第245話 政治闘争で魔法は役に立たない(前編)

 帝都を巡る攻防戦は、帝国宰相に就任したペーターが無事に防衛に成功して勝利を収めた。

 またニュルンベルク公爵に逃げられたと思う人が多いと思うが、彼はこの戦いで、精鋭であった別働隊と、それを率いていた側近中の側近である重臣ザウケンを失っている。

 皇帝を屠るのに効力を発揮した、自爆型ゴーレムとドラゴンゴーレムもすべて失っており、かなりの打撃を被ったはずだ。

 今、その残骸を帝国とミズホ伯国の魔道具職人たちが共同で調べているが、報告によると、やはり古代魔法文明時代の発掘品を修理、使用したと判明している。

 現在の技術力では、量産どころか試作すら不可能であり、そう補充は利かないだろうとの結論が出ていた。

 もし在庫が残っていたとしても、数はそう多くはないはず。


『今回の勝利は戦略的に大きい』


 ギルベルトは、これで帝国軍が攻勢に出られるようになったと、周囲に発言するようになった。

 ニュルンベルク公爵が失ったものが多いと判断されたのと、この勝利の余勢を駆って彼を討つと宣言することで、多くの臣民たちの支持を集めるためでもあった。

 宣伝でもあるのだ。


『戦上手で知られたニュルンベルク公爵家諸侯軍に一定の犠牲を与え、彼の戦略目標であった帝都の防衛にも成功した。これで殿下の優位は完全に決まった』


 現在、再び降伏した陣借り者や貴族たちの軍勢を帝国軍に編入している最中であり、ペーターが帝都とその周辺地域を完全に抑えているという事実が債権の発行を可能とし、それを引き受ける大商人たちの心証もよくしている。

 財政的には苦しい状態が続くが、なんとか自転車操業ながらも、政権が運営できるようになった点も大きい。


『あとは、防戦に回るであろうニュルンベルク公爵を攻めていくだけだな』


 ニュルンベルク公爵が、帝都侵攻の際に一部占領した帝国中央部南部領域は、これは防衛に不向きと判断されたようで、撤退と同時にすべて放棄してしまった。 

 現在ではペーターが派遣した帝国軍と役人たちが奪還し、統治を行っている。


『元々、補給に必要な箇所以外は占領していなかったようだけど』


『ですが、ニュルンベルク公爵領に攻め入るには念入りな準備が必要ですぞ。お金と食料も大量に必要です』


『まったく……。うちのクソ親父は……』


 ニュルンベルク公爵討伐軍の悪行を皇帝が阻止できなかったせいで、現在の帝国南部北辺は荒廃が酷いらしい。

 他地域に逃げ出した人たちが多くて人口も減っており、再び帝国が軍を進めれば、彼らはその怒りを間違いなくこちらに向けるはず。


『補給路の襲撃などをされると骨ですな』


 彼らを味方につけるため、被害の弁済や食料や資金の援助も必要となる。

 これをしないと、間違いなくニュルンベルク公爵の工作によって後方攪乱要員にされてしまうであろう。


『酷い話だよね。この件は、ニュルンベルク公爵も予想していなかったはずだ』


 まさか、いくら反乱勢力相手でも、皇帝が民衆に手を出すことはしないと思ったのであろう。

 実際、ニュルンベルク公爵家諸侯軍は鉄の規律を維持しており、民衆にはできる限り手を出していない。

 ゼロではないが、それは解放軍も同じことだ。

 軍人が多数集まって、その手の犯罪がゼロというのも難しいのだから。


『残念ながら、それをニュルンベルク公爵に知られたら、上手く利用されたけどね。彼はこの手の住民扇動も上手だから困ってしまう』


 帝国軍の悪行を帝国中に流されてしまい、現在死亡したアーカート十七世は『残虐帝』の名をほしいままにしている。

 二人の息子たちもその共犯だと、民衆から非難轟々であった。

 それもあり、ペーターは父親と兄たちの葬式をえらく質素に執り行った。

 元々皇家にはお金がなく、葬儀にお金をかけるくらいなら他にいくらでも使い道があり、そちらを優先したというのもあるのか。

 例のペーターの義母が、豪華な葬儀、特に皇帝であった夫には国葬が相応しいと大騒ぎしたようだが、彼は『今、そんなお金はありません』と突っぱねたと聞いた。

 何事も大金をかけて派手にしなければ気が済まない人らしく、ペーターの義母は彼をえらく怨んでいるらしい。

 そんな噂が、俺たちにも流れてきた。


『こういうことは言ってはいけないんだろうけど、父と兄たちは死んでくれてよかったよ』


 勿論皇帝は、軍規を正すように命令は出していた。

 だが、それらの悪行は皇帝が見えない場所で行われ、彼はそれに気がつけず、処罰も一切行われなかった。

 愚かなだけで、皇帝自身は悪逆ではなかったが、そんなのは被害に遭った臣民たちにはどうでもいいことだ。

 皇帝は最高責任者であり、責任を取るために存在するのだから。


『器でない者が、皇帝になった悲劇だと思うよ。僕は……』


 それでも実の父親と兄たちの死なので、ペーターにも色々と思うところがあるのかもしれない。

 神妙な表情を浮かべながら、独り言のように呟いていた。


『勿論、この件は利用させてもらうけどね』


 討伐軍の愚行と敗戦の責任者である皇帝は死んでいるが、処罰者がゼロというわけにもいかない。

 これから南部に攻め入る時、犠牲者たちの心情を落ち着かせるため、生贄の羊が必要となるからだ。


『略奪などに参加していた貴族については、罰金や一部領地の返還に爵位の降格で済ませるとして……』


 全員処刑では混乱が広がってしまうので、被害者への補償や支援を厚くすることで許してもらうしかないと、ペーターは考えているようだ。

 ただし、処刑や爵位の剥奪も見せしめとして行わなければいけない。

 その白羽の矢が立ったのは、皇帝の腰巾着として討伐軍に参加していたり、留守番でも権勢を誇っていた大物貴族たちであった。


『君たちくらいは処罰しないと、被害者たちが納得しないからね。なにより冤罪じゃない。僕も胸が痛まないでホっとしているよ』


『この皇家の恥さらしがぁーーー!』


『討伐軍に採用されたければ銀貨を払えだっけ? そういうお小遣い稼ぎをするから、困窮した陣借り者たちが略奪に参加するんだよ。お前がすべての責任を負って死ね』


『ペータァーーー!』


 同じ年なのに、こういう部分ではペーターは怖い男であった。

 元々皇家の生まれで、貧乏貴族の出である俺とは色々と違うのだろう。


『財産はすべて没収。家族は追放か、死ぬまで教会で暮らすのとどっちがいいかな?』


『地獄に落ちろ!』


『お前がな。他の腰巾着たちと地獄で仲良くね』


 皇帝の側近たちで、露骨に足を引っ張った連中には全員罪があるとされ……実際に罪がない者は一人もいなかった……爵位と財産を没収されて死刑となった。


『よくも私の兄を!』


『お義母様、あなたは前皇帝の妻でよかったですね。さすがに首を刎ねるわけにはいかない。教会で静かな余生をどうぞ。陛下の供養も必要でしょう? ああ、もしなにかを企んだら若死にするのでしょうから、大人しくしていてくださいよ』


『くっ!』


 ニュルンベルク公爵に勝利し、名を得て力を誇示したペーターは、二度と同じ轍を踏まないよう、前政権の負の部分をすべて排除した。

 可哀想だが、このくらいやらないとまたニュルンベルク公爵に足を引っ張られてしまうからだ。

 そしてこれらの処置を、再編された帝国軍の力を背景にわずか二日で終えたペーターは、帝国摂政として皇帝と同じ政務をこなしていた。

 帝国を纏め、南部に攻め入る準備をしなければいけないからだ。


「ただなぁ……、もうひと波乱あるぞ」


 先の戦闘で壊れた城壁を補修していると、同じ仕事を請け負ったブランタークさんが急に予言めいたことを言った。


「テレーゼ様ですか?」


「ああ、このまま黙ってはいられないだろう」


 解放軍のリーダーである彼女は、次期皇帝の最有力候補であった。

 それが、復活した皇帝に疎まれたがために領地で様子を見る羽目になり、ようやく皇帝がしくじって死んだかと思えば、ペーターが電光石火で帝国の実権を握ってしまった。

 本人がどう考えているのかまでは知らないが、周囲にいる北部諸侯たちが納得するはずがない。

 彼らは、テレーゼが皇帝になった時の利益に釣られて解放軍に参加しているのだから。


「ですが、結局援軍が間に合いませんでしたし……」


「間に合わないはずはないがな」


「そうなのですか?」


「フィリップ公爵自身は間に合わないにしても、ソビット大荒地の陣地にはアルフォンス殿がいたんだ。一~二万人の兵力くらい間に合ったはずだ。それがあれば大分楽だったんだがな。ちゃんと訓練された兵士たちだから」


 同じく城壁の補修作業に参加している王国軍組を指揮するフィリップが、テレーゼは意図的に援軍を送らなかったのであろうと、言葉を続けた。


「そんなことをして、もし負けたらどうするのです?」


「負けてほしかったんだろう。負ければ、合法的に殿下が排除されるから」


 戦死すればそれまでだし、北部に逃げてくればまたテレーゼが次期皇帝候補として返り咲きが可能となる。

 敗北の原因はニュルンベルク公爵であり、テレーゼの責任ではないという理論だ。


「テレーゼが、そんな策をですか?」


「俺は言ったはずだ。フィリップ公爵殿が援軍を送りたくても、周りが強硬に反対すればそれは不可能だと」


 ブロワ辺境伯家の相続争いとそれに関わる騒動で、すべてを失ってしまったフィリップだからこそ、気がつける事実なのであろう。


「テレーゼ殿から見れば、バウマイスター伯爵は裏切り者扱いかもしれませんね」


 クリストフの言うとおりかもしれないが、そればかりは仕方がないとしか言いようがない。


「一時の関係や感情に足を引っ張られず、冷静に帝国の内乱終結を早める努力をした……間違ってはいないぞ」


「でしょうけど、向こうはテレーゼ殿から殿下に鞍替えをしたと思うわけでして……つまりは……」


「自分からほとんどの支援を切っておいて、今度は裏切り者扱いか?」


 俺はペーターの方が皇帝に相応しいと思ったし、向こうが皇帝との軋轢を恐れてこちらとの関係を閉じてしまったのだから。

 解放軍の関係者でお忍びでも会いに来たのは、アルフォンスだけというのが笑えない。


「俺が磁器を作製しなかったら、財政的に詰んでたのに」


「人って、結局自分の都合を一番優先しますからね。そういう人たちに支持されるために無理を通そうとするわけです。私とフィリップ兄さんの末路を見ればわかるでしょう? バウマイスター伯爵や世間から見たら私たちはバカでした。ですが、世の中の人たちはそう簡単に我を通せませんから」


 実際に失敗しているクリストフの発言なので、みんな真摯に話を聞いていた。

 

「テレーゼ様が、帝都に来てから判断するしかないのである!」


「導師殿、間違いなくなにかありますよ。百万セント賭けてもいいです」


「クリストフ殿、それでは賭けが成立しないのである」


「帝国の混乱は、いまだ終わらずですよ」


 そして翌日。

 クリストフの予言どおり、物々しい雰囲気を纏ったフィリップ公爵家諸侯軍が主体の北部諸侯連合軍八万人が帝都郊外に到着して陣を張った。

 事前になんの連絡もなかったので、帝都の住民たちの間には不安が広がっている。

 今度は、ペーターとテレーゼが戦い始めるのではないかと思っているのだ。

 

「多いですね」


「内戦終結のため、多くの戦力を揃えたのでは?」


 今日も城壁を補修しているとそこにエメラが姿を見せるが、彼女は露骨にテレーゼたちを警戒していた。

 ギルベルト以下の帝国軍も同様で、警戒態勢を敷いている。

 なぜなら、北部諸侯軍が今にも帝都に攻めかかるのではないかと思うほど、ピリピリとした空気を纏わせていたからだ。


「まさか、ペーターの政権をひっくり返そうと帝都に攻め込むと?」


「ないとは言えません」


 エメラは、自分が持っている装飾が豪華な杖を握る手に力を込めていた。

 無意識にやっているのであろうが、仮とはいえ帝国の筆頭魔導士に任命されているので、テレーゼたちを半ば敵と認識しているようだ。


「(普段は冷たいように見えて、ペーターへの忠誠心は厚いからなぁ……)とにかく早合点はよくない。ここで争いになったら、またニュルンベルク公爵の思う壺だ」


「それはわかっていますが……」


 八万人という大軍もよくなかったのかもしれない。

 見ようによっては、ペーターに抗議して圧力をかけるためだと思われてしまうからだ。


「あくまでも、内乱終結のための戦力だろう?」


「だといいですね。ここのところ、大規模な戦闘が多すぎて帝国軍の再編は途上のままです。使える戦力は旧解放軍と大差ありませんから」


 旧討伐軍は、戦死傷、捕虜、逃亡などで半数以下にまでなっている。

 俺がギルベルトにサーカットの町で編成させた二万人と帝都留守部隊を中核としており、身分は低いが能力のある若手将校や陣借り者たちの抜擢で、なんとか形を保てている状態だ。

 特に酷いのが、選帝侯家や中央の領主貴族たちの諸侯軍である。

 ニュルンベルク公爵と皇帝に翻弄されて兵士を出し、それらをかなり失った。

 領主、後継ぎ、主だった家臣や一族を失って領地の治安維持すら怪しい家もあり、そういうところにはペーターが代官や警備隊を送り出す羽目になっている。

 末端の縁戚が、爵位と領地を巡って争っているところも多い。

 みんな死んでしまったので、自分にもチャンスが巡ってきたと騒いでいるのだ。


「おかげで、ケリがつくまでは南部に攻め入ることもできません」


 エメラのいうケリとは、帝国軍の再編と、テレーゼの立ち位置が決まるまでだ。

 現在の帝国は、帝国摂政であるペーター派、テレーゼ率いる北部諸侯連合、ニュルンベルク公爵とその支持者たちという、三すくみの状態に変化していたのだから。

 ペーターもテレーゼも反ニュルンベルク公爵派ではあるが、現時点では決して良好な間柄とは言えなかったのだから。


「本当に面倒だなぁ……」


 かといって、このまま放置すると大陸全土が戦乱となってしまう。

 帝国が再統一されて王国と均衡してくれなければ、王国貴族たちが声高に対帝国戦争を言い出すからだ。

 戦争の経験がない貴族ほど、勇ましいことを言うから困ってしまう。


「王国が、サクっと大陸を統一してくれればいいけど……」


 そんなに甘い話ではない。

 祖国防衛のため、帝国側は苛烈に抵抗するであろうし、占領した土地で反王国活動でもされたらその鎮圧のために余計に金と労力を使う羽目になり、一体なんのために帝国に攻め入ったのかがわからなくなってしまうからだ。

 そしてなによりも怖いのが……。


「侵略者に対し、三派共同で迎撃でもされたら目も当てられない」


 あり得ないとは、政治の世界では決して言えない。

 最初の先遣隊の潰滅以降、陛下が兵を送っていないのは、それを考えてのことなのかもしれなかった。

 内乱で帝国がさらに疲弊するのを待っているという可能性もあり得たけど。


「フィリップ公爵様は、今日の夕方に皇宮を訪ねるとか」


「表敬訪問か?」


「表向きの理由はそんなところですね」


「それで、俺たちにも顔を出せと?」


「はい」


「ペーターは意地悪だな」


 俺たちはすでに自分が取り込んだのだと、テレーゼにアピールするつもりなのであろう。


「断りますか?」


「いや、拒否はしないさ。テレーゼとの久しぶりの再会だ」


 工事を区切りのいいところで終え、その日の夕方。

 主だったみんなで皇宮に行くと、そこにはすでにテレーゼたちも集まっていた。


「久しいな、バウマイスター伯爵」


 テレーゼの方から挨拶をしてくるが、その表情は少し暗いような気がした。

 彼女はアルフォンスの他に、二十代半ばと後半くらいの若い男性二人を連れていた。

 以前にも顔を合わせたことがある、テレーゼの兄たちだ。 

 ただ今回は……俺を好意的に見ていないようだな。

 憮然とした表情を隠しもしないのだから。

 

「お久しぶりです、フィリップ公爵閣下」


「先ほどから、ペーター殿にバウマイスター伯爵の話を聞いていたところだ」


 テレーゼの表情の暗さは、以前から知り合いでなかったら気がつかなかったかもしれない。

 立場上、ペーター派に寝返ったと噂される俺に不快感や怒気を向けるわけにはいかないからであろう。

 だがその代わりなのか、後ろの兄たちは俺に対し露骨に嫌悪感の混じった表情を向けてきた。

 なるほど。

 テレーゼはこの兄たちへの配慮で、いつものように俺に抱き着こうとしないのか。


「今は亡き前皇帝陛下からの無茶な命令で苦労させてしまったけど、サーカットの町の開発や新しい磁器の販売で兵力を養ってくれた件には心から感謝している。この兵力がなかったら、今頃帝都はニュルンベルク公爵のものになっていただろうからね。なにしろ急なことだったので、各地からの援軍が間に合わなかったから」


 ペーターはさり気なく、『先の防衛戦で、テレーゼたちがわざと援軍を遅らせたのでは?』という疑いを言葉の端に匂わせた。

 テレーゼたちは……表情を変えるわけがないか。


「まさか、三倍もの戦力を持つ討伐軍が敗北して陛下が討たれるとは。我らもまったく想像がつきませんでした。フィリップ公爵家諸侯軍は、収穫が終わるまで大部分の動員を解いていたので、全軍揃うのに時間がかかりまして……」


 テレーゼの兄の一人が言い訳めいたことを言ってくるが、それならソビット大荒地に駐屯していた戦力を、一万人……五千人でも先に援軍として派遣すればよかったのだ。

 それをしない時点で、北部諸侯たちがわざと援軍を送らなかった疑惑は、ほぽ事実となっていた。


「終わったことは仕方がない。それよりも未来の話だ」


 皇帝ではなく摂政なのに、ペーターは偉そうに皇帝の玉座に座り、わざと相手の動揺や不快感を煽っていた。

 これまでの経緯を考えれば、帝都に住む人たちの大半は、すでにペーターが次期皇帝だと思っているはず。

 内乱終了後、皇帝選挙を行っても結果は同じになるはずだ。

 それがわかっているからこそ、特にテレーゼの兄たちは爆発寸前になっている。

 テレーゼについて来た他の貴族たちは、双方の顔色を伺いながら、次第に判断に迷うようになっていた。

 このままテレーゼを支持するか、それともペーターに鞍替えをするか。

 どこの世界でも、メインプレイヤー以外は懸命に勝ち組を見分けようとして大変そうであった。


「あと一ヵ月ほどで帝国軍の再編は終わるから、再びニュルンベルク公爵の討伐再開だね」


「ペーター殿、勝算はあるのか? こう言っては悪いが、そなたの父上は大失敗したのじゃぞ」


 テレーゼは、ペーターの作戦に早速ケチをつけた。

 兄たちや北部諸侯の手前、素直に賛同するわけにもいかないのであろう。


「帝国軍を指揮するギルベルトとも相談したんだけど、まずはいきなり攻め入らず、圧迫する作戦でいくそうだ」


 いきなり南部領域に入らず、ジワジワと真綿で首を絞めるかのように動く。

 それにより、現在ニュルンベルク公爵に従っている諸侯たちの裏切りを促す作戦のようだ。


「東、西部領域南部の諸侯を全員こちらに引き寄せないとね。中央部領域に近い南部諸侯たちもだね」


 こういう勢力圏の境目にいる貴族たちの生き残りが難しいのは、どこの世界でも同じだ。

 風見鶏のように所属先をフラフラと変えて後世で批判される人も多いが、彼らは生き残るのに必死なのだ。

 綺麗事では済まない以上、所属をコロコロと変えても仕方がない。


「どのみち、腹心と一部精鋭を壊滅させただけだ。いきなり決戦をするなんて、ニュルンベルク公爵の思う壺だと思うけどね」


 ペーターは、ニュルンベルク公爵の軍事的才能を恐れている。

 だからこそ同じ土俵の上で戦わないで、兵力と国力の差で勝とうとしてるのだから。


「ペーター殿の策は、理に適っておるな」


 テレーゼは絶対に、ペーターを宰相殿とは呼ばない。

 本人か兄たちかは知らないが、北部諸侯全体でそう呼んではいけない空気なのだと思う。

 それでも、無条件にペーターの策を非難しなかった。

 もし批判をすると、彼から代案を求められてしまうからだ。

 そこで前皇帝のような作戦を口にすれば、一緒にいる北部諸侯たちに不安を与えてしまうであろう。


「フィリップ公爵殿たちの兵も合わせて戦えば、なんとか軍事の天才ニュルンベルク公爵の首に手が届くでしょう」


「なんとか、か……」


「フィリップ公爵殿も、そんなに甘い相手ではないと理解しているでしょう?」


「それはそうである」


 会見は三十分ほどで終わったが、双方の態度はギクシャクしたままであった。

 テレーゼは能面のように無表情なままで、時おり影が見え、彼女の兄たちはペーターの最後の言葉で顔を真っ赤にさせた。


『内乱が終われば、次期皇帝たる僕からフィリップ公爵家に多くの恩賞を約束するよ』


『殿下……、その次期皇帝というのは……』


『ここで言い繕っても仕方がないでしょう。便宜上宰相になっている僕が、全軍を率いてニュルンベルク公爵を討って帝位につく。それからすぐに王国との難しい交渉がある。すでに戦端も一度開いているしね』


『皇帝は、選挙で決めるものですが……』


『だから、ニュルンベルク公爵を討ったあとに皇帝選挙は行うよ。当然、僕も立候補するけど』


『……』


 ペーターの発言に、テレーゼの兄たちはなにも言い返せないまま、すごすごと皇宮を去って行った。

 もしこのままペーターが宰相としてニュルンベルク公爵討伐を主導するのであれば、皇帝選挙など信任投票に近くなってしまうであろう。

 それに気がついたので、なにも言えなかったのだと思う。


 きっと、このままでは済まないんだろうなぁ。

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