第249話 巨大砲は男の浪漫?(その2)
「様子見で攻め込んだら、とんでもなく負けちゃった」
「いや、負けちゃったじゃないと思うが……」
翌朝。
両軍はゆっくりとクライム山脈に向かって包囲陣に加わろうとしたのだが、ペーターから伝令が駆け込んで来たせいで、急ぎ現地へと向かう羽目になってしまった。
一体何事だ?
ペーターがいる帝国軍本陣横に着陣してから挨拶に向かうと、新しい帝国軍首脳部は、大慌てで全軍に指示を出していた。
ギルベルトたちも忙しいようで、俺たちに軽く挨拶をしてから仕事に没頭したままだ。
「あれ? 男爵様は?」
「負傷者が多いので、治癒魔法で救援に向かった」
スラムの主であった男爵様は、ペーターから本当に男爵に任じられた。
今は法衣貴族扱いであり、スラムの住民有志を諸侯軍として率いている状態であったが、内乱が終われば、俺たちがボスを討伐した魔物の領域を領地として与えられる予定になっている。
結局彼は、自分がどこの貴族家の出かを話さなかった。
相当嫌な思い出があるようで、しかも彼の実家は、ニュルンベルク公爵への過度の服従でペーターから改易されてしまったらしい。
改易された途端、家族が男爵様に集ろうとしたらしく、彼は家族を元家族に認定して記憶から消去することにしたと、噂で聞いていた。
本人は嫌がって話さないので、詳しい事情を知るのは、男爵様本人とペーターたちだけなのであろう。
「あなた、私も治療に向かいます」
「そうだな。頼む……。俺も行くか」
「私も、軽傷者くらいならば」
「某も行くのである」
急ぎ四人で、負傷者たちの治療に当たる。
負傷者の人数は多かったが、すでに半数以上の治療を終えていたので、俺たちが助けに入ると一時間もしないうちに全負傷兵の治療は終わった。
治療を終えて戻ると、ペーターが昨夜の軍事行動について説明してくれる。
「謎の地下遺跡を利用した地下要塞だからね。様子見で攻撃させたんだけど……」
その地下要塞には、厄介な牙が大量に設置されていた。
例のドラゴンゴーレムが装備していた、無属性のブレス魔法を吐く装置の小型版が各所に設置されており、ギリギリまで引き寄せられてから奇襲のようにブレス攻撃を食らった帝国軍は、多くの犠牲者を出して逃げ帰る羽目になったそうだ。
「死者は三千二百七十四名。負傷者は四千百十一名。泣けてくる損害さ」
「俺からはなんとも」
この地下要塞を落とせば内乱終結なので、これ以上俺たちに功績を挙げさせず、帝国軍だけで対応するのは政治的には間違っていない。
それに、俺たちが攻めたからといって勝てる保証もないのだから。
「のうペーター殿、様子見にしては犠牲が多くないかの?」
「テレーゼ殿、そこは功名心に逸った貴族がいたというわけさ」
後発で帝国軍に加わった貴族たち。
元は反乱軍に組していた貴族たちもか。
これが最後の戦いなので、ペーターにいいところを見せて功績を稼ごうと、無理をしてしまったようだ。
前進を声高に叫んで、自分も戦死してしまった者もかなりの数いると聞いた。
指揮官先頭を実践して、ブレスで討ち死にしてしまったのか。
「この地下遺跡は、思ったよりも厄介なようだね」
「地元住民たちからの情報によると、元々は古代魔法文明時代の巨大地下遺跡だったそうで」
ペーターの傍に控えているエメラが、俺たちに聞かせるように地下要塞の情報を開示した。
「また古代魔法文明の遺産かよ」
ブランタークさんが愚痴る。
これまで、ニュルンベルク公爵が発掘した魔道具によって散々な目に遭ってきたからであろう。
「魔法使い複数による火力集中で、穴を空けて突入。この方法では駄目なのであるか?」
導師の作戦は、一見大雑把に聞こえるが実は最も効率がいい。
全軍で囲んで徐々に包囲を狭める作戦など、下手をすると余計に損害が増える可能性があるからだ。
「それがねぇ……。試したんだけど……」
ペーターはエメラに視線を送る。
現在の帝国では、彼女が一番多くの魔力量を保有している魔法使いのはずだ。
その彼女と残っている帝国有数の魔法使いたちが共同して、大規模上級魔法を地下遺跡に向けて発射したのだそうだ。
「それで、どうなったんです?」
「防がれちゃった」
「そんなバカな……」
いくら内乱で魔法使いの数が減っているとはいえ、複数で攻撃してまったくダメージを与えられないはずがない。
ブランタークさんは、地下遺跡を守る『魔法障壁』のおかしさについて疑問を感じていた。
「試してみてよ。特にヴェンデリンに頼みたい」
「伯爵様、試そう。俺と導師とカタリーナの嬢ちゃんも協力する」
「わかりました」
早速四人で、地下遺跡のあるクライム山脈へと向かう。
どうやら相当な大軍で攻め寄せたようで、いまだ回収されていない死体が散乱していた。
負傷者の収容を優先したのであろう。
「向こうは撃ってきませんわね」
「こちらも防げるから、撃つだけ無駄だと思っているのかも」
四人だけで麓に立っているのに、地下要塞側からはなんの反応もなかった。
こちらがしようとしていることを察知しており、『やれるものならやってみろ』とほくそ笑んでいるのかもしれない。
「四人でやって、いきなり破れたらどうするんだろう?」
「それはペーター殿が考える仕事だな」
「左様、ただ四人で魔法を集中させればいいのである」
「私、火系統の魔法は少し苦手なのですが……」
それでも四人共上級以上の魔力を持つ魔法使いだ。
高密度に収束させた『火弾』を作り、それを四連続で同じ場所に命中させる。
ヴィルマがレインボーアサルトの頭部を撃ち抜いたのと同じ戦法だ。
「いくら展開されている『魔法障壁』が強固でも、同じ場所に四連続で『高収束火弾』を食らえば……」
と思ったのだが、『高収束火弾』は山脈の岩肌に命中する直前で突如発生した『魔法障壁』によって弾かれてしまった。
「ヴェンデリンさん、もの凄く強固な『魔法障壁』ですわね」
「撤収だな」
「そうですわね」
これ以上無理をして魔法を放っても、魔力の無駄遣いになるだけだ。
俺たちは、とっととペーターがいる本陣へと引き揚げた。
「あれ? 諦め早くない?」
「全然。あの『魔法障壁』を、普通の魔法で破るのは無理」
「ヴェンデリンでも駄目かぁ……」
俺はきっぱりと断言する。
あそこまで強固な『魔法障壁』を張るには、なにか特別な方法を使うしかない。
ならばそれを破るには、別のなにか特別な方法を用いるしかないのだ。
「大量の魔法使いを動員しただけじゃないの?」
「いや、それだと効率が悪い」
いつ攻撃されてもいいように、二十四時間常に監視を行う必要があるからだ。
なによりその方法だと、咄嗟の敵からの攻撃に全魔法使いで対応するのが物理的に不可能だ。
「ああ、そうか。監視だけじゃなくて常に魔法発動の準備をしないとね。もの凄く非効率だ」
「だから、なにかしらの手を使っているはずなんだ」
『移動』のキャンセルと『通信』の遮断する装置に、師匠の木偶を発生させる魔道具もあった。
これは地下遺跡から発掘された古代魔法文明時代の遺産だと聞いていたので、これと同じような発掘品の数々を利用し、地下要塞を守っているのであろう。
「古代魔法文明時代の遺産か。俺たちはよく関わるよなぁ」
俺たちの冒険者デビューにつき合ってドラゴンゴーレム二体と戦闘を行い、ヘルタニア渓谷でもゴーレム軍団と戦って、この内乱でも自爆型ゴーレムと戦っている。
魔道具職人でもないブランタークさんからすれば、昔の魔道具には関わりたくないのであろう。
「ヴェンデリンは、なにか方法を思いついたのかな?」
「思いついたというか、結局は強固な『魔法障壁』を撃ち破るしかない」
「それはそうなんだけど、その方法が問題なんだよ」
魔力量がトップ3に入る俺、導師、カタリーナで魔法をぶっ放したのに、『魔法障壁』はビクともしなかったのだ。
なにか特別な手を使わないと、これを撃ち破るのは難しいだろう。
「多少準備に時間はかかるけど、手がないこともない」
「本当に? 教えて。教えて」
「ええとだな……」
「なるほど!」
俺はそっと、ペーターに作戦案を耳打ちをするのであった。
「勇猛果敢なニュルンベルク公爵もーーー、ついには防戦一方なのであるなーーー」
「お前は常に、発言が失礼だな」
「すべて事実なのであるな」
ここは、地下遺跡を利用して作られた地下要塞の最深部であり、俺ニュルンベルク公爵の他は誰も入れない決まりになっている、この地下要塞の中心部だ。
とはいえ、この部屋には特に重要なものはない。
ただ大量の本や資料が置かれ、これまでに使用した発掘品の運用レポートを読みながら、魔族が椅子に座って寛いでいるだけだ。
「吸着魔法陣の改良型は大成功であるな」
地下要塞に装備されたブレス発射装置、強固な『魔法障壁』、『移動』と『通信』を阻害するキャンセラーの維持は、すべてこの魔族の魔力を用いて行われている。
この部屋の天井と壁に魔力を吸収する魔法陣が書かれており、この魔族から吸収した魔力が地下要塞の維持に使われる仕組みだ。
この魔族のおかげで、帝国軍の連中は手も足も出ず、一方的に叩かれたというわけだ。
俺も見ていたがその力は圧倒的で、気に食わないがこいつがいれば、我々はあと十年は立て籠もれるはず。
十年ひと昔ともいう。
占領した我がニュルンベルク公爵領の領民たちも、そう簡単にペーターには靡かないはずで、彼が内政、外交で失敗して、俺に出番が回ってくる可能性もある。
今は盤石であるヘルムート王国でも、なにか混乱が起こるかもしれない。
この世に、永遠の安定などあり得ないのだから。
バウマイスター伯爵は、今回の帝国内乱で他者を圧倒する戦果を挙げた。
彼が王国に戻るだけで、あの国では混乱が発生する可能性がある。
あの澄ました名君面をしたヘルムート三十七世や、その目立たない王太子が、バウマイスター伯爵に嫉妬して排除を目論む可能性があったからだ。
もしそうなったとしても、あのバウマイスター伯爵のことだ。
素直に粛清などされまい。
本人が混乱の拡大を望まなくても、周囲の連中が彼を守ろうと、王国に盾突く可能性がある。
そこまで事態が進めば、さすがのバウマイスター伯爵でも反旗を翻す覚悟をするであろう。
あの男とて、若くして死にたくないはず。
守ってさえいれば、俺にも再びチャンスが巡ってくるかもしれないのだ。
「色々と小賢しく、政治的な思案に耽っているのであるな」
「まあな。俺は小者だから、色々と考えないと生き残れないのだ。お前はなぜ俺を助ける?」
「我が輩が発掘後に修理した様々な古代魔法文明の遺産を、貴殿は実戦で使ってレポートなども貰ったからであるな。分析や、他の発掘品のメンテナンスに研究。この地下遺跡には、まだ調べていない場所も沢山あるのであるな。それをしていれば、十年の月日などあっという間なのであるな」
俺のためではなく、あくまでも考古学者である自分の知識欲を満たすためか。
いや、こいつは上手く誤魔化しているが、実は魔族の国に情報を流して大陸進出派と手を繋いでいるのかもしれない。
今のところは外部との連絡は取っていないようだが、この魔族相手に油断などあり得なかった。
「このままなにもなければ、何年でも籠城可能ではあるが、敵もさる者、なにか策を考えているのでは? と、我が輩は愚考するのであるな」
「考えているだろうな」
ただ、今は強固な『魔法障壁』で時間を稼げている。
この間に、共に籠る家臣と兵たちとその家族が、長期間の籠城で士気を落とさない体制作りが最優先だ。
それには、この地下遺跡をもっと改築してこの中に日常を作るのが一番であろう。
「結局のところは、我が精鋭が細かな変化にもすぐに気がつき、適切に対応すれば、大半の難事は防げる。今は、地下町の建設が最優先だ」
「長期間籠るため、日常を作るのであるな。しかしながら、よくこんな無謀な籠城に兵たちはついて来たのであるな」
大きなお世話だ、この魔族が。
俺がこの兵団を作るのに、一体どれだけ苦労したと思うのだ。
腹は立つが、この魔族は使える。
今は利用し尽すことだけ考えて、今は長期間の籠城に備えるとしよう。
「なるほど。強力な魔砲を用いて、その『魔法障壁』を破るのだな」
「ええ。そのためには、ミズホ上級伯爵とカネサダさんの力が必要です」
「私は、刀鍛冶で得た技術を新型魔砲に用いればいいのか」
「はい。今回の魔砲はとてつもない大きさで、大量の魔力を篭めて発射した特殊砲弾の発射で、砲身が割れるのを防ぎたいので」
「うーーーん、確かに難事だな」
俺がペーターに示した案は単純明快だ。
『魔法障壁』が強固ならば、それよりも強い威力の魔砲で打ち破ればいいじゃない、という作戦であった。
ヒントは、ヴィルマがレインボーアサルトを狙撃した時に利用した巨大な狙撃銃である。
今回はそこまで照準精度に拘らなくてもよく、ようは膨大な魔力で巨大な砲弾を発射した時、割れない砲身を作るのが一番の難事というわけだ。
この手の金属加工技術は、他のファンタジーな世界ならドワーフさんがいるのかもしれないが、この世界にはいないので、技術力のあるミズホ人に任せるのが一番という結論になる。
「ミズホ上級伯爵殿、ヴェンデリンの要求に応えられそうな魔砲はあるのかな?」
「一応設計図だけは……これです」
ミズホ上級伯爵は、ペーターに一枚の設計図を見せる。
その設計図には、かなり巨大な魔砲が詳細に描かれていた。
「これを本当に作るの?」
「このくらい大きくしないと、計算上では例の『魔法障壁』を破れません」
「こんなに大きな大砲で弾を撃ち出すと、最悪砲身が爆発しない?」
「します。この試作品の試験で、過去には死者も出ていますので。発射時の衝撃に耐えられず、砲身が破裂して職人たちに犠牲者が……」
「大丈夫なの?」
「バウマイスター伯爵には、解決案があるそうですよ」
「ヴェンデリンは、金属加工の魔法も使えるのかな?」
これ以上悩んでいても仕方がない。
今は、『魔法障壁』を破るためにこの魔砲を作るのが先決だ。
「あの『魔法障壁』を破れないと、攻め入れないから任せるよ」
無事にペーターの許可も得たので、俺はミズホ上級伯爵と協力して巨大な魔砲の製造に取りかかるのであった。
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