第248話 巨大砲は男の浪漫?(その1)

「前方反乱軍の降伏を確認」




 軍勢を進めていると、先行する偵察隊から進路上にいる敵軍の存在を報告された。

 ただ、向こうはこちらに気がつくと戦闘もせずに降伏してしまう。


「またかよ……」


「まただが、無視するわけにもいくまい」


 もうこれで何度目かのフィリップの正論だが、これが最後なわけもなく、いちいち対応するのが面倒で堪らない。

 『新たなる帝国軍の姿を見た敵軍は、戦わずして降伏した』と、歴史書なら一行で済むが、これを処理する面倒臭さを本に書いておいてほしいものだ。


「わかっているけど、面倒だな……」


「あなたが、お顔を出さないといけませんしね」


 そう。

  エリーゼの言うとおりで、お飾りで名目上の司令官でも別に仕事がないわけではない。

 降伏した敵軍の指揮官の手前、俺が顔を出さないといけないのだ。

 下手に部下に任せると、敵軍の司令官がヘソを曲げて『やっぱり降伏しない!』と言い出しかねないからだ。

 偉い人のプライドというのは、本当に厄介なものなのだ。


「処置が終わったら、お茶の時間にしましょう。昨日、クッキーを焼いておきましたので」


「本当? エリーゼが焼いたクッキー、甘さ控えめで美味しいんだよな」


 エリーゼは、俺の好みに合わせてお菓子を作ってくれるのでありがたい。

 早く降伏する貴族の言い訳を聞いて、楽しいオヤツの時間にしよう。


「それで、降伏した敵軍を指揮する貴族の名は?」


「ブルゾネル男爵です」


 すぐにハルカが教えてくれたけど、それを聞いたところでどうこうなるって話でもないんだけど。

 だって俺は、ブルゾネル男爵と懇意でも、彼について詳しいわけでもないから。

 早く彼の言い分を聞いて、オヤツの時間にしようか。




 帝国の新しい支配者としてライバルであるテレーゼを強制引退させたペーターは、素早く体勢を整えてからニュルンベルク公爵に対して反撃を開始した。

  

『来年の春までには片づける』


 そう宣言した彼は、支配下にあるすべての地域から軍勢を集め、ジワジワとニュルンベルク公爵率いる反乱軍の領地を削り取り始めた。

 所属が曖昧な、西、東部でも南部寄りの地域に領地を持つ貴族たちに『今のうちに降れば、爵位と領地は安堵しよう』と声をかけ、その大半を降らせることに成功した。

 ペーターは彼らの領地の位置を考えて、反乱軍側についたことを不問としたのだ。

 その代わり、彼らも諸侯軍を出して、ニュルンベルク公爵討伐軍に加わることを条件とした。

 幸いにして、ニュルンベルク公爵が彼らへのフォローを行わなかったため、ほとんど戦闘は発生していない。

 一部苛烈に抵抗した貴族もいたが、彼らは帝国軍によって討伐されるか、中には家族や軍勢を引き連れてニュルンベルク公爵に合流した者までいて、おかげで西部と東部は短期間で帝国軍の勢力下となっている。

 続けて、先の討伐軍によって荒らされた南部北辺地域の占領にも成功した。

 ここを領地とする貴族や領民たちからすれば、帝国軍は自分たちの故郷を荒らした敵でしかない。

 当然抵抗も激しく、それでもペーターは復興を支援するなどの条件を提示し、硬軟織り交ぜて、どうにか占領と補給体制の確立に成功する。

 段々とニュルンベルク公爵が支配する南部領域が帝国軍の占領下に入り、すでにニュルンベルク公爵領の一部地域も占領された。

 南部を領地とする貴族たちは、降爵や領地の減少、没収を条件に降伏する者。

 やはり家族や一部軍勢を連れてニュルンベルク公爵に合流してしまった者と、それぞれに対応が違う。

 それでも、これまでに発生した大規模な会戦や拠点防衛戦に比べれば、そこまで大変というわけでもない。

 南部地域を進む、王国軍人たちや一部傭兵で編成された帝国軍別動隊、通称『バウマイスター伯爵家軍』は、一緒に南下するミズホ伯国軍と共に、前方に立ち塞がる小勢が降伏したのを受け、その処理に当たっていた。


「ええと……、誰の軍勢だっけ? ブルゾン子爵?」


「ブルゾネル男爵じゃ。ヴェンデリンの唯一の欠点よな。貴族の名前を覚えん。紋章を見れば一目瞭然じゃ」


「紋章ねぇ……。それよりも、エリーゼの作ったオヤツが……」


 相変わらずというか、元々外国人である俺が指揮するバウマイスター伯爵家軍には様々なワケ有りの人たちが集まって、軍をなしている。


「よくわかるよなぁ」


「妾も、そこまで南部貴族に詳しくはないのじゃがな。ブルゾネル男爵家の紋章はたまたま覚えておった」


「たまたまか。俺なんて、王国貴族ですらろくに名前を覚えていないのに」


「紋章官任せか? 別にそれでも構わないがの。大体、帝国も王国も貴族の数が多すぎるのじゃ」


 バウマイスター伯爵家軍には、『暇すぎるのも困り物じゃの』と、なぜかテレーゼが押しかけ参謀としてついて来た。

 あの引退劇からさほど時間が経っていないので大丈夫かと思ったが、彼女はペーターから直接許可を取り、こちらへの合流を決めたらしい。


『ヴェンデリンの軍に、帝国貴族に詳しい者を混ぜた方がいいか』


 表向きはそう言って、あっさりとテレーゼの合流を認めている。

 どうせ俺たちがニュルンベルク公爵に合流するなどあり得ないし、バウマイスター伯爵家軍もミズホ伯国軍も、現地での交渉という点では人材面に不安が残る。

 道案内は現地の人間を雇うにしても、反乱軍側の貴族や軍勢が降伏などを望んだ時に、交渉をする人間がいなかった。

 向こうも、知り合いと交渉した方が精神的に楽はなず。

 そこで、引退して隠棲生活をしていたテレーゼに白羽の矢が立ったわけだ。


『使える者は、なんでも利用しないとね』


 ペーターからすれば、テレーゼが帝国軍の下で働いているという事実が重要なのかもしれない。

 周囲からすれば、彼女がペーターの軍門に完全に降ったように見えるからだ。

 俺たちやミズホ伯国軍と行動を共にしているのは、さすがに帝国軍本軍で働くとギクシャクしてしまうからであり、さらに一部に、テレーゼが俺たちと組んでペーターに反抗するかもしれないと心配する者たちもいるからだが、さすがにそれは心配しすぎだろう。

 ここでまた戦況を混乱させて内乱が長引いてしまったら、俺がこれまで、なんのために苦労したのかわからなくなってしまう。

 ペーターも、そんなことは気にしていないはずだ。

 いや、あえて気にしないフリをして、自分の豪胆さをアピールしている?

 どちらにしても、そんな万が一、億が一の可能性を、いちいち進言されるペーターも大変だな。


『本音で言わせてもらうと、とにかく人手が足りないんだよね。テレーゼ殿は軍勢を率いなくても、できる仕事は多いから』


 これが、ペーターの語った本音だ。


 テレーゼは、自ら敵兵を斬ったこともあるので自分の身くらいは守れるし、指揮、軍政、交渉と、なんでも器用にこなせる一流の人材である。

 軍勢は指揮させていないが、今もこうして大いに役に立っているというわけだ。


「フィリップ公爵殿?」


 降伏した小勢を率いている貴族は、テレーゼを見て目を丸くさせた。

 まさか、彼女がこんなところにいるとは思わなかったのであろう。


「色々とあって引退した身じゃ。して、ブルゾネル男爵殿はなにを望む?」


「これまでは、地理的な条件のせいでニュルンベルク公爵殿に従うしかありませんでしたが、今の彼は極端な防衛戦術に出て内部に引っ込んでしまいました。そこで、帝国の実権を握られた摂政ペーター殿に縋るしかないと……」


 そんなに簡単に所属を変えていいのかと思ってしまうが、これも小領主の悲哀であった。

 下手に片方に義理立てなどをしても、それが滅亡の原因になってしまうのだから。


「降伏する方がいいと妾も思うがの。無料というわけにはいかぬぞ」


 東、西部の貴族たちとは違って、南部貴族にそのまま降ることを許すわけにいかなかった。


「やはり、なにかを差し出さないと駄目ですか?」


「領地の一部か、金銭が普通かの。あとは、軍勢を整えて帝国軍に合流する」


 軍勢が消費する食料などは自腹なので、小領主にはかなりの負担になる。 

 それでも、帝国軍によって滅ぼされるよりはマシであろう。

 可哀想だとは思うが、これも小領主の宿命であった。


「領地の縮小は勘弁してほしいので、なんとか金銭で交渉を纏めるしかないですな。分割払いは可能なのでしょうか?」


「そこは要相談じゃの。支払いが滞るようなことがなければ大丈夫であろう」


 貴族にとっての領地の広さとは、世間にわかりやすい力のバロメーターであった。

 それを削られるというのは、たとえ収益が落ちないにしても、そう簡単に容認できる話ではない。

 それでも、今回の内乱で減封、改易された貴族は多数存在していたけど。

 つまり、それだけの非常時というわけだ。


「時に、ペーター殿は独身でしたよね?」


「ブルゾネル男爵殿。気持ちはわからないでもないが、それはやめておいた方がいいと忠告しておくぞ」


 俺と同じ年のペーターは独身であった。

 なぜか浮いた話題は一切存在せず、彼は普段から傍らに置いている魔法使いエメラを寵愛している。

 ペーターがエメラを口説き、それを彼女が冷たく否定する場面ばかり見ているが、それでもエメラはペーターの傍らを離れないので、まあそういう関係なのであろう。

 そういうことを細かく詮索するのは、野暮というものである。


「摂政殿は、新政権下での自分の立場を高めるため、娘や妹を差し出そうとする貴族たちを快く思っておらぬからの」


「もし摂政殿の怒りを買うと、そのまま改易でしょうか?」


「いや、そこまではないと思うが、よくは思われないのは確かじゃの」

 

 ペーター自身は、父親である前皇帝が正妻の一族に配慮して帝国の政治をおかしくしたのを直接見ている。

 テレーゼは、娘を差し出すと言ってもろくな結果にはならないと、ブルゾネル男爵に忠告した。


「わかりました。なんとか罰金と従軍で済ませてもらえるように交渉してみます」


「妾が手紙を認めておこう。役に立つのかは不明じゃが、一切の抵抗や戦闘がなかったことは認めておく」


「ありがとうございます。大変助かりました」


 ブルゾネル男爵は俺とテレーゼに深々と頭を下げてから、ペーターが指揮する本陣へと向かった。


「テレーゼが交渉役で助かったわね」


「そうだな。俺にはこういうのはわからない」


 護衛として俺の横に控えていたイーナが、ブルゾネル男爵の後姿を見ながら安堵の溜息を漏らした。

 すでにフィリップ公爵でもなく、単身で臨時参謀扱いのテレーゼは、イーナたちに対し、『もう殿や様をつけるな。敬語もいらぬ』と言って、それを実行させていた。


「さすがは元公爵様ですね。テレーゼさんは」


「苦労して、嫌な貴族と沢山顔を合わせて経験を積んだだけじゃ。大したものではない」


 エリーゼだけは『さん』をつけるが、これは彼女の癖のようなものなので、テレーゼも気にしていない。

 どうせ言っても駄目だからな。

 彼女は意外と頑固だから。

 

「でもさ、戦闘なんてなくてこんな交渉ばかりだよね」


「戦闘がないに越したことはない」


「ううっ……、ヴィルマは言うことが真面目だね」


「『神速の狙撃手』として、多くの狙撃を行ってきたヴィルマだからこそ言える至言じゃの。好き好んで人など殺せるものではない」


「それもそうだね」


 ヴィルマだけではない。 

 ルイーゼも投石で多くの兵士を倒しているし、量産型のドラゴンゴーレムの破壊にも貢献している。

 戦争だから仕方なしにしていることで、一日でも早く普段の生活に戻りたいと思っているはずだ。


「妾はここで功績を挙げて、バウマイスター伯爵領への移住を勝ち取らねばな」


「テレーゼさんは、本当にバウマイスター伯爵領に移住なさるのですか?」


 同じく癖でテレーゼを『さん』付けで呼んでしまうカタリーナが、確認するかのようにテレーゼに問い質した。


「名誉伯爵の年金は送ってもらえばいいし、帝国と王国の交流が復活すれば、里帰りついでに取りに行ってもいいの。なににせよ、ペーター殿が実権を握った帝国に妾など不要じゃ。彼は妾を殺したくないから引退させたのであろうが、帝都に残留してそこに妙な連中が接近してきた場合、不本意ながらも、妾を始末するという手を取らざるを得なくなるやもしれぬ」


「それは考えすぎでは?」


「カタリーナよ。権力者というのはそういうものじゃ。大のために小を犠牲にすることもある。逆を行う権力者というのも問題じゃからの。妾はペーター殿の人間性は信頼しておるが、同時に権力者としての能力も信頼しておるのでな」


 テレーゼの皮肉の籠った言葉に、カタリーナは思わず返答に詰まってしまった。


「次期ヴァイゲル家当主の母親である、カタリーナが気にすることでもないか。というわけで、妾はバウマイスター伯爵殿から移住の許可を貰うため、こうやって参謀として働いておるわけじゃ」


「本当に移住するのか? 大分気候とかも違うぞ」


 身一つで、数千キロも離れた土地に移住する。

 俺としては、本当にそれでいいのかと心配になってしまうのだ。


「暖かいから、衣装代がかからぬかもしれぬの。元々帝都の屋敷にいるメイドや警備兵たちには短期間の雇用だと伝えてあるのでな。後任はバウマイスター伯爵領内で雇う予定なので、妾は身一つで向かう」


「ペーターとうちの陛下次第かな?」


「それならば安心せい。必ず許可は出るからの」


 どういう根拠かは知らないが、テレーゼは自分のバウマイスター伯爵領移住が認められると確信しているようだ。


「妾のことは、あとでどうとでもなる。それよりも、早く進撃しないでいいのか?」


「そうだった、ミズホ伯国軍が待っているんだった!」


 再び両軍の進撃が始まるが、今度はなにも現れないために暇だった。

 足止めのために戦闘を仕掛けてくる可能性も考慮したが、本当にニュルンベルク公爵は戦力を一ヵ所に纏めているらしい。


「バウマイスター伯爵が、前にニュルンベルク公爵家の従士長を討っただろう? あの影響もあるな」


 ニュルンベルク公爵が、己の右腕と公言していた従士長のザウケン。

 彼がいなくなり、ニュルンベルク公爵は別動隊の指揮を任せられる人材を失ってしまった。

 なので、遅延目的の遊撃戦実行は難しい。

 これはフィリップの考えであったが、俺も間違っていないと思う。


「ニュルンベルク公爵には、地の利がありますからね。別働隊での奇襲や輸送路の襲撃など、それができるザウケンの死は痛いはずです」


「それで抵抗が少ないのか」


 クリストフも同意見のようだ。

 一部例外もあるが、それはニュルンベルクによって放置された貴族や領民たちで、しかも帝国軍の悪行の被害者が大半だ。

 彼らは再び土地を荒らされすべてを奪われると思い、帝国軍に対して絶望的な抵抗を行っている。

 ペーターの説得で降る者も多いが、人間は戦争で受けた被害をそう簡単には忘れられない。

 『ニュルンベルク公爵も帝国も信用ならない!』と言い放ち、過酷なゲリラ戦を行う者たちも存在していた。


「とはいえ、それは少数です。ニュルンベルク公爵は、選びに選んだ精鋭に大量の資金や食料などと共に防衛を行うでしょう。それを破るのは、ペーター殿でも至難の業かと」


 追い詰めるまではさほど苦戦しないが、追い詰めてからが困難というわけだ。

 クリストフの推論にペーターが気がついていないはずはないので、今は懸命に対抗策を練っているのかもしれない。


「とにかく、もう少しで帝国の内乱も終わるはずだ。終われば、俺たちは王国に戻れる」


「兄さん、生徒の教育はどうなのです?」


「初歩くらいは教えたかな」


 現在ハルカと共に先陣に立っているエルを教育してきたフィリップは、この仕事もあと少しだと、感慨深げな表情を浮かべている。

 確かにこの短期間で、エルが千人ほどの軍勢を率いる姿が様になりつつあった。

 指揮官としても教育者としても、フィリップが優れている証拠だ。


「初歩だとまだまだなのかな?」


「バウマイスター伯爵、あとは実務で経験を積めばなんとでもなる。というか、ここまで教えたら、あとは時間が経たないと指揮官としては熟成されないぞ」


「ワインみたいなことを言うんだな」


「ワインみたいなものだ。若い天才指揮官などは別として、普通の指揮官には、経験や老練さも必要だからな」


 指揮官として上にいるのだから、普通は若造よりは、中年や初老の人の方が経験を積んでいる分安心というわけか。

 会社で上司が自分よりも圧倒的に若いと、モヤモヤして心配してしまうのと同じ感覚なのかもしれない。


「普通の軍司令官は、五十歳前後で働き盛りといった感じだな。エドガー軍務卿がそんな感じだろう? アームストロング伯爵ですらもう何年か先、彼の場合はそれを補う筋肉があるけどな」


 エドガー軍務卿は見たままで、アームストロング伯爵の体の大きさと引き締まった筋肉は、軍指揮官として決して無駄な要素ではないものらしい。

 確かに、中年太りのオジサンが指揮官よりは、兵士たちの安心感を得られそうだ。


「そういう加齢と共に現れる才能もあるから、ワインと似ているわけだ。最初から駄目なのを熟成しても腐るだけ、という点も似ている」


 フィリップは、最初にその指揮下に入ったレーガー侯爵のことを皮肉ったのであろう。

 彼は本当にどうしようもない軍人だったからなぁ。


「ニュルンベルク公爵は若いけど」


「だから、若くてしてそういう才能を持つ者もいるのさ。俺は実際に彼の顔を見たことがないが、鷲のように眼光が鋭く、それに見つめられるとその命令に逆らえないという風に感じてしまうそうだな。それも指揮官として稀有な才能だ。実際に能力もあって、彼は例外というわけだ」


「ペーターもなのか?」


「あの摂政殿は……あの人は軍人ではない。ギルベルト殿に一任して涼しい顔をしているだろう? それができるトップなどそうはいないさ。あれを、将の将と呼ぶのさ」


「帝国の若い才能ねぇ……」


 残念ながらニュルンベルク公爵はお陀仏の予定であったが、残ったペーターが家柄などに囚われずに人材を登用していけば、内乱で衰えた国力の回復も意外と早いのかもしれない。


「ただ、一番性質が悪いのはバウマイスター伯爵かもしれないな」


「俺が? なぜ?」


「もし大負けをしても、自分さえ生き残ればいくらでも再起可能だからだ。敵に回すのに、こんなに面倒で嫌な敵はいない」


「そう思うのなら、俺に敵対しないことだ」


 褒められてるのか、それともゴキブリ並にしぶといと思われているのか。

 正直、少し複雑な心境なので強気に答えておく。

 

「それは十分に承知している。なあ? クリストフ」


「敵対する力も財力もないので、そんなことはしませんね」


 そのまま、両軍による進軍は続く。

 たまに降伏する敵軍の処置と後方移送を行い、占領した町や村を軍政専門の部隊に任せて前に進む。

 目の前には晩秋の風景が広がり、両軍はまだ一度も戦闘をしていないので、みんなノンビリと歩いていた。


「今までの苦戦って、一体なんだったのかしら?」


 イーナが不思議に思うのも無理はない。

 すでに、ニュルンベルク公爵領にも大分入り込んでいた。

 それでも抵抗は皆無で、占領した村や町の住民たちは素直に帝国の支配下に入っている。

 働き手の男性が大分徴兵されていたが、それでも家族を助けて欲しいと陳情したり、侵略者たちに反撃する者も皆無であった。

 それが余計に怖く感じるが、彼らはこう思っているのかもしれない。 

 『前回と同じく、どうせ侵略者たちはニュルンベルク公爵によって討たれる』と。


「バウマイスター伯爵、ニュルンベルク公爵の領主館と中心街が無血で占領されたそうだぞ」


 最新の報告を持って姿を見せたミズホ上級伯爵は、誰にでもわかるほど渋い顔をしていた。


「どこが防衛拠点なんです?」


「館から南方に五キロほど。岩山ばかりのクライム山脈だそうだ」


「山岳砦ですか?」


 あのニュルンベルク公爵が、無条件で館を捨てるはずがない。

 どこかに籠って防衛戦を行うのだと思って、その場所をミズホ上級伯爵に聞いてみたら、案の定そういう場所に籠城していた。

 防衛戦闘で帝国軍に許容量以上の出血と、補給不足を生じさせ、撤退をさせようとしているのであろう。


「非情の決意とも言えるな」


「となると、そこを攻略する戦闘になるわけですね」


 どの程度の戦力で籠ったのかは知らないが、攻撃側は、最低でも戦力が三倍以上はないと勝てないと聞いている。

 これを落とすのは、間違いなく至難の技となるはずだ。

 

「それで、ペーターはどう考えているのですかね?」


「まずは定番の、蟻の出る隙間もないほどに囲む……。は、不可能か……」


 山脈の地下にある遺跡を利用した防衛施設なので、よほどの大軍で囲んでもどこかに穴があるはずだ。

 ニュルンベルク公爵領の領民たちがえらく従順なのは、密かに食料などの補給や、情報伝達を行う地下組織がすでに結成されているからとも言えた。


「勝ち目はあるんですか?」


「さあな? 俺たちは急いで合流しないでもいいそうだ」


 間違いなく、これ以上俺たちに功績を挙げさせないためであろう。

 すでに戦いは終盤であり、あとは生粋の帝国貴族たちだけでニュルンベルク公爵を討伐するというわけだ。

 本音としては、外国人に手柄を与えたくない、だろうな。


「向こうが働かなくてもいいと言うのだから、今日はこの辺で適当に野営でもしようではないか」


「そうですね」


 場所は、ニュルンベルク公爵家の領主館とクライム山脈の中間点にあり、適当に開けた平地もあるので、両軍で野営を行うことにした。


「野営の準備だ!」


 王国軍組千人ほどを率いるエルによる指示の出し方も、大分様になってきたようだ。

 

「あとは帝国軍が、面倒で、犠牲も多く出そうな地下要塞攻略戦をやってくれるんだろう? もうこれ以上は犠牲を出さずに王国に戻れた方がいいさ」


 全軍の野営準備を統率しながら、フィリップも無理にこれ以上は戦うつもりはないと言い放った。

 最初は八千人いた王国軍先遣隊も、紆余曲折の果てに、もう四千人と少ししか残っていない。

 半分近くが帝国で屍となり、故郷である王国に生きて戻れなかったのだ。

 戦争とは、いかに悲惨であるかの証拠であろう。


「あっそうだ。今日は宴会でもしましょうか?」


 ただ、いつまでも悲しんでいるのも建設的ではない。

 この世界の人たちのメンタルは、地球の人たちのそれよりも強いようだ。

 クリストフが、主だった面々による宴会を計画していた。


「一応戦地なので飲酒はなしで、食事をよくしようかと思います」


「いいのかなぁ?」


「少しいい食事を出すくらいですよ。降伏する反乱軍の処理で、みんな疲れていますから」


 ニュルンベルク公爵の領主館までは先鋒だったのに、クライム山脈の地下要塞の存在が判明したら、帝国軍によって後方に下げられたという結果になったので、みんな拍子抜けしてしまったのかもしれない。


「兄さんが、奇襲や破壊工作などの防衛体制をちゃんと整えていますから」


「ならいいか」

 

 ペーターたち帝国軍の方が、急いで来なくてもいいと言っているのだ。

 もしかするとあとで出番があるかもしれないし、今のうちに寛いでおくことにしよう。

 

「食事会みたいなものか? 酒がないのは残念だがな」


「某は、料理がよければ十分なのである」


「本当にですか?」


「まあ……酒は内乱が終わったら、浴びるくらい飲むのである!」


 ブランタークさんと導師の賛成も得て、設営した野戦陣地の本部で食事会が行われた。

 お酒は出せないが、ミズホ上級伯爵が食材を提供したので食事は俺にも馴染みのミズホ料理が多かった。

 基本和食なので、これは悪くない食事会だ。


「季節は晩秋、ミズホ伯国では『実りの秋』と言って食べ物が美味しい季節となる。特別に旬の材料を取り寄せたから堪能してくれ」


「こうなると、クライム山脈まで急がなくてよかったな」


 元々帝国の内乱だ。

 最後くらいは自分たちだけで締めくくると言うのだから、任せてしまえばいい。

 俺たちは、目の前にある大量の料理に目を輝かせていた。


「サツマイモ、クリ、カボチャ、米も新米、サンマ、カキ、サケ、イクラ、そしてマツタケもあるぞ」


 ミズホ上級伯爵は、相当気合を入れて食材を集めたようだ。

 日本とほとんど同じ秋の食材がプロの調理人たちによって調理され、みんなの前に並んでいた。


「ミズホ上級伯爵殿、このキノコは美味しいのであるか?」


 導師はマツタケを焼いたものを指差し、その味をミズホ上級伯爵に聞いた。


「我がミズホ伯国では、大変に高価とされるキノコだな。外国人にはその価値がわからない者も多いが」


「特徴的な香りである、味も悪くない」


 導師ならなんでも美味しく食べてしまいそうだが、マツタケを気に入ったらしい。

 一人で何十本も食べていた。


「導師、高いキノコらしいから遠慮しろよ」


「ブランターク殿、こういうものは豪快に食べると美味しいのである。それに高いとはいっても、一本百万セントもするわけでもないのである!」


「そうだな。そちらの貨幣で言うと、一本五十セントから百セントくらいだな」


 日本のスーパーで見た外国産のものよりもはるかに高い。

 これはやはり、全部ミズホ伯国産の弊害なのであろうか?

 などと、元は庶民の俺は考えてしまう。


「そのくらいであれば、食べたくなったら飛竜を一匹倒してくれば沢山食べられるのである」


「そんなことができるのは、導師と極少数だけだよ……」


 その気になればいくらでも稼げる導師に相応しい発言かもしれない。

 ブランタークさんは、少し呆れているようであったが。


「このキノコ、そんなに高いのか……。実家で秋に取ったキノコとは全然違うんだな」


 エルは、マツタケを恐れ慄きながら口に入れていた。


「あれ? 普通に美味しいけど、そこまで凄いものか?」


「マツタケが高価なのは、その香りゆえですから。味はマイタケ、シメジとかよく言いますね」

 

 ハルカは、エルに解説をしながら自分は他の旬のキノコを使ったキノコ鍋を食べていた。

 タケオミさんも同じで、この兄妹はさほど裕福な家の生まれではないのでマツタケなど食べたことがないのかもしれない。

 

「ハルカさんの言うとおり、キノコ鍋は美味しいですね」


「これを食べると、秋が来たという感じじゃの」


「テレーゼさんは、毎年食べているのですか?」


「フィリップ公爵領は隣じゃからの。キノコ鍋は取り寄せやすいのじゃ。美容にいいと女性たちに評判だし、マツタケ以外はそれほど高くはない」


 テレーゼは、フィリップ公爵領内の女性たちの間で、キノコ料理が人気であるとエリーゼに説明した。


「ただ、キノコは判別が難しいのでな。たまに買うのをケチって自前で採ってきたのはいいものの、毒キノコを食べて死ぬ者がいて、それも風物詩かの?」


「おい……」


 そんな風物詩は嫌だと、俺は思ってしまう。


「そういう人は、やっぱりいるのね……。うちの道場の門下生で笑い茸に当たって、一週間くらい笑い続けていた人がいたわね。稽古の間中、ずっと笑っていて不気味だったわ」


「ボクの知り合いは、幻覚を見てそれと懸命に戦っていたね」


 キノコは大陸中で採れるので、平民や、地方の零細貴族家、イーナとルイーゼの実家のような陪臣家くらいだと、自分で採りに行くことが多い。

 無料で食べられるのはいいが、毒キノコの判別に失敗して、最悪死に至るのはこの世界でも同じなようだ。


「魔法で『キノコ鑑定』とかできないかな?」


 試しにマツタケに魔力を送ってみるが、なにも起こらなかった。

 

「ヴェンデリンさん。まずはキノコの関する知識を得ないと、魔法での判別は難しいのでは?」


「確かにそうかもしれないな」


 俺は、カタリーナの意見に思わず納得してしまった。


「あっ、でも。キノコに毒があるかどうかは判別できる」


 マツタケを『探知』で探ると、毒の反応はなかった。

 当たり前か。


「ですが、毒はなくても美味しくないキノコが大半ですわ」


「そうなんだよなぁ……」


 毒キノコというのは全体の一割ほどしか存在しないと、前世で聞いた。

 そして、美味しいキノコも全体の一割であり、残りの八割は、食べられるけど美味しくはない。

 なんなら不味いキノコなのだそうだ。

 

「つまり、毒ナシと『探知』できても、九分の一の確率でしか美味しくないのか……」

 

 自然界で美味しいキノコを探すのは、とても難しいというわけだ。


「ミズホ伯国では、シイタケ、シメジ、ナメコ、マイタケなどは栽培技術が確立されているのでな。他のキノコと間違えて中毒になどならぬよ」


 キノコの人工栽培技術まで持っているとは、ミズホ伯国侮りがたしである。

 やはり俺は元が庶民なので、実はマツタケよりもシメジやマイタケの方が美味しいと思うからだ。

 シイタケは、これは干せば出汁として使える。

 購入はしてあるが、これも俺の食生活には必要であった。


「お魚、美味しい」


「サンマを焼いたものが美味しいなぁ」


 秋といえばサンマであろう。

 さすがはミズホ伯国とでも言うべきか。

 オロシ大根と、カボスらしき青いカンキツ類も一緒につけてあった。


「ヴェル様、これはつけ合わせみたいなもの?」


「つけ合わせとは違うかな? オロシ大根は、ショウユをかけてからサンマの身と一緒に食べると、脂っこさが抜けてサッパリ美味しい。この果物は、絞って汁をかけるんだ。そうすると酸っぱさのおかげで、やはりサンマがサッパリと食べられる」


「さすがはヴェル様、よく勉強している」


 勉強しているというか、前から知っているだけであったが。

 

「なるほどそうやって食べるのであるか。妙に酸っぱいとは思ったのであるが……」


「導師、カボスをそのまま食べたのですか?」


「種も多いし、妙だとは思ったのである!」


 導師はカボスをそのまま食べてしまい、その酸っぱさで顔を萎めていた。

 

「だが、食えないこともないのである」


「ですが、無理にカボスを食べなくても……」


「あははっ、バウマイスター伯爵はミズホ文化の吸収が早いではないか。もしかしたら、前世はミズホ人かもしれないな」


 ミズホ上級伯爵は、宴会に出した料理を気に入ってもらえて嬉しそうだ。

 こうして秋の夜更けに、俺たちは一時内乱を忘れて、楽しい時間を過ごしたのであった。

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