第211話 戦術的勝利、戦略的敗北(後編)

「エリーゼ、すまないけど……」


「いえ。これは神官でもある私の役目ですから」




 戦闘終了後。

 俺たちは、反乱軍が大分後方まで下がったのを確認してから、正面門を開けて死体の処理を行うことにした。

 とはいっても、いつ反乱軍が攻撃を再開するかもしれないので、遺体の埋葬などは行えない。

 使える品を剥ぎ取ってから、数ヵ所に纏め、エリーゼたち神官が事前に作っておいた聖水を振りかけてから、お祈りを捧げる。

 これをしておかないと、魔物の領域でなくてもまれに死体がアンデッドになってしまうことがあるからだ。


「戻ろうか?」


「はい」


 数時間後。

 一緒に作業を行ったミズホ伯国軍の兵士たちと共にターベル山地砦に戻る。

 エリーゼと手を繋ぎながらであるが、こうでもしないと死体の山のせいで陰気な考えしか思い浮かばなくなってしまうからだ。


「ヴェル、夕食ができているわ」


「ありがとう、イーナ」


 明日も攻撃があるはずなので、食事をとって早めに寝てしまうに限る。

 それでも、俺たちには夜警などが割り振られていないだけマシであろう。

 地形的に夜襲を試みてもすぐに見つかってしまうので警備の意味は薄いが、こちらの士気を落とすため、攻めるフリくらいはしそうなので警戒はしていたのだ。


「無理をさせているなぁ……」


 この状況で、妻たちと夜の生活などあり得ない。

 俺たちは、男子用と女子用のテントに分かれて寝ることにした。

 魔法使いは、寝ないと魔力が回復しない。

 いつ魔力が必要になるかわからないので、常に休むことを優先しなければ。

 エル、ハルカ、タケオミさんは、貴重な魔法使いを失わない盾としての役割を期待されており、交代で俺たちのテントを護衛している。

 ミズホ伯国軍からも人を出しているし、彼らは三交代制で反乱軍への警戒も怠っていなかった。

 休む時間は十分に与えられているのだが、慣れない戦闘と死体の山ばかりで精神が休まらなかった。

 だが、男である俺が弱音を吐くわけにはいかない。

 エリーゼたちは、女性の身でそれに耐えているのだから。


「みんな、伯爵様が旦那だからついて来ているんだ。辛いとは思っても、表面上は口には出さないさ」


「ならば、それを聞かないのが情けですか……」


「伯爵様といると恵まれた待遇は受けられる。だが、こういう不測の事態に巻き込まれやすい。それに耐えられない奴は、伯爵様からの恩恵を受ける資格はない。エリーゼたちは、それがわかっているから戦っているんだぜ」


 この世界は、そんなに甘くない。

 俺が養える人間の数には限度があり、こちらからの恩に対し、奉公や忠誠で答える必要がある。 

 それは妻たちも同じで、そこに甘い色恋沙汰など関与する余地はない。

 地球の恋愛創作物の世界から見れば、ブランタークさんが語る価値観はおかしいと思われるのであろうが。


「(日本も、昔はそうだったみたいだけど……)それにしても、このアホみたいな作戦の結末ですよ」


「テレーゼ様は、軍の指揮権を纏めきれなかったな。バーデン公爵公子たちの勇み足を防げなかった」

 

 冷徹な貴族としてのテレーゼは、ある程度の失敗は織り込んだのであろう。

 致命傷になる前に彼らを救出し、その貸しを利用してバーデン公爵公子よりも優位に立つことを考えている可能性が高い。

 だが、別に好んで兵を出しているわけでもないミズホ上級伯爵は面白くない。

 無駄な犠牲を出しているし、俺たちだって言いたいことが山ほどある。


「それを言えるかどうかもわからないがな。いつか言えるように寝ようや」


「導師って、どんな時でもよく寝てますよね」


「神経に、オリハルコンの芯が通っているんだろうな……」


 俺とブランタークさんは導師のイビキに耐えながらも、疲れているのですぐに寝入ってしまった。

 今日はイビキが凄いから、この現状に不満がある? ……関係ないか。

 そして、それから三日間。

 防衛戦闘に従事し続けたのだが、詳しい描写は割愛しようと思う。

 弓、魔銃、魔砲によって次々と敵兵がなぎ倒されるも、なぜか攻勢を止めない反乱軍。

 すでに損害は数千人にも達しているはずだが、反乱軍は一向に諦める気配がなかった。


「頭がおかしいのと違うか?」


「いえ、もう少しでこの砦を落とせると思っているのでしょう」


 その日の夕方。

 全員で夕食をとっていると、救護を担当しているエリーゼが自分の意見を述べた。


「現時点で、ミズホ伯国軍の戦死者は百二十三名にも達しています」

 

「もう少しで一割か……」


 当然、俺たちの中には戦死者はいない。

 たまにエルやタケオミさんが負傷していたが、軽傷なのですぐにエリーゼが治してしまうからだ。


「一割はキツイな」


 ゲームでならともかく、実際の戦争で一割以上の犠牲を出すとかなりキツイ。

 士気が落ちてしまうどころか、秩序が崩壊して兵士たちが逃げ出すことだって珍しくない……導師から教わった知識だけど。

 彼はああ見えて、大物軍系貴族アームストロング伯爵家の出で、そういう知識にも詳しかったのだ。

 それなのに士気がまったく落ちず、それどころかますます精強に戦うミズホ伯国軍は、真の精鋭と言っても過言ではなかった。


「はい。向こうはすでに四割くらいは失っているはずなのですが……」


「あっちは、別の理由で軍勢が崩壊しないのか……。ニュルンベルク公爵の力量かね?」


 軍事の定義で言えば、四割の損害なんて全滅扱いだ。

 ただ、こうも考えられる。

 最初の一万人という数値は、あくまでも推定だ。

 なぜなら地形の関係で、反乱軍は全軍でこのターベル山地砦を攻められない。

 最高でも一度に三千人までしか攻められないので、もしかしたら減った分の兵力が後方で補充されているのかも。

 似たような装備と質の兵たちばかりだから、俺たちは気がつかなかったのかもしれない。

 どちらにしても、殺しても殺しても一向に攻め寄せる兵力が減らない現状に、ミズホ伯国軍の中でも懸念の声が上がり始めていた。

 沢山殺して大戦果を挙げても、最後には数に押し潰されてしまうのではないか、という不安が広がりつつあるのだ。


「すまないな、苦労をかけて」


「いえ。私は戦闘には参加していませんから」


「参加しているじゃないか。後方支援がない軍隊なんて瞬時に崩壊するから。それに、エリーゼがいなければ死者は倍以上になっていたはずだ」


 男性でも後ずさってしまいそうな重傷者を、彼女は血塗れになりながら治療を続けていた。

 そのおかげで、ミズホ伯国軍兵士たちの間でもエリーゼは聖女扱いされている。

 同時に、『あんなに美しい聖女様を妻にしているバウマイスター伯爵はいいなぁ。代わって欲しい!』という風聞も流れ始めていたが。


「あなたにそう言っていただければ嬉しいです」


 エリーゼの治癒魔法は、かなりの重傷者でも治せてしまう。 

 ミズホ伯国軍本軍ならともかく、トヨツグさんが指揮するこの別働隊の中でエリーゼに匹敵する治癒魔法使いなど存在せず、だからこそここまで戦死者を抑えられたのだから。


「私は、槍の投げすぎで筋肉痛になってしまったわ」


 イーナは、俺の傍で魔砲の照準を手伝ったり、投擲機を使用して槍を大量に放っていた。

 反乱軍が引き揚げると、戦死者が持っていた槍を回収してそれをひたすら投擲していたのだ。

 何度も回収されているせいか、血塗れでボロい槍ばかりであったが、投げるのに不都合はなかった。

 魔力で強化された槍は多くの反乱軍兵士たちを死傷させていたが、もう一つ、イーナには戦術眼のようなものがあるようだ。

 魔砲の照準を、攻め寄せる反乱軍部隊の統率を崩壊させる位置に的確に合わせたり、各部隊の連携を阻害する場所を探すのが得意であった。




『イーナ、どうしてここに攻撃するの?』


『あの部隊が、次に正面門の破壊を試みようとしているからよ。今正面門の破壊を試みている部隊は、すでに損耗も激しいく足を止められている。撤退は時間の問題だから、これは他の味方に任せればいい』


『イーナは凄いな。なぜわかるのかが不思議だ』


『このくらいの判断は、指揮官なら普通にするでしょう』


『でも、イーナには指揮官の経験がないじゃないか。本を読んでいたからか? 妙な恋愛物だけを読んでいたんじゃないんだな』


『エル、気を悪くするわよ』


『すまん。俺にちょっとそういうことを教えて。トリスタンさんの教育は戦争のせいで中断しているから』


 こんなやり取りがあったようで、エルは夜にイーナから戦術論などを教わっていた。

 意外にも、彼女はそういう本をかなり読んでいたようだ。

 イーナはエルのいい先生になっていたが、一人だけ気を悪くしていた人がいる。


『確かに、私では教えられませんけど……』


 ハルカがヤキモチを焼いてしまったのだが、彼女もエルと同じく刀の腕前優先であり、軍隊の指揮などは経験がなかったので教えられなかった。

 イーナにも経験はないが、彼女は知識をちゃんと得ている。

 これは、勉強をしていなかったハルカのミスであろう。

 それに経験とは言っても、帝国どころか王国にも実戦経験がある者など、内乱前には一人も存在しなかったのだけど。


『兄様は、エルさんに教えられないのですか?』


『ハルカよ。サムライは、ただ刀を振るえばいいのだ』


『……』


 ならばと、自分の兄に頼んだらしいが、この兄もその方面では頼りなかった。

 元々使用人くらいしか雇えない小身の陪臣家の出であるし、抜刀隊はただ目の前の敵を斬ればいいという教育しか受けていない。

 少し普通の軍隊とは性格が違っていたのだ。


『兄様は、まるで頼りになりません』


『なっ!』


 ハルカは珍しく毒舌を吐き、タケオミさんはそれにもの凄いショックを受けていた。

 シスコンには、厳しい一言だったかもしれない。


『ハルカさん。俺は人の奥さんに手を出すような真似はしない! それにもしイーナが独身でも、イーナはありません。だって、あいつ怖いし』


『どういう意味よ!』


 エルは、上手くハルカを宥めたようだ。

 逆に、イーナの機嫌は思いっきり損ねてしまったが。


『どうって、そのまま』


『ヴェルから、そんな風に言われたことは一回もないわよ! ヴェルは、私の髪が綺麗だとか、肌が綺麗だって褒めてくれるもの。エルにはデリカシーがないと思う』


『いや、そんな人様のノロケとか聞きたくないし……俺にデリカシーがないって?』


『ないじゃない』


『ぐはっ!』


 イーナからデリカシーがないと言われ、エルはショックを受けていた。

 そんなことを気にするのか……。


『エルに、デリカシーがないのは問題ないとして……』


『なくはないだろう!』


 エルにデリカシーがないとしても、直近で困ることはないかな。


『毎日利き腕で槍を投げているから、片腕だけ筋肉が多くついて太くなるかも。導師みたいに?』


『それはないんじゃないかな?』


 そう簡単に、女性の腕が導師みたいになるとは思えない。

 本人はえらく悩んでいるようだけど、彼女の腕を見比べても左右の腕の太さに差があるとは思えなかった。


『大丈夫じゃないの? ルイーゼとかヴィルマは全然そういう様子もないから』


『だよね。そんなに簡単に筋肉がつくんだったら、ボクはその筋肉が胸に集中してほしい気分だよ』


『もし胸に筋肉が集まっても、硬くなってしまうじゃない』


『じゃあ駄目だね。ヴェルに硬いって言われちゃうから』


 戦闘の悲惨さなど、今さら言うまでもない。

 あえて口に出さず、こうやって合間に軽口を叩きながらこの試練を乗り越えようとしているのだ。




「ボクも、ヴィルマも、導師も。石ばっかり投げていたね。ここ数日」


「問題は、他の味方はどうなったのかだが……」


「伝令は……ここに辿り着けるわけがないのである! まだ石を投げ続けるしかないのである!」




 移動系の魔法を封じられたので、導師とルイーゼは空中での移動を封じられている。

 まさか反乱軍が押し寄せているのにターベル山地砦から、徒歩で外部との連絡を取るわけにもいかず、城壁の上から『魔法障壁』を張ったり、岩や石を投げるだけの仕事に従事していた。

 ヴィルマは最初魔銃を撃つのだけど、試作品だからか途中で使えなくなってしまい、そうなると岩を投げることに切り替えていた。

 この三人が岩を投げると、攻め手からすれば災厄でしかない。

 実際に多くの敵兵たちが岩に押し潰されて死傷しているが、翌日にはまた同じことの繰り返しなので、キリがないと思っているはずだ。


「戦いはまだなんとかなるけど、外の情報が入って来ない」


「ヴィルマさん、その情報の元が来ましたわよ」


 カタリーナの視線の先には、先ほどトヨツグさんのいる本陣に向かったタケオミさんの姿があった。

 彼は席に座ると、早速に俺たちに対し報告を始める。


「バウマイスター伯爵様、ようやく本陣からツバメ便がやって来ました」


 孤立しているターベル山地砦に伝令など送っても無駄なので、通信用のミズホツバメが手紙を送ってきた。

 ミズホ伯国軍と行動していて助かったな。


「それによりますと、我々以外は惨敗したようです」


 反乱軍が事前に兵員と物資を引き揚げた手薄な拠点を、味方が簡単に落として油断したところに、大軍で包囲して補給を絶った。

 俺たちとは違って、籠城しようにも食料が不足しているので不可能であり、脱出を図ったところを攻撃されて惨敗した、と文に書いてあったそうだ。


「軍勢が全滅するのは、テレーゼ様が後詰を出したので防げたようです。反撃でかなりの損害を与えたとも」


「よそ様は生き残れてよかったようだけど、うちはどうしようか?」


 俺たちは敗北はしていないが、いまだに反乱軍の包囲下にある。

 食料の問題もあってそういつまでも籠城などできず、どうにか撤退する方法を模索しないといけないのだから。


「幸いにして、援軍が向かっているそうです」


「では、挟み撃ちか?」


 援軍と俺たちを攻撃している敵反乱軍が激突したら、こちらも撃って出て敵を挟み撃ちにする。

 誰でも思いつきそうな策であったが、現実の戦争とは案外そういうものだ。

 複雑な作戦は、実行するのが難しいから当然である。


「ここを出る準備をしておくか……」


 夕食後。

 トヨツグさんと作戦会議を行い、いつ援軍と敵軍の戦闘が始まってもいいように、撤退の準備だけは進めておくことを決めた。

 砦は持って帰れないが、他のものはなるべくすべて持って帰ろうとしたのだ。

 今の戦況で、味方がこのターベル山地砦を保持することは難しい。

 ならば、再び反乱軍がここを押さえた時、少しでも補給に負担を与えようという非常にセコイ作戦だ。


「いつ援軍が敵に襲いかかるか……。今夜か、明日の早朝が有力だな。そうでないと、我々が詰む」


「ですよね」


 俺も、トヨツグさんの意見に賛成だ。

 最悪なことに、味方は商業都市ハーバット攻略を目指した主力以下すべてが敗北している。

 手をこまねていると、勝利の余勢をかって、さらなる大軍がこのターベル山地砦の包囲に参加する可能性が高い。

 食料が切れれば、俺たちを嬲り殺しにして戦果を得られるのだ。

 参加希望者は多そうである。


「私たち、全滅の危機にあるですか?」


「あるわね」


 カタリーナの問いに、イーナが答えた。

 俺たちは全滅の危機にあるのだと。

 いくら俺たちが奮戦したとて、徐々にトヨツグさん以下のミズホ伯国軍の損害は増えている。

 食料だって、たまたま俺が大量に魔法の袋に入れてあったから今は飢えていないだけ。

 このままでは、あと一週間ほどで食料が尽きる計算であった。


「魔法使いだけで逃げるってのも、今回に限ってはできないよなぁ」


「『飛翔』が使えませんからね」


 最悪、魔法使いだけ逃げるなんて方法も普段なら使えるのだけど、あの装置のせいでそれも難しい。

 魔法で正面突破しようにも、多勢に無勢であろうと、ブランタークさんがカタリーナに説明した。


「援軍は、今夜に夜襲をかけてくる可能性があるな」


「夜襲ができるほど練度が高いの? フィリップ公爵家の諸侯軍は」


「最低限の訓練はしているはずだ」


 前に、テレーゼがそんなことを言っていたような……。

 イーナは聞いていなかったのかな?

 大敗北はしたが、あのブロワ辺境伯家諸侯軍でも夜襲は行えていた。

 ターベル山地砦に目が向いている反乱軍の後方から襲い掛かるくらいは可能なはずだ。


「主力を救うのに傾注しているはずだから、私たちへの援軍はそれほど多くないと思う。ヴェルの考えが正しいかも……」


「俺も、出まかせを言っているかもしれないぞ」


「いや、それほど荒唐無稽な意見でもないのである!」


「導師の言うとおりだな。荷物を纏めておこう」


 トヨツグさんたちも、俺達と同じ結論に至ったらしい。

 夜になるまでにすべての荷物を纏め、馬に馬具を装着して、見張り以外はゴザの上に寝て夜戦に備える。

 ウトウトしながら日が変わる直前になると、突然ターベル山の麓から火の手があがった。

 続けて、馬の走る音や、人の掛け声、悲鳴などが入り混じって聞こえてくる。


「バウマイスター伯爵様、行きましょうぞ」


「敵の策で偽装と言う可能性は?」


「ないと存じます」


「では、本陣に帰りましょうか」


「言いたいことが山ほどありますからな!」


「俺もです!」


 俺たちは全軍をあげ、一気にターベル山地砦から飛び出し、唯一存在する山道を麓に向かって全力で駆け下って行く。

 すると、俺たちを何日も攻め立てていた反乱軍が、後方から味方援軍の夜襲を受けて大混乱していた。

 陣地に火矢を放たれ、騎馬隊によって踏みにじられ、死傷者が増大してすでに軍隊の体をなしていないようだ。

 逃げ出そうとする敵兵ばかりが確認できた。


「壊滅させろ!」


 この中で一番爵位が高い俺が、自然と命令を出すことになった。

 今俺たちがすべきことは、援軍の夜襲を助けて反乱軍を壊滅させ、その追撃を防ぐことだ。


「了解なのである!」


 この数日、籠城戦で投石しかできなかった鬱憤を晴らすためなのであろう。

 導師は『魔法障壁』を体に纏わせると、単独でいまだ敗走していない敵軍へと突入して行く。


「何者だ? あの化け物は!」


「下らぬ戦を先に起こしたそなたらに、化け物などと言われる筋合いはないのである!」


 導師が立て続けにパンチや蹴りを放つと、フルプレートを纏う騎士ですら首をへし折られ、頭部や腹部のプレートがあり得ないほど凹んで地面に突っ伏してしまう。

 あれでは、脳や内臓に致命的なダメージを受けて即死であろう。

 装備が貧弱な兵士たちについては、言うまでもない。

 導師に殺されないようにするには、彼の進路を塞がないで逃げることだけなのだから。

 単純な戦闘力では、間違いなく師匠でも導師に勝てないはずだ。

 まさにデストロイヤー。

 王国の最終兵器というあだ名は伊達ではなかった。


「伯爵様、感心ばかりしていないで行くぞ」


「はい」


 俺たちは、ミズホ伯国軍と共に援軍と同士討ちにならないように反乱軍へと斬り込んでいく。

 抜刀隊と、タケオミさん、ハルカ、エルも、オリハルコン刀を試すべく先陣で敵軍に突入した。


「やあやあ! 我こそは!」


「チェスト!」


 バカな話だが、この状況で名乗りを上げた貴族がいた。

 ブロワ辺境伯家とのような紛争であったら礼儀に則った行動であったが、これは戦争で、常識外れの行動でしかない。

 エルの一撃で、その貴族は剣を斬られて武器を失ってしまう。

 オリハルコン刀の威力が証明されたわけだが、金属を斬るには相応の技量が必要であり、エルが厳しい訓練で腕を上げている証拠であった。


「ワシはヒルデスハイム子爵だぞ。捕虜としての待遇を」


 剣を斬られた敵貴族が降伏しようとするが、この状況で捕虜など取る余裕はない。

 エルに一撃で首を刎ねられた。


「逃げればいいのに……」


「ハルカさん、前に行くぞ」


「はい、エルさん」


「妹よ、私もいるのだが……」


 三人は、俺たちの前に出て次々と敵兵を斬り倒していく。

 ブランタークさんもカタリーナと共に、小規模な『ウィンドカッター』で敵兵を次々と斬り裂いていた。


「させるか! 我こそは、『突風』のアレン!」


「知らねえな。俺たちを恐れて逃げ出さないとなると、殺さざるを得ない」


「はんっ! 貧乏なフィリップ公爵家に雇われた冒険者崩れのくせに!」


 自分こそが半端な雇われ者のくせに、ブランタークさんの前に立った魔法使いは偉そうに口上を述べた。

 

「お師匠様を知らないなんて……」


「カタリーナの嬢ちゃんよ。俺は別に男に顔を知られていなくても構わないさ。それにな……」


「ジジイ! 余裕そうだな!」


「ああ、お前はもう死んでいるからな」


「死んで?」 


 ブランタークさん密かに放っていた『ウィンドカッター』が、後方からその魔法使いの首を斬り飛ばす。

 『突風』が気がつかないうちに、ブーメランのように『ウィンドカッター』を飛ばしていたのだ。

 

「初級か……。後ろに『魔法障壁』を張る余裕はないのはすぐにわかったさ」


 ブランタークさんは首のない『突風』を一瞥してから、すぐに別の標的を探し始める。

 しばらく戦闘は続いたが、それから一時間もしないうちに、敵軍はほぼすべて討たれるか、陣地から敗走した。

 

「俺の出番がない……」


「ヴェルは、魔力を残しておかないと」


「無事に戻るまでが戦争だからね」


 ルイーゼが、小学校の先生のようなことを言う。

 確かそれは『遠足は、家に帰るまでが遠足です』だったような気がするけど。


「いや、ルイーゼ。戦争自体はまだ完全に終わっていないから」


「そうだったね。戦闘に修正しておくよ」


 ターベル山地砦を攻めていた反乱軍は壊滅したが、無事に本陣まで撤退できるかどうかはまだ不透明であった。

 こちらを討つために、反乱軍の新手が追撃してくる可能性もあったからだ。


「やあ、無事だったかい?」


「なんだ、援軍の指揮官はアルフォンスか」


「テレーゼから言われてね」


 残敵の掃討をほぼ終えた頃、俺たちはようやく援軍を指揮していたアルフォンスとの再会を果たす。

 彼は、テレーゼの命令で四千人の援軍を率いて来たそうだ。


「意外と、指揮官振りが板についているな」


「全部部下がやってくれるからね」


 本人の武芸はからっきしであったが、やはりアルフォンスは優れた指揮官の資質を持っているようだ。


「では、とっとと逃げようか。その前に、十五分だけだぞ!」


 なにが十五分かと言えば、戦場での戦利品の収奪行為で使える時間であった。

 死体から、武器や防具、持ち物、陣地に燃え残っている物資などを持って帰るのだ。

 戦争には金がかかるし、戦利品は命をかけて戦う兵士たちに認められた正当な権利である。

 特に今回は内乱なので、もしこれから町などを占領しても、住民たちからの略奪は禁止されている。

 違反者は首を刎ねるとテレーゼが布告しているので、あとは敵軍から奪うしかないというわけだ。


「バウマイスター伯爵たちは、人数が少ないから大儲けでしょう?」


「まあ、儲かるけどね」


 貴族や騎士が持つ高価な武具や所持品に、魔法使いには魔法の袋を持っている者も多い。

 当然、討った人間に権利があるので、傭兵としての俺たちは儲かっている。

 

「儲かればいい、というわけにもいくまい。今回の作戦は特に……」


 無駄な作戦で包囲殲滅されかけたのだ。

 俺たちも怒っているが、特にトヨツグさん以下のミズホ伯国軍に不満の種が広がっている。


「テレーゼが、ミズホ人を戦後の帝国統治のためにわざと減らしている。諸侯軍の力を奪っていると憤っている者もいる」


「まずいな……」


 トヨツグさんがアルフォンスに挨拶に来ないのには、そういう事情もあったのだ。

 公式には、撤退に向けた軍の再編成と死傷者の確認のためと言っているが、そんな言葉を信じている者は一人もいなかった。


「ニュルンベルク公爵の謀略に乗せられているな」


「なんでもかんでも、ニュルンベルク公爵のせいにするなよ」


 有能な敵なのであろうが、今回はテレーゼがちゃんと軍の単独指揮権を確保できなかったのが原因だ。

 こちらの不協和音を煽る謀略の類については、これはお互い様なのだから。


「戦争はミスが少ない方が勝つ。これからは、テレーゼのミスの方が少ないことを祈るよ」


「うむ、至言である! どこかで聞いたことがあるような気がするが……」


 単独で戦っていた導師が戻って来たが、彼のローブは血塗れであった。

 俺は『洗浄』で、返り血を取ってあげる。

 導師は、なぜかこういう細々とした魔法が苦手なのだ。

 いや、なぜかというのはおかしいのか?


「すまぬな、バウマイスター伯爵。テレーゼ様には手厳しい意見である!」


「導師様の言うとおりだ。確かにテレーゼには厳しい意見だねぇ」


「総大将なら仕方がないでしょう」


 導師とアルフォンスはテレーゼを庇おうとするが、俺はそれに釘を刺しておいた。 

 女性だからと甘やかすと、また同じ失敗をする可能性があるからだ。


「さてと時間だ」


「逃げるとしようか」


 戦利品を漁る時間が終わると、援軍とミズホ泊国軍は、寝る時間も惜しんで本陣への移動を開始した。


「敵軍の追撃は?」


「今のところはなし」


 眠い目を擦り、時おり馬の上で船を漕ぎながらも撤退を続ける。

 俺たちは後方で殿を務めており、たまに馬に同乗しているヴィルマに後方を確認させていた。

 もし追撃部隊がやって来たら、容赦なく魔法をぶっ放して追撃の意志を挫くのが俺の役割だ。


「追撃は来るかな? ヴィルマはどう思う?」


「多分来ない」


「だといいな」


「敵軍は壊滅したから、後詰が来ても躊躇するはず」


 ターベル山地砦に籠っていた俺たちを攻撃した反乱軍は、無謀な攻城戦で三千名以上を失い、続けて夜襲でも二千人は討っているはずだ。

 さらに言えば、夜襲で援軍が火矢を放ったのだが、それが彼らの逃走先である冬の枯れた森林や草原地帯に火災を発生させた。

 近隣に人はほとんど住んでいないらしく、また余裕もないので消火は行っていない。

 そう簡単に焼け死ぬとは思えないが、あそこから立て直して追撃をかける余裕はないはず。

 陣地が燃えて、食料などの物資をすべて失ったのも痛いはずだ。


「貴族も沢山討った」


「魔法使いもな」


 攻城戦では魔法使いが、夜襲では貴族と魔法使いが共に多く討たれている。

 指揮官と最大戦力が不在では、軍勢の再編成すら侭ならないであろう。


「とにかく、早く帰って寝たいな」


「ヴェル様、一緒に寝よう」


「そうだな、みんなで寝ようか」


「エリーゼ様」


「そうですね。みんなで一緒に寝ましょうか」

 

 隣で馬を操っているエリーゼが、ヴィルマの意見に賛同した。


「そういう寝るじゃなくて、本当に普通にベッドに入って寝たい」


「イーナちゃんの意見に賛成」


「私も、今にも瞼がくっつきそうですわ」


 今日は、六人で一緒に寝ることになりそうだ。

 無事に辿り着ければ、それもいいだろう。


「あの、ハルカさん。一緒に寝ませんか?」


「えっ! ですが、まだ結婚もしていないので……」


「エルヴィン、刀の錆にしてもいいか?」


「冗談ですって!」


 半分寝ぼけているせいか?

 冗談なのか?

 エルが妙なことを口走って、タケオミさんの怒りを買っていた。

 多分、添い寝くらいの感覚なのであろうが、ミズホ人に言わせるとそれでも結婚前には御法度なのであろう。

 タケオミさんが怖い顔で刀を抜き、それをエルに突き付けた。


「私たちはまだ結婚していませんし。でも、そういうことは嫌いではないですよ。少し憧れのようなものが……。それで、朝に優しくエルさんを起こしてあげてとか。前に見ました『若奥さん奮闘記』という物語本で……」


 人間とは、眠気が酷いと寝言のようなことを口走るものらしい。

 ハルカ本人は、顔を赤く染めながら自分の世界に浸っていた。


「眠いが、某たちはどうにか生き残れたのである!」


「だが、前途は多難だぜ。導師」


「であるな」


 導師とブランタークさんの表情は暗い。

 俺たちとミズホ伯国軍は、今回の作戦で勝利して唯一大戦果をあげた。

 だが、戦略的には大敗北であり、結局千五百名中三百二十一名の戦死者を出したトヨツグさんなどは、アルフォンスと必要以上に口を利かなくなった。

 生き残ったバーデン公爵公子たちからしても、勝った俺たちは面白くないはず。

 理不尽ではあるが、人間の感情とはそういうものなのだから。


「敵を大量に討ったのに、大惨敗したように疲れたな」


「まだ竜の大軍の方が楽である!」


「言えてるぜ」


 人間同士の戦争はとにかく疲れる。

 早く魔物を狩る冒険者生活に戻りたい。

 そんなことを俺が思っている傍で、導師とブランタークさんもしばらく愚痴を言い続けていた。

 とにかく一刻も早く寝たいものだ。

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