第260話 トンネル騒動(後編)
「今日も張り切って発掘するのであるな!」
翌朝。
今日は『瞬間移動』で現地に飛び、発掘を再開する。
魔導四輪での移動は……道が悪くて酔ってしまうのはどうにもならない……『瞬間移動』の方が早いので、心を鬼にして時間を選んでおいた。
うん、時間がねぇ……。
相変わらずアーネストは元気はつらつであったが、エルの方は眠そうな目を擦っていた。
「カールたちの稽古で疲れたか?」
「違う、俺の同室は誰だか覚えているか? ヴェル」
「ああ……」
一応監視も兼ねてアーネストであった。
「夜中まで、ずっとなにかを調べたり書いたりしていてな。気になって眠れなかった……」
「エルヴィン殿はおかしなことを言うのであるな。今日に備えて、推定埋没地点の計算をしていただけであるな」
アーネストの手には、それが記載されたこの辺の地図が握られていた。
「では、張り切って発掘の再開であるな」
一人だけ妙にテンションが高いアーネストが、推定した地点を魔法で掘り続ける。
途中、疎らにワイバーンと飛竜も姿を見せるが、それらはすべてイーナによる槍の投擲、ヴィルマの狙撃、ルイーゼとエルの攻撃によってただの素材と化した。
「導師もいればよかったのにね」
「あとは、ブランタークさんか」
「あの二人は、今は忙しいから」
帝国内乱について、あちこちに赴き説明する仕事をしていた。
説明というか、講演のような仕事というのが正しいかもしれない。
俺は在地領主で忙しいからと、そうでない二人が割を食った形だ。
特にブランタークさんは、ブライヒレーダー辺境伯からの主命であちこちに出向いているから断れない。
宮仕えの辛さかな。
ブランタークさんの勇名が上がれば、彼を雇用しているブライヒレーダー辺境伯は安泰というわけだ。
一時はブランタークさんの貴族への就任案も出ていたが、それは彼が断わっている。
『なにが悲しくて、伯爵様のような苦労をしないといけないのかね』
現在五十歳を超えている彼が貴族になっても、自分が死ぬまでに領地が安定しない可能性が高い。
子供の代で潰れる可能性もあるので、無理をしないというのが本音であろうか?
俺を傍らで見ていると、貴族になりたくないって……。
まあ、気持ちは理解できる。
「いい加減、飽きましたわね」
風魔法をドリルのような形にして、山の斜面を削っていく。
元々は考古学者であるアーネストの得意魔法であったが、そんなに難しい魔法でもないのですぐにできるようになり、三人で作業をしてひたすら掘っていった。
この手の作業が苦にならないアーネストはともかく、カタリーナは飽きがきたようだ。
「カタリーナ殿、発掘とは地味な作業の連続。しかしながら、なにかが出土した時の感動は忘れられないものなのであるな」
「地味な昔の食器とか、錆びた剣とかでもですか?」
「その道具を古代の人がどう使っていたのか? それを考えるだけでも楽しいのであるな」
「私には合わない趣味ですわね……」
前世で同じ大学に、学芸員の資格を取って夏休みに実習で遺跡の発掘をしている同級生がいた。
彼はそういうことが好きなので楽しそうであったが、俺も話を聞く限りにおいては、楽しそうに思えなかった。
趣味、嗜好の差だな。
「それは残念なのであるな。おっ! ついに出たのである!」
削れた部分に、一部分だけトンネルの枠に似たもの現れ、鈍く光っている。
ついに、一万年以上も埋もれていた巨大トンネルの一端が姿を現したのだ。
「しかし、こんな山の真ん中ではわからないだろう」
「この一万年で、崩れてきた土砂が集まって山となり、そこに木々が生えてしまったようであるな。まさに、自然の脅威!」
『愚公、山を動かす』ではないが、小さいとはいえ一つ山を崩すつもりで作業しないと出てこないのでは、これまで見つけられなくても当然か。
「入り口前の土砂を、すべてどかそう」
「わかりましたわ」
「カタリーナが急にやる気を出したな」
「さすがに、現物が出てくれば中身は気になりますもの」
確かにそれはあるかもしれない。
俺も気合が入り、三人による作業で、トンネルを埋めていた土砂と木々などはすべて魔法の袋に仕舞われた。
「デタラメな量が入りますわね……」
帝国の内乱で魔法を多用したせいであろう。
またわかるほど魔力量が増えていた。
「魔族でも、なかなかいない魔力量の持ち主であるな」
「とはいえ、アーネストには勝てないがな」
「我が輩、魔法の修練はサボっているのであるが、魔族の国では五本の指に入る魔力量の持ち主だったのであるな」
「よく国を出られたな」
それだけの魔力の持ち主なら、国が手放さないと思ったからだ。
「だから、密出国なのであるな」
遺跡発掘のためには、国も命令すら無視する。
アーネストは、ある意味本物の学者なのであろう。
「早速に入るのであるな」
入口の土砂は、完全に除去された。
あとはトンネルの中に入るのみである。
「魔物とかはいないよな?」
「いるわけないのであるな」
エルの心配は、アーネストによって完全に否定された。
念のために全員で警戒しながら内部に入ると、内部は暗くてよく見えない。
すぐに『ライト』の魔法で灯りを確保する。
エルとヴィルマが、念のため予備のランプに火を灯した。
「一万年前にしては綺麗だな」
「だから言ったのであるな。これは、国家の大プロジェクトであったと。見るのであるな」
アーネストがトンネルの壁を触るように言うが、見た目も感触も見覚えがあった。
コンクリート製なのだ。
「昔の漆喰?」
コンクリートと言うと、勘のいいアーネストが勘づくかもしれない。
わざと漆喰と言い直しておく。
「似たようなものであるな。これは、コンクリートというものであるな。さらに言うと、これはこういった壊れてほしくない施設などに使う『特殊コンクリート』の一種であるな」
「特殊ということは、コンクリートとやらになにか混ぜているとか?」
「バウマイスター伯爵は優秀な生徒であるな。ああ、貴殿は極限鋼の合成に成功していたのであるな。それと同じであるな」
通常のコンクリートに、極小量のオリハルコンとミスリルの他に、十数種類の希土類を混ぜて作る。
そうすることで、このように一万年経っても壊れないトンネルが完成したのだそうだ。
「もっとも、このトンネルの建造にはイシュルバーグ伯爵が関わっているのであるな。彼の『超状態保存』魔法が生きているという理由もあるのであるな。他にも、極限鋼製の鉄筋も入っているはずなのであるな」
なるほど。
このトンネルは、極限鋼製の鉄筋を入れた特殊コンクリート製なので恐ろしく頑丈というわけか。
「となると、すぐに使えるのかな?」
「大丈夫なはずであるな。できれば一ヵ月ほど調査したいのであるな」
「それは構わないさ」
いくらすぐに使えるとはいえ、いきなりトンネルをオープンさせるわけにもいかない。
王国への根回しに、トンネルが暗いので灯りの確保、トンネルすべての安全チェック、警備体制の構築と利用者の入領と出領をチェックする部署の立ち上げに人員の確保。
そしてそれは、出口側の貴族にも準備してもらわないといけない。
いきなり『トンネルが開きましたので自由にどうぞ』では、密輸や犯罪者が横行することになってしまうからだ。
前世で度々批判されていた役人と行政の仕事であったが、かくも多くの手間と時間がかかるものなのである。
「まずは、進めるところまで進むか……」
「しかし広いトンネルだな」
「政府広報には、片側五車線と書かれているのであるな」
『ライト』を地面に照らすと、日本で見慣れた白線が書かれていた。
大型トラックでも余裕で通れる車幅が合計で十車線、他にも故障、事故車両用の避難車線まで確保されている。
「(日本の高速道路みたい……)」
ミズホ人の先祖なので、日本人と考え方が似ているのであろうか?
「ついでに言うと、灯りもあるようなのであるな」
天井には、魔導灯が等間隔に埋め込まれていた。
「多分、奥に魔力を供給する魔晶石があるのであるな」
他にも、空気の入れ替えを行う通気口も一定間隔で設置されていた。
これらを動かす魔晶石が、どこかに設置されているはずだとアーネストは予想する。
「なるほど……」
俺は、すぐに魔導携帯電話を取り出してローデリヒに報告を行った。
「すぐに警備の兵を送ります」
彼は、トンネルの話を聞くとすぐに対応してくれた。
「任せた、その間にできる限り調査はしておく」
「しておくって、歩くのか?」
「いやいや、こういう時こそ魔導四輪だろうに」
二台の魔導四輪に分乗して、トンネルを奥へと進んでいく。
今度は完全に舗装された道路なので、誰も乗り物酔いはしなかった。
「快適だぜぇーーー!」
エルが運転しながら窓から顔を出し、一人はしゃいでいた。
「思ったよりも、操作が簡単だね」
二台目は俺の代わりにルイーゼがハンドルを握り、元々運動神経もいいのですぐに上手に運転できるようになった。
エルの後ろを、同じスピードでついていく。
「あれ? なにかあるな?」
しばらくトンネルを進むと、端の避難用の車線に十数台の車やトラックが放置されているのを確認した。
正確には、魔力で動く魔導四輪か。
魔導四輪から降りて様子を探ると、ドアは開けたまま、運転席にはキーが刺さったままであった。
「アーネスト、これは?」
「うーーーん」
アーネストは、自分用の魔法の袋を探って数百枚の紙を束ねた資料を取り出す。
素早く捲って読みながら、ある項目を見付けてその説明を始めた。
「緊急災害時の避難マニュアルに従ったのであるな」
「緊急避難時の避難マニュアル?」
「地震などの災害の時に魔導四輪で避難をすると、余震でトンネルの壁に激突という可能性もあるのであるな。そこで、自分の魔導四輪を避難用の車線に置き、作業する救援隊などが動かしやすいように鍵は刺したままにする。これが決まりなのだと書かれているのであるな」
「変なルール、高価な魔導四輪が盗まれたらどうするんだろう?」
この時代では、エルの考え方の方が一般的である。
アーネストを除くと、全員が同じ意見のようだ。
「今の魔族の国よりも、古代魔法文明時代はもっと文明が進んでいたのであるな。災害時という緊急事態だからこそ、国民たちに節度ある行動を求め、大半がこれに応えられる。実は盗難保険があるので、みんな特に気にしないでお上の命令に従うのであるな」
「保険ってなに?」
「毎月にいくらかのお金を払っておくと、なにかあった時に損害を補填してくれる制度であるな」
「よくわからないや。それって普通に、次の魔導四輪の購入資金を貯めておいた方がよくない?」
「月に支払う金額は、微々たるものであるな」
「それだと、保険とやらに入ってすぐ、魔導四輪が盗まれましたと嘘を言って、新品の資金を出させる人がいると思うけど……」
「保険金詐欺もないとは言わないのであるが、そこは上手く経営して、利益を出す仕組みがあったのであるな」
ルイーゼは、保険制度の仕組みに疑問を抱いたようだ。
確かに今の世界では、保険を普及させるのは難しいかもしれない。
「保険という制度はともかく、なにかあったから魔導四輪を避難車線に停めてトンネルの外に退避した。出たあとに、なにかしらの理由でトンネルが埋まってしまったと?」
「なにかしらというか、古代魔法文明を崩壊させた大爆発であろうな」
アーネストは、古代魔法文明の中心国家が行った大規模魔導装置実験の失敗による大規模爆発。
中心国家とその首都周辺の消滅。
その後の混乱と、文明の崩壊などを説明した。
「そんな大爆発があって、よくこのトンネルは無事だったな」
「比較的早期に、両側の入り口が埋まってしまったと想像するのであるな。元々頑丈にできており、イシュルバーグ伯爵の『超状態保存』もあったのであるな」
古代魔法文明崩壊時に埋まってしまい、なんかの事情があって復旧ができなかった。
次第に入り口を埋める土砂の量が増え、段々とトンネルの存在を覚えている人がいなくなり、ついには遺跡となってしまったというわけか。
「魔導四輪も、よく残っていたな」
「『超状態保存』の効果がトンネルの空間にも及んでいたのと、入り口が塞がったのがよかったのであるな」
さすがに一万年も吹きさらしでは、魔導四輪も無事ではなかったであろう。
その前に、盗掘者たちによって持ち去られていたであろうが。
避難車線に置かれている魔導四輪はほとんどが普通に動きそうだ。
状態は、当時のままであった。
新品に近いものもあれば、使い古して年季の入ったトラックもある。
「車両の回収は、ローデリヒが派遣した守備隊に任せるとするか。奥に進もう」
と思って自分たちの魔導四輪に戻ろうとすると、なぜかエルだけは、少し離れた車両のドアを開けてなにかを見ていた。
なにか変わったものでも……もしかして死体?
「エル、なにを見ているんだ?」
「ヴェル、古代魔法文明時代の書籍って凄いな!」
エルが見ていたのは、カラー印刷された写真週刊誌のようなものであった。
日本でいうと○ライデーや○ォーカスのような雑誌で、歌手や俳優が恋人と夜中に密会していたとか、政治家や貴族の汚職に、あとはお約束の水着とヌードグラビアのページもある。
「素晴らしいな。これを持ち出さないとは勿体ない」
言うまでもなく、エルはヌードグラビアページに夢中であった。
車内に置いてあったが、避難する際に持ち出すまでの価値はないと思われたのであろう。
日本でも、読んですぐに捨てるようなものだから。
「安物の雑誌であるな。魔族の国にもあるのであるな」
熱心にヌードグラビアを見ているエルの後ろから、アーネストがそれを確認しながら言う。
「魔族の国にもあるのか」
「ただ、ヌード写真は禁止であるな」
「なぜだ?」
「女性団体がうるさいのであるな。女性の権利に対する蹂躙であると」
なんか、どこかで聞いたような話だな。
「有権者の半分は女性なので、政治家もそれなりに配慮する必要があるのであるな。他にも、風俗業の禁止は数十年ほど前から始まっているのであるな。一部男性識者たちからは、これこそが少子化の原因だと言う者もいるのであるが、検証が困難なうえに、お上が規制をすると地下でアングラ出版をしたり、違法風俗店の営業を行う者が出るので、結局なにも変わらないのであるな」
本当に、どこかで聞いたような話である。
「エル、それは持ち帰って家で見ろよ」
「家には持ち帰れないから、ここで見ておく」
今回の発掘に戦力になるはずのハルカが参加していないのは、結婚式に備えて準備をしているからだ。
エルを働かせないわけにいかないので、その手の準備を彼女に一任してしまっていた。
だからこの場にいないのだ。
「そのくらいのもの、持ち帰って普通に見ればいいだろうが」
「いや! ハルカさんに怒られるから!」
「どれだけ尻に敷かれているんだよ……」
「ヴェル、俺は尻に敷かれてなどいない!」
エロ写真を見ているくらいで嫁に怒られるのだから、そう思われても仕方がないだろう。
なにしろ俺などは……ああ、別にエロ写真なんていらないか。
エルに早く魔導四輪を運転するように言い、その場をあとにしようとする。
「エリーゼたちが怖いんだろう?」
「まさか、エルが急になにを言うのかと思えば……」
伯爵にして、五人の妻と一人の愛人を持つこの俺が女性が怖い?
それはない。
エロ写真なんて、本当に必要ないと思っているのだから。
「ヴェル、それは本心かな?」
「当たり前じゃないか」
「この雑誌、今週号はコスプレ特集と書いてあるけど……コスプレって言葉の意味は分からないけど、なにか楽しそうだな」
「出土品は、領主たる俺に権利があるな。エル、必要ならば俺に借りるんだ」
あくまでも少し興味が湧いただけなので、念のためにとっておくことにしよう。
もしかすると、文学的な価値があるかもしれないのだから。
そういうのは大分あとにならないとわからないケースも多くて、それに備えて確保しておかないと、貴重な文化遺産がなくなってしまう。
だから安全マージンを取って、俺はエロ雑誌を確保しておくのだ。
文化の保護者であるバウマイスター伯爵だからな。
「了解」
俺は急ぎ週刊誌を魔法の袋に仕舞い、トンネルの奥に向けて出発する。
勿論エリーゼたちには内緒である。
「長いね」
魔導四輪のライトのみを頼りに、二台の魔導四輪はトンネルの奥へと向かう。
次第に避難車線のみならず他の車線にも放棄車両があるので、俺は運転しているルイーゼにスピードを落とすように指示した。
時速四十キロ平均ですでに半日、約四百八十キロを進んだことになる。
なんという長いトンネルだと思うが、リーグ大山脈は、山道を歩けば片道一ヵ月半もかかるのだ。
当然といえば当然か。
「見えたのであるな」
ようやく、『関係者以外立ち入り禁止』と書かれたドアがトンネルの側壁に見つかった。
「開けますわよ」
『開錠』魔法でカタリーナが扉を開けると、内部には大きな魔晶石と、いくつかの周辺機器……魔道具が見つかる。
「故障はないのであるな。魔力を補充すれば、このとおりに……」
空の魔晶石にアーネストが魔力を注ぐと、すぐに赤い輝きを取り戻した。
部屋を出ると、トンネル内の魔導灯と空調装置が復活している。
「なるほど、これでトンネルが明るくなったな」
さすがに半日走り詰めなので疲れた。
その日はそのまま野営となり、翌朝また魔導四輪を走らせ始める。
目標は、反対側の出口だ。
「運転が簡単、馬ほど難しくない」
魔銃の取り扱いと簡単な整備までこなせるようになったヴィルマからすると、魔導四輪の運転は、それほどの難事でもないようだ。
エルと運転を代わっていたが、上手に動かしている。
「ん? エンストか?」
「おかしいですわね……」
「ギアをチェンジしたら、もっとゆっくりとクラッチを戻すんだ」
一方、ルイーゼと運転を交替したカタリーナは最初にエンストを頻発させた。
この魔導四輪、オートマ車は存在しないようだ。
俺も前世ではオートマ車ばかり乗っていたので、やはり最初は何回かエンストをしてしまったが。
「こうですか?」
「そうそう。別にエンストしても大したことでもないから焦らないで。ある程度運転すれば、すぐに慣れるから」
「はい」
最初は戸惑っていたようだが、カタリーナもすぐに魔導四輪を走らせられるようになった。
「でも、本当に長いトンネルね」
カタリーナも運転に慣れたので、今度はイーナに変わった。
彼女はルイーゼと同じく運動神経がいいので、すぐに普通に運転できるようになっている。
「ブライヒレーダー辺境伯領に出るのよね?」
「アーネストが資料を参考に作った地図によるとそうだな」
助手席に座っている俺は、一枚の手書き地図を確認する。
少し東部の小領主混合領域寄りではあるが、計算によるとブライヒレーダー辺境伯領内の山麓に出るはずだ。
彼ならば、トンネルの反対側でも諸々の交渉や手続きが面倒でなくていい。
「到着したわよ」
「では、ここでしばらく待機だな」
いきなり反対側の土砂をどけてしまうと、色々と面倒な問題が起こるかもしれない。
そこで、ローデリヒが派遣した警備部隊が調査、魔導車両の回収を終えるまではここで待機となる。
あとは、アーネストとカタリーナと共に行う作業もあった。
「念のため、安全確認は必要であるな」
というわけで、三人だけで今度はトンネルを戻っていく。
途中、『探知』『感知』『探査』などの魔法をかけて、トンネルに破損部分や内部の罅などがないか確認を始めたのだ。
「さすがはイシュルバーグ伯爵、素晴らしい工事であるな」
アーネストは、独自に音波探知のような魔法を使ってトンネルの状態を探っていた。
この魔法は風系統だそうだ。
彼は人の精神を操る闇魔法以外では、風系統が得意らしい。
なんでも、遺跡発掘に一番使える魔法なのだそうだ。
「土と水も一部使える魔法があるのであるな。火は我が輩には役に立たないのである。野営した時に火付けをするくらいであるな」
魔族の特性魔法である闇以外は、遺跡発掘に必要な魔法しか覚えない。
ある意味、清々しいまでの考え方だ。
「お館様!」
チェックをしながらトンネルの真ん中まで戻ると、そこには数百名の警備兵を連れたトーマスとニコラウスが姿を見せる。
「なるほど、これは大した規模の古代遺跡ですね」
トーマスが守備隊長で、ニコラウスが副隊長扱いのようだ。
兵士たちを動かして、早速車両の回収作業を行っていた。
「また人員が増えたのか?」
「はい。バウマイスター伯爵領は急速に発展していますからね」
常に家臣の新規雇用が行われ、彼らは人格と能力に沿って役割を与えられていく。
特に守る場所が多いので、警備隊や諸侯軍の編成は急務であった。
「今や、私たちでも古参扱いですからね」
「すでに後輩の方が圧倒的に多いですから」
「うちは、一番古参のローデリヒでも五年以下だからな」
トーマスたちは、勤続期間でいえばトリスタンたちとそう違いはないのだから。
「それにしても、これだけのトンネルですか。守備が大変そうだなぁ」
「まだ出口側の土砂排除を行っていないが、それをしたらトンネル所有の割合とか、警備、管理責任分担とかで交渉があるはずだ。今はできる限りのことしてくれ」
「ああ、所有権の割り合い交渉があるのですね。ですが、ブライヒレーダー辺境伯様なら交渉が楽な方では?」
トンネルは、リーグ大山脈を貫いている。
では、そのリーグ大山脈の所有者はというと、これは一応決まっていた。
山頂より未開地側がバウマイスター伯爵領で、あとはブライヒレーダー辺境伯領や、小領主連合の誰かの領地だったりする。
ただ、リーグ大山脈自体が登頂困難な山道であり、それに加えて飛竜とワイバーンの住処となっており、他にも凶暴な野生動物が多い。
実効支配しているのかと言われれば、答えはノーであった。
「ブライヒレーダー辺境伯様と半分ずつですか?」
「俺たちが発見者だ。最低でも、動力室部分まではいただく」
トンネル内にある魔導灯と空調のエネルギー源となっている魔晶石が置かれた部屋。
ここは重要なので、絶対にバウマイスター伯爵家が所有権を取らなければならない。
「ならば、急ぎ実効支配してしまいましょう」
ブロワ辺境伯家との紛争を経験したせいか、トーマスはえらく理解が早かった。
避難車線に停まっている車両の回収と、トンネルのチェックを手伝いつつ、警備兵たちを配置してトンネルを実効支配していく。
同時に、警備兵たちに魔導四輪の訓練を行っていた。
「これをある程度配備してほしいですね」
「それは確実に行う」
とにかくトンネルが長すぎるので、車両で移動でもしないと緊急の事態に対応できないのだ。
まさか、馬で道路を走るわけにもいかない。
できなくもないが、馬には牧草と水の補給に、馬糞の問題があるからなぁ。
「いよいよ、出口側を掘削するか」
トーマスたちがやって来てから三日後。
トンネルは、すべて安全だと確認された。
入り口と各所に警備兵が配置され、彼らは運転を覚えた魔導四輪で定期巡回を行っている。
魔晶石が置かれた動力室にも警備の手が入り、俺たちはいよいよ出口側の土砂の掘削を始めた。
「掘っても、掘っても、土砂が流れ込んでくるな……」
一万年で、出口側も土砂が大量に降り積もって山になっているのかもしれない。
大量に出る土砂を魔法の袋に入れ、溜まると入り口分も含めてローデリヒに渡しに行く。
「この土砂は、埋め立てに使いましょう」
やはりローデリヒは、埋め立て工事の計画も進めていた。
現場まで『瞬間移動』で飛んでから魔法の袋に集めた土砂を流し込み、木々は木材として商人が買っていく。
膨大な建築需要のせいで木材はいくらあっても足りない状態であり、喜んで購入してくれた。
生木なので、乾燥させないと使えないんだけど……。
「我々が生き埋めにならないように注意しつつ、掘り続けるしかない」
出口側の土砂を取ると、また土砂が落ちてきて元の状態に戻ってしまう。
生き埋めにならないよう、これをしばらく繰り返していたが、ようやく出口から日の光が見え始めた。
「光だ!」
トンネルが開通し、全員がトンネル内に差し込む光に感動する。
「道を確保するんだ」
さらに大量の土砂を避けると、やはり出口側も溜まった土砂が山になっていたようだ。
それらをすべてどけると、ようやくトンネルは再開通した。
「開通したけど……」
「のどかだねぇ……」
一番乗り狙いでトンネルの外に出たルイーゼは、目の前に広がる光景に驚きを隠せない。
なんとそこは山奥の農村地帯で、数名の農民たちが畑を耕していたからだ。
「あんれまぁ、ついに山が消えて洞窟があるだ」
「お館様にお知らせしねぇと」
「あの人たちは、地底人だべか?」
彼らは突然開通したトンネルに驚き、一人の農民が領主を呼びに猛スピードで走っていく。
「あれ? ここはブライヒレーダー辺境伯領じゃないのかな?」
「お館様、ここは代官地なのでは?」
「代官地ってことは、王国直轄地ってことか?」
「かもしれないですが、実際のところはどうなんでしょう?」
「わかんね」
俺とトーマスたちは、出口側の田舎ぶりに驚きを隠せない。
なんとなく嫌な予感がしてきたが、予想どおりにまた貴族の厄介ごとに巻き込まれて行くことになるとは……。
俺の悪運はなかなか尽きないようだ。
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