閑話6 ニュルンベルク公爵の事情

「ニュルンベルク公爵、貴殿はついに滅びるのであるか? 無謀な反乱と無用な殺戮の果てに、後世にまでその悪名を残す。貴殿は歴史的大悪人として、後世の歴史学者や小説家の人気を集めそうであるな」


「言ってくれるな、魔族。お前はもう千年も生きて、俺の悪口を世間に吹聴するつもりか?」


「お勉強はできるニュルンベルク公爵らしくもない。魔族といえど、そこまでは生きないのであるな。我が輩は今年で百八十七歳。もう百年も生きれば平均寿命であるな」


「ふんっ! それだけ生きれば十分だろう」




 俺、ニュルンベルク公爵は、今滅亡の淵にある。

 家臣や従う貴族たちの中には、『まだ諦めるのは早い!』、『縄張りである南部地域で防衛戦闘を行えば、十分に生き残れる』と考えている者たちも多い。

 まずは帝国軍の侵攻を防ぎ、次にヘルムート王国と軍事同盟を結ぶことで生き残りを図る。

 王国としても、仮想敵国である帝国が割れていた方が都合がよく、我がニュルンベルク公爵領を含めた帝国南部地域が、ヘルムート王国と古き帝国双方に挟まれた状態とはいえ、両者が組んで我らを攻めるとは思わない。

 なぜなら、もし両者が共同で我らを攻めれば、ヘルムート王国に領土を割譲しなければならないからだ。

 両者のバランサーのような立ち位置となり、我らは生き残りを図る。

 そのように考え、すでに私的に使者まで送っている者もいるようだ。

 ヘルムート王国にも賢者ばかりがいるわけでなく、様々な考え方をする貴族たちが派閥を作っている。

 帝国の弱体化を目指し、我らとの同盟に動く勢力もいるはずだ。

 そのせいか、ヘルムート王国軍の動きは、予想より低調なように感じる。

 正直、拍子抜けした気分だ。

 もっとも密偵からの報告によれば、ヘルムート王国軍は例の魔道具のせいで魔導飛行船が使えなくなった影響から、王国北部地域での活動と補給に難があり、さらに北部地域での輸送任務に駆り出されて、こちらを攻める余裕がないとか。

 とはいえ、先遣隊を壊滅させた俺といきなり組むのは嫌だろうし、それなのに俺との同盟を提案する貴族たちが現れたせいで、王城は多少混乱しているのかもしれない。

 そう考えると、この胡乱な同盟案も、時間稼ぎ程度には役に立っているというわけか。

 だが、ヘルムート王国との同盟などあり得ない。

 帝国を統一する過程で外国勢力に介入などされたら、大陸の統一などまず不可能だからだ。


「あくまでも、独力での帝国統一を目指さねば反乱など起こした意味がない」


「そういう無駄なプライドが、貴殿の寿命を縮めるのであるな」


「そうお前の予想どおりにいくかな?」


 腹は立つが、かなりの確率でそういう流れになるだろうな。

 このまま状況が推移すれば、間違いなく俺は滅ぶ。

 思えば、反乱を起こした当初から色々とミスがあった。

 まずはテレーゼ、お前を殺せなかった。

 他の選帝侯たちやその跡継ぎなど、お前に比べればボンクラでしかない。

 女に生まれて不利な点もあったが、お前は皇帝になれる才幹を持っていた。

 女だからか少々甘い部分もあるが、それは家臣たちで補えばいい。

 そのお前を殺そうとした時、それを阻止した奴がいる。

 ヘルムート王国でも若手随一の魔法使いと評判のバウマイスター伯爵、こいつがテレーゼを死地から救った。

 まったく、若造のくせにやってくれたものだ。

 恩賞を匂わせたのに、予定外のことをしてくれたバカ四兄弟の失点があるにしても、テレーゼには運があった。

 結局テレーゼを逃したので、俺に対抗する解放軍が作られてしまったのだから。

 解放軍との戦闘でも、必要以上に犠牲が出てしまった。

 無用なバカ貴族たちが大量に処分できたが、他の犠牲が多すぎる。

 特に魔法使いの犠牲が大きい。

 その損害を地下遺跡からの発掘品と、一時帝都を放棄して二虎を共食いさせる策で乗り切ろうとした。

 あのバカ皇帝に虎は言いすぎか、野良ネコで十分だな。

 野良ネコと雌虎テレーゼが俺の策に嵌まって見事分裂し、野良ネコの方だけがこちらに遠征軍を送って来たが、野良ネコなど簡単に縊り殺してやった。

 最期に命乞いまでした野良ネコは、評判だけを落として無様に敗死したわけだ。

 そこまでは上手く行っていたのだがな……。


「歴史とはーーー、時に予想外の英雄を生むぅーーーのであるな」


「うるさいぞ、魔族」


 野良ネコの三男、ペーターという若造が出てきた。

 平民の母親から生まれ、その母親に相応しく、帝都で遊んでばかりいた小者だ。

 同じような生まれの悪い駄犬ばかり連れて遊び歩き、俺が兵を起こした当日も帝都の外で遊んでいた。

 しばらくすると帝都に戻ってきたが、酔っ払い、大半の家臣たちに逃げられ、俺が軟禁を命じると、娼館に行きたいと駄々をこねた。

 許可をすると、監視がいるのに気にもせず遊んでいる。

 しかもその代金は、皇家ヘのツケにしてしまう有様だ。

 優等生ではあった二人の兄たちと違ってどうしようもない小者だと思ったが、この俺を騙すほどの芝居だったとはな。

 そしてこの若造に、帝都放棄後、テレーゼと距離を置いていたバウマイスター伯爵がついた。

 両者が距離を置いた時点で、俺は勝ちを拾えたと思っていたのにな。

 バウマイスター伯爵と野良ネコとの相性は最悪で、俺は彼がその息子に手を貸すとは思えなかった。

 結局ペーターは、野良ネコの死後に蜂起し、帝都中枢いち早く掌握。

 俺が帝都に押し寄せる前に軍勢を整え、初めて俺の精鋭に大きな損害を与えた。

 別働隊を任せていた、腹心のザウケンを討たれたのだ。

 逃げ延びてきた少数の兵たちに聞くと、彼はバウマイスター伯爵の魔法で首を刎ねられたそうだ。

 あの若造が、再び俺の邪魔をした。

 ザウケンは俺の片腕だから安心して別働隊を任せていたのに、その彼を失うと軍勢を分けることが難しい。

 戦術の幅が狭まってしまったのだ。


「バウマイスター伯爵か。祟ってくれるな。魔族、奴はお前たちの血でも引いているのか?」


 あの若造と、王国の最終兵器もか。 

 あいつらは本当に人間なのかと疑ってしまう。


「魔族と人間のダブルは、一万年近く前にこの大陸から消えたのであるからして、可能性としては先祖返りであるな」


「先祖返り?」


「大昔に滅んだ、貴殿たちが古代魔法文明と呼んでいる時代の産物であるな」


「説明しろ」


 魔族はなにかを知っているようなので、俺は説明を求めた。

 今は、どんな情報でも得ておきたい。


「古代魔法文明時代には高度な魔法技術が発展しており、我が魔族の国とも交易をしていたのであるな」


「そういえば、お前ははるか西部から来たのであったな」


 見た目は白いタキシードにシルクハット、モノクルとちょび髭が特徴の、どこにでもいる中年紳士であったが、魔族は耳が長い。

 奴は、いきなり俺の前に姿を見せた。

 最初は俺を堕落させようとしているのではないかと勘ぐったが、奴に物語の読みすぎだとバカにされた。

 なんでも、魔族は考古学者なのだそうだ。


『ニュルンベルク公爵。貴殿の領地には貴重な古代遺産が大量にあるので、調査させてほしいであるな』


 正直なところ、俺にはこの男の本性が読めない。

 裏に魔族の国がいて、実はこの大陸の混乱を狙っているのか。

 単純な知的好奇心から、地下遺跡がある土地の権限を持つ俺に近づいたのか。

 それでも結果的に、俺は大量の古代文明の遺産を手に入れた。

 爆発する魔物型のゴーレム、量産型のドラゴンゴーレム、そして『移動』と『通信』を阻害する巨大な装置。

 他にも大量に手に入り、それらは反乱を起こすのに大いに役に立った。


『数はともかく、思ったよりも珍しい品物は出てこなかったのであるな』


 本人は、その成果に少し不満だったようだが。

 魔族は……こいつのもう一つ怪しい点は、絶対に本名を名乗らない点だ。

 だから俺は『魔族』と呼んでいるのだが、こいつはそれに文句を言わない。

 気に入らない奴ではあるが、こいつは出土した品の修理、メンテナンスに協力してくれた。

 専門家ではないから製造はできないが、簡単な修理とメンテナンスくらいなら可能なのだそうだ。

 奴はニュルンベルク公爵領中の地下遺跡を探索させてやったお礼に、大ゴーレム軍団の稼働を助けてくれた。


『貴様は、やはり魔族の国の?』


『我が輩は密出国しているので、それはないのであるな』


 怪しいことこの上ないが、奴は魔族で膨大な魔力を持っている。

 それを利用するのに抵抗はなかった。


『魔族は数が少ないのであるな。その代わり、全員が魔法使いなのであるな』


 魔族の魔力量は驚異的であった。

 奴は、『移動』と『通信』を阻害する装置に定期的に魔力を補充しながら、出土品の修理とメンテナンスを行いつつ、一人黙々と研究を続けているのだから。


『本当に魔族が、このリンガイア大陸に攻めて来ないことを祈るがな』


『魔族にも色々な者がいるのであるな。中には、この大陸への進出を提案する者たちもいるのであるな』


『進出だと?』


『魔族は、種族の限界にきているのであるな』


 ここ数千年で、魔族は子供が産まれにくくなっているのだそうだ。


『少子化であるな。西部にある魔族の国は島とはいえ、亜大陸並に広いのであるな。戦争もないし、政治も安定している。それなのに結婚しない若者が増え、生まれてくる子供も少なくなったのであるな。出生率が今にも1.1を切りそうなのであるな。ちなみに、ニュルンベルク公爵領は4を超えているのであるな』


 出生率とか妙な言葉が出てきたが、それよりも魔族の『進出』の方が気になる。

 言葉は便利だ。

 例えそれが侵略だとしても、最初はそれで誤魔化すことも可能なのだから。

 つまり、帝国の南進論者、王国の北進論者のように、魔族の国にも大陸侵略論者がいるというわけだ。

 今は数が少ないのかもしれないが、魔族の国の少子化が進めば、その意見が増していくかもしれない。

 普通は逆だと?

 バカな、戦争とは人間の本能に響くものだ。

 戦争は嫌だ、駄目だと抜かす愚かな民衆も、自分や家族が戦死、負傷しなければ所属する国や領主の勝利に喜ぶ。

 勝った方は、程度の差はあれ敗者を蹂躙、搾取する。

 自分たちの数の不足を、下等な異種族、人間を奴隷にして補うという考え方が出ても不思議ではない。

 魔族は種の本能を取り戻すため、人間が住むこの大陸に攻めてくる可能性があるのだ。

 俺はこの大陸を統べ、それを防ぐ必要がある。

 たとえ、この魔族を利用してでもだ。


「話を戻すが、バウマイスター伯爵は先祖返りだと?」


「彼の魔力量は、魔族基準で言えば上級の下くらいなのであるな。まだ増えているのであるが、そうなると魔族基準でも上級の中以上になる可能性が高いのであるな。今の人間には無理であるから、古代魔法文明時代の人間の先祖返りと考えるのが妥当であるな」


「詳しいのだな」


「当時を実際に見たわけではないのであるが、古代魔法文明には魔法使いを人工的に増やす技術があったのであるな」


「なんだと! そんな技術があったのか!」


「一万年も前に滅んだ技術ではあるな」


 さすがは本業が考古学者というだけはあって、魔族は古代魔法文明時代について詳しかった。

 魔法使いの製造方法などという、とんでもない技術も知っていた。


「魔族の国は滅んでいないので、比較的資料が残っているのであるな。古代魔法文明は魔法技術が極端に進んでいたのであるな」


 当時の古代魔法文明時代は、緩やかに結合した連合国家を成立させていた。

 大陸中央にある本国は強大ではあったが、あまり政治的な混乱もなかったので、地方の小国家にある程度自由な統治を認めていたそうだ。


「特に、大陸最南端のアキツシマ共和国であるか。そこは、国民が統治者を選挙で選ぶのであるな」


「帝国も一応そうだが」


「帝国は議員しか投票できないのであるな。アキツシマ共和国は、十八歳以上の男女なら誰でも投票可能であるな。今の魔族の国と同じであるな」


「ふん。衆愚政治だな」


 ろくに政治も知らない民衆に政治家を選ばせる?

 今の帝国議会にも愚かな議員たちが増えているのに、政治を混乱させるだけであろう。


「かもしれないのであるが、政治とは手段であり、実際に行う者の力量があれば政治体制はどうでもいいのであるな」


「考古学者、お前は政治学者も兼任か?」


「同じ大学の元同僚の受け売りであるな。話を戻すのであるが、魔法技術の発展によって、必要な魔法使いの数が増えたのであるな」


 だが、そんな急に大量の魔法使いなど生まれるはずもない。

 そこで、人工的に魔法使いを増やす研究が始まった。


「最初は失敗の連続であったが、ついに見つけたのであるな。生物設計図の中に、魔力と魔法に関連するものを発見したのであるな」


「生物設計図?」


「この情報を元に、すべての生物は成立しているのであるな。生まれた子供が両親に似るのは、これが原因であるな」


「待て、遺伝では魔法使いはほとんど出てこない。むしろまったく関係ないはずだ」


 遺伝で魔法使いが出るのであれば、とっくにこの世は魔法使いだらけであろう。

 なぜなら、まともな頭をした為政者なら、魔法使い同士を結婚させるからだ。


「難しい専門的な話になるので簡単に説明するのであるが、その生物設計図は極端な劣性遺伝要素なのであるな」


「劣性遺伝?」


「金髪と黒髪の両親から子供が産まれると、どちらが多いか? それは、黒髪の子供であるな。つまり、金髪は劣性遺伝なのであるな」


 なるほど、黒髪は優性遺伝か。 

 ならば、俺のミズホ人の抑え込みは正しいというわけだ。

 あの連中を増長させると、帝国は内から食い滅ぼされるのだから。


「魔法使いの生物設計図は、極端な劣性遺伝子であるな。両親とも持っていないと遺伝しないのであるな」


「おい、魔法使い同士の子供でも魔法使いは生まれないぞ」


 だから、もしそうなら世の中は魔法使いだらけであろうに。


「もう一つ、遺伝要素があるのであるな。これは『魔力具現化と増殖』に関連すると資料には書かれているのであるな」


「つまり、それがないと魔法使いにはなれないと?」


「両方がないと魔法使いになれないのであるな。片方だけだと、この大陸の人間ならば誰でも持っている量の魔力のみであるな。魔法使いの設計図は、意外と今の人間でも多数が持っているのであるな。試しに領民たちの髪を採取して調べたら、二割はいたのであるな。統計学的に考えて、ほぼ平均であると思うのであるな」


 統計学的にか……。

 どうやら魔族の国とは、色々と技術や学問が進んでいるようだな。


「つまり、古代魔法文明が開発した人工魔法使いを作る技術とは、『魔力具現化と増殖』の生物設計を定着させる技術なのだな?」


「そのとおりなのであるな。魔族には必要のない技術なので、もはや失われた技術であるな」


 知っていれば、魔法使いを増産できたのに残念だ。


「それで、なぜバウマイスター伯爵が先祖返りだとわかる?」


「昔の資料に書かれていたのであるな。古代魔法文明時代に出現した人工魔法使いたちは、全員が彼くらいの魔力量を持っていたと。あとは、貴殿からの情報を見たのであるな。彼の配偶者は全員魔法使いであるな」


「それがどうかしたのか?」


「全員がというのは、統計学的におかしいのであるな。結婚前にはそんな話はなかったと、資料には書かれていたのであるな」


 確かに、それはおかしな点だ。

 だが、元々素質があって、結婚後に器合わせで魔法使いの才能が具現化したと考えられないであろうか?

 『聖女』と『暴風』と『破壊魔』以外の二人は、中級レベルである。

 十分に貴重とはいえ、中級だからしばらく気がつかなかったという可能性もあった?

 いや、子供の頃の魔力検査は王国でも義務化しているはず。

 確かに、奇妙な点ではあるな。


「もう一つ、昔の資料からわかっていることがあるのであるな。両方の生物設計図を持っていても、それを刺激しないままだと、死ぬまで魔法使いの才能に気がつかないのであるな」


「どういうことだ?」


「今の人間でも、両方の生物設計図を持っている比率はニュルンベルク公爵領の領民で八パーセント。これも平均値であるな」


「それにしては、魔法使いの数が少ない」


 それに気がつかぬようでは、なんのために僻地の農村にまで判別用の水晶を支給しているのか。

 水晶代を公費で出す意味がなくなってしまう。


「判別用の水晶や器合わせで具現化する魔法使いの率は、古代魔法文明時代と変わらぬであるな」


 つまり、一パーセントもないというわけか。


「生物設計図を持っているのに、魔法が具現化しない。最初は厳しい修行などで呼び起させたようであるが、これは効率が悪かったようであるな」


 厳しい訓練で魔法使いになれるのであれば、我がニュルンベルク公爵家諸侯軍の兵士の中で、魔法が使える者が出ても不思議はないはずだ。


「色々と研究を重ねた結果、もう一つの生物設計図を発見し、三つを備えた人工魔法使いが生まれたのであるな。この人工魔法使いには大きな特徴があるのであるな」


 それは、二つの生物設計図を持つ異性と子供を作ると、その子がほぼ百パーセント魔法使いになる。

 次に、魔法が具現化しない二つの生物設計図を持つ者を刺激して魔法使いの才能を引き出せるのだと魔族は説明した。


「その結果、これまでは魔法が使えないと思われていた者が魔法を発動させ、魔法を使える者でも、潜在的な能力を引き出して魔力量が増えたのであるな。これによって、古代魔法文明時代の人間は魔法使いを増やしたのであるな」


 なるほど、それがあの大繁栄に繋がったというわけか。

 

「しかし、それとバウマイスター伯爵の先祖返りと……。魔族、潜在能力を引き出す因子とはなんだ?」


「人間が魔族に勝るもの。その繁殖力を支える性欲であるな。快楽を伴うために、人間はそれを積極的に行うことで大量に増え、魔族よりも圧倒的に数が多いのであるな」


「戯言を抜かすな。魔族も同じだろうが」


 人間と容姿に差がないのだから、まさか魔族が卵を産んで増えるわけがない。

 なにより、そんな話は聞いたことがないのだから。


「近年の若い魔族たちは草食系などと言われており、恋愛や結婚に興味がなく、趣味や仕事に没頭する者も多いのであるな。政府の少子化対策は、常に空振りなのであるな」


 高度な文明を持って生活に苦労しない分、生物としての活気が薄れているのかもしれないな。

 ふん、どの国や種族にも悩みの種は尽きまじか。

 それよりも……。


「元々因子を持っていたバウマイスター伯爵の嫁たちが、彼との結婚生活で魔力を具現化、強化させたわけか。しかし、古代魔法文明時代の研究者たちも悪趣味な……」


「そうであるか? 魔法使いを増やすのに一番手っ取り早い方法であるな。昔も魔法使いは厚遇されたがために、魔法使いになりたい女性や、魔法使いを産みたい女性が人工魔法使いに近づく。人工魔法使いの方は、好みの女性を選び放題。男性の夢というやつであるな」


「そうだな」


 俺も男なので、その気持ちはわからなくもない。


「しかし、なぜバウマイスター伯爵にその因子が出た?」


「そこが謎であり、それを調べるのが学者や研究者の仕事であるな。ただ、貴殿が見せてくれたバウマイスター伯爵に関する報告書は奇妙であるな」


「奇妙だと? なぜだ?」


 バウマイスター伯爵については、俺はかなりの時間と金をかけて調べさせていた。

 あれほどの男が敵になるのか、味方になるのか?

 どちらにしても、相手を深く知る必要があったからだ。


「俺の調査を否定するのか?」


「おかしいのは一ヵ所だけであるな。バウマイスター伯爵の魔力が具現化した時期。五~六歳頃と推定される、と書かれているのであるな。これはおかしいのであるな」


「なぜだ?」


「人工魔法使いの因子が具現化すると、生まれた時点ですぐにわかるほどの魔力量が備わっているのであるな」

 

「それは、彼の実家が田舎で、調べる術がなかったからであろう」


「『人工魔法使いの虹色』と呼ばれており、生まれた直後に虹色に光るのが普通であるな。まさか貴族の子供が捨て子だったなどあり得ないし、取り上げた産婆や家族が気がつかないはずがないのであるな」


「つまり、五~六歳頃のバウマイスター伯爵になにかあった? その時期にたまたま才能に目覚めたのでは?」


 全員が、生まれた直後に必ず才能に目覚めるという保証もないではないか。


「貴殿、我が輩の話をちゃんと聞いていたのであるか? 生物設計図とは先天的なもので、後天的にいきなり現れるはずがないのであるな」


 なるほど。

 生物設計図だから、生まれた時にはもうそれが決まっていると。

 ゆえに、人工魔法使いがあとから急に魔力に目覚めるということは、まずあり得ないというわけだな。

 となると、どういうことなのだ?


「バウマイスター伯爵は、父親が四十歳を超えてから生まれたと聞く。大年増の正妻が産んだとされているが、その辺の端女に産ませたのを誤魔化した可能性もあるな」


 貴族ではよくある話だ。

 妻以外の女に産ませた子供を、正妻の子だと偽るのは。

 なるほど、それなら納得がいくな。

 母親が貧しい農民の娘なら、気がつかなかった可能性もあるというわけだ。


「念のために聞くが、急に生物設計図が変わることはあるのか?」


「なくはないのであるな。ただ、今のこの大陸では不可能であるな」


「今は不可能? どういうことだ?」


「それは、一万年前のあの時なら可能であったはずであるな」


 一万年前。

 連合国家ながらも大陸を統一し、圧倒的な繁栄を誇っていた古代魔法文明の中心国家が、いきなり原因不明の崩壊を起こした件であろう。

 今よりも優れた魔法技術を有していたにも関わらず、この国はある日いきなり滅んだと歴史書にある。

 帝国、王国双方の歴史、考古学者が、いまだにその原因を発見できていない謎の一つである。


「我が輩たち魔族も万能ではないゆえ、正確には古代魔法文明が滅んだ理由はわからないのであるが、大体はわかっているのであるな。昔には調査団も派遣して、資料も残っているのであるな」


「初耳だな、それは」


 これまで考古学に興味などなかったからあえて聞かなかったのだが、それ以上にこいつにはこういう部分がある。

 なにかを聞いてもはぐらかし、ある時いきなり話してくれたりする。

 学者だから気まぐれなのか、それとも後ろに魔族の国があるからなのか。

 たまに頭にくることがあるのは事実だ。

 だが、下手に怒ってこの魔族の機嫌を損ね、それで話してくれなくなるのは困るので、今は下手に出るしかない。

 この俺を翻弄しやがって!


「簡単に言うと、傲慢から出た失敗であるな」


「失敗だと?」


「人工魔法使いによる魔法使いの増加で大量の魔力を扱えるようになり、なにか巨大な魔導装置、魔道具……呼び方はなんでも構わないのであるが、大規模な実験をしたようであるな」


「失敗して爆発したのか……」


「爆発後、現地に入った魔族の調査団によると、とてつもない大爆発であったようであるな」


 ギガントの断裂は、その時にできたそうだ。

 他にも首都とその周辺数百キロは消滅、大陸のすべてを統治していた国家の中枢が一瞬で消えたのだ。 

 その後の混乱と破滅は、容易に想像できる。


「常識では考えられない量の魔力が一ヵ所に集中し、それが爆発して大陸中に飛び散ったのであるな。魔力の塊がへばりついた場所は、大陸の痣、『魔物の領域』となったのであるな」


 つまり、古代魔法文明時代以前には魔物の領域はなかったというわけか。


「魔物はどうなのだ?」


「通常ではあり得ない濃厚な魔力を体にとおすと、生き物の生物設計図が変化することがあるのであるな。死んだり、奇形になって育たないものも多いのであるが、中には生き残って、種として繁栄するものもいるのであるな」


 それが、魔物の正体というわけか。


「魔物の領域のボスは?」


「その領域の最大魔力を内包してる存在であるから、それを倒すとその土地への魔力の過剰なヘバリつきがなくなるのであるな。そうなると、中、小型の魔物はその土地で生き難いのであるな」


 おいおい、両国のどの研究者でもわからないことをポンポンと答えやがって。

 これだから魔族は油断ならないのだ。


「博識だな」


「専門家だからであるな。最近の魔族の若者は、勉強しない者も多いのであるな」


「そういう愚痴を若い者たちに言うと嫌われるぞ」


「我が輩も、若い頃は年寄りに同じことを言われていたのであるな」


 この時点で歴史の真実がわかってしまったが、戦局の好転には繋がらぬか。

 人間では俺しか知らない事実ばかりなので、多少の優越性を味わっているのは事実だが。


「そうだ、バウマイスター伯爵のことを忘れていた。あの男はなぜ急に先祖返りした?」


「先祖返りは、あまり適切な言葉ではないかもしれないのであるな。第三の生物設計図は、極稀に定着技術なしで具現化するのであるな。たまたまバウマイスター伯爵に出たというのが正解であるな」


「おい待て。それはおかしくないか? 古代魔法文明時代に固定化と次世代への継承が可能になったのであろう。それならなぜ子孫が第三の生物設計図を継いでいない?」


「失われた固定化の技術でも、数百年ほどの固定が限界であるからであるな。固定化を用いないと、徐々に第三の遺伝子が子孫に継がれなくなるのであるな」


 他にも、古代魔法文明崩壊後の混乱もあるのであろう。

 多分、大陸の大半の土地が魔物の領域と化したはずだ。

 可住領域を広げるため、第三の生物設計図を持つ魔法使いたちが多く動員され、魔物との戦いで死んだ。

 こんなところであろうか?


「ふんっ、バウマイスター伯爵とその子孫は今後数百年は安泰か」


 魔法に遺伝要素を持つ一族としてヘルムート王国で重用され、王国のさらなる発展に寄与するというわけだ。


「そして俺は、最悪のタイミングで反乱を起こして帝国の国力を落としたか」


「歴史上ではよくある話であるな。気にしない方がいいのであるな」


「お前がそれを言うか?」


 この人を小バカにしたような言動。

 本当に考古学者なので政治に興味がないのか、それとも魔族の国の指示で俺を引っかけて反乱を起こさせたのか。

 とにかく、この魔族の考えが読めなくて困ってしまう。


「それで、バウマイスター伯爵を討つのであるか?」


「できたらな」


 まさかな、魔法使いを増やす貴重な駒だぞ。

 俺につかせるか、捕える方法でも考えた方が建設的だ。

 それに、お前ら魔族のこともある。

 少子化で衰退中?

 それが本当だという証拠がどこにある?

 魔族に対抗するには、魔法使いが多い方がいいのだから。


「それで、潔く滅びるのであるか?」


「俺はそこまで善人じゃない。足掻くに決まっているだろうが」


 とにかく今は、亀のように閉じ籠ってペーターからの攻撃を防ぐしかない。

 もしかすると、奴が帝国の統治をしくじる可能性もあるのだから。


「ならば、アレを使うのであるか?」


「ああ。アレを使う。稼働の方は大丈夫か?」


「まあ、動かすくらいなら大丈夫であるな」


「ならば準備を進めてくれ。俺も準備を始めよう」


 生き残るための準備か。

 最初の、大陸を統一する夢からは随分と遠ざかったな。

 だが、今は勢力を残して明日に備える方が重要だ。

 なにしろ俺は、諦めが悪い男なのだから。

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