第236話 ダークホース現る(後編)
「(それでも、家臣には恵まれているのか?)」
皇帝の三男ともなれば、これだけ優秀な魔法使いが傍らに仕えて当然なのか?
あの皇帝が、この三男に仕えるように命令した。
そして、俺を威圧するのに利用している?
さて、彼の意図を探らないと。
「立ち話もなんだし、食事にしようか?」
「ええ、そうですね」
このままでは埒が明かないのも確かだ。
俺たちは、皇帝の三男の案内でVIP室に入る。
室内には他にも数名の若い騎士たちがいたが、彼らは俺の護衛たちと共に部屋の外のテーブルで食事をすることになった。
お互いの護衛対象に悪さができないよう、見張り合うのに都合がいい……せっかくの食事の味はわからなくなりそうだけど。
これで、VIP室に他の人が入って来たり、聞き耳を立てられるのは防げる。
こちらは俺、アルフォンス、エルの三名で、皇帝の三男はエメラという魔法使いと、先ほどのゴルツという騎士ではなくて、別の若い騎士がその両脇の席に座っていた。
「ヴェル、俺だとあいつに勝てない」
「そうなのか? 確かに凄そうには見えるけど……」
「俺たちがこの部屋に入るまで、彼は完全に気配を消していた。さっきのゴルツという人には気がついたけど、彼には気がつけなかった」
「バウマイスター伯爵、僕の剣士も結構凄いでしょう。みんなで自己紹介でもしようか。まずはマルクからだね」
「マルク・ライヒアルト・フォン・カウフマンです」
エルが勝てないと断言する凄腕の剣士は、男性にしては珍しく肩まで伸ばした黒髪を後ろで束ねていた。
鋭い眼光を放つ、三十歳前後に見える歴戦の剣士といった感じだ。
そして、その腰に差してある剣は、オリハルコン製の逸品であった。
「帝国でマルクに勝てる剣士はそうはいないと思うよ。とても強いから、僕が秘蔵の剣を貸しているんだ」
オリハルコン製の剣は、皇帝の三男の持ち物らしい。
しかし、どうやって入手したのであろうか?
「彼は、帝国軍でも重鎮なのでは?」
「それがねぇ……。彼は庶子で、生まれた家の家風とも合っていない才能だから……」
カウフマン子爵家の庶子で、さらにこの家は元々は司法を担当する法衣貴族だそうだ。
文系の家に、アスリートが生まれてきたようなものか。
「官僚の家に優秀な剣士で庶子。ミスマッチだから彼は不遇でね。僕がスカウトして護衛を任せている。これで僕の安全は保証されたわけだ」
「確かになぁ……」
エルが、俺の横でボソっと呟いた。
確かに、彼を出し抜いて皇帝の三男を暗殺するのは極めて困難であろう。
「魔法使い殿もいますからね」
「そうだよ。彼女は僕の恋人兼お抱え魔法使いのエメラ」
「エメラ・ヨハナ・ゲヌイトです。それと、私は殿下と恋人同士ではありませんから」
「つれないなぁ……。エメラは」
「殿下、私は平民の娘ですから」
「エメラほどの魔法使いなら、なんの問題もないって」
「私には色々と問題があるのです。普段は陛下の護衛をしております」
「公私共に仲良しだから」
「公はともかく、私ではそうでもないと思います」
なんと言うか、よくわからない二人だな。
本当にそういう関係なのか?
それとも、エメラの方が一方的に皇帝の三男を拒否しているのか?
でも、皇族のその手の誘いを平民の娘が断るなんて……ああ、優秀な魔法使いだからできるな。
皇帝の三男も無理強いしないで、つれない返答をされてもめげないというか、それすら楽しんでいるように見える。
もしかしたら、身分差があるので彼女の方が遠慮しているのかも……。
「エメラは、僕と二人きりの時は優しいんだよ」
「殿下」
皇帝の三男の言葉で、エメラは顔を真っ赤にさせて俯いてしまった。
お互い、想い合ってはいるのか?
「なるほど、殿下は年上好きなのですね」
「アルフォンスは、いきなり喋り出したかと思えば……」
「正解だよ。バウマイスター伯爵も、テレーゼ殿に言い寄られているから仲間だね」
皇帝の三男はアルフォンスの軽口に怒るでもなく、逆に俺をからかう始末だ。
「あれはですね……」
「皇宮の中でも噂になっていたんだよ。クソ親父は、テレーゼ殿とバウマイスター伯爵が組んで帝位を奪うかもしれないと言って怯えていたけど。可哀想に、凡庸で小心だから玉座の重さに怯えることになる。とっとと手放せば楽になれるのに」
「殿下……」
「殿下はやめてよ。せっかくの密室なんだ。僕のことはペーターと呼んでくれていいよ。僕は君をヴェンデリンと呼ぶから。あと敬語も禁止ね」
「はあ……。わかりました」
テレーゼと同じく、ペーターは俺のことをヴェンデリンと呼ぶようだ。
身分差を考えると、やめてくれとは言えないから仕方がないか。
「敬語も禁止だよ」
「わかった。それで、自分の父親である皇帝陛下をクソ親父呼ばわりで大丈夫か?」
「実際、クソ親父だから仕方がない。ヴェンデリンもそう思うでしょう?」
「内乱がなければ、普通の皇帝で終われたとは思うよ」
「ヴェンデリンの意見に、僕も賛成だな」
内乱さえ起らなければ、無難に帝国を統治して七十歳くらいで引退、そんな未来になっていたはずだ。
それを考えると、実は皇帝も不幸な人かもしれなかった。
「ニュルンベルク公爵にしてやられたのだから、素直に引退してテレーゼ殿に譲ればよかったのにね。変に欲を持つから、晩節を汚すことになる」
「そこまで言うか?」
ペーターの過激な意見に、さすがのアルフォンスも顔を顰めさせた。
『実の父親に対し、そこまで言うか?』と思ったのであろう。
「だって、もう少しで始まる討伐で必ず失敗するから。そして失敗は死を意味する」
どうやらペーターは、俺たちと同じ見解を持っているようだ。
確かに、あのニュルンベルク公爵が二度も皇帝を助けるわけがないか。
「後方支援要員も合わせて五十万人は凄いけどね。その大軍を指揮できる人がいないよね」
「皇帝陛下は?」
「馬に長時間乗れない人に、なにを期待しているの?」
「そうなのか?」
馬に乗れなくても優秀な軍人はいるかもしれないが、あの皇帝に限っていえばその可能性はゼロに近いか。
「馬に乗ると股ズレで痛いんだって。兄たちも従軍するけど同じようなものだし、あんなんで大丈夫かな?」
「ペーターの兄二人も出陣するのか?」
「腰巾着たちもね。みんな、戦功が欲しいだろうからね。軍事的才能の欠片もないけど、大軍だから安全だと思っているから勇ましいことで。分不相応な夢も持っているしね」
「夢?」
「皇家だけで、皇帝を独占可能にすること」
皇帝は今回の反乱を糧に、強い中央集権的な帝国を作りたいと周囲に漏らしているそうだ。
とてもニュルンベルク公爵の考え方に似ていると思うが、今は半数以上の選帝侯家の力が落ちたのでチャンスだと思っているらしい。
人間とは、案外同じようなことを考えるものだ。
「だから、解放軍を目の敵にしているのか……」
「テレーゼ殿は、ライバルだからね」
そこで、自分たちだけでニュルンベルク公爵を討ち、皇家の力の源泉たる直轄地を増やし、自分たちに従順な貴族たちに加増するため、大規模な討伐作戦を計画したわけか。
「それで、ペーターはお留守番と」
「クソ親父も、兄たちも、元々僕に期待なんてしていないから。みんなニュルンベルク公爵に幽閉されていたのに、自分たちは彼に勝てると本気で思っているんだよ。羨ましいくらいに能天気だよね」
「数を揃えるという条件は満たしているから、勝てるかも」
「面白い冗談だね、ヴェンデリン。君もそんなことは微塵も思ってもいないくせに」
実際にニュルンベルク公爵の軍勢と戦ってみたが、その精強さのおかげでついに一度も敗走させることができなかった。
撤退はしたけど、秩序を保って下がっていたから犠牲は少ない。
いくらニュルルンベルク公爵討伐軍が多くても、ミズホ伯国軍とフィリップ公爵家諸侯軍がいない状態なのだ。
寄せ集めで練度も低いし、勝つのはかなり難しいとしか言いようがない。
「公称五十万とはいえ、実戦部隊は三十万だ。全員が一斉に戦えるわけもなく、わざわざ三つに軍勢を分けてしまった。行軍が伸び切ったところで、地の利があるニュルンベルク公爵に奇襲されないといいね」
「確かに、その可能性はあるんだよなぁ……」
ペーターは、俺たちと同じく討伐作戦の失敗を予感しているようだ。
「それで、ペーターはどうしたいんだ? 敗戦後にニュルンベルク公爵に降伏して生き永らえるとか?」
「無理に決まっているじゃない。ニュルンベルク公爵はなぜ一度は僕たちを生かしたと思う? 一度無様に戦争に負けてもらい、帝国臣民や貴族たちの心を折るための道具だからさ」
反乱を起こされた相手に命を助けてもらい、解放軍に救出されるまで幽閉されていてなにもできなかった皇帝が、自分を助けてくれたテレーゼに皇帝の座を譲らず。
それどころか、助けてもらった相手と政治的に対立。
独自に大軍を集めて復讐戦に挑んだのはいいが、敗北してしまえば……。
確かに、皇家の権勢は地に落ちるだろう。
「反ニュルンベルク公爵派を二つに割る効果もあったね。テレーゼ殿が法秩序に拘って、クソ親父を帝位から引き摺り下ろさないから」
「……」
前に自分が思っていたことを他の人に言われて、アルフォンスは表情を曇らせた。
「ペーターの見解はわかった。それでなにをしたい?」
「一言で言うと、僕が皇帝になって帝国を統べるから、ヴェンデリンに協力してほしいなって」
エルとアルフォンスの体に緊張が走る。
今の時点でその発言が皇帝にバレれば、反乱者の共犯として共に処罰されかねないからだ。
ただ、俺は特に警戒もしていなかった。
ここで皇帝の耳を機能させてしまうくらいの男なら、そもそも帝位への野心など口にしないであろうからだ。
「俺は目下、皇帝陛下に野心を疑われている外国の貴族だがね」
「でも、ヴェンデリンは帝国の領地なんていらないよね? 大陸南端の小国にも匹敵する大領の開発が忙しいでしょう?」
ペーターは、バウマイスター伯爵領の状態を把握しているようだ。
つまりは、そういう耳を持っているのであろう。
「それで、舌先八丁で俺を使い潰し、自分は皇帝になって万歳か」
「まさか。僕は君を買っているんだ。プライベートでは友達にもなれると思っている。報酬は確実に支払うさ。現金とか宝物とか鉱物資源とかでもいいかな? ちゃんと計算するし、分割払いを検討してくれると嬉しいな」
「ちゃんと払うなら、一括で取り立てようとは思わないさ」
勿論、払わなければあとで軍勢を率いてでも徴集しに行くが。
そう、帝国の領地やテレーゼなどいらないのだ。
稼いだ資金をすべてバウマイスター伯爵領に投入し、時間をかけて大規模に発展させる。
今頃は陛下も、バカな出兵論者たちを抑えるのに忙しいはずだが、王国政府とて占領しても住民が靡かないかもしれない帝国領よりは、自国領土の発展の方が優先課題であろう。
それに成功して国力で帝国を引き離せば、あとでいくらでも選択肢が出てくるのだから。
「本当に? ありがたいな。交易での優先権とか、関税とかでも優遇しちゃうから。細かい条件は戦後に担当者に任せるとして」
「その条件が、無事に履行されることを祈っているよ」
「大丈夫、そのために努力しているから」
一応釘を刺しておくと、ペーターはアルフォンスに向けて渋い顔を向ける。
「うちのクソ親父も大概だけど、テレーゼ殿にも困るよね。アルフォンスや他の家臣や北部諸侯たちには、少しでも先渡しで褒美を渡しているのに」
「なぜそれを……」
ペーターの指摘は図星だったようだ。
アルフォンスの顔色が、徐々に青くなっていく。
「アルフォンス、僕が親切に情報源を教えるとでも?」
「いや……」
フィリップ公爵家の家中と解放軍内の結束を強固にするためであったが、なぜか俺はテレーゼの誘惑しか受け取っていない。
確かに、ペーターの言うことは正しい。
「アルフォンス様」
「すまない、私にも配慮しないといけない陪臣たちがいるんだ」
エルの追及に、アルフォンスは心の底から申し訳なさそうに弁解した。
テレーゼから褒美を貰っていた事実を、俺たちに隠していたからだ。
「こういう言い方は嫌なんだけど、テレーゼ殿はやっぱり女性なのさ」
「殿下、それ以上は……」
アルフォンスがペーターの発言を止めようとするが、彼はそのまま話を続ける。
「君も十分に理解しているんだろう? 女性であるテレーゼ殿は、好きな男であるヴェンデリンに甘えている。だから、名誉伯爵の爵位と解放軍における参謀の地位を与えただけ。ヴェンデリンが決して自分を見捨てないと思っているんだろうね。でも、そういう態度がヴェンデリンの不信感を募らせている。この件に関しては、うちのクソ親父を笑えないでしょう?」
「……」
ペーターの指摘に、アルフォンスは口を閉ざしてしまった。
「ここまで状況が悪化した以上、僕も苛烈にやらせてもらう。相応の犠牲も出るし、多くの貴族たちが没落するだろうね。でも、このまま内乱が続けばもっと多くの犠牲が出る。僕が前の皇帝選挙に出ていない? 今は非常時だ。摂政でも、代皇でも呼び方なんてどうでもいい。反ニュルンベルク公爵勢力を結集して、奴の首を獲る。僕よりも年上なのに、甘い幻想に酔っているあのバカを生かしておく理由がない。優秀な軍人という評価で満足していればよかったのに、不幸なことだね。ニュルンベルク公爵家千四百年の歴史も、彼の代で終わりさ」
自分と同じ年なのに、俺は彼に圧倒されていた。
この魔法も使えず、軍事や内政の手腕も未知数の少年が、とてつもなく大きな存在に見えたのだ。
「ようやく、帝国を纏められそうな人物が出たな」
「おい、ヴェルっ!」
「このままグダグダやっていても、時間と金と人材の無駄だ。大言壮語でないことを祈ろうぜ、エル」
「ううっ……。俺はどうしてこんな反乱モドキの席に……」
エルからすれば、この席にいること自体が苦痛なのであろう。
一人、頭を抱えていた。
「エルヴィンは真面目なんだね。でも、反乱じゃないから大丈夫」
「殿下、それはどういうことですか?」
今いる皇帝を排除するのに、それは反乱ではないとペーターは言う。
エルは、その理由が理解できないようだ。
「クソ親父は、戦争なのに馬に長時間乗ると股ズレで痛いから特製の輿を準備しているんだ。兄たちも張り切って出陣するしね。僕はお留守番を命じられたんだけど……」
「それって、もしかして?」
「クソ親父は戦死すると思うよ。皇帝が戦死すると帝位が空くわけで、そう簡単に皇帝選挙など行えないから、権力に空白ができるよね? そこを僕が埋めるというわけ」
「実の父親を見捨てるのか?」
エルは、自分の父親が戦死すると断言し、さらにその死を利用して権力を握ると言い放ったペーターに驚きを隠せないようだ。
「エルヴィン。僕はこの可能性を、何度も口が酸っぱくなるほどクソ親父にも兄たちに忠告したんだよ。でも、受け入れるどころか子供の言う机上の空論だと怒られてね。軍部でも賛同してくれた人たちが結構いたんだけど。彼らも上に進言したら、討伐軍から外されちゃった」
「それってまさか……」
皇帝が戦死したとして、その空白を疎まれている皇帝の三男がどうやって埋めるのか?
ペーターは、すでに多くの協力者を得ているのであろう。
討伐作戦案に反対して外されたような連中が、その主力なのだと思われる。
「もし運よく皇帝が逃げ帰ったら?」
「大丈夫、それはないから」
つまり、もしそうなっても戦死に見せかけて暗殺する準備もしているのであろう。
「俺が磁器を売りに行ったマイヤー商会もグルか?」
「だからこの宿を勧められたでしょう?」
「そうだな」
ペーターと会談させるため、マイヤー商会の当主は俺たちをこの宿に誘導したのか。
ペーターの依頼でそうしたのだろうけど。
「彼も、クソ親父には辟易させられていたからね。金蔓にだけされるのは堪らないでしょう? 苦労して稼いだお金なのに」
貴族の中には、商人を金があるだけの卑しい人種だとバカにする人がいる。
確かに感心できない人たちも沢山いたが、彼らは実力でそのお金を稼いでいるのだ。
そのお金を、貴族や皇族の権限で好き勝手に使ってもいいという法もないはずだ。
「スポンサーがいるなら、ことは成就しやすいかな」
「こういうことは、先立つものがないと難しいでしょう? ただこれでまた僕の借金が増えたね」
「借金はチマチマした金額だと返済に苦労するだけだけど、逆に多いと安心できるぞ」
「ヴェンデリンはわかっているね」
貸した相手がちゃんと返済するように貸した側も協力を惜しまないし、それだけの大金を借りられるということは、ペーターがマイヤー商会の当主に評価されている証拠でもあった。
同時に、マイヤー商会の当主に見限られている皇帝や、ペーターの兄たちが危ういという事実も。
「ニュルンベルク公爵は、例の妙な装置のせいで魔導飛行船や通信を阻害して商人たちに打撃を与えた。それなのにクソ親父は、彼らに対し金の無心だけしてる。商人から嫌われて権力者の地位を維持するのは難しいね。確かに表面上は逆らわないけど、裏で暗躍されると足を引っ張られる」
マイヤー商会が力を貸しているということは、他の商会にも協力者がいるのであろう。
「なんとかペーターが野望を成就することを祈っているよ。俺たちは帝都の外でお祈りしているから」
「えっ? 手を貸さないのか? どうして?」
俺が、ペーターが権力を完全に掌握するまで力を貸さないと言うと、エルは驚きの表情を浮かべながらその理由を尋ねてきた。
この会食は、その相談だと思ったからであろう。
「俺たち外国人勢力が手を貸すと、あとで色々と面倒だから。もう一つ、このくらいは自力でやってくれないと困るから」
「ヴェンデリンはよくわかっているね。色々と助かるよ。ニュルルンベルク公爵家討伐軍が残念な結果になったあと、すぐにことを起こすから。僕が帝都を完全制圧したら、帝都に入って来てね」
「わかった」
「じゃあ。それまではお互いに努力しないとね。僕は、もっと有能な賛同者たちを集める。ヴェンデリンは、軍の徴募と訓練をギリギリまで続ける。磁器の販売で金稼ぎもか」
それからは密談ではなく、普通に世間話をしながら運ばれてきた料理を食べたり、お酒を飲んだりして時間をすごした。
やはり、テレーゼよりもペーターの方が皇帝に向いている。
彼自身も周囲の悪評を隠れ蓑に密かに同志を集めており、それにあのバカ皇帝は気がついてもいない。
テレーゼも、まさか皇帝の三男がこんな男だとは予想もしていないだろう。
残念ながら、テレーゼとは皇帝としての器が違うのであろう。
「しかし、皇帝陛下の三男ともなると違うな。いい家臣がついて来るんだから」
貧乏騎士の八男であった俺に、ついて来る家臣などいなかった。
なにしろ俺は、実家を出るまでは常にボッチだったのだから。
「ヴェンデリンは逞しいということでいいじゃない。魔法使いって、こういう時に得だよね。僕が一人ならなにもできないんだから」
「そうですね。殿下にはとり立てて得意なこともございませんし」
「聞いたでしょう? ヴェンデリン。エメラって、結構キツイんだよ。みんなの前だと」
「主君なんだから、特技がある部下を使いこなせればいいと思うけどな。エメラさんもそう思うでしょう?」
「ヴェンデリンはわかっているね。王や皇帝ってのは、上手く人が使えればいいんだよね。そして、それに見合う報酬を与える」
あとは、その人が欲しがるものを与えるだ。
俺の場合、帝国の領地やテレーゼなどはむしろいらない類のものであった。
それがわかってくれているペーターの存在はありがたい。
「ヴェルもそういうタイプか?」
「いや、俺は放任しているだけ」
本当の意味で、人に任せて金を出しているだけだ。
ペーターほど、マネジネント能力があるとは思えない。
なにしろ、前世はしがないサラリーマンだったのだから。
「ローデリヒがいないと、駄目だったろうな」
そういえば、ローデリヒは上手くやっているのであろうか?
領地のことが少し心配になってきた。
だからこそ、ペーターには頑張ってもらわないと。
「ヴェンデリンは、魔法が突き抜け過ぎているからそれでいいと思うよ。気前がよくて鷹揚だから、家臣たちもよく働くだろうし、怒らせると魔法で吹き飛ばされそうだから悪さもできない。楽でいいじゃない」
エルも交えて三人で話をしていると、珍しくアルフォンスが落ち込んでいた。
どうやら、なにか考え事をしているようだ。
「アルフォンス、なにを悩んでいるんだ?」
「それは殿下に聞いてくれ」
テレーゼの皇帝の器の限界。
自分もそうだとは言っていたが、他の人に言われると……というやつだと俺は予想した。
「あとはね。僕は確実に帝国を統治したい。そのためには補佐する人材が必要なわけで、その候補は当然ミズホ上級伯爵とフィリップ公爵とバーデン公爵だよね」
他の選帝侯家の落ちぶれぶりは悲惨なので、ペーターとしてもあまり頼りにはならないと思ってるのであろう。
「(うん? 待てよ。フィリップ公爵?)」
今まではテレーゼ殿と言っていたのに、なぜか今はフィリップ公爵と言っている。
細かいが、ペーターのその呼び方が俺は気になっていた。
「もしかして……」
「アルフォンスは気がついたから悩んでいるんだよ。アルフォンス。君が新しいフィリップ公爵になるんだ」
「やはりそうきたか……」
テレーゼが一番信用している家臣はといえば、間違いなくアルフォンスであろう。
従兄であり、分家の当主で、武芸以外はなにをやらせても卒なくこなすし、人を使うのも上手い。
『アルフォンスがフィリップ公爵なら、もっと上手く行ったかも』と思うことも少なくなかった。
帝都奪還の時点で、皇帝が諦めた可能性が高いからだ。
「テレーゼでは駄目ですか?」
「うん。中途半端だから。テレーゼ殿が女性である以上、アルフォンスの倍優れていないと駄目。可哀想だけど、テレーゼ殿が女性だから解放軍は損をしている」
地球でこんなことを言えば大問題になると思うが、この世界ではなんら問題ではない。
それに、今回は戦争で命がかかっている。
女性の社会進出のために命を落としてもいいと思っている人は、ほとんどいないであろう。
「うちのクソ親父と同じさ。内乱がなければ、いい公爵様で一生を終えたと思うよ。実際、前皇帝の助けありとはいえ、独裁権を獲得して内政能力にも長けている。軍の指揮能力も悪くない。ニュルンベルク公爵を除けば、選帝侯の中で一番優秀だと思うね」
「その意見の是非はともかくとして、現当主を強制引退に追い込むなんてできるのか?」
「できるよ。ねえ、アルフォンス?」
「そうだな」
アルフォンスは自分のグラスに注がれたワインを飲み干すと、言葉を続けた。
「『女だから』。ただこの理由だけで、俺が声をあげると可能性はある」
「ヴェンデリンは知らないと思うけど、実はアルフォンスもフィリップ公爵候補になったことがあるんだよ。実は、テレーゼ殿の兄二人よりも領内では支持が強かった。アルフォンスは血筋もいいからね」
アルフォンスが公爵位を継がなかったのは、本家の人間じゃないからという理由であった。
「例の甥たちはどうする?」
「それは殿下がなんとかすると思う」
「そうだね。別家の当主にして、新しい領地貴族家なり法衣貴族家としてご活躍を願うかな」
ペーターが兄たちに、他の領地なり爵位を与えて上手く懐柔するようだ。
「アルフォンス。決断してほしいな。君もわかっているんだろう? テレーゼ殿が、本当は当主なんてやりたくない。嫌々やっているんだって」
「よく知っていますね」
「見ればわかるよ。だから、君が新しいフィリップ公爵になって僕を支えればいい。テレーゼ殿は年金でも貰って本当に夫を探せばいいじゃない。それが彼女にとって幸せだと思うよ」
「大した情報収集能力だよ、殿下は」
「僕の数少ない武器さ」
テレーゼが、本当は貴族家の当主などやりたくないと思っている。
俺たちの前で見せた結婚への願望や無茶な要求は、本当は冗談ではなく、叶えたくて仕方がない本音なのだと。
そして、ペーターはそれに気がついていた。
彼の説得に、アルフォンスは長い間苦悩の表情を浮かべていた。
「それで、どうするのです?」
「いきなり今とは言わないよ。反ニュルンベルク公爵派がすべて集結した時だね。僕が直接引導を渡す。それまでに仲間を集めておいてくれ」
「承知しました」
それから一時間ほど食事会は続き、その日は全員でその宿に泊まった。
翌朝、サーカットの町に戻ろうと馬を預けていた厩舎に行くと、そこには馬を用意したペーターたちが待ち構えていた。
エメラという魔法使いと、マルクという凄腕の剣士もいる。
「ペーターも馬を? どこかに出かけるのか?」
「視察という名の、色々と渡りをつけるための行脚。そろそろ時間がないからね」
「この時期にか……。皇帝がなんて言うか……」
「クソ親父は、僕を無能だと思っているから安心して。ヴェンデリンのところに遊びに行くと言ったら、『せいぜい足を引っ張ってほしい』って顔をしていたから」
とても笑顔で言うようなことではないが、この部分がペーターの怖さなのかもしれない。
「じゃあ、時間は有限だから急ごうか」
こうして帰りの人数が増加し、俺たちは所定の目的を終えてサーカットの町に戻るのであった。
「なあ。ヴェル。あの殿下怖くないか?」
「深くつき合わなければいい」
「そうだな、俺は遠慮しておくわ」
エルは俺にそっと、ペーターという人物が怖いと感想を漏らした。
俺は、やっと内乱終結の糸口が見えたと安堵していたのだが、これも貴族に馴染んだってことかな?
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