第229話 連日の大会戦(前編)
サーカットの町の拠点化を終えた俺たちは、テレーゼから解放軍が落としたアルハンスに呼び出されていた。
無事に帝都を窺える拠点を得たので、参謀でもある俺に傍にいてほしいのだそうだ。
俺たちの留守中、ブランタークさんと導師が護衛をしていたので寂しくはなかったと思うのだが、テレーゼは俺に執着しているのからなぁ。
大体の工事を終えたサーカットの町を他の帝国貴族たちとポッペクたちに任せて、俺たちはフィリップとクリストフも連れてアルハンスへと到着した。
さすがは副都扱いされているだけあって、アルハンスはブライヒブルクよりも規模の大きい都市であった。
テレーゼは、包囲作戦で補給を絶ってから降伏交渉で落としたと聞いている。
そのおかげか、アルハンスに目立った損害は見受けられなかった。
「いい場所を落としたようだね。助かったよ」
「まあ成り行きで?」
俺たちを出迎えに来たアルフォンスは、サーカットの町と砦を確保した俺たちに感謝の言葉を述べた。
そのままだと大して役にも立たないが、町と砦の拡張工事を行ったので、反乱軍を圧迫できる拠点がもう一つ増えたからであろう。
「サーカットの町とはね。砦は三十年も前に地元の商人たちが倉庫にしていたから、報告を受けるまで、誰も気がつかなかったんだよ」
修復すれば使えるかもしれないが、修復しないと防御が覚束ないので無理に落とす必要を感じていなかった。
その前に、サーカットの町の有効性に気がついた者が、解放軍内に一人もいなかった。
テレーゼとアルフォンスからすれば、生まれる前に整理されてしまった砦なので、思い出す以前の問題であったのであろう。
「アルハンスとの道を繋げば、戦線で帝都を圧迫可能なので助かったよ。街道もかなり整備してくれたみたいだね」
「戦闘がなくて暇だったからな」
今回の進軍で、俺はほとんど戦闘をしていない。
『低周波治療器』で、ポッペクたち脅して降伏させたくらいだ。
最初彼らは間抜けに見えたが、あの行動もすべて計算ずくだったのだけが想定外だったけど。
サーカットの町が解放軍の拠点となり、町と砦が強化された。
その経済圏に自分たちの領地が入っており、そこまで考えて動くとはさすがは元帝国軍のエリート軍人。
サーカットの町にいる間、ほぼ工事しかしないでも仕事が回るわけだ。
王国軍組の指揮はフィリップとクリストフに任せているし、その過程でエルの教育も頼んでいる。
ハルカの補佐を受けながら、エルは忙しいながらも充実した日々を送っていた。
『俺は結構暇なんだけど……』
『ヴェルは工事に行けよ。俺はハルカさんと部隊の指揮の勉強で忙しいから』
『バウマイスター伯爵領でやっていることと差がないなぁ……。なにか刺激的な出来事が……。エルがまたフラれるとか? 実はハルカに秘密の恋人がいたとかで』
『あるか! 縁起でもない! 休みには必ずデートしているからな』
砦や町の工事内容を考えると、土木冒険者と言われていた頃とさほど違いがないような……。
それにしても、婚約者と毎日仕事も私生活も一緒に仲よくとか、エルの奴も羨ましい日々を送っているな。
「大活躍であったな。ヴェンデリンよ」
「大活躍?」
テレーゼは、アルハンスの町の政庁で大量の書類と格闘していた。
ここは直轄地で大都市でもあるので、占領して統治するとなると膨大な仕事量になってしまう。
降伏した捕虜の管理もあるので、大量の書類が発生して、彼女の仕事をますます増やしていた。
「ブランタークさんが、書類の整理?」
「伯爵様たちがいないからなぁ……お鉢が回ってきたわけだ」
エリーゼとイーナもいなかったので、その一部をテレーゼの護衛をしているブランタークさんも担当する羽目になったようだ。
彼は教育も受けたインテリなので、こういう仕事も普通にこなせる。
ブライヒレーダー辺境伯に厚遇されて当たり前の人材なのだ。
「あの……。伯父様は?」
「奥方様よ、あの導師が書類の処理なんてすると思うか?」
「ええと……。極たまにはしているかと……王宮筆頭魔導師ですから……」
ブランタークさんの問いに、エリーゼは自信なさ気に答えた。
世間において魔法使いは頭脳労働者と見られるし、教育を受けている者が大半だと思われている。
ただ、イメージ力だけで魔法を使いこなす人も多いので、意外と無学な人も多いのだ。
地方の農民が魔力に目覚めると地元に留め置かれるので、余計にそういう傾向が強かった。
本当は、勉強して魔法に必要なイメージ力を育てた方がいいのだけど、それに気がつく地方貴族が少ないのだ。
中には、ちゃんと教育を受けさせる貴族もいなくはないけど。
それなのに導師は、見た目だけで周囲の貴族たちから頭が悪いと思われている。
実はそんなことはないのだけど、性格的にチマチマとした書類仕事などは苦手で、本人もそういう仕事を任されるのが嫌なのでやらない。
なので、余計に脳筋だと思われていた。
「導師って、テレーゼ様の護衛役じゃないのか?」
「今の状態なら、ブランターク様一人でも大丈夫だと思いますが……」
テレーゼの護衛役のはずなのに、彼女の傍にいない導師。
そんな彼に対し、エルとハルカは『あり得ない!』といった感じの表情を浮かべていた。
「某なら、ここにいるのである!」
「出たぁーーー!」
エルは、突如姿を現した導師にビックリしたようだ。
「某は、隣の部屋で待機していたのである。エルヴィン少年よ。いくら某でも護衛の仕事はまっとうしているのである!」
「そうだったんですか。ですが、どうしてテレーゼ様の傍にいないのです?」
「決まっているのである! 書類仕事が嫌だからである!」
「堂々と言いきった……」
ハルカは、常に本音で生きる導師の言動に絶句した。
ミズホ伯国は日本に似ているので、導師のような人間にカルチャーショックを受けているのであろう。
「なにはともあれ、ヴェンデリンたちが戻って来てよかった。まずは、この大量の書類を手分けして片づけるとしようかの」
「俺たちもやるのかよ!」
「ヴェンデリンは、妾の参謀だからの」
本当に色々と切羽詰まっていたようで、俺たちはそれぞれに理解できそうな書類を渡され、チェックを始める。
勿論、最後の確認とサインはテレーゼの仕事であった。
「アルフォンスさんがいない」
ヴィルマが、いつの間にかアルフォンスの姿がいないことに気がつく。
急ぎ執務室前の衛兵に聞くと、所用で町に出かけたそうだ。
「さすがは、俺の心の友。逃げるのが早いぜ……」
俺は、これまでの戦いの戦功判定を記した書類をチェックしながら、アルフォンスの逃げ足の早さを称賛した。
これこそ、今の俺に必要なスキルだと思うのだ。
「ふと思うけど、外国人の俺たちがこういう書類を見て大丈夫なのだろうか?」
「情報が漏れると考えておるのか?」
俺の呟きは、テレーゼに聞こえていたようだ。
逆に俺に聞き返してくる。
「まあそういうことです」
「戦後にこの書類の情報を王国に渡しても、すでに鮮度が落ちているから役に立たぬぞ。さすがに、漏れるとまずい書類は渡しておらぬからの」
さすがに、そのくらいのことは考えているようだ。
「もっとも、ヴェンデリンが妾の夫として帝国に残るのであれば、最重要機密情報にも触れる機会が多くなるであろうな」
「テレーゼ様、書類の間違っている箇所はここです」
「テレーゼ様、この書類の予算項目は合算が間違っています。あと、この領収書は怪しいですね。出した人に釘を刺しておくべきです」
またもテレーゼが俺を口説きにかかったので、エリーゼとイーナが不備のある書類を彼女の前に突きつけて遮ってしまう。
「お主ら、妙に優秀じゃの……」
エリーゼは完璧超人なので書類仕事も上手だし、イーナもこの手の仕事が得意だとこの内乱で周知されるようになっていた。
「ええと……。七と五を足すからここで一桁繰り上がって……。あれ? 合っているよね? なんか心配になってきたなぁ。もう一度……」
逆に、感覚で生きている部分があるルイーゼは、大量の書類の前で四苦八苦していた。
やはり、何事にも相性というものがあるようだ。
「カタリーナ、ここ間違ってる」
「おかしいですわね」
カタリーナは書類仕事もある程度早めにこなせるが、結構ミスが多い。
逆にヴィルマは遅いが正確で、カタリーナにミスを指摘することが多かった。
この二人、性格は正反対かもしれないが、実は相性がいいのかもしれない。
「こういう仕事も必要なんだろうけど……」
「エルさん、頑張りましょう。あとで大福をオヤツに作りますから」
「そうだな、頑張ろう」
エルは、ハルカと二人で違う世界を作っていた。
基本的にハルカが、上手くエルが仕事をこなせるように補佐している。
すでに尻に敷かれているのだが、エル本人はそう思っていないので問題はないだろう。
「(これが、上手く旦那を立てつつコントロールする女性か……)」
などと感心してから一時間ほど。
ようやく書類が片付いたので、俺たちはオヤツを食べながらテレーゼと話をすることにした。
「あまり上手ではないのですが……」
オヤツは、ハルカの予告どおり大福であった。
作った本人がそのできを謙遜しているが、店で売っているのと差が見つからない。
「甘さが控えめで美味しいよ、ハルカさん」
「そうですか。安心しました」
「ハルカさんは料理もお菓子も上手なんだから、俺は全然心配していないって」
二人を見ていると、まるで新婚夫婦が食卓を囲んでいるようにも見える。
ふとテレーゼを見ると、とても羨ましそうな顔をしていた。
俺は見なかったことにする。
「豆大福と塩大福も美味いなぁ」
「甘い物に塩って大丈夫かと思ったけど、甘じょっぱいのが癖になるね」
ルイーゼも、初めて食べる塩大福が気に入ったようだ。
「ところで、イチゴ大福は?」
「えっ?」
「イチゴと大福ですか?」
俺の問いに、エルとハルカが絶句した。
二人の中では、大福とイチゴの組み合わせはあり得ないのだろう。
「妙な組み合わせね。大丈夫なの?」
イーナは味を心配しているが、実は俺は知っている。
イチゴと大福の組み合わせが最高であるという事実をだ。
この世界のイチゴは、栽培に手間がかかる作物なので高級品扱いである。
日本のものより小粒で酸っぱいのだが、逆に爽やかさを引き立ててくれるはず。
「バウマイスター伯爵様が、そう命令なさるのなら……」
ハルカは、俺の命令どおりイチゴ大福を作り始める。
「味が不安である」
導師が珍しく心配していたが、少々不味いものでも、腐ったものを食べても腹を壊しそうにないので、無用な心配だと俺は思うのだ。
「完成しました」
大福の材料が残っており、イチゴも俺が魔法の袋に取っておいたので、イチゴ大福は無事に完成した。
久しぶりに見るイチゴ大福。
実に美味しそうである。
「ヴェンデリンさん、本当に大丈夫なのですか?」
カタリーナが心配そうに口に運ぶが、甘い物なので拒否をすることはなかった。
ダイエットはいいのであろうか?
それだけが心配である。
他のみんなも一斉に試食を始めるが、最初の不安はすぐに吹き飛んでしまったようだ。
全員が、イチゴ大福の味を絶賛し始めた。
「あなた、とても美味しいです」
「あれ? 組み合わせは変なのに美味しいですね」
料理が得意なエリーゼとハルカは、イチゴ大福の味を絶賛した。
「でも、よく思いつくよね。ヴェルは」
「本当、不思議」
「ふっ。俺には、食の神がついているのさ」
ルイーゼとヴィルマも、感心しながらイチゴ大福を食べている。
実はただのパクリであったが、知られなければパクリではない。
それとこの世界の人たちは、神からの啓示だとか言うと、かなりの確率で信じてしまう傾向があった。
はぐらかすには、体のいい隠れ蓑なのだ。
「それよりも、これから先の話なんじゃないのか?」
甘い物にはあまり興味がないブランタークさんからの指摘で、ようやくテレーゼからこれからの方針を聞くこととなる。
「テレーゼ様」
「うむ……。それにしても、このお菓子は美味しいの」
テレーゼ本人はイチゴ大福に集中しすぎて、ブランタークさんに声をかけられるまで忘れている有様であったが。
「なるべく多数を率いて、帝都方面に進撃じゃの。途中でニュルンベルク公爵が手ぐすね引いて待っておるよ」
ニュルンベルク公爵は自分が得意な野戦に持ち込んで勝利を得たいようで、アルハンス攻略後に挑戦状を送りつけてきたそうだ。
「ニュルンベルク公爵は、籠城戦が苦手なのかな?」
「というよりも、そちらの方が早く片付くからの」
そろそろ春なので、できれば一日でも早く内戦を終えて国家の再建を行いたいのであろう。
理由は違うが、双方共にこれについては意見を同じくしているみたいだ。
「そう思うのであれば、最初から反乱など起こさねばよいのである!」
イチゴ大福を頬張りながら、導師がニュルンベルク公爵に文句を言う。
「それは今さらとも言うがの。帝都の手前には大規模会戦が可能な平地が数ヵ所ある。そこで、妾たちを待つのであろう」
そのため、今までニュルンベルク公爵は子飼いの戦力をなるべく消耗させずに、解放軍の主戦力であるフィリップ公爵家諸侯軍とミズホ伯国軍に消耗を強いてきたのだから。
「そのせいで、捨て駒にされた貴族たちには恨まれていますけどね」
消耗品扱いで大きな損害を受けたのだから、ニュルンベルク公爵を恨んで当然であろう。
だが、表だって彼に文句を言えば潰されかねない。
ニュルンベルク公爵が精鋭を帝都周辺に集めているのは、彼らに対する牽制も含めてなのであろうから。
「妾たちも調略を進めておるのでの。ニュルンベルク公爵は裏切りを予想してあてにはせぬはずじゃ」
「まあ。こっちも人のことは言えないけどな」
ブランタークさんの言うとおりで、戦況が膠着している影響か、日和見な貴族たちがとにかく多いのだ。
家の存亡に関わるので勝者を見極めたいのであろうが、解放軍に参加している貴族たちの半数以上があてにならない。
数こそ反乱軍よりも増えていたが、戦況によっては戦場で裏切っても不思議ではないのだ。
「一方、ニュルンベルク公爵は精鋭のみで戦いを挑んでくるはずじゃ」
いくら数に勝っていても、解放軍の質が低い弱点を突いてくるかもしれない。
当然対策は取っているが、色々と不安要素の多い戦いになりそうである。
「どちらにしても、解放軍の再編が進めば帝都を目指さねばなるまいて」
その準備は一週間ほどで終わり、解放軍は拠点と補給路を守る最低限の軍勢を除いて、ほぼ全軍で帝都に向かって進撃を開始する。
総勢十五万人。
大分増えたが、やはりアルハンス攻略が大きかったようだ。
それを機に、軍を率いてきた貴族たちが多かった。
「あまりアテにはならないけどね」
「しっ!」
俺は慌ててルイーゼの口を塞ぐ。
特に抵抗もないまま解放軍は進んでいくが、ついに密偵と先遣した物見の部隊から、反乱軍の大軍がシーナ平原に陣取っているという報告が入ってくる。
それを聞いて、テレーゼは顔を顰めさせていた。
「早くにケリをつけないとな」
「なぜです?」
「あのバカ者が! 帝国最大規模の穀倉地帯で戦だと!」
まだ冬麦が収穫できる状態ではないのに、そこで畑を踏み荒す大規模な会戦を行うのだ。
土地を所有する農民たちから恨まれることは確実であった。
「反乱軍は、平原の真ん中に陣取っているようです。総勢で九万ほどかと」
「少し少ないの……」
密偵からの報告に、テレーゼはなにかを考え込んでいるようだ。
「精鋭中の精鋭だけとか?」
「かもしれぬが、あの男のことだ。なにかよからぬことを考えておろう」
もしかすると別働隊がどこかに潜んでいて、こちらに奇襲をかけてくるとかであろうか?
解放軍の練度を考えると、一撃で戦線崩壊の危険もある。
「では、様子見ですか? テレーゼ様」
「ブランタークよ。それになんの意味がある? ただ事態を停滞させているだけではないか。奴らを倒すと決めた以上、前に出るしかあるまいて」
テレーゼの決断により、解放軍は全軍で反乱軍が陣を敷く穀倉地帯へと向かう。
進むにつれて、まだ収穫するまで育っていない麦畑を踏み潰していく必要があったので、これはテレーゼの機嫌を再び損ねていた。
そして彼女の機嫌とは関係なく、解放軍と反乱軍との決戦が始まるのであった。
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