第244話 帝都防衛決戦(後編)

「もう一頭出たぞ!」




 壊れた城壁の部分で反乱軍の前衛部隊に見つかるが、俺も馬を包むように『魔法障壁』を張って、彼らを容赦なく弾き飛ばしていく。


「ルイーゼ、攻撃はドラゴンゴーレムだけでいい」


「了解、魔力の無駄遣いだものね」


 捨て駒の兵士たちなんて何人倒しても、ニュルンベルク公爵家諸侯軍は微塵も動揺しないはずだ。

 彼らが準備をしているドラゴンゴーレムを破壊することこそが、今回の戦いで勝利するために必要なことなのだから。


「一直線に行くよ!」


 ルイーゼは、さらに馬のスピードをあげていく。

 途中で多くの反乱軍将兵たちが妨害に入るが、すべて『魔法障壁』だけで弾き飛ばした。

 攻撃魔法で倒している魔力と時間が惜しいからだ。

 

「ヴェル、ボクもドラゴンゴーレムを破壊していいのかな?」


「その方が効率的じゃないか」


「久しぶりに拳を使うような……。これまでは、石ばかり投げていてさ」


 近接戦闘特化のルイーゼは、『飛翔』を封じられたため、この内乱ではほぼ石ばかり投げさせられていた。 

 敵に命中すればほぼ即死してしまう、恐ろしい威力の石礫であったが、なかなか近接戦闘に参加できずに不満を感じていたのだろう。

 久々に近接戦闘で戦えると、張り切っていた。


「エルには弓と軍の指揮があるし、イーナちゃんは槍の投擲で、ヴィルマは狙撃魔銃があるからねぇ……」


「投石があるじゃないか」


「ううっ……。投石だけだと、『ボクの存在意義ってなに?』って考えてしまうから。そりゃあ、人殺しだからあまりやりたくはないけど、ボクもヴェルの奥さんとして役に立たないとな、と思うし」


「そんなことを気にしていたのか。今は生き残れれば勝ちだし、ルイーゼがついて来てくれてよかったと俺は思っているぞ。なにしろ、ドラゴンゴーレムが十体もあるんだから」


 導師とは半分ずつだと事前に決めてあったが、ルイーゼがいれば三分の一ずつになって負担も軽くなるのだから。


「あてにしているぞ、ルイーゼ」


 正直なところ、ルイーゼのおかげで作戦に余裕ができて、俺は心から安堵していた。

 『俺の獲物を奪いやがって!』とか、なにかの漫画のキャラみたいな思考はしていないので、楽な方がいいに決まっている。

 敵中で、魔力切れしてしまう危険が減ったのだから当然だ。


「任せて。久しぶりに派手な一撃を繰り出すよ。あっ……、でも……」


「えっ? なんだ?」


「馬に乗る時に、ボクが後ろの方がよかったかな?」


「えっ? ルイーゼの方が上手なんだから、これでいいだろう?」


 俺は、『突然、なにを急に関係のないことを……』と思ってしまった。

 ルイーゼは、なにを言いたいんだ?


「ボクが後ろの方が、ヴェルの背中に胸が当たって嬉しいじゃない」


 ルイーゼはいきなり、どこかの高校生のようなことを言い始めた。

 しかし胸が当たるねぇ……。

 

「今さら俺の背中に奥さんの胸が当たっても……。というか、ルイーゼだと当たらないじゃないか。はははっ、ナイスジョーク」


 俺がルイーゼの肩を叩きながら笑っていると、次第に彼女の背中から殺気のようなものが増していくのに気がついてしまった。


「ジョークは言い過ぎだぁーーー!」


「のわぁーーー!」


 どうやら、俺はルイーゼを怒らせてしまったようだ。

 彼女は馬に強く鞭を入れると、さらにスピードを上げて、ドラゴンゴーレムに迫って行く。

 突然のスピードアップのせいで、俺は思わず馬上でのけ反ってしまった。

 あとで、腰が痛くならないといいな。


「防げ!」


 反乱軍は猛突進を続ける俺たちを阻止しようとするが、すべて『魔法障壁』によって防がれ、弾き飛ばされてしまった。

 目視は不可能であったが、導師も同じような感じでドラゴンゴーレムに迫っているはずだ。


「早速一体目だ」

 

 視界に、一体目のドラゴンゴーレムが見えてくる。

 稼働状態にはあるようだが、味方と混戦状態にあるので、俺たちに向けてブレスは吐くまい……。

 などと楽観していたら、ドラゴンゴーレムの口の部分に膨大な魔力を感じてしまった。


「まさか!」


 俺が慌てて『魔法障壁』を強化した直後、ドラゴンゴーレムは強力な火炎を吐いた。

 

「とてつもない威力だけど、あのドラゴンゴーレムよりは大したことないね」


「量産品だからな」


 俺とルイーゼは『魔法障壁』のおかげで無事だったが、その周囲にいた反乱軍前衛部隊は容赦なくドラゴンゴーレムの火炎で焼かれていく。

 俺たちを殺すため、味方まで巻き添えにしてしまうニュルンベルク公爵に対し、俺とルイーゼは発する言葉もなく、ただ馬を走らせ続けた。


「使い捨ての前衛部隊だからか……」


 降兵であり、陣借り者が大半なので、殺しても惜しくはないと思っているようだ。

 俺たちは、ニュルンベルク公爵の冷徹なまでの合理性を目の当たりにし、背筋が凍る思いであった。


「急ぐよ」


「ああ」


 一体目のドラゴンゴーレムに近寄るまでに、俺たちは数体のドラゴンゴーレムからブレス攻撃を受けて続けた。

 火炎、吹雪、石礫、カマイタチと、前に俺たちが倒したドラゴンゴーレムとは違って、ブレスの属性に差をつけているようだ。


「ねえ。これって壊せるの?」


「大丈夫だ」


 もう一つ、近づいて確信した事実もある。

 これらのドラゴンゴーレムは量産性を重視しているから、ブレスの威力はあの地下遺跡のものよりも低かった。

 素材も、鋼に極少量のミスリルを加えたのみだという『探知』結果が出ている。

 オリジナルは、過去の伝説的な魔道具職人イシュルバーグ伯爵が、己の資産を惜しみなくつぎ込んで作ったものだからこそ、大量のミスリルとオリハルコンを使用したのであろう。

 こちらのドラゴンゴーレムは数を揃えるため、ブレスの威力と防御力を抑えて生産コストを抑えたものだと推測できた。


「ならば、遠慮なく壊させてもらう」


 俺は一瞬だけ『魔法障壁』を解いてから、極限にまで圧縮した『ファイヤーボール』をドラゴンゴーレムに叩きつけた。

 口から内部に『ファイヤーボール』を送り込まれたドラゴンゴーレムは、真っ赤に加熱するとドロドロに溶けてしまい、地面に水溜まり状の溶岩溜まりを作った。

 溶岩ではなく、溶解鉄か。

 

「熱っ!」


「火を消せ!」


 溶解鉄によって周辺の草が燃えたり、ドラゴンゴーレムを引いていた兵士で火傷を負った者もいる。

 消火の必要もあり、溶けたドラゴンゴーレムの周辺は大混乱に陥ってしまった。


「次に行こう」


 二体目に向かおうとすると、導師が担当している反対側から金属が壊れる悲鳴のような音と、なにか巨大な物体が倒れるような音が聞こえてきた。

 どうやら、導師も一体目のドラゴンゴーレムの破壊に成功したようだ。


「次はボクだね」


「ああ。任せる」


 俺たちは、前衛部隊とニュルンベルク公爵本軍前との間を、堂々と馬で横断していく。

 次々と矢や魔法が飛んでくるが、これはひたすら『魔法障壁』で防いでいった。

 自分たちに当たることはないとはいえ、とてもストレスが溜まる行動だ。

 魔力が尽きれば、ハリネズミのようになって死ぬしかない。

 それを考えると胃が痛くなってくるが、まだ大丈夫だと自分に言い聞かせ、敵軍の横断を続ける。


「ヴェル!」


「ああ」


 わずかに『魔法障壁』を解くと、ルイーゼはそこから飛び出して魔力を篭めた拳の一撃でドラゴンゴーレムを破壊した。

 そのすさまじい破壊音と周囲に飛び散る破片で、周囲の兵士たちは一斉に逃げ散ってしまう。


「次!」


 そこからは、順番に右側からドラゴンゴーレムを破壊する作業を繰り返す。 

 常に張られている『魔法障壁』によって魔力は減っていくが、すでに導師は二体、俺とルイーゼは三体ずつ破壊している。

 あと二体破壊すれば、少なくともこの戦いで負けることはないはずだ。


「ヴェル……」


 戦場を横切る最中、ルイーゼはニュルンベルク公爵軍の本陣を発見したようだ。

 そして向こうも俺たちに気がついたようで、まるで鷲のように鋭い視線を飛ばすニュルンベルク公爵の姿が確認できた。


「ここで奴を討てれば、内乱が早く終わると思うけど……」


「いや、やめておこう」


 あくまでも、俺たちの第一目標はドラゴンゴーレムの全機破壊である。

 一体でも残せば、城壁にブレスを吐かれてそこから反乱軍の大攻勢を呼んでしまうのだから。


「今一番なすべきことをやめ、無理に総大将のクビを狙うのは危険だ」


 先ほどから、結構な威力の攻撃魔法を飛ばしてくる魔法使いたちが複数いる。

 彼らは、ニュルンベルク公爵が本陣に置いている魔法使いたちだ。

 もしニュルンベルク公爵に攻撃魔法を放っても、共同で『魔法障壁』を張られて失敗するであろう。

 攻撃魔法の威力を上げ過ぎれば、最悪敵中で魔力が尽きてしまう。

 もしそうなれば、俺たちはここで戦死だ。


「とういう理由で、ドラゴンゴーレムを優先する」


「そうだね。ここでハリネズミは嫌だものね」


 そのまま最高速度を維持してニュルンベルク公爵軍の本陣をも突っきり、ルイーゼが四体目のドラゴンゴーレムを破壊するのとほぼ同時に、導師も三体目のドラゴンゴーレムを破壊した。


「作戦成功である!」


 敵中で導師と合流した俺たちは、今度は再び敵中を渡って帝都への帰路につこうとするが、ここでさきほどのルイーゼの発言を思い出した。

 すでにニュルンベルク公爵の本陣には届かないが、俺にはまだ魔力が残っており、近くにほぼ無傷のニュルンベルク公爵家諸侯軍の姿があった。


「ニュルンベルク公爵! 次はお前だ!」


 俺は一気に魔力を練ると、魔法使いがいない場所に『ファイヤーボール』を数発連続して撃ち込んだ。

 すぐに近くの魔法使いが『魔法障壁』を展開して防ぐが、それをすり抜けるように導師も『火の蛇』を放って後方で爆発させる。

 近距離ならではのフェイント魔法により、一気に数百名が焼かれ、鉄の規律と練度を誇るニュルンベルク公爵家諸侯軍の一部が大きく混乱した。


「いつまでも、自分だけが安全圏にいられると思うなよ!」


「前線に出て来ない臆病者ぉーーー!」


「いい気味である!」


 最期に三人で、ニュルンベルク公爵を煽っておいた。

 最後っ屁のような一撃であったが、これで彼に対し不快感くらいは与えられたと思う。

 ドラゴンゴーレムもすべて破壊され、捨て駒である敵前衛部隊も、ギルベルト指揮の帝国軍に阻まれて、大半が城壁の前で混乱している。

 ニュルンベルク公爵は帝都攻略のあてをすべて失ったと判断し、俺たちは再び敵陣を縦断して帝都へと戻って行く。

 混乱している敵前衛部隊は、『魔法障壁』を張った俺たちに再び蹴散らされ、ろくな反撃もできないまま、ただ混乱の度合いを増していた。

 城壁の壊れた部分から中に入り、背中を見せている敵兵をルイーゼが駆逐しながら城壁上の本陣に戻ると、ペーターが嬉しそうに話しかけてきた。


「作戦成功だね。これでなんとかなるはずだよ」


「いえ。戦況はなにも改善しておりません」


 ペーターの楽観論に、ギルベルトが冷静に釘を指した。


「なにも変わっていない? さすがにそれはないでしょう」


「いえ。これでもしニュルンベルク公爵が軍を退けば、彼らはまた領地に籠って有利な防衛戦闘を行えますから」


 帝都を攻めている前衛部隊の大半は、壊滅した討伐軍の降兵と貴族たちである。

 

「ようするに、常にこちらを同士討ちさせて味方の戦力を温存し、最後に自分の兵力が残れば勝ちというわけです。ニュルンベルク公爵の戦略は、クーデター直後からなんら変わりはありません」


「打つ手がないね」


「いいえ。あります」


「じゃあ、その手でお願い」


「前提条件は、導師とバウマイスター伯爵が整えてくれましたので……」


 ギルベルトが傍らにいる副官に指示を出すと、本陣に大きな赤い旗があがる。

 そしてそれと同時に、味方の兵士が大型のメガホンのようなものでなにかを叫び始めた。


「仕方なしに降伏した討伐軍兵士諸君! ニュルンベルク公爵軍は、切り札である自爆型ゴーレムとドラゴンゴーレムを失った! 降伏せよ!」


 帝国軍からの降伏勧告に、次第に敵前衛部隊の動きが弱くなっていく。

 

「待て! 俺たちは降伏する!」


 特に、壊れた城壁から市街地に入って戦闘を行っていた兵士たちはすぐに武器を捨てて降伏した。

 他にも、部隊単位、貴族単位で降伏する者たちが相次ぐ。

 

「よし。敵前衛部隊から戦意が消えた。チャンスだ!」


 ギルベルトは駆け足で城壁から降りて自分の馬に飛び乗り、そのまま護衛の近衛騎士隊、魔法使い部隊と共に勢いよく外に飛び出した。

 続けて慌てるように、他の帝国軍の将兵たちも追随して外に飛び出していく。


「降伏した兵士諸君よ! 現在の帝国軍は数の上で不利である! もしここでニュルンベルク公爵軍の兵士を一人斬れば、その時点で正式な入隊を約束しよう!」


 ギルベルトは降伏した陣借り者たちに、その情報を大声で流していく。

 

「討伐軍に、ニュルンベルク公爵軍と、共に捨て駒にされたが……」


「内乱で多くの戦死者が出ている今がチャンスだ!」


 ギルベルトからの勧誘の言葉を聞いた陣借り者たちは、殺気を漲らせつつ、一斉にニュルンベルク公爵家諸侯軍へと襲いかかった。

 その先陣には、剣を構えたギルベルトがいる。

 陣形もクソもなかったが、勢いと戦機は完璧に掴んでいると俺は感じた。


「ようやくニュルンベルク公爵軍に対して攻勢に出られたな」


 ギルベルト指揮の帝国軍は、多くの殺意がみなぎった陣借り者たちを従え、ドラゴンゴーレムの残骸を回収しようとしていたニュルンベルク公爵家諸侯軍へと襲いかかる。

 戦況は、先制した帝国軍が有利となった。


「確かに練度では、ニュルンベルク公爵家諸侯軍の方が上だ。だがギルベルト殿は、降伏した陣借り者たちを一瞬で戦力に変えて叩きつけた」


 彼らは、必死に仕官先を求めている。

 それを利用されて討伐軍、ニュルンベルク公爵軍と散々な目に遭ってきたが、そこにギルベルトが明確な回答を出した。

 

「帝国軍の再編は急務だ。ニュルンベルク公爵軍にぶつかって生き残れた連中を雇えば、即戦力として期待できる」


「随分と汚い手に見えるけど……」


「戦争に綺麗事なんてないな。バウマイスター伯爵はそれが理解できないと?」


「そんなことはないが……」


 フィリップの考えに、俺は賛同せざるを得なかった。


「それで、どうしてフィリップ殿はここに残ったのかな?」


「それはですね。殿下」


「伝令! 西部城壁にニュルンベルク公爵軍別働隊が襲いかかりました!」


 西部を守る男爵様たちから、先ほど西部城壁の様子を伺っていた敵別働隊が攻撃を開始したと連絡が入ってきた。

 フィリップは、これを読んでいたのか。


「そういえばいたな、別働隊」


 少しだけ西部城壁を伺ってから姿を消していたので、俺はその存在をすっかり忘れてしまっていた。


「これを討つ。数を減らすいい機会だ」


「ギルベルトから、あらかじめ指示を受けていたと?」


「俺も予想はしていたが、そういうことだ。別働隊が西部城壁を襲い始めたのは、本体であるニュルンベルク公爵家諸侯軍本隊への圧力を減らすためだ。帝都が危機になれば、ギルベルト殿も援軍を送らざるを得ないからな」


 本隊を逃がすために死兵となる可能性が高いが、数は少ないので殲滅させることはできる。

 これを倒さないという選択肢はないのか。

 

「正面から出て西部に回り込み、城壁と挟んで倒すぞ」


「西部防衛部隊と挟み撃ちにするのか……」


「バウマイスター伯爵たちにも協力してもらうぞ」


「わかった」


 帝都南方でニュルンベルク公爵家諸侯軍と帝国軍が死闘を繰り広げている最中、俺たちも、王国軍組を主力とした一万人の軍勢で南部正門から出陣、そのまま迂回して西部城壁に取り付こうとする反乱軍別働隊へと襲いかかった。


「エル、無茶するなよ」


「しないさ。見習い指揮官だしな。指揮官が戦死すると、指揮系統が混乱するってのもある」


「お館様、ご安心を。エルさんは私が守りますから」


「おおっ! 健気だね」


「先ほど、ルイーゼさんはお館様を守っていましたから、私も」


 ハルカはルイーゼを見て、自分も頑張らなければ思ったのか。

 王国軍組の中から千人ほどを率いているエルは、ハルカと共に先陣として反乱軍別働隊に斬り込んでいく。

 別働隊はこちらの存在に気がついて応戦体制に入っていたが、西部城壁から矢や魔法を撃たれている状態なので、初手から苦戦していた。

 兵力数でも、西部守備隊と合わせれば不利なので、次々と死傷して数を減らしていった。

 これまで、なかなか数を減らせなかったニュルンベルク公爵家諸侯軍だが、作戦が嚙み合うとこうも簡単に倒せるものなのか。


「ふんっ!」


「今日は忙しいね」


 導師とルイーゼは魔力を篭めた拳を振るい、次々と敵兵を倒していく。 


「えいっ!」


「降伏しなければ斬る」


 イーナは槍を、ヴィルマは乱戦なので今日は大斧を振るって敵兵を倒していく。

 俺も魔法で敵兵を減らしていくが、しばらく戦っていると、以前顔を見たことがある人物の姿を確認した。


「ザウケンとか言ったか」


「高名なバウマイスター伯爵様に名前を覚えていただけるとは、光栄の極み」


「ザウケン様!」


 別働隊の指揮は、ニュルンベルク公爵の腹心であるザウケンが執っていたようだ。

 だが、そうなると一つ合点がいかない点がある。


「なぜ、俺たちの攻撃をわざわざここで受けた?」


「俺に、バウマイスター伯爵様ほどの方が認めるような軍事的才能はありませんよ」


 間違いなく嘘であろう。

 ザウケンはこの別働隊と自分の身を犠牲にして、ニュルンベルク公爵家諸侯軍本隊と戦っている帝国軍に、援軍、つまり俺たちを送らせまいとしているのだ。

 現在拮抗している両軍の戦闘に俺たちが混ざれば、ニュルンベルク公爵軍は一気に崩壊してしまう可能性が高い。

 別働隊がここで全滅してでも、本軍が撤退する時間を稼ぎたい。

 彼がそれを口にしないのは、ニュルンベルク公爵の考えを俺に悟らせないためであろう。


「ニュルンベルク公爵は、駄目だとわかればとっとと兵を退かせたいわけだな」


「……」


「悪いが死んでもらう」


「あなたが死ななければいいがな」


 ザウケンがそう言った瞬間、彼に従っていた魔法使い二名が俺に『ファイヤーボール』を連続して放った。

 だが、この程度の魔法は予想済みである。

 『魔法障壁』で防いでから、すぐに二人の周囲にある岩を尖らせて何十方向から攻撃させた。


「早い!」


 二人の魔法使いは慌てて『魔法障壁』で防ぐが、当たった岩の棘が数百発にもなった時。

 ついに限界がきて、『魔法障壁』が割れてしまう。 

 そのまま多くの『岩棘』が魔法使いたちの体に突き刺さり、二人とも血塗れになって絶命した。


「殺しに、躊躇いがなくなったのか……」


「お前の主君のせいだ。残念だったな」


「俺を討つがいい!」


 ザウケンが剣を抜いて俺に斬りかかろうとするが、瞬時に『ウィンドカッター』を展開してその首を一撃で刎ねた。


「大将を討ち取ったぞ!」


 ザウケンの死に気がついた味方騎士や兵士たちが大声をあげると、前後で挟まれて戦っていた別働隊は加速度的に崩壊してしまう。

 次々と降伏するか討たれていき、二時間ほどで完全に消滅してしまった。

 ごく少数逃げ出せた者たちもいるはずだが、その数は千人にも満たないはずだ。 


「よし! このまま敵本軍に!」


「無駄だよ」


「えっ? 無駄?」


「この別働隊がなかなか壊滅しなかった理由。それは、主君が指揮する敵本軍を逃すためなのだから」


 フィリップは、敵別動隊が全滅したのを確認すると、警戒態勢のみを取らせて敵本軍への攻撃はしなかった。

 勢いのある帝国軍相手に不利を悟ったニュルンベルク公爵は、徐々に後退しながら帝国軍からの攻撃を受け流していき、損害を許容範囲内に納めて撤退に成功してしまったらしい。

 いつの間にか、ギルベルトが送った伝令が来ていたようだ。

 

「追撃は、仕官を餌に気力を爆発させた降兵たちが主力だったからな。元から統率なんて取れていないから、下手な追撃は逆撃を食らう可能性が高い。帝都を守れた時点で欲をかく必要はない」


 反乱軍別働隊の潰滅と、本軍の撤退成功をもって、帝都防衛戦は帝国軍の勝利で終わった。

 帝国軍の戦死者は約八千人、反乱軍の死傷者は約二万六千人、他にも捕虜、降兵多数と。

  まさに、文字どおりの死闘であった。

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