第233話 本当にそんなことをしていいのか?(前編)

「随分と賑やかだな。バウマイスター伯爵」


「白磁の製品が大ヒットしましたからね」




 公共工事などで梃入れしたとはいえ、人口五万人ほどの町の税収で、合計一万人もの駐留軍を養えるはずがない。

 俺はのちのことも考え、なるべく手持ちの資金を減らさず、逆に増やす作戦を実行した。

 ミズホ伯国軍の中に磁器を作る職人たちがいたので、彼らと協力していわゆる『ボーンチャイナ』の作成を行ったのだ。

 彼らは輸出用のミズホ磁器を作っていた職人たちであり、内乱のせいでミズホ磁器が売れず、わざわざ営業に来ているほど暇であった。

 そこで彼らと協力して、食肉確保のために軍に行わせている魔物狩りで得た骨を磁器の材料にし、高品質な白磁を作ることに成功したのだ。


「魔物の骨灰か。意外な材料だな」


「配合比率は秘密ですよ。優秀なミズホ磁器の職人なら、すぐに研究してしまうのでしょうが……」


「そうだな。もう試作はしているよ。焼成も、うちは高性能の魔導窯があるのでな。バウマイスター伯爵は魔法でできて羨ましい限りだが」


「魔法も魔導釜も、燃料は同じ魔力ですけどね」


 魔導窯は、電気窯に性質が似ている。

 導入コストが高く魔力を大量に消費するが、高温で長時間安定した焼成が可能で、質のいい焼き物や磁器が作れるのだ。

 田舎貴族領などでは今でも薪を焚く竈が主力なので、ミズホ伯国は焼き物の分野でも先端を行っているというわけだ。


「研究はしているが、しばらくはここでしか作らぬよ」


 俺が関わらないと作れないということにして、この町でなるべく情報を封鎖しながら高く売り抜けてしまう。

 魔骨灰の件などは情報を秘匿するにも限度があるので、今だけのボーナス期間というわけだ。


「戦後にでも、改良したミズホ磁器で帝国市場に攻勢をかけるさ。バウマイスター伯爵も自分の領地で作らせるのであろう? バウマイスター伯爵領は南端で遠いから、我らの間ではほとんど競争も発生しない。仲良くやろうではないか」


「仲良く喧嘩せずですね。王国の場合、内乱がなくて開発特需の真っ最中ですから、かえってミズホ風の磁器の方が売れますよ」


「なるほど。そして、バウマイスター伯爵領で作った高品質の磁器が、王国の市場を席捲するわけか」


「ええ」


「お主も悪よのぉ」


「えっへっへ。ミズホ上級伯爵殿ほどでは」


 すでに、ミズホ伯国とは共犯関係にある。

 磁器の成形と絵付けは、すべてミズホ磁器の職人に任せているからだ。

 粘土の製造と焼成は俺一人で一度にできるので、今は機密保持も兼ねて砦の中にある建物の中で行っている。

 成形と絵付けは、本業が暇な職人たちがミズホ上級伯爵の命令で大勢やって来ており、同じく砦の中の建物で大量生産されていた。

 無地のものや、簡単な絵がついた量産品でも、価格は従来の磁器の五倍から十倍ほど。

 イギリスのボーンチャイナのように、色とりどりの繊細な絵が描かれていたり、今では金箔などを施す職人も出てきている。

 さらに豪華なケースを作る職人も参加して、高級品はとんでもない値段になっていた。

 これらの磁器が、この三ヵ月ほどで飛ぶように売れているのだ。

 これまでにない白さで誰も真似ができず、技術力が高いミズホ職人が仕上げを担当してる。

 作っても作っても足りない状態で、俺も魔力を使う作業の主力をこちらに置くようになった。

 食肉確保のための狩りは軍の参加比率を上げ、砦や町とその周辺の公共工事はブランタークさんとカタリーナに任せていた。

 エリーゼは、毎日教会で病人や怪我人の治療を担当している。


「帝都の連中、我らになにも言えなくて歯ぎしりをしておるらしいぞ」


 これまでの戦の褒美は、秋の収穫後にニュルンベルク公爵を討伐してから。

 それまでは、サーカットの町に駐留してそこの税収でなんとかしてほしい。

 皇帝とその取り巻きたちは、俺たちへの嫌がらせでそういう処置を取っていたので、白磁器製造と販売で稼いでいる俺たちに対しなにも言えない。

 正式な商売を行うので、事前に代官に頼んで許可は得ていて違法ではなく、なにより税金がゼロなのが嬉しい。

 いや、正確に言うとサーカットの町に法定の税収は入っているのだ。

 ただこの税金は、町の統治と駐留軍の維持費に使えと皇帝自身から許可を貰っている。

 代官たちの人件費なども含めた町の予算に、軍の維持費をすべて賄って黒字になっていた。

 税金以外の利益はすべて、俺とミズホ上級伯爵の懐に入っている。


「言われたとおり、町の税収で細々と一万人の軍勢を養っていますからね」


 白磁はすべて高級品で、内乱中で不景気にも関わらず、毎日仕入れの商人たちがやって来て大量に仕入れていく。

 彼らを対象にした商売も始まり、町は白磁特需に湧いていた。

 町の拡張も常に行われ、農地の開墾なども順調だ。

 町の財政が黒字なので、予算の関係で後回しにしていた公共工事などを前倒しで行っている。

 当然人手が足りないので、近隣から出稼ぎに来ている人たちも増えた。

 町は日ごとに拡張を続けているので、皇帝に文句を言われる筋合いはないな。


「サーカットの町は拡張しているのだ。皇帝も文句は言えまい」


 直轄地なのに、その開発を怠ってきたという罪が帝国にはあるのだから。


「しかし、貴族は新しいものが好きですね」


 少し羽振りのいい庶民には、無地の白磁の食器が。

 貴族には、ミズホ磁器職人たちのおかげもあり最近では細かな絵画風の絵まで付けられるようになった高級品が。

 注文が間に合わないほど売れていた。


「皇帝としては、白磁で無駄遣いをする貴族が嫌なのであろうな」


 内乱で滞る領地の経済立て直しと、収穫後に実行されるニュルンベルク公爵討伐に備えて軍備を整えてほしいのに、その金で白磁を買っている貴族たちが多く、相当不満なようだ。

 しかしこういう高級品は、どんなに不景気になっても、一定数いる富裕層が当たり前のように買っていくものなんだな。

 高品質磁器の市場を奪われた、窯を領地に抱えている一部貴族たちが怒っていると聞いたが、こちらとて元々は財政が赤字だったのだ。

 こういうのは競争なので、自分たちの力で磁器の品質を上げてくださいとしか言えなかった。


「皇帝はなにも言えないさ。なにしろ、南部貴族たちからも金を奪っているからな」


 内乱状態なのに、どういうルートかサーカットの町で磁器を仕入れて、南部で売り捌いている商人たちがいるそうだ。

 彼らなりの、特別なルートがあるのであろう。

 

「南部の貴族たちは金を持っているからな」


 帝都を放棄した時、ニュルンベルク公爵は膨大な帝国資産を持ち逃げした。

 その一部を、彼は味方をしてくれた貴族たちに恩賞としてばら撒いている。

 ニュルンベルク公爵としても領内の開発や軍備に使ってほしいのであろうが、一セントも残さず、すべてそれに使えと強制できるはずもない。

 懐に余裕ができた貴族たちが、高品質な白磁に手を出すのは時間の問題であった。


「結果として、南部の財力も痩せさせているから、皇帝はなにも言えないと?」


「そういうわけだ。そんなことを気にする前に、帝都の統治状態でも気にかければいいのに」


 皇帝とその取り巻きたちが微妙でも、統治機構が崩壊したわけではない。

 麻痺から回復すれば、ある程度は元どおりに戻る。

 税収を上手く回したり、大商人から借り入れたり、帝国債を発行したりと。

 常識的な手段で資金を確保し、西南部と東南部の騒乱もある程度落ち着いていた。

 ニュルンベルク公爵も今は力を蓄える時期だと判断したようで、少数の即応部隊以外は動員を解いているようだ。

 防衛体制の構築、諸侯軍の再編成と訓練、領内の内政にと。

 領主として忙しい日々を送っているはず。

 

「金がないと戦争ができないからな。大分助かったよ」


「こちらは大黒字です」


 粘土と焼成で俺の方が有利なので、磁器販売の利益はミズホ上級伯爵と折半である。

 フィリップ以下の王国軍組やエルたちに小遣いを渡しても、金は増える一方であった。


「戦争になれば飛ぶように消えていくから、今懸命に貯めているのですが……」


「本当に、戦争って金がかかるよなぁ……」


 それでも、俺とミズホ上級伯爵はマシな部類であろう。

 一部の貴族たち以外と帝国政府は、財政に致命的なダメージを受けている。

 戦後、経済の立て直しで苦労することは確実であろう。

 たとえ、内乱でどちらが勝とうとも。


「それでも、白磁は買うのですか」


「貴族は借金が可能だからな」


 こんな時にでも、『うちの客に出すティーカップは綺麗な絵が施されていて、素地も乳白色で綺麗なのだ』ということに拘る。

 貴族とは、なによりも見栄とプライドを大切にする生き物というわけだ。


「自分と同じくらいの懐事情の貴族が持っていて、自分は持っていない。そんな状態に耐えられる貴族などいないさ」


 帝国貴族をよく知るミズホ上級伯爵は、してやったりという笑みを浮かべる。

 王国貴族も同じだろうけど。


「売れる間は高く売らないと。他に同業者が出たら……」


「値下げするかね?」


「それも手ですけど、やり過ぎると共に儲からなくなって、最終的には共倒れの危険があります。元々ミズホ磁器は人気が高いのですから、もう少し帝国人に合わせた改良なども行って、質で勝負すればいいのです」


「そうだな。他の産地と値下げ競争をしてもあまり意味がないからな」


 向こうがこちらの技術に追いつく前に、また技術力を上げて突き放すか、ブランド化して老舗として世間に周知させてしまえばいいのだから。


「バウマイスター伯爵は、商売にも詳しいようだな」


「本の知識ですよ」


 前世の経験から来ているのかもしれない。

 食品も、外国から安い材料を輸入してできる限りコストを抑えた品と、材料から製法にまで拘って作られるものもある。

 両者はちゃんと住み分けがされているので、下手に競って競争する意味がないのだ。


「秋以降も、空いている時間に作れそうだな」


「それをすると、職人たちの護衛の問題が出ますね」


「兵士を増やせばいい。そのための金を稼いでいるのだから」


「その時が来たら、臨機応変でいいと思いますよ」


「それもそうだな。いやーーー、財政的に助かったよ」


 ミズホ上級伯爵は、嬉しそうに自分の領地へと戻って行った。

 そして、入れ替わるようにアルフォンスも姿を見せた。


「テレーゼは、フィリップ公爵領の統治に忙しいからね」


 これに加えて、秋の収穫以降の破綻に備えて軍備も整えていた。

 皇帝とは政治上のライバルになってしまい、テレーゼでは無謀なニュルンベルク公爵討伐を阻止することができない。

 取り巻きたちも含め、とにかく多数の兵士を集めて討伐を行えば勝てると思っているようだが、ニュルンベルク公爵がそんなに甘いわけがない。

 かなりの高確率で皇帝が負けると、テレーゼやその賛同者たちはすでに予想している。

 ニュルンベルク公爵が皇帝を討つ時に備えて、俺も含めてみんな準備に忙しいのだ。


「ヴェンデリンは景気がいいから羨ましい」


「フィリップ公爵領は不景気か?」


「うちはマシな方だね。食料の輸出が主産業だから」


 不足気味の食料を、帝都周辺に輸出しているそうだ。


「もっとも、皇帝陛下から価格統制令が出ているからそれほど儲からないけど」


 内乱が継続中なので、特別処置で出た布告なのだそうだ。

 当然商人たちから不満が出ているが、彼らが売り惜しみや談合で食料価格を吊り上げれば、帝都の治安が危うくなる。

 食料を確保しようと、貧しい人たちが帝国政府や商人の食料倉庫を襲撃する可能性だってあるのだから。 

 そしてその混乱を、あのニュルンベルク公爵が見逃すはずがなかった。


「今の政情で、食料の価格が高騰したら危険だぞ」


「テレーゼもそう言っていたさ」


 テレーゼとしても、今は皇帝が出した価格統制令に賛成するしかない。

 断れば、皇帝から業突く張りだという悪評を流されることになるだろう。

 さらにその悪評を利用し、政治的なライバルであるテレーゼになにか策を仕掛けてくる可能性もあった。


「実際にもうやっているよ。テレーゼの兄たちに、彼女を引退させて自分の子供に継がせるチャンスだと」


「無意味なことを……。もしかして仲間割れを目的にして?」


 しかしながら、テレーゼが皇帝になれば自然とフィリップ公爵位が空くのだ。

 そう時間もかけずに貰えるものを、今現当主に反抗してまで手に入れる価値はないはず。

 皇帝派の策に、彼女の兄たちが乗る心配は少なく思える。


「そんなところかもね。そんな暇があったら、南部に送る密偵でも増やせばいいのに……。皇帝陛下がニュルンベルク公爵に勝つのは既定の路線なんだよ。だから、戦後を見据えてテレーゼに嫌がらせをしている」


「末期だな……」


 即位直後にクーデターを起こされた皇帝は、とにかく政治基盤が弱い。

 ニュルンベルク公爵と互角以上に戦っているテレーゼが邪魔だが、帝国のために働いている彼女に表面上は配慮しなければならない。

 そのストレスかもしれないが、兵数だけは立派なニュルンベルク公爵討伐計画と、自分に従うコバンザメのような取り巻き連中たちのおべっかで安心したいのであろう。

 為政者がそんなことでは駄目なんだが、皇帝は戦時に向かない人だからなぁ。

 現実というプレッシャーに弱いのだろう。

 

「こう言っては失礼だけど、あの取り巻き連中は酷い」


「おべっかだけを武器にしているんだ。優秀な人がいるはずもない」


 解放軍を裏切った貴族たちにしても、禁止していた略奪や暴行を指揮下の兵士たちが行ったので処罰したら、逆ギレするような奴らばかりなのだから。

 前世で勤めていた会社にも、そんな人はいた。

 これは、ある程度大きな組織の宿命なのかもしれない。


「テレーゼが、ヴェンデリンに会いたがっていたよ」


 だが互いに暇もないし、今、俺とテレーゼが顔を合せると余計な邪推をして騒ぐ輩が増える。

 今のところは不可能であった。

 

「俺とテレーゼが組んで、皇帝陛下を引き摺り下ろす工作の可能性か? こう言ってはなんだけど、俺は帝国の未来になんら興味がないからな。早く報酬を払えだ」


「ヴェンデリンの立場ならそうだよね」


 それから秋の収穫を迎えるまで、ミズホ上級伯爵とアルフォンスは定期的に俺たちを訪ねて来た。

 様子見もあったのであろうが、あとはほぼ愚痴である。

 力のない皇帝は、懸命にやり繰りをしてニュルンベルク公爵領に攻め込む軍勢の動員数を増やし、必要な食料などの物資確保に励んでいる。

 そういう仕事は、帝国軍に人材が残っているので問題なく進んでいた。

 お金がないという致命的な弱点はあるが、まだ帝国の力は強大で生産力も残っている。

 権威と税収もあるので、商人たちはこぞって金を貸しているようだ。


「久々の借金財政だね。帝国は」


 国家統合戦争の間は数年に一度、困ったレベルの赤字が発生したことがあったそうだが、帝国が今の形になってからは、基本的に財政は黒字だと聞いていた。

 

「我がフィリップ公爵領もギリギリで金を回している。ヴェンデリンが羨ましくなるよ。それで、だから見習いメイドに新作のメイド服を?」


 ブライヒレーダー辺境伯の隠し子フィリーネは、俺たちが戦場に出ている間、従軍神官の女性たちに預かってもらっていた。

 彼女自身がまだ九歳で、戦闘力と呼ばれるものが皆無なので仕方がなかったのだ。

 今は、エリーゼが貴族の令嬢としての教育を施しつつ、簡単な手伝いなどをしている。

 俺たちの身の回りの世話を手伝うので、普段はメイドの格好をさせていたのだ。


「そのメイド服、妙に気合が入ってるね」


「やはりわかるか。我が友よ」


 この世界のメイド服は、スカート丈が踝近くまであったり、生地がゴワゴワであったりと、まだ発展途上であった。

 そこで俺の適当な意見を参考に、エリーゼと町の服飾職人とで改良型の試作を行い、試しにフィリーネに着させていたのだ。


「短いスカート丈、フリルの多用、色も黒じゃないんだね」


「アルフォンスよ。メイド服は黒が基本だが、黒だけというのは思考停止だと思うぞ」


「なるほど! それは盲点だった!」


 実は前世で、会社のメイド喫茶好きの先輩にそういうお店に連れて行かれただけなのだが。

 多分、メイド服が黒なのは汚れの関係だと思う。

 俺は魔法で綺麗にできるし、その前に汚れたら洗濯しやすいようにして予備を作れば問題ないと思っていた。

 今日のフィリーネは、水色のメイド服を着ている。

 他にも、ピンク、赤、ベージュ、ライトグリーンなども作って日替わりで着させていた。

 スカート丈が短いのでニーソックスも履かせており、これもストッキングを編む技術がないので苦肉の策であった。

 

「お客さんには好評だよ。売ってほしいという商人や貴族もいるから、エリーゼに協力した服飾屋は大忙しだ」


 それほど儲かるわけではないが、町に新しい商売のネタを増やしたので俺たちの評判は悪くなかった。

 よそ様の土地に駐屯しているわけだから、それなりに気を使わなければいけないわけだ。


「いや、ヴェンデリンたちはもの凄く評判がいいけどね」


「そうなのか?」


「それはそうでしょう。兵士が多いから治安はいいし、ヴェンデリンが作る新しい磁器で景気はいい。町や農地は拡張して、道と川の堤防も整備された。みんな予算不足で放置されていたそうだから。食肉や魔物の素材も町に出回る量が増えたし」


 食料や素材は、軍の訓練も兼ねて、導師、フィリップ、エル、ハルカ、タケオミさん、ルイーゼ、ヴィルマが主体となって、町の北部にある魔物の領域で討伐が進んでいるからであろう。


「いきなり全軍で攻め入るとそれを凌駕する魔物の大群に囲まれて死ぬから、時間差で陽動をかけながらね」


 十名ほどのグループを作らせ、分散して突入させて魔物を狩らせる。

 導師たちも分散して援軍に入るが、基本的には無理はしないで、危なくなればすぐに領域を出るように命令していた。

 

「エルにはいい訓練だ」


 小規模の部隊の動きをいくつも見ながら、適切な命令を出していく。

 軍の指揮を習い始めたエルには、いい訓練になっていた。

 フィリップが使える指揮官を増やすべく、懸命に指導を続けている。


「王国軍組は元が軍人だから精強。ミズホ伯国軍の強さは元々だし、うちも悪くはない。今も訓練は続けているから」


 だがそれ以上に、ニュルンベルク公爵家諸侯軍とその寄子である南部貴族諸侯軍は精強であった。

 彼らが守る領地に攻め入る帝国軍は相当に苦戦するはずだ。

 いや、負けることを見越して、みんな準備をしているのだから。


「アルフォンス殿、お久しぶりですな」


 アルフォンスは、ただ俺のところに遊びに来たわけではない。

 テレーゼからのメッセンジャーでもあったので、その日の夜は関係者が集まって一緒に食事がてら情報交換を行っている。

 テレーゼは直接これないので、彼女の代理でもあるのだ。


「シュルツェ伯爵殿は、大分お忙しいようですね」


「居候で、急激に拡張を続ける町の内政担当ですからね」


 色々と事情があって戻れないシュルツェ伯爵たちは、サーカットの町の王国側内政担当として毎日の仕事に励んでいる。

 クリストフが軍政関係で忙しいので、自然とそういう地位になってしまったというわけだ。


「今のサーカットの町は不思議ですからね」


 帝国の直轄地で、住民もほぼすべて帝国人である。

 だが、統治をしている代官たちはすでにシュルツェ伯爵たちに従って働いているような有様だ。

 なぜこういうことになるのかと言うと、皇帝が俺たちの動きを封じるため、サーカットの町の徴税優先権を与えてしまったからだ。

 代官たちは、俺たちから給金を貰う奇妙な状態に陥っている。

 人口が増えて仕事が増えたのと、俺が期間限定で磁器の販売で得た利益から臨時ボーナスも支払っており、それが理由で余計に逆らえなくなっているのだと思う。

 軍が、少数の町の警備隊を除き、大半が王国人とミズホ人なのも大きかった。


「金の力は偉大だということですか」


「そうとも言いますね。ところで、こんなものがあるのですが……」


 アルフォンスは、一枚の羊皮紙を俺に手渡した。

 読むとそこには、『ニュルンベルク公爵領討伐作戦に関する概要と、動員兵力数に関するレポート』と書かれていた。


「これって、機密書類なのでは?」


 内容自体は概要なので、数分もあれば読める。

 全員で回し読みしてからアルフォンスの手元に戻すと、イーナがみんなが思っている懸念を口にした。


「入手先は極秘に」


「えっ!」


「嘘だよ。イーナ殿。帝国軍本部に行けば普通に手に入るから」


「それって、機密の保持が甘いのでは?」


「甘いと認めるけど、どうせ隠せないという現実もあるしね」


 どうせ大規模に軍勢を集めるし、どこから攻め入るかなど偵察で簡単に知られてしまうそうだ。

 向こうも、密偵や偵察部隊ぐらい出すだろうから当然か。

 

「陣借りの方々が多いですね」


 エリーゼは、動員兵士に占める陣借り者の多さに驚いていた。

 確かに軍事費削減には役に立つのだが、それにしても多すぎだと思ったようだ。


「動員数が約三十万人で、その半分が陣借り者。多くないかな?」


「勝手に志願しているからね。私からはなにも言えないのさ」


 元々、俺たち王国軍組、フィリップ公爵家、バーデン公爵家、ミズホ伯国などは参加を拒否されている。

 これ以上手柄をあげられるのを防ぎたい意図があり、練度不足を補うための大兵力と、経費を削減するための陣借り者たちというわけだ。


「北部諸侯もほとんど参加していない」


 大半がテレーゼ派なのと、距離的な問題からだそうだ。

 

「主力は、帝国軍、中央領域の諸侯、なんとか新当主を立てた選帝侯家だね」


 復讐戦であり、褒美でなんとか財政を立て直したい意図が見え隠れする。

 帝国軍はクーデターに助力した勢力が多く、ニュルンベルク公爵について行ってしまった者たちも多い。

 残された者たちは、皇帝からの信頼を回復したいのであろう。


「獲らぬ狸のなんとやら、だなぁ」


 ルイーゼは、もう勝った気でいる皇帝たちに呆れているようだ。


「実際に、下の連中も勝てると思っているんだよねぇ」


 アルフォンスが溜息をついた。

 だからこそ、過去に例がないほどの陣借り者の多さともいえる。

 勝ち馬に乗れると、心から信じているわけだ。

 

「この戦争で戦功をあげて、仕官や褒美をですか。それも、獲らぬ狸のなんとやらですわね」


 カタリーナも呆れていたが、南部の諸侯たちは全員爵位と領地没収がほぼ確定している。

 その分け前を巡って、色々と水面下で争いが起こっているのであろう。


「功績をあげた順とはいえ、皇帝は自分の子飼いたちに優先して領地などを与えたいはず。大規模な帝国貴族の再編があるのさ」


 陣借り者たちからすれば、皇帝に従うことこそが仕官のチャンスというわけだ。

 帝国軍、役所、加増された貴族の家臣にと。

 枠は大量に空いていると判断し、大勢志願しているのであろう。


「貴族の子弟だけじゃない。過去に貴族から没落した平民の子供たち。平民の次男、三男だってチャンスだと考える」


 そういう連中の欲を利用して、大規模な兵力を低コストで集めているというわけだ。


「連携もへったくれもない」


「ヴィルマの言うとおりだな。それで、作戦案には三方向からの同時侵攻とあるけど」


「ヴェンデリンはどう思う?」


 なぜかアルフォンスは、俺に逆に質問をしてきた。

 俺は、そういうのに詳しくないんだけどなぁ。


「どこから攻めるのかとかは、地元の地理に詳しい帝国人に任せるとして……。三つに割るから十万ずつと想定して。さすがに侵攻ルートは機密だけど、ニュルンベルク公爵はすぐに察知してしまうだろうな」


 十万人が纏まって進撃可能なルートは限られているので、南部の地理に詳しく軍事に精通しているニュルンベルク公爵なら、簡単に侵攻ルートがわかってしまうはずだ。


「でも、別に不利にはならないよね。兵力分散は」


 同じく向こうも、軍勢を三つに割る必要がある。

 むしろ、軍事能力に優れたニュルンベルク公爵が関われない軍団を二つ作れるから有利かもしれない。

 南部の広さを考えると、全軍を一つに纏めたニュルンベルク公爵が、時間差をつけて三つの軍団を撃破する、というわけにはいかないからだ。


「それでも防衛戦だから、ニュルンベルク公爵の方が有利なんだよなぁ……」


「某を相手に散々時間稼ぎをした自爆型ゴーレム。アレを大量に配備してあったら。防衛戦なので、拠点などに据え置きの魔道具があると困るのである」


 導師も、ゴーレムの数と投入タイミングのせいで苦戦を強いられた。

 戦闘経験に乏しい討伐軍ならば混乱は必至だ。


「テレーゼは皇帝が負けると予想して、準備に余念がない」


 本当ならば、事前に可能性を指摘して損害を減らす努力をすべきなのであろう。

 だがそれは、皇帝の力と能力のなさを証明することにも繋がる。

 言えるはずがないし、言ったところで否定されるだけだ。


「実際に負けないとわからないんだろうな」


「それで死ぬ方々は哀れですね」


「確かに哀れだなぁ。そのあと、ニュルンベルク公爵に敗北したらもっと哀れだけど……」


 皇帝が敗れてもテレーゼは健在で、必ずニュルンベルク公爵を討ち破る。

 そうさせるために、アルフォンスを俺たちの元に派遣しているのであろうから。


「あっそうそう。皇帝がヴェンデリンに新しい嫌がらせを始めるから」


「今度はどんな手で?」


「最近羽振りがいいから、負担の増加策だね」


 アルフォンスがサーカットの町を離れた翌日、今度は皇帝からの勅命を持った使者が姿を見せた。

 そして金貨百枚ほどが入った袋と共に、臨時防衛警備隊隊長への任命書を俺に恭しく手渡した。


「臨時防衛警備隊長って、どういう役職なんだ?」


「使者の話によると、特に仕事はないみたい」


 サーカットの町周辺で、皇帝が出兵中は治安維持を頼むということらしい。

 今までと同じような気もするが、一応正式な役職ではある。


「どうしてそんな回りくどいことを?」


 エルは首を捻っていたが、すぐにその答えがわかってしまった。


「バウマイスター名誉伯爵様、俺を雇ってくれ!」


「私は槍に自信が!」


 サーカットの町に、多数の陣借り者たちが押し寄せてきたのだ。

 まったく、あのクソ皇帝。

 面倒なことばかり、俺に押しつけやがって。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る