第250話 巨大砲は男の浪漫?(その3)

「製造は不可能だと言われた、巨大な魔砲。不足する砲身の強度を得るための金属素材。正確に真っ直ぐ砲口を切削する方法。巨大な特殊砲弾の製造。砲弾を飛ばす魔力を蓄える魔晶石の連結と、周辺装置の開発。多くの困難が男たちを襲うが、彼らはそれらの問題を、次々と乗り越えていく」


「ヴェル。正しいとは思うけど、どうして言い方がわざとらしいんだ?」


 早速『大魔砲』の製造に入るので、前世で子供の頃に見た某○ロジェクトX風のナレーションにしてみた、そんなものは知らないエルには不評であった。

 これは、放送するに値する難事だと思うのだが……。

 この世界にはテレビはないけどな。


「ただ、この大魔砲製造の困難さがよくわかるのは確かだな」


 ミズホ上級伯爵は、俺のナレーション風の発言に納得するように首を縦に振った。

 そう、これは一大軍事作戦なのだから。


「まず最初の困難は、砲身の素材である金属の加工だな」


 カネサダさんは、早速第一の問題を口にした。


「丈夫な金属を作るんですよね?」


「エルヴィン殿。ただ丈夫な金属ならば、砲身をすべてオリハルコン製にすればいいわけだが……」


「いや、そんなにオリハルコンを集められないでしょう」


 設計図によると、砲身だけで直径が一メートル近くある。

 砲身の長さは二十メートルほどで、これをすべてオリハルコンで作ることは、物理的に不可能であった。

 大陸中のオリハルコンをすべて集めても、絶対量が不足しているのだから当然であろう。


「それで、どうするんですか?」


「合金を作る」


「合金?」


「高品質の鋼を造り、それに微量のミスリルとオリハルコンを混ぜるわけだ」


 ミズホ上級伯爵は、エルに強度の高い合金の作り方を説明した。


「そこで、カネサダさんの経験と知識が生きるのですね」


「いや、エルヴィン殿に評価してもらえるのは光栄だが、私には無理だな」


 肝心のカネサダさんは、その合金作りではあまり役に立たないと断言した。

 彼の専門は、金属精錬ではなくて、金属加工だからだ。


「いくつか問題があってな。まず、合金の強度を均一化するため、鋼にも均一した強度が必要であり、ミスリルとオリハルコンを混ぜる時にも、材料に偏りが出てはいけない」


 刀一本分ならともかく、巨大な魔砲の砲身である。

 これの材料を均一に鋳溶かしてスを作ってはならず、刀一本分の素材ならともかく、通常の作り方でそこまで巨大な鋳物を作る技術はないそうだ。


「えっ? じゃあどうするんですか?」


「バウマイスター伯爵なら作れるであろうな」


「確かにそれはあるかも」


 エルが俺に視線を送る。

 集めた金属で純度の高いインゴットを魔法で作れるし、磁器作りでも粘土の成分調整を魔法で行った。

 合金の成分調整も、やったことはないができなくもないと思う。


「初めての試みだから、まずは練習しないと……」


 俺は杖を取り出してから、大量の鉄素材を鋼に変えるところから始める。

 確か、丈夫で粘りのある鋼には少量の各種金属類が混じっていて、それはタングステンだったり、クロムとかニッケルであったと思う。

 鉄材と一緒に鉱石の類も置いてあり、それを『探知』で探ると、微量ではあるがそれらを採取できた。

 合金の素材なので、そんなに量はいらないはずだ。

 あとは炭素……これも混じっていたはずだが、日本の鉄鋼メーカーは、特殊鋼の配分比率を公表していない。

 企業秘密なので当然だが、おかげでどの程度混ぜればいいのかわからない。

 さらに、それに加えてオリハルコンとミスリルまで混ぜるのだ。

 地球にこの二つの金属は存在しないので、正直どうやって配合比率を知ろうか迷ってしまった。


「一応、大昔の文献があるのだが……」

 

 ミズホ上級伯爵が見せてくれた文献の一部には、古代魔法文明時代にミズホ人の先祖が製造した、鋼よりも頑丈な特殊合金の配合比率が書かれていた。


「失伝している技術だな。その配合率どおりに作っても、なぜか成功しないのでな」


 それはそうであろう。

 特殊な炉でも使えば可能であろうが、魔力燃料の反射炉に毛が生えたような炉では鉄に不純物が混じって成功するはずがない。

 材料を均等に混ぜるという条件も、成功を阻害している。

 もし完成しても、少しでもスが入れば強度不足で使えなくなるであろう。


「バウマイスター伯爵、大丈夫かな?」


「試行錯誤します」


 とにかく魔法で極力鉄から不純物を抜き、その重さを計って他の金属の配合率を決める。


「というか、成功の基準がよくわからないんだけど」


 帝国政府が所有する、貴重なオリハルコンとミスリルを持参したペーターが、もっともな質問をミズホ上級伯爵にした。


「文献には、鋼、オリハルコン、ミスリルが決められた分配比で加減よく均等に混じると、一瞬だけ青白い光が発生する。この状態で製造された合金を『極限鋼』と呼び、多目的なものの材料として、最高の性能を発揮すると書かれておりますな」


「成功の目安があるのなら安心だ。失敗の度に、貴重なオリハルコンとミスリルを供出させられるのかと思った」


「いや、材料はもうこれ以上は使わないさ」


 炉で作るとなれば失敗もあるが、魔法で製錬する以上は失敗してもまたやり直せばいい。

 それに、オリハルコンとミスリルは鋼の重量に比例した量だけでいい。

 それよりも問題なのは、古代魔法文明時代でもタングステン、炭素、クロム、ニッケルなどの認知度が低く、材料の鋼にどれだけ含めればいいのか文献に書かれていないのだ。


「(その辺は全部試行錯誤だよなぁ)」


 繰り返し、配合比率を細かく変えて数千、数万通りも試行錯誤する必要があるはずだ。


「こんなに複雑な合金の配合試験を一日中ですか。私には不可能ですわ」


 様子を見に来たカタリーナが、話を聞いただけで諦めてしまった。

 彼女も鉄くらいは収集して現金にしていたそうだが、あまり品質がよくなく、高く買ってもらえなかったそうだ。

 魔法使いによる鉄などの収集は、個人によって品質に差が出る。

 不純物の方が多くて鉄鉱石よりもマシ程度の値段でしか買い取ってもらえない人や、師匠のように出身孤児院の財政を支えられるレベルの人もいる。

 いかに、自分に合ったイメージで不純物を取り除くかがポイントなのだ。

 俺の場合、なるべく鉄の原子が理路整然と並び、他の原子を外部に排出するイメージでやっている。

 他の金属も同じで、だから俺の作る金属インゴットは品質がよかった。

 こうなると、学生時代の授業も役に立ったというわけだ。


「ヴェンデリンさんは、地味にこういう魔法が得意ですわね」


「あーーーはっは! 伊達に未開地で一人修行はしていないさ」


「修行にはなったのでしょうが、なぜかあまり凄いとは思えませんわね……」


 カタリーナがそう思う理由は簡単だ。

 俺と同じく、ボッチよりも子弟ネットワークが凄いブランタークさんの方が凄いと感じてしまうからだ。


「ブランタークさんは、今日も先生役を?」


「ええ」


 彼ほど指導が上手な魔法使いはそういない。

 そのせいか、ペーターの依頼で新人魔法使いたちの面倒を見ていた。

 ある程度熟練した帝国の魔法使いたちが内乱で消耗したので、その補充のため、下は七~八歳から上でも十二~三歳の魔法使いの卵たちが集められ、帝国軍内で下働きをしながら、ブランタークさんが指導を続けていた。


『この中に、第二のバウマイスター伯爵がいるといいのである!』


『導師、あまりに無茶な修行は駄目だからな!』


『なぜである? この年齢の頃にはバウマイスター伯爵は……』


『伯爵様は、滅多にいない例だからだな』


 彼らの指導に最近暇そうな導師も加わり、俺と同じように鍛えようとしてブランタークさんから釘を刺されているそうだが。

 導師が手加減なしでやると、ブラック部活になってしまうからなぁ。


「配合比率を百分の一パーセント単位でズラしていって、大量の配合パターンを虱潰しにしていく」


「それが可能なのは、魔力量が多いヴェンデリンさんだけですわね」


 すでに、大まかな配合と成形は終わっている。

 ミズホ上級伯爵が準備した石製の特殊な台の上に、直径一メートル、長さ二十メートルの砲身が乗っかっていた。


「スを作らないよう、金属を均等に配分するイメージを忘れないようにしながら配合比率を少しづつ変えていく……」


 同じ作業の繰り返しというか、見た目には両手に杖を持ちながら砲身の素材に魔法を連続してかけているだけである。

 一日中なので、夕方には大半の魔力を使い果たして寝るだけであった。


「根気よく続けるわね」


「ボクには一番向かないタイプのお仕事だね」


 翌日のお昼。

 エリーゼからのお使いで昼食を持参したイーナとルイーゼは、砲身の前に座る俺に話しかけてきた。


「配合パターンはその気になれば無限大にあるからな。多少の許容範囲はあるはずだ。でなければ、いくら古代魔法文明時代でも『極限鋼』が製造できるわけがない」


 許容範囲内に入れば、砲身は一瞬だけ青白く光る。

 俺はそれを目指し、根気よく魔法で成分調整を続けていくだけだ。


「もしかして、前に戦ったアルフレッドさんの影響もあるの?」


「あるな」


 一見地味だが、この魔法を繰り返すと前に師匠に言われた『コントロールの雑さ』を直す練習になる。

 師匠よりも遥かに大量の魔力を持ちながら苦戦した、俺に対する試練でもあった。


「でも、ブランタークさんが言っていたわよ。いくら天才のアルフレッドさんでも、今のヴェルくらいの年齢の時は全然大したことなかったって」


「自分も、アルフレッドさんに同じ注意をしたんだって」


 魔力の多さで注目はされていたが、やはり若い魔法使いは魔法のコントロールが甘くなる。

 当時はブランタークさんも若手だったそうで、年嵩の魔法使いから同じような注意を受けたのかもしれない。


「どちらにしても、これを完成させないと地下要塞に侵入できないから。俺はただ挑むのみさ」


 今は、とにかく砲身の素材を完成させるだけだ。

 ただそれだけで、日々を過ごしていく。


「ヴェル様、お弁当」


「ありがとう、ヴィルマが発射、照準担当だって聞いたけど」


「レインボーアサルト討伐の実績を買われて」


「そうか、頑張れよ」


「うん、頑張る」


 大砲と同じ扱いの魔砲なので細かな照準は必要ないのだが、大型の試作型狙撃魔銃での経験と、それを使った時に、同じ場所に二度も銃弾を当てた実績を買われたそうだ。


「砲架や、発射装置周りの製造も始まっている」


 この大魔砲の運用には、多くの周辺装置が必要だ。

 砲を支える強固な砲架に、照準機、発射装置、膨大な魔力を溜めておく魔晶石、これは一つでは間に合わないので複数を連結するそうだ。

 ヘルムート王国では、巨大魔導飛行船に用いようとして失敗した技術なのでこれも困難が予想された。

 他にも、高性能の冷却装置が必要となる。


「ヴェル様が作った、弾の研磨も始まっている」


 これも、タングステンなどで製造していたが、俺の成形だとまだ凸凹や大きさに差があるようで、複数の職人たちが丁寧に研磨をかけていた。

 このように、大魔砲造りには多くの人たちが関わっている。

 なので、失敗は許されなかった。


「ルイーゼも動員されるんだっけ?」


「補助魔力供給係としてね。ボクにも頑張れと言わないと駄目だよ」


「ルイーゼも頑張れよ」


「えへへ、頑張るよ」


 ルイーゼは、ヘルタニア渓谷におけるロックギガントゴーレム戦で、自分の魔力量の数倍もの魔力を拳に込めて技を放った。

 その特技を生かし、魔晶石経由での魔力供給を補佐する役目に任じられていた。


「訓練で変な線をもって立っているけど、実はあまり苦労もしてないね」


 他の魔法使いたちが魔力を溜めた魔晶石を用いて拳に限界まで魔力を溜め、それを謎のコードで大魔砲に送り込む。

 連結魔晶石からの魔力と合わせて、大量の魔力を一気に爆発させて大口径の特殊砲弾を撃ち出すという仕組みだ。

 当然、普通の魔砲の砲身素材では破裂してしまう。

 俺が作る『極限鋼』の出来にかかっているというわけだ。


「ヴェル様も頑張って」


「頑張ってね」


「おう頑張るぜ」


 それから一週間。

 細かい配合比率の調整は進んでいたが、なかなか砲身は青白く光らない。

 近くでは、段々と砲架や周辺装置が形になっていた。


「あなた、大丈夫ですか?」


「古代に失われたオーパーツの再現とは、ヴェンデリンも大変じゃの」


 今日は、エリーゼとテレーゼが弁当を持って姿を現した。


「エリーゼは、救護所は大丈夫なのか?」


「はい。最近は戦闘もないので、そこまで忙しくないですから」


 地下要塞が強固な『魔法障壁』で覆われているので、ただ周囲を包囲しているだけで戦闘などない。

 たまにニュルンベルク公爵の支援者たちや密偵が侵入を試みて、小規模な戦闘が発生するだけだそうだ。


「その程度なら、帝国の魔法使いでもなんとかなるからの。それに……」


「それになんです?」


「若い兵士たちが、エリーゼの治療目当てにわざと擦り傷やら切り傷を作ってきおっての」


 聖女様に治療されたいと、わざと傷を作って救護所に並ぶ事態になったそうだ。

 

「気持ちはわかるけど……」


「気持ちはわかるか。ペーター殿も同じことを言っておったの」


 俺と同じ年の男なので、綺麗なエリーゼに治療されたいという気持ちはわかるらしい。

 だが、貴重な魔力の無駄遣いになるので、『その程度の怪我で救護所に並ぶな!』という通達を出したそうだ。

 救護所には、ニュルンベルク公爵領への宣撫活動もかねて、地元住民には無料で治療を行うと宣伝している。

 彼らへの治療が、わざと怪我をした兵士たちによって邪魔をされては堪らないというわけだ。


「あとは、導師も激怒しての」


『我が姪に邪な感情を抱くとは! そんなに怪我をするのであれば、某が治してやるのである!』


 わざと傷作って来た連中は、全員導師に抱きつかれて地獄を見たそうだ。


「そんなわけで、意外と平穏じゃの。ヴェンデリンが大魔砲の素材を完成させないと、戦況が動かぬが」


「平穏ですけど、大規模動員をしている帝国軍の方が痛手ですね」


「エリーゼの言うとおりじゃな。大軍は、動員しているだけで金と食料を湯水の如く消費するからの」


 ニュルンベルク公爵は、帝都から奪った大量の財宝と食料を抱え、強固な『魔法障壁』に守られて籠城戦をしているから余裕がある。

 籠城している人たちも厳選しているので、食料の消費量はそれほど多くないのに、防衛力が高いという事情もあった。 

 このままの状態が続けば、先に根をあげるのは帝国軍の可能性が高い。

 帝国軍には外部からの補給があるが、包囲が長期戦になれば、兵数を減らさないと財政が破綻してしまうはずだ。

 そして包囲する帝国軍が減れば、ニュルンベルク公爵がその撃破を試みるかもしれないのだから。


「懲罰で兵を出しているような貴族たちに不満が溜まると危険ですか……」


「ニュルンベルク公爵と示し合わせて、夜襲でもかけられたら大変じゃ」


 そんなわけで、俺は急ぎこの大魔砲の素材を完成させないといけないのだ。


「もう四万五千七百八十二回目ですけどね」


 ある金属含有率の百分の一パーセントの増減、こんなパターンを根気よく丁寧に続けている。

 果たして答えはいつ見つかるのか?

 正直少し飽きてきたところだが、ある組み合わせで砲身の素材を再構成すると一瞬だけ砲身が青白く光った。


「やった! 成功した!」


「あなた、やりましたね」


「やったーーー!」


 古代魔法文明時代に失われた合金の完成に、俺はつい嬉しくて二人に同時に抱きついてしまった。


「これは予想外……じゃが悪くないの」


 俺に抱きつかれたテレーゼは、満更でもない顔をしていた。

 だが、彼女はやはり生まれ持った大貴族である。

 すぐに真面目な顔になり、俺に小声で耳打ちする。


「今の炉では製錬できない失われた合金か。ヴェンデリンクラスの魔法の精密さが必要じゃが、詳しい含有比率がわかれば、製造できる魔法使いもおろう」


「テレーゼさん?」


「これから世話になるからの。そなたの夫に忠告じゃよ」


 テレーゼは、そっと俺に小声で話しかける。


「その合金の含有比率は、ペーター殿やミズホ上級伯爵に漏らすなよ。その合金の製造で、そなたの子孫代々が飯を食えるかもしれぬ」


「ミズホ上級伯爵には、古い資料を見せてもらった恩がありますけど」


「鋼の条件付けが曖昧な資料じゃ。でなければ、ヴェンデリンが何日も試行錯誤するはずがない。鋼に交じっている他の金属の含有率を秘密にして、『資料どおりでした、ありがとうございます』だけ言っておけ。お礼は丁寧にの。なにしろ、ヴェンデリンは大貴族じゃからの」


 テレーゼの忠告は、まさに大貴族に相応しいものであった。


「どうせ、お礼を言うどころではないがの」


 確かに、『極限鋼』の配合比率は複雑であった。

 オリハルコンとミスリルは、資料どおりに混ぜておけば問題ない。

 だが鋼には、クロム、ニッケル、ケイ素、タングステン、炭素などが混じっている。

 この配合比率が書いておらず、俺は何日も試行錯誤する羽目になったのだから。


「ヴェンデリン、成功したって?」


「ついに、古代魔法文明時代の万能金属『極限鋼』が!」


 ペーターとミズホ上級伯爵が転がるように飛び込んでくるが、すぐにテレーゼの忠告に従うことにした。


「それで、『極限鋼』の詳細な配合比率は? やっぱり、我々が認知していない金属とかがあるのかな?」


「バウマイスター伯爵、その配合比を五千万リョウで売ってくれないか」


 純オリハルコンと純ミスリルよりは強度が低いが、兵器にも使用可能な『極限鋼』の製造方法を手に入れようと、二人が俺に押し寄せてきたのだ。


「ヴェンデリン、売ってくれないかな?」


「オリハルコンとミスリルの配合比の資料を出したのはうちだから、教えてくれると嬉しいのだが……」


 テレーゼの予想どおりであった。

 『極限鋼』の強度があれば、高性能な魔銃や魔砲のみならず、従来の武器や防具も簡単に強化可能であったからだ。


「いや、こういう技術は秘密なので」


「ええーーーっ! 売ってほしいな」


「通商の便宜なら、いくらでも検討するぞ」


「はあ……」


 あまりの迫力に、俺は先にテレーゼから釘を刺されていてよかったと思っていた。

 でなければ、強い押しに負けて、思わず『はい』と言ってしまうところであったからだ。


「大魔砲の完成と運用が成功したら、改めて交渉しよう」


「バウマイスター伯爵、また大量に高級食材を持ってくるからな」


 なんとか『極限鋼』の配合比を手に入れようとする二人を見送っていると、テレーゼが意味ありげな笑顔を浮かべながら俺に言う。


「皇族だの、大物貴族だのは本当に大変よな。引退できてよかったと思うわ」


 俺は、思わずテレーゼの発言に納得したかのように首を縦にふってしまうのであった。





「砲身素材が完成したならば、そこに砲口を彫る私の仕事だな」


 完成した砲身素材の前で、カネサダさんが気合を入れた服装で現れる。

 新しい作務衣に着替え、後ろに立つ二名の弟子が、三方の上に塩とお供えを載せて彼につき従っていた。

 

「この砲身の素材は一本のみ。失敗しても作り直せばいいのであろうが、初めからそれを考えていたのでは成功も難しい。素材は一本しかないつもりで進める」


 カネサダさんは、完成した砲身の前で一礼してから、弟子たちに三方の上に載った品を砲身の前に供えさせた。

 そしてすぐに、砲身の中心点を探す作業を始める。

 これをしくじると、砲身を切削する作業に失敗してしまう。

 工作機械などないので、砲身をまっすぐ彫るのはすべて手作業だからだ。

 続けて、もし中心からズレて掘削してしまうと、砲身に薄い部分ができて発射時に破裂してしまう。

 カネサダさんは、失敗したら切腹するくらいの気持ちで、砲身の中心部を探っていた。

 彼の緊張感が、こちらにまでビシビシと伝わってくる。


「ここだな」


 カネサダさんが中心点に印を付けると、今度は後ろに立つ弟子から大型のノミとハンマーを受け取り、その体からは想像もつかないパワーとスピードで削り始める。


「ええっ! 手で削るの?」


 工作機械とは言わないが、なにか魔道具を使って削るのかと思ったのに、まさか手でノミを振るって削るとは……。


 しかも、カネサダさんの本職は刀鍛冶のはずなのに。

 俺は、超一流のミズホ職人の凄さを肌で感じていた。


「しかも、あの砲身は『極限鋼』なのに」


 オールオリハルコン製よりは劣るが、鋼よりも圧倒的に硬度が上の素材なのだ。

 それを削るとは……と思ってノミを見ると、それはオリハルコン製であった。


「魔砲の砲口を削る工作魔道具はあるのですが、『極限鋼』ですと強度不足でして……」


 補助をしている弟子の一人が、そっと俺に事情を説明してくれる。


「手で削るとなると、師匠にしかできません」


 カネサダさんは、刀鍛冶だけではなく金属成形の名人でもあるそうだ。

 ノミ一本で、この大砲身を削るというのだから凄い。


「どのくらいかかるのですか?」


「そうですね。師匠は二週間を予定しています」


 エリーゼの問いに、若い弟子は答える。

 同時に照準機、魔晶石連結装置、冷却装置などの製造と設置もあるし、最終的には完成した砲身との組立作業もある。

 大魔砲自体の完成は三週間後を予定していると、その若い弟子は説明した。


「カネサダさん、大変そうだな」


 一度も削り間違えが許されない条件下で、カネサダさんは一心不乱にノミとハンマーを下ろし続ける。

 大まかに終わった場所を、もう一人の弟子が『極限鋼』で作ったノミで削って加工面を綺麗にしていく。

 もうすぐ冬なのに二人は滝のような汗をかき、時おり塩を舐めながら水を飲んでいた。

 

「大変であるな」


 様子を見に来た導師が、カネサダさんを見ながら呟いた。

 

「完全な手作業だからな」


 ブランタークさんも姿を見せるが、彼は周辺装置を製造している職人たちの様子を見て来たらしい。

 俺に、進捗状況を教えてくれた。


「照準機はそれほどの精度は必要ないし、大型だから順調だそうだ。冷却装置も、ヴィルマの嬢ちゃんが使った大型狙撃魔銃のものを改良しているから問題はない。一番梃子摺っているのは魔晶石の連結だな」


 帝国の所有していた大型魔晶石の大半は、今はニュルンベルク公爵が地下要塞内に持ち去っている。

 強固な『魔法障壁』を含む地下要塞の保持に使われている可能性も高く、これを討ち破るため、ペーターはできる限りの魔晶石を集めていた。

 これに魔力を満タンに入れ、すべて繋いで一気に砲弾を撃ち出すという仕組みだ。


「やはり、王国が失敗したのと同じ連結部の加熱に悩んでいるようだが、これは期限までになんとかするそうだ」


「補助のルイーゼは?」


「こっちは、ルイーゼの嬢ちゃんが順調だから問題ない」


 ルイーゼの自身の数倍の魔力を拳に溜めて撃ち出す技を応用し、拳に溜めた魔力を導線で送り出して補助動力にする。

 技術的には、魔力を伝達する導線を作るのに少し苦労しただけで、ルイーゼ自身はもう本番まで仕事はないそうだ。


「原理は簡単なのに、大変である」


 砲身は『極限鋼』製ではあるが、弾は前装式でライフリングなども削っていない。

 新式の魔砲と魔銃には彫られているのだが、なくても計算上は威力に問題ないと、今回は見送られた。

 後装式も試したが、強度不足で砲身が破裂した。

 ライフリングの切削に失敗して、砲身を駄目にしたというリスクを避けたのだと思われる。


「ヴェル、お昼御飯よ」


「ありがとう、腹減ったぁ」


 カネサダさんがおにぎりを食べ始めたところで、イーナが食事だと言って俺たちを呼びに来てくれた。


「そんなにすることはないですけど、魔力の補充で疲れますわね」


 みんなで昼食を食べていると、大魔砲で使用する大量の魔晶石に魔力を補充しているカタリーナが少し退屈そうだ。

 魔力を補充すると、他の魔法関連の仕事がほとんどできなくなってしまうからだ。


「それは、俺たちも同じだしな」


 大魔砲製造における砲身素材製造を終えた俺も、自分の魔力を魔晶石に込める作業のみを行っていた。

 あとは、イーナやエリーゼと共に王国軍組に関わる書類の整理だ。

 こんな時でも、書類は減らないんだよなぁ。


「最近、やっと書類仕事に慣れてきたかな」


「そうかな? ハルカが半分以上やってない?」


「それでも、前よりはできるようになったぞ」


 ルイーゼからの指摘に、エルは億面もなく答える。

 確かに、以前に比べれば相当な進歩であった。

 

「大魔砲を打ち込んで『魔法障壁』を破壊するんだよな?」


「そうだけど」


「一度壊しても、すぐに『魔法障壁』が復活しないのか?」


 事情に詳しくない人でこういう疑問を感じている人は多いのだが、それについてはちゃんとペーターも考えている。


「あの強度の『魔法障壁』が破られ、それをまた張るとなると、膨大な魔力が必要となるからな」


 それに、大魔砲は連射ができるように準備している。

 発射して『魔法障壁』を破り、新たにニュルンベルク公爵が張らせた『魔法障壁』をまた破壊する。

 この繰り返しで大量の魔力を消耗させ、ついには『魔法障壁』を張れない状態にしてしまうわけだ。


「あの質量と強度の弾が命中するんだ。当然地下要塞にも被害が出る」


 『魔法障壁』が張れなくなる頃には、山腹とその下の地下要塞施設はズタズタのはずだ。

 防衛側も混乱するはずで、その隙に全軍で突入という作戦になっている。


「その際には、俺たちも突入するからな」


「俺が指揮する部隊と共にだろう? フィリップさんから聞いたよ」


 エルとハルカが指揮する王国軍組千名ほどと、ブランタークさん、導師、エリーゼたちも同行する。

 標的はニュルンベルク公爵ではない。

 あんな反乱者のクビなど、ペーターに任せておけばいいのだ。

 それよりも、あの装置の破壊をしなければならない。

 それも、二度と再生不可能なぐらいにバラバラにだ。


「俺も、装置の破壊には賛成だな」


「どうしてそう思うんだ?」


「内乱を起こしたニュルンベルク公爵は役に立っていると思っているけど、互いに足ばかり引っ張られて、かえって損をしていないか? あの装置」


「実際、エルの言うとおりなんだよなぁ」


 クーデターを起こした当初、標的を混乱させたくらいであろう。

 あとは、あの装置が動いていると、どの勢力も損ばかりしてるように思うのだ。


「ニュルンベルク公爵の軍勢の大半は侵入する帝国軍の相手で忙しいだろうし、俺たちと千人もいれば十分だろう」


「そうだな。必ずしも大軍が有利という場所でもないし。ハルカさんも手助けしてくれるから大丈夫だろう」


 エルが微妙にノロけているような気がするが、とにかく先にあの装置を破壊したい。

 下手に残っていると、ペーターが変な欲をかく可能性があるからだ。


「ミズホ上級伯爵もだな。装置の回収を狙うかも」


「それはありますね。使えるかはともかく……」


「研究用の素材としては欲しいでしょうからね」


 ハルカとタケオミさんは、その口調から推察するに、ミズホ伯国には装置が渡らない方がいいと思っているようだ。

 下手に所持していると、帝国から攻められる口実にされるかもしれないからな。


「『ミズホ伯国のために装置の確保を!』とかはないの?」


「いえ。あんな装置を持っていたら、帝国ばかりか王国にも目をつけられてしまうでしょうから」


 ハルカは、あの装置を厄介のタネだと思っているようだ。


「私は、他の重臣の方々から完全破壊を確認するように言われています。魔導技術研究のための資料なら、他にも沢山地下要塞から出てくるでしょう」


 そんなわけで、ミズホ伯国の妨害はないようだ。


「ヴェンデリン、今戻ったぞ」


 そして、いつの間にかどこかに行っていたテレーゼも戻ってくる。


「テレーゼさんは、どこに行っていたのですか?」


「少し、ペーター殿と相談じゃ。例の装置についてな」


 テレーゼの返答に、エリーゼ以下全員の視線が集まる。


「妙に見られておるの」


「あの装置を、ペーターが欲しがっている?」


「うん? ヴィルマもそう考えたか。念のためにペーター殿に相談に行ったのだがな。彼もいらぬと言っておったぞ」


 理由は、いくつかあるようだ。

 まずは、帝国は内乱で疲弊した。

 王国との争いはしばらく避けたいところだが、あの装置を確保している事実が知られると、王国で出兵論が出てくる可能性がある。


「その装置を量産されて、戦争に使われるかもしれない。王国北部を混乱させた装置を堂々と保持している帝国は危険だ」


「そんなところじゃの。それを出兵の理由にされてはかなわぬ」


 次は、やはりあの装置の性能自体が原因となっている。


「敵だけ『移動』、『通信』魔法を無効化できるなら有用じゃが、そんなことは古代魔法文明時代でも不可能であった。膨大な魔力を使うようだし、ペーター殿に言わせると、なんのためにある装置なのかわからないそうじゃ。下手に、将来の有効活用のためなどと言い始める輩が増える前に、王国貴族であるヴェンデリン自ら破壊した方が、のちの交渉でもよい材料になるであろうな」


「そう言われるとそうかもしれない」


 とにかく今はあの装置に一番乗りし、木っ端みじんに破壊するのみだ。

 戦争にまでなった両国の講和は、これはうちの陛下とペーターに任せればいいであろう。

 俺には専門外なのだから。


「それにしても、テレーゼはそういうことを考えつくのが早いな」


「元フィリップ公爵じゃからの。戦後、妾はバウマイスター伯爵領で悠々自適の日々であろうし、その前に、お世話になる人のためにもうひと仕事というわけじゃの」


 テレーゼは軽く言うが、この手の交渉になるとエリーゼでも不可能であった。

 もしペーターがいなければ、やはり彼女が女帝だったのであろう。


「ペーター殿は、能力もやる気もある。妾は、能力はともかくやる気は薄かった。それだけのことじゃ。気にするな、ヴェンデリン」


 大魔砲製造開始から一ヵ月後、ついにその巨大な魔砲は完成した。

 砲身は地下要塞を狙っており、その周囲は多くの職人と技術者たちで賑わっている。

 これを撃てるだけ発射してから、いよいよ帝国軍全軍による突入作戦が始まるのだ。


「さて、完成した大魔砲はどんな音を奏でるかの」


「死の音だろうね」


「それでも、我らはこれを撃たねばならないのです」


「だよね。じゃあお願い」


「大魔砲、発射用意!」


 ミズホ上級伯爵による発射準備の命令が下り、いよいよ帝国内乱はクライマックスを迎えることとなる。

 さあ、これが最後の戦いだ。

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