第251話 野望の終焉(その1)
「ついに、大魔砲が完成したんだね! 早速作戦開始といこうか」
俺を含めて多くの人たちが完成させた巨大決戦兵器『大魔砲』は、製作期間一ヵ月ほどで完成した。
その間、ペーターはニュルンベルク公爵領を含めた南部領域の統治と、ニュルンベルク公爵が籠る地下要塞の包囲、密かに情報や物資の搬入を図る敵地下勢力との戦闘で忙しかったようだ。
とはいえ表向きは、ニュルンベルク公爵領の領民たちは素直にペーターによる統治を受け入れている。
だがそれも、この地下要塞を落とさないと続かないだろう。
軍費の負担に耐えかねたペーターが軍を退いて隙ができれば、たちまちニュルンベルク公爵が地下要塞を出て来て、再び南部を制圧するからだ。
決着をつけるためには、ニュルンベルク公爵が籠る地下要塞を陥落させる必要があるのだけど、強固な『魔法障壁』で覆われている。
それを破るための『大魔砲』がようやく完成したというわけだ。
砲身は直径一メートルほど。
長さは二十メートルほどで、それを支える砲架、照準機、冷却装置、魔力を蓄える魔晶石連結装置、サブ動力伝達係のルイーゼという作りになっている。
「ボクの拳に集積した魔力がサブ動力って、かなり行き当たりばったりな作りだよね?」
「行き当たりばったりでも、ちゃんと使えればいいのさ」
「いきなり『ドカン!』、とか言って爆発しないよね?」
「しないさ」
砲身の材料である『極限鋼』は、俺が苦心して魔法で合成した。
多くの種類の、決められた量の金属と希土類の配合をする必要があったので、俄かでも地球の知識があって助かったと思った瞬間でもあった。
特に希土類なんて、この世界の人たちの大半に認知されていなかったのだから。
とにかく無事に極限鋼は完成したが、その配合比率を教えてほしいとペーターとミズホ上級伯爵に迫られて大変だった。
そんな貴重な情報をそう簡単に教えるわけにはいかないと言ったら、とりあえず諦めてくれたけど。
ただ、もし今それを知っても、現代の炉では精製できないはずだ。
製錬技術の問題で、それらの材料を均一に混ぜるのが一番難しいのだから。
「ヴェルは、今後は極限鋼作りで忙しくなりそうだね」
「かもしれない」
混ぜるオリハルコンとミスリルはさほど多くないのに、これらの金属と耐久性、硬度、魔力伝達性にあまり差がない。
武器の素材にするには、最高の金属なのだから。
「加工には同じ極限鋼か、オリハルコン製の工具が必要だけど」
あとは、ダイヤモンドとかでも可能だとは思う。
この世界では宝飾品や魔道具の材料としてのみ使用されているので、研磨や切削用として、宝飾品にならないクズダイヤの需要が上がるかもしれない。
とにかく、将来有望な新金属である。
いや、古代魔法文明時代にはあったそうなので、古(いにしえ)の技術の復活であろう。
王国に戻ると、陛下からも作成依頼があるかもしれないな。
「それはあとで考えるとして、ルイーゼが補助動力ってのも変な話だな」
「装置扱いされたけど、これを握って立っているだけだよ」
ルイーゼは、砲架に繋がったコードを一本手に持って横に立っているだけだ。
「前に使った秘奥義を、コードに流し込むのか?」
「その前の状態の、大量の魔力を拳に溜めた状態。ボクは自分の魔力量の数倍の量を集められるから選ばれたみたい」
ルイーゼの傍らには、袋に入った大量の魔晶石が集まっている。
ここから魔力を吸い出して拳に集め、それをコードから一気に大魔砲に流すのだと彼女は説明する。
大魔砲は発射の際、瞬時に大量の魔力を消費する。
当然大容量の連結式魔晶石も付属しているが、こちらは加熱の問題もあって、一度の送り出せる魔力の量に限界がある。
追加でルイーゼが、大量の魔力を一気に送り込み、大魔砲の威力を確保する必要があったのだ。
「最新技術と、ボクが混じった変な魔砲だねぇ」
「試作品も試作品だ。こんな特別な作戦でないと使えない」
大きな大砲にはロマンがあるけど、現代地球でも実戦運用されたケースは少ない。
その理由がよくわかるというものだ。
ルイーゼと一緒に照準機の方を見ると、そこではヴィルマが照準機の最終調整を行っていた。
俺は彼女にも声をかける。
「ヴィルマ、大丈夫か?」
「何度も試験したから大丈夫。狙撃魔銃の照準機が大きくなっただけだから」
「狙撃魔銃ほどの精度も必要ないからな」
「大体、ここに当てればいい」
ルイーゼは設置された大魔砲の照準機から見える、クライム山脈山腹の詳細図を俺に見せてくれた。
「赤い印の所は、例のブレス発射装置が設置されている」
ペーターも、この一ヵ月遊んでいなかったようだ。
『魔法障壁』を破りつつ、同時に地下要塞の設備に大ダメージを与えられる箇所の調査を行っていた。
「このくらいの照準なら、ヴィルマなら余裕か」
「油断しなければ。最初の試射で、照準機の誤差調整を行うから大丈夫」
「そうか、頑張ってくれよ」
俺がヴィルマの頭を撫でると、彼女は嬉しそうな表情を浮かべた。
「ヴェル、ボクには?」
「えっ? 前に『ボクは大人の女だから、撫でられても嬉しくない』って言ってなかった?」
「そんなこと言ったかな? ほら、不公平はよくないよ」
それならばとルイーゼの頭を撫でると、彼女はぽつりと漏らす。
「早くバウマイスター伯爵領に戻りたいよね」
「そうだな。この大魔砲による攻撃が成功すれば、すぐに帰れるさ」
「失敗したら?」
「失敗はしないと思いたいな。もし失敗して砲身が爆発しても、俺もここに残るからヴィルマとルイーゼは大丈夫だよ」
自分と二人だけなら、『魔法障壁』で守れる自信があるからだ。
他の人たちに関しては、そこまで責任を持てない。
砲身を切削したカネサダさんは、『魔法による保護など不要。失敗したのなら、不出来な自分が死ぬだけなのだから』と弟子と共に語っている。
なんというか、こういう覚悟の仕方は昔気質の日本の職人によく似ていると思う。
それだけ、自信もあるのであろう。
「ヴェルがいれば安心だね」
三人で話をしている間に、着々と作戦開始の時刻が迫る。
今頃ペーターはエメラを傍らに置き、本陣で地下要塞を睨んでいるはずだ。
「発射開始の合図がきた」
「ヴィルマ、派手にぶちかましてやれ!」
「了解、派手に行く」
とは言っても、照準を合わせて発射レバーを引くだけなので、ヴィルマは静かなままであった。
「魔晶石連結装置から、魔力の供給を開始。現在、充填率五十七パーセント」
一番作成に苦労した魔晶石連結装置は、無事に動いてるようだ。
ただやはり加熱はするので、こちらにも熱気が伝わってきた。
長時間の運用は難しいだろうな。
「充填率百五パーセント」
「ボクも、魔力の供給を開始するよ」
続けて、ルイーゼも拳にためた魔力をコードに流して大魔砲へと送り込んでいく。
サブ動力源役ではあるが、性能第一で歪な造りの大魔砲の威力を確保するには、彼女の力が必要不可欠であった。
「魔力の充填を確認。照準、上に二、右に三修正。照準よし。発射」
ヴィルマは淡々とした声ですべての作業の確認を終えてから、素早く発射レバーを引いた。
その直後、大魔砲の周囲が大地震でも来たかのような揺れに襲われた。
大魔砲は、音に関しては実は魔銃に毛が生えた程度で大したものではない。
爆発する火薬ではないので、鼓膜が破れそうというほどではないのだ。
原始的な砲なので、発射のエネルギーもすべて前方に放出される。
だから俺たちに衝撃はこなかったが、その代わり、異常加熱を抑える冷却装置が動いたので大量の水蒸気に襲われた。
俺は自分も含めて、二人を『魔法障壁』で水蒸気から守る。
「もの凄い水蒸気だね」
「前と同じ」
試作用の大型狙撃魔銃の時と同じなので、ヴィルマはミスリルコーティングのコートを着ていた。
だが、今回はそれよりも水蒸気の量が圧倒的に多かった。
「命中したのかな?」
「したみたい」
俺が慌てて双眼鏡で確認すると、山脈の一部にかなり大きな穴が開いているのが確認できた。
巨大な砲弾が地下要塞を守る『魔法障壁』を容赦なくぶち破り、そのまま山腹を撃ち抜いてから内部で暴れ、設備を破壊したようだ。
信管もなく炸裂弾でもない、ただのタングステン合金の椎の実型砲弾であったが、あの大質量が大量の魔力で加速されているので、相当な威力になったはず。
「もの凄い威力だな。ヴィルマ、撃てるだけ撃つぞ」
「わかった」
ヴィルマは、地図を見ながら次の照準をつけ始める。
山腹の地図に、狙う箇所とその順番が書かれているのだ。
これは、ペーターが命じてこの一ヵ月調査させたものである。
「次弾装填! である!」
「えっ? 導師が装填役?」
俺が大まかな形を作り、それを職人たちが磨いて仕上げたタングステン合金の砲弾はとてつもなく重い。
そのため、身体能力を強化できる魔法使い複数名による装填を計画していたのだが、なぜか本番になると導師が一人で砲弾を装填していた。
「いくら身体能力を魔法で強化したとはいえ、よくその砲弾が持てますね」
「某にかかれば、このくらい軽いのである」
導師による弾丸装填作業も速やかに終わり、ヴィルマは次々と大魔砲を発射していく。
そう狙いは外れることはなく、多少位置がズレても、山腹に突き刺されば地下基地に確実にダメージを与えるのだから。
「やはり照準機に誤差があった。下に一、左に一修正をかける。発射」
俺が作成した砲弾は合計で二十五発、これ以上は材料がなくてどうにもならなかった。
他の材料でもいいのだが、どうせ魔晶石に溜めていた魔力が尽きるので同じだ。
ルイーゼも限界だろう。
それに、あの巨弾を二十五発も撃ち込まれれば、その度に『魔法障壁』の復活で大魔力を消費してしまう。
山腹にも、見てわかるほどの大穴が複数箇所空いていた。
砲弾が飛び込んで暴れた穴の奥にある地下要塞内部は、すでにボロボロのはずだ。
「全弾命中した。ブレス発生装置も相当潰せたと思う」
「大したものだな、ヴィルマは」
ひと仕事を終えたヴィルマを褒めていると、ペーターの方に動きがあった。
先鋒部隊と思われる帝国軍の精鋭を、穴だらけの山腹に向けて進撃させたのだ。
大魔砲による砲撃で、反乱軍側が『魔法障壁』を維持できなくなったからであろう。
それは、俺たちも確認している。
「こうなると、もう功名争いが最優先なのかもしれないわね」
「でも、油断は禁物だろう。相手が相手なんだから」
イーナの発言にエルが反論する。
実際、先遣部隊が山腹に近づくと、生き残っていたブレス発生装置から攻撃が開始された。
だが……。
「エメラさんがいるから、効かないはずよ」
ペーターも、二度も同じミスはしないというわけだ。
ブレスは先頭に立つエメラによってすべて防がれ、他の魔法使いたちが発射地点に魔法を撃ち込み、次々と沈黙させていく。
敵は砲撃によるダメージで、ブレス発生装置を用いた防衛戦闘が効率よくできないようだ。
装置自体の破損と、それを操作する人員にも多くの犠牲者が出ているからであろう。
「帝国の魔法使いの層はまだ厚いか。ただ、かなり無理をして徴用しているんだろうけど……」
数も質も十分に思えるが、冒険者、内政担当、魔法技術者などが割を食っている。
彼らを早く元の現場に戻すため、ペーターは急ぎこの地下要塞を攻略したいはず。
なぜなら、魔法使いを戦争に用いても、破壊ばかりで富を生み出してくれないからだ。
とはいえ、こんな時に切り札である魔法使いを前線に出さず、戦争に負けてしまえば意味がない。
為政者としては、痛し痒しの状態であろう。
「伯爵様、俺たちも行こうぜ」
「そうですね、行きますか」
「アルニム隊! 一緒に突入するぞ!」
「遅れないでください!」
帝国軍の先遣隊が地下要塞に侵入し始めたのと同時に、俺たちも軍勢を地下要塞へと向かわせる。
兵数はエルとハルカが指揮する千名ほどしかないが、侵入先はスペースに限りがある地下要塞なので、あまり兵数が多くても指揮が難しいはず。
「エルヴィン、あまり気張らずに肩の力を抜けよ」
「私と兄さんは、ミズホ伯国軍と共に行動しますので」
七千人全員で移動すると逆にスピードが落ちるので、残り六千人を率いるフィリップとクリストフは、ミズホ伯国軍と共に行動する予定であった。
「突入開始だ!」
俺たちは、もう弾がない大魔砲をミズホ職人たちに任せて地下要塞を目指した。
「もしかすると、ヴェルはニュルンベルク公爵の首を狙っているとか?」
ルイーゼが妙なことを聞いてきた。
首……戦国武将でもあるまいし、俺にそんなつもりは微塵もない。
「首なんていらない。欲しい人にくれてやれ」
「ヴェルはそう言うよね」
「首なんて見たくないじゃないか。だって、首だぞ」
戦いも終盤となり、反乱の首謀者であるニュルンベルク公爵の首に価値があることは知っているが、外国貴族である俺が彼の首を獲っても、面倒事が増えるだけだ。
現代人のメンタルを持つ俺からすると、戦争で敵の首を獲るという行為自体に慣れていないのだから。
それよりも、今はあの装置の破壊が優先だ。
「どうせ、競争率が高くて手が出ないぜ。俺は指揮で忙しいから」
「確か、『一兵卒でも貴族に』だったわよね? よくある話のような」
イーナが読む本には、そういうシーンがあるのかな?
敵の総大将の首を獲ったら一兵卒でも将軍や貴族にしてやると、兵士たちに宣言し、その士気が大きく上がったなんてものが。
エルは、軍の指揮が忙しくてそれどころではないと思うけど。
「法衣ですが、子爵に任じると。ペーターさんが仰っていましたが、私はちょっと……」
カタリーナもペーターの話を聞いていたはずだが、女性なので首を獲るというのは嫌かもしれないな。
「俺たちのような外国人は、代わりに多額の報奨金とか貰えるんだろうけど、もし運よくニュルンベルク首が獲れても、後ろから味方に刺されたら嫌だな。やっぱりパス」
「戦場ではよく聞くお話ですね。エルさん、私たちは堅実にいきましょう」
「ヴェルを守るので忙しいから無理はしないよ」
エルとハルカは、ペーターのわかりやすい士気上昇策には乗らず、それよりも軍勢の指揮に集中したいようだ。
それに、もし俺たちがまた手柄をあげてしまうと、嫉妬から味方殺しなどもあり得る。
それは考えすぎか……。
ニンジンを鼻先にぶら下げる類の話だし、ペーターが褒美を出し渋るとは思えないので、帝国の人たちは頑張ればいいんじゃないかな。
内乱のせいで大勢の貴族たちが没落しているから、ニュルンベルク公爵の首を獲った兵士が貴族になれたら、それはそれで夢のある話なのかもしれない。
「かなり大規模な地下基地だな」
山腹にできた穴を覗き込むと、奥には露出した地下要塞の通路などが見える。
やはり地下遺跡を利用した施設のようで、その通路は地下遺跡のものをそのまま利用していた。
「思ったよりも通路が広いね」
魔闘流の使い手なので先頭に立って敵の気配を探っているルイーゼは、地下遺跡の広さに驚いているようだ。
地下に籠っているという話なので、もっと狭い通路だと思ったのかもしれない。
「古代魔法文明時代には、軍が利用する地下基地だったんだろうな。兵士たちが移動するから通路が広いんだ」
ブランタークさんの推論どおりであろう。
これまでにニュルンベルク公爵が使った、様々な魔道具の入手先がここだとすると、すべて納得がいく。
普通なら、一つの地下遺跡にあれほどの発掘品があるわけがないのだから。
ここは奇跡的に保存状態がよかった、未発掘の巨大地下遺跡だったというわけだ。
「例の装置は、どこにあるんでしょうかね?」
「普通に考えれば、一番地下の奥であろうな」
そこにはラスボスもいそうな気がしたが、他の人たちが欲を出して確保しようとする前に、例の装置を破壊するべきであろう。
俺たちはエルが指揮する部隊に後背を任せながら、かなりのスピードで奥へと、下層へと進んでいく。
途中、ペーターが送り出した部隊とニュルンベルク公爵の軍勢が激しく戦っている現場と、絶え間ない剣戟の音が聞こえた。
「敵軍だ!」
「すまんな、時間が惜しい」
俺が『エリアスタン』を発動させると、こちらに向かって突進していた敵部隊が全員て麻痺で動けなくなった。
魔力節約のため、威力の微調整を行っていない。
もし感電死していても、戦争なので勘弁してほしいと思った。
「相変わらず、えげつないの」
テレーゼは、麻痺して動けなくなっている敵兵士たちを見ながら感想を述べた。
「まったく……ついて来なければいいのに。危ないんだから」
「ヴェンデリンの傍らにいるのが一番安全そうなのでな。それに、例の装置をヴェンデリンが確実に破壊したか見届けるという仕事もペーター殿から受けておってな。妾も剣くらいは使える。自分の身くらいは自分で守るから安心せい」
敵軍に大量の麻痺者を出しながら、俺たちは地下要塞の最深部を目指す。
ここまで奥に潜ると、すでに味方の姿や、戦闘の音も聞こえなかった。
「静かですわね」
「余計に怪しいね」
ルイーゼの予感は当たり、階層が下になればなるほど通路には多数の自爆型ゴーレムや、ブレス発生装置がセットされていた。
「もうすでに、対処方法は確立されているけどな!」
普通の兵士ならば排除に苦労するはずだが、魔法使いならば、さほど困難な相手ではない。
自爆型ゴーレムは、ある一定以上の衝撃を受けると爆発する。
「バウマイスター伯爵、材料である!」
導師が地下遺跡の壁を殴って大量の岩塊を作り、俺がそれを『石つぶて』としてこちらに向かって来る自爆型ゴーレムたちにぶつけた。
するとすぐに自爆型ゴーレムたちが大爆発を起こし、多数の破片が飛んでくるが、『魔法障壁』で防いで終わりだ。
「イーナ、ヴィルマ」
「任せて」
「撃つ!」
ブレス発生装置も同じだ。
拠点防衛用にブレスを吐く機能だけを量産しているので、設置された場所から動けない。
遠方からイーナが槍を投擲し、ヴィルマが狙撃を行い、それを『ブースト』で強化すると簡単に破壊できた。
ブレスを吐く機能しかついていないので、ドラゴンゴーレムのような防御力はなかったからだ。
頑丈にすると、コストが上がって費用対効果が落ちてしまうからな。
「しかし、なかなか奥に辿りつかぬのである!」
俺たちは例の装置のみを目指して突入していたのだが、なかなかその奥に辿りつけなかった。
ペーターたちは地下要塞を虱潰しにする必要があるので、俺たちよりも大分上の階層で苦戦しているようだ。
進んでいる途中、あきらかに兵士やその家族たちが住んでいる居住区があり、いまだ拡張工事中であった。
こういう場所を下手に押さえようとすると色々と面倒なので、俺たちはすべて無視して、下の階層を目指している。
それができないペーターは、攻略と占拠に時間を食ってなかなか下に降りられなかった。
「カラクリばかり! ニュルンベルク公爵は、人を信じていないようである!」
ある階層からは、自爆型ゴーレムとブレス発生装置しか設置されていなかった。
それらを破壊しながら進むと、いかにもといった巨大な扉があり、その前には大量のブレス発生装置が置かれている。
遠方から魔法で破壊しようとすると、その前に導師が自身に『魔法障壁』を展開しながら接近し、すべてパンチと蹴りで破壊してしまう。
導師に大量に発射された各属性のブレスだが、彼によってすべて弾かれ、彼はノーダメージであった。
「一撃全壊! チマチマとやっていては面倒なのである!」
巨大な扉の前には、ブレス発生装置群の残骸だけが残された。
「さて、ここが一番奥の部屋であるか?」
「その可能性は高いですね」
導師が、一人で巨大な扉を開ける。
するとそこには、ニュルンベルク公爵と白いタキシード姿の変なおっさんが待ち構えていた。
「ニュルンベルク公爵の重臣? には見えないな……」
「伯爵様、あいつの耳を見てみろ!」
ブランタークさんに言われてそのおっさんの耳を見ると、なんと尖っていた。
エルフ……には見えない。
そもそも、この世界でもエルフやドワーフは想像上の種族であった。
実在などしていないのだ。
「魔族……」
ブランタークさんが、簡潔に正解を教えてくれた。
見た目は人間と大差なく、唯一の違いとして耳が尖っている。
古代魔法文明崩壊直後から目撃例は存在しないが、必ず実在すると言われている魔族。
その実物が、なんとニュルンベルク公爵に手を貸していたのだ。
「合点がいったのである! 謎の阻害装置といい、多くの古代魔法文明時代の遺産といい。魔族の手を借りていたのであるな!」
導師は、珍しくニュルンベルク公爵に激怒していた。
なぜなら、事はただのニュルンベルク公爵の反乱で済まなくなったからだ。
大陸の覇権を握る、などと言っていたニュルンベルク公爵が、実は魔族の国の紐付きでしかなかったのだから。
もっと最悪なパターンは、これが魔族による人間の分断策であり、実はニュルンベルク公爵がわざと内乱を起こし、帝国のみならず、人間社会にダメージを与えている可能性があることだ。
「それがなにか悪いことなのかな?」
「貴様!」
「なにを利用しようと最後に私が勝てばいい。勝てば、その所業はすべて正当化される。それが真実ではないのかな?」
「なっ!」
ニュルンベルク公爵の反論に、珍しく導師は絶句してしまった。
彼は、自らの意思で魔族に利用されているし、それでも最後に勝利できれば問題ないと言い放ったのだから。
「しかし、やってくれたな。バウマイスター伯爵」
「ふんっ……」
なにをやったのかは言うまでもない。
強固な『魔法障壁』を破るために古に失われた『極限鋼』の技術を復活させ、それを材料に大魔砲を製造した。
そのおかげで鉄壁なはずの『魔法障壁』が破られ、突然の奇襲に精鋭であるはずのニュルンベルク公爵家諸侯軍は大きく混乱し、俺たちによる地下要塞最深部への侵入を許してしまったのだから。
「俺も、古代魔法文明時代の遺品を復活させただけですよ。そこの魔族が復活させたものに比べれば、微々たるものでしょう?」
「その微々たるもののせいで、我が篭城策は完全に潰えたがな」
現在、地下要塞内の各所で、二十万を超える両軍が死闘を演じている。
いくらニュルンベルク公爵家軍が精鋭でも、大魔砲による砲撃で混乱し、そこを突かれて大量に侵入した帝国軍の排除は難しいはずだ。
むしろ数が少ない分、かなり苦戦していた。
「結局、俺にとってバウマイスター伯爵は鬼門というわけか……。惜しいが、殺すしかあるまい」
「随分と上から目線だな。今のあんたが、俺に勝てるのか?」
テレーゼから剣の達人だとは聞いているが、ならば魔法で倒してしまえばいいだけのこと。
俺は彼を焼き払おうと、『火炎』魔法の準備を始める。
ところが、魔法の完成直後に炎が完全に消えてしまった。
「キャンセルがかかった?」
「正解なのであるな。魔族たる我が輩の得意魔法系統は『闇』。『闇』の強みは、他の系統魔法にはない特殊性にあるのであるな」
導師に口調が似ている魔族は、俺の魔法を瞬時に闇魔法でキャンセルしたらしい。
「こういう魔法も使えるのであるな」
「ううっ!」
「エル!」
続けて、突然エルの体を黒いモヤが包み込み、それが晴れるのと同時に白目の部分が黒くなったエルが、我を忘れたかのようにテレーゼに斬りかかろうとした。
慌ててイーナが二人の間に入り、エルの剣を槍の柄で防いだ。
「エル!」
「エルさん! しっかりしてください!」
「うがぁーーー!」
ハルカも魔刀を抜いて応援に入りつつ声をかけるが、エルは二人の呼びかけにも答えず、意味不明な叫び声を発しながら、狂ったように刀を振り下ろし続ける。
これまでに習った剣術など忘れたかのようで、まるでバーサーカーだ。
「相手の心を操るのか?」
「どうなのであるかな? ただその少年には、バウマイスター伯爵たちが敵に見えるのであるな」
「厄介な魔法だな……」
この魔法で複数を操られてしまえば、最悪同士討ちで全滅であろう。
全員に緊張が走るが、その危険性を排除してくれたのはエリーゼであった。
突然俺たちがいる場所全体に青白い光が走り、それが晴れた時には、すでにエルは元通りであった。
「あれ? 俺はなにを?」
「エルさんは、あの魔族に操られていたのですよ」
「おおっ! 『闇』と対を成す『聖』魔法の使い手であるな! 我が輩、その実力に感動したのであるな!」
どうやら、闇魔法は聖魔法で打ち消せる性質があるようだ。
ただ一定以上の力量が必要らしく、魔族はエリーゼの実力に驚いていた。
「魔族、お前の切り札である闇は効かないようだな。ニュルンベルク公爵と共に諦めて首を差し出せ」
「いきなり打ち首とは、人間とは野蛮な種族であるな」
「お前なぁ……、この帝国の惨状を見て命乞いが可能だと思うか?」
ニュルンベルク公爵と同じく、帝国人の感情的にも、法的に考えても、この二人に死刑以外の罰があるわけがない。
もしここで生かして捕えても、生きているのが苦痛なくらいの拷問にかけられ、最後に惨たらしく殺されるのがオチだ。
ならば、ここですぐに殺してやるのがせめてもの情けであろう。
「お優しいバウマイスター伯爵であるな」
「違うな。お前ほどの魔力の持ち主を生かして捕えるなんて、犠牲が多くなるだけだからだ。色々と魔族やその国に関する情報を聞き出せれば、王国貴族としては評価されるはずだけど、そこまで求めるのは贅沢ってものさ。お前は、大量虐殺の共犯としてニュルンベルク公爵と一緒に死ね」
「我が輩、考古学者として遺跡の品に興味があっただけなのであるな」
「そんな言い訳が通用するか」
「そう言われることは予想していたのであるな。ならば、ここは世話になったニュルンベルク公爵と共に戦うべきであるな。もしかしたら勝てるかもしれないのであるな」
そう言ってから魔族は、タキシードの内ポケットからなにか四角い箱を取り出した。
よく見ると、なにかのリモコンのように見える。
「この地下遺跡は、古代魔法文明時代に国軍の兵器製造工廠と試作品の組み立て作業場であったのであるな。その中でも、とっておきの秘密兵器。出でよ! 『大人型カラクリ魔人君』!」
魔族がリモコンのボタンを押すと、ニュルンベルク公爵と魔族が立っている後方の壁が崩れ、そこから全高二十メートルほどの巨大人型ゴーレムが姿を現した。
「なんだよ、またゴーレムかよ」
「このゴーレムは、ゴーレムの欠点である応用の利かなさを解決することが可能なのであるな」
魔族が喋っている間にも、俺、カタリーナ、導師、ブランタークさんが容赦なく魔法を二人に向けて放つが、それらはすべて闇魔法を諦めて『魔法障壁』の展開に切り替えた魔族によって弾かれてしまった。
「伯爵様、あの魔族は!」
「はい。俺よりも魔力量が多い」
これまで、俺よりも魔力量が多い魔法使いなど一人もいなかったが、さすがは魔族。
驚異的な魔力量を誇っていた。
「この大人型カラクリ魔人君は、ニュルンベルク公爵が操作を、我が輩が魔力を供給することで、絶大な力を発揮するのであるな」
「お前たちを殺してから、他の帝国軍を排除することにしよう」
ニュルンベルク公爵は魔族に抱えられながら、『飛翔』でゴーレムの開いた胸部に乗り込んだ。
そこがコックピットというわけか……。
まるでアニメのような話だ。
「あの魔族、師匠が持っていた『移動キャンセラー』を着けているのか……」
俺たちは相変わらず飛べないのに、魔族は『飛翔』が使えた。
つまり、あの魔道具を持っているということだ。
「さあ、大人型カラクリ魔人君の強さに絶望するがいい」
巨大ゴーレムに乗り込んだニュルンベルク公爵の声が、ステレオ放送のように聞こえてきた。
コックピット内の声が、外部に拡大されて放送される仕組みのようだ。
ここは魔法のある西洋風ファンタジーな世界のはずなのに、なぜかあそこだけロボットアニメになっている。
この非常にそんなことを考えてしまうのは、間違いなく前世の記憶がある俺だけだとうけど。
それにしても、まさか魔法で巨大ロボ……ゴーレムに挑むことになろうとは……。
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