第230話 連日の大会戦(後編)

「あとで、補償なりしないと駄目じゃの……」


「金がかかりますね」


「そうよの、それが一番痛い」



 

 そして、ようやく両軍は広大な麦畑の中で対峙する。

 反乱軍はほぼ均等に軍勢を三万人ずつ三つに割り、解放軍もほぼ五万人ずつ三つに割って、しかも同じ陣形であった。

 数で言えばこちらが圧倒的に有利なのだか、解放軍には爆弾が存在している。


「右軍のバーデン公爵公子たちはいいが、問題は左軍を率いるレーメー伯爵かの……」


 解放軍の数は多くなったが、ますます寄り合い所帯になってしまった。

 先日の敗戦で懲り、最初から解放軍に参加している貴族たちの軍勢を纏めている、バーデン公爵公子が指揮する右軍は普通に戦えるはずだ。

 問題は、レーメー伯爵が率いる左軍である。

 レーメー伯爵自身は爵位継承のために領地に戻ったが、元は帝国軍で将軍を務めていた。

 評判も悪くないし、爵位も伯爵なので左軍を任せるに相応しい人物だ。

 ところが、そこに参加している貴族たちには色々と問題がある。


「なんとも、困った話であるがの」


 新規参加の日和見組が多いので、戦力として大してあてにできないのだ。


「かと言って、そういう連中を全軍に分散して配置するとしよう。どうなると思う?」


「そこを突かれると、全軍崩壊の危機ですね」


「そこで、左軍は崩壊するものとして作戦を立てておる。中央軍の左軍側にはミズホ伯国軍を配置しているからの」


 中央軍の崩壊は防げるだろうし、レーメー伯爵自身が左軍の状態についてはよく理解している。

 最悪、当主のおかげで精鋭であるレーメー伯爵家諸侯軍と、一部信頼できる部隊を纏めて中央軍に合流する手はずとなっていた。

 残りの左軍を見捨てるようで悪いが、負けるよりはマシだ。


「左軍が半分残れば、少なくとも九万人の反乱軍に負けはせぬからの」


 ニュルンベルク公爵の軍事的才能のせいで、完全に撃破できますとは言えない状態なのが、解放軍には辛いところであった。


「こちらも辛いが、向こうも辛いはず。できる限りの準備は行った。あとは、どちらが神の恩恵を受けられるかじゃの」


 広大な麦畑を踏み潰しながら両軍は対峙を行い、まるで堰を切ったかのように戦闘を開始する。

 特に複雑な作戦などもなく、ただ両軍が戦っているだけだ。

 兵士や騎士たちが斬り合い、魔法使いがお互いに魔法を駆使して味方を有利にしようとする。

 『広域魔法障壁』などは使わずに、敵の数を減らす攻撃魔法の連発に傾注しているようだ。

 前線では弓に射られ、剣で斬られ、槍に突かれ、魔法で焼かれて徐々に死傷者が増えていく。

 負傷者は、運がよければ後方に運ばれる。

 そこで、従軍神官たちから治療を受けるのだ。

 ただ、それで治ったからと言って、必ずしも幸福とはいえない。

 また前線に戻っても、今度は戦死してしまう可能性もあるからだ。


「それにしても、左軍は駄目じゃの」


 戦闘開始から一時間ほど。

 俺たちは、フィリップが指揮する王国軍組と共に、テレーゼのいる中央の本陣で待機していた。

 椅子に座りながら定期的に戦況報告を受けるテレーゼは、徐々に押されつつある左軍に苦言を呈している。


「レーメー伯爵はよくやっているとは思うが……」


 問題は、前線でぶつかる前衛部隊の質にある。

 レーメー伯爵としては常に精鋭をぶつけたいが、それをすると戦いが長引くにつれて左軍の戦闘継続能力が落ちてしまう。

 仕方なしに交代制で駄目な貴族の諸侯軍もぶつけるのだが、こういう連中は最初からやる気がない。

 自分の軍勢が擦り減ると戦後に領地の働き手が減るので、損害を減らすためにすぐに後退してしまう者が多かった。

 左軍が下がり過ぎると、陣形に不均衡が生じてそこをニュルンベルク公爵に突かれる可能性がある。

 テレーゼは、息を合わせて中央軍と右軍を少しだけ下げる作業に苦戦していた。


「テレーゼ様。反乱軍の後背を突くために、別働隊による奇襲をかけては?」


 ずっと待機で暇であったエルが、テレーゼに意見を具申する。


「攻め込んだ王国軍の顛末を見るに、必ず見つけられて各個撃破されるであろうな。ニュルンベルク公爵はそういう才能に長けておる」


「駄目ですか……」


「エルヴィンには済まぬが、あの男相手に短慮は危険じゃ」


「それで、俺たちがここにいると?」


 俺たちが前線に出て戦えば確実に有利になるのに、なぜか温存されている。

 様子見の他に、テレーゼはなにか嫌な予感を感じているらしい。


「テレーゼ様、反乱軍側に動きがあったようです」


 テレーゼの勘は当たり、敵陣になにか動きがあるようだ。

 警戒していると、金属の塊のようなものがこちらに向かって走って来るのが見える。

 前線の部隊は、その金属の塊が速いので対応できないようだ。

 乗馬している騎士が前に出ると、相手は金属の塊なので弾き飛ばされて落馬してしまう。

 さらによく見ると、その金属の塊は四足で走っていた。


「見覚えがあると思ったら……」


「ゴーレムじゃねえか……」


 前に散々な目に遭ったゴーレムが、大量にこちらに襲いかかって来たのだ。

 その形状は虎や狼に似ており、俺とブランタークさんはその姿にデジャブを感じてしまう。


「面倒なのが来たわね」


 イーナの言う面倒が、もっと面倒になったのはその直後だ。

 前線の魔法使いが足止めに『ファイヤーボール』を放ったのだが、それにゴーレムに触れた途端、なんとゴーレムが爆発してしまった。 

 そして大量の金属片が散弾銃のように飛び散り、大量の負傷者を出していく。


「よっぽど運が悪くないと、死にはしないんだな……」


 ただし、怪我人は大量に出ている。

 負傷者は自分で後方に下がるか、仲間に運ばれて治療をするわけだが、その分戦闘力が落ちてしまう。

 部隊の交替をスムーズに行おうにも、すでにゴーレムによって陣形に穴が開いているので、そう上手く行くはずもない。

 テレーゼは悔しそうに、一旦後退して部隊を再編するようにと命じた。


「困ったのぉ……」

 

 続けて、ニュルンベルク公爵は次の手を打ってくる。

 ゴーレムの襲撃は中央軍と右軍に集中していたのだが、突然解放軍の弱点である左軍にそのほとんどを集中させた。

 この突然の奇襲により、味方左軍は大パニックに陥った。


「テレーゼ様、救援を出されては?」


「それどころではないわ」


 今度は、中央軍と右軍に反乱軍のほぼ全軍が殺到している。

 ニュルンベルク公爵は兵数の不利を、左軍の潰滅に拘らず動きだけを止めて解決してしまったのだ。


「これはまずいな」


 反乱軍八万人以上と、解放軍の中央軍と右軍約十万人が激突する。

 常に先手を打つ反乱軍に、数が多いはずの解放軍は押され気味であった。


「なるほど。九万で十五万に勝つ策か。やはり奴は、軍事の天才じゃの」


 テレーゼが味方左軍の方に視線を向けるが、大量に殺到するゴーレムのせいで、レーメー伯爵の精鋭以外、軍としての体を成していない。

 ゴーレムに魔法をぶつけて爆発させてしまい、負傷者続出で大混乱している軍勢の方が多かったからだ。

 中央軍と右軍ですら、ゴーレムによって作られた混乱と陣形の隙を突かれて、戦況は誰が見ても不利にしか見えなかった。


「どうします?」


 俺がテレーゼに解決策を問うと、彼女はしばらく考えたのち、次の作戦を指示した。


「当初の予定どおり、数の有利を生かす。それしかないからの。ブランターク! 導師!」


「出番ですか?」


「出番であるか?」


「ブランタークは妾の身の安全を第一に。ここで妾が負傷したり死ねば負ける」


「ですな」


 ブランタークさんが、すぐに『魔法障壁』を張る。

 俺も気がついていたが、味方をかき乱していたゴーレムで、いまだ爆発していなかった個体が一斉に爆発し、その破片がここまで飛んできたからだ。

 時限式の爆破装置でも付いてるのであろうか?

 ミズホ伯国には魔銃があるので驚きはしないが、もしかすると遺跡からの発掘物かもしれない。


「本当に嫌らしいゴーレムじゃの。導師は前線で好きにせい」


「任されたのである! 久々に暴れるとしよう」


 導師は自分専用のドサンコ馬に跨ると、杖をハンマーに変えてからそのまま前線へと走り出した。

 慌てたように、護衛の騎士たちが馬で導師を追いかけていく。


「さてと。ヴェンデリンは」


「左軍の立て直しと、反乱軍側面からの攻撃でしょうか?」


「よくわかっておるの」


 それが可能ならば、また戦況はひっくり返るはずだ。

 

「応援に行くぞ!」


 とにかく、大混乱している左軍をどうにかしないといけない。

 俺はフィリップとクリストフにも声をかけて、王国組と共に左軍への応援に向かう。


「新手だぞ!」


 左軍は、わずか数千の反乱軍とゴーレムたちによって混乱し、足止めされていた。

 兵数に差があるため、反乱軍は無理に左軍の殲滅を行わないで、その混乱を維持、拡大するのに集中している。

 敵軍はとてもよく訓練されており、俺たちの参入にもすぐに気がつき、対応するための小部隊を送り込んできた。


「悪いが、時間がないのでね」


 いつの間にか魔銃による騎射を覚えたヴィルマが指揮官らしき人物を狙撃し、ルイーゼは敵の馬に飛び移って騎士を叩き落としてから自分の馬に飛んで戻り、イーナも馬上で槍を巧みに操って敵兵を倒していく。

 みんな、この内乱のせいで、大分対人戦闘に慣れてしまったようだ。


「邪魔ですわ」


 カタリーナは、俺たちを見つけて襲いかかってくるゴーレムを『ウィンドカッター』で破壊し、破片が飛んでくると『魔法障壁』で防いでいく。

 それにしても、ダメージを与えれば爆発し、黙っていても時間がくれば自爆するゴーレムなど迷惑のタネでしかないな。

 

「ヴェンデリンさん、いいアイデアを思いつきましたわ」


 『岩壁』でゴーレムを囲ってしまうと、その中で勝手に自爆し、破片も『岩壁』に阻まれて飛び散らないことをカタリーナが発見した。

 味方の他の魔法使いたちも真似し始めるが、たまに魔力をケチって『岩壁』を薄くしてしまい、『岩壁』の破片も飛び散らせて損害を増やしてしまう者もいる。


「魔力をケチらないでください!」


 カタリーナに怒られて、初級、中級レベルの魔法使いは身を震わせていた。

 見た目と普段の行動からは想像がつかないが、カタリーナは俺と導師がいなければ大陸でも五本の指に入る魔法使いなので、みんな畏怖の目で見ているのだ。


「ようやく到着か……」


 左軍は、その中心部でレーメー伯爵が自身の諸侯軍と、信頼できる数名の貴族たちの諸侯軍も纏め、防衛戦闘に移行した。

 その数は一万人ほどで、他の約四万がその周囲で混乱している。

 レーメー伯爵が懸命に混乱の鎮静化に努めるが、ゴーレムと敵軍にかき乱されて上手くいかないようだ。


「バウマイスター伯爵殿か。混乱している部隊の方が多いので苦戦しておるよ」


 それでも中核の部隊を混乱させていないだけ、レーメー伯爵は優れた軍人であると言える。

 

「とにかく時間がほしい。反乱軍の部隊に隙ができれば……」


「やってみましょう」


 俺に考えがあった。

 数の少ない反乱軍は、左軍をかき乱し続けるために必要なゴーレムを減らさないよう、定期的に所持しているものを稼働させている。

 その流れを絶ち、逆に彼らに混乱を与える方法を思いついたのだ。


「(失敗しても怒らないでねと)」


 かなり大量の魔力を使って、『石つぶて』を敵左軍上空に展開する。

 たかが『石つぶて』と思うかもしれないが、距離と範囲を考えると相当魔力を消費してしまうのだ。


「なぜ、こんな地味な魔法を?」


「ゴーレム対策です」


 数秒後。

 左軍を担当する敵左軍の中心部に『石つぶて』が降り注ぐ。 

 ゴーレムの破片よりも威力は低かったが、直後に多くの爆発を確認した。

 こちらに送り込む前のゴーレムに『石つぶて』がぶつかり、そのショックで大爆発を起こしてしまったのだ。

 至近な上に数も多かったようで、反乱軍左軍は大混乱に陥った。


「今です!」

 

 反乱軍は精鋭部隊が多いので、あまり時間をかけられない。 

 レーメー伯爵にフィリップが協力して味方左軍の混乱がある程度鎮静化し、逆に敵左軍に襲いかかった。


「数はこちらの方が多い! 押せ!」


 フィリップがなし崩し的に、いくつかの諸侯軍と協力して敵左軍へと攻撃をしかける。

 前線に立った俺とカタリーナは魔法を連発し、エルとハルカは刀で斬りかかり、イーナは槍で、ルイーゼも前に出て敵兵を倒していく。

 

「ヴィルマ、アレだ!」


「わかった」


 ヴィルマも、馬上から狙撃用の魔銃で指揮官や魔法使いを次々と狙撃して始末していく。

 魔法使いの中には『魔法障壁』で防ぐ者もいたが、それは俺の魔力で『ブースト』をかけ、強引に突き破って始末している。

 いくら精鋭揃いでも、魔法使いや指揮官が戦闘不能になれば統制が取れなくなる。

 次第に前衛部隊から混乱し始めた敵左軍は、数が多い味方に押されて徐々に後退していった。


「押せ! 押せ!」

 

 フィリップがいつの間にか前衛部隊の総大将のような扱いで、敵左軍に打撃を与えながら押していた。

 なるほど、確かに素晴らしい指揮官ぶりである。


「なぜ紛争では役に立たなかったのか」


「それを言わないであげてください。せめてもの情けです」

 

 俺の傍にいるクリストフが、そっと自分の兄にフォローを入れた。

 敵中央軍と敵右軍との戦闘はほぼ互角であったが、ようやく敵左軍を追い込むことに成功した。

 フィリップがレーメー伯爵と協力して、他の練度と士気の低い味方の尻を叩いて攻撃を続ける。

 

「ヴィルマ、あいつだ」


 俺たちも前線に出て、積極的に指揮官や魔法使いを始末していく。

 指揮官の戦死で指揮を引き継ごうとした騎士を見つけ、ヴィルマに狙撃を依頼する。

 ほぼ百発百中の腕前を持つヴィルマの狙撃で次席指揮官も戦死し、なかなか前衛部隊の立て直しを図れない敵左翼は、徐々に纏まりを欠くようになっていた。

 

「ヴェンデリンさん、油断大敵ですわよ」


「カタリーナが防いでくれると思ったんだ。カタリーナは、優しいから」


「褒めても、なにも出ませんわよ」


 前線に出た俺を狙って弓と魔法が飛んでくるが、それらはすべてカタリーナによって防がれてしまった。

 続けて彼女の反撃を食らい、次々と魔法使いや騎士たちが殺されていく。

 『暴風』の名に相応しく、すべて風魔法によって切り裂かれていた。


「ヴェルもカタリーナも、容赦がないのね」


「しょうがないさ」

 

 初級でも魔法使いを一人失えば損害は大きいのに、すでにこの内乱では多くの犠牲者を出している。

 戦後、その悪影響は大きいはずだが、手加減をして自分たちが殺されていれば世話はない。

 それに、戦場で殺せばそいつは二度と魔法を使えない。

 派手な広域魔法よりも、敵魔法使いの『魔法障壁』を打ち抜く『ブースト』に俺は多大な魔力を割り当てていた。


「私も死にたくないから同じか……」


 イーナが魔力を込めて投擲用の槍を投げると、少数の騎馬隊を率いていた騎士の体に突き刺さる。

 その騎士は落馬して地面の落ち、ピクリとも動かなくなった。


「左軍を率いている大将がいるはずだ」


 フィリップが指揮する王国組と、レーメー伯爵が完全に把握している部隊以外は相変わらず烏合の衆であったが、今は敵を押しているので戦況は圧倒的に有利であった。

 連携もクソもないが、攻撃に参加するまでには混乱は鎮静化している。


「もうひと押しだ!」


 敵左軍は混乱して後退を続けるが、数が少ないのになかなか決定的な崩壊を見せない。

 さすがは、ニュルンベルク公爵が鍛えている軍勢とでもいうべきであろうか?

 それでも、視界に敵左軍を指揮している軍人の姿を確認した。


「誰なのかはわからないけど……。ヴィルマ」


「了解」

 

 ヴィルマが馬上で魔銃の照準を合わせると、すぐに引き金を引く。

 それに気がついた二名の魔法使いが『魔法障壁』を展開するが、さすがに魔法使いの数が払底してきたらしい。

 中級の上レベルが二名だったので、これもヴィルマに狙撃させて一気に『ブースト』で『魔法障壁』を貫通させて倒す。

 この三名の死で、敵左軍はその混乱をさらに増加させた。


「あとはレーメー伯爵に任せる。バウマイスター伯爵、行くぞ!」


 敵左軍はまだ完全には崩壊していないが、しばらくは攻勢に出られないはずだ。

 そこで敵左軍への対処はレーメー伯爵に任せ、フィリップが指揮する一万名ほどで、敵左軍の後退によって横合いを曝した敵中央軍に攻撃を開始した。


「敵中央軍を前後に割ってしまうのか」


 カタリーナと共に先頭を馬で走るフィリップの脇を固めながら、ニュルンベルク公爵自身が指揮している中央軍へと突入を開始する。

 横合いから攻撃されて、敵中央軍は綺麗に前後に分断されてしまう。

 これにより、敵中央軍の前の部分はテレーゼが指揮する味方中央軍に挟まれる格好になった。


「このまま、テレーゼたちと挟み込んで勝利とか?」


「そんなに甘くない」


 確かに、敵軍を分断しつつあるが、完全包囲となると難しい。

 俺たちはその場を素早く駆け抜けないと、逆に前後を敵軍に挟まれて壊滅する危険もあったからだ。

 フィリップは、俺の考えを否定した。


「敵右軍も前後に切り裂きつつ、俺たちは右側に抜ける」


 敵中央軍を前後に分断したあと、すぐに敵右軍にも突撃をかけてその軍勢を前後に割ってしまう。

 その際にできる限りの攻撃を行って損害を増やしていくが、あまり長居もできない。

 この状況でも反乱軍は瓦解せず、それぞれが部隊ごとに対応を行っているのが凄かった。


「羨ましいくらいに精鋭だな」


 それでも、フィリップの敵軍横断策によってしばらくは味方が有利になった。


「横合いから切り裂いても瓦解しないか……。烏合の衆の解放軍とはえらい違いだな。もう一度行くぞ」


「えっ? もう一度?」


「俺たちは左軍の応援に来たんだ。まともな軍勢をレーメー伯爵から預かっているし、もう一度横断すれば元の場所に戻れる」


「正論だけど、もの凄いことを考えるなぁ……」


 フィリップは手早く軍勢を纏めると、もう一度敵右軍の横合いから突撃を開始した。


「まともに考えれば、敵は俺たちが右軍の包囲戦術を行うと思っているはずだ。意表を突くと共に……」


「共に?」


「反乱軍の練度が尋常ではない。左軍が危ないかも」


「なるほど」


 すでに混乱状態を立て直し、元々一番弱い味方左軍を圧迫している可能性があるとフィリップは言うのだ。

 俺とカタリーナは中規模の『カッタートルネード』で敵右軍横合いに穴を開けてから、再び突撃を開始する。

 前に塞がる敵だけを俺とカタリーナの魔法、エルとハルカの刀、イーナの槍、ルイーゼの投石や打撃、ヴィルマは久々に馬上で大斧を振るって倒していく。

 反撃も激しくかなりの犠牲は出たが、それでも横合いを突かれた反乱軍の方が損害は大きいはずだ。


「腸を食い破られているのだからな。普通の軍勢なら崩壊しているはずなんだが……」


 自ら剣を振るいながら、フィリップはニュルンベルク公爵が鍛えた軍勢の強さに半ば呆れているようだ。

 

「バウマイスター伯爵、もっと大きな魔法で一気に敵を吹き飛ばせないのか?」


「無駄だと思うよ」


 フィリップは優秀な指揮官であったが、やはり魔法使いには詳しくないようだ。

 試しに巨大な『ファイアーボール』を作って敵にぶつけようと頭上で準備をしていると、そこに様々な方向から『氷の矢』が飛んできて打ち消されてしまう。

 

「ほらね」


「なるほど」


 ベテランの魔法使いならば、俺が巨大な魔法を発動させようとするとすぐに気がつく。

 ニュルンベルク公爵の軍勢は連携も優れているようで、自分だけで打ち消せなくても、複数で俺の『ファイヤーボール』を打ち消してしまった。

 これを防ぐには、小規模の魔法を連発して少しずつ数を減らしていくしかないのだ。


「すまない、また押されている」


 もう一度反乱軍を左右に切り裂いてから左軍のいる位置に戻ると、再び混乱を回復させた反乱軍に押されていた。

 レーメー伯爵が懸命に応戦するが、どういうわけか数の少ない敵に押され続けている。

 

「先ほど、大将らしき人物を討ったのになぁ……」


「次席指揮官への継承か完璧なのか、もしかするとあれは影武者で、兵士の格好にカモフラージュして指揮しているのかもしれない」


 それを行われると、こちらとしてはお手上げである。

 魔法使いならば変装してもわかるが、変装した指揮官を見分けるのは難しいからだ。


「全体的に押されてきたな」


 フィリップは、テレーゼとアルフォンスが指揮する中央軍と、バーデン公爵公子が指揮する右軍も押されているのに気がつく。


「損害を抑えるために徐々に引いているから崩壊の心配はないが……」


 せっかく自爆ゴーレムを潰したのに、元の軍勢の練度の差で押されているとは笑えない。

 テレーゼが指揮するラン族と、ミズホ上級伯爵が指揮するミズホ伯国軍は精強さを知られるが、他の諸侯軍との連携の甘さを突かれ、後退を余儀なくされているらしい。


「ミズホ伯国軍の魔銃部隊は?」


「あれは接近戦に弱い」

 

 前線が乱戦状態である以上は、そう簡単に使えるものではないか。 

 

「ついでに言うと、ニュルンベルク公爵はもう対策を立てたそうです」


 腕っ節がイマイチなので俺たちの傍を離れないクリストフが、中央軍から来た伝令経由で情報入手していた。

 すぐに金属製の盾を準備して、魔銃を防ぐようになったそうだ。


「抜刀隊は?」


「そちらも苦戦しています」


 敵軍に『魔剣』を装備している部隊がおり、しかも彼らが持つ魔剣の質が以前よりも圧倒的に優れているらしい。

 

「ニュルンベルク公爵が秘匿していたのでしょうね。以前の帝国軍が装備していた魔剣よりも、圧倒的に性能が優れているようです」

 

 まだ『魔刀』には及ばないそうだが、装備している人数が多く、抜刀隊と膠着状態になってしまった。

 戦死者量産部隊が機能しないのであれば、中央軍が苦戦している理由もよくわかるというものだ。


「導師は?」


「これも苦戦中」


『ふぬぁーーー! またゴーレムであるか!』


 彼と軍勢をぶつければ、軍勢の方が溶けるとニュルンベルク公爵は理解しているのであろう。

 そこで、準備していた大量の自爆タイプゴーレムを導師にぶつけているようだ。

 どおりで、景気のいい戦果報告が聞かれないわけだ。


「つまり、完全にこちらの戦力に対抗する手段を考えていたわけだな」


「それでどうなる?」


「このまま少し押され気味で夕暮れになると、双方兵を退くわけだ」


 フィリップの予言どおり、日暮れ時になると両軍は兵を退いた。

 反乱軍は、帝都方面に向けて徐々に後退を始める。


「誘うのが上手いな」


 味方左軍は疲労でボロボロの状態なので、フィリップもレーメー伯爵も追撃などは考えていなかった。

 テレーゼもそうであろう。

 ところが、ここに来て混成部隊の弱みが出た。


「追撃して戦果を!」


 一部貴族たちがニュルンベルク公爵の誘いに乗り、勝手に軍を率いて追撃を開始してしまったのだ。


「やめさせないと」


「無駄だ」


 ここで、諸侯混成軍の弱みが露呈することとなる。 

 一応テレーゼ、レーメー伯爵、バーデン公爵公子に上位指揮権があるのだが、それに強制力があるわけではないからだ。

 諸侯軍は一種の独立した軍なので、ここで単独で追撃をかけても、命令違反者を処罰する法的根拠がなかった。

 実は統一指揮権に関しては、王国でも曖昧な部分がある。

 常識的に従う貴族たちが大半であったが、別に従わなくても有罪というわけでもないのだ。


「さすがに、王国軍や帝国軍は罰せられるけどな」


 フィリップは生暖かい目で追撃に向かう部隊を見送り、大方の予想どおり逆撃を食らって大損害を出し、退却してくるのを確認した。


「言わんこっちゃない」


「敗戦の責任は、自分に帰するのが諸侯軍というわけだ」


 フィリップは、敗走してきた味方諸侯軍に対し辛辣だった。

 失った兵は、すべて領内の領民たちである。

 貴重な労働力を失った時点で、すでに大きな罰を受けているというわけだ。


「明日からどうなるんだろう?」


「このままだと思うがね」


「そこまでわかるのなら、テレーゼに進言したら?」


「王国貴族の俺が余計な差し出口をすると危ないぞ。バウマイスター伯爵がフィリップ公爵殿のお気に入りというだけで、妙にピリピリしている貴族もいるからな」


 このところ勝利していたので、解放軍に参加している貴族たちの間で、再び内乱後の政治状況を巡って駆け引きが始まってしまったらしい。

 できればテレーゼの婿となって女帝夫君になりたいものだと、欲の皮を突っ張らせた貴族たちが増えてきたわけか。


「勝てるかどうかわからないのに、もうそんな相談かよ」


「アホな奴ほど、頭の中に浮かんだバラ色の未来図に酔うものさ。昔の俺がそうだった」


 過去に失敗しているフィリップが言うと説得力がある。

 その日は呆れて早めに寝てしまったが、それから五日間。

 解放軍は、毎日同じ戦いを繰り返していた。

 数の少ない敵に押され、俺、導師、ミズホ伯国軍への対処も完璧で、夕方まで無駄に戦いを続ける。

 さすがに、徐々に帝都に向かって後退を続ける反乱軍を追撃するバカは一日目でいなくなった。

 ところが、ニュルンベルク公爵の軍勢は夜襲を行える精鋭なので、その対処にテレーゼは余計な手間をかけることとなった。

 そして夜襲は行われず、解放軍は無駄に疲労を溜めていた。

 

「イライラするの」


 都合六日間の戦いで、反乱軍は帝都近郊まで軍を退いていた。

 遺棄された死体から一万三千人もの戦死者を出していると推測されたが、解放軍は二万五千人もの犠牲者を出している。

 なぜこういう結果になるのかと言うと、反乱軍は精鋭で、最初に度肝を抜いたミズホ伯国軍への対処も完璧で、地下遺跡から発掘したと思われるゴーレムなどを有効に使っているからであろう。

 俺の魔法も、なにかあった時のために温存という指示のせいで、あまり貢献しているとは言えなかった。

 なんでも俺たちでゴリ押しすると、他の貴族たちからの不満が出る。

 組織のトップであるテレーゼは、それにも配慮しないといけないわけだ。


「このまま帝都に籠られて、攻城戦になるのかな?」


「それをされると負けるな」


 エルが予想した籠城戦でこられると、野戦でも勝てないのに攻城戦など以ての外という話になる。

 解放軍は徐々に参加貴族も増えて兵力の補填も完璧であったが、いまだに反乱軍の主力を瓦解させていない。

 決して油断できる相手ではなかった。


「明日に備えて寝るか……」


「一週間連続で会戦かぁ」


 エルの嘆きに賛同しながら、明日に備えて寝ることにする。

 ところが朝に起きると、俺が予想もしていなかった事態が訪れた。


「ヴェンデリンよ。反乱軍は、昨夜の内に帝都を放棄して南部に撤退したそうじゃ」


「ええと……。意味がわかりません」


「そうか? 妾が言ったままであるぞ」


「えっ? なんで?」


「それは妾が知りたいわ」

 

 テレーゼから緊急に呼び出されて本陣に向かうと、反乱軍が帝都を放棄して撤退したという、信じられない報告を受ける羽目になった。

 解放軍の最大の攻略目標を、ニュルンベルク公爵が呆気なく放棄してしまったというのだ。


「貴族たちの中には、無邪気に喜んでいる者たちも多いがの……」


「それは羨ましいですね」


「そうよな」


 こうも簡単に帝都を放棄した以上、なにか策があるはずだ。

 そう考えると、俺とテレーゼは素直に喜べずにいた。

 そしてその懸念は、すぐに現実のものとなる。

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