第210話 戦術的勝利、戦略的敗北(前編)
俺たちがターベル山地砦を落としてから一週間。
いまだ、反乱軍によって包囲されたままであった。
こちらを包囲する敵軍の数は、推定で一万人ほど。
攻城戦は仕掛けてこず、最初は慣習に従って降伏の使者を送って来た。
そしてそれが不調に終わると、ヴィルマの狙撃魔銃の射程圏外からこちらを窺っている。
最初、初見殺しをするため、魔力の多い順に魔法使いたちをヴィルマに狙撃させたのが原因であろう。
当然上位の魔法使いは『魔法障壁』で防ごうとしたが、俺が銃弾に『ブースト』を重ねがけして貫通させた。
彼らの多くは頭部を粉砕されて討ち死にし、生き残った魔法使いたちから報復の魔法が飛んでくるが、これはブランタークさんと導師とミズホ伯国軍の魔法使いたちによって防がれる。
こちらが狙撃以外は防衛に徹したので、反乱軍の魔法使いは味方の『魔法障壁』が破れずに苦戦していた。
元々上級魔法使いがいなかったせいもあり、魔法で負けた反乱軍は狙撃魔銃の射程外まで退いて、本来の作戦である包囲作戦に戻ってしまったのだ。
「近寄って来ないな」
「飢えさせて弱らせてから落とす。もしくは、降伏を促すですな」
タケオミさんと共に城壁の上から遠方の敵軍を見るが、彼らは動かない。
そのうちこちらの食料が尽きると計算しているはずで、無理はしない方針なのであろう。
今は俺付きになっているハルカの兄であるタケオミさんであったが、この人は妹が絡まなければ至極まっとうな人であった。
その発言に、なんらおかしな点はない。
「もっとも、食料は尽きていないけど……」
テレーゼがそれを見越して俺に参加させたのかは不明であったが、魔法の袋に入っている食料で不足分を凌いでいたからだ。
『伯爵様は、大量に食料を持っているんだな。昔、ブライヒレーダー辺境伯家諸侯軍の分は返したじゃないか』
『別に買い溜めたものですよ』
『備えあれば……、というやつか?』
『ブランタークさんは、どうなのです?』
『俺と導師とカタリーナの嬢ちゃんは、自分の分くらいだぜ』
人間なにがあるかわからないし、どうせ腐らないのだから溜め込んでも問題ない。
それに、お金があるとどうしても衝動買いが発生する。
魔の森での狩猟や採集で手に入れた食材で売却していないものもあるし、帝国に来てから大量に購入したものもある。
そのおかげで、今現在も味方は飢えていない。
師匠に習って、魔法の袋に大量の食料を保持していたおかげであろう。
ただし、それは個人単位で圧倒的に多いだけだ。
千五百人に食べさせるとなると、さすがにもうそろそろ限界であった。
『それでも、千五百人に一週間以上も食べさせるのだから凄いけどな』
『俺は、食事には気を抜かないタイプなんです』
『それは見ていてわかるけどよ』
元から軍勢が持参した食料に、砦に残された食料も少しはあってこれも確保しているが、さすがにあと一週間が限界であろう。
作戦案では、砦を落とした直後に後任の守備兵と、彼らが消費する食料が到着する予定であったが、この完全包囲下で来れるはずがなかった。
「もうそろそろ気がつくかな?」
「もう数日は気がつかないはずです」
タケオミさんは、妹のハルカが絡まなければ普通に優秀な武官であり剣士でもある。
食料が不足しているかのように見せているのは、こちらに下手に余裕があるのがわかると、援軍を呼ばれてしまう可能性があるからだ。
最終的には戦わなければならないだろうが、今はそれに備えての準備も必要であった。
このターベル山地砦は、あまり予算が貰えていなかったらしい。
遠くから見ただけでは気がつかなかったが、補修不足で防衛力に不安がある箇所もあり、俺が魔法で色々と直す羽目になっていたのだ。
「捕虜を返した時点で、疑われてはいないはずです」
最初に反乱軍に包囲された時、こちらは先の攻城戦で捕虜になった元守備兵全員を解放している。
残しても管理が面倒だし、彼らも食料を消費してしまうからだ。
無条件の解放なので、トヨツグさんは『奮戦した敵軍の守備兵たちに対する敬意の表れである』という、いかにもそれらしい口上を反乱軍の指揮官に述べていたが、敵軍は食料を無駄に消耗する捕虜を負担に思ったからだと確信したはず。
身代金や捕虜交換も経ずに帰しているので、向こうは俺たちが食料消費を抑えるため、苦渋の決断をしたと思っているはずだ。
「もう少し油断させないとな」
俺たちがターベル山地砦を占領した直後。
突然現れた反乱軍によって逆包囲されたということは、他の占領地でも同じような事象が起こっているはず。
テレーゼは、間違いなくその後詰めで兵を出さないといけない。
兵力数や重要度的にうちが後回しになる可能性は高く、ならば時間を稼いでおくのが上策であろう。
「バーデン公爵公子たちを優先するだろうからな」
「ええ……」
余計な攻勢案を出して自爆したバーデン公爵公子であるが、有力な味方なので見殺しにもできない。
彼が戦死をすると、ニュルンベルク公爵に囚われているという彼の父親バーデン公爵の身を案じて、バーデン公爵家が反乱軍側に寝返る可能性もあったからだ。
「それに、ここはすぐには落ちない」
「そうですね」
すでに修理と強化を終えた城壁を降りて二人でミズホ伯国軍の陣地に行くと、そこではトヨツグさん以下の幹部が食事を取っていた。
メニューは、焼いたパンに野菜と肉を醤油で煮たものがメインになっている。
これに加えて、魔の森産のフルーツやチョコレートなども支給していた。
平時の軍人の食事は、兵士と騎士以上で大きな差が存在している。
貴族の中には専門の調理人まで連れて来る人もいるそうだが、今回はみんな同じ食事をとっていた。
兵士たちの士気や精神状態が重要となる籠城戦なので、幹部だけでお酒や美味しい物を食べていると、思わぬ敗北を迎えてしまう可能性があるからだ。
食べ物の恨みは恐ろしいとは、よく言ったものである。
「魚が食いたいな」
「早くあの連中を追っ払うか撃破して、一杯やりたいものじゃ」
「十分に食えるだけで贅沢であろう。バウマイスター伯爵様がいなかったら、今頃、食料は尽きておったぞ」
ミズホ伯国軍の重臣たちは、出された食事を早食いで食べている。
戦争中なので、食事は早く食べることが望ましいからだ。
「明日は、お米を提供していただけるそうで?」
「ええ。南方産の米ですが……」
トヨツグさんの問いに、俺は答える。
子供の頃、初めて手に入れた時には美味しいと思ったブライヒブルク産の米であったが、ミズホ伯国産の米に比べるとどうしても味が落ちてしまう。
南方は気候が温暖で水も豊富なので二期作が可能なのだが、年に一回しか米を作れない北方に比べると味では負ける。
寒暖の差が激しい方が米は美味しくなる。
これは商社マン時代から、よく聞いている話だ。
新潟や東北地方産の米の評価が高く、西日本の米がさほど有名でないのにはそういう理由も存在するのだ。
他にも水の質なども左右するが、これも雪解け水が使えるミズホ伯国の方が有利であった。
収量は落ちるが、実は山地で作られる米も味がよくなりやすい。
実際に、ミズホ伯国の山地で作られている米は、収量が少ない分値段が高かった。
俺も購入してみたが、炊いてみると本当に美味しい。
まるで、コシヒカリでも食べているようなのだ。
その代わり、値段は十キロで二シュ、日本円で約二万円であったが。
高級品として帝国中に輸出されているので、この値段になってしまうそうだ。
「米が食えれば文句はありません。それに、酒まで提供してもらって感謝しております」
一度だけ例外処置として、全員にコップ一杯分のお酒も提供している。
大量に持っていた砂糖を材料に、魔法で強引に醸造したラム酒のようなものであったが、いきなりの籠城戦で酒の準備ができなかった兵士たちには大好評であった。
「本当は、もっと色々とあるのですが……」
兵士全員に分配できない品は、すべて封印していた。
偉い人たちだけで美味しい物を食べていると、兵士たちの不興を買って士気が落ちてしまうからだ。
籠城戦という閉鎖空間の中での不協和音は、些細なことから爆発的に広がる。
ゆえに、偉い人たちだけで特別な物を食べたり酒を飲んだりする行為は禁止となっていた。
「バウマイスター伯爵様秘蔵のワインを、相場の五倍でもいいから買って飲みたいのが心情ですがな。それはここを切り抜けてからにしましょう」
「ここを切り抜けられたら、もっと安く売りますよ。いや、一本提供しましょう」
「それはありがたい。そのワイン分はあとで暴れましょう」
それに、実はすでに利益も出ている。
籠城に必要な食料は大部分俺が提供していたが、別に無料ではない。
請求はすべてテレーゼに回り、その額は相場よりも大分高くしている。
輸送費分を上乗せして請求しているからだ。
『ヴェル、相場の三倍で本当に構わないの?』
請求書を出すのに必要なので、提供した食料の帳簿をつけているイーナが、俺の指示に確認を求めたことがあった。
間違いなく、ボッタクリ過ぎだと思ったのであろう。
『この事態を招いたテレーゼの失態だからな』
補給の失敗は総大将であるテレーゼが負うべき責任であり、その尻拭いをしているのは俺なのだから、増額請求は当たり前であった。
それに、あまりテレーゼが俺に対し借りを作るのはよくない。
『他の貴族や家臣たちに、俺はガメつい男だと思われた方がいいというのもある』
向こうで、勝手に貸し借りなしだと思ってくれるからだ。
これまでの戦況を見るに、テレーゼが勝っても帝国はしばらく国内の立て直しに苦労する羽目になるであろう。
その帝国に、俺が手を出すなどと思われると面倒であった。
傭兵としてガメつく報酬を取った方が、実は彼女のためになるというわけだ。
『テレーゼ様だからヴェルの思惑は理解していると思うけど、出費が嵩んで泣いているでしょうね』
『そこまでは責任は持てないな』
突如発生した俺からの請求費用の捻出に、テレーゼは大いに苦労しているはずだ。
そうでなくても、今のテレーゼにはお金がないのだから。
王国貴族である俺に対し、下手に帝国の土地や利権を与えれば周囲から反発が出てしまう。
内乱終結後の褒賞なら借金でも仕方がないが、今回の作戦はバーデン公爵公子たちの欲から出たもので、テレーゼもそれを許可してしまった。
責任者であるテレーゼは、補給物資の代金を一括で支払う義務があるのだ。
たとえ、相場の三倍でもだ。
「ミズホ伯国の人間としては、帝国政府が多少弱っていた方が好都合ですからな」
保護国扱いとはいえ、ニュルンベルク公爵のような人物の枚挙にいとまがない以上、ミズホ伯国には帝国を仮想敵国として生き残ってもらわなければ。
今回のミズホ伯国軍の参加だって、決して善意だけで引き受けているわけではないはず。
テレーゼに対し、貸しが一つといった感じだろう。
「なんにしても、バウマイスター伯爵様が提供した物資の割り増し代金は、生きて戻らないと貰えないですからな」
「こんな山の上の砦を落としてはみたものの……なにか意味はあったのかな?」
そんな話をしてから数日後。
ついに反乱軍が動いた。
少しずつ様子でも見るかのように、ターベル山地砦正面門前の山道をジリジリと登って来る。
山道の幅の関係で、正面門に一度に襲いかかれる軍勢は二千人ほどであろう。
だが、反乱軍の数は一万人だ。
交代で攻められれば、俺たちは疲労困憊してターベル山地砦を落とされる危険があった。
「魔法使いは要人警護か……」
先日のヴィルマによる狙撃に警戒して、人数が減った魔法使いたちは貴族たちの護衛にあたっていた。
軍勢を詳しく観察すると、彼らは反乱軍に参加した諸侯軍の混成部隊のようだ。
狙撃された魔法使いたちの最期を目の当たりにして、自分の身を守ることを優先しているのだと思う。
「間違ってはいない。貴族の当主が死ぬと面倒だから」
一番偉い人が消えると、組織は混乱してしまうからだ。
ただ、貴族は軍人としての側面もある。
自分だけが戦死傷を避けようとしている、という風に見られてしまうと、兵士たちの士気にも関わるような……。
俺も本音としては、彼らの生き汚さも理解できてしまうのだけど。
「どうするの? ヴェル」
「新兵器の実験をする」
「この巨大な麻袋を投げればいいのかな?」
「ルイーゼの怪力で頼むよ」
「ボクは魔力で力を増やしているだけで、普段はそうでもないけど……」
俺から怪力扱いされて少し不満なようであったが、ルイーゼは足元に準備していた直径ニメートルほどの巨大な麻袋の球を行軍中の敵軍に向けて放り投げた。
魔力のおかげもあって数百メートル先まで飛んだ麻袋を兵士たちは慌てて避けたが、俺は地面に落ちる直前の麻袋に魔法で火を点けた。
なぜか中心部から大爆発を起こした麻袋からは、鋭い岩の破片や、あとは鋳溶かして再利用するしか使い道がない金属片、曲がったり錆びたりした釘、俺が作成した銃弾などが詰められており、周囲に飛び散って多くの兵士たちを死傷させた。
威力が足りなかったようで、貴族たちに降りかかった破片は護衛の魔法使いたちが展開している『魔法障壁』で防がれてしまったが、別に目標は貴族ではない。
なるべく多くの兵士たちを死傷……特に負傷させることにあり、攻城戦を断念させるのが最大の目標だったのだ。
「全部投げちゃって」
「こういう武器なんだ。もの凄い威力だね」
準備していた破片入りの麻袋は合計で十個。
不発弾もなく、すべて行軍中の兵士たちの近くで破裂して多くの死傷者を出した。
死者はそれほど出ていないが、破片で負傷した兵士は多い。
重傷者は、無事であったり軽傷の兵士たちによって後方に下げられていく。
「治療が終わるまで、攻城戦に参加できないわけだ」
加えて、あまり充実していないはずの従軍神官たちへの負担も増すことになる。
急増した怪我人たちの治療に専念した結果、大量の魔力を消費し、魔力が回復しないうちに攻勢を強めれば、負傷者が治療できずに兵力を消耗する事態も考えられる。
麻袋の爆弾は、時間稼ぎのためだけに準備したものであった。
死者も三桁以上は確実に出ているので、攻撃兵器としても有効であったけど。
「悪辣だねぇ、ヴェルは」
「うん、褒め言葉だと思って受けておこう」
「旦那様としては、頼もしい限りだね。でもどうして爆発したの?」
「使わないクズ魔石を使ったんだ」
地球ならば火薬を使うのであろうが、俺に火薬製造の知識はない。
木炭、硫黄、硝石が原料だと聞いたような気もするが、実際に配合するのも面倒だし、配合中に爆発でも起こせば面倒だ。
それに、この魔法優位の世界で魔法が使える俺が、無理に火薬を普及させる必要がないというか……。
誰かが発明してしまえば仕方がないが、実はその点も心配していない。
ミズホ伯国が、魔力で弾を撃ち出す魔銃を実用化してまったからだ。
間違いなく、両国はこれの普及に全力を注ぐようになるはずだ。
「魔石を?」
「多少の工夫は必要だけどね」
魔物を狩って得られる魔石には、小さかったり、籠っている魔力が少なかったりで、あまり値段にならないものも多い。
魔道具作りで薪や炭のように消耗品扱いする使い方もあるのだが、需要がそこまでないので、冒険者ギルドに買い叩かれてしまうのだ。
古代魔法文明時代ならば、大量のクズ魔石から魔晶石を製造する技術もあったそうだが、生憎と今は研究中である。
魔道具ギルドと魔導ギルドが試作する量程度で需要が増えるわけもなく、俺は集めたクズ魔石を無駄に死蔵していた。
このクズ魔石を麻袋に入れてドッヂボール大ほどのコアを作り、そこに『同調』をかけて魔力の質を変質させておく。
次に、大量の石片やクズ鉄、銃弾などの中心にコアを入れて先ほどの巨大な麻袋を作り、遠方に投げさせてから、ちょうどいいタイミングで爆発させる。
炸裂弾と同じ効果を狙ったものだが、ここで鍵となるのは魔力の『同調』である。
わずかに違う自分の魔力とクズ魔石の魔力の質を『同調』させる。
これをするとクズ魔石の魔力量が半分ほどに減ってしまうが、これをしないと遠方から着火させることができないのだ。
『同調』が使えない魔法使いには炸裂弾が使えないので、これの量産は難しいな。
道具を使った魔法みたいなものだから。
この方法だと、遠距離に同程度の魔法を放つよりも圧倒的に魔力が節約できるという利点もあった。
「某も使えたらいいのに、と思うのである!」
移動系の魔法が封じられているせいで『高速飛翔』が使えない導師は、魔力で腕力を強化して石を投げ続けていた。
投げる石はいくらでもあるので、それを選んだのであろう。
戦場において、投石はポピュラーな戦術というのもあった。
石が直撃した兵士は動かなくなったが、正直なところあまり効率はよろしくない。
導師が使える蛇の放出魔法は、威力の割に魔力の消費が激しいそうで、今は使っていなかった。
反乱軍とは距離もあるので、投石で十分だと思っているようだ。
「あいつら、攻め寄せるのをやめないな」
俺の自家製炸裂弾に、導師の投石で数百名の犠牲を出しつつも、反乱軍は次第に正門前に近づいてくる。
貴族たちは数少ない魔法使いによる『魔法障壁』で守られているので危機感がなく、攻撃を続行するつもりのようだ。
ブランタークさんは味方の弓矢による攻撃を魔法で強化しながら、魔法使いたちの動向に注目していた。
「魔法使いが、攻撃に転じませんかね?」
「自分の守りを解いてまで攻撃命令を出せる、勇気のある貴族がいないようだな」
反乱軍は混成部隊で、先日戦った帝国軍と選帝侯家諸侯軍の混成部隊よりも練度や装備が劣る。
ついでに、あまり軍勢の指揮にも慣れていないようだ。
ただ多数で正門に殺到できれば、それで勝ちだと思っているのかもしれない。
「向こうも酷いものだな」
ブランタークさんは呆れ顔だ。
味方はテレーゼが主導権を取るのに苦心しているし、反乱軍は一見ニュルンベルク公爵が主導権を完全に把握しているように見えるが、邪魔な貴族や帝国軍幹部の力を落とすために犠牲を厭わぬ無理攻めを強行、いや誘導しているのであろう。
少しでも敵を削れればよしで、駄目でも犠牲を多く出した貴族たちの力を落とせるので、ニュルンベルク公爵にとっては好都合だ。
「短期的にはいい手だと思うがな」
「長期的には最悪ですよね」
多く出た犠牲の回復に、帝国は膨大な時間と金を必要とするからだ。
ニュルンベルク公爵からすれば、破壊のあとの再生というやつかもしれないが。
「ヴェンデリンさん、近づいて来ましたわよ」
「そろそろだな」
「魔銃隊! ちゃんと狙えよ! 撃てぃ!」
いつの間にか城壁の上に集合していた魔銃隊による射撃が始まり、鹵獲されたバリスタや普通の矢なども大量に発射される。
正門前で多くの敵兵たちが撃たれて地面に倒れ、少し後方から反乱軍による弓攻撃も始まるが、これはカタリーナが一人で防いでいた。
「あまり多用はできませんわよ」
カタリーナは、『強風』の魔法を駆使して反乱軍からの弓矢攻撃を反らしている。
風魔法に煽られた大量の矢は、パタパタと地面に落下していった。
「治療します」
「すみません」
たまに矢が命中してしまう者たちもいたが、反乱軍に比べれば圧倒的に数が少ないので、エリーゼ他数名の治癒魔法使いたちによってすぐに治療された。
「圧倒的に味方が有利ではあるが、諦めないな」
エルも、俺の傍でハルカやタケオミさんと共に弓矢で敵を攻撃していた。
まだ城壁を登ってきた敵兵はいないので、刀を使えなかったからだ。
抜刀隊に選ばれるだけあって、ハルカもタケオミさんも弓が上手いな。
「エル、魔銃は使わないのか?」
「すまないけど、足りないから貸してくれと言われた。元々向こうのだし、まだ扱い慣れていないから仕方がないな」
「どうしてもミズホ伯国軍が優先されますからね」
メンテナンスは向こう持ちで魔銃を借りていたのだが、エル、ハルカ、タケオミさん共に腕前はヴィルマに遠く及ばない。
今回はミズホ伯国軍が持って来た魔銃が少ないそうで、より有効的に使える向こうに返してしまった。
同朋であるハルカとタケオミさんも同じ扱いなので、エルも素直に返すしかなかったのであろう。
「となると、あとはヴィルマの魔銃だけか……」
ただ、ヴィルマも狙撃魔銃は使っていなかった。
一発ごとに魔力の補充が必要だし、貴族を狙っても魔法使いの『魔法障壁』によって防がれてしまうからだ。
「こちらの方が効く」
ヴィルマは、事前に集めていた岩を反乱軍に次々と落としていく。
怪力である彼女が、直径二メートルほどもある岩を連続して放り投げて行く様子を見て、味方も敵兵たちも唖然としていた。
導師も同じことができるが、ムキムキ巨漢のおっさんよりも美少女の方が注目を集めて当然であろう。
「なかなか諦めない」
すでに相当の犠牲も出ており、先ほどの炸裂弾の攻撃で出た負傷者への治療で、魔法使いたちの魔力も枯渇しつつある。
後方に下げられた負傷兵たちは、なかなか戻って来なくなった。
魔法使いたちの魔力回復待ちをしているのであろう。
「そろそろ諦めればいいのにな」
「それができるのなら、最初から攻めて来ないであろう」
「導師、急に正論を吐くなよ。冗談なんだから」
いくら落としにくい山頂の砦でも、七倍の戦力で攻め込んで奪還できなければ、指揮している貴族たちのプライドに関わるのであろう。
指揮官たちは、犠牲も厭わずに攻撃命令を出し続けていた。
よく見ると、遠方から激しい身振り手振りで攻撃命令を出している。
本人は、傍にいる魔法使いに常時『魔法障壁』で守られているので危険は少ない。
兵力の無駄な消耗になにも感じず、自分は安全な場所から命令だけ出しているのだ。
こういう連中だからこそ、数で押す戦法には使えると思って、ニュルンベルク公爵が彼らを指名したのかもしれない。
消耗しても、特に惜しいとは思われていないのであろう。
「こちらの犠牲を抑えつつ、防戦ですね」
他の攻略部隊がどうなっているのかを確認しようがないが、この人数では助けにも行けない。
命令されても、断固拒否するしかない……その前に、伝令が辿り着かないか。
どうにか負けないようにしつつ、テレーゼがいるソビット大荒地の陣地に逃げ帰らなければいけないな。
このターベル山地砦は放棄するしかないだろう。
補給もないのに、こんな山頂の砦など維持できないからだ。
「魔銃隊! 第二小隊と交代!」
反乱軍は相変わらず勢いよく攻め寄せ、こちらの手痛い反撃を受けて死傷者を増やしていく。
負傷者は回収して後送しているが、死者は放置していて、正面門や城壁の前に折り重なっていた。
「よく狙って撃てい!」
味方は、攻城部隊の後方から飛んでくる弓矢を避けながら銃弾と弓を撃ち続けている。
たまに犠牲者も出ていたが、損害比率は比べるのも可哀想なくらいだ。
「新兵器その2」
味方は数が少ないので、なるべく休養を取らせてあげたい。
そのために犠牲者の上乗せが必要だと思った俺は、魔法の袋からミズホ伯国製の新兵器を取り出していた。
「魔砲か……」
ダジャレやオヤジギャグではなく、魔法で砲弾を撃ち出す大砲のことだ。
実はこの兵器、似たようなコンセプトのものが王国でも開発されている。
以前、エドガー軍務卿からそんな話を聞いたことがあるのだ。
ただ砲弾はあまり飛ばないし、魔力効率も悪くて今も採用には至っていないと聞いた。
ミズホ伯国でも多少性能がマシ程度で、俺に貸与されたということは、今のところ使い勝手が悪すぎると判断されたのであろう。
魔力が多い俺なら使いこなすかもしれないと。
砲身が一メートルほどもある魔砲は、照準をつけやすいようにと、大八車のような木製の台車に乗っている。
これも魔銃と同じく、弾は前込め式であった。
「ヴェル、弾は?」
「これから装填する」
ここで普通なら、砲丸投げで使うような砲弾を装填する。
だがそれだとあまり威力がないので、先に数キロ分のクズ魔石を、続けて布袋に入れた大量の銃弾や鉄クズを装填する。
最後に、魔砲に付属している魔晶石に触れて砲身内のクズ魔石を『同調』し、これで発射準備完了だ。
「照準は、なるべく敵兵の密度が高いところだ」
「了解」
「俺も手伝う」
イーナとエルが台車の上に乗った魔砲を動かし、その砲身を次に城壁に迫るべく集結していた後方部隊に合わせる。
「イーナ、ここでいいのか?」
「今城壁に取り付こうとしているのは、味方で十分に対応できている。次に攻め寄せようと集結しつつある敵部隊を撃った方が効率的よ」
「なるほど」
イーナの意見に、俺は納得した。
「エル、頑張って勉強しないと」
「イーナって、実は将校としての才能有り?」
「そんなものはないと思うけど……」
二人によって魔砲の照準が無事に定まり、俺はすぐさま砲身内のクズ魔石を爆発させる。
爆音と共に銃弾やクズ鉄が標的へと飛んで行き、次に城壁攻撃をするために集結していた敵軍部隊の前衛をズタズタに切り裂いた。
「従軍神官! 治癒魔法を!」
「先ほどの炸裂弾による負傷者の治療で、魔法使いたちの魔力が尽きたそうです」
「なぜお館様は、攻撃を明日にしなかった!」
クズ魔石で嵩上げして威力を増した砲撃により、反乱軍はさらに死傷者を増やしていた。
魔砲は、丸い砲弾よりも炸裂タイプにした方が効果があるようだ。
信管など望めないので、丸い砲弾だとどうしても効果が限定されてしまうからだ。
「次!」
「わかったわ」
「おう!」
続けて、炸裂弾による攻撃を行う。
なるべく反乱軍兵士たちが集まっている場所に砲撃を行うが、弓も届かない場所で安全だと思って部隊を整えていた反乱軍は混乱し、魔力切れで治療も侭ならない。
増え続ける犠牲にようやく心が折れたのか?
昼過ぎになってからようやく撤退を開始した。
「ヴィルマ!」
「任せて」
勿論、反乱軍の方が圧倒的に数が多いので追撃は行わない。
だが、ヴィルマに狙撃を行わせて敵を減らしておく必要があった。
ヴィルマは狙撃魔銃を構え、俺はそれに魔力を供給しながら背中を向けた魔法使いの中で一番魔力量が高い者を探す。
とはいっても、そういう人は貴族指揮官の傍にいるのでわかりやすかった。
「あいつだ」
ヴィルマに指示を出すと、すぐに標的に照準を合わせて引き金を引く。
すでに弓矢の有効射程距離の数倍も距離が離れていたが、俺の魔力で威力が強化された銃弾は、魔法使いの頭部を柘榴にように破壊した。
「次はあいつだ!」
「わかった」
あり得ない距離からの狙撃に、反乱軍は撤退の速度を早めた。
どうやらあと一人が限界のようだ。
「逃がさない」
ヴィルマの射撃はもう一人の中級魔法使いの頭部を吹き飛ばし、これでようやく今日の戦闘が終了するのであった。
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