第228話 南進開始、軽い神輿に人は集まる(後編)
ようやくサーカット町の近くに到着した俺たちであったが、町に駐留する反乱軍の兵士の数に変化はなかった。
町の治安は元々警備隊の管轄で、彼らは居候でしかない。
一番防御力が高い砦に籠ればいいのに、倉庫内の食料や物資が横領される可能性があるからと商人たちから反対され、仕方なしに町に居候していた。
ただ彼ら自身も、兵としてはあまり質がよろしくないらしく、不便な砦よりも、買い物や、休日に遊びに出かけられる町への駐屯に拘っているようだ。
それを改善しないってことは、ニュルンベルク公爵もサーカットの町をまともに防衛するつもりがないのかも。
もしくは、まさかサーカットの町に解放軍は攻めて来ないと予想したのか。
「重要拠点だと思うのですが……」
エリーゼは、反乱軍の陣容に呆れ顔であった。
確かに、やる気も欠片も感じられないな。
「すぐに取り戻せると思っているからでしょう」
「そうでしょうか?」
エリーゼは、町と砦の南を隣接するように流れている川を見て、奪還はそう容易ではないと思っているようだ。
南部からこの町を攻めるのは、確かにちょっと大変かも。
「もし解放軍に侵攻されても、帝都周辺と南部だけ死守すれば、反乱軍は痛くも痒くもないからだろうな」
ニュルンベルク公爵にとってもっとも重要なのは、十一万人の子飼いの部隊なのだ。
彼らさえいれば、帝都解放を目指して南下を続ける解放軍を誘引して、帝都周辺で撃破も可能である。
だから、ここで町の一つや二つ一時的に陥とされたとしても、なんの問題もないと思っているはず。
なにしろ、自分の領地ではないからだ。
「補給は南部と帝都周辺から受けられる。解放軍は余剰の食料を引き揚げられているので、しばらくは補給体制の構築で時間を潰す」
その間に訓練を施し、使える子飼いの戦力を増やそうと思っているのであろう。
今のニュルンベルク公爵に一番必要なのは、時間であった。
「若いのに、よくニュルンベルク公爵の戦術を見抜くな」
フィリップも俺と考え方が同じなようで、俺が適当に予想した戦術論を褒めた。
「ニュルルンベルク公爵及び手駒の軍勢は、帝都北部付近を遊撃しながら、長躯した解放軍の息の根を一気に止めようとしている。解放軍の数と陣容から見て、反乱軍はほぼ全力で決戦を挑まないと負けてしまうが、フィリップ公爵殿や主だった者たちを討てれば……」
「数は多いけど、解放軍は烏合の衆でもあるからなぁ……」
「そうなったら、あとはもうドミノ倒しだろう」
指導者や幹部たちを失った解放軍など、それこそ簡単に反乱軍によって鎮圧されてしまうはずだ。
「勝利後の帝国領内について、なにも考えていませんね」
「ニュルンベルク公爵は、どうしても軍人の思考に片寄りがちですからねぇ……。不満は北部からの搾取などで中央と南部を優遇しつつ、帝国の一本化を計り、ある程度経済を建て直してから南下を試みるとか、そんなところでしょう」
クリストフの予想に、俺も含めて全員が納得しながら頷く。
「先の話よりも、まずは目の前の拠点を落とすことが大切だな」
「サーカットの町かぁ」
とはいえ、もう策は決まっている。
あとは、その策を実行するのみであった。
「反乱軍ども! とっととサーカットと砦を寄越せ!」
「なんだぁ? ジジイがなんの用事だ?」
「解放軍だ!」
「敵だと?」
ポッペクさんが選りすぐりの老人兵たちを連れて、サーカットの町の入口で守備隊を挑発し始めた。
彼らが顔を出すと、そこには七十歳を超えた老兵士ばかりが自分たちを挑発している。
兵数に差はないため、『同数とはいえ、自分たちがこんなジジイたちに負けるわけがない! 舐めやがって!』と激怒しながら、町を出て彼らを追撃し始めた。
「逃げるなジジイ!」
「落ちこぼれだから置いていかれたのに、随分と声と態度が大きいの。町でも厄介者扱いのくせに」
「ジジイ! 絶対に殺す!」
図星を突かれたようで、守備隊の兵士たちは我を忘れてポッペクさんたちを追いかけ始めた。
しばらく鬼ゴッコが続くが、とある岩場に入り込んだところで、彼らは自分たちが包囲されていることに気がつく。
「ごきげんよう、お客様は丁重におもてなしをしないと」
彼らの前に姿を見せたカタリーナは、『ウィンドカッター』で巨大な岩を綺麗に切り裂いた。
そのあまりの威力に、彼らは口をあんぐりとさせたままだ。
「戦うと仰るのでしたら止めはしませんが、その時にはみなさん、頭と胴体が永遠にお別れですわね」
半ば見捨てられた拠点に、カタリーナに対抗可能な高位の魔法使いなどいるはずがない。
守備兵たちは、全員武器を捨てて降伏した。
「かなりの重要拠点のはずなのに……」
武装解除を指揮するハルカは信じられないといった表情であったが、それでも無事にサーカットの町と砦を落とすことに成功するのであった。
「無防備都市宣言ですか?」
「そう。戦時に俺たちは砦に立て籠もる予定だ。だからそちらに配慮なんてできない。治安維持は警備隊に、行政は代官殿に任せます。今までどおりでしょう?」
「はあ……わかりました」
「では、そういうことで」
一人の犠牲も出さずに占領したサーカットの町の役所で、俺は代官に軍政は敷かない旨を伝えた。
理由は、そんな人手があったら砦の強化工事でもしていた方がマシだからである。
サーカットの町の南部には川が流れているし、砦の方も思ったよりも傷んでいなかった。
それでも、一秒でも早く補修や改築を行って防衛能力を強化する必要があったのだ。
「あとは、商人の方々へ」
「倉庫の食料と物資でしょうか?」
「ええ。できれば売ってほしいですね。相場で」
「相場でですか?」
商人たちは渋っていた。
今は戦時なので、粘れば相場以上で売れると思っているからであろう。
「この町と解放軍との補給ルートが繋がれば、そこまで値上がりはしないと思いますけどね」
後背に領地がある貴族たちも味方なので、食料不足は解消されるはずだ。
それに、俺たちに高値で食料を売って一時的に多くの利益を得ても、あとでテレーゼに睨まれれば意味がない。
ニュルンベルク公爵のように安値で買い叩くわけでもないので、俺は相場で売ることを強く要望した。
「無理強いはしませんが」
「……」
商人たちは、渋々といった表情で余剰の食料を相場で売ってくれた。
「それと、わかっているとは思いますが……」
反乱軍側への情報提供や、密偵の匿いなどを行えば死刑だという脅しをかけてから、四千人にまで膨れ上がった軍勢は砦に入る。
昔は重要拠点だったおかげもあり、全軍が砦に入ることができた。
「不要な部分だけ壊して、町の拡張に使えばよかったのに」
「お上からの意向で、有事の時に使うかもしれないから、そういう使い方や改装工事はやめてくれと言われたそうですよ」
いつの間にか、老人たちのリーダーになっていたポッペクさんは、その辺の裏事情に詳しかった。
なににしても助かったのは事実だ。
すぐに長期籠城に備えて、全員がテキパキと動き始める。
「なんか、平均年齢が高いのな」
エルがボソっと漏らすが、老人たちはもの凄く役に立っていた。
紛争レベルではあるがみんな従軍経験があり、田舎の領地で生活しているので色々なことができる。
早速、長年放置されて崩れかけていた壁と塀を漆喰で補強し始め、捕虜の管理なども自発的にやってくれた。
「俺やエルよりも役に立っているみたいだぞ」
「内部は任せるか」
フィリップは王国軍組を警備に回し、残りの老人兵たちに砦の補修を頼んでいた。
俺とカタリーナは、近場の岩山に出かけて使える石材の確保を行う。
「サーカットの町が発展できなかった理由がわかりましたわね」
南の川はよしとして、残りの周囲に点在する湿地帯と岩山、小規模ながら魔物の領域もあって、町の拡張がこれ以上は不可能だった。
その気になれば開発は可能であろうが、多分アルハンスの方が優先されて放置されたものと思われる。
「ヴェンデリンさんなら、短期間で埋め立てられそうですが」
「土砂がないから。取りに行くのに移動魔法も使えないし、ここは他所の国だからな。面倒なのでパス」
二人で石材を採集してから、砦の拡張と強化を行う。
もし反乱軍が攻めて来ても、俺たちだけで防衛可能なように砦の工事を行うのだ。
サーカットの町にいる代官には、その時には俺たちとは無関係である、と宣言するように言ってある。
物理的に町まで防衛できないし、反乱軍も同じ帝国人なので住民の殺戮や略奪などはしないであろう。
それを行えば、悪評を利用されることくらいはニュルンベルク公爵も理解しているはずだ。
「なんていうか、慣れているのな……」
エルが城壁の補修、増築工事の監督を行っているのだが、老人たちは故郷で家や道の修復くらいは自分でやっているので、積んだ石材に器用に漆喰を塗っていた。
力仕事には難があるが、これは若い者たちに任せるか、石材の積み上げはほぼ俺が魔法で行っている。
作業は順調に進んでいた。
砦の中でも、老人たちは器用に丸太小屋などを建設していた。
「老人パワー恐るべし!」
前世の日本のみならず、この世界にも元気な老人は多いようだ。
「とにかく、いつ反乱軍が再奪還を図るかわからない。警戒を続けながら作業だ」
主だった者たちの意見が一致したので、早くに砦の強化工事を終えようと懸命に作業を進める。
ただし老人が多いので、定期的に休みを入れつつだ。
「なあ、ヴェル。反乱軍が来なくねぇ?」
サーカットの砦に本陣を置いてから一週間。
川の向こうに、反乱軍は現れなかった。
こちらは二十四時間体制で警戒を続けているというのに、少し損をした気分だ。
とはいえ、それが敵の目的かもしれず、警戒は続けるしかないのだけど。
「ヴェル、ここって本当に重要拠点なのか?」
「地図だとそうなんだが……」
帝都との間を川が遮っているが、直線距離でいうとアルハンスとそう違いはないのだから。
俺はルイーゼに地図を見せながら説明をする。
「それよりも、町の代官がまた来ているわよ」
「またかよ……」
イーナの視線の方向には、また代官の姿があった。
軍政を敷かないと宣言しているサーカットの町であったが、南との交易が途絶えたので数日で苦情が入ってきた。
そのために、俺は砦の工事をフィリップ、クリストフ、ポッペクに任せ、北部との街道整備を行う羽目になる。
『バウマイスター伯爵様。北方との交易が始まらないと、我らは飢え死にですぞ』
『わかった』
すでに街道はあるのだが、実はサーカットの町の北部は広大な湿地帯である。
それを避けるための曲がりくねった道であり、回り道の分だけ北部との交易量が落ちてしまうそうだ。
『南部との交易が途絶している以上、北部との交易量を増やす必要があるのです。砦にいるポッペク様たち領主連合との交易の増加を図りませんと……』
『そういう理由なら仕方がないか』
俺は、サーカットの町から真っ直ぐ北に伸びる街道の整備を始めた。
『ここって、どうして湿地帯なんだ?』
『南を流れる川の水が流れ込んでいるようですわね』
共に駆り出されたカタリーナと共に工事を始めるが、まずは湿地帯をどうにかしないと道など作れるはずがない。
先に川の治水、護岸工事を行い、湿地帯に川の水が流れないようにしないと。
洪水対策として土を固めて堤防を作り、続けて湿地帯に次々と『ファイヤーボール』を撃ち込んで、強引に乾燥させていく。
もし地球の環境保護団体がこの光景を見たら、『湿地帯の生態系の破壊だ!』と大騒ぎであろう。
『あまりエレガントではありませんわね』
『じゃあ、カタリーナが華麗で手間がかかる方法でやる?』
『さあて。工事を続けましょうか』
カタリーナは、自分も次々と『ファイヤーボール』を連発して強引に湿地を乾燥させ始める。
道を作る部分だけ念入りに乾かし、表面の土を剥いでから石材を敷いてこれで完成だ。
しばらくは地盤の沈下があるかもしれないが、それはサーカットの町の人たちがどうにかすることだと割り切った。
『いやあ、予想以上に素晴らしい道ですねぇ』
代官は褒めてくれたが、それより気になるのは、道の端で排水用の溝を掘る労働者たちらしき存在だ。
『あくまでもついでに、街道の完成度を高めています』
『ついでねぇ……』
『あとは、失業者対策ですよ。よくある話でしょう?』
『なるほど……』
代官が独自に人を雇い、道路工事の補佐をさせていた。
内乱のせいで職にあぶれた人たちがおり、彼らの生活支援の面もあるわけか。
『あの人たちは?』
ある程度乾いた湿地を耕し、雑穀の種を撒いている農民らしき人たちもいた。
『この湿地帯は地下水由来の水が原因ではないので、バウマイスター伯爵様が河川の工事をしてくれたおかげで、じきに住宅地の開発が進められます。ありがたいことです。ただ、地面の完全な乾燥には時間がかかると思いますので、食料確保の観点からも雑穀を栽培しておこうと。水分も作物に吸収されますしね』
『そうなんだ』
この代官、地味に農業などにも詳しいようだ。
『バウマイスター伯爵様のお手は煩わせません。私たちが勝手にやっていることですから』
『はあ……』
そんな経緯もあり、一週間ほどで北方へと続く石畳の街道は完成した。
「それで、今日はなにか用事でも?」
「実はですね……」
湿地帯のため、無駄に西に迂回している街道の整理をお願いしたいのだそうだ。
「バウマイスター伯爵様は、西にあるアルハンスとの連絡を強化して、そのラインで帝都に圧力をかけるそうで」
「軍事機密なので言えない」
とは言ってみるが、少し知識があれば子供にでもわかる作戦方針である。
この代官が気がつかないわけがない。
「ええ、わかりますとも。バウマイスター伯爵様は、この方面の軍を任されている司令官様でございますからね。軍事情報の秘匿にご熱心でいらっしゃることは重々承知しております」
この方面の軍司令官というのは誇張であろう。
メインはアルハンス攻略の大軍で、俺たちは遊軍みたいな扱いなのだから。
サーカットの町に来たのも、ポッペクさんの入れ知恵の結果だ。
「つまり、西にも真っ直ぐな街道を作れと?」
「実は、町の人間も西の開発を切望しておりまして……。南部との交易が絶たれましたでしょう? 北部はバウマイスター伯爵様のおかげでいい街道ができましたので、交易も進むでしょうが……」
「はいはい、西ね」
「アルハンスとの交易が促進されれば、この町の戦略的な価値も上がりますでしょう?」
「……」
俺は、またカタリーナを連れて町の西へと向かう。
そして、なぜこの町の規模が小さいのかを理解してしまう。
「北は湿地で、西は丘陵地帯になぞの岩山か……」
とにかく、平坦な土地が一平方メートルも存在しない。
町を拡張しようにも、場所がないのだ。
「湿地よりは楽か……」
俺とカタリーナは、地面を平らにしながら西にも道を広げていく。
丘を削って出た土は川の西側の堤防の材料に、石材は堤防の強化に、町でも需要があるとかで商人たちが購入していった。
あとは……。
「砦の第二期工事?」
「なぜ?」
「人員が増えたから」
北の街道が完成した直後から、町に北方の貴族で解放軍に軍を出していなかった貴族たちが兵を送ってきたそうだ。
他にも、サーカットの町からも義勇兵が志願してきたらしい。
「志願兵? それはまずくないか?」
戦闘時にサーカットの町は中立を宣言するのに、そこの兵士がいてはまずいと俺は思ったのだ。
「だからこその、義勇兵なのですよ。個人で志願しているから、町は一切関係ありませんよ、というスタンスです」
クリストフは、そういう事情なので受け入れたと事後報告してきた。
「扱いが面倒なので、もしここに反乱軍が攻めてきたら防衛戦には参加する。ただし、我らの進軍後には、ここを守る防衛軍として再編成するですか。それは、ご老人たちも同じですね」
確かに思ったよりも役に立つが、ニュルンベルク公爵が率いる精鋭たちとの決戦には使えない。
彼らも、この時点で十分に功績を挙げているので無茶をしないはずだ。
「テレーゼが軍監を送ってきたら、そいつに指揮させてここの防衛を任せるさ」
「その前に、バウマイスター伯爵が見事にこの町の代官に利用されていますが、ここはせいぜい利用されてください。我らの安全のために」
「ちくしょう! 十分に自覚していたよ!」
そんなわけで、俺とカタリーナはまた一週間かけて町の西に石畳の街道を整備した。
さすがにアルハンスまでの街道すべてに工事は行っていないが、余計な迂回路が減って、移動距離は大分短縮されたはずだ。
他にも、町の西に広大な平地が広がり、川の堤防も西に伸び、平坦にした町と隣接している土地では、早速代官が大工たちに住宅地を作るよう指示を出していた。
「住宅地の造成?」
「この町では、最近住宅の不足が問題になっておりましてですね。土地もないので困っていたのですが、大変にありがたいことです」
俺とカタリーナの工事のおかげですと、代官は嬉しそうに言った。
仕事ができた大工たちも、張り切って作業をしている。
ちなみに家の材料は、俺たちが切り出して商人たちに売った石材がメインになっていた。
「お礼と言ってはなんですが、フィリップ様とクリストフ様が砦の拡張工事を行っておりますので、義勇人夫たちを送り出しておきました」
クリストフが言うまでもなく、俺は代官に利用されている。
だが、そのおかげで食料などは適正価格で売ってもらえるし、工事に参加している人夫たちも、町が失業対策名目で日当を負担してくれた。
おかげで統治に手間はかかっておらず、ここはお互いのため、俺は魔法で工事を続けなければならないのだ。
「こうなれば、どんどんやるぞぉーーー!」
「あなた、あまり無茶をしないでくださいね」
「エリーゼは優しいなぁ。戦闘じゃないから全然無茶じゃないけどね」
ローデリヒが、代官になっただけの話だ。
北、西と来て、今度は町の東部もある。
こちらも地形が悪く、全高二十メートルほどの岩が大量に突き出している場所が川にぶつかるまで続いているので、これも魔法で強引に切り取って平らにし、道を整備して、東側河川の堤防工事も行った。
これらすべての工事が終わるまでに一ヵ月かかったが、なぜか反乱軍は攻めて来なかった。
おかげで、すべての工事は予定どおり終了した。
三方が開けたサーカットの町には建設の槌音が響き、周辺の解放軍に帰順した領地から多くの人たちが、交易や増えた仕事をするためにやって来る。
そしてその頃になると、テレーゼから定期的に最新の情報が届くようになった。
『現在、解放軍はアルハンスを包囲中じゃ。しばし、そのサーカットの町で待て』
アルハンスには、ニュルンベルク公爵の子飼いではない反乱軍二万人ほどが籠城しているそうで、無理攻めをせず包囲して降伏を誘う方針となった。
ところが、アルハンスを包囲中の解放軍に対し、ニュルンベルク公爵が別働隊を編成してちょっかいをかけてくるようになった。
解放軍を消耗させつつ、さらに時間稼ぎ目的なのは明白であり、テレーゼも援軍を率いてアルハンスの包囲戦に参加していると、手紙で知らせてきた。
『ニュルンベルク公爵はこちらに夢中で、ヴェンデリンにちょっかいを出せぬようじゃの。油断せぬように、サーカットの強化を頼むぞ』
「強化って、なにをすればいいんだ?」
「もうしているじゃないか」
「もうしていますね」
「代官殿が、旧下町の取り壊しをバウマイスター伯爵殿に依頼してきましたが」
「あのクソ代官! 俺を利用し尽す腹だな!」
表面上は激怒しておくが、依頼を受けることは身の安全にも繋がるし、よくよく考えると、バウマイスター伯爵領にいた頃とあまりやっていることに変わりはない。
ローデリヒと同じ匂いがする。
軍や貴族たちの管理は、フィリップ、クリストフ、ポッペクにお任せなので、あとは飯を食べて風呂に入って、嫁たちと戯れるくらいしかすることがないのだから。
「町人たちがありがたがってこちらにえらく協力的だし、砦の拡張に川の船着き場の整備も終わっている。軍勢も六千人まで増えたし、フィリップ公爵閣下の期待には応えているぞ。よかったな、あとで沢山褒美が貰える」
フィリップたちはそれでいいのであろうが、俺としては早くバウマイスター伯爵領に帰りたいものである。
「ところで、エルは?」
俺は、フィリップにエルの所在を尋ねた。
そんな彼は、今ではハルカの補佐を得て、それなりに軍勢を指揮できるようになっていた。
「あいつなら、今日は非番だから。ハルカ嬢と町にデートに行ったぞ」
「なにぃ! あのエルが!」
人が毎日コツコツと工事をしているのに、自分は婚約者とデートとか。
許されざる暴挙であろう。
「工事に嫁同伴、夜は嫁たちとお戯れ。バウマイスター伯爵こそ許されざる男だな」
「兄さんの見解に賛成ですね」
「羨ましい限りですな。私ももっと若ければ努力するのでしょうが」
「……(言い返せない……)」
それから一週間後。
ようやくアルハンスの反乱軍が降伏したという連絡が入る。
アルハンスとサーカットを繋ぐラインを確保し、その後背を解放軍の勢力圏にすることに成功したわけだが、アルハンスの商人が仕事を再開してサーカットに来ると、みんな驚いた表情を浮かべていた。
「西の街道が真っ直ぐで、石畳で舗装されていて、町の拡張工事が進んでいる! なぜだ!」
「理由は簡単だ。俺が工事担当なのと、ここの代官の人使いが荒いからだ」
ついでに言うと、この代官は帝国の官僚で、反乱軍が勝とうが解放軍が勝とうが、代官職を世襲しているサーカットの町が栄えるためならどんなことでもする、ということなのであろう。
「あなたは、頑張りましたものね」
「うん。人様の国で頑張った」
驚く商人たちの声を聞きながら、俺と嫁たちはようやく正式な休暇を取って買い物に出かけるのであった。
道のおかげで、いい商品が入っているといいのだけど。
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