第226話 師匠との死闘(後編)

「駄目だ! 俺では木偶でもアルに勝てない! 導師!」


「ふぬぅーーー! 少しでも防御に手を抜くと、某でも一瞬であの世行きである!」





 ブランタークさんと導師は、師匠の戦闘データを持ち、付属している魔晶石の魔力をふんだん用いて戦闘を行う木偶相手に、防戦一方であった。

 俺を救援しに来ようにも、向こうがそれを絶対に許さない。

 珍しく、二人に焦りの表情が浮かんでいた。


「なかなか致命的なダメージを与えられないね。ギリギリのところで逃げられている。実に上手になったね、ヴェル」


「……」


 そして俺は、師匠の多彩な魔法攻撃を受け続け、体中から出血している。

 致命傷はどうにか避けているが、すべてを回避するなどできなかった。

 ダメージが蓄積していき、それが俺の体力を削っていく。

 こちらも魔法攻撃を仕掛けるが、それは綺麗にかわされてしまった。

 焦れば焦るほど、魔法が当たらなくなっていく。

 悪い循環に入ってしまったようだ。


「ヴェル。ちゃんと相手の攻撃パターンを見極めてから魔法を放たないと。無意味に魔力を消費するだけだ」


「……」


「ここまでよく頑張ったね。では、そろそろ終わりにしようか」


 師匠がそう言い放つと、俺の視界からその姿が消えた。


「どこだ? っ!」


 そして次の瞬間には、後ろに気配を感じた。


「バカな!」

 

 慌てて『魔法障壁』を強化するが、その前に師匠は俺に対し致命的な一撃を加えていた。

 俺の腹から、火炎の刀身が突き出ている。

 彼は魔法剣の柄など持っていない。自分の手からイメ―ジだけで炎の刀身を出したのだ。


「あがっ……」

 

「ヴェル、魔法はイメージとコントロールだよ」


 その昔、師匠が十本の指先すべてから『火種』を出し、それを数字の形にしたのを思い出す。

 0から10までの数字の炎を、カウントダウンしながら順番に指先に再現したのだ。

 俺もできるようにはなったが、まだ数字の炎を出すのに時間がかかっている状態であった。


「そんな……早い……。それに師匠は、『瞬間移動』は使えないはず……」


 その前に、あの装置の影響で移動系の魔法は使えないはず。

 だが、実際に俺は腹を貫かれており、徐々に意識が遠のきつつある状態であった。


「私は極めて短距離での『移動』しかできないのでね。もう一つの手品のタネについては秘密ということで」


「ぐほっ……」


 腹を焼き貫かれた俺は、口から血を吐きながらその場に倒れてしまった。


「バウマイスター伯爵!」


「クリムト、人の心配をしている場合ではないと思うけど」


「アルフレッドぉーーー!」


 導師が俺の救援に入ろうとするが、彼も師匠の木偶が放つ高威力の魔法の前に防戦一方であった。

 助けになど入れるはずがない。


「これは戦争なのさ。私というか、ターラントが準備を怠るはずがない。少し考えが甘かったのでは?」


「クソっ……」


 師匠の意識が導師に向いている間にどうにか少しだけ身を起こすが、体中に焼けるような激痛が走り、大量の出血で体が重かった。

 これでも、脳内にアドレナリンが放出されて痛みは和らいでいるはず。

 おかげで、ギリギリのところで気絶しないで済んだ。

 もし気絶したら、俺は確実に死んでいたところだ。

 地面が、俺の血で染まっている。

 幸いにして急所や内臓は外れているようだが、出血が酷くて再び意識が遠のき始めた。


「治癒魔法もそれなりに練習したようだね。体は重いようだけど」


 なんとか治癒魔法でお腹の傷を塞ぐが、大量の血を失ったせいで、とにかく体が重い。

 魔力はまだ十分に残っている。

 それなのに、師匠にまるで敵わない。

 魔力量が多い俺の方が圧倒的に有利なはずなのに、実際には師匠の巧みな技術で一方的に打ちのめされている。

 次第に絶望感に襲われてきた。

 師匠が大きすぎて、強すぎて。

 俺には、永遠に勝てないような気がしてきたのだ。 


「アル……」


 いつも頼りにしているブランタークさんですら、師匠の木偶に押されてピンチに陥っている。

 今の彼は、自分が殺されないようにするので精一杯だ。 

 導師も同様で、ただ師匠の木偶が放つ大量の魔法を防いでいるのみ。

 これほどの攻勢が長続きするわけないが、木偶が魔力切れで停止した時、俺はもう死んでいる計算なのであろう。


「アルフレッド!」


「ちゃんと魔法を防がないと、後方の味方が大量に死ぬね」


「貴様ぁーーー!」


「言っただろう、クリムト。これは戦争だと」


 師匠とターラントは、俺を殺すだけでなく、冷静に解放軍の戦力の要であるブランタークさんと導師の動きを封じている。

 もし二人が逃走を図ると、後方の味方陣地が木偶の魔法で蹂躙されるという寸法だ。

 これに気がついた二人は、余計にこの場から離れるわけにいかなくなった。


「師匠は……。偉大な魔法使いであり、優秀な参謀の才能も秘めている?」


「さあ? どうなのかね?」 


 あとは、魔力量だけでは測れない師匠の驚異的な強さであろうか?

 決して自分の力に驕らず、どんなものでも効率よく利用して、俺の命を狙っているのだから。


「お師さん、クリムト。このような再会で非常に申し訳がない」


「本当にクソったれだな!」


「久々に会ったら、嫌な奴になっていたのである!」


 ブランタークさんと導師の動揺が俺にでもわかる。

 やはり、師匠はこの二人にとって重要な人物なのであろう。

 俺も勿論そうだが、この中で一番つき合いが短い。

 俺が知らない、色々な友情や思い出があるはずなのだ。


「三人も優秀な魔法使いがいて、私相手にこれでは情けなくなるね」


 師匠の言葉で、俺たちの気持ちはますます沈んでしまう。

 特に俺は出血による体の重さもあり、このまま心が折れ、負けを認めてしまいそうになってしまう。


「師匠……」


「諦めて素直に私に殺されるのかな? それも賢い選択ではあるよ。さっきも言ったけど、あの世で私が魔法を教えてあげよう」


「……」


 もし本当にあの世というものがあるのなら、それでもいいのではないか?

 気持ちが完全に諦めに傾こうとした瞬間、後方から聞き覚えのある若い女性の声が聞こえてきた。


「あなた、いけません!」


「エリーゼ?」


 それは、城壁の上から叫ぶエリーゼの声であった。

 普段の可愛らしく大人しい声からは想像もつかないほど、凛とした声で俺の耳から入って脳天を刺激する。


「声に、『聖』魔法が混じっている?」


 師匠の意識は、一瞬にしてエリーゼへと向かった。


「『聖』系統の『英霊召喚』とはいえ、死者を呼び出している事実に違いはありません! 死者がのたまう、死の呼びかけに騙されないでください!」


 エリーゼの声には、『聖』魔法が織り込まれているらしい。

 今まで重かった気持ちが、次第に晴れやかになっていく。

 体の重さも、徐々にではあるが元に戻りつつあった。

 大量出血による疲れ以外に、気持ちの問題もあったのか。


「やはり! 死者の攻撃は、生者に極度の疲労感を与えるものもあるのです。あなた!」


 エリーゼはフルスイングで、俺に向けてドッジボール大の青白い魔力玉を飛ばした。

 いつものおしとやかなエリーゼでは考えられないほど、非常にアクティブな動きであった。


「くっ! あの女性は治癒魔法を飛ばせるのか!」


 師匠は舌打ちをすると、俺から少し距離を置いた。

 その直後、青白い治癒魔法の玉が俺に当たり、体の重さなどがスっと消えていく。

 他にも、わずかに残っていた傷や治しきれていなかった部分も回復していった。

 やはり治癒魔法では、エリーゼの方に一日の長があるようだ。


「師匠が引いた? そうか!」


 師匠はすでに死んでいるので、『聖』系統の魔法を食らうとあの世に戻されてしまうのであろう。

 なので、それを阻止すべく中のターラントが師匠を引かせた。


「(待てよ。師匠はターラントの体を利用してここにいるわけで、優先権はターラントにあるから、咄嗟の時にはターラントの意思が優先されるのか)」


 俺は、なんとかこれを利用できないかと頭の中で考えていた。

 そして一つの考えに至る。

 

「師匠。二度目で申し訳ありませんが、天にお帰りください」


「女性の助太刀を得ておいて、偉そうなことを言うね」


「女性に煽てられると弱い性質なので。それに、これが必ず一騎討ちでないと駄目な理由は?」


「ないね。そう。これは戦争で、騎士様同士の一騎討ちゴッコではない。お師さんとクリムトの動きを木偶が封じている間に、決着をつけよう」


 師匠は、再び俺に向けて魔法を放ち始める。

 先ほどはエリーゼが助けてくれたが、これからは俺が一人でなんとかするしかない。

 再びフェイントが織り混ざった魔法で負傷していくが、さすがに負傷にも慣れてきたようだ。

 体の重さもなく、怪我の痛みにも慣れた。

 治癒魔法も早くなり、なんとか踏ん張りながらチャンスを待ち続ける。


「大分私の攻撃に慣れてきたようだね。でも、私は君を殺さないといけない。私がそれを望んでいなくても、今の私はターラントの支配下にある存在なんだ。せめてもの情けだ。あの世で一緒に魔法を練習しよう」


「それは大変にありがたいですが、まだ最低でも七十年は先です」


 日本人としては二十五歳という短命だったので、この世界で俺は早死にするつもりなどなかった。 

 天寿をまっとうしてから、あの世でゆっくりと師匠に魔法を習おう。


「贅沢だね、ヴェルは」


「わがままなんですよ」


 このままでは埒が明かないと、今度は俺の方が先制した。

 大量のソフトボール大の『火の玉』を作り、次々とぶつけていく。

 その数は数百に及ぶが、師匠はそれを『魔法障壁』ではなくて短距離の『瞬間移動』でかわした。

 だが、どこに逃げても次々と『火の玉』を追尾させていく。

 残念なことに師匠には一発も当たらないが、俺はその戦法をやめなかった。


「どこを狙っているんだい?」


「あなたの立場ですよ」

 

 師匠に当たらなかった火の球は、後方に着弾して多くの兵士たちを焼き払った。

 それを見ても、師匠は顔色一つ変えていない。

 多分、ターラントの方でもどうでもいいと思っているのであろう。

 なぜなら、彼はニュルンベルク公爵の子飼いで、前衛の捨て駒部隊など全滅しても構わないと思っているからだ。


「さすがに、少し犠牲が多いかな」


 だが、増え続ける犠牲に心境の変化が出たようだ。

 師匠はかわせばいいが、兵士たちはそうもいかない。

 『魔法障壁』が使える魔法使いはすべての部隊に配置されているわけはなく、野戦陣地の攻撃に集中しているので、咄嗟の流れ弾に対応できるはずがない。

 師匠というよりも中のターラントが、攻撃担当が減ると大変だと思ったのであろう。

 俺の『火の玉』に、『氷弾』をぶつけて相殺するようになった。

 

「ちっ!」


「師匠、魔力の無駄遣いですね」


「尊い味方のためさ」


 などと師匠は言っているが、間違いなく魔力の消費配分を横入りしたターラントに駄目にされて激怒しているはずだ。

 それを顔に出さないのはさすがに師匠であったが、心なしか少し焦っているようにも見える。

 ようやく、師匠を倒す足がかりを掴めた。

 俺は師匠よりも圧倒的に多い魔力を使って、さらに攻撃の手数を増やしていく。


「(やはり、魔力の使用配分を妨害されて動揺している)」


 師匠は最小限の魔力で味方への魔法攻撃を防いでいたが、それでも彼の魔力量ではすぐに頭打ちになってしまう。


「(俺が唯一師匠に勝てるものは魔力量だ。ならば、それを利用して勝てばいい)」

 

 ようやく攻勢に出た俺は、なんとか逆転可能な作戦をギリギリのところで考えついた。

 そしてそれを実行するため、師匠に心理的な誘導をかける。


「忘れていましたよ、師匠。今、なにが一番大切なのかを」


「是非教えて欲しいな、ヴェル」


「久しぶりに再会を果たした師匠に情けなく動揺しながら、物語のように一騎討ちをするのではなく、この戦いに勝てばいい」


「正解だね」


 師匠は昔の癖か、俺の問いに対し素直に答えてくれた。

 これも隙といえば隙かもしれないし、ターラントは不機嫌かもな。


「そういうわけですので、お覚悟を」


 そのためにも、今はとにかく大量の『火の球』を放ち続ける。 

 師匠に当たらなくても後方にいる敵にぶつかるように調整を行い、その合計が数千を軽く超えたところで、ついに師匠にも数発が命中した。

 『魔法障壁』によって弾かれるが、『瞬間移動』のパターンを読まれた師匠には動揺を与えたはずだ。


「ヴェル、大変非効率な魔力の使い方だね」


「ええ。ですが、このままです」


 ようやく百発に数発は、師匠に命中するようになった。

 やはり『魔法障壁』によって弾かれるが、その度に師匠の魔力は減っていく。

 それ以上に俺の魔力も減るので非常に効率の悪い魔力の削り方であったが、計算では先に師匠の魔力が尽きる。

 いくら師匠でも、魔力が尽きればただの人だ。


「ヴェル……君の魔力は……」


「約十一年です。魔力はまだ伸び続けていますよ」


「クリムト! ヴェルは!」


「恐ろしい男であろう? 某の魔力も増えているが、もう追いつけぬのである!」


 大量の『火の玉』を飛ばしながら、俺は別口で極大火炎魔法の発射準備を終えていた。

 上空に直径十メートルほどの巨大な『火の玉』が誕生し、それに他に小さな『火の玉』たちが合流していく。

 狙いは師匠ではない。

 前線部隊を督戦していい気になっている、ニュルンベルク公爵が指揮する本隊が標的だ。

 そこに、巨大な『火の玉』をぶつけるのだ。


「ニュルンベルク公爵の傍にいる魔法使いたちが防げるといいですね!」


 距離は何キロも離れていたが、そこまで高速で飛ばす魔力は残っている。

 師匠と昔を懐かしんで一対一で戦うよりも、あの男を殺してしまった方が早く内乱は終わる。

 その考えに至ったのは、やはり俺自身が貴族に馴染んだからであろう。


「ターラント、主君の傍を離れて不幸だったな」


 俺は師匠がいる方向にではなく、ニュルンベルク公爵に向けて極大の『火の玉』を放った。


「やらせん! くっ!」


 すると、咄嗟に師匠がそれを止めに入った。

 すぐに舌打ち。 

 師匠が、ターラントの選択をよく思っていない証拠だ。

 すぐに『魔法障壁』と『氷玉』を展開し、俺の火の玉を打ち消そうとした。

 徐々に『火の玉』が小さくなっていくが、そこに俺は追加で『火の玉』を加えていく。

 師匠はまた『氷玉』を作って『火の玉』を消していくが、目に見えて師匠の魔力量は減っていた。


「やはり、純粋な師匠ではないな」


 もし百パーセント本物の師匠ならば、『火の玉』の阻止などしない。

 この行動は、ターラントの支配力の方が強いからこそ起こり得る現象であった。


「ターラントは飼い主の安全が第一。師匠は、ニュルンベルク公爵の命などどうでもいいからな」


 しばらく『火の玉』を挟んで押し合いが続くが、ここで師匠が強引に巨大な『氷玉』を発生させ、『火の玉』を完全に消してしまった。

 師匠が安堵の溜息をつくが、これは師匠ではない。

 ターラントが、ニュルンベルク公爵に害がなかったことに安心しただけだ。


「(師匠、魔力も残り少ないですね)」


 これはチャンスであった。

 もし魔晶石などで魔力を回復されると、また面倒なことになってしまう。

 どうせ、技巧を凝らして戦おうとしても怪我ばかりするのだ。

 ならば……と、魔法の袋から魔力剣の柄を取り出して一気に師匠との距離を詰めた。

 やはり師匠は、予備の魔晶石で魔力を回復させようとしていた。

 だが、その隙を突かれて懐に入られたので、急ぎ自分も手から『魔力剣』を出し、俺にその火炎の刃を向ける。


「覚悟!」


 俺が咄嗟に氷の刃を出した魔力剣は、師匠の心臓の部分に突き刺さった。

 ほぼ同時に師匠が出した火炎の刃は、俺の右肩口に突き刺さって貫通する。

 再び右肩に焼けるような激痛が走るが、心臓を貫かれた師匠の方が負けなのは、誰の目から見てもあきらかであった。


「ヴェル……お見事……」


「師匠!」


 心臓を貫かれ、すでにターラントは即死状態のはずだ。

 師匠が喋れるのは、彼が『英霊召喚』で呼ばれた魂だからであろう。


「大きくなったね。強くもなった」


「いえ。正当な方法では俺は勝てずに……」


「それでいいんだ。魔法なんて道具に過ぎないのだから、どんな使い方でも勝てばいい。私はターラントに逆らえないから、本気でヴェルを殺しにいった。ヴェルがそれを見抜いて敵本陣を狙って極大魔法を放ったから、ターラントはいつもの癖で主人を守りに入ってしまった。それを見抜いて策を実行したヴェルの勝ちだよ」


「師匠……」


「ターラントが私にすべてを任せたままだったら、ヴェルを殺していたかもしれないね。だが、あの男は咄嗟に体のコントロールを奪って主人を庇う動きをした。それで余計な魔力を削られてしまったから、私はヴェルに負けたんだ」


 十年ぶりに会えたのに、俺はまた彼を強引に成仏させようとしている。

 それを思うと、自分の酷さに涙が出てくるのだ。


「アルフレッド!」


「アル!」


「やあ。お師さんにクリムトか。今のうちに謝っておきます。すみません」


「いいんだ、もうそんなことは」


 勝負がついたとわかると、導師とブランタークさんも駆け寄ってきた。

 二人を翻弄していた二体の木偶は、操作をする師匠が倒されたのと同時に、元の魔道具に戻ってしまった。

 そして使用限界がきたのか。

 ボロボロになって崩れ去ってしまう。


「発掘品で、経年劣化による品質低下もあったのかな?」


「お前はいつも冷静だな」


「相変わらずの博識である!」


「私はただあの世から呼ばれただけさ。ターラントと知識が同化して、一部の情報を得たにすぎない」


 横たわる師匠に、右肩口の出血を手で抑える俺と、ブランタークさんと導師が囲む。


「今だ! あの三人を殺せ!」


「邪魔だ!」


「引っ込んでいるのである!」


 ターラントの死で、彼の存在感のなさが消えたからなのか?

 一部敵部隊がこちらに押し寄せてくるが、それらは導師が『火の蛇』で、ブランタークさんは『ウィンドカッター』で斬り裂いた。

 そしてさらに……。


「たとえそこが戦場でも、それは無粋よ」


「大切なお話があるから侵入禁止だよ」


「近付けさせない」


 イーナは槍の投擲、ルイーゼは投石、ヴィルマは容赦のない狙撃で、敵軍の接近を防ぎ始める。

 

「今だ! 討ち取れ!」


 それでもまだ押し寄せる部隊があったが、それらはすべて轟音と共に地面に倒れ伏した。


「帝国の野蛮人どもは、人の心を解せぬのか?」


 ミズホ上級伯爵が命じた魔砲隊による射撃で、彼らは血に染まって地面に倒れ伏した。

 彼は、俺たちと師匠のと別れの時間のために、貴重な魔砲を連発してくれたのだ。


「これは、反乱軍とやらの負けだね」


「まだ戦力比で不利だがな」


「可哀想に、私も切り札の一つだったのに失敗しましたからね」


「自分のことを、よくそこまで冷静に言えるな」


「もう死んでいますから」


 三度目の死が近いのに、地面に寝かされた師匠は、ブランタークさんと仲よく話を続けていた。

 今は普通に話ができるが、本体であるターラントは即死しているので、彼はもうすぐ再びあの世に召されてしまう。


「クリムト、ヴェルに教えてくれたのかい?」


「さわりだけである!」


「そうか。感謝するよ。本当は一杯奢ってやりたいけど、もう時間がない」


「残念である!」


「数十年後、あの世で」


「アルフレッドが先輩なので、奢ってもらえるのである!」


「クリムトらしい言い方で安心した」


 導師の声が、いつもよりも暗いような気がした。

 久しぶりに親友に会えたのに、もうすぐ別れなければならないからであろう。


「あなた!」


 続けてそこに、俺を助けてくれたエリーゼが、護衛役である王国軍人たちと共に姿を現した。

 護衛たちは、エリーゼが野戦陣地を出るのでフィリップがつけてくれたのであろう。


「エリーゼ、ここは危ないぞ」


「あなた、もの凄い怪我ではありませんか」


 エリーゼから指摘され、俺は右肩を貫かれていたのを思い出した。

 不思議なもので、気がつくと同時に右肩に激痛が走り始める。


「すぐに治します」


 エリーゼの治癒魔法により、俺の肩の傷は数秒で治った。

 元々精度は完璧なのに魔力量も増えているので、今のエリーゼは間違いなく大陸有数の治癒魔法使いであろう。


「素晴らしい治癒魔法だ。これほどの達人はそうはいない」


 その様子を見ていた師匠が、エリーゼの腕前をベタ褒めした。


「しかも美人だ。治してもらう方も嬉しい」


 ついでに、ジョークも忘れない。

 師匠はイケメンなので、こういう発言をしても厭らしさを感じないので得かも。


「お褒めいただき、ありがとうございます。ヴェンデリン様の妻のエリーゼです」


「ヴェル、綺麗な奥さんだね」


「自慢の奥さんですよ」


「少しヴェルに嫉妬した。私も結婚くらいしておくんだったね」


 師匠は俺とエリーゼを交互に見ながら、穏やかな笑みを浮かべていた。


「そうであるな。アルフレッドよ。ブランターク殿まで今は結婚しているのであるから」


「お師さんが? それが一番驚いたね」


 師匠から見ても、究極の独身主義者であったブランタークさんの結婚は驚愕の事実であったようだ。


「お前も、あの世で結婚しろ」


「それもいいかな? あの世には、歴史に残る美女もいますから」


「お前はモテるんだから、上手く口説け」


「頑張ってみましょう」


 死者と、その知己や友人たちで和やかに話をする。

 周囲は過酷な戦場なのに、奇妙な光景だ。

 それでも俺は、師匠に会えて心から嬉しかった。


「ヴェル、大分怪我をさせて済まなかったね」


「いえ。その気になれば、俺を殺すこともできたのでは?」


 特に、あの背後からの一撃だ。

 ターラントは俺を即死させようとしたはずだが、なぜか急所を外れた。

 師匠が、ターラントの支配に懸命に逆らったのであろう。


「今の私とヴェルにそこまでの実力差はないよ。こういう戦闘方法は初回だからヴェルに通用したんだ。次からは、ヴェルも魔力を大量に用いて防御を行うから、私もそこまで優位に立てない。それに、ヴェルは必ず致命傷を避けていた。無意識にやっているから、クリムトのおかげなのかな?」


「某にも、いい修行相手であったのである!」


「あはは……。それは災難だったね」


「酷い言い方である!」


「君は、時に極端すぎるのだよ」


 師匠も、過去に導師の鍛錬につき合って酷い目に遭ったのかもしれない。

 乾いた笑顔を浮かべていた。


「さて、もう時間だね……」


 師匠の体から青白い光が立ち昇っていき、徐々に師匠の顔が薄まってターラントの顔に戻っていく。


「この男のつけているペンダントは使える。ヴェルにあげよう。人のものなのに、偉そうに言っておくけどね」


「師匠!」


「お師さんも、クリムトも、エリーゼさんもお元気で。ヴェル、大きくなった君に会えてよかったよ」


 最後にそう言い残すと、師匠の顔は完全に消えてターラントの死体に戻った。

 やはり心臓を貫かれたので、彼は 即死状態であったようだ。

 まったく呼吸をしておらず、すでに息はなかった。


「師匠、俺は泣きませんよ。ただ、あなたの死を弄んだニュルンベルクに一撃を与える」


 師匠の遺言どおり、ターラントは青い宝石がついたペンダントを首にかけていた。

 どういう効果なのかは、簡単に予想がつく。

 移動魔法の阻害をキャンセルする装置なのであろう。

 ペンダントを自分の首にかけ、早速『飛翔』で浮かんでみる。

 

「完璧じゃないんだな」


 試作品なのか不完全品なのか。

 上空二十メートルほどまで浮かぶと、そこで止まってしまった。

 師匠の言うとおり、ある程度決められた範囲内でしか『移動』できないのであろう。

 どうやら師匠の魔法特性の話ではなく、この魔道具の効果の限界でもあったようだ。


「それでも、今はこれで十分だ」


 両軍の戦いが続いている上空で、俺は再び極大火炎魔法の準備を開始する。

 俺のさらに上空に巨大な『火の玉』が徐々に生成され、それを見た敵軍から魔法や矢が飛んできた。

 『魔法障壁』で防ぐが、先ほどの師匠の攻撃に比べれば、なんの工夫もない普通の魔法でしかない。

 すべてそのまま弾いた。


「(目標は……)」


 俺は双眼鏡で、この『火の玉』を飛ばす場所を探し始めた。

 ニュルンベルク公爵がいると思われる本陣では、先ほど師匠に消された巨大『火の玉』に警戒したのであろう。

 複数の魔法使いたちによって、強固な『魔法障壁』が張られているのが確認できた。


「(残念ながら、そこじゃないよ)」


 先に本陣を狙った『火の玉』で、あの聡いニュルンベルク公爵のことだ。

 俺からの暗殺に警戒して、とっくに対策を施しているであろう。

 すでに、影武者に入れ替わっている可能性もあった。


「(標的はあんたじゃない! これだけの大軍の弱点となる……)見つけた!」


 かなり遠方に、それはあった。

 反乱軍十五万人に補給を行うため、食料などの物資が山積みにされた、臨時の一大補給所が。

 ここも魔法使いたちが守っている可能性があるが、実力や人数は本陣ほどではないはず。

 すべての拠点に優秀な魔法使いを大量に配置できるほど、どちらの陣営にも余裕などないのだから。


「まさか、現地調達もできまい」


 ソビット大荒地周辺に、十万人を超える軍勢に食料を補給可能な拠点などない。

 つまりこの食料を焼いてしまえば、反乱軍の行動に大きな制限を加えることが可能であった。

 すぐに帝都から補給は来るであろうが、敵に大きな手間をかけさせることはできる。


「師匠の弔いだ。食事でも抜けニュルンベルク公爵!」


 俺は、推定二キロ後方にある反乱軍の補給所に向けて『火の玉』を放った。

 着弾寸前に一人の魔法使いが『魔法障壁』を張って防いだが、俺は予備の魔晶石を使って魔力を補充しながら『ブースト』をかけていく。

 威力が増した『火の玉』を、補給所を守る魔法使いは懸命に『魔法障壁』で防ぎ続ける。

 応援が欲しいところであろうが、本陣の魔法使いたちにはどうにもできない。

 なぜなら、『移動』系の魔法を封じてしまったのは自分たちであったからだ。

 ついに『魔法障壁』は粉砕され、その魔法使いごと補給所は焼かれ、積み上げていた物資が火炎に包まれる。

 最近では雨も少なく乾燥しているので、火の回りは相当早いようだ。

 後方にいる反乱軍の間に、見てわかるほど動揺が広がっていた。


「成功だ!」


 あとは、城壁に戻って防戦を続けるだけである。

 後方の様子がわからない前衛部隊は変わらず攻め続けていたが、徐々に後方の動揺が伝染し、勢いが落ちてきた。

 次第に補給所の火事が草原にも広がり、それに気がつく反乱軍兵士たちの数が増え、ついに後退命令が下されたようだ。

 補給所の鎮火に失敗した後方部隊から、順に撤退していく。 

 そして、前衛部隊はそのまま殿として、こちらの追撃を防ぐことになった。


「減らせる時に減らさないとな」


「抜刀隊準備!」


「バウマイスター伯爵、エルヴィンを連れていくぞ」


 テレーゼの命を受けたアルフォンス、ミズホ上級伯爵、フィリップなどは追撃を即断した。

 なぜなら、今こちらに背中を見せて敗走している時こそ、反乱軍に大きな損害を与えるチャンスだからだ。


「俺も行きます」


「つき合おう」


「某も、魔法ばかり防いでいて消化不良である!」


「馬を借りて急ぎましょう」


「伯爵様、あの魔道具はどうなんだ?」


「あはは……。これも完成品ではないようですよ」


 師匠が連続使用し、最後に俺も使った『移動』魔法阻害キャンセラーのペンダントは、青い宝石の部分が割れて使えなくなってしまった。

 そこで、急ぎ馬を借りて追撃を行うことにする。


「ひいっ! バウマイスター伯爵!」


「ここで死ぬか。武器を捨てて降伏するかだ」


「降伏する! 命は助けてくれ!」


 俺たち三人は、三百名ほどの王国軍組を連れて追撃を開始する。

 だが、殿は元々捨て駒部隊で士気も低く、加えてニュルンベルク公爵の督戦部隊も撤退したので、大半が呆気なく降伏した。

 先に出たエルたちは、その督戦部隊を中心に斬り込みをかけているようだ。

 前方では、激しい剣撃の音が聞こえてくる。


「武器を地面に捨て、両手を頭に抱えてそのまま! 後方から捕虜を管理する部隊がすぐに来る。変心して戦いを挑んだら、容赦なく骨まで焼く」


「しません! 言うとおりにします!」


「ニュルンベルク公爵に、そこまで義理はない!」


 師匠との戦闘で大量に出した『火の玉』と、補給所をすべて焼き払った俺を目の当たりにしたせいか、武勇自慢の傭兵や貴族でも、大半が震え上がって降伏を受け入れた。

 

「アルの件で頭にきていたんだが、思った以上に楽だな」


「みんな、バウマイスター伯爵の火魔法で焼かれたくないのが本音なのである! 降伏でも相手の戦力は殺げるのだから。このまま追撃続行である!」


 結局夕方まで追撃を行い、俺たちだけで一万人近い捕虜を得たはずである。

 ただ敵も然るもの、ニュルンベルク公爵子飼いの部隊はほとんど犠牲を出さずに撤退に成功し、まだまだ戦況は安心できるような状態にはなっていなかった。

 それでも、勝ちは勝ちである。


 野戦陣地に、解放軍の歓喜の勝鬨がコダマするのであった。

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