな声で言うてはならぬ)」


 本日、ようやくフィリーネとブライヒレーダー辺境伯との面会が行われる。

 普通に会えばいいような気もするが、大物貴族ともなると忙しいので、アポを取るだけで色々と大変だったのだ。

 ブライヒレーダー辺境伯は大物貴族であり、彼らは例外なく忙しいのでスケジュールの調整もあり、フィリーネ側の準備もある。

 ブライヒブルクにある屋敷まで『瞬間移動』で飛ぶ前に、エリーゼたちが姦しく話をしながらフィリーネを着飾っていた。




『お父様への印象をよくするために、ドレスはあまり派手な色はいけません。かと言って、暗い色でも駄目なので水色とか?』


『エリーゼ、アクセサリーは?』


 イーナはリーダーであるエリーゼに、沢山あるアクセサリーからどれを選べばいいのか尋ねていた。

 貴族としての常識に則った、それでいて相手に好印象を与えるコーディネート。

 こういう時に頼りになるのは、やはり経験のあるエリーゼであった。


『素材は銀が主体のものがいいでしょう。派手なのは駄目ですけど、安物はよくありません』


『リボンとかカチューシャは?』


『お父様と同じ銀色の髪を強調するため、髪を隠すものはよくありません』


『でしたら、私が綺麗に梳いておきます』


『お願いしますね、カタリーナさん』


『私、髪が毎朝爆発していますので慣れていますのよ』


 カタリーナは、自分の櫛でフィリーネの髪を梳き始める。

 手つきが慣れているのは、カタリーナの髪が毎日酷い寝ぐせのせいで爆発しており、毎朝それを自分で直しているからだ。


『エリーゼ様、靴は?』


『ヴィルマさん、靴は綺麗に磨いてください』


『わかった。足元の手を抜くと、相手に侮られるから?』


『よくご存知ですね』


 ヴィルマが念入りに、フィリーネの靴を布で磨き始める。

 エリーゼは、ヴィルマが意外と博識なので感心していた。

 エドガー軍務卿の義娘なので知らないはずはないのだが、彼女にはそういうイメージが薄かったからであろう。


『あとはマナーだけど、これはもう遅いか……。ヴァーゼル子爵夫人の手腕に期待だね』


 内乱の後半、結局戦場には連れて行けないという理由で、フィリーネは帝都在住の貴族家に居候をしていた。

 ペーターが引き込んだ宮廷貴族ランズベルク伯爵の紹介で、教育込みで面倒を見てくれる貴族に預けたのだ。

 ヴァーゼル子爵家は帝国においては平凡な貴族ではあったが、家の歴史が古く、貴族としてのマナーや教養に詳しかった。

 ヴァーゼル子爵夫人は七十歳を超えた温和な老婆で、上手くフィリーネを教育してくれたはず。


『フィリーネ、また成長した?』


『はい、ルイーゼ様。少し背が伸びました』


『羨ましいな。あと、ボクのことを様つきで呼んでは駄目だよ。キミは貴族の娘になるんだから』


 ルイーゼも俺の奥さんなので、互いに身分的な優劣はほとんどない。

 だから、さん付けで呼ぶようにと忠告する。


『はい、わかりました』


『わかればよし。ところで、ヴァーゼル子爵家ではどんなものを食べていたのかな?  特になにか変わったものとかは?』


『そんなに変わったものは食べていませんよ』


『となると、別の要因……』


 ルイーゼは、どうすれば自分の背が伸びるか、フィリーネの生活習慣にヒントを得ようと色々と聞いていたが、結局なにもわからずに少し落ち込んでいた。

 そんな感じでフィリーネは女性陣にドレスアップされ、いよいよ親子対面の時間だ。

 着飾った彼女と付き添いの俺たちは、ブライヒレーダー辺境伯家館の客間で父親を待っていた。


「でも、ちょっと不安だよな」


「なにが不安なんだ?」


「いやさ、フィリーネって母親の身分が低いでしょう?」


 着飾ったフィリーネと共にブライヒレーダー辺境伯の登場を待っていると、不意にエルが自分が感じた懸念を語り始めた。


「ブライヒレーダー辺境伯はともかく、奥さんたちは大丈夫なのかな?」


「うーーーん、どうかな?」


 エルの懸念は、『お館様が外で作った娘ですって。本当なのかしら?』、『まあ、母親が下賤な平民だと娘も下賤に見えるのね』と嫌味を言って苛めるとか。

 『あなたをブライヒレーダー辺境伯家に迎えるのは、お館様が認めたから仕方なくです!』などと言い放ち、『いいですか? あなたはお情けで養われているのですよ!』と、奥さんとその子たちにも苛められる。

 こんな未来を予想してしまったようだ。


「(メイドと一緒に屋敷の手伝いとかさせられて、食事も最後に冷たい残り物とか出されてとか……)」


 昔の日本のドラマなら、寒い中手を霜焼けにさせながら拭き掃除を行い、食事は一人で大根葉入りの雑穀飯を食べるとかであろう。

 昔のドラマに、そんなシーンがあったのを思い出す。


「(うわぁ、ありそうで怖いなぁ)」


 フィリーネがいるので、彼女に聞こえないよう小声でエルと話を続ける。

 もし彼女がそんな境遇になるのであれば、父親と会わせなければよかったと後悔してしまいそうだ。


「(大貴族だからそんなことはないと思いたいけど、逆に言うと、フィリーネを苛めても誰も非難できないだろう?)」


「(それはあるかもなぁ……)」


 俺とエルの頭の中で、次第にブライヒレーダー辺境伯の夫人や子供たちに苛められるフィリーネの光景がハッキリと映し出されてしまった。


「(ううっ……、実は会わせない方がフィリーネにとって幸せとか?)」


 俺の心の中に、段々と後悔の念が浮かんでくる。

 もしそうなったらどうしようか?

 ブライヒレーダー辺境伯には恩があるけど、そういうのを見逃すのはどうもなぁ。

 フィリーネとは内乱中に出会って、俺もエリーゼたちもその面倒を見ていたのだ。

 このままうちで面倒を見て、成人したら自由に人生を選ばせるという手もあったのだから。

 そんなことを考えていると、エリーゼが俺の服の袖を引っ張ってきた。


「あの……あなた……」

 

「どうしたんだ? エリーゼ」


「あの……後ろ……」


「後ろ?」


 エリーゼに言われて後ろを振り返ると、そこには見覚えのある、三十歳前後に見える綺麗に着飾った女性が立っていた。

 少し年は取っているが、もの凄い美人である。


「あら。バウマイスター伯爵様は、うちの旦那様よりもよほど文学的な才能に優れているのですね」


「あはははは……、お久しぶりですね」


 エリーゼが、俺とエルの会話を止めようとするはずだ。

 その後ろに、俺たちがフィリーネを苛めそうだと言った張本人が立っているのだから。

 滅多に顔を合せないし、昔は身分が上の人だったので、つい口調が昔のままになってしまった。

 ブライヒレーダー辺境伯夫人……いつの間に……。


「そんな物語を、昔に読んだ記憶がありますわね」


「ええ、前にそんな話を本で読みましてね。なあ、エル?」


「はい、俺も珍しく本で読んで」


 俺とエルは、懸命に先ほどの失言を誤魔化そうとした。

 フィリーネを苛める意地悪ババア扱いしたので、なんとか取り繕わなければ……。

 俺とエルはわざとらしく笑いながら、先の発言を誤魔化そうと努力を続ける。


「そうですか、昔の物語ですか、この娘がフィリーネね」


「初めまして、フィリーネと申します」


 フィリーネは、ブライヒレーダー辺境伯夫人に礼儀に則った挨拶をした。

 やはり、ちゃんとしたプロに任せて正解だったようだ。


「バウマイスター伯爵様、色々とお手数をおかけしまして」


「いえ。内乱中のため、なかなかフィリーネに構ってあげられず、悪いなと思っていたのです」


 まさか戦場に連れて行くわけにもいかなかったので、他人任せにしてしまった件を謝っておいた。


「事情が事情なので仕方がないと思いますよ。しっかりとした方に預けていただいたようで。それにしても……」


 ブライヒレーダー辺境伯夫人は、フィリーネの顔をまじまじと見つめる。


「旦那様に目が似ています。髪の色も間違いないですね」


 続けて、フィリーネの髪を手に取って確認する。


「旦那様には私を含めて六人の妻がいますけど、子供は男の子ばかり。やっぱり、女の子は可愛いわね」


 ブライヒレーダー辺境伯夫人は、フィリーネを気に入ったようだ。

 あくまでも表面上はだが。


「バウマイスター伯爵様、ご安心くださいな。この娘は、あなたの奥さんになるのですから。成人するまで雑事で扱き使ったり、ボロを着せたり、残飯を与えたりはしませんので」


「ヴェルぅ、やっぱり聞かれてたよ……」


「(エルは黙ってろ!)あはは、俺は夫人がそんなことをするなんて、微塵も思っていませんから」


 ここで狼狽えてどうするのだと、俺はエルに肘打ちをした。

 一度誤魔化すと決めた以上、最後まで誤魔化しきらなければいけないのだから。


「そうですわよね。それで、フィリーネが成人したら娶っていただけるので?」


「はい、それは勿論」


 こうなったら、笑って誤魔化すしかない。

 そして、将来フィリーネがうちに嫁に来る件に対し、異議を唱えてはいけないのだ。


「「「「「……」」」」」


 エリーゼたちは墓穴を掘った俺を呆れた表情で見ているが、どうせこうなることは予想していたんだと、開き直ることにした。


「あの……奥様」


「フィリーネ、私のことはお義母さんと呼んでね」


「はい、お義母様。それでお父様は?」


「今、ちょっと他のお義母さんたちとお話をしているから、もう少し待っていてね」


「はい」


 お話とは言うが、大方の予想はつく。

 

「(バウマイスター伯爵様が思っていらっしゃるとおり、他の畑に無責任に種を撒いて面倒も見ない旦那様に、少しお灸を据えているだけですから)」


 ブライヒレーダー辺境伯夫人は、持っていた扇子を俺の耳元で広げ、他人に聞こえないよう小声で事情を説明した。

 

「(外で子供を作るのは構いません。特に待望の女の子ですからね。問題なのは、一切面倒を見ないで放置していた件です。まったく、シュルツェ伯爵様たちにも漏れたと聞くではないですか。我が家のとんだ恥ですわ。日記や才能のない自作詩集なんて、一セントにもなりませんのに……)」


 フィリーネの父親がシュルツェ伯爵たちに漏れた件は、俺たちが言うわけないが、あの人は案山子ではなく優秀な文官貴族であり、フィリーネを見ればある程度察してしまうというわけだ。

 ブライヒレーダー辺境伯がボロカス言われているが、確かに彼ほどの貴族が外で子供を作って、その子が十歳になるまで放置していたのだ。

 世間の評判を考えると、家の内を預かる夫人としては溜息ものなのであろう。


「(証拠の詩集を拝見しましたけど、確かにあの酷い詩を書けるのは、うちの旦那様だけですわね)」


 それは、俺たちでもそう思う。

 間違いなく、俺が書いた方がまだマシなはずだ。

 ブライヒレーダー辺境伯は、書籍評論のサロンではかなりの高評価を受けている。

 他人の作品は客観的に評論できるのに、自作の詩はその辺の五歳児にも劣る。

 というのが、夫人や家臣たちからの評価らしい。 

 可哀想なので、本人には直接言わないそうだが。


「(ただ、さすがに今回は酷いので、『今度やったら詩集を出版しますよ!』と釘を刺しておきました)」


 あの詩集を出版する。

 もし俺が作者なら、一度は自殺を考えるはずだ。


「フィリーネ、お父様の詩をどう思うかしら?」


「とても素直に書かれていると思います」


 フィリーネの評価は、ある意味正しい。

 バカ正直に書かれているのは事実だからだ。

 どこまでもバカ正直に書いているので、詩としての評価は全然なのであるが。

 もしかすると数千年後、評価がひっくり返って天才詩人の称号を……などとは思えない。

 自分で言っていて、まずあり得ないと思ってしまうほど、ブライヒレーダー辺境伯の詩は酷いできなのだ。


「あなたは優しい娘なのね。お母様の教育がよかったのかしら?」


 ブライヒレーダー辺境伯夫人は、フィリーネに隔意を持っていないようだ。

 喜んで受け入れるという態度を崩さなかった。


「(バウマイスター伯爵様、ご心配なのはわかりますが、フィリーネは女の子ですから……)」


 そうであった。

 彼女の存在は、次のブライヒレーダー辺境伯になるであろう夫人が産んだ長男の地位を侵さない。

 ライバルですらなく、むしろ政略結婚に使えるので大切にする価値がある。

 なんとも現実的な理由ではあるが、逆に信用できてしまうのは皮肉かもしれない。

 俺も、貴族の世界にどっぷりと浸かってしまったようだ。


「旦那様をこれ以上待たせると可哀想ですか」


 ブライヒレーダー辺境伯は、フィリーネとの顔を合わせでお預けを食らっているらしい。

 多分、それも罰の一つなのであろうが。

 夫人の合図で、室内にブライヒレーダー辺境伯が入って来た。


「私の娘ぇーーー!」


 普段の冷静さはなく、ブライヒレーダー辺境伯は駆け足でフィリーネの元に駆け寄る。

 どうやら、一秒でも早く彼女の顔を見たかったようだ。


「旦那様、バウマイスター伯爵様が内乱中にも拘らず連れ帰ってきてくれてよかったですね」


「バウマイスター伯爵、本当にありがとう」


 ブライヒレーダー辺境伯は、涙を流しながら俺にお礼を言う。

 しかしながら、普段からは想像もつかないほど必死に見えるな。

 

「フィリーネ、私はあなたの父親です」


「お父様、初めまして。フィリーネと申します」


「素晴らしい挨拶です!」


 彼女の挨拶に、ブライヒレーダー辺境伯は勝手に一人で盛り上がっていた。

 親バカを誘発したのであろう。

 ただ普通に挨拶しただけなのに、俺も子供ができるとこうなるのであろうか?


「フィリーネ、今まで一度も会ってあげられず申し訳ありませんでした。お母さんは……亡くなったのですね……」


「はい。でも、私にはお父様がいますから」


「ええ。安心してください。もう二度とフィリーネに不自由はさせませんから」


 よほど娘が可愛いようだ。

 ブライヒレーダー辺境伯がとにかく必死すぎる。

 あまりに必死すぎて、エリーゼですら少し引いているように見えた。


「旦那様、この娘は成人してもお隣のバウマイスター伯爵様のところに嫁ぐのですから」


 夫人は安心だと言いたかったみたいだが、なぜかブライヒレーダー辺境伯はこの世の終わりのような表情を浮かべた。


「えっ?」


「『えっ?』と言われましても……」


「フィリーネはまだ十歳なのですから、そんな話はまだいいではないですか」


「まだ十歳って……。うちのジーグルトもその年齢の時には、すでに婚約者が決まっていたではないですか」


 ジーグルトとは、ブライヒレーダー辺境伯の嫡男である。

 まだ十二歳だと聞いているが、ブライヒレーダー辺境伯家ほどの大物貴族の嫡男なら、幼い頃に婚約者が決まっていることも珍しくなかった。


「ジーグルトは男ではないですか……。フィリーネは娘ですから……」


「一緒ではないですか! 顔を合わせた途端に過剰な庇護欲を出して! そうなるくらいなら、最初からちゃんと責任を取ってですね!」


「すみません!」


 ブライヒレーダー辺境伯の態度に夫人がキレ、あまりに怖かったので俺たちは早々に撤退した。

 フィリーネも、他の夫人たちに連れられて部屋を出ている。

 教育上、よくないと思われたのであろう。


「おっかねえなぁ……。大物貴族の夫人ともなると……。俺、戻ったら優しいハルカさんで癒されるんだ……」


 ブライヒレーダー辺境伯に怒鳴る夫人を見て、エルは一人現実逃避をしていた。

 俺もエリーゼたちで癒されよう。


「イーナさん。ルイーゼさん。ブライヒレーダー辺境伯夫人はあんなに怖い人だったのですか?」


「普段は温和な人だよ」


「あれは、ブライヒレーダー辺境伯様が悪いのよ」


 確かに、『自分の夫に隠し子がいて、もう十歳になりました』と聞いて冷静でいられる正妻は少ないと思う。


「それは言えてますわね」


 イーナとルイーゼの意見に、カタリーナも納得した。


「怒ると怖い部分は、エリーゼさんに似ていますか?」


「えっ? 私って、そんなに怖いですか?」


 どうなのだろう?

 俺は、あまり怒らせたことがないし。


「それよりも、フィリーネの嫁ぎ先がヴェル様に決まってしまった」


「あっ!」


 ヴィルマに指摘されて、今思い出した。

 夫人の俺の元に嫁がせるという提案を、一切否定しないまま部屋を出てしまったのをだ。


「五年後には、状況が変わっているかもしれないし……」


「ヴェル様、それはほぼない」


「ですよねぇ」


 それでも、今は現実逃避することにしよう。

 貴族である俺には、他にも問題が山積みであったからだ。

 今は、親子の感動の再会を助けられた。

 それでいいじゃないかと思いながら、急ぎ屋敷へと戻るのであった。

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