日常への帰還?
第256話 接待旅行(前編)
マハゼは、スズキ目ハゼ科に分類されるハゼの一種で、東アジアの内湾や汽水域に生息する魚だ。
日本では北海道以南に、他にも中国、オーストラリア、アメリカにも生息し、ハゼ、カジカ、クズ、デキハゼ、ヒネハゼ、ケタハゼ、カマゴツ、ゴズ、クソハゼとその地方や大きさなどによって様々な呼び方をされる。
手軽な釣りの対象魚として、ハゼ釣りは江戸時代から庶民の娯楽として存在していた。
食用としてもポピュラーであり、天ぷら、唐揚げ、刺身、吸い物の椀種、煮付け、甘露煮など色々な料理で食べられる。
江戸前の天ぷらネタとしては最上のものとして知られ、下町の某高級天ぷら店では八千円以上のコースを頼まないとハゼの天ぷらは出てこない。
仙台など一部の地方では、ハゼの焼き干しは伝統的な雑煮の出汁として、なくてはならないものだ。
と、なぜ俺がここまで詳しく説明するのかと言えば……。
「バウマイスター伯爵、ここはサイズも数も出るポイントでな。マズメの時間には入れ食いになることも多い。ミズホ伯国もとい、ミズホ公爵家専用の釣り場なのだよ」
内乱戦終了後。
俺たちはミズホ上級伯爵もとい、ミズホ公爵から接待を受けていた。
そこは、ミズホ伯国の時代以来、フィリップ公爵家から漁の許可を得た海に繋がる川の河口であった。
アユ、ウナギ、ナマズ、アカメ、ハゼ、アナゴ、シロギスなどの魚影が濃く、ミズホ公爵家の人たちと、当主に認められた家臣やその家族のみが、投網、釣り、その他の漁を許され、それを調理して楽しむ。
他にも、ミズホ公爵家にとって重要な客を接待する場にも利用されるそうだ。
「夏はデキハゼで、今の時期は、海に落ちる前の大きなハゼが釣れるのだ」
ミズホ人にとって、ハゼ釣りは領主から庶民までもがおこなう人気の趣味であった。
「極限鋼の流通をヘルムート王国に握られてしまった以上、なんとか購入できるよう、バウマイスター伯爵殿のご機嫌を取らないとな」
「随分と正直に言いますね」
「それに気がつかぬ者など、バウマイスター伯爵殿本人も含めて少なかろうて。内乱中は大変であったから、単純に息抜きでもある」
「こういう息抜きはいいですね」
「誘ってよかった」
そんな理由で、俺たちはミズホ公爵から接待を受けていた。
河口の岸にある、簡素な仕掛けを投入するとハゼがよく釣れる場所の傍らに純ミズホ風の家屋が建ち、しかも屋内の窓から冬の寒さを気にしないでハゼが釣れるのだ。
釣れたハゼは、すぐにミズホ公爵家お抱えの料理人によって、刺身、から揚げ、天ぷら、煮付け、吸い物などに調理され、お酒と共に提供される。
お酒も、ハゼを焼き干しにしたものをお燗したハゼ酒であり、美味しさのみならず、風流も楽しめる仕組みになっていた。
元日本人である俺にとっては、大変に嬉しい接待内容だ。
向こうは、俺の事情なんて知らないけど……。
「釣れた、釣れた。おおっ! これは新記録か?」
この世界にも、リール竿が存在している。
王国にも存在するが、ミズホ公爵領製のものは、現代日本のリール竿にそっくりでとても使いやすい。
魚好き民族なのでよく釣れる仕掛けの研究も盛んであり、天秤仕掛けや針なども日本のものによく似ていた。
「糸も、細くて頑丈ですね」
二十センチを超えるハゼが釣れたのだが、ラインは極細なのにまったく切れる心配はないようだ。
「マダラ大クモという、魔物の領域に住んでいるクモの糸を特殊加工しておってな。プロの漁師たちにも重宝されておるよ」
「王国でも需要がありそうですね」
「早速、王国貴族からの引き合いもあってな。講和条約様々だな」
ミズホ公爵家は帝国に組み込まれたが、やはり生粋の帝国貴族ではない。
ペーターはなんとか一体感を演出しようとしているが、王国政府と一部王国貴族たちの中には、独自にミズホ公爵家と縁を結ぼうとする動きがあるそうだ。
王国政府のは、俺がそうするように陛下に進言したからだけど。
「交易が盛んになって我がミズホ公爵家が儲かるのは万々歳だが、バウマイスター伯爵も意外と策士だな」
「そうですか?」
「ああ、ヘルムート王国は帝国の内乱に乗じて兵は出さなかったが、経済的には侵略を開始したともいえるからの」
現在の帝国は、内乱のせいで生産力と流通にダメージを受けている。
それに乗じるというか、王国の産品の輸入量が徐々に増えているそうだ。
しかし、さすがは商人というか。
儲け話には敏感で、そのためなら国境を越えるくらいは厭わないようだ。
「まあ、うちは貿易黒字なので上手くやっているがね。中央政府は大変だと思うよ」
統治体制を固めようと必死のようだが、早速小規模の反乱が発生したそうだ。
「マールバッハ子爵が、改易された貴族やその家臣たちと共に反乱を起こしたようだな。彼は領地を削られて不満があったそうだし。まあ、わずか一週間で鎮圧されて首を曝されたそうだが」
帝国軍の最高司令官になったギルベルトが、速攻で戦力を送り出して鎮圧してしまったそうだ。
あの人は有能な軍人なので、まず負けることはないか。
「帝国が落ち着くまでには時間がかかるというわけだ」
「ペーターは大変だなぁ」
「バウマイスター伯爵たちが来るから一緒に招待したのだが、多忙なようで断られてしまった。『残念、無念』と言っておったぞ」
もう一人、アルフォンスも忙しすぎてミズホ公爵家の接待に来ていなかった。
テレーゼの跡を継いだばかりなので、同じく大変なのであろう。
「テレーゼ殿も来ないのか。時間ができたと聞いていたのに」
「遠慮しているのですよ」
自分はもうフィリップ公爵家の人間ではないし、帝国で政治的な仕事をするつもりもない。
それを世間に知らしめるために帝国を出たのに、いくら遊びでも、すぐに帝国領内に戻るのはよくないと言っていたのを、ミズホ公爵にも伝えた。
「なんでも、自分が出席すると、沢山の帝国貴族たちがこの席に出たいとミズホ公爵の元に押しかけるであろうと。迷惑はかけられないそうです」
「それはあるの。テレーゼ殿はバウマイスター伯爵領で息災のようだし、それでいいのかもな」
あまり政治的な話ばかりしていてもしょうがないので、というか深く関わりすぎるのも問題なので、俺は釣りに没頭することにした。
「エル、釣れたか?」
「そこそこの大きさだな。このハゼのから揚げは美味いな」
エルは、自分で釣ったハゼをから揚げにしてもらい、とても満足そうだ。
「あの……エルさん」
「ああ、餌ね。こいつ、ヌルヌルしてるな」
ハルカは、餌の活きイソメが苦手のようだ。
エルに申し訳なさそうに頼み、餌を針につけてもらっていた。
「ハルカさんにも苦手なものがあったんだね」
「私、子供の頃からこのヌルヌルが苦手でして……」
「確かに、苦手な人はいるかもな」
エルが、活き餌が苦手なハルカのために餌をつけてあげ、二人で仲良く釣りをしている。
その光景は、まさにリア充のカップルそのものであった。
いまだにボッチ属性が抜けきらない俺の、心の中に住む嫉妬の鬼が、俺の心をざわつかせるのだ。
「エルさん、釣れました」
「これは大きいな。早速天ぷらに揚げてもらおうぜ」
エルが、ハルカの釣ったハゼを世話係の女性に渡すと、それを初老で熟練に見える調理人が隙のない動作で捌き、衣をつけ、天ぷらを揚げていく。
しばらく鍋を見つめ、迷いのない動作で揚がった天ぷらを引きあげてから、素早く油を切った。
その淀みのない一連の動作から、俺は目を離せないでいた。
これがプロの天ぷら職人なのかと。
そして、揚がったハゼの天ぷらが皿に乗せられ、二人の前に差し出される。
「エルさん、天つゆで食べますか? それともお塩で?」
「最初だから、塩がいいな」
「わかりました。はい、あーーーんしてください」
「あーーーん、美味しいな。ハルカさんが食べさせてくれると余計に美味しい」
「そんなことはないですよ」
エルに褒められて、顔を赤く染めるハルカ。
正直、見ているだけで『あーーー!』と叫びたくなる光景だ。
というか、お前らはあの熟練の技を持つ天ぷら職人に対し、敬意や尊敬の念を抱けないのか?
俺はそれがおかしいと思うのだ。
決して、二人のリア充ぶりが羨ましいとか、思っているわけではない。
「若いな。ワシも若い頃は妻にやってもらったことがある」
「そうなんですか?」
正直に告白すると、前世や結婚する前の俺にそんな経験はない。
というか、いくら若い頃でもミズホ公爵には似合わないと思う。
それを言うと失礼にあたるから、絶対に口には出さないけど。
「こういう時のための、タケオミさんなのに……」
あの妹ラブのシスコンサムライがいれば、二人の不謹慎な行為など阻止、断罪してくれるというのに、なぜか今日はいなかった。
「タケオミなら、フジバヤシ家の連中に吊し上げを食らって、今日は欠席だな」
「あの人、なにをしたんです?」
「バウマイスター伯爵家と、ミズホ公爵家との融和を邪魔しているな」
フジバヤシ家は、ハルカとタケオミさんによる内乱の戦功と、俺たちの護衛任務成功で家禄がかなり上がった。
末端とはいえ、上士の仲間入りをしたそうだ。
「その功績の中にハルカとエルヴィンの婚姻もあるのに、次期当主自らがそれを邪魔すれば、家族から叱られて当然であろう」
現当主である父、隠居した前当主の祖父、他ほぼすべての家族から叱られたらしい。
「『せっかく二人の仲もいいのに、お前が邪魔をしてどうするんだ!』と叱責されたそうだが、誰でもそう言うと思うぞ」
そんなわけで彼は、上士の仲間入りをしたので参加できるはずの今回の釣行を欠席させられたそうだ。
「(ちっ! 使えない兄だな。それにしても、エルの分際で……)」
俺の心の中に住む嫉妬の魔獣が、徐々に大きくなっていく。
昔を思い出し、『リア充なんて爆発して死ねばいいのに』と思ってしまうのだ。
あとは、天ぷら職人への冒涜もある。
そう、これこそが一番大切なのだ。
もう一度言う、決して嫉妬などではない。
「あなた、私も天ぷらの作り方を習って実際に作ってみました」
俺の心にある闇の広がりを察してか?
エリーゼが、自作した天ぷらを皿に載せて持ってきた。
さすがは、俺の奥さん。
俺が、ニュルンベルク公爵並の心の闇に包まれ、功臣粛清の遠因となるものを防いでくれたのだから。
まさに内助の功だな。
「へえ、上手に揚がっているな」
「天ぷらって、難しいですね」
確かに、天ぷらを極めようとすると難しい。
ネタの細工から、衣の作り方、揚げ方などで細心の注意を払わないといけないからだ。
「揚げている最中、油の音の変化を聞き分けるのは難しいです」
「もの凄くレベルが高い話だなぁ……」
初めて天ぷらを自分で揚げているのに、まるでプロの職人のようなことを言うエリーゼ。
彼女の完璧超人伝説に、もう一つエピソードが加わった。
「油の切り方とか、まともに修行すると時間がかかるみたいだね。では、早速いただきます」
エリーゼが作った天ぷらを食べる。
サックリ揚がっていて、中の身はほっこりとしている。
某グルメ漫画のような感想になってしまったが、とても美味しい。
やはり天ぷらは、最初塩で食べるべきだなと確信する。
「美味しい、さすがはエリーゼだな」
「よかった、これでバウマイスター伯爵領でもいつでも作れます」
そう言ってニッコリとほほ笑むエリーゼを見て、俺は勝利を確信した。
「ヴェル、天ぷらを食べてなにを勝ち誇ったような顔をしているんだ?」
エルが不思議そうな顔をしていたが、エリーゼに感謝するといい。
お前は、そのリア充ぶりのせいで将来俺に粛清されるかもしれなかったところを、運よくそのフラグがへし折れたのだから。
「なんかよくわからんな。ところで、イーナたちは?」
「はい、私と一緒に天ぷらを揚げています」
エリーゼの視線の先では、なぜかイーナとルイーゼが大量の天ぷらを揚げていた。
「これだけ揚げると、エリーゼレベルとまではいかないけど上達したわね」
「ボクも、職人さんに及第点を貰えたよ」
「なあ、なぜ二人はそこまで懸命に天ぷらを揚げるんだ?」
店でも開くのかというほど天ぷらを揚げるのに没頭しているイーナとルイーゼに、俺は近づいて聞いてみる。
「全然足りないのよ」
「揚げても、揚げても、キリがないんだ」
二人が懸命に天ぷらを揚げている原因、それは導師とヴィルマのせいであった。
窓の端のエリアにはブラックホールが存在し、そこではどんな食べ物や飲み物もすぐになくなってしまうという。
「某が思うに、このハゼという魚はとても美味しいのであるが、せめて一メートルくらいのものが釣れてくれれば、もっと素晴らしいのである」
「本当、食べれば食べるほどお腹が空く」
「いや……、そんなに大きなハゼはいませんから……」
少なくとも、マハゼではあり得ない。
二十センチを超えていれば大物なのだから。
「ならば、数を釣るしかないのである!」
「もっと食べたいから釣る」
大きなハゼがいないことを導師とヴィルマは残念がっていたが、二人は根がポジティブなので、すぐに沢山釣ればいいと考えを切り替えた。
二人は釣ったハゼをイーナとルイーゼに渡し、天ぷらとして揚がってきたそれを奪い合うようにして食べる。
時おり、導師がハゼ酒を、ヴィルマはお茶と煮付け、甘露煮なども食べながら釣りに没頭していた。
「釣れた」
「ヴィルマは上手いな」
さすがは、狩猟と漁を生業と趣味にしていた少女。
名人レベルの速度でハゼを釣っていく。
そして、釣れたハゼはすぐに調理され、その胃袋に収まっていた。
「この近辺のハゼ、全滅するんじゃないか?」
「他に釣っている人もいないし、大丈夫だろう」
エルが心配するほどのスピードで、ハゼは導師とヴィルマによって食べられていく。
だが、この川はミズホ公爵家専用の河川だ。
そう簡単にハゼは絶滅しないはず。
「釣れたけど、見たことない魚……」
「ああ、シロギスですね。これも天ぷらにすると美味しいですよ」
ヴィルマに、給仕役の若い女性が魚の種類を教えていた。
ポイントが河口であったため、外道でシロギスが釣れたというわけだ。
これも、江戸前では天ぷらネタとして有名だ。
王国沿岸には生息しておらず、帝国北方でしか獲れないようだ。
俺は王国では見たことがないし、王都の魚屋でも売っていなかったはず。
「ヴェル様、味見」
「これも美味しいな」
ヴィルマは無口なので『あーーーん』してとは言わないが、彼女から揚げたてのシロギス天ぷらを食べさせてもらう。
これも白身で美味しい天ぷらネタなので、予想どおりに美味しかった。
「某も、食べたいのである」
それを見た導師が、自分もシロギスを食べたいと子供のように我儘を言った。
「外道だし、そうは釣れない」
「うぬぬぬぅーーー! 釣りで一番大切なのは、釣りたいと願う気持ちである!」
導師がいかにもそれっぽいことを言うが、ようは食い意地が張っていて、自分もシロギスを食べたいだけにしか聞こえない。
しかし、導師は釣りはあまり上手くないようだ。
小さな針にチマチマと餌をつけるのが苦手なようで、どうしても手返しでヴィルマに負けてしまう。
「ポイントの取り方、アタリが出た時の合わせ方も……。導師、下手ですね……」
「見えない獲物は苦手なのである……」
そのせいか、導師はヴィルマの五分の一も釣れていなかった。
「と、ここでヒキが! これは大きいのである!」
導師の持つ竿が大きくしなり、素早くリールを巻くと獲物があがってくる。
だが、獲物はハゼではなかった。
「フグ?」
「河口だからかな?」
導師の仕掛けには、フグがぷくっと膨れてかかっていた。
「ええと、これは『川フグ』と言いまして、外道です……」
世話係の女性が、導師に対し申し訳なさそうに説明していた。
「食べられるのであろう? 前にフグは食べたのである」
「種類が違いまして……。河口でもよく釣れるのですが、毒だらけで食べる部位がありません」
「無念……」
フグが食べられないと知って、導師がえらく落ち込んでしまった。
「釣れた」
「早いのである」
導師がそんなことをやっている間に、ヴィルマはどんどんと釣果を重ねていく。
「でも、なかなか余らない。焼き干しにして持って帰りたいのに……」
いくら釣れてもヴィルマがすべて食べてしまうので、ハゼを持ち帰れる可能性は低いだろうな。
俺たちが釣った分まで食べてしまっているから、余りなんてしばらく出ないはずだ。
「ええと、帰りに買って帰ればいいと思うよ」
「さすがは、ヴェル様。いい解決策」
「……」
それって、褒められるほど素晴らしい意見なのであろうか?
誰にでも思いつきそうな気がするが……。
「あとは、カタリーナは……」
最後にカタリーナの姿を探すと、彼女はフィリーネと共に真剣な表情でハゼ釣りに取り組んでいた。
今回フィリーネを連れて来たのは、内乱中に彼女の面倒を直接見てあげられなかったからである。
それと、父親であるブライヒレーダー辺境伯との面会はまだ行っていない。
大物貴族はみんな忙しいので、こういう離れていた親子の感動の面会ですら、事前にスケジュールを調整しないといけないからだ。
フィリーネは隠し子という扱いなので、話を持っていく時にもなるべく周囲にバレないように慎重に行わなければならない。
というわけで、現在ローデリヒが密かに交渉を行っている最中であった。
大物貴族ともなると、定期的に隠し子関連のトラブルが発生する。
なんとか利益を得ようとする詐欺紛いの連中も多く、たとえ俺たちからの報告でも、ブライヒレーダー辺境伯家で慎重に協議を重ねていると聞いた。
一族や家臣が大勢いると、なにを決めるにも時間がかかって大変だな。
「繊細なアタリをわかりやすく感じるため、糸の周囲に外の風が当たらないよう『魔法障壁』を張りましたわ」
「うわぁ、さすがはカタリーナ様ですね」
「これで、私が一番釣れることは確実ですわ」
遊びでハゼ釣りをしているのに、なぜか一人だけ引くほど真剣にやっているカタリーナ。
一緒にいるフィリーネは、カタリーナの魔法に感心していた。
地味な魔法のために肉眼での確認は非常に難しいのだが、それでも魔法が使えないフィリーネからすると物珍しいようだ。
「なぜそこまで勝負に拘るのかわからん」
「ヴェンデリンさん、遊びは真剣にやってこそ面白いのですわ」
堂々と俺に向かってらしい正論を吐くカタリーナであったが、それでも勝負の世界は甘くなかった。
実は彼女、あまり釣りの経験はないようだ。
「ええと……、言うほど釣れてないけど……」
俺の釣果と、あまり大差はないように見える。
これなら、ヴィルマの方が圧倒的に釣っているはずだ。
「……。大物でしたら、私の圧倒的な勝利ですわ」
と言いながら、釣ったハゼの中から一番大きなものを俺に見せる。
「バウマイスター伯爵様、カタリーナ様の釣ったハゼは大きいんですよ」
フィリーネの言うとおりで、確かに一番大きいのは二十七センチほどある。
そう滅多には釣れない大物であった。
「デカっ!」
「大物勝負では私の勝ちですわね」
勝利を確信して胸を張るカタリーナであったが、その天下はわずかな時間で終了してしまう。
「ヴィルマ嬢よ、それは大きいのである!」
「天ぷらにすると食べ応えあると思う」
ヴィルマが三十センチ近いオバケハゼを釣りあげ、その周囲に多くの人たちが集まってくる。
カタリーナの三分天下は、明智光秀も真っ青なほどの短さだ。
「ヴィルマは、物心ついた頃から釣りもしていたようだし……」
自分の食い扶持を稼ぐため、小さい頃は狩猟に出られないので、川で魚を釣って食い扶持を確保していたそうだ。
仕掛けを結ぶのも速いし、ハゼの繊細なアタリを取るのも上手で、その腕前は名人クラスだと、同伴しているミズホ公爵家の世話係たちが認めているほどなのだから。
「見事なものですな、ヴィルマ様」
「ワシは、三十年前にそれよりももう少し小さいのを釣りましたが、それでも当時はお館様に羨ましがられましたぞ」
客の世話をしたり、釣りを教える仕事をしている世話係の老人たちが、ヴィルマの腕前と釣ったハゼの大きさを称賛していた。
彼らもハゼ釣りが趣味なようで、純粋に大きなハゼを釣ったヴィルマが羨ましいようだ。
物差しなどで、釣れたハゼの長さを計って盛り上がっている。
「このサイズでも、年に数匹あがるかどうかみたいだぞ」
ここでカタリーナがヘソを曲げると困るので、俺はフォローを入れておく。
別に、カタリーナがヴィルマに隔意があるわけではないが、彼女は勝負になると周りが見えなくなることがあるからだ。
「……」
「カタリーナ?」
「ならば、私は明日の朝、マズメの時間にこれよりも大きなハゼを釣りましょう! そう、この川のハゼのボスを釣り上げるくらいの覚悟で!」
「この川に、ハゼのボスなんているのか?」
そんな話は聞いたことがないな。
初めて来た川だから当然だけど。
「ヴェンデリンさん、魔物の領域には必ずいるではないですか。きっとこの川にも、人知れずに主がいると、私は思うのです!」
「(いるわけないだろうに……)」
某釣り漫画でもあるまいし、ここは普通の川で魔物の領域でもない。
俺は、カタリーナの言い分にただ呆れるばかりであった。
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