閑話7 クリスマス記念SS
「もうすぐクリスマスかぁ……」
なぜか地球とほぼ同じ暦を持つこの世界に転生してから十年近くが経ち、俺も無事に十四歳になったが、今になってどういうわけか日本のクリスマスを思い出した。
前世で俺一宮信吾が子供だった頃、家でケーキとチキンを食べ、父親が正体のサンタさんからプレゼントを貰った。
中学や高校の頃には、友人同士や部活でもクリスマスパーティーはあったな。
あまり女っ気はなく、男の友人同士で、早々と彼女とクリスマスを祝う同級生や友人たちに呪詛の言葉を送りながら大騒ぎをした。
大学生になると俺にも彼女ができ、クリスマスプレゼントを買うため、懸命にバイトに勤しんだのを思い出す。
結局卒業前にフラれてしまったが、それもいい思い出だと思うことにしよう。
就職してからは、勤めていた商社が食品を主に扱う会社だったので裏方に回った。
裏方というか、食品関係の仕事はかき入れ時の年末に向け、早いと一年前、遅くても数ヵ月前から動く。
ケーキを作っている食品メーカーや洋菓子店が、『ケーキの材料が足りないので、もうこれ以上は作れません』では食べていけないからだ。
事前に必要な材料を、ある程度計算して早めに発注をかけるわけだ。
俺たちは、それを卸す準備で忙しい。
クリスマスギリギリになっても、計算が狂って『アレが足りない、コレが足りない』というトラブルが起こる。
『残念ながら、在庫がありません』で済ませてもいいのだけど、うちのような二流商社はそういう肌理細やかな注文に応えてこそ、大手に対抗可能だという現実もある。
翌年以降の商売にも差し障りがあるので、クリスマスから年末まで駆け回るような忙しさだ。
それでも、正月くらいは休みがあるからマシであろう。
本当、一年中商売をしている人たちは凄いと思う。
などと、どうして急にこんなことを思い出したのかと言えば……。
「バウマイスター男爵! 今年も『謝肉祭』の季節である!」
導師から、この時期に行われる面倒な行事への参加を強制されたからであった。
「ああ、面倒くさいなぁ……」
「本当だよなぁ……」
エルも俺と同じように愚痴るが、それもこれもこの『謝肉祭』という行事のせいだ。
実はこの風習というか行事は、王都周辺でしか行われていない。
そういえば、子供の頃から獲物を卸しにブライヒブルクまで行っていたが、謝肉祭なんて行事は聞いたことがなかった。
俺の実家については言うまでもなく、バウマイスター騎士爵領全域でも、結婚式と葬式と収穫祭以外の行事はほぼ存在しないからだ。
「教会の行事なのよね?」
「ボクも聞いたことがないなぁ」
ブライヒブルク育ちであるイーナとルイーゼも、謝肉祭という行事は知らなかった。
教会の行事なら、ブライヒブルクの教会でも行われているような気がするのだが、そういうわけでもないらしい。
「この行事はですね。今から五百年前、教会により聖人認定されたヴァレンティーン枢機卿が、孤児やスラムの方々にお肉を贈るために始めた行事です」
「炊き出しみたいなもの?」
教会は、孤児院やスラムで定期的に炊き出しを行っていた。
それと類似する行事なのかと、イーナはエリーゼに尋ねる。
「ほぼ同じなのですが、狩猟枢機卿と呼ばれたヴァレンティーン枢機卿の誕生日に行われ、振る舞われるのが、狩猟で得たお肉という点が特徴的ですね」
狩猟が上手な枢機卿というのはどうかと思うのだが、この世界では俺以外誰も気にしない。
彼の生まれた日が地球でいうクリスマスに近く、神官である彼は貧しい人たちに施しを与えるのに寄付を募るのではなく、自らが弓矢を持って狩猟に赴いた。
なかなかに逞しいというか、アグレッシブな人物であったようだ。
「ヴァレンティーン枢機卿は、狩猟の名人であったそうです」
「(金を出さずに、体を動かしたんだな……痛っ!)」
エリーゼに聞こえないようにエルが核心を突くツッコミを入れたので、俺は静かに肘打ちを加えておいた。
人間、それが事実でも口にしてはいけないこともあるのだ。
「謝肉祭という命名はどうなんだろう?」
ヨーロッパでは、仮装パレードと、お菓子の振る舞いが行われる祭りだと記憶しているが、この世界では、ボランティアたちが狩った獲物を調理して孤児と貧民に振る舞う行事である。
ボランティアは、神官、貴族有志、冒険者、富裕な平民有志など。
時間に余裕がある、狩りができる人たちだけだ。
これを始めたヴァレンティーン枢機卿の名前からして、バレンタインということもなく、時期はクリスマスだけど、俺たちがなにか食べられるわけでもない。
王都周辺でしか行われないのは、参加可能な人数が集めやすいのがここしかないからかもしれない。
「エリーゼ、去年はこんな行事あったのかしら?」
「勿論毎年あるのですが、去年のヴェンデリン様はお忙しかったので……」
王都に来たばかりで様々な大人たちに振り回され、誕生日にも多くの貴族たちに囲まれて疲れていた。
そのため、ホーエンハイム枢機卿が誘わなかったのだと、エリーゼは説明する。
「みんな忙しいので毎年は出なくてもいいのですが、王都在住の教会の信徒である程度裕福な方は、数年に一度は出た方がよろしいかと」
義務ではないが、俺は教会の名誉司祭なので、定期的に顔を出せということのようだ。
大人として、貴族の義務として空気を読めと。
俺はまだ未成年だけど。
「ヴェルならさぁ、寄付だけして終わりでいいんじゃないのか?」
「いえ、これは謝肉祭ですから……」
どんなに偉い貴族様でも、この謝肉祭だけは自ら狩猟を行って獲物を調理し、貧民たちに振る舞うことが重要なのだという。
その根拠を問われてもわからないが、昔の偉い人がそう決め、教会のみんながそれを頑なに守っているのだろう。
そこに嘴を突っ込んでも軋轢が生じるだけなので、数年に一度ならいいかと、俺は参加を決めた。
元日本人らしい処世術というやつだ。
「ええと……パフォーマンス?」
「ルイーゼ、ストレートに言いすぎ……」
寄付でも金額が多ければありがたいような気もするのだが、謝肉祭への参加は一種の政治的パフォーマンスの側面もあるようだ。
持つ者たちが、持たざる者たちに対し自ら奉仕活動を行う。
だから、自ら参加しないと意味がない。
そういう事情なら理解できる。
日本でも、周囲の目を気にしてそういうボランティアに参加する金持ちや政治家、芸能人は多かった。
「事情はわかったけど、導師だけ妙に嬉しそうだな」
エルは、俺たちを誘いつつ狩猟の準備に余念がない導師を見て不思議そうな顔をした。
なにが楽しくて、こんな行事に参加するのであろうかと。
「伯父様は、ここしばらく毎年の参加ですね」
王宮筆頭魔導師なので謝肉祭に参加すれば目立つから、王国的には都合がいいのであろう。
どうせ、王城での面倒な書類仕事などは下に任せきりなのだ。
謝肉祭の時に仕事をサボっても今さらであり、むしろ宣伝になるだけプラスと思われている節があった。
「某は狩猟が好きなのである! 動物だろうと魔物だろうと、沢山狩れれば嬉しいのは人間の本能なのである!」
「そうですか……」
謝肉祭への参加準備に余念がない導師を見ながら、俺たちは全員こう思ったはずだ。
「「「「「(ヴァレンティーン枢機卿と導師って、似た種類の人間だったんだろうな……)」」」」」
それだけは確信する俺たちであった。
「ヴェル、沢山獲れたわね」
「沢山獲れても、俺たちは肉の欠片一つ食べられないけどな」
「屋敷に戻ってからの食事を楽しみにしましょう」
「そうだな……」
謝肉祭は早朝から行われる。
この日のために、普段は入猟料を取られる狩猟場が無料開放され、普段は立ち入り禁止の猟場への出入りも許可されるとあって、獲物は大量に獲れた。
夕方まで狩猟に勤しんだ俺、エル、イーナ、ルイーゼ、導師はある種の達成感を得ていたが、実は謝肉祭はここからが本番だ。
獲った獲物を調理して、孤児や貧民たちに分け与えないといけないのだ。
そのため、エリーゼは狩猟ではあまり役に立てないからと言って俺たちとは別行動となり、教会本部にて調理作業に参加している。
「ヴェンデリン様、大猟のようですね」
「まあまあかな」
俺たちも、獲物の下処理を手伝った。
血を抜き、毛皮をはぎ取る。
切り分けられた肉は煮たり焼かれたりして、集まって来た人たちに無料で配られていく。
「聖人ヴァレンティーン枢機卿により始められた、すべての人々に血肉を分け与えるこの儀式を……」
人々に肉料理を配っている横で、老いた枢機卿が挨拶なのか説話なのかよくわからない話をしているが、ほとんど誰も聞いていない。
参加者たちからすれば、無料で肉料理が貰えることの方が重要なのだから当たり前だ。
「そういえば、ブランタークさんは来なかったな」
「去年、ブライヒレーダー辺境伯様から命じられて強制参加だったらしいよ」
「今年はもういいってことかな?」
「だろうな」
ブライヒレーダー辺境伯家は王都にも屋敷があるので、毎年家臣の誰かが謝肉祭に参加することが決まっているそうだ。
去年は、ブランラークさんの当番だったらしい。
「それはお気の毒に……ふぐっ!」
またエルが余計な事を口走るので、俺は肘打ちで黙らせてから肉料理を配る作業を続けた。
「料理も大量にあるけど、並んでいる人たちも多いわね」
「疲れたなぁ……」
イーナとルイーゼは、早朝から狩猟に調理に配膳にと大忙しで疲れたようだ。
当然、俺とエルもである。
クリスマスに似ているというか、時期が重なっている行事があると聞いて少しワクワクしていたのに、タダ働きさせられてろくに飯も食えていない。
俺は、『こんなクリスマスモドキ、もう二度と参加したくない!』と思うばかりであった。
「これにて、料理の配膳を終了します」
ようやく準備していた料理がなくなったのは、夜になってからであった。
「これで終わりか……」
「ヴェンデリン様、まだ後夜祭が残っていますよ」
片付けが終わると、俺にそう教えてくれるエリーゼ。
『後夜祭』と言うからには、高校の学園祭のあとで行われる打ち上げパーティーのようなものだと推察できる。
「(なるほど! 夜まで大変だったから、慰労でご馳走が出るのか)」
いくらなんでも、朝から夜まで飯一つ出さないのは異常であった。
ここでご苦労様と、教会が美味しい食事を出してくれるのはありがたい。
「飯ならなんでもいい。食えるものならそれで十分」
「デザートとか出るのかしら?」
「お酒は未成年だから飲めないけど、デザートは嬉しいよね」
俺と同じような結論に至った、エル、イーナ、ルイーゼも嬉しそうであったが、それにトドメを刺したのはエリーゼであった。
「いいえ、これから日付が変わるまで、教会本部において大説話会が……」
「えっ?」
どうやらパーティーではなく、夜中まで偉い神官たちが順番に、ありがたいお説教をするらしい。
そしてそれを、俺たちが聞くわけか。
「飯は?」
「勿論ささやかなものが出ます」
この場合の、エリーゼの言うささやかとは、嘘偽りのない質素な食事なのは明白であった。
朝から夜中まで、ただ教会の指示に従って働き続けてから死ぬほどつまらない説教を聞く。
地球でも、厳格なクリスチャンはクリスマスにパーティーなどしないでミサに参加するそうだが、謝肉祭も同じなのであろう。
「ええと……」
俺は参加したくないのだが、まさか『嫌です』とも言えない。
エリーゼは参加する気満々なので、逃げ出すわけにもいかなかった。
「ヴェンデリン様、たまにはこういう行事に参加するのもいいですよ」
と言いながら、エリーゼが満面の笑みを浮かべる。
彼女は心の底からそう思っていて、俺に言っているのだ。
それに普段のエリーゼは、俺たちに対し教会の行事に参加するように、とは絶対に言わない。
数年に一度、さらに俺がブライヒブルクを生活の拠点にしてしまえば永遠に参加しないで済むかもしれない行事なので、ここは周囲の目も考えて参加すべきだと。
俺に気を使う彼女の優しさはよくわかるのだが、やはり参加したくなかった。
なにしろ俺は、信仰心など欠片もない俗な一般人なのだから。
「行こうか……」
「はい」
エリーゼと一緒に後夜祭の会場である大聖堂に向かうが、ここに至って逃げ出そうと考えている者たちがいた。
「俺、急用が……」
「私、食事の準備をしないと」
「ボクも、イーナちゃんを手伝う」
エルたちが適当な言い訳をつけて逃げ出そうとするが、当然俺はみんなを逃さなかった。
魔法で『縄』を作り、それで三人を拘束する。
「ヴェル、情を!」
「お屋敷の仕事が……」
「ボクのお祖母さんが病気で……」
「嘘つけ!」
特にルイーゼ!
部活をサボろうとする中学生か!
「お前ら、本当に逃げられるとでも? さあ、一緒にありがたいお説教を聞こうぜ」
「ヴェルが代表でいいじゃないか」
「ヴェルと婚約者のエリーゼの二人でバランスがいいじゃない」
「そうそう、イーナちゃんの言うとおり」
俺だって本当は逃げ出したいのに、義務感で参加するのだ。
従って、俺がエルたちを逃す理由などどこにもない。
ただし、一人だけ上手く逃げおおせている人がいた。
「導師がいないね?」
「はい……伯父様は、これまでに一度も後夜祭に参加したことがありませんから……」
なるほど、大好きな狩猟と、パフォーマンスである炊き出しにまではつき合うが、関係のない後夜祭には断固として参加しないのか。
俺は導師の強かさに、心から感心してしまうのであった。
俺も彼のように割り切れたらいいのに……。
「聖書の第七節三項のお話、神の使徒ハイウェルは道に倒れていた旅人を助けましたが、その時に……」
強制参加させられた後夜祭は、死ぬほどつまらない。
一応食事は出たが、その内容は硬い黒パン一個とブドウジュースだけであった。
教会の教えでいうと、黒パンは肉の、ブドウジュースは血の元となるものだそうだ。
一つ教会に関する知識を得たが、為になったとは思えない。
『タンパク質がほとんどないのに、筋肉になるわけがない』と神官たちに反論しても無駄で、接種カロリーから見ても贅肉はつかないだろう。
それだけの食事では全然足りないので、みんなのお腹が鳴り続けているが、偉そうな神官たちの無駄に長い説話が終わらないと、俺たちは屋敷に戻って飯を食えない。
先ほどから、神やその使徒たちの本当にあったのかも怪しい話や、過去の聖人たちの言動などが神官たちによって語られる。
参加者は、それを静かに聞いているだけ……しかないとも言う。
ハッキリ言って、なにが面白いのかがわからない。
周囲をよく見ると、半数以上の参加者たちが死んだ魚のような目をしている。
早朝から謝肉祭に参加していて疲れており、そもそも別に好きで参加しているわけでもないので、心身共に疲労困憊の状態のはず。
居眠りするわけにもいかず、懸命に睡魔と戦っている者たちが多かった。
「(痛い!)」
「(エル、寝るな!)」
俺は、今にも寝てしまいそうなエルに肘打ちを続ける。
「(毎年、同じような話らしいし、こんなのを楽しく聞いている人は……いたよ!)」
参加者たちの中には一部、目を輝かせながら聞いている人たちがいた。
信仰心が篤いのであろうが、『逆に言えばこういう人が邪教に嵌るんだなぁ』と、俺は意地悪な考えを抱いてしまう。
「(腹減ったなぁ……うげっ!)」
「(静かにしてろ)」
俺は再びエルに肘打ちを食らわせ、つまらない説話に集中させる。
結局、後夜祭が終わったのは日付が変わってからであった。
「日本のクリスマス! お前ら大半がキリスト教徒じゃないし、浮ついたパーティーばかりとか言ってごめんなさい!」
大学卒業前に彼女にフラれ、就職後はろくにクリスマスを祝っていなかったので、捻くれて日本式のクリスマスにケチをつけてごめんなさい。
ケーキに、チキンに、シャンパンに、プレゼントにと。
浮わついたクリスマスが、俺はなによりも大好きです。
後日、俺は日本式のクリスマスパーティーを後夜祭として世間に普及させるため、アルテリオに対し、指示を出すことを固く決意したのであった。
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