第212話 貴族は戦争(戦闘)で勝つとデカい顔ができる(前編)

 俺たちは無事、ソビット大荒地にある野戦陣地へと戻ることに成功した。

 勝ちに逸る反乱軍からの追撃も予想されたが、賢明にもそれはしなかったようだ。

 もし反乱軍が追撃を行っていたら、俺やブランタークさん、導師、カタリーナによる広域上級魔法の餌食にしてやったのだが。

 ターベル山地砦に俺たちを閉じ込めようとした反乱軍混成部隊は壊滅状態であり、再編が必要なはず。

 他の軍勢も奪還した町や城塞の守備で忙しかったから、追撃は元々あり得なかったのか。

 テレーゼもけん制のための軍勢を残したようで、俺たちは馬の上で船を漕ぎながら本陣に戻ることができた。


「損害を考えると思うところも多いが、他よりはマシという他はないな」


 本陣の入口前では、フィリップ公爵家の家臣たちやミズホ上級伯爵が出迎えてくれた。

 ミズホ上級伯爵の発言は、隣にいるフィリップ公爵家の家臣たちに向けた嫌味であろう。

 彼らからテレーゼの耳に入ることを予想し、わざと言っているのだ。


「……(空気が悪いな……)」


 内心では怒り心頭であろうミズホ上級伯爵と、フィリップ公爵家の家臣たちとの間にはピリピリとした空気が広がっている。

 送り出した兵力の二割以上が戦死すれば、それは色々と言いたいこともあるのであろう。


「あのクソガキは生き残ったぞ。厄介なことだ……」


 続けて、ミズホ上級伯爵は爆弾発言を投下する。

 ミズホ上級伯爵が言う『クソガキ』とは、バーデン公爵公子のことだ。

 商業都市ハーバットを一度は攻略したものの、すぐに新たな敵勢に包囲され、さらに占領したハーバットにはろくに食料もなく、だからといって住民から略奪するわけにもいかず。

 結局撤退したが、その途中で散々追撃を受けてしまった。

 途中でテレーゼとミズホ上級伯爵が指揮する援軍によって救われたそうだが、全体の三割の戦力を失う大敗北だったそうだ。


「あのクソガキ、負けて戻って来たくせに偉そうに」


 彼が偉そうにしている理由はとても簡単で、もしここでテレーゼやミズホ上級伯爵に頭を下げると、バーデン公爵家の沽券に関わるからだ。

 たとえ本人が謝りたくても、家臣たちに反対されてしまう。

 なるほど。

 アホ貴族の兵力を使い潰そうとしているニュルンベルク公爵以下の反乱軍に、水面下で主導権争いが始まったテレーゼたちにと、戦争とはミスが少ない方が勝つという格言は事実のようだ。

 本人の能力とは関係なく、味方に足を引っ張られたり、思わぬミスをして戦争に負けてしまうこともあるのだと。

 一つ勉強になったな。

 とでも言わなければ、一体俺たちはなんのために山の砦を落としに行ったのだ? という疑問だけが残ってしまうのだから。

 

「緊急で会議があるそうだぞ、バウマイスター伯爵」


「俺に参加資格がありますか?」


「そういう形式論など、もう言っていられなくなったのであろうな」


「テレーゼ様の意図が透けて見えますね。わかりやすいほどに」


「まあ、そう言ってやるな。バウマイスター伯爵よ」


 ミズホ上級伯爵と共に会議の会場に指定された総司令部のある建物に向かうと、入り口でテレーゼが待ち構えていた。


「おおっ! 大戦果であるな! ヴェンデリンよ」


 結局一度落としたターベル山地砦からは撤退したが、少なく見積もっても、敵軍の半数近くを討ち取っている。

 戦死を確認した貴族や魔法使いも多く、他の方面に比べれば大戦果である。

 大敗戦の中で俺たちが唯一勝利したとも言え、しかも俺とテレーゼの関係は近いと、多くの貴族たちからは思われている。

 自ら出迎えて称賛し、自分の力としようと、テレーゼも懸命なのであろう。


「それはどうも……」


 だが、俺は憮然とした表情を崩さなかった。

 元々の作戦が無謀で、もしアルフォンスの援軍がなければ、俺たちは全滅か降伏するしか手がなくなる事態もあり得たのだ。

 いくら多数の攻城部隊を撃退できても、包囲されたまま食料が尽きれば万事休すだったはず。

 賭けに出て単独で敵軍の撃破と逃走を図ったとしても、それが失敗して全滅する可能性が高かった。

 むしろ今回の作戦で、俺たちの中に犠牲者が一人も出なかったこと自体が奇跡とも言えた。

 テレーゼは俺に握手を求めて来たのだが、それをわざと無視してエリーゼとカタリーナの肩を抱いて建物の中に入っていく。


「あなた」


「ちょっと! ヴェンデリンさん!」


 見た目は女好きの駄目貴族にしか見えなかったが、『両手が塞がっていてすいませんね』という風に見せ、テレーゼとは慣れ合わないと宣言したわけだ。

 エリーゼは俺の意図に気がついたようでなにも言わないが、カタリーナは不謹慎だと思ったらしく声をあげて驚いていた。

 その方がリアリティーが出て好都合だからこそ、俺はあえてカタリーナの肩を抱いたわけだが。


「貴様!」


「まずは会議の方が重要だと思うし、なにか文句でも?」


「……」


 テレーゼについていた家臣が俺の無礼を咎めるが、そこは身分差を利用して強引に押し切ってしまう。

 向こうだって、傭兵扱いだった俺たちを、突然自分たちの都合で貴族扱いにしてしまったのだ。

 それも勝手になので、俺が少しくらい無礼でもお互い様であろう。

 それに大戦果とはいうが、一緒に戦って犠牲者も多かったミズホ伯国軍の手前もある。

 素直に、彼女の握手を受ける気にはならなかった。

 それに、今の状況で特別扱いなど受けてもろくな結果にならない。

 

「テレーゼ様、俺たちは本来は傭兵なんですがね」


「王宮筆頭魔導士が他国の作戦会議に出るだけで、本当ならば色々と問題があるのである!」


 いくらテレーゼに甘いブランタークさんと導師でも、一言釘を刺すのを忘れなかった。

 

「まずは会議ですよ、テレーゼ様」


「わかった、始めようではないか」


 会議とは言っても、実態は軍法会議に近い。

 俺が建物に入ると、中にいた貴族たちがあからさまに嫌そうな表情を浮かべていた。

 敗戦後に、嬉しそうな表情を浮かべる貴族などいないから当然か。

 それに、いくら唯一の戦勝といえど、所詮俺たちはよそ者なのだ。

 それでも、今回の作戦の当事者なので呼ばないわけにもいかない。

 俺もテレーゼに求められれば、自分の考えを言うつもりではあった。


「では、会議を始めるとするかの」


 まずは、珍しく真面目な表情を崩さないアルフォンスが戦況の推移と、味方の損害、推定ではあるが敵軍の損害などを発表していく。

 バーデン公爵公子たちはろくに敵軍に損害を与えられず、合計で五千三百六十七名の戦死者を出していた。

 ハーバットの攻略戦とその後の撤退戦で三千人以上、他の町や城塞の攻略に向かった貴族たちの軍勢からも、二千人以上の戦死者が出ている。

 唯一の救いは、テレーゼによる援軍の投入が適切で、反乱軍の方が損害が大きい点かもしれない。

 推定で、九千名ほどを討ち取っている。

 ただし、その内の五千名は俺たちとミズホ伯国軍の戦果だ。

 俺たちやミズホ伯国軍の戦果が報告されると、露骨に嫌な顔をする貴族が三分の一ほどいた。

 彼らからすれば、他国扱いのミズホ伯国が内乱で活躍して、戦後の帝国で重要な地位を占めるのが嫌なのであろう。

 敗戦の責任者であるバーデン公爵公子に至っては、まるで能面のように無表情だ。

 自分が大失敗をしたのは事実だが、それを理由として『解放軍』の主導権をテレーゼに奪われるのが嫌なのであろう。

 なお解放軍とは、テレーゼたちの軍勢に通称がないので、自然とそう呼ぶようになったらしい。

 敵の反乱軍という呼称は、これは正式に定められて公文書にも記載されるようになった。


「(みんな、静かだな……)」


 以上のような経緯があり、会議とは言ってもみんなが口を噤んでいた。

 テレーゼは、バーデン公爵公子の責任を問い質し、解放軍の指揮の一本化を図りたいが、あまり責めて裏切られでもしたら困るので、どう切り込もうか悩んでいる。

 バーデン公爵公子は、自分の責任をなるべく少なくして、主導権を握るという野心を捨てたくない。

 他の貴族たちは、各々がどちらかに味方するか、それとも第三の軸を作るかで悩み、右往左往していた。

 戦争中の会議に初めて出席したが、こうも内部がグダグダだとは思わなかった。

 もしかすると、反乱軍も内情は似たようなものなのかもしれないな。

 俺は呆れつつ、同じく会議に出席している導師やブランタークさんと共に静かにマテ茶を飲みながら、エリーゼが以前に焼いて魔法の袋に入れておいてくれたクッキーを食べ始めた。

 本陣に戻って来たばかりでお腹が空いていたのと、疲れているので甘い物を欲していたからだ。 


「導師、なにも決まりませんね」


「そもそも、傭兵扱いである某たちには出席する必要がない会議である!」


「導師よ、それを言ったらお終いだろうに」


「しかし、事実であろう? ブランターク殿」


 さすがに酒を飲むわけにはいかないので、ブランタークさんはミズホ伯国で購入した煎餅を齧りながらお茶を飲んでいる。

 彼は甘いクッキーよりも煎餅の方が気に入ったようで、大量に購入していたのを目撃していた。

 まだ在庫が残っていたのか。


「(ヴェル、ブランタークさんは年寄りみたいだな)」


「(聞こえているぞ、エルの坊主)」


「すみません!」


 煎餅を食べながら茶を啜るブランタークさんを見て、エルが俺に小声で老人みたいだと言ったが、それを本人に聞かれてしまって懸命に謝っていた。

 とても会議に出ているように見えないが、テレーゼも含めて誰もなにも言わないので、こうでもしないと場が保たないのだ。


「ヴェル、マンゴーが食べたいわ」


「あいよ」

 

 俺が魔法の袋から魔の森で採れたマンゴーを取り出してイーナに渡すと、彼女はすぐにナイフで食べやすい大きさに切って皿に盛ってテーブルに置く。


「お腹空いたね」


「会議なら、食事の後にしてほしかったよなぁ」


 エルも、皿の上のマンゴーに手を出した。


「それだと、お腹が一杯になって眠っちゃうかも」


 ルイーゼの言うとおりかもしれないが、帰還して早々、こんな実りのない会議に出るよりはマシだったかも。

 会議の主役であるテレーゼたちは、お互いを見合いながら黙っている。

 傭兵扱いなので、俺たちの席は端、末席であり、どうせ目立たないだろうからと、周囲の視線も気にしないでお茶とオヤツを楽しんでいた。

 退却の際にあまり食べ物を口にしていなかったので、とにかくお腹が減っていたのだ。


「本格的にお肉が食べたい」


「そうだな。ヴィルマは大活躍だったからな。早く会議が終わって食事ができるといいな」


 ヴィルマは、試作品である狙撃用の魔銃で多くの指揮官や兵士を討ち取って大きな戦果を挙げた。

 こんな下らない会議で時間を潰すよりも、早く食事をとらせてあげたいものだ。


「えらい、えらい」


「気持ちいい」


 俺が褒めながらヴィルマの頭を撫でてあげると、彼女は目を細めてウットリとさせた。


「すまん、カタリーナを忘れていた」


 優れた魔法使いである彼女は、ほぼ単独で魔法を駆使して大活躍していた。

 これが王国の内乱ならば、領地の加増と陞爵は確実であったであろう。

 

「私は別に、頭を撫でてもらう必要は……」


「嫌か?」


「ええと……ヴェンデリンさんがそうしたいのであれば……」


「したいから、頭を差し出しなさい」


「仕方がありませんわね」


 などと言いつつも、実際に頭を撫でてあげるとカタリーナは満更でもない様子で、目を細めていた。

 彼女は恥ずかしがり屋さんなので、こちらから言ってあげないと駄目なのだ。

 というのは冗談で、実際には会議が一向に進まないので腹を立てており、わざとこういうことをして挑発しているだけである。

 『不謹慎な!』とか騒ぐ貴族を期待したのだが、彼らは俺たちに一瞬だけ視線を送ったのみで、あとはダンマリだ。

 

「あっそうだ、エリーゼにお願いが」


「はい、なんでしょうか?」


「食べさせて」


「わかりました。あなた、あーーーんしてください」


「戦で疲れた体にフルーツは最高だな」


「エリーゼも。はい、あーーーんして」


「美味しいですね」


 さらに挑発を続けるが、エリーゼは俺の意図に気がついてくれたようだ。

 マンゴーをカットしたものを、俺に食べさせてくれる。

 エリーゼもこんな会議になんの意味もないことを理解しており、俺の抗議を込めた挑発に協力してくれた。


「ボクも、ヴェルに食べさせる。はい、あーーーんして」


「私も。はい、あーーーんして」


 ルイーゼとイーナも参加して、会議が行われている室内は一種異様な雰囲気に包まれた。

 憮然とした表情でなにも語らない貴族たちに、発言を切り出す糸口を掴めないテレーゼ。

 六人でフルーツやお菓子を食べさせ合っている俺たち。

 マテ茶を飲みながらお菓子やフルーツをドカ食いしている導師に、静かにマテ茶を啜っているブランタークさんと。

 ただ時間だけが経過するが、ついに一人の貴族が堰を切ったかのように俺たちを非難し始めた。

 ようやく堪忍袋の緒が切れてくれたようだ。


「権威ある会議に、傭兵風情がなにをしているか!」


 悪趣味で派手な装飾のついた服を着た太った中年貴族で、爵位は伯爵くらいであろうか?

 貴族を、特に他国の貴族はなかなか名前を覚えられないから困ってしまうが、多分覚えなくてもそんなに問題はないかもしれない。

 なにしろ、今の俺たちは傭兵なのだから。


「なにをと聞かれれば、あまり飲み食いもできない状態で撤退して来たので、食事の前の軽食ですよ」


「そういうことは会議のあとにしろ! 貴様は会議の権威をなんと心得る!」


「権威ですか? この一向に誰も喋らない会議にですか?」


 俺の指摘に、全員が顔を渋くさせた。

 敗戦を次の糧とすべく、戦訓を得たり、責任者の処罰や叱責を行う会議は必要だが、誰も処罰されたくないし、バーデン公爵公子は、今回の敗戦の責任を取らされて次期皇帝争いのレースから降ろされることを恐れてなにも言わない。

 テレーゼも、下手に処罰するとバーデン公爵公子が離反すると思って発言を躊躇している。

 こんなところであろう。

 だからと言って、なにも発言しないでダンマリでは、会議を開いた意味がないのだから。


「一部戦術的には勝ったような気もしますが、戦略的には大敗北なので、とっとと反省して次に挑みませんか?」


「損害は、反乱軍の方が多い……」


「ニュルンベルク公爵からしたら、織り込み済みの損害ですよ」


 この二回の戦闘でわかったことだが、ニュルンベルク公爵は一番信頼できるニュルンベルク公爵家諸侯軍の精鋭、次に自分の考えに同調する帝国軍や貴族の軍勢をほとんど前線に出していない。

 ターベル山地砦を囲んだ軍勢など、当主が無能か自分に反抗的だが、兵力や経済力は侮れない連中を選んでおり、あきらかに彼らを使い潰そうとしていた。

 テレーゼたちが出した援軍が予想以上に成果を挙げているのも、彼らは数は多いが二線級以下の軍勢で弱かったからだ。


「そんな彼らは弱いですけど、戦えば確実に味方は損害を受ける。それを蓄積させれば、こちらは消耗した状態で、ニュルンベルク公爵は信頼できる軍勢が無傷のままで決戦に挑めます」


 元々、中央と南部を抑えている反乱軍の方が優勢なのだ。

 兵員の動員能力では、向こうの方が上であった。


「ニュルンベルク公爵がいまだに出てこない最大の理由ですね。彼は冷静に、自勢力とこちらの兵力差を計算し、消耗を狙って兵を出している」


「しかし、我ら高貴な貴族たちが、こうも簡単にニュルンベルク公爵の意図に乗せられるわけが……」


「乗せられそうな方々を選んでいるのでしょう」


 貴族だからと言って、全員が優秀なわけがない。

 俺もこれまで、優秀な貴族とそうでない貴族の両極端を見てきた。

 教育環境は平民よりもいいので、優秀な人の割合は平民よりも多いはず。

 だが、知識はあっても応用力がない人や、生まれのせいか性格が傲慢で自分勝手な人も多く、彼らは自分たちだけを『魔法障壁』で守らせながら戦闘を行っていた。

 だからこそ、なかなか軍勢が崩壊せずに犠牲者を多く出したとも言えるのだ。

 敵の損害が増えれば、それに比例して味方の損害も増える。

 ミズホ伯国軍の戦死者は精鋭ばかりであり、今頃ニュルンベルク公爵はしてやったりと思っているかもしれない。


「地理的な理由などで、反乱軍につくしかなかった。そして一旦反乱軍についた以上、功績を挙げて己の領地や権力を増やしたいと願うようになる。結果、ニュルンベルク公爵に利用されて多くの兵を失い、自身の力を落としてしまう」


 彼らが全滅しても、ニュルンベルク公爵は損をしない。

 敗戦の責任を問えるし、今回は拠点を再奪還しているので罪は問えないが、無駄に兵力を失った。

 今の状況で兵力の大量喪失など、ニュルンベルク公爵の独裁に手を貸しているようなものだ。

 逆らえば潰されるし、実際に当主が戦死している貴族の領地にはもう手を出しているかもしれない。

 後継者に、自分の意図する人物を就かせてコントロール下に置くのだ。


「ニュルンベルク公爵は一つの美しい帝国を目指しているので、その邪魔になる貴族の排除を躊躇わないでしょう」


 バカな貴族でも自分に従順なら生き残らせるが、少しでも反抗的なら意図的にこちらとの相討ちで始末させる。

 利口な貴族は冷静に彼の覇権に力を貸すか、まだどちらが勝利するかわからないのでほぼ中立を保つはずだ。

 ニュルンベルク公爵に逆らわず、好意的中立で様子見であろう。

 ニュルンベルク公爵からすれば、それで十分なのだ。

 もしこちらが負ければ、彼らはバカではないから今度こそ本当にニュルンベルク公爵につくはず。

 賭けに出て領地や爵位を上げるもよし、堅実に家と領地を守るのもよし。

 どちらでも、貴族としては正解なのだから。


「それで、貴殿はどうせよと言うのかね?」


「別になにもないというか、意見を言う権利がありませんね」


 俺は傭兵で、この会議で意見を言う資格がない。

 完璧な建前を述べて、俺を非難した貴族を煙に巻く。

 他の参加者たちは、一瞬ガッカリとしたような表情をした。

 

「今、好き勝手に言っていたであろうが」


「これは、売り言葉に買い言葉です」


「プッ!」


 俺の発言に、俺の近くの席に座っていたブランタークさんが懸命に笑いを堪えていた。


「会議には参加しているのだ。意見を言う資格はある!」


 どうやらこの貴族は、俺の意見を皮切りにこの停滞した会議をどうにかしたいようだ。

 部外者に頼るのはどうかと思うが。


「兵力差があるのに攻めるからこうなるのです。後方を遺漏なく抑えながら、準備を終えたニュルンベルク公爵が全軍を挙げて攻めてくるまで待つしかありませんね」


 この野戦陣地で守りながら最終的には勝利して、反乱軍の瓦解や切り崩しを行う。 

 大勝利できれば、元々クーデター政権なので一気に崩れる可能性もあった。


「守るのか」


「数が少ないのに、下手に分散して支配領域を広げようとするから付け込まれるのです」


 軍記物でもあるまいし、派遣した少数の味方が多数の敵を討てるはずがない。

 常識でいえば、戦争は数が少ない方が負ける。

 それを補うための戦術や情報収集であろうが、通信魔法が阻害されている以上、待ち構える反乱軍の方が優位であろう。

 地の利も、攻められた反乱軍の方にあるのだから。


「難しい理屈や兵法などいりません。解放軍が総大将の指揮の下で一つに纏まり、全軍で攻め寄せるニュルンベルク公爵を討てばよろしい。まずは、負けないことに徹しないと。もし負けたら、お家断絶に一族滅亡ですよ」


「……」


 ニュルンベルク公爵は、解放軍に属した貴族たちを許さないはずだ。

 裏切りからの瓦解を狙って少数は許すかもしれないが、少なくとも二つの選帝侯家とミズホ伯国は攻め滅ぼそうと思っているはず。

 俺たちは最悪逃げることも可能だが、彼らは領地を背負って逃げるわけにもいかない。

 厳しい現実に、貴族たち達は次第に顔を青ざめさせていた。

 もうこれ以上は負けられないのだと。


「そのためにも、今回のような方針の分裂と総大将の指揮権が曖昧な状況はよくないですね」


「確かに、バウマイスター伯爵の言うとおりだな」


 数が少ない方が主導権争いをした結果、意味のない攻勢を始めて無駄に兵力を失ったのだ。

 これを改善しないと、解放軍は敗北へと一直線であろう。


「あと今回は敗戦です。総大将には、敗戦の責任がある」


「責任……」


 貴族たちは、テレーゼとバーデン公爵公子を交互に見る。 

 どう考えてもテレーゼが総大将なのだが、彼女は女性なのでバーデン公爵公子に期待する貴族も決して少なくない。

 だから、こういう状態になってしまうのだ。


「テレーゼ様、今後このようなことがないようにしていただきたいですな」


「バウマイスター伯爵っ!」


 俺の発言に多くの貴族たちが驚き、中には表情が凍り付いている者もいた。

 傭兵扱いではあるが、過去二回の戦の殊勲者で、他国とはいえ大貴族である俺がテレーゼが総大将だと言っている。

 そんな俺に対し、バーデン公爵公子を支持している貴族の中には、俺を窘める者さえいた。


「時間が勿体ない。帝国では女帝が駄目という法はないのでしょう? 今は内乱で非常の時なのですから、こういうこともありますよ。そう。反乱だから仕方がないのです」


「反乱だから仕方がない……」


「そういうことです」


 安定していた国や統治機構は、前例がない事柄を嫌がる。

 日本だと官僚などがそうだが、非常時だからという理由があれば、案外納得するものなのだ。


「バーデン公爵公子殿」


「なんでしょうか?」


「今回は、運が悪かったですな」


「いや、私はニュルンベルク公爵に己の欲を読まれた……」


「でしたら、敗戦後のフォローを確実になさることです」


「フォロー?」


「ええ。今回の敗戦で戦死した貴族へのね」

 

 当主が戦死したので、速やかに後継者を定めて彼らへのフォローを行う。

 選帝侯家なので、そのくらいはやってもらわないと。


「それを怠ると、不安からニュルンベルク公爵の調略にハマる可能性があります」


 後背で反乱でも起こされると、鎮圧に余計な手間がかかるし、補給などを絶たれる可能性がある。


「テレーゼ様は、バーデン公爵公子殿に罰金などは科さないでしょうから、その辺のフォローを確実に行うべきかと」


「バウマイスター伯爵の言うとおりだな」


「今回は残念でしたが、テレーゼ様の次の皇帝はバーデン公爵公子のお子かお孫さんの可能性が高いですね」


 慣例があるので、テレーゼの子供に皇位を継がせることは難しいし、それを強行するとトラブルになる。

 テレーゼ自身も、それは望んでいないであろう。


「しかし、そう上手く行くものか?」


「確率は高いですね。なにしろ他五つの選帝侯家は、しばらくは皇帝選挙どころじゃないでしょう。選挙に出られるかすら怪しいですね」


 内乱の結果次第では、お家断絶や、降爵されて選帝侯家から外される可能性もあるのだから。 

 ニュルンベルク公爵の策により、名前だけ残って、人も金もなくなっている可能性も高かった。


「ミズホ伯国はどうする?」


「帝国統治の安定化のために選帝侯になっていただく必要はあるでしょうが、果たしてミズホ家の当主が皇帝選挙に出ますかね?」


「いや。ミズホ家存続のため、必要なら選帝侯にでもなんでもなるが、皇帝など御免蒙りたい」


 ミズホ上級伯爵は、きっぱりと皇帝位に興味などないと宣言した。

 絶対にとは言えないが、おそらくはそれが事実であろう。

 皇帝選挙に出ない選帝侯となり、議会の議席も得る。

 中途半端な独立国ではなく、帝国の政治に参加する姿勢を見せた方が他の貴族たちの警戒感も薄れるというわけだ。


「テレーゼ様、こんな感じでいかがでしょうか?」


「バウマイスター伯爵の意見どおりでよかろう」


 このくらいのことは、誰にでもわかっているのだ。

 それを、あえて火中の栗を拾うかのように部外者である俺が言うことに意義があった。

 テレーゼの意図はそれで、俺はその通りに動いただけである。

 勿論打ち合わせをしている時間などないので、すべて俺の勝手な行動であったが。


「テレーゼ様、戦後、選帝侯家はかなり減っていそうですね」


「人質にされているという当主たちだが、誰も姿を見てないらしいからの。もし殺されていても妾は驚かぬよ」


 テレーゼは公式に、捕えられた選帝侯たちが死んでいる可能性について言及した。


「帝国の安定した統治のため、選帝侯家は今と同じくらい必要でしょうか?」


「であろうな」


 テレーゼの返答に、貴族たちの顔色が変わる。

 特に伯爵や辺境伯などは、これからの活躍次第では自分が選帝侯になれる可能性があると理解したからだ。

 選帝侯家は公爵家なので皇家の親戚筋ではあるが、実は長年に渡る帝国貴族同士の婚姻政策で、皇帝家の血を引いている貴族家などいくらでもあった。

 それに、多くの選帝侯家が反乱軍に参加している以上、状況によっては取り潰しもあり得る。

 その後釜に座れる可能性は十分にあるというわけだ。


「(せいぜい、勝手に夢見て頑張ってくれ)」


 あくまでも可能性の問題で、テレーゼは必ず選帝侯になれるとは言ってはいない。

 要はテレーゼの権威が認められて、彼らが来る決戦で戦力になればいいのだから。


「味方兵力の集結と再編成を進め、ニュルンベルク公爵が自ら兵を出すのを待ち受け、撃滅するしかないの」


「しかし、そう都合よく来ますか?」


「必ず来る。ニュルンベルク公爵は己の覇権を確立するために、妾たちを撃滅せねばならないからな。帝国が分裂状態では、未来にあるやもしれぬヘルムート王国征服も叶うまいて」


 テレーゼは質問をして来た貴族に対し自信満々に語り、これでようやく解放軍の指揮権の統一と、作戦方針が一つに纏まったのであった。

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