第234話 本当にそんなことをしていいのか?(後編)
「そういうことか……」
皇帝親征で行われるニュルンベルク公爵討伐の時に、定員過剰で参加できなかった者たちを俺が纏め、治安維持という名の警備を行う。
皇帝が思っていた以上に、陣借り者たちの数が多すぎたようだ。
もう志願兵と呼んでも差し支えないように思えるが、彼らを組織化して軍を作り、後方の治安担当と予備兵力担当にするわけか。
「あなた、磁器の販売益がなければ大変でしたね」
「本当だな」
最大の狙いは、テレーゼの協力者と見なされている俺の財力を殺ぐことなのかもしれない。
陣借り者なので給金は必要ないが、食、居は負担しなければならない。
「あの皇帝、ムカつくな」
ニュルンベルク公爵がああいう思想でなければ、彼に協力したくなるほど酷い統治者だ。
前世の会社の、嫌な上司を思い出す。
「住む場所は、また空き地に石材で組めばいいよ。軍の訓練も兼ねているし」
「そうだけど、今から陣借り者たちを引き受けるのか?」
「それがねぇ……。さっき王国軍の人に聞いたんだけど……」
あまりに陣借り者たちが多いので、ルイーゼが軍人で詳しそうな人に世間話がてら聞いてみたそうだ。
「陣借り者を称しているけど、ただの農家の三男とかね。五代前は貴族だったとか自称しているけど、経歴が怪しいとか?」
いわゆる、戦に乗じて一旗揚げようとか、職がないから志願しましたとか。
そういう人たちが多い……大半だそうだ。
「というか大半? 訓練しないと使えないよ」
「ルイーゼと私でやることになった」
「俺が頼んだんだ」
フィリップが二人に依頼したらしい。
基礎訓練を一ヵ月ほど施してみれば、駄目な奴から脱落するであろうと。
それを潜り抜けた者たちだけを部隊編成し、残り二ヵ月から三ヵ月で本格的な訓練を施すそうだ。
「そのくらいで皇帝は兵を出すはずだ。最低限は使える軍勢を……どのくらい残るかな? あと、まったく無給なのも問題だと思うぞ」
「フィリップさんの言うとおりだと思う」
「エルも賛同するか」
指揮官教育で世話になっているからなのであろうか?
エルは、フィリップの意見に賛同した。
「陣借り者は無報酬だと昔から決まっている、と言って割り切るのもいいけど、不公平感が出るからさ」
傭兵扱いである王国軍組には、小遣い程度だが手当を毎週支給している。
金がないからという理由で、町で略奪、窃盗、無銭飲食などをさせないための処置だそうだ。
兵隊を管理するのって、本当に大変だよな。
「いくら陣借り者扱いでも、実際は傭兵みたいなものだろう? 少しは金を出さないと、町で悪さとかをするかもしれない」
その悪行は俺について回るわけで、エルはそれを心配しているのであろう。
皇帝派の攻撃材料にされ、結局俺は報酬ナシ、最悪軍規違反で外国にて処刑、という最悪の事態を避けたいわけだ。
「あの皇帝、本当にムカつくな。見習い扱いで生き残っている間は手当を支給する」
「そうですね。ミズホ伯国の兵士たちも手当は別に出ていますし」
「俺も、バウマイスター伯爵様つきになったら増額されたな」
ミズホ伯国軍の兵士たちも、給金や俸禄以外に遠隔地手当などのようなものを貰い、それで非番の時に買い物などをして町の経済に貢献している。
ハルカもタケオミさんも、かなりの額を貰っているそうだ。
俺にも、そういうことを求められているのであろう。
しかし、ここまでやらせておいて、あとで報酬を踏み倒されたら笑うしかないな。
「まあいい。今の時点で信用できる人が少ない以上、兵力を蓄えておいて損はない。皇帝が自ら許可しているのだからな」
俺とテレーゼとの接触を危険視する勢力がある以上は、最悪フィリップ公爵家もあてにはできない。
独自に力を蓄えておく必要があるだろう。
「バウマイスター伯爵の考えに賛同だ。ところで兵はそれで集まるとして、問題は指揮官だな」
「王国軍や、大使館から逃げてきた人たちは?」
「王国軍組は、元が八千人規模の軍勢だったからなぁ。偉い連中は軒並み戦死するか捕まって処刑されていてな。五千人規模の指揮でも結構無理をしているんだ。若い幹部候補とベテランの下士官たちを選抜し、俺が教育を施してなんとか目途がついている。引き抜けば、普通に弱体化するな」
フィリップの回答に対し、俺はなにも言えなかった。
ようやく再編と訓練を経て精鋭になった王国軍を再びバラせば、ただ数だけ増えて使えない烏合の衆ができあがってしまうなんて……。
軍人を育てるというのは、本当に時間がかかるんだな。
「大使館にいた連中も駄目だ。一部俺が引き抜いて再編したし、元々あそこには軍政畑の人間が多い。クリストフとシュルツェ伯爵に預けているから、もう回す人間がいない」
軍人は、ただ戦ったり訓練をしているだけではない。
後方支援要員も必要で、その人員を纏めているのはクリストフであった。
シュルツェ伯爵に至っては、臨時につけた適当な役職で、サーカットの町の統治を半分担当している有様であった。
仕事が増えたのに、皇帝が人手不足を理由に代官からの増員要請を無視していたからだ。
「エルは?」
「駄目だ。エルヴィンには千人規模の部隊を任せている。今さら他に移せない。いいか。確かにエルヴィンにはそういうことをこなせる才能があると俺は思う。だが、いきなりなんでもこなせる天才肌の人間ではない。俺も同じだ。三十歳の半ばをすぎて、ようやく数千人規模の部隊の指揮に自信が持てるようになった。今のエルヴィンは、ハルカとベテランの幹部が補佐をしてようやく指揮官としての目途が立ち始めている状態だが、やはりまだ十七歳の若造なのだ。無理をさせすぎて、彼の将来を潰すつもりか?」
「いや、俺はそんなつもりは……」
俺にそんなつもりはない。
ただ本人が望むので、将来はバウマイスター伯爵家諸侯軍を指揮するために仕事を覚えてもらおうと思っただけだ。
「前にバカな男がいた。本人は数千人を指揮する程度が限界の人間なのに、妻の実家や周囲の家臣に推されて、辺境伯の地位を求めて弟と下らない争いをした。結果は、多くの犠牲を出して王国中に恥を曝し、それでもなんとか爵位を貰って生き延びている。人間には努力も必要だが、それはできもしないことをできると言い張り、周囲に迷惑をかけることではない」
「フィリップ殿……」
「そのバカな男にも欲があって、周囲の期待の大きさになにも言い返せず、不毛な争いを始めたという罪があるがな。結果、弟も巻き込まれて一緒に没落する羽目になった。元々文官なのに、こんな無謀な出兵につき合わされて可哀想な弟だ」
「兄さん……」
フィリップの意外な告白に、クリストフは目を潤ませていた。
「愚痴がすぎたな。エルヴィンはまだ半人前だから俺が預かる。バウマイスター伯爵よ。王国軍の十七歳の軍人は、どんなにいい家の出でも、雑用と基礎訓練だけしかさせてもらえないぞ」
「すまんな、エル。無理をさせ過ぎてしまって」
エルは俺の護衛役を離れ、懸命にフィリップから軍の指揮について学んでいる。
ハルカもそれを補佐し、刀の訓練も前と同じくらい厳しく行っているのだ。
そのせいで、最近では顔を合わせる時間が減っているほどなのに、悪いことを言ってしまったと思った。
「いえ、お館様。俺が自分で望んだことですので」
みんながいるので、エルは家臣としての口調で俺に話しかけてきた。
「フィリップ様にも気を使っていただいて」
「エルヴィンの教育は、バウマイウター伯爵から依頼された正式な仕事だからな。教えている人間が潰れてしまったら意味がない。気にするな」
フィリップは、照れくさそうにエルにそう言っていた。
「それと、もし俺に才能があったとしても、この仕事には向かないと思いますけど」
「どうしてだ? エル」
「俺は王国人で、預かる部隊は百パーセント帝国人です。反発は必至かと」
「そう言われるとそうだ……」
能力や適性以前に、感情的な問題なので性質が悪い。
気にしない人もいるはずだが、全員ではない。
これが部隊の結束を乱して、戦場で致命的なミスに繋がる可能性もあった。
「こうなると、帝国人も雇うか」
面倒な仕事なので高給を払う必要があるが、その方がトラブルが少ないかもしれない。
「問題は、候補がいるかですね」
シュルツェ伯爵も、指揮官を帝国人で補う意見には賛成している。
だが一番の問題は、どこから指揮官ができる人間を探してくるか、という点であった。
「あてはあります」
「俺は誰だかわかったな」
「某もである」
俺の指揮官の当てとやらに、ブランタークさんも導師も気がついたようだ。
「それは誰なのだ?」
「フィリップ殿は、前に会っていますよ」
それから数日後、サーカットの町の外れで陣借り者たちの受け入れが始まっていた。
氏名、出身地、年齢などを聞いてから、最初に一人につき五組の下着と服を渡す。
ただの緑色の上下の服であったが、見た目はジャージそのものである。
最初はこれを着て、ルイーゼとヴィルマの元で基礎訓練を始めるのだ。
ランニングや、各種基本トレーニングを行う。
メニューは、俺が学生時代にしていた部活練習の強化バージョンである。
「まずはランニング」
「指導教官が、こんな小娘?」
「へえ。偉そうな口を叩くね。ということは、ボクやヴィルマよりも体力があるんだね」
ほぼ全員見た目だけで二人を侮り、最初の耐久ランニングでその鼻をへし折られた。
みんな汗まみれで息が乱れているのに、同じ距離を走った二人は涼しい顔をしているからだ。
二人からすれば、この程度は本当に基礎訓練でしかない。
「ボクたちに不満があるのなら、あそこにいる導師様はどう?」
「若人たちよ。某と共に魔法格闘技を極めようではないか」
なぜか同じくジャージに着替えた導師が、ボディービルダーのようなポーズを取りながら彼らに話しかけた。
「……。ルイーゼ様とヴィルマ様の指導でいいです……」
導師との特訓では、地獄の光景しか想像できなかった陣借り者たちは、それからは素直に訓練に応じた。
基礎訓練を行い、その過程で優れた者たちはすぐに本採用となって、本格的な訓練を始める。
王国軍組と共同で、部隊を編成しながらである。
本当に貴族の子弟である陣借り者もいたので、彼らは最低でも十名程度の部下を持つことを前提に訓練を続けていた。
「思ったよりも、予算が厳しいです」
公共工事や磁器作りの合間に視察をしていると、そこにクリストフが姿を見せる。
補給や人事などの後方支援要員は、陣借り者たちの中から文官の才能がある者たちを探して抜擢した。
だが、やはり中間管理職がいないので、今はクリストフが全体の面倒を臨時で見ている。
負担は大きそうだ。
「金なら追加で出すことはやぶさかでないけど、どうして?」
「こちらの想定を超えて、陣借り者たちが多いからです」
「あのクソ皇帝、もっと面倒見ろよ」
全員を討伐に連れて行けない事情はわかるが、こちらに余ったのをすべて押しつけるのはやめてほしい。
「でも、思ったほど掃き溜めでもないな」
むしろ優秀な人間も多い。
勿論駄目なのも多いが、比率は帝国軍が雇い入れた陣借り者たちとさして違わないように感じた。
「それはそうでしょう。上なんて、いちいち一人一人陣借り者の適性なんて見ませんから」
よほど酷くなければ採用され、数が埋まればあとの優秀な者たちですら不採用にされる。
そういう採用事情なのだそうだ。
「もっと人を見て決めるのだと思った」
「数十万人も帝国中から来ているのです。全員見ていたら、採用担当者が過労死します。それに、枠もありますしね……」
「枠?」
「コネとも言います」
『たかが陣借り者程度、俺が推薦した者たちを優先的に入れろよ』と、貴族や軍人たちが採用担当者に採用を強制するケースが多いのだと、クリストフが説明した。
「遠い親戚とか、ちょっとした知り合いとか、そういう人を優先するのですね。勿論能力など見ません」
微妙なコネとも言えるが、彼らはまだマシな人間なのだそうだ。
「酷いのになりますと、陣狩り者たちから賄賂を貰い、その人物を無理やり採用させる貴族や軍人たちもいるそうです」
「どうやって、そんな情報を知ったんだ?」
「当然、帝国軍から採用されなかった陣借り者たちからです。優秀なのに落とされているので変だなと思ったのですが……」
「能力よりもコネで、それよりも金かぁ」
陣借り者なので、大した金額が出せるはずもない。
他の仕事で稼いだ中から、五十セントから百セントくらいを賄賂として貴族や軍人たちに渡し、採用を確実にするというわけだ。
「金額が微妙だな」
「一人百セントだとしても、千人の裏推薦枠を持っていれば十万セントです。いい小遣い稼ぎでしょう? 私の下にいる採用された軍政担当の方に聞きましたけど、面白い方がいましたよ。カーヴィン伯爵です」
帝都在住で、代々軍家系の法衣伯爵家の当主だそうだ。
クーデター時にはニュルンベルク公爵に擦り寄り、帝都解放後はいち早く皇帝に媚を売って、その地位を保全した。
今回の出兵で、陣借り者の採用を皇帝から一任されている。
「それは、皇帝に媚びた甲斐があったな」
「彼は裏で採用者に賄賂を要求しています。一人二百セントなのは、協力してくれた家臣や寄子たちにも配分が必要ですからね。十万人分の裏推薦枠を持っていると噂されていたそうです」
カーヴィン伯爵に賄賂を支払えば確実に採用されるので、貧しい陣借り者たちは、泣く泣く支払った者が多かったそうだ。
結局、五万人ほどが一人頭二百セントを支払ったらしい。
「合計で一千万セントです。半分を協力者に払ったとしても、カーヴィン伯爵は五百万セントが懐に入りました」
「悪党だなぁ……」
「皇帝の取り巻きには、こういう人材に事欠きません」
恐ろしいほど無能な奴は少なく、小悪党で利益や利権を嗅ぎ分ける能力に優れた人間が多いというわけか。
ニュルンベルク公爵などに言わせると、ゴミ虫のような連中であろう。
だから彼らは生きていたのか。
確実に皇帝の足を引っ張るだろうと予想されて。
「そんなわけでして、優秀なのに、賄賂が嫌でこちらに来てくれた人材もいます。これは幸運でした」
本当に意味で、余り者ばかり来れらていたら詰んでいたので、ある意味カーヴィン伯爵に感謝しないといけないのかもしれないな。
「下と中間はある程度揃いますけど、問題は指揮官ですよ」
陣借り者の応募数は、どういうわけか予想を遥かに超えている。
確実に一万人は超すであろう。
となると、それを指揮する人材の確保が必要だというわけだ。
「今日来る予定で……。来た」
その人物は、約束どおりの時間に姿を見せた。
「ポッペク殿でしたか」
クリストフは、俺が言う指揮官候補がポッペクだと知って安堵の表情を浮かべた。
彼の手腕については、すでに確認済みであったからだ。
彼は俺たちがサーカットの町に戻るのと同時に、あの老人主体の混成諸侯軍を解散して領地に戻っていた。
今は、サーカットの町との交易促進で忙しいはずなのだが、俺が無理に指揮官としての仕事を依頼。
それを快く受け入れてもらえたのだ。
「帝国軍人時代のコネで、元軍人も集めて来ましたぞ」
彼の後ろには、十数名の年配の元軍人たちが立っている。
大半が彼と同じく五十~六十代の老人たちだったが、その中に一人だけ、導師にも匹敵する体格を持つ屈強な中年男性が一人だけ混じっていた。
全身が鋼のような筋肉に包まれており、軍人の定型を絵に描いたような人物に見える。
岩石を切り出したような厳つい顔に、金髪を軍人定番の角刈りにしていた。
そればかりではなく、背中にバスターソードを背負っており、その腕前も凄そうだ。
見様によっては、凄腕の冒険者にも見える。
「元帝軍人で、『剛力将軍』と呼ばれたギルベルト・カイェタン・フォン・ボンホフ準男爵殿です。私が爵位を継いで領地に戻る前の数年ほど、先輩として指導していました」
「先輩には大変お世話になっていました」
「彼も将軍にまで上り詰めたのですが、数年前に実家のボンホフ準男爵が疫病で当主以下の家族を失いましてね。彼が急遽戻ったのです」
軍人としては優秀で三男なのに独自に騎士爵まで得ていたが、実家の断絶を座視するわけにいかずに、領地に戻って準男爵位を継いだそうだ。
中央の将軍位よりも、地方の領地。
俺は前者の方がいいような気もするが、貴族にとって、家の断絶とはトラウマに近いものなのかもしれない。
「ようやく領地の立て直しに成功したらこの内乱です。正直に言えば、ニュルンベルク公爵から反乱軍に誘われていました」
「断ったから、ここにいるのですけどね」
ただ以前、サーカットの町で軍政を敷いていた時には顔を出していなかったと思う。
もしかして、迷っていたとか?
「彼は当主ですし、ニュルンベルク公爵の誘いを熱心に受けていた件もありまして、最初はバウマイスター伯爵殿に顔を見せていなかったのです」
「今は、俺に手を貸していただけると?」
「私はニュルンベルク公爵からの誘いに迷っていました。ささやかな準男爵領と、力で帝国を支配するかもしれない反逆者ニュルンベルク公爵の腹心のどちらがいいのかと……」
どんな人間にも欲はある。
ボンホフ準男爵は実力で将軍にまで登りつめたのに、実家の都合でそのキャリアを捨てる羽目になった。
領地のためとは思いつつ、色々と思うところがあったのであろう。
「私は帝国軍幹部の大半が嫌いです。疎まれてもいました」
準男爵の三男が、将軍の席を一つ埋めていたのだ。
『下級貴族の分際で生意気な!』と、他の家柄自慢の軍系貴族たちに疎まれていたのは想像に難くない。
「それでも、ニュルンベルク公爵につく決断ができませんでした。反乱軍についてまで、大軍を指揮する自分が正しいのかという疑問に対し、答えが出なかったのです」
ニュルンベルク公爵につかず、帝都解放後は人手不足のはずなのに帝国軍からも相手にされず、腐りながら領地を運営していたところ、ポッペクに誘われたというわけか……。
「聞けば、千人以上の軍を指揮させてくれるとかで?」
「こう言うと帝国の人たちに失礼かと思うけど、陣借り者と食い詰め者ばかりの集まりで、俺は苦労を他の人に押しつけているだけだよ。金は出すけど」
治安悪化の要因になるかもしれないので外国人である俺に押しつけ、自分たちは安心してニュルンベルク公爵討伐を行い、戦後褒美と地位を得る。
そんな皇帝たちの都合に振り回されているだけだし、俺も自分でやりたくないので、他人に面倒事を押しつけているだけなのだから。
実際に採用してみると優秀な人も多かったが、討伐には参加できないで冷や飯食いだから不満があるかもしれない。
二つ名まである元将軍様が指揮するような軍勢ではいのではと、俺は思うのだ。
「それでも構いません。バウマイスター伯爵殿は、もうひと波乱あると予想しているのでしょう?」
「ええと……」
ポッペクに視線を向けると、彼は意味ありげな笑みを浮かべていた。
「ギルベルトを見た目で判断してはいけませんよ。私は、ニュルンベルク公爵にも負けない軍人だと思っていますから」
「それは先輩の買い被りでしょう」
「いいじゃないですか。私が勝手にそう思っているのですから。それで、彼を指揮官にして、私は参謀に回ろうと思うのです」
「えっ? それでいいんですか?」
ボンホフ準男爵の方が指揮官としての才能があるとはいえ、ポッペクは二十歳以上年下の部下になることに、抵抗はないのかと思ってしまうのだ。
「そんな理由でギルベルトの才能を潰したら、それは皇帝の周りにいるバカたちと同じではないですか。それに、私は元々参謀畑の人間です。大軍を指揮するには『将器』が必要ですから。私だと……数千人で限界でしょうね」
「そういうものなのですか……」
「そういうものだな」
声のした方を見ると、そこには導師を連れたフィリップの姿があった。
「久しぶりに見た。将の将たる軍人がいる」
「将の将たる?」
「軍人の才能の限界だな」
フィリップによると、人が軍人として努力を続けると、到達できる限界が徐々にわかってくるのだと言う。
「まるで人を率いる才能がない奴、数名が限界の奴、数十名、数百名。ある程度は教育でなんとかなるが……」
軍系貴族は、代々受け継いだ教育によって、よほどのバカでなければ数百人くらいまでは指揮できるようになるそうだ。
たまに救いようのないバカがいるので、それはお飾りの指揮官にして部下に任せてしまう。
平和な世の中だと、別にそれでも不都合はないのだと言う。
「うちの若い連中も?」
「エルヴィンより数歳年上くらいだから数百人が限界さ。もう十五年もすれば、数千人は大丈夫になる。王国の名だたる軍系貴族家の子供たちだからな。経験不足の間は家臣たちがなんとかするんだよ」
そういえば、トリスタン、コルネリウス、フェリクスらには実家に仕えている家臣の子供や親族などが、陪臣として彼らの補佐を行っていたな。
下級貴族や平民出身者は、最初の教育と、補佐する人材がいないのでなかなか数百名の軍勢を指揮できるようにならない。
高級指揮官に上級貴族家の人間が多いのには、そういう理由があるのだそうだ。
「それで、ボンホフ準男爵殿は?」
「だから、将の将たる器だ。俺はもう十年ほどで二万人くらいまではなんとかする自信がある。クリストフや優秀な部下たちが複数いれば、五万人くらいまではなんとかなるかな? ところが、ボンホフ準男爵なら十万人の軍勢を率いていても誰も不思議に思わない。それが『将器』というものだ」
軍記物語で聞いたような設定であったが、俺は軍事に素人なので、なんとなくしか理解できなかった。
「直接見ていないが、ニュルンベルク公爵もそうだな。彼は少数から大軍まで巧みに指揮をする。軍事においては天才だな」
「そう言われると、そんな感じがする」
そこで踏みとどまって優秀な軍人で終わっていてくれたら、俺がこんなに苦労する羽目にはならなかったのだが。
「ボンホフ準男爵が指揮官で、参謀として能力が高いポッペク殿が補佐するのが一番シックリくる」
「ポッペクが、それで納得ならそれで構わないけど」
フィリップの助言もあって、陣借り者たちを集めた帝国軍の指揮はボンホフ準男爵とポッペクに任せることにした。
さて、これからどのくらい兵が集まるのかは知らないが、とにかく養っていかなければならない。
磁器の量産に、魔物狩りによる食肉の確保、交易の促進で食料の輸入体制を維持、拡大しなければ。
人数が増えた分は、町の開発も進めないと駄目であろう。
ないよりマシなので開墾と雑穀の栽培も行い、純粋に住む場所の確保も必要だからだ。
「フィリップ殿の言うとおり、ニュルンベルク公爵やギルベルト殿は素晴らしい軍人なのであろうが、それよりも怖いのはバウマイスター伯爵だな」
「導師の意見に賛同だ」
導師とフィリップの発言で、その場にいた全員が俺の方に視線を向けた。
「俺?」
俺なんて、元はただのサラリーマンだから。
「陛下は、バウマイスター伯爵に払う報酬を惜しんで対ニュルンベルク公爵戦から外したが、ニュルンベルク公爵にとって一番のジョーカーは貴殿なのにな」
「えっ? 俺?」
俺は、ボンホフ準男爵の発言内容が理解できなかった。
魔法で無双は可能かもしれないが、それも敵に魔法使いが複数いれば対策されてしまうだろう。
軍の指揮能力などないし、剣の腕もサッパリで、とても指揮官として役に立つとは思えなかった。
「貴殿は優秀な魔法使いなので、殺すのが難しい。自分で稼げるから勝手に兵士が集まってくるし、その中から使える軍人も出てきた。さらに仕事を他人にすべて任せ、金もちゃんと出すし、それが惜しいという態度も見せない。小悪党からすれば怖かろうな。一見隙があるから、貴族としては大したことがないように見えるが、その実績は 大したものだ。ニュルンベルク公爵などから見たら、貴殿は不気味に見えるのかもしれない」
不気味って……俺ほど一般的な人間はいないのに。
「他人に任せているだけなのに、勝手に軍ができあがるからな。ニュルンベルク公爵は、バウマイスター伯爵が怖いだろう」
「そうなのか……」
怖かろうがなんだろうが、俺の敵に回ったので、ニュルンベルク公爵には死んでいただかないと。
ああいう手合いは、生かしておくとろくなことにならないからだ。
「とにかく、ボンホフ準男爵に帝国人たちを任せますので」
「時間は短いが、なんとかする」
ボンホフ準男爵はポッペクを参謀として、陣借り者たちの指揮官に就任した。
皇帝からの命令書によると、この軍は『帝国中央領域における、治安維持を担当する独立部隊』だと書かれている。
独立なので、よほど大軍を集めない限り問題にはならないはずであり、どうやら財布も独立らしく、しばらくは俺が手弁当で金を出している。
あとで、『実は独立採算性でした!』、とか抜かしたら魔法でもぶっ放してやろうかと思ったが、経費はすべてあとで清算してくれるそうだ。
当然、功績に見合った褒美も出ると書いてあった。
皇帝が、それを実行できればいいけど……。
先日、ようやく金貨百枚を貰ったが、それまでは銅貨一枚も貰っておらず、唯一貰ったのは昔の皇帝が着ていた古い服だけという時点で、色々と不安になってしまうのだ。
「しかし、予想以上に集まっているな」
ボンホフ準男爵が、通称『帝都周辺警備軍』の指揮官に就任してから二週間ほど。
サーカットの町には、多くの陣借り者たちがいまだに詰めかけていた。
どうやら、ボンホフ準男爵の軍人としての名声はもの凄く高いようだ。
退役して数年経っているにも関わらず、多くの志願兵たちが詰めかけていた。
指揮の補佐をする幹部たちも、昔のツテで順調に集まっているようだ。
基礎訓練、軍事調練、町と砦の拡張工事、野生動物と魔物の狩猟と、参謀長になったポッペクが立てた綿密な計画によって、すべて順調に進んでいた。
「しかし、二万人も集めて大丈夫なのかな?」
「あの皇帝、どれだけ人気がないんだろうな」
王国軍組の指揮だけに専念できるようになったフィリップは、次から次へと来る陣借り者や志願兵の多さに驚いていた。
同時に、皇帝の人望のなさにもだ。
「食わせる力があると、人は集まって来るのか」
経費も、磁器や服飾製品の販売でなんとかなっている。
衣食住を効率よく支給し、お小遣い程度しか与えていないので、辛うじて収支を黒字にしていたのだ。
勿論、あとで経費を請求するために詳細な請求書は、テレーゼ時代のものから含めてちゃんと保管してあるのだが。
もし踏み倒されたら、さすがの俺でもキレるだろうからな。
「ギルベルトが陣頭に立つと、軍が上手く収まる。なるほど、将器とはよく言ったものである!」
最近では、強力な魔物を多数狩って財政に貢献している導師が、軍事調練で陣頭に立つギルベルトを見て感心していた。
共に似たような風貌で、片や大軍を指揮する才能に長けた男、もう片方は個人で世界一の戦闘能力を持つ男と。
俺も含めて全員が、二人の気が合わない可能性を考慮したのだが、最初の顔合わせの時に……。
『貴殿の名は?』
『クリムト・クリストフ・フォン・アームストロング』
『王国の最終兵器と呼ばれている男か』
『そなたは、ギルベルト・カイェタン・フォン・ボンホフであったかな?』
『そうだ』
お互いに自己紹介をすると、なぜか二人はその場で伏せて腕相撲を始めた。
意味がわからん……。
しかも、導師は一切魔法を使わず、己の筋力だけで勝負している。
『なぜ腕相撲なのか?』、『その勝負の意味は?』という俺たちの疑問をよそに、二人はほぼ互角の勝負を繰り広げた。
とはいっても、双方の実力が均衡しているせいで、そのまま動かなくなってしまったのだけど。
そして数分後、二人は腕を離して勝負をやめた。
『やるな、貴殿』
『そなたもである!』
武闘派には、武闘派なりの友情の構築方法が存在するようだ。
きっと俺には、一生理解できないと思うが。
『よくぞ来てくれた。今日は某が一杯奢るとしよう』
『遠慮なく受け取ろう。私は大量に飲むがな』
『某もそうである。気にするな』
すでに今日の仕事は終わっていたので別に構わないけど、いきなり飲みに行かないでほしい。
そんな俺たちの気持ちなど無視して、二人はまだ夕方なのに、町にある酒場へと向かってしまった。
『仲よきことは美しい?』
『さあ? どうなのでしょうか?』
俺と同じく文系人間であるクリストフは首を傾げていたが、あれから二人は明け方まで飲んでいたらしい。
それでも次の日の仕事に支障がない点は素晴らしかったが、一つだけとんでもないお土産を俺に押しつけやがった!
翌朝、簡単に書類のチェックをしていると、そこに町の酒場のオヤジが請求書を持って現れたのだ。
『導師様と、お連れの方の分です。なんでも、バウマイスター伯爵様が支払ってくださるそうで……』
『俺が?』
なぜか二人の飲み代は、全額俺が負担することになってしまった。
そもそも、そんな許可を出した記憶がないのだけど……。
酒場のオヤジに渡された請求書を見ると、そこには二万五千六百七十セントという、とんでもない数字が書かれていた。
なるほど、どうせ俺が払うからなにも問題ないわけだ。
こういうのは経費……導師とボンホフ準男爵が揉めなかった必要経費なのか?
『飲み代で一万セント超え?』
『お二方は、我が店秘伝の五十年物のブランデーをひと樽空けてしまいましたので』
『……。あの二人、遠慮という言葉を知らないのか……』
導師は魔物狩りで財政に貢献しているし、ギルベルトは得難い人材である。
一回くらいならと考えて、俺はその請求書の金額を支払った。
これで調子に乗って何回も同じことをすればバカだが、特に導師はなまじ引き際を弁えているので、それ以降はそんなことをしていない。
なるほど。
これが優秀な軍人なのかと、俺はある意味納得してしまったのだ。
「バウマイスター伯爵が奢ってくれた、五十年物のブランデーは美味しかったのである」
「そんな貴重なものを、樽で飲まないでくださいよ」
代金は支払って貰ったものの、酒場の親爺は他のお客たちに出せなくなったと、少し落ち込んでいたのだから。
物が物なので、金さえ払えばすぐ手に入るという品ではないのだろう。
「バウマイスター伯爵よ。お主ほどの男が、細かいことを気にしては駄目なのである」
「痛い、導師。肩が痛い!」
「あはははっ! まだ鍛え方が足りないのである!」
紆余曲折があり、俺はほぼ独力で帝国内に兵力を保持することができた。
これがのちに、どのような形で俺たちの未来に関わってくるのか?
それは、現時点ではまだ誰にもわからないのであった。
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