第214話 長対陣で暇だからウナギを焼いてみる(その1)
「これが代金だ。ちゃんとあるか確認してくれ」
「いつもありがとうございます、バウマイスター伯爵様」
「貴重なものをすまないな」
「もう三ヵ月もすると漁が始まるので、普段はここまで高価ではないのですが、今は在庫が少ないのでお高くなってしまいます」
「いや、手に入っただけでも上出来だ」
解放軍の攻勢が失敗したのち、ソビット大荒地にある野戦陣地では平和な日々が続いていた。
平和というと語弊があるかもしれないが、解放軍、反乱軍共に決戦のために準備をしている状態のため、嵐の前の静けさとでも言うべきかな。
そんな時間に余裕がある日、俺は出入りのミズホ人商人からあるものを購入した。
ちょうど在庫があってよかった。
「ヴェル、それはなんだ?」
俺が商品の代金を商人に払っていると、そこに珍しくエルが一人で姿を見せた。
いつもは、ハルカと一緒にいることが多いのに珍しい。
「少し時期からは外れているが、実はこれを買ったのさ」
「おおっ! ウナギじゃないか!」
「これを蒲焼にして、ウナ丼にして食べる」
「いいねぇ、最高の贅沢じゃないか」
この世界にもウナギは存在する。
寒い時期は動きが悪いのであまり獲れないが、ミズホ商人が捌いて串に刺した状態のものを売っていたので、これを購入したのだ。
魔法の袋に入っているので鮮度は最高だが、需要に対して供給が少ないので値段はちょっとお高くなっていた。
かなりの金額を払ったが、ウナギの状態は最高で、脂も乗っているように見える。
これは、いいウナギだ!
「焼くための炭と台は準備してある。蒸し器の準備もオーケーだ。そして!」
俺は、魔法の袋から一抱えほどの甕を取り出す。
この甕の中には、下手な宝石など到底及ばない価値がある、とても大切な液体が入っていた。
「ヴェル、それはタレなのか?」
「はははっ! こういうこともあろうかと、リバーの店主さんからタレを分けてもらったのだ!」
「楽しみだな、俺も手伝うから早く焼こうぜ」
どうして俺が、蒲焼のタレを持っているのか?
それは、伯爵になってから経験した出来事が原因となっていた。
「ヴェル様、このお店」
「川魚料理店『リバー』か……」
伯爵になってから数ヵ月後、俺はみんなを連れて所用で王都を訪れていた。
用事自体はすぐに済んだのでどこかで昼食でもと思い、たまにはなにか変わったものが食べたいと言ったところ、ヴィルマが以前よく通っていたというお店に案内してもらうことになった。
王都郊外にあるそのお店はかなり古びた造りで、かなり歴史があるように見える。
「川魚料理ですか」
「ヴェル様と出会う前は、ここによく川魚を卸していた」
ヴィルマは、アルバイトで川魚を取ってここによく売りに来ていたのだと、エリーゼに説明した。
「材料を卸すと、無料で食べさせてもらえたから」
「ヴィルマさんは苦労していたのですね」
「お腹一杯食べるのは大変だった」
ヴィルマの食べる量を考えると、相当な量を獲らなければならなかったはずだ。
よほどの漁の名人でもなければ、満腹にはならなかったはず。
ヴィルマの腕がいいのか、お店の人が優しかったのか、両方なのかもしれない。
「ヴィルマは漁が上手だったのか?」
「結構上手だと思う。でも、なかなかお腹一杯にならない」
「ヴィルマが常にお腹一杯なほど獲れたら、その辺の魚がいなくなるのと違うか?」
「魚種ごとの禁漁期間設定に、小さな魚のリリースは漁をする者の義務。そんなに都合よく沢山獲れるはずがない」
エルの軽口に、ヴィルマは少しだけ不機嫌そうな表情で返した。
しかし、まさかこの世界に自主的な禁漁期間やリリースのルールがあるとは……正直なところ驚きであった。
「えっ? そんな制限があるの? うちの実家の領地にはそんなルールはないぞ」
「エルの故郷の人口と、王都の人口との差なんだろうな」
エルの実家の領内にある川で魚が獲れるのは、そこの領民たちだけである。
獲りすぎなければ、そう簡単に漁獲資源が枯渇するわけがない。
余所者が密漁などしたら最悪殺されても文句は言えないので、魚が目に見えて減ることもないのであろう。
だが、王都周辺では魚の消費量が違う。
漁獲制限をかけないと、魚がすぐに獲れなくなってしまうのであろう。
ただ、こんな漁獲制限があるのは王国でも王都周辺のごく一部の地域と、各貴族が独自に設定をしているケースだけだそうだ。
そういえば、ブライヒレーダー辺境伯領にそんな制限はなかった。
せいぜい、小さすぎる魚を獲らないというマナーくらいであろうか。
バウマイスター伯爵領に至っては、川魚は山ほどいるし、動物に至っては数が多すぎて人が危なくて住めないくらいで、容赦なく狩ってくれという状態であった。
「漁をする者は、事前に登録料と年会費が必要。払わないで密漁をした者は……」
「した者はなんだ? ヴィルマ」
「次の年に、川エビとウナギが豊漁になる」
「えっ……。それってもしかして?」
「密猟者には天罰が下る」
「それは洒落にならないぞ……」
先ほどの仕返しなのか?
ヴィルマは、エルに恐ろしい話をして彼を怯えさせていた。
「でも、王都から離れれば大丈夫。その場合は何日かかけて漁を行う」
ただし、距離が離れると今度は魚の鮮度が問題になる。
生かしたまま卸さないと値が下がるので、ヴィルマは獲る川魚の種類を制限していたそうだ。
「魔法の袋を使えばいいじゃないか」
「そんな高価なもの。普通の漁師が買えるはずがない。エルはヴェル様とずっと一緒にいるから感覚がマヒしている」
「そうだな。汎用の魔法の袋なんて、よほどの金持ちじゃないと買えないぞ」
俺が魔法使い用の袋をよく作るから誤解されるのだが、それは魔法使いにしか使えないし、使用者の最大魔力量に比例して収納可能な量が変わってしまう。
容量が一定している汎用の魔法の袋は、入る量によって値段が恐ろしい勢いで上昇していく。
一般庶民に手が届くものではないのだ。
「漁師も大変なんだな。それで、どんな魚を獲るんだ?」
「コヌルは丈夫だけど、あまり高値で売れない。ナマサは意外と死にやすいから近場でしか獲らない。ポンカメとウナギが主力」
コヌルとは鯉のことである。
洗いや鯉こくは前世で食べた経験があるが、俺はあまり美味しいとは思わなかった。
ナマサはナマズのことで、これは俺は食べた経験がない。
白身で、天ぷらなどにすると美味しいと聞いたことはあるけど。
「ポンカメって、どういうカメだ?」
「噛みついて離さないやつ」
ヴィルマに特徴を聞くと、どうやらスッポンのことらしい。
ウナギは、そのままウナギであろう。
スッポンは食べたことがあるが、なぜ精力がつくと言われているのかが理解できなかった。
まる鍋は、普通に美味しいと思った。
ウナギは、前世で会社の上司に奢ってもらった特上の蒲焼が美味しかったのを、今でも覚えている。
肝吸いと肝の串焼きもとても美味しかった。
「(ウナギの蒲焼が食いたくなってきたな……)どんな料理が出るのか楽しみだな」
店先で話ばかりしていても意味がないので、早速俺たちはお店に入る。
するとまだ準備中なのか?
店内には客が一人もいなかった。
「いらっしゃいませ……。あっ! ヴィルマさんじゃないですか! お久しぶりです!」
「久しぶりに食べに来た」
「大歓迎ですよ。さあお席にどうぞ」
店の奥から出てきた四十歳前後に見える店主は、最初は元気がなかったが、ヴィルマを見ると嬉しそうに駆け寄ってきた。
「今日は魚を卸しに来たのですか?」
「純粋に食事のために。お客さんも連れて来た」
「ええと、こちらの方々は?」
「バウマイスター伯爵様」
「おおっ! 噂には聞いておりました! バウマイスター伯爵様ほどご高名な方が、うちの店にいらっしゃるとは光栄です」
店主は、俺たちが客として来たことがとても嬉しいそうだ。
もしかすると、なにか一筆書くてくれと頼まれ、それがお店に飾られるのであろうか?
前世のお店に、芸能人のサインが飾ってあるのと同じく。
「噂に聞くと、ヴィルマさんはバウマイスター伯爵様の奥方様になられるそうで。あっ、なら魚を卸しには来ませんよね。これは失言でした。すぐに料理をお出しします。なにがよろしいでしょうか?」
「お任せで」
「畏まりました」
店主は俺たちを席に案内してお茶を出すと、すぐに厨房に入って料理を始めた。
他に店員などはいないようだ。
「そういえば、俺は川魚は……」
苦手だったのを俺は思い出した。
実家で食べさせられた、泥臭い煮込みを思い出す。
それでも、せめてウナギやスッポンならなんとかなるかもしれない。
そういえば、蒲焼は存在するのであろうか?
気になるのはそればかりだ。
「ヴェル様は川魚は苦手?」
「食べてみないとわからない。魚の扱い方や調理方法で、全然味や生臭さが違うから」
「このお店は、二百年以上も続く老舗だと聞いている」
王都郊外にあり、伝統的な川魚料理を出すので、古くからの客がとても多いのだそうだ。
ヴィルマは、この店に魚を卸す代わりに沢山食べさせてもらっていたらしい。
「老舗という割には、あまりというかまったく客がいないな」
エルの言うとおり、お昼時なのに周囲を見ても客が一人もいない。
お休みというわけでもないようなので、それは少し気になった。
「穴場的な名店の可能性もあるし、今は混まない時間帯なのかも。ヴィルマ、このお店は夜も営業しているんでしょう?」
「夜はコース料理がメイン。お高い」
「なら、昼間はこんなものじゃないかな。ところでエルは、川魚は好きか?」
「実家の近くの川で、冬にフナやハヤを獲って焼いて食べたな。味は普通?」
寒バヤと寒ブナは、日本でも地方によっては名物になっていた。
今は秋なので、もしかすると美味しいものが出るかもしれない。
「イーナとルイーゼは?」
「道場でコヌルを輪切りにして大鍋で煮込んで門下生に振る舞うのよ。私は泥臭いから苦手だったわね」
「どんな調味料で煮込むんだ?」
「塩だけで。栄養があるから修練のあとによく出すのよ。家の女性と師範の奥さんたちで捌いて、大鍋で煮込むの」
鯉を味噌も使わずに煮るのかぁ……。
少なくとも、俺は食べたいとは思わなかった。
味噌があれば鯉こくが作れるんだけど……。
「そういえば、イーナちゃんのところはコヌルだったね。うちはポンカメを捌いて煮込むんだけど、泥臭くてボクも苦手だった」
ルイーゼの実家は、スッポンを煮込んだ鍋を門下生に出すらしい。
ただ、泥臭いという時点でろくに泥抜きもしていないのであろう。
生姜醤油で煮込むはずもないので、これも俺は食べたいとは思わなかった。
「小魚の内臓を取って油で揚げたのものは美味しいわね」
「小魚の方が、味に癖がないからね」
イーナとルイーゼも、あまり川魚は好きではないようだ。
それでも、ブライヒブルクの食堂などで出た小魚のフライは、好んで食べていたのを思い出す。
「エリーゼは?」
「私も少し苦手です。王都は海から遠いので、貴族の晩餐メニューにも川魚を使ったものがあるのです。ホーエンハイム子爵家にも伝統の川魚料理があるのですが……」
フナを使ったパイ料理があるそうだが、あまり美味しくないので、パーティーでもほとんど箸を付けられないとエリーゼが教えてくれた。
「あれ? 俺は食べた記憶がないな。フナのパイ」
「ヴェンデリン様は食べる物にうるさいと、お父様とお祖父様から思われていますから。それに、伝統よりも味を重視されますので」
「それはある」
これまでに数度、ホーエンハイム子爵家の晩餐会に呼ばれたことがあるけど、俺の機嫌を損ねないよう、最初から美味しくないとわかっている料理は出さなかったわけか。
確かに、フナのパイって……美味しそうなイメージが湧かないよなぁ。
「カタリーナはどうなの?」
「私ですか? そうですわね。冒険者時代によく山の渓流で魚を獲って焼いていましたわね。獲ったばかりのイワウオとヤマウオの内臓を抜いて、塩を付けて焚火でじっくりと焼くと美味しいですわよ」
「意外と贅沢なことをしているんだな」
イワウオとヤマウオとは、イワナとヤマメのことである。
王都では高級品だが、『飛翔』で簡単に渓流に行けるカタリーナならば、手に入れるのにさほど苦労はしないはずだ。
「予備校生時代には、イワウオとヤマウオの採集で稼いでいましたので調理も得意ですわ」
獲ったばかりの魚は、魔法の袋に入れれば新鮮なままなので高級レストランなどに高く売れる。
俺も前に食べたことがあるが、新鮮なイワウオとヤマウオを使った料理は平気で一皿百セント近くするので、それだけ高級品である証拠であった。
「普通の漁師や冒険者の方では、焼き干しにして持ち帰るしかありませんから」
王都に一番近いイワウオとヤマウオがいる渓流に行くには、普通に歩けば五日はかかってしまう。
そこで、現地で内臓を抜いて焼き干しにして持ち帰るのが常識らしい。
これなら長持ちするし、それでも一匹三十セント以上で売れるので、いい儲けになるのだそうだ。
これを出汁にして作ったスープや煮込みも、王都では高級な料理とされている。
ただ、山奥なので魔物はいなくても熊や狼が出る。
だから一般人でこれを生業としている人は少なく、味がいい渓流魚の値段は高かった。
気軽に食べられるのは、渓流の近くに住んでいる地元住民くらいであろう。
「魚一匹で三十セントは凄いな」
「私は生で持ち帰れたので、魚屋やレストランが一匹五十セントで買い取ってくれましたわ」
「いいなぁ……」
渓流で魚を獲るのは大変だと思うが、カタリーナならば『飛翔』で現地に飛んでいけるし、他の魔法も駆使すれば、魚を獲るのも楽だったと思う。
予備校生時代に一人で稼ぐには最適な仕事だったのであろう。
「カタリーナは、予備校生時代のアルバイトですら一人なんだな」
カタリーナが一人で渓流まで『飛翔』で飛んで行き、魚を獲って魔法の袋に仕舞い、食事代わりに焚火で焼いて食べる光景を思い浮かべる。
何人かでやるとレジャーみたいで楽しいのであろうが、カタリーナに限ってそれはない。
俺の脳裏に浮かぶ、一人で魚を獲ってから焼いて食べるカタリーナはとても男前であった。
「ヴェンデリンさん。私が一人で魚を獲って、あなたになにか不都合でも?」
「いいや、他の人を連れて行っても足手まといだろうからね。今度、一緒に獲りに行こうよ。塩焼きとか食べたいし」
「なにか引っかかりますけど……。まあいいですわ」
ただ、同じ元ボッチとしてシンパシーを感じただけである。
俺も子供の頃は一人で未開地を縄張りとし、狩猟、採集、釣りにと、食材確保に勤しんでいたのだから。
「ヴェンデリンさんも食べたいのですか? ですが、バウマイスター伯爵領にはあまり渓流はありませんわよ」
「その代わり、バウマイスター伯爵領には海から川を遡上するマスがいる。これを特産化すればいい商売になるかも」
稚魚の人工孵化で漁獲資源の保護と増産を図り、燻製、スモークサーモン、鮭とば、新巻鮭、塩辛のような保存食が作れれば輸出も可能であろう。
世間に流通させるために、そうそう魔法の袋だけに頼ってはいられないのだから。
「ヴェンデリンさんは、領主らしいことも考えているのですね」
「一応伯爵だから」
「自分で『一応』とか言わないでほしいのですが……」
と言われてもなぁ。
前世では、貴族なんてテレビの向こうか、お伽噺の世界だったし、自分がなりたかったわけでもなく勝手に任命されてしまったので、実感などゼロに近かったのだから。
「ヴェルって、食べ物のことだけは真面目にやるよね」
「ルイーゼ、俺は魔法も真面目に練習しているぞ」
ルイーゼの指摘に、俺は素早く反論した。
俺は毎日、魔法の修練だけは欠かしたことがないのだから。
「マヨネーズ混ぜる魔法とか、肉や魚を熟成させる魔法とか、『わざわざこの魔法を?』というのが多い」
マヨネーズを混ぜる魔法をバカにしてはいけない。
混ぜるスピードや角度などが重要で、俺は試行錯誤を重ねてようやく取得したのだから。
最初は混ぜている材料を周囲に飛ばして無駄にしてしまったりと、とにかく苦労の連続だった。
「魔道具で混ぜればいいような……」
「魔道具よりも、俺の魔法の方がマヨネーズの肌理が細かくなる。味に違いが出るんだ」
実は途中でその事実に気が付いたのだけど、もし魔道具が壊れでもしたらマヨネーズが作れなくなってしまうと自分に言い聞かせ、結果的に魔道具を使うよりも美味しいマヨネーズが作れるようになった事実は、ルイーゼには内緒である。
「役に立っているから問題ないと思うけど」
「あまり格好よくないよ」
「格好よさは問題じゃない。美味しいかどうかが重要なんだ」
『ウィンドカッター』は敵や魔物を切り裂くだけだが、マヨネーズを混ぜる魔法はメレンゲや生クリームにも応用でき、エリーゼが美味しいデザートを沢山作ってくれる。
他にも、ジュース作りやハンバーグのタネを捏ねるにも応用できるのだ。
魔法は人に役に立ってナンボなので、俺は正しく魔法を習得している。
誰に憚る必要もないのだ。
「人は食べないと生きていけないからな。この法則に身分など関係ないわけで、その役に立っている俺の魔法は凄い」
「妙な自画自賛だなぁ……」
他にも、俺の前世の仕事に関係していると思う。
とにかく色々な食べ物に興味を持ち、調べて動かないと仕事にならなかった。
そんな社畜であった前世の俺の癖と、この世界の食文化はまだまだだという現実が、俺を食の探求へと誘うのだ。
「本当に、食べ物のことだとヴェルは引かないよね」
「俺は食べ物のためなら、大貴族でも潰す覚悟がある」
「それはやめようよ……」
今のところは大丈夫だが、将来俺の快適な食生活を邪魔する貴族が出るかもしれない。
もしそうなれば、そいつを潰す覚悟くらいは必要だと思うのだ。
ルイーゼが珍しく常識的で、すぐ反対にまわっていたけど。
「料理が来た」
「わーーーい、食事だぁ」
みんなで話をしている間に、店主が出来上がった川魚料理を運んできた。
よほどお腹が減っていたのか、エルが子供のようにはしゃいでいた。
「小魚と川エビの炒め物、コヌルのウロコ煮、フナの塩焼き、ナマサの煮込み、ウナギとポンカメの鍋になります」
次々と料理が運ばれてくるが、この時点でイーナとルイーゼは駄目だと感じたらしい。
下処理と調理で消しているのであろうが、わずかに川魚特有の臭いが漂ってきたからだ。
俺は、このくらいなら大丈夫そうだ。
「ハーブを利用して、川魚特有の匂いと泥臭さを消しているのか……」
食べてみると、意外と普通に食べられた。
だが、美味しいかと問われると美味しくはない。
不味くもないが、俺から言わせると、客が『不味くないもの』を食べるためにお金を払うわけがない。
このお店に客がいない理由が、ようやく理解できた。
「店主さん。イワウオとヤマウオは仕入れないのですか?」
「うちは、庶民的なお店ですから……」
高価な魚は仕入れられないと、店主はカタリーナに説明した。
「ヴィルマさん、お味はどうですか?」
「うーーーん、前と変わらない」
ヴィルマはこう見えて、食べ物の味にうるさい。
彼女が昔と変わらないというのであれば、間違いなくそうなのであろう。
「私は、ヴェル様の元で色々と新しい食べ物を食べた。エリーゼ様の作るデザートはとても美味しい。舌が肥えてしまったので、この川魚料理は……」
「ヴィルマ、それは言いすぎじゃないのか?」
普通に料理を食べていたエルがヴィルマを窘める。
前に世話になっていた人に対して、それはないのではないかと思ったようだ。
「いえ。そう言われることは覚悟はしていたのですよ。エルヴィンさん」
店主は、ヴィルマの指摘に怒っていないようだ。
そう言われても当然といった顔をしている。
「ヴィルマさんは味がわかる人ですからね。私の腕が衰えたと言っているわけではないのです」
「調理の腕前は、前と同じで素晴らしい」
ヴィルマは、店主の料理の腕前を褒めた。
「確かに、川魚の弱点である臭い消しは熟練の域に達していますね。ホーエンハイム子爵家の料理人よりも上だと思います」
続けてエリーゼも、店主の調理の腕前を褒めた。
「ですが、変わらない味というのは時代の流れに対して無力な事実もあるのです。実際にお客さんが減っていまして……」
「前はお客さんが多かった」
「お昼時には日替わりメニューがあって、お得なので結構お客さんが来てくださったものです。今はこの有様ですけど……」
そういえば、お昼も大分すぎたのに俺たち以外に客が一人も来ない。
このお店の経営状態を心配してしまうほどだ。
「経営は大丈夫?」
「夜になると、古くからの常連さんがコースメニューを召し上がっていきますから。ですが、お年寄りばかりなのです」
店主は、ヴィルマに今のお店の状態を話す。
今のこのお店を辛うじて支えているのは、懐かしい味を求める年寄りばかりで、若い人はほとんど来なくなってしまったそうだ。
「そうか。新しい客層がまったく獲得できていないのか」
「今はなんとかやっていますけど、じきに売り上げは細っていくでしょうね」
年寄りの客がいなくなれば、ただ売り上げが落ちていくだけだ。
将来の見通しは、決して明るくなかった。
「店主さん。こうなった原因はなんなんだ? 味は変わっていないのに、そう簡単に客が減るのはおかしいだろう」
エルが、店主に客が減った原因を訪ねた。
「お昼のお客さんが減った原因は、あの料理でしょうね」
「あの料理?」
「はい。なんでも王都では、アルテリオ商会が、から揚げだの串揚げだのと、新しい料理を出すお店を続々とオープンさせているそうで……」
「アルテリオ商会ねぇ……」
店主から客が減った原因を聞いたエルの視線が泳いで、俺へと向かった。
そしてその顔が、『お前のせいじゃん』と語っている。
「確かに、アルテリオさんに商売のネタを売ったのは俺だけど……」
それでも、ちゃんと法に則って商売をしている。
実際に経営をしているのはアルテリオさんだが、そこは競争なので仕方がない部分もあった。
などと思っていると、突然腕を引っ張られる。
視線を向けると、そこには目を潤ませたヴィルマの姿があった。
「ヴェル様、このお店を助けて」
「えっ? 俺が?」
確かに、アイデアなどは現代日本からのパクりで大量にあるが、その通りにやったとして、上手く行く保証などどこにもない。
第一、俺にそこまでの料理の腕前はないのだから。
「私の料理の腕前では助けてあげられないから。昔お世話になったから助けてあげたい」
魚を卸していたとはいえ、ヴィルマの食べる量を考えると、この店主は彼女を食事の面で相当助けていたのであろう。
ヴィルマは、相当恩義を感じているようだ。
「ヴェンデリン様、なんとかなりませんか?」
「エリーゼ、俺はそんなに料理は上手くないんだが……」
「新しい料理を考える能力では、王宮の料理人でも勝てないと思います。私も手伝いますから」
「そうね、このまま放置するのも寝覚めが悪いし」
「このお店が蘇ったら、通えるお店が増えるよ」
イーナとルイーゼも、俺がこのお店の手助けをすることに賛成のようだ。
「ヴェンデリンさん、試しにやってみればいいじゃないですか」
「試しにか……」
ここのところ、領内の開発と狩猟、採集ばかりだったので、カタリーナも少し飽きがきていたらしい。
珍しく賛成にまわり、こうして俺のコンサルティング業務がスタートするのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます