第237話 陸亀王レインボーアサルト(前編)

 自らの野心を、俺たちに対して隠しもしない現皇帝の三男ペーターは、屈強な剣士と凄腕の魔法使いの他に、十名ほどの護衛を連れて共にサーカットの町に到着した。  

 表向きは、俺たち余所者がサーカットの町で悪さをしていないか、皇帝陛下の三男であるペーター殿下が視察を行うためだそうだ。

 ただ、皇帝も、ペーターの兄たちも、その取り巻きたちも、皇族らしくない彼になにも期待していない。

 むしろ無能な末弟に、俺の足を引っ張ってもらいたい、くらいにしか思っていないはずだ。


『兄たちは、クソ親父に対して猫を被っているからね。人を見る目がないクソ親父には孝行息子に見えるのさ』


 帰りの街道上で、ペーターが馬に乗りながら今回の同行について事情を説明する。

 ペーターを視察に出すことを皇帝に提案したのは、その優等生な兄たちらしい。


『僕は母親が平民だし、元から期待されていない。同じような仲間たちを連れて、下町で串焼きを買い食いしていたら侍従が卒倒してね。クソ親父も、生まれた家がなんたらとかうるさいから、無視したら嫌われてしまったのさ。兄たちはお行事がいいからそんなことはしない。だから、兄たちの提案がすぐに受け入れてもらえる。まあ、愚につかない提案ばかりだけど』


 無能だと思っている異母弟に俺たちの足を引っ張らせつつ、なにかよからぬことを企んでいないか見張らせるわけか。

 陰湿で、いかにもあの皇帝の子供らしい。

 そんな提案をするペーターの兄たちも、それを受け入れた皇帝も、小物としか言いようがないな。


『僕の取り巻きたちの多くは側室の子だったり、本妻の子でも十五男だったりするからね。見栄を張っても仕方がないのに、どうでもいいことでうるさいんだから』


 いくら父親に言われても行動を改めなかったせいで、ペーターたちのグループは『不良集団、愚連隊』という評価を、皇宮内で受けることになった。

 ただ、皇族や貴族から見て粗野で素行が悪いだけで、彼らは帝都の臣民たちに嫌われているわけではない。

 むしろ、身分差を気にしない気さくな人物と思われており、その評判は決して悪くなかった。

 威張り腐っているだけの貴族たちよりも、自分たち平民の事情を理解してくれていると。

 これは帝都を離れる時、見送りに来たマイヤー商会の当主が俺に語った事実であった。

 そうでなければ、彼ほどの大商人がいらない皇帝の三男に力を貸すわけがないのだから。


『いつも羽は伸ばしているけど、帝都の外に行けるのはいいね。クソ親父や兄たちがいないから』


 サーカットの町に到着すると、出迎えてくれたみんなが俺について来たペーター一行に驚いていた。

 まさか、突然皇帝の三男が視察にやって来るとは思っていないかったのであろう。

 魔導通信機も使えないので、こういう点でもあの装置は不便であった。

 みんなに事情を説明してから、まずは護衛たちを宿舎に案内し、ペーター、マルク、エメラの三人は俺たちが寝泊まりしている屋敷に案内する。

 俺たちは野戦陣地にいた頃と同じように、砦の中に石造りで大きめの家を建てて引っ越していたのだ。


「初めまして、ヴェンデリン様の妻のエリーゼと申します。殿下におかれましては……」


「そういう堅苦しい挨拶はいいよ。ここには、ヴェンデリンの私的な関係者しかいないのでしょう? それにしても、噂どおりに美しい人だな。というか、ヴェンデリンは僕と同じ年なのに、もう奥さんが五人もいるんだ。羨ましいなぁ」


「ええと……随分と砕けた人なのね、ヴェル」


「会う度に息苦しい人よりはいいじゃないかな?」


 イーナからすると、彼女の中の殿下像が崩れてしまったのであろう。

 それほど、ペーターは変わり者というわけだ。

 ルイーゼは、堅苦しい人よりは好きという考えであった。


「現皇帝の三男だから婚姻が面倒なだけで、その気になれば何人でも妻を持てる」


「ヴィルマちゃんの言うとおりなんだけど、僕としては、皇宮にいる飾り人形に興味はないんだよね」


 ペーターは先ほど自己紹介したばかりのヴィルマを、すぐにちゃん付けで呼んでいた。

 ヴィルマは少しだけムスっとした表情を浮かべていたが、すぐに興味を隣に控えているマルクに向ける。


「強そう」


「マルクは帝国最強の剣士だからね。それで、マルクの方は勝てそう?」


「難しいですな。その……。ここはなんなのですか?」


 マルクは、俺の妻たちを見て珍しく表情をわずかに崩した。


「エルヴィンも相当な曲者なのにね。戦闘能力が尋常でない人ばかりで、ちょっとビックリだよね」


 私的な空間なので、ここには普段のメンバーしかいない。

 凄腕の剣士マルクは、イーナ、ルイーゼ、ヴィルマ、ハルカと見て溜息をついた。

 エメラも、カタリーナ、ブランタークさん、導師と視線を送ち、警戒感を露わにしている。


「エメラ、模擬戦闘とか腕試しとかはないから大人しくね」


「はあ……」


「エメラは、僕に対する忠誠心と愛情に満ち溢れているからちょっと過敏になっているんだ」


「あくまでも仕事です。特に愛情などはあり得ません」


「二人きりにならないと、ちょっと冷たい口調になってしまうけどね。本当は、僕に対する愛情でいっぱいなんだよ」


「殿下の妄想も相変わらずですね」


 相変わらずこの二人の関係がよくわからないが、お互いに自己紹介も終わったので、俺はペーターからの提案をみんなに説明した。


「伯爵様、テレーゼ様を見捨てるのか?」


「見捨てませんよ。ただペーターが皇帝の方がしっくりとくるからです」


 ブランタークさんは、十年前に出会った少女の頃のテレーゼに引き摺られている部分がある。

 自分では気がついていないかもしれないが、これは実は導師も同じであった。


「某も、テレーゼ様に甘いと?」


「ええ。他に候補者がいなければテレーゼでもよかったのですが……。俺はペーターを知ってしまいましたからね」


 能力以前に、こいつは『いい性格』をしている。

 時には、他人の思惑など無視して自分の思うとおりにことを進められないと、皇帝など務まらないというわけだ。

 特に今は戦時で、周囲の意見を聞いて調整するようなタイプの指導者は相性が悪いのだから。

 

「運命の恋人同士が出会った時のような言い方だけど、僕にそういう趣味はないから」


「それは、言わなくてもわかるだろうに……」


 俺だって、男性に性的な興味などない。


「ヴェンデリンには綺麗な奥方が五人もいるからね。誤解を招くような発言は訂正していかないと」


「そいつはありがとうよ」


「伯爵様、本当に殿下でいいのか? テレーゼ様は北部諸侯たちの支持も厚いぞ。初の女帝が誕生するかもと、期待している人たちも多い」


「初の女帝かぁ。いい響きだね」


 ペーターが言うように、地球でもこの手の話はよくあった。

 女性が政財界などで偉い肩書きを得ると、みんなが無条件になにかが変わると思って期待をする。

 女性ならではの視点とか、必ずそういう話が出る。

 この世界でも、そういう風にテレーゼを見て、支持している人たちがいるわけか。

 

「女性だからと肯定的に捉える人と、否定的に捉える人がいますけどね。性別の問題ではなくて、単純に能力と気質の問題からです。そもそもこの混乱の責任は、皇帝を引き摺り下ろせなかったテレーゼの甘さにある」


 北部諸侯たちの中にも、それを感じている人は多いはずだ。


「その責をテレーゼに問おうとしても、皇帝には微妙な腰巾着たちがいますからね。彼らは、皇帝の対抗馬としてのテレーゼに今は縋るしかない」


 今さら皇帝に擦り寄っても、美味しい思いはできないからだ。

 だからテレーゼにすり寄る。

 ただそういう連中は、やはりテレーゼが女性だから上手く操れないか、などと考えている者が多かった。


「問題は、この流れをすべてニュルンベルク公爵が理解して仕掛けていることですね」


 反ニュルンベルク公爵派が、二つに割れてしまっているのだ。

 ニュルンベルク公爵からすれば、あとは時間差をつけて倒していけばいい。


「これを再統合するのに、テレーゼでは中央の連中が納得しませんよ」


「かといって、殿下でも北部の連中が納得すまい」


「しますよ、アルフォンスがさせます」


「伯爵様。まさか……」


「テレーゼには、フィリップ公爵位から引退していただきます」


「正気か?」


「正気です。彼女としても、他に候補がいるのならこんなことからは降りたいのでは?」


「それは……」


 みんなが期待しているから、懸命に努力していい選帝侯、次の皇帝候補として頑張ってきた。

 だが、そこにテレーゼ本人の意思はあったのかと思ってしまう。

 ブランタークさんも、彼女が好きでこんなことをやっているとは思っていないはずだ。

 

「テレーゼしかいないのであれば、可哀想ですが無理やりにでもやらせます。ですが、ここに皇帝になりたい野心家がいるのですから」


「ヴェンデリンが言うと、皇帝の座すら面倒な義務にしか聞こえないね。僕には野心もあるけど、今の帝国の状況が極めてよくないと理解しているんだ。反乱さえ起らなければ、僕は皇帝の出来損ないの三男で終わったのにね」


「というわけですが、ここにいる人たち以外への情報漏えいは禁止です。ハルカ、悪いが、ミズホ上級伯爵に知らせないでもらえると嬉しい。エルの婚約者である以上、理解しているよね?」


「はい。私はエルさんの婚約者で、バウマイスター伯爵家の人間になるのですから」


 ハルカは、俺の要請を受け入れた。

 最悪漏れることも覚悟しているが、ミズホ上級伯爵ならバカな真似はしないであろう。

 彼らとて、早く内乱を終わらせて普段の生活に戻りたいのだから。


「おおっ! これが噂に聞く『ミズホ撫子』か! エルヴィンもいいな。綺麗な奥さんで」


「ええと、まあ……」


 エルは、基本的にペーターの底の知れなさに恐怖しているので、彼の軽口にも口籠る感じで答えていた。

 

「私が『ミズホ撫子』……」


 その隣にいるハルカは、恥ずかしそうに顔を赤く染めていた。

 俺も初めて知ったが、『ミズホ撫子』とは相当な褒め言葉のようだ。

 『大和撫子』と同じなのであろう。


「クソ親父が情けなくも輿に乗って帝都を出る一週間前、僕もヴェンデリンが出す軍と一緒に帝都に戻るから」


 そういえば、軍を率いて帝都近郊に駐屯する必要があったのを思い出した。


「あとは、僕たちですべてやるから。もう帝都に残留している人たちが動いているんだけど、僕はここで適当に視察のフリをして遊ぶことにするよ。クソ親父は甘いけど、腰巾着たちの中には僕に疑念を抱いている者がいる。猜疑心だけ強い腹心とか、嫌だよねぇ。僕の家臣じゃなくてよかった」


 ペーターの話はそこで終わり、夕食の時間になったので、彼らはそのまま屋敷に残ってエリーゼが作った料理を食べ始めた。

 懇親の意味も込めて、彼らを食事に招待したのだ。


「久しぶりだから余計に美味しく感じるなぁ。帝都の高級料理もよかったんだけど」


「ありがとうございます、あなた」


 最近ではミズホ料理も徐々に習得しつつあるので、俺はエリーゼの料理の虜になっていた。

 たまに自分で新料理を開発したり、男の料理をしてみるのだが、やはり腕前の差でエリーゼに軍配が上がってしまうのだ。


「エメラも結構上手なんだけど、エリーゼ殿には勝てないかな。ヴェンデリンの奥さんは凄いな」

 

 ペーターは何度もお代わりをしながら、エリーゼの料理を食べ続けた。

 というか、よく食べるな。


「料理は、雇っている料理人に作らせるのが貴族だとよく言うけど、料理ができないよりも、できる方が単純に凄いよね」


「ありがとうございます、殿下」


 エリーゼも、ペーターから褒められて満更でもないようだ。


「マルクが普通に食べているからね。彼の奥さんは料理が上手だから、少しでも気に入らないと全然手をつけないんだよ」


 寡黙な眼光鋭い剣士マルクは、ゆっくりと味わうようにして料理を食べ続けていた。


「ハルカ、タケオミさんなら勝てるかな?」


「いいえ。私は勿論、兄様でもわずかに及ばないかと」


 ハルカもマルクの剣の腕前を見切っており、とても自分では勝てないと思っているようだ。


「僕の自慢の家臣なんだ」


「それで、ペーターの剣の腕前は?」


「うん、さすがにヴェンデリンよりは上手だよ。僕の剣の師匠はマルクだから」


「俺に剣など不要さ」


「完全に負け惜しみだね」


 悔しいが、正解である。

 ペーターはどう見ても剣の達人には見えないので、俺では勝てないと言われると微妙に腹が立つのだ。


「うるさいやい。武芸大会予選一回戦負けを舐めるなよ」


「僕が出たとして、三回戦くらいまで行けるかな?」


「三回戦! 本選の?」


「まさか、予選だよ」


「駄目じゃないか」


「だってマルクがいるから、僕が剣の達人になる必要がないじゃない」


「それはそうだ」


 ペーターが気さくな人物であったため、その日の夕食はとても楽しい時間となったのであった。





「私はことが起こるまで、冷静に普段の仕事と魔法の鍛錬に励むだけですわ」


「カタリーナの殊勝な一言」


「ヴェンデリンさんは、最近少し稽古をサボリ気味では?」


「サボリというか、魔力をほぼすべて使ってしまうから、稽古ができないんだよ」




 翌朝、早く起き出してカタリーナと共に魔法の鍛錬を久しぶりに行う。

 このところ、磁器造りにすべての魔力を持っていかれ、あまり鍛錬をしていなかったからだ。

 魔力量は順調に増えているので、磁器造りも魔法の鍛錬ではあるのだけど。


「魔力はまだ上がっているんだ」


「相変わらず、魔力量がデタラメですわね」


 二人とも、五十メートルほど離れた場所に置いた岩を狙って『ウィンドカッター』を放つ。

 命中するのは当然として、どう綺麗に岩を斬り裂くか、魔法の精密さを訓練しているのだ。


「本当、羨ましい限りだ」


「お師匠様、おはようございます」


「俺も土木工事ばかりしているけどな。だからたまには練習でもするかなと思ってよ」


 ブランタークさんも姿を見せ、彼も『ウィンドカッター』で岩を狙う。

 岩は、まるでアーモンドをスライスしたように均等に斬り裂かれた。


「薄いですね。しかも全部均等だ」


「伯爵様やカタリーナの嬢ちゃんがこの域に達するには、まだ時間がかかるな」


 岩を、向こう側が透けて見えそうなほど薄く風魔法で斬り裂き、しかもすべて同じ厚さにすべてに揃えている。

 亡くなる直前の師匠ですら、ここまでの精度を持っていなかったはずだ。

 数十年も鍛錬を続けた成果が出ているのだ。


「伯爵様は、少しばかり厚ぼったいな」


「ううっ……」


 前に魔法の披露で岩をサイコロ状にしたが、ブランタークさんのように極限まで薄くスライスするのは難しい。

 その細かいコントロールが、俺への課題というわけだ。


「カタリーナの嬢ちゃん。横に斬り裂くはずが、斜めだの縦だのと、バラバラじゃないか。もう少し精進しないとな」


「なかなか上達しませんわね」


 二人とも、まだまだだとブランタークさんに注意されてしまった。

 普段は酒ばかり飲んでいるように見えるブランタークさんであったが、伊達に師匠の師匠ではないのだ。

 簡単に教えた程度の人たちも合わせると、王国内に彼の弟子は数百人もいるのだから。

 帝国で教えている魔法の数も合わせると、じきに千人を越えそうだな。


「おはようございます」


「おう、お嬢さんか。おはようさん」


 しばらくブランタークさんから魔法の指導を受けていると、そこにエメラが姿を見せた。

 今は一人のようで、こちらの訓練の様子を興味深そうに見ていた。


「やってみるか?」


「よろしいのですか?」


「普通の訓練だ。特に秘密にするものでもないよ」


「ありがとうございます。では」  


 今朝もエメラはクールビューティーさを貫いており、ブランタークさんに勧められて魔法の訓練に参加した。

 涼しい顔で『ウィンドカッター』を放つと、風の奔流が標的の岩を斬り裂く。

 斬り裂かれた岩を見に行くと、少しブランタークさんのものよりも厚かったが、岩は均等に斬り裂かれていた。


「やるな」


「まだまだです」


「いや。お嬢さんはまだ二十歳前だろう? その若さでこの精度は凄いよ。しかし、魔力量といい、ブラッドソンは気がついていなかったのかな?」


 ブランタークさんは、なぜこれほどの魔法使いが今まで自分の目に留まらなかったのか、疑問に思っていた。

 エメラは魔法の披露会にも顔を出していないので、それも不思議に思っているようだ。


「いえ。短い期間でしたが、ブラッドソン様には親切にしていただきました」


 エメラは、帝都から少し離れた魔物の領域近くの村で生まれたそうだ。

 両親は冒険者が狩ってきた魔物を解体販売する解体業を営んでおり、子供の頃に魔力があるとわかった時でも、自分は魔物に携わって生きていくと思ったらしい。


「一年ほど前までは、実家に住んで狩りばかりしていましたね」


 近隣の冒険者予備校に通い、卒業後は、冒険者兼実家の手伝いとして狩りばかりしていたそうだ。


「両親は解体する魔物が沢山あると喜んでいました。父も母も兄も、魔物を解体するのが大好きなので」


「そうなんだ……」


 解体マニアという人種の存在を初めて知ったような気がする。

 

「私も、貴族様に仕えるのは苦手でして……。狩りは黙々とできますから……」


 性格的に宮仕えが合わないので、一人冒険者として黙々と狩りをしている間に魔力量が増え、魔法の精度も上がっていった。

 確かに彼女ほどの実力があると、貴族に仕えて堅苦しい日々を送るよりも、魔物でも狩っていた方が金になるのは事実だ。


「でも、その生活を捨てた?」


「ペーター様が何度も勧誘してきまして」


 直接何度も家に来て勧誘されてしまい、ついに根負けして受け入れてしまったのだそうだ。


「私は、『あなたの護衛しかしませんよ』と言ったのですが、本人は『僕だけ守ってくれるんだ。僕って愛されているね』と一人喜んでいまして……」


「ヴェンデリンさん、あの殿下は本当に大丈夫なのですか?」


 カタリーナは、脳内がピンク色の妄想で溢れているペーターに不安を抱いているようだ。

 俺は、彼がこうなるのはエメラに対してだけなので大丈夫だと思っている。


「私は無愛想で、バウマイスター伯爵様たちが参加した、魔法の披露会にも出るのを断りましたし……」


 エメラは美人で、魔法使いとしての実力も高い。

 帝国政府としては売り出したい逸材だったのであろうが、ようやく仕えたのが皇宮では評判の悪い三男坊で、さらに常に彼の傍らを離れないのでは宣伝のしようがない。 

 実力的には格下の、あのクソみたいな四兄弟を推していたのは、そういう事情があったのであろう。


「ブラッドソン様だけは、『魔法使いなんて好きにやればいいのさ』と仰ってくださって……」


 ブラッドソンさんはエメラの実力を認めていたが、彼女があまり表に出たくない性格をしているのに気がつき、その考えを尊重してくれたようだ。


「ですから、ブラッドソン様を討ったあの四兄弟を倒したバウマイスター伯爵様たちに感謝しているのです。本当にありがとうございました」


 エメラが神妙な顔でお礼を言うが、やはり美人はどんな表情をしても美人だなと感心してしまう。


「(イテテッ! カタリーナ、なぜ?)」


「(顔がにやけていますわよ)」


 ヤキモチでも焼いたのか?

 俺は、カタリーナに腕をつねられた。


「あの兄弟は、狂犬が噛みついてこようとしたから返り討ちにしただけだし、俺は一人しか倒していないしね」


「それでも、バウマイスター伯爵様には余裕があったのでは? 私やブランターク様やカタリーナさんでは、一人か二人を倒すのが限界だと思いますから」


 エメラの言うとおり、あの四兄弟ならば俺一人でも余裕で倒せたはず。

 彼らと同じ魔力量を持つ魔法使いでもっと手強い人は沢山いたのに、彼らの弱さは一体なんだったのだろうかと、今でも考えるほどだ。


「ブランターク様の精密さに、バウマイスター伯爵様の器用さと強力さにと。私もまだ学ぶことが多いと思います」


 それからは、朝食まで四人で訓練を続けていく。


「そういえば、導師様はどちらに?」


「導師は、こういう訓練は性格的に合わないから」


 性に合わないのと、自分の長所を殺すことになると、朝から馬に乗って魔物の領域に出かけていた。

 現地では、野営訓練も兼ねて兵士たちが交替で寝泊まりしているので、それに合流する予定だ。

 魔物のとの戦闘訓練で兵士たちに犠牲者が出ないよう、彼がフォローを行うのが恒例となっていた。


「もの凄い方なのですね。さすがは、王国の最終兵器」


「そのあだ名が凄いな。他に、あんな人はいないだろうから」


「真似は不可能ですわね……」


 真似したいとも思わないけど。

 カタリーナも、きっとそうであろう。


「是非、一度一緒に狩りに行きたいですね」


「えっ!」


「なにか不都合でもあるのですか?」


「そうじゃなくてね……」


 俺もブランタークさんも、導師主導の狩りのせいで複数回酷い目に遭っているので、それを思い出すとつい身震いしてしまうのだ。


「試しに一緒にやってみればいいさ」


「(ブランタークさん?)」


「(実際に経験しないとわからないって)」


「(そうですわよ。私も被害者の一人として言わせてもらえば)」


 カタリーナは俺に狩猟勝負を挑んだのに、いつの間にか参戦した導師に主導権を奪われて勝負自体が有耶無耶というか、どうでもよくなってしまった経験がある。

 とにかく自分のペースに他人を巻き込むので、真面目な人ほど心身共に疲れてしまうのだ。


「それは楽しみですね」


 普段は無表情のエメラの顔に笑みが浮かぶ。

 どうやら、相当狩りが好きなようだ。

 現物の導師を見て、その笑みが維持できるかどうか……。

 それは、誰にもわからないけど。

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