第253話 野望の終焉(その3)

「あなた、『奇跡の光』がありますが……」




 そうだ、エリーゼの『奇跡の光』だけは例外であった。

 俺に使用するかどうか聞いてくるが、それに答える前にニュルンベルク公爵の方が声を上げる。


「ここで中途半端に情けをかけるな。どうせ魔法で完治しても、あのバカ皇帝の三男の裁きを受けてどうせ死刑になる。なら、ここで無様に死んだ方がマシだ」


「いや……、しかし……」


 さすがに死にそうな人間を放置することへの罪悪感と、こいつがなにを言おうと、生かしてペーターの元に差し出す、という案もあるのだという考えで揺れていると、テレーゼが意見を述べた。


「そうじゃの。このままここで死なせてやれ。どうせ反乱の首魁は、帝都で曝し首になるはずじゃ。死体から斬り落とすのも、生かして首を刎ねて処刑するも同じであろう」


「テレーゼらしい言い方だな。だが今は感謝する」


 俺はテレーゼの言に従い、ニュルンベルク公爵をこのまま死なせてやることにした。


「やはり負けたな……。最初にテレーゼを帝都で殺し損ねた時……そして、お前を助けたのがバウマイスター伯爵であると聞いた時に、そういう予感はした」


 ニュルンベルク公爵の口調は普段と変わらなかったが、手足の切断と大量出血の影響で苦しそうな表情を浮かべていた。


「せめて、苦しみのない死を」


 それを見たエリーゼが、応急処置レベルの治癒魔法で切断傷を塞ぎ、これ以上の出血を防いだ。

 失った血を補充していないのでじきに死ぬが、傷の痛みなどは消えたはずだ。


「感謝する。敵に情けをかけるとは、聖女の二つ名に相応しいのか……。羨ましいな、バウマイスター伯爵」


「まあな」


 こういう時にどう答えていいものかわからない。

 なので、一言だけ簡潔に答えておく。


「いい奥さんであるという一般的な羨ましいはともかく、俺はバウマイスター伯爵が羨ましいよ」


「そうか?」


 魔法は使えるが、中身が小市民なのと優柔不断なせいで、色々と利用されてしまっているように思うのだ。


「貴族で次男以下に生まれてその身分を失う。俺にはその悲哀があまり理解できなくてな。話に聞いたことを抽象的には理解できても、俺は長男で跡取りだ。次男以下でもないのに、本当に彼らの悲しみが理解できると言う奴の方がおかしい」


「そうだな」


 ニュルンベルク公爵が言いたいことは、俺にも理解できた。

 自分がその立場でもないのに、その人の辛さがわかるなんて言う人は、ただの偽善者であることが多いからだ。


「だから子供の頃には、冒険者などになって自由に生きていける彼らを羨ましいと思っていた。彼らからすれば、公爵家の跡取りである俺がそんなことを言えば、『世間知らずのボンボンが、なにを言う!』と激怒するのであろうが……」


 人は、自分にないものを欲しがる。

 『隣の芝生は青い』というのが正しいのであろうか?


「幼少の頃に、何度か妾と冒険者ゴッコをして遊んだの」


「あの時は楽しかったな……、テレーゼも女剣士役をして……」


 ニュルンベルク公爵の脳裏には、子供の頃にテレーゼと一緒に冒険者ゴッコをした光景が浮かんでいるのであろう。


「だが、俺はニュルベルク公爵で、テレーゼは結局フィリップ公爵になったな。俺らから言わせれば、これは血の呪いであろう」


「そうじゃの。『嫌だ、継ぎたくありません』とは口が避けても言えぬ。誰かに言うわけにもいかぬ」


「千二百年の歴史があるニュルンベルク公爵家とはいえ、俺が自分で創設したわけでもない。惜別の念など湧かぬよ。ただ義務感のみで、ニュルンベルク公爵をやっていたのだから……」


 能力があったニュルンベルク公爵は、公爵就任後はよき為政者となり、帝国中枢でも軍事の天才として評価され、将来帝国軍を率いる立場になることを期待された。

 若き才人として期待されたわけだが、それを本人が望んでいたわけではない。

 だから次第に、心に闇のようなものが生まれていったのであろう。


「よき領主様、将来を期待された高級軍人。そんな俺を周囲の人たちは称賛し羨むが、俺は全然嬉しくなくてな……。だから、こう思ったんだ。ならば、この能力と地位を使ってなにか大胆なことをしようと……」


 どうせなら、帝国を掌握して、王国も攻め滅ぼして大陸を統一する。 

 そのくらい無謀な夢に挑もう、という結論に至ったのであろう。


「そう思って動くと虚しさを少し忘れられてな。それで出る犠牲者のことなんて考えもしなかった。たとえ反乱でも成功すれば、反逆者であるはずの俺が称賛される。もし無様に負けても、無謀な賭けに出て敗れ去った愚か者としての評価が残る。楽しいじゃないか」


「……」


 みんな、誰もニュルンベルク公爵を非難しなかった。

 なぜなら、そんなことをしてもこの男にはなんら効果がないことに気がついたからだ。


「俺が無様に敗死して、歴史あるニュルンベルク公爵家が断絶する。テレーゼは俺に勝ったのに、フィリップ公爵位と次期皇帝の座を失った。皮肉なものだな……」


 ニュルンベルク公爵は、俺に意味ありげな笑みを浮かべながらテレーゼと話を続けた。


「そうよな。今の妾は強制引退させられ名誉伯爵となった。帝国におれば飼い殺しは確実で、為政者としてのペーター殿に心変りがあれば消されるかの。まあ、その心配は帝国を出るので無用ではあるが」


「帝国を出る? 自分一人で自由に生きていくのか?」


「平民のようにまったく自由というわけではないが、フィリップ公爵時代よりは遥かに自由じゃの」


「そうか……」


「ペーター殿とヴェンデリンによって引き摺り降ろされた時には悔しさもあったが、今にしてみればこれ幸いというわけじゃ」


 テレーゼが笑いながらニュルンベルク公爵に言うと、彼は一瞬だけ羨ましそうな表情を浮かべた。


「テレーゼがこれからどう自由に生きるのか見物だな……。数十年後……あの世で会おう……」


「そうじゃな、さらばだマックス」


 そこまで話したところで、ニュルンベルク公爵は静かに目を瞑った。

 最後の気力を振り絞って気丈に話を続けていたが、これが限界だったようだ。


「亡くなられています」


 エリーゼが呼吸と脈を確認して、ニュルンベルク公爵の死が正式に確認された。


「自由にか……。バカ者めが……」


 テレーゼは、顔を上を向けながら呟いていた。

 そうしないと、涙を流しているのが俺たちにバレてしまうと思っているのであろう。

 大貴族が人の前で泣くなど、みっともない行為とされている。

 今は別に構わないのだが、昔の癖でそうしているようだ。


「そんなにニュルンベルク公爵の地位が嫌なら、自分で辞退して出て行けば……。いや、それは妾にもできなかった。だから、マックスのことは言えぬか……。しかし、他に選択肢はなかったのか? お前は本当にバカ者じゃ」


「ねえ。ヴェル」


「いや……」


 イーナは『テレーゼとマックスが、お互いに異性として好意を抱いていたのでは?』と思ったようだが、俺はそうは思わない。

 この二人は同じ選帝侯という立場にあり、お互いの、他人は言えない真の気持ちが理解し合える同志……とまではいかないか。

 少なくとも、二人の間に恋愛感情はなかったはずだ。


「反逆者として永遠に批判されるかもしれぬのに、他にもっと違う選択肢はなかったのか?」


 テレーゼは涙を溢さないよう、上を向いたままだ。


「真面目すぎたんだろうな」


 これまで静かに耳を澄ませていたブランタークさんが、ボソと自分の考えを漏らした。


「伯爵様みたいにできないと割り切って、他人に全部任せて自分の好きにするみたいなことができなかった……」


「ブランターク。以前にマックスが、ヴェンデリンを天才だと言っておったのを覚えておるか? 妾はそれに一部賛同する。ヴェンデリンの魔法の才は貴族としての才能など簡単にカバーするから、領地の運営が人任せでも問題ないのじゃ。妾がそれをしたら、あの兄たちの傀儡に成り下がるしかない。ニュルンベルク公爵家は武断の家柄、軍系の家臣たちの力が強いから、それをすると軍事一色に染まる危険があった。バウマイスター伯爵領のようにはいかぬよ」


「そうですか……」


「世の中とは、なかなか思うようにいかぬの」


「そうですね。ニュルンベルク公爵の遺体を回収して、他にも仕事がありますよ」


 例の装置は壊れたようだが、まだ破壊が完全ではないであろう。

 他にも、この奥に大量の発掘品が眠っている可能性もある。

 これも、なるべく回収なり破壊する必要があった。


「そうよな。これらの兵器群を手に入れたペーター殿が狂わない保証もない。人とは、本当にわからぬのだから……」


 戦いも終わったので、エルは部屋の外で待機していた兵士たちを呼び寄せ、ニュルンベルク公爵の遺体を担架に乗せて運ぶようにと命令を出した。


「ねえ、敵の親玉の最後のシーンで忘れていたんだけど」


「忘れていた?」


「魔族って死んだの?」


「しまった! 忘れてた!」


 ルイーゼからの指摘に、俺は慌てて巨大ゴーレムの残骸から探すように兵士たちに命令する。

 するとすぐに見つかり、ガレキの下から魔族が姿を現した。

 ただし水ぶくれが酷く、体も機能がマヒして上手く動けないようだ。


「ですが、致命傷ではありませんね」


「魔族、頑丈だなぁ……」


 エリーゼからの報告に、俺は魔族の生命力の強さに呆れていた。


「できれば、治してほしいのであるな」


「そんなことをして、お前にまた暴れられても対抗できないからな。できれば、そのまま死んでくれ」


 この魔族には、まだ多くの魔力が残っている。

 下手に治療した結果、また暴れられると、再び戦闘不能にするのは困難であろう。

 いや、俺たちでも殺されてしまう可能性があったのだ。


「ここでトドメを刺した方が無難かも」


 イーナの意見に、魔族以外の全員が首を縦に振った。

 後顧の憂いを絶つだよなぁ、ここは。


「ううっ……、バウマイスター伯爵は意外と残忍であるな……」


「内乱を誘発して、大量虐殺の片棒を担いだ魔族にそんなことを言われたくないな」


 この状態でも、魔族が喋れるのが驚きであった。

 しかも、俺に皮肉を言う余裕まであるとは……。


「ヴェル様」


 この魔族をどうしようかと考えていると、ヴィルマが俺のローブを引っ張りながら声をかけてきた。


「どうかしたのか?」


「この魔族を殺すと、魔族の国と問題にならないの?」


「おおっ! それがあったの」


 妙に勘がいいヴィルマに、この中で一番そういう話に強いはずのテレーゼも賛同した。


「自国民を殺されたからと、兵を送る可能性もなきにしもあらずじゃの」


 国家同士に真の友人などおらず、確かにそれを口実に責められると厳しいかもしれない。

 簡単には処刑できないのかぁ……。


「テレーゼさん、この魔族は内乱の片棒を担いでおりますが……」


「それは事実じゃが、魔族の国との戦争では考慮せざるを得まいて……」


 俺もカタリーナの意見に賛同なのだが、テレーゼは冷静に魔族の国と揉める危険性について指摘した。


「内乱がようやく終わるのに、帝国は再び魔族の国との戦争になる。いや、この場合は王国も狙われる可能性があるの。両国の関係が修繕される前に攻められると危険じゃ」


「この方の、ヴェンデリンさんを超える魔力は凄いと思いまずけど、魔族とはそこまで脅威なのでしょうか?」


 この中で一番魔族に関する知識がありそうなのは、元フィリップ公爵であるテレーゼであろう。

 俺と同じく俄か貴族であるカタリーナには、その知識はなかった。


「魔族とは、例外なく全員がかなりの魔力を持っておるそうじゃぞ」


 敵軍のすべてが、強力な魔法使い。

 味方の数少ない魔法使いたちを投入してある程度倒しても、魔力が切れた俺たちも殺されてしまうので、あとは魔法が使えない兵士たちが残りの魔族たちによって蹂躙されるだけ。

 確かに、簡単に殺す選択はできなかった。


「導師、どうしましょうか?」


「おい魔族! 治してもいいが、抵抗はお勧めできないのである!」


 導師は、この自分と口調が似ている魔族がどうも気に入らないらしい。

 だが、自分の感情と政治的な事情は別と理解したのであろう。

 彼を助けるという選択肢を選んでいた。


「ヘルムート王国の魔法使いたちは、慎重派なのであるな。ここで貴殿らと戦って逃げられたとしても、上の階にいる帝国軍兵士たちや魔法使いたちに捕捉されて死ぬのであるな。我が輩、無駄なことはしない性質なのであるな」


「減らず口を……。エリーゼ、治してやるのである」


「はい、伯父様」


 エリーゼが軽く治癒魔法をかけると、過治癒魔法のせいでダメージを受けていた魔族は回復して立ち上がった。

 過治癒によってダメージを受けた体は、いつまでも治癒魔法が残留するわけでもないので、適切な治癒魔法で回復してしまう。

 過治癒という状態が、なかなか利用されない原因の一つであった。

 それなら、普通の魔法で攻撃した方が効率がいいからだ。


「治療に感謝なのであるな。我が輩は、アーネスト・ブリッツ。魔族の国の考古学者なのであるな」


「考古学者?」


 謎多き白タキシード姿の中年男性は、自分を考古学者だと自己紹介した。


「そのとおりなのであるな。我が輩の人生の目標は、この世界のすべての未知の地下遺跡の探索と調査なのであるな」


 魔族から事情を聞くが、彼は魔族の国がある西の島から一人、密入国でこの大陸に潜り込んだのだと誇らしげに話す。

 密入国後、ニュルンベルク公爵領内に多数ある未発掘遺跡の噂を聞き、そこの探索が可能なように発掘品の修理などを請け負った。

 あくまでも、ギブアンドテイクの関係だと彼は言う。


「ギブアンドテイクねぇ……」


「これだけ犠牲を出して、随分と虫のいい話ですわね」


 元ボッチゆえに、この中でも自分を貫くことが多いカタリーナも、導師に続きこの魔族には呆れているようだ。


「とはいえ、我が輩は考古学者なので、地下遺跡の探索と調査を行いたいのであるな。そのためには領主であるニュルンベルク公爵の許可が必要なのであるな」


 魔族には、魔道具職人や研究者としての才能もあった。

 だから、ニュルンベルク公爵家軍が装備していた発掘品を修理して使えるようにした。


「ナイフを使えるように修理して、それを受け取った者が殺人を犯しても、我が輩にはどうしようもできないのであるな」


「お前! ふざけたことを言うな!」


「エルさん、落ち着いてください!」

 

 魔族のあまりの言い様に、エルはブチ切れてしまった。

 ハルカが慌てて止めに入る。


「そこで怒られても、我が輩はそういう契約で、ニュルンベルク公爵領内にある遺跡を自由に調査できたのであるな」


 俺は納得がいった。

 彼は、心の底から学者なのだ。

 ただ自分の知識欲を満たすためだけに行動し、それで発生する周囲への迷惑など考慮しない。

 マッドサイエンティストまではいかないが、研究のためには、善悪の判断などしないタイプの学者なのであろう。

 そしてこういう人は、欠けている部分があるからこそ成果を挙げたりするのだ。

 ニュルンベルク公爵との契約に従って地下遺跡発掘で得た品を修理し、それが戦場で猛威を振るった。

 内乱に加担はしているが、それをしたのはあくまでもニュルンベルク公爵である。

 巨大ゴーレムでの戦闘も自衛のためという考え方もあり……いや、彼の出自を考えるとやっぱり安易には処刑できない。 


「もういい。もし逃げたりこちらに害をなそうとしても、みんなで袋叩きにすればいい話だ。この最深層にある部屋の探索が先だ。案内してもらうぞ」


「任せてくれなのであるな。まずは、この壁に刻まれた装飾の文様であるが、これは古代魔法文明時代後期では一般的に……」


「そっちの考古学の解説じゃない」


 魔族がいきなり地下遺跡の壁の文様について解説を始めようとしたが、今はそれどころではないので、慌てて発掘品のありかの方に話を誘導した。


「発掘品の方であるか? もう調査も終えて学術的な価値を見い出せないのであるな」


「考古学者であるあんたはそうでも、現実の世に生きていると、その価値を必要以上に見出そうとするのがいるから処分が必要なんだ」


「わかったのであるな」


 魔族は、まずは巨大ゴーレムが壁を破って現れた部屋の奥へと案内する。

 そこには、全高十五メートルほどの巨大なアンテナとタイプライターが融合したような装置が置かれていた。


「これが、『移動』と『通信』を阻害する装置?」


 テレーゼの忠告で、魔法を撃ち込んだのがよかったようだ。

 アンテナの一部が壊れて、妨害波を発射できなくなっていた。


「直せばいいのであるかな?」


「いるか、こんな魔道具」


 俺の唯一の長所である魔法を阻害する装置など、わざわざ残す価値もなかった。


「壊すのは構わないのであるが、先に使える部品などを取っておくことを勧めるのであるな」


 高度な魔道具は様々な部品の集合体であり、他の魔道具に流用可能なものも多い。

 いきなり壊さず、平和利用できそうな部品を取ってから壊すべきだと、魔族は忠告してきた。


「特に、この装置に使われている魔晶石は巨大なのであるな」


「あんたが装置で使う魔力を供給していたんだよな?」


「我が輩には、本職の調査や分析、それに発掘品の修理やメンテナンスの仕事もあったのであるな。だから、常にこの装置の傍にいるわけにもいかず。巨大な魔晶石に大量に魔力を込めて装置を発動させていたのであるな」


 魔族が装置の裏側に付いたハッチを開けると、そこには巨大な魔晶石が設置されていた。

 

「とっとと壊すか……」


 俺の命令で、エルが率いていた兵士たちが最下層にある魔道具などの回収を始める。

 破壊されたブレス発生装置と巨大ゴーレムの残骸。

 他にも、それらの部品やよくわからない試作品らしいゴーレム、武器のように見える品など多くが集められた。


「技術解説や修理ならば可能であるな」


「ならばよし」


 俺は、集めた物をすべて魔法の袋に仕舞った。

 元々戦利品の扱いは、ここが帝国領とはいえ俺にある。

 内乱終了後、ニュルンベルク公爵領から接収した魔道具によってペーターが帝国軍を強くしすぎると、今度は王国との戦争になる可能性もあるので、できる限りこちらで鹵獲しておこう。

 あとは……。


「アーネスト・ブリッツ。なんとか変装できないのか?」


「我が輩の名前を憶えているのは感心であるな。変装は可能であるな」


「では、人間に化けろ」


 この魔族を、ペーターに渡すわけにはいかない。

 こいつは未盗掘の地下遺跡が発掘できれば満足なので、そのためにならどんな悪党とだって手を結んでしまう。

 王国なりバウマイスター伯爵領に匿って、魔族に関する情報を聞く必要があった。

 ここ一万年近く、この大陸に魔族は姿を見せていない。

 それなのに俺が魔族など連れていたら、すぐにその裏事情がバレてしまう。

 どうにか隠さないと。


「古代魔法文明時代には、変装用の魔道具も存在していたのであるな」


 アーネストはポケットから一個の指輪を取り出して、それを指に嵌める。

 すると、どこにでもいそうな中年男性兵士に変装していた。


「これで安全であるな。ただ、唯一の懸念があるのであるな」


「懸念?」


「そう、懸念なのであるな」


 アーネストは、テレーゼに視線を向ける。

 名誉付きとはいえ、帝国貴族であるテレーゼがペーターに漏らせばすぐにバレてしまうとその顔が語っていた。


「そのような心配は無用じゃの。妾は帝国を出るし、そもそも次期皇帝の座をペーター殿に奪われた身じゃ。義理など一セントとてありはせぬ」


「なるほど、それは納得なのであるな」


 最下層での始末を終えた俺たちは、ニュルンベルク公爵の死を宣伝しながら、いまだ激闘続く地下要塞内を駆け巡る。

 両軍の戦闘は、主に最下層よりも上の階層にある軍駐屯所や、建設中であった居住区がメインであった。

 特に、ニュルンベルク公爵家館が置かれている場所では、熱狂的な彼の家臣や兵たちが残存する自爆型ゴーレムやブレス発射装置を据えて奮戦し、攻める帝国軍に多大な犠牲を与えていた。


「降伏しろ! お前たちの親玉は死んだぞ!」


「くだらぬ嘘を言うな! お館様は、最下層に新兵器を取りに行かれたのだ!」


 俺の降伏勧告に、屋敷周辺の防衛を担当している重臣が怒りを露わにしながら答えた。

 ニュルンベルク公爵が死んだなど、意地でも認められないのであろう。


「これを見ろ!」

 

 俺の指示で、ニュルンベルク公爵の遺体が曝される。

 首を斬り落として見せてはという意見もあったのだが、それをすると彼らが感情的になる可能性がある。

 だから、そのまま遺体を曝した。


「お館様!」


「嘘だ! よく似せた偽物だ!」


「そんな時間なんてない! 本物のニュルンベルク公爵だ! 彼の野望はこれで終わった。旗頭がいなければ、もはや野望の成就は叶わないのだからな。残された君たちには潔い態度を望む」


「……どうする?」


「最後の一兵まで戦うさ!」


「でも、そんなことをしてなんの意味がある?」


 俺の説得に、残された反乱軍の指揮官や兵士たちは意見が割れて言い争いを始める。 

 そしてついに、最上級者が決断した。


「もやはこれまで。降伏する……」


 この後も戦闘が続く各地に移動して説得を行い、地下要塞攻略作戦開始から十八時間後、すべての反乱軍が降伏して戦闘が終了した。

 帝国軍の戦死者は七千八百五十七名で、反乱軍の戦死者は五千六百七十八名。

 共に大きな犠牲を出した戦いではあったが、これでようやく帝国の内乱は終了するのであった。

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