第215話 長対陣で暇だからウナギを焼いてみる(その2)

「俺は、謎のインチキコンサルタント。バウマイスター伯爵」


「インチキって、自分で言う?」




 イーナに呆れられてしまうが、俺のコンサルタントに対するイメージはそんなものだ。

 とにかく海千山千で、その実力はピンキリだと思う。

 食材を取り扱っている関係で、飲食店関連のコンサルタントとはよく一緒に仕事をしたが、極一部に恐ろしいほど優秀なカリスマがいて、そこそこ優秀なのがいて、当たり障りのないことを、まるで心理カウンセラーのように顧客に言う人がいて、奇抜な意見イコール素晴らしいと思っている詐欺師レベルの奴もいた。

 優秀な人に任せれば絶大な効果があるが、駄目な奴に任せれば、お金の無駄になってしまうばかりか、破産への一里塚である。

 本当に評価が難しい職種なのだ。

 世間で胡散くさいと思われる最大の原因は、詐欺師に近い奴が悪目立ちをしているせいであると俺は思っている。


「ヴェル様、ありがとう」


「面白そうだからいいよ」


 俺は、ヴィルマの頭を撫でながら答える。

 それに、普段のヴィルマは沢山食べるくらいで大人しくていい子なので、彼女のたっての願いくらいは聞いてあげようと思ったのだ。


「それで、まずは経営をどうするかだな」


「それは、今王都で流行しているから揚げなどにメニューを変更するとかですか?」


「いや、それは危険だ」


 現在、王都ではアルテリオさんが食材や調味料を卸すフランチャイズ形式の店舗が全盛を誇っている。

 儲かると知って他のお店も参入しているが、材料と調味料の一括仕入れによるコストの安さと味の安定化で、アルテリオ商会に勝ちきれていないのが現状だ。

 そんな状態で、こんな辺鄙な場所で同じ料理を出しても、勝機などあるはずがなかった。


「このお店の売りは何だ?」


「川魚」


「川魚ね」


「川魚だね」


「川魚ですね」


「川魚ですわね」


「川魚だな」


「という風に、エルにでもわかるくらいに」


「おいっ! 俺はヴェルの中でどれほどバカ扱いなんだよ!」


「この特色を利用しない手はない! から揚げという調理方法は利用するけど」


「俺は無視かよ……」


 早速店の奥にある厨房へと移動するが、このお店の店主は本当に腕がいいようだ。

 古い厨房ながらも、とても綺麗に掃除されており、包丁などの道具の手入れも完璧であった。

 魔道具なので高価なはずの冷蔵庫も完備している。

 魚を扱うので、食材の鮮度を保つためであろう。


「鶏肉ではなくて、川エビと小魚をから揚げにする」


 同じから揚げでも、この店ならば川魚のから揚げが食べられる。

 という風にした方が、それを求める客が増えるはずだ。

 

「塩でよく揉んでぬめりを取り、内臓を取り除く。水気をよく切ってから粉を付けて……」


 調理方法を指示すると、店主とエリーゼが材料から素早く調理してくれた。

 俺がやるよりも早くて上手だからだ。

 小魚と川エビをから揚げにして皿に盛ると、とても美味しそうに見える。


「では、試食を……」


 全員で試食すると、とても美味しい。

 から揚げだから川魚特有の匂いが飛んでいるのと、思えばこの世界の川はほとんどが、日本でいうところの清流レベルの綺麗さだ。

 調理方法を間違わなければ、それほど臭くないのであろう。


「ただ、川エビは綺麗な水で二~三日泥抜きした方がいいかな」


 泥抜きとは言うが、基本的には胃の中を空にするためである。

 内臓ごと揚げて食べるのに、胃の中にエビが食べた物や、ましてやフンが残っているのも嫌であろうから。


「次に、フライと天ぷらを……」


 粉、つゆ、ソースなどを仕入れないといけないが、これはアルテリオさんから仕入れればいい。

 俺が再建を手伝ったと言えば、アルテリオさんも無茶は言わないはずだ。


「天ぷらも美味しいな」


 小さな魚の身を三枚に下ろし、身と野菜を混ぜて揚げたかき揚げも美味しかった。

 川エビのかき揚げなどは人気が出るはずだ。

 

「これをつまみにお酒も出して、客単価を上げるわけです」


「ヴェル、客単価ってなんだ?」


「いや、そのままの意味だけど……」


 エルは、客単価という用語が理解できないようだ。


「お客さんが一人当たりいくらお金を使ったかの平均ですね」


「さすがはエリーゼ。そして、エルはバカだな……」


「うるさいやい! 俺は武官担当の家臣だもの」


 俺にバカ扱いされたエルは、試作品であるかき揚げを食べながら少しいじけていた。


「これの調理は大丈夫ですよね?」


「はい。でもこんな料理があるのですね」


 店主はメモを取ってから、自分も料理の試作を始める。

 さすがというか、店主はエリーゼよりも素早く綺麗にから揚げや天ぷらを仕上げていた。


「プロは凄いな……」


 一回教えてしまえば、あとは調理経験が長い店主の方が上手に作れてしまう。

 エリーゼも上手であったが、店主はその上を行くようだ。


「ヴェル様、凄い」


「結構楽な仕事かも。ここの店主は料理の腕がいいから、新しい料理方法を教えるだけで済む」


 次に、南蛮漬けや、甘露煮、味噌漬け、味噌煮なども紹介していく。


「結局、味噌や醤油で煮ると美味しいし食べられるけど、それって味噌と醤油の味なんじゃないの?」


「ふっ……。エルは味覚がお子様だな」


「お前、今日は言いたい放題だな」


「なあ、エル。前にエリーゼが山菜を調理してくれたことがあっただろう?」


「あれは美味しかったな」


 未開地にある山地から取ってきた山菜を、エリーゼが調理してくれたのだ。


「エリーゼは調理前にアク抜きをしていたが、全部アクを抜いてしまうと山菜は不味くなるんだぞ」


「そうなのか?」


「はい。アクもある程度は残しておかないと、山菜自体の味が飛んでしまうのです」


 さすがは完璧超人であるエリーゼ。

 俺の意図に沿ってエルに説明してくれる。


「川魚の癖も、ほんのりと残る程度なら逆にこれを好む人もいるんだ。その辺のバランスは、実際に調理する店主さんの腕前にかかっているわけだ」


「でも、それだと客を選ばないか?」


「選んでなにが悪い」


「えっ! それでいいのか?」


「いいんだ。九割が『まあ美味しいんじゃないの?』という味よりも、三割が『絶対また食べに来よう』という味だ!」


 飲食店が成功するポイントは、リピーターの確保にある。

 調理方法が陳腐化しすぎた川魚店に、新しい調理方法で新しい客層を掴むのと同時に、今日はこれを食べたいと思うリピーター客を増やすというわけだ。


「客数が落ちたとはいえ、このお店がなんとかやってこられたのは、夜のコースを頼む常連客がいるからだ。コースメニューは客単価が高くて利益率も高い」


「確かにバウマイスター伯爵様の仰る通りです。今は夜のお客さんのおかげでなんとかなっています」


「そうなのか。ところで、利益率ってなに?」


 せっかく説明してあげたのに、エルは利益率がなんたるかを理解していなかった。


「なにって……、そのままの意味じゃないの。利益が何割出たかよ」


 すかさずイーナが、エルに利益率の説明をしてくれた。


「ヴェル、難しい専門用語ばかりでわかりにくいぞ」


「専門用語でもないし、難しくもないだろうが」


 どうやら、エルに金勘定や領内の内政関連の仕事は任せられないようだ。

 この手の分野にまるで適性がないらしい。


「料理はこんな感じかな? あとは店主さんが細かな味の加減や調理方法を確立しないと駄目だから」


「現在、王都中心部ではこのような新しい調理方法が流行しているのですね。新しい調味料も素晴らしいです。早速、食材と調味料を購入して試作を繰り返しますよ。私は伝統に拘るばかりで、新しい味の創作に手を抜いていました。両方を上手く両立させながら頑張ってみます」


 お店の存続に光明を見い出した店主は、俄然やる気を出したようだ。

 いい物は残しながら、新しい料理にも挑戦する。

 老舗の料理屋が永遠に同じものを出していると勘違いしている人が多いが、人の味覚は時代でうつろうので、実は微妙に味を変えている店が大半だ。

 それさえ理解してくれていれば、このお店はあと百年は大丈夫なはず。


「(とてもいいことをしたな、俺)あとは、なにがあるかな? ところで魚はどこの生簀に?」


「池なら裏庭にありますよ」


 他にも、改善すべき点を見い出した。

 店主の案内で厨房から裏庭に出ると、郊外ということもあって広めの池が複数掘ってあった。 

 覗き込むと、鯉やナマズが数十匹も泳いでいる。

 しかし、なぜ一部の魚だけが呼び方が日本と違うのであろうか?

 少し面倒くさい。


「池の水は綺麗ですね」


「うちの敷地から、いい湧水が出るんですよ」


「へえ、どのくらい泥抜きをするのですか?」


「えっ? 泥抜きですか? しませんよ。臭みはハーブで消しますから」


「改善点を見つけたぞ!」


「えっ! 駄目ですか?」


 川魚の泥抜きをしないとはいい度胸である。

 そのくらいのことならば、川魚について聞き齧った程度の俺にでもわかるのだから。

 というか、それをしないでもソコソコ食べられたということは、この世界の自然は本当に汚染されていないのであろう。


「地面に池を掘って、そこに入れているのは?」


「生かしておくためです」


 ただ生かしておくために池に入れているので、普通に餌をあげているらしい。

 消化器官を空っぽにするのは、調理する時に捌きやすくするためでもあるので、これでは意味がない。

 臭みは、基本的にハーブで消すというのが伝統だと店主は語った。


「敷地内から湧水が出ていると聞きましたが」


「はい、それも大量に。おかげで、料理にいい水が使えるのです」


「魚の泥抜きにも使ぇーーー!」


「すみません!」


 というわけで、急遽泥抜き専用の石造りの生簀を魔法で強引に作成する。

 地面に掘った池では、泥臭さが抜けないからだ。

 常に湧水が生け簀に流れ込むようにして、水替えの手間がかからないようにする。

 数十にも区切った石造りの生簀が、わずか一時間ほどで完成した。


「魔法って、凄いんですね」


 店主は、広い裏庭に完成した石造りの生簀群に感動しているようだ。


「当然指導料金はいただきますが、ここまで深入りした以上、再び人気店に戻ってもらうので」


「はい……。それで、餌をやらずに一週間ほどですか?」


「試しにそのくらいですね。細かな日数は自分で研究してください。産地とか、個体の状態で違うから。ウナギは食べる三日前くらいに逃げられないように籠に入れて上から水を掛け流せば大丈夫」


 これは、ウナギの養殖場で見たことがある。

 専用の桶にウナギを入れて、その上から体表が濡れる程度に水を流して生かしておく。

 当然絶食はさせるが、こうすることで生簀に入れるよりも活きのいい状態を維持できるのだ。


「では、一週間後に会いましょう」


 さすがに魚の泥が抜けるまでこの店にいるわけにもいかないので、初日のコンサルティング業務はこれで終わった。

 そして約束の一週間後。




「川魚料理店ですか? 王都の郊外にあるお店ですよね? 拙者も昔魚を売りに行ったことがありますが、なぜそんなお店の梃入れを?」


「ヴィルマに頼まれたのと、なんか面白そうだったから」


「そうですか……。領内の開発は予定よりも早く進んでいるので、別に構いませんが……」




 俺の拘りを理解はできないが、開発の足を引っ張っているわけでもないので、ローデリヒは俺たちの王都行きに反対意見を述べなかった。

 魔の森に狩りに出かける時と同じように見送りをしてくれる。

 素早く『瞬間移動』で川魚料理店に移動すると、包丁を研ぎながら店主が待ち構えていた。

 店の入り口には『臨時休業』の札がかかっており、相当俺たちのコンサルティングに期待をしているようだ。

 俺の、インチキコンサルタント業務二日目のスタートだ。


「まずは、コヌルから」


 俺の指示どおり、鯉こく、うま煮、味噌焼きなどを丁寧に作っていく。

 刺身や洗いなどは寄生虫の問題などもあるので、今回はやめておいた。

 調理方法の説明は大まかで適当なのに、店主は自分なりに上手くアレンジして作っていく。


「美味しいな」


「調理方法なのかしら? うちの道場のは本当に泥臭くて」


「泥抜きは効果的ですね」


 元々綺麗な水に住んでいたので、ちゃんと泥抜きをすると、臭みもなく美味しくなった。

 多分日本だと、よほど管理して養殖しないとこうはいかないはず。


「次は、丸揚げ甘酢あんかけだ」


 これは、昔は中華料理屋でよく提供されていたのだと、両親が言っていたことがある。

 内臓と鱗を取り、粉を丁寧につけてから低温、高温の順に丁寧に油で二度揚げした鯉に、甘酢と野菜の餡をかける料理だ。

 調理方法の記憶はかなり曖昧であったが、店主が手馴れた手つきで鯉を大きな鍋でまる揚げにする。

 片栗粉も、教会経由ですでに仕入れていたようだ。


「ヴェンデリン様、これでいいですか?」


「いい味の餡だな。さすがはエリーゼ」


 二度揚げした鯉のから揚げに、エリーゼが作った甘酢餡がかかってとても美味しそうだ。


「豪勢な料理ですね。手間はかかりますけど」


 頭から骨まで食べられるように長時間揚げないと駄目なので、調理に手間がかかる。

 そういえば両親は、値段は時価と書かれていたと話していたのを思い出す。


「予約制で出せばいいじゃないですか」


「大皿料理で、宴会で出すと盛り上がりそうですね」


 試食をしてみたが、手間をかけた分とても美味しかった。

 中華料理屋で、昔はヒーローだった理由がよくわかる。


「お腹が一杯になりましたわね」


「カタリーナは食べているだけ」


「ヴィルマさん、ここで私に出る幕などないではありませんか。そもそも、ヴィルマさんもなにもしていませんし」


「いや、ヴィルマは裏庭の生簀から型のいい鯉を掬ってきたけど。じゃあ、次はカタリーナがナマサを掬ってきて」


「えっ! 私ですか?」


 俺が大きな網を渡すと、カタリーナはかなり躊躇している様子であった。


「ナマサは、少し見た目が……」


「ワイバーンも倒せるカタリーナが、なぜナマサ如きを怖がるんだ?」


 ナマズよりもワイバーンの方が、よっぽど女性ウケしなさそうなのに……。

 それに、カタリーナが竜を見て怖がったことなど一度もなかった。

 竜は大丈夫なのに、ナマズが苦手とは……。

 女性とは、よくわからない生物である。


「見た目が生理的に駄目なのです」


 確かにナマズなので、女性のほとんどは生理的に苦手かもしれない。

 または、ヌルヌルが駄目なのかも。

 

「意外と、カタリーナにも女らしい部分があるんだな」


「ヴェンデリンさん、私ほど女性らしい人はそういませんが」


「ええと、エリーゼとか?」


「ヴェンデリン様、ナマサを掬ってきましたよ」


 いつの間にか、エリーゼが大きな網でナマズを掬ってきた。

 エリーゼは、ナマズも平気なようだ。

 思えば、アンデッドの方がよほど気持ち悪いので、かなり耐性がついているのかもしれない。


「大将。景気よく捌いてね」


「調理人歴二十五年の腕前をご覧あれ」


 色々な料理を学べて、店主はテンションが上がっているようだ。

 まな板の上で目打ちをしてから、素早く華麗に大きなナマズを三枚に下ろしていく。


「ほほう、目打ちとな」


「ナマサはヌルヌルしますからね」


 店主が手際よくナマズを捌き、天ぷら、から揚げ、照り焼き、フライ、味噌仕立ての鍋などを作っていく。


「胃袋は珍味になりそうだな」


「裏返してよく水で洗ってから、塩をつけて焼きましょう」


 他にも店主は、中落ちや頭、骨、肝などを包丁でよく叩いてから、味噌を混ぜて団子を作り、汁に浮かせて団子汁を作った。


「味噌という調味料は便利ですね。この料理は色々な川魚で試したのですが、塩とハーブだけだと味がいまいちで……」


 店主も独自に調理方法の研究は行っていたようで、俺が言わなくても何種類か独自に料理を作っていた。

 やはり、発酵調味料である醤油と味噌の存在が大きいらしい。


「ショだと材料が同じ魚なので、あまりいい味にならないのです」


 ショは魚醤なので、同じ魚の生臭さが被ってしまうのであろう。


「次はポンカメを調理しよう」


「あの亀を食べるのですか?」


「カタリーナの故郷では食べないのか?」


「生憎とそういう習慣はありませんでしたわね……ひっ!」


 カタリーナは、ヴィルマが生簀から掬ってきた大きなスッポンの首を店主が切り落とすのを見て、小さな悲鳴をあげた。


「ワイバーンの首は、平気で魔法で刎ねるくせに……」


「それとこれとは別ですわ。ポンカメは見ていると可愛いらしいではないですか」


 そういえば、日本ではペットとして飼っている人もいたのを思い出す。

 カタリーナとそんな話をしている間に、店主はスッポンを見事に解体し終わっていた。

 これを材料に、俺はから揚げ、鍋、焼き、雑炊などの定番料理を紹介して作らせる。

 ここでも店主は、その腕前を生かして、初めてとは思えないほど上手に料理を作っていた。


「さて、味見しようか」


 時間はそろそろ夕方になっていたので、夕食にちょうどいいであろう。

 お店はしばらく休みで、俺たちもここに泊まって明日もコンサルティング業務を行う予定なので、店内の個室でまったりと夕食を取ることにする。


「美味いなぁ」


 素材も調理も優れているので、川魚料理はどれも美味しかった。

 綺麗な水で育ち泥抜きもさせたので、川魚臭さがないのが勝因だと思う。 


「これなら、お客さんも一杯来てくれます。醤油と味噌を大量に仕入れないと駄目ですね」

 

 出来上がった料理を出しながら、店主はとても嬉しそうだ。


「大人の味で美味しいな」


 エルも、満足そうに大量の料理を食べていた。


「薄利多売でやっているアルテリオさんの大資本に挑戦しても勝利は難しいから、川魚という特徴とメニューの多彩さで勝負する。から揚げや甘露煮は店先で売ってもいいし、お昼の定食メニュー、単品に酒を楽しむ人、宴会用に数種類のコースメニューなども設定して……」


「なるほど。お客さんの目的別にメニューを設定するのですね」


「ああ。でも、人手の問題があるか」


「大丈夫です。両親と妻と子供たちがいますから」


 今は店が暇なので、奥さんは夜だけ、息子さんたちは他の飲食店にアルバイトに行っているらしい。

 

「お店が忙しくなるのであれば、みんなこのお店に集中してくれますとも」


「ならば、明日が本番ですね」


「明日ですか?」


「そう。明日は本番のウナギです」


 川魚料理が予想以上に美味しかったのは想定外だったが、俺がわざわざ好きでもない川魚料理を教えて作らせたのには理由がある。

 それは、このお店の店主の腕前を見るためだ。

 ウナギといえばあの料理。

 店主が、技術を必要とする蒲焼を作らせるのに値する人物であるか?

 それを見極めるため、俺は時間を費やしてきたのだから。


「店主は、ウナギをどう料理しますか?」


「そうですね……。輪切りにしてから湯通しをし、塩とハーブで煮込んで……」


「不味そう……」


 正直なところ、まったく食指が動かない料理だ。


「不味そうって……。一応この近辺の郷土料理なんですけど……」


 この世界では、泥抜きもしない川魚をハーブなどで臭みを取り、塩で煮込むか焼くのが大半なのが頭にくる。

 

「伝統も大切だけど、新しい料理に挑戦しないと!」


 俺は、思わず店主に力説してしまった。

 これからも、ウナギ料理がそれだけだと思うと、つい我慢できなかったのだ。


「ヴェルは、どうしてそこまで料理にうるさいんだ?」


「趣味だからかな?」


「だとしても、半分病気だな」


「間違ってはいないね」


 外野からエルとルイーゼが失礼なことを言っているが、人間にとって食べることは非常に大切である。

 みんなが美味しい物を食べられれば、それだけでこの世の争いのネタは減るのだから。


「とにかく、料理を食べたら明日に備えて早めに寝るぞ」


「明日も頑張る」


「ヴィルマよ。もし明日に店主が調理人の神髄を見せたら、川魚業界に異変が起こる。店主は、『ウナギ王』と呼ばれるかもしれない」


「そんなに凄い料理を……。明日に備えて早く寝る」


「そうだな、早く寝て明日に備えよう」


 俺とヴィルマは、隣同士で毛布に包まりそのまま目を瞑る。

 場所は、店の二階にある部屋を借りていた。


「えっ? こんなに早くから寝るの?」


 イーナが不満そうだが、明日は早朝から忙しいのだ。

 なぜなら、明日は蒲焼作りに全力を注がないといけないのだから。


「俺は、明日も美味しい物が沢山食べられたらそれでいいや」


「私も、手伝いがありますから」


「ウナギなんて、脂っこいだけであまり美味しくありませんのに……」


 エルとイーナも乗り気であったが、唯一カタリーナだけはウナギに苦手意識があるようだ。

 意外にも、食べたことがある……まあ、海に繋がった河川だと比較的簡単に釣れるからな。

 たまたま釣り上げて、焼いて食べたことがあるのかも。


「だが、明日にはカタリーナはウナギ好きになっていると断言する!」


「その自信の根拠がよくわかりませんわ……」


 俺が強く勧めたので、その日はみんな早めに寝てしまった。

 明日は、きっといいウナギ日和になるはずだ。

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