第208話 船頭多くして、船山に登る(前編)

「うーーーむ、普通に食べられるのである」


「食べられますけど、美味しくはないですね」


「所詮は馬の餌だからな。よく煮込んでも筋張っているのがマイナスだ」


「ですよねぇ……」


「ミズホの大根は、煮込むと酒によく合って美味しいからな」


「ブランターク殿の意見に賛成である!」




 ハルカの兄との決闘から二週間後。

 長滞陣が続く中、俺は今日も魔法の訓練を終えてから趣味の料理研究に勤しんでいた。

 なぜそんなことをするのかと言うと、決められた仕事と訓練を終えると暇になってしまうからだ。

 そこで研究に打ち込むことにしたわけだが、俺が学術研究などするわけもなく、新しい料理の試作に落ち着くにはそう時間もかからなかった。

 ミズホ伯国軍の陣地の中にある鍛錬所の端で、ブランタークさんと導師と共に携帯魔導コンロに大鍋をかけ、煮込み料理を試作しながら時間を潰していた。

 ここ最近の課題は、馬の餌として駐屯地にも畑が大量に作られているバカ大根の活用方法であった。

 この不味いバカ大根を、いかに美味しく料理するか。

 なかなか達成できない難題だからこそ、時間を潰せる……いや燃えるというものだ。

 


『ヴェンデリンは、変わったことをするものよ。一部貴族で料理が趣味の者もいるが、バカ大根を美味しく食べる料理方法の研究などせぬぞ』


『金を積んで高級食材を手に入れて調理すれば、ほぼ間違いなく美味しいですよ。不味いと言われているバカ大根を美味しく調理してこそ、意義のある研究になるというものです』


『間違ってはおらぬが……』



 すでに拡張が終わった野戦陣地に常駐するテレーゼに呆れられながらも、俺の試行錯誤は続く。

 ニュルンベルク公爵率いる反乱軍も、この野戦陣地を警戒する数千人の部隊をいくつか近辺に配置しているが、いまだ大軍を繰り出す気配はない。

 密偵からの情報によると、思った以上に中央と南部寄りの東西部の把握に苦戦しているようだ。

 いくら当主を人質にしているとはいえ、そう簡単に選帝侯家が素直に言うことを聞くとは思えないからだ。


『こちらも似たようなものだがな』

 

 フィリップ公爵家以外で唯一こちらについた選帝侯バーデン公爵家が、自身が主導権を握ろうと色々と画策を始めたと噂に聞いた。

 反乱軍を討ったあと、皇帝候補が二人しかいない事実に気がつき、次第に欲が出てきたようなのだ。

 今のところは目標は同じなので、極端な足の引っ張り合いにはなっていないようだが、バーデン公爵公子はこの状況に焦れてきて、いくつかの拠点や町を攻略しようとテレーゼに意見するようになったと聞く。

 初戦に続き、いくつかの軍事的勝利を重ね、反乱軍への優位を絶対のものとする。

 どう繕っても反乱者でしかないニュルンベルク公爵に組することに躊躇いがある貴族たちの離反も誘えると、バーデン公爵公子は軍を出している貴族たちの支持を受け、定例会議でもこの作戦案を提案するようになっていた。

 テレーゼは、それこそがニュルンベルク公爵の罠である可能性も示唆しつつ、彼がが待ちの姿勢になった以上、兵力を分散すると各個撃破される危険があると言って、その作戦案を否定している。

 俺に軍事的才能などないので、どちらが正しいのかはわからないが、個人的な意見としてはテレーゼの方針を支持している。

 なぜなら俺は、バーデン公爵公子から焦りのようなものを感じていたからだ。

 きっとこの内乱が終わるまでに、自分とテレーゼが公平に皇帝選挙を行えるよう、戦功を稼いでおきたいのであろう。

 彼を支持する貴族たちは、バーデン公爵公子が皇帝になってくれれば利益があるのも事実だが、とりあえず一緒に出兵して戦功を稼ぎたい、と考えている貴族たちも多い。

 戦後、大幅な貴族勢力図の改変が確実視されている以上、自身の爵位と領地を増やす最大のチャンスであったからだ。

 貴族は軍人なので、戦で褒美や領地を稼ぐのが一番手っ取り早いからだ。

 そんな他国の貴族たちの主導権争いに俺たちは興味がなく、今もこうしてバカ大根を煮ているわけだ。


「この煮込み料理、普通の大根を使った方が美味いと思うけどな。なあ導師」


「なかなか上手く行かないのである!」


「味噌煮込みだからいけると思ったのに……」


 携帯魔導コンロにかかっている大鍋の中には、味噌仕立てのモツと野菜の煮込みがグツグツと音を立てて煮えていた。

 

「ただ、確かに普通の大根の方が美味いが、不味いわけでもないのである!」


 導師は、大鍋に煮えた味噌煮込みを丼によそって食べ始める。

 ブランタークさんは、少しだけ味見をしてから食べるのをやめた。


「やっぱり、バカ大根自体の味が悪いんだな」


「先にバカ大根の下処理を……あまり面倒だと駄目かぁ」


 俺は今日も失敗だと思いながら、別の携帯魔道コンロを魔法の袋から取り出し、同じく取り出した大鍋を温め始める。

 大鍋の中身は甘酒であり、上からも俺の魔法で加熱した甘酒は、数分ほどでちょうどいい温度に温まった。


「ブランタークさん、甘酒飲みますか?」


「飲む。朝から酒を飲むわけにはいかないから、甘酒はありがたい」


 まだ寒いので粕煮にでも使おうと、ミズホ伯国軍陣地にいた行商人から酒粕を購入しておいてよかった。

 酒粕は、粕汁にも、他にも色々な料理やお菓子の材料にもなる。

 あの行商人に出会えたのはラッキーだったな。


「あまり飲みすぎないでくださいね。エリーゼたちが朝食を作って待っていますから」


「わかっているさ」


「某にも一杯」


 俺とブランタークさんが失敗作だと判断した味噌煮込みを完食した導師は、甘酒も要求した。

 ただ導師の場合、別にここで大食いしても朝食に影響はないので誰も注意などしないのだが。


「どうぞ」


「冷えた朝には、これが一番である!」


「ああ、ミズホ酒の香りが……夜が楽しみだぜ」


「……ヴェル、三人でなにをしているんだ?」


「普通にエルを待っている」


「恥ずかしいからやめてくれーーー!」


 多くのミズホ伯国軍兵士やサムライたちが懸命に稽古をしている端で、俺たち三人は周囲の視線など気にせず、携帯魔導コンロに大鍋をかけて煮込みを作っていた。

 堕落したと言われてしまえばそれまでだが、そのくらい反乱軍の反応がなくて暇だったのだ。

 まさか、ずっと緊張しているわけにもいかないのだから。


「別に、バーデン公爵公子のように主戦論を煽っていないから構わないだろう」


「そうだな、伯爵様の言うとおりだ。甘酒お代わり」


「某たちのことなど気にせず、訓練を続けてほしいのである! 某も、甘酒お代わりなのである!」


「気にします!」


 エルは、俺たちの存在が恥ずかしいと思っているようだ。

 大鍋で煮込みを作っているくらいで、そこまで気にする必要もないと思うのだけど。


「エル、甘酒飲むか?」


「……。飲む……」


 それでも甘酒は飲むらしい。

 そっと導師から、甘酒を注いだカップを受け取っていた。


「ハルカも飲むか?」


「はい」


 エルの傍にいるハルカも、ブランタークさんからカップを受け取った。

 やはり女性は、甘酒が好きな傾向にあるな。

 前世でも、美容にいいとか言われていたから。


「まあなんだ。待つ必要がある以上、適度に気を抜くことも必要だよな」


 ブランタークさんの言っていることは正しい。

 戦争が早く終わるに越したことはないけど、焦って敗北しても意味がない。

 勝利のために待つことが必要な以上、常に緊張していては心身共に保たないので、適切に気を抜くことも必要なのだから。


「エルは内乱が早く終われば結婚が早まるから、急ぐ気持ちも理解できるがね」


 俺の指摘に、ハルカの顔が一瞬で真っ赤に染まった。

 美少女サムライガールの赤面する顔は、なかなかに絵になるものだ。

 一方のエルの方は、表面上は平静さを保っていた。

 多少は女性慣れしているので、あからさまに恥ずかしそうな素振りは見せないのであろう。


「結婚前に焦って戦死するのも嫌だから、待つのは理解できるさ。俺が言いたいのは、鍛錬所の端で鍋を煮るなということなんだけど……」


「腹が減っては戦ができぬ。家畜の餌にしかできないと言われてきた、バカダイコンを有効活用するための研究だ」


「一見正論だけど、三人は全然そういう風に見えないんだよ」


「見た目は関係ないだろう。要は成果が出ればいいんだから」


「で、バカ大根の有効活用はできそうなのか?」


「まだ研究が必要だ」


「そんなことだろうと思った」


「エルとハルカの結婚までには間に合わせたいな」


「急に、取ってつけたような言い訳だな……」


 ただ大鍋の煮え具合を見ている少年、中年、初老入口トリオに、エルは呆れた表情を浮かべた。

 結局、エルの結婚についてはミズホ上級伯爵とハルカの兄が認めたので、正式に婚約は成立している。

 ただ、当初はハルカがえらく動揺して大変だったのだ。




『私が、結婚ですか?』


 ハルカ本人は、エルの気持ちにまったく気がついていなかった。

 元々恋愛の機微に疎いようだし、自分は刀術を極めるため、一生独身のままだと思っていたようだ。

 自分など、妻にする男性はいないと思っていた節もあった。


『エルが嫌なら、強制はしないけど』


『いえ。嫌では……。逆にエルさんは、私のような女では……』


 抜刀隊の中でのハルカは、美人で男性隊員たちにとても人気があった。

 シスコンである兄の証言なので多少差し引く必要はあるけど、間違ってはいないと思う。

 ただ彼女を口説こうとする不埒な輩は、その兄によって排除されてしまう。

 ハルカを狙う男性隊員が稽古で彼女を圧倒し、その強さにハルカが惚れる……みたいなことも、ハルカが抜刀隊の中では強い方だったので、結局実現しなかった。

 数少ない女性隊員なら負けても問題はないが、男性隊員が稽古とはいえ、ハルカ相手に負けると男性としての沽券が……古い考えかもしれないが、ここはそういう世界なので仕方がない。

 そんな事情があり、ハルカにそういう相手はいなかったというわけだ。

 そんな彼女からすれば、自分が女性でも真面目に剣を教わるエルが好ましい男性に見えたのであろう。

 たとえ、エルからすればハルカから剣を教わること自体がご褒美でしかないとしてもだ。


『エルがいいと言っている以上、あとはハルカがどう思うかだよね』


『私ですか……』


『そう、ハルカ自身がどう思うのかだ』


『バウマイスター伯爵様は変わっておられますね。強制的に命令しても構いませんのに』


『俺は小心者だからな。不満を抱えた家臣の妻に不意打ちでもされたら堪らない。無理強いはしないさ』


『そうですか、この話はお引き受けしようと思います』


『それは重畳』


『今まで私のことを女性扱いしてくれるのは、抜刀隊の女性の同僚たちと、兄と、エルさんだけでした。エルさんは、普段は私に優しいですから』


 エルはミズホ美人であるハルカにベタ惚れしているので、優しくしても当然だと思う。

 だが、その当たり前が彼女には嬉しかったのであろう。

 少し顔を赤らめながら、嬉しそうに俺の要請を受け入れていた。


『では、決まりだな』


 こうして、エルとハルカの婚約はすんなりと決まった。

 ミズホ上級伯爵は『もっと身分の高い陪臣の娘でもいいのだが……』と貴族的な意見も述べたが、エル自身がハルカを望んでいると教えたら、すぐに自分の意見を引っ込めた。 

 いくらハルカの兄がシスコンでも、上からの命令には逆らえない。

 俺と決闘をして負けたという事実もあるので、表面上は快く妹の結婚を受け入れている。

 その代わり、婚約が決まったので毎朝楽しそうに一緒に鍛錬をする二人を、端から恨めしそうに見つめる光景が名物になっていた。

 だからエルは、俺たち三人の調理よりも、彼をどうにかした方がいいと思うのだ。

 あと、結婚が決まって幸せ一杯のエルが少々ウザかった。

 俺も新婚当初はそうなのでなにも言えないが、ハイテンションで、俺に刀でも習ってみたらどうかと勧めるのだ。


『ヴェルも、ハルカさんから刀を習えばいいのに』


『嫌だ』


 エルは刀の才能があるからいい弟子になれているが、俺が彼女から刀を習っても無駄に疲れるだけであろう。

 俺に刀の才能など皆無なのだから。


『浮かれすぎて戦死するなよ。古来より兵士などが『俺、この戦争が終わったら結婚するんだ……』とか言うと、実はかなりの確率で戦死する』


『そんな話、聞いたことがないぞ』


『そうなのか?』


『なんの本の知識だよ……』


 どうやら、地球ではよくあると言われている死亡フラグだが、この世界には存在しないようだ。

 少なくとも、エルは知らなかった。


『私は知っているわ』


『イーナは知っているぞ』


『どうせなにかの物語だろう?』


『でも作者は、過去の経験を参考に物語を書いたと、あとがきに書いてあったわ。他にも、もうすぐ子供が生まれるとか……』


 俺は見たことなかったが、イーナはそういう設定の物語を読んだことがあるらしい。

 世界が違っても、やはりそういう法則のようなものを感じる人はいるという証明であった。


『夫婦して縁起でもないことを……。俺は内乱終結後、ハルカさんと幸せに結婚式を挙げるんだ』


 幸せ絶頂のエルは、俺とイーナの発言を完全に無視した。

 自分でも物騒だと思うので、あまり浮かれないようにしてくれれば、それでもまったく構わなかったのだけど。




「エルとハルカのことは置いといて、俺たちの調理よりも、あの辛気臭いのをどうにかしろよ」


 俺たちの調理は、純粋な研究だから悪くない。

 今も、導師が希望者たちに甘酒を配って大好評であるし、鍛錬後に栄養豊富な甘酒を飲むのは健康にいいのだから。

 甘酒は健康食品であり、部活後にスポーツドリンクを飲むのと変わらない。

 いや、栄養成分的にはもっと体にいいはずだ。


「それは抜刀隊の偉いさんにも言われているけど、どうにかなるのか?」


 今もハルカの兄は、エルとハルカを恨めしそうに見つめている。

 鍛錬や仕事はちゃんとやっているから文句も言いにくく、抜刀隊の幹部たちは『雰囲気が悪くなるのでなんとかしてくれ』と、エルに苦情を向けるようになっていた。

 導師が可哀想に思ったのか、ハルカの兄に甘酒を配るが、一瞬で飲み干すと、再び恨めしそうな表情でエルを見つめ始めた。


「ハルカ、お兄さんってなにが好きなのかな?」


「ええと、刀です」


 もの凄くわかりやすい回答であり、ハルカも同じなので、似た者兄妹な部分もあるようだ。


「ならば……。おーーーい、ハルカのお兄さん」


「バウマイスター伯爵様、私のことはタケオミで構いませぬが……」


 タケオミさんは、可愛い妹を奪ったエルには恨めしそうな視線を向けるが、普段は伯爵であり決闘で自分を下した俺に敬意を表している。

 俺が呼ぶと、恭しく頭を下げた。


「実は、この前作刀を頼んだオリハルコン刀の試し切りを頼みたいのですが」


 カネサダさんは、この短期間ですでに二組の大小を完成させたそうだ。

 

『一度打ち始めると、他の刀のことなど忘れてしまってな』


 さすがにそれだけに集中すると他の仕事に差し支えるので、まずは二組分のオリハルコン刀を完成させたと連絡が来た。


「エルはまだ刀は未熟ですからね。ここは、タケオミさんに試し斬りを……」


「任せてください! まさか、生きてオリハルコン刀の試し斬りができるとは……」


 サムライにとって、オリハルコン刀とはいつか手に入れたい至宝であると聞いている。

 タケオミさんのように小身の陪臣からすると、触れるだけで幸運という代物だそうだ。


「朝食後、この鍛錬所で試し斬りを行います。カネサダさんが完成したオリハルコン刀を持ってくるそうなので」


「お任せあれ」


 タケオミさんの不機嫌そうな表情は完全に消え去り、逆に完成した直後のオリハルコン刀の試し斬りができるとあって、その顔は喜びに満ち溢れていた。


「(刀術ジャンキー……)あの、それでですね……」


 エルに対して、不機嫌そうな表情をしないようにと一応頼んでおく。

 多分駄目だとは思いながら。

 仕事はちゃんとしているし、俺に対してそういう表情を向けているわけでもないので、実は注意をする根拠がなかったりするのだ。


「いくらバウマイスター伯爵様の命令でも……。これは本能ですから」


「そうですか……」


 彼の迷いなき回答に、俺はシスコンの業の深さを心から理解することになるのであった。





「綺麗な刀ですね」


「見ていると、魅き込まれるような刀身だな」


 エリーゼたちが作った朝食を食べた俺たちは、再びミズホ伯国軍陣地にある鍛錬所に集合していた。

 そこには、先の戦いで鹵獲した反乱軍戦死者たちのプレートメイルやシールドが数十体分、訓練用の案山子に装着されて配置されている。

 損傷が激しく、鋳溶かして再利用するしかないクズ鉄扱いだそうで、試し斬りのために提供されたのだ。

 案山子の前には、俺、エリーゼたち、ブランタークさん、導師、ハルカ、タケオミさんと、いつものメンバーが揃っている。

 他にも、ミズホ上級伯爵やその重臣たちに、刀を打ったカネサダさんが、完成した二組のオリハルコン刀を三方のようなものに載せ、弟子たちと共に控えていた。

 早速、カネサダさんが一本のオリハルコン刀を抜いて刀身を見せてくれるが、その美しさに、刀に縁がないエリーゼですら見惚れている。

 ミズホ上級伯爵たちも、感嘆の溜息を漏らしていた。


「さすがはカネサダよ。初代作のカネサダと比べても劣る点が見つからない。しかし残念なのは、自分の刀でないことかな。それだけが心残りだ」


 この二組の大小の所有者は、エルであった。

 その代わり、ヘルタニア渓谷で岩ゴーレムを豆腐のように斬っていたオリハルコン製の剣は、今現在俺の腰に刺さっている。

 俺はまだ剣の方がどうにか使えるので、交換したからだ。


「魔法使い殺しに使えるな」


「ええ、初級魔法使いには脅威でしょうね」


 ブランタークさんが輝く刀身を見ながら、複雑な笑みを浮かべていた。

 オリハルコン刀は魔刀と同じような性質を持ち、下手な『魔法障壁』など突破できる力があるからだ。

 攻撃魔法に晒されても、滅多なことでは破壊されないという利点もある。

 さらにオリハルコン製の剣では難しいことが、オリハルコン刀ならばできるというのも凄かった。

 これら進んだ技術が、ミズホ伯国の独自性を保てた最大の要因なのであろう。


「バウマイスター伯爵、あと三組の作刀を依頼しておるそうだが……」


「はい」


「やはり、売ってはもらえないのかな?」


「売ると言いますか、戦後に結ぶ通商協定とか、色々とありますよね?」


 相場で売るのは簡単だが、ただそれだけでは能がない。

 バウマイスター伯爵家のため、市場価格以上の価値を持たせるのが貴族というものだと思う。


「(と、エリーゼが言っていたな)」


「段々と、貴族らしくなってきたな。バウマイスター伯爵は」


「あれだけ人が死ぬのを見ましたからね」


 自分や妻たちも貴族らしくなった。

 これを進化したというのであろうか?

 上手くこの内乱が収まっても、戦後、帝国と王国の著しい国力比の格差が是正されるには時間がかかる。

 俺たちが傭兵扱いでこの内乱を戦っている点も含めて、王国で俺を利用したり敵視する貴族たちも増えるはずだ。

 王族の反応も怖く、帝国やミズホ伯国と縁を結んでおくことも必要だと思っていた。

 オリハルコン刀がその道具に使えるとなれば、なるべく条件を吊り上げる必要があった。


「今強引に頼んでも、バウマイスター伯爵の機嫌を損ねるだけかな」


 俺とミズホ上級伯爵が話をしていると、カネサダさんからオリハルコン刀を預かったタケオミさんが、一旦静かに構えてから、案山子を連続して斬り裂く。

 袈裟斬りにされたプレートメイル装着の案山子は、見事な切り口を俺たちの前に曝していた。


「鋼製のプレートメイルを真っ二つですか……」


「タケオミは期待の若手剣士だからな。ちょっと妹が絡むと暴走する癖はあるが……」


 主君にまで知られているほど、タケオミさんの剣の腕は優れているようだ。

 同時に、シスコンである件も有名なようであったが。


「タケオミも、バウマイスター伯爵にしばらく預けることにする」


「どうしてです?」


 ミズホ上級伯爵とて、傍に腕のいい剣士が一人でも多く欲しいだろうに。


「今、テレーゼ殿がなにをしているか知っているか?」


「会議だと聞いています」


 そのおかげで言い寄られないのは素晴らしいが、その会議こそ、ミズホ上級伯爵に言わせると頭痛の種だそうだ。


「勿論、テレーゼ殿やアルフォンス殿の頭痛の種でもある」


 この一ヵ月ほど戦闘がなかったせいで、いよいよバーデン公爵公子たちが焦れてきたらしい。

 他の貴族たちからも支持者を集めて、一部都市や城塞などの占領を主張しているそうだ。


「ここで、兵力分散の愚を犯すのですか?」


「この一ヵ月、ニュルンベルク公爵が攻め寄せて来ないとなると、罠の可能性も考慮する必要がある。バーデン公爵公子たちはそう考えていないのだろうな」


「欲しいのは、戦功と略奪品ですか?」


「さすがに内乱なので、一般市民への略奪や婦女子への暴行は打ち首だな。敵の拠点を落とすというのは、わかりやすい戦功ではある。それが狙いかな」


 略奪や婦女子への暴行はタコが足を食う行為なので、テレーゼが厳格に禁止を通達している。

 バーデン公爵公子も皇帝を目指しているので、下手な悪評は防ごうとするであろう。

 彼もバカではないので、そんなことはしないだろう。


「ただし、略奪品には例外がある」


 反乱軍を撃破して得られる鹵獲品や、反乱軍の備蓄物資や軍用資金などである。

 これが結構バカにならない稼ぎになる……勿論、沢山蓄えられている場所を落とせばだけど。


「ここより南に三十キロほど。商業都市ハーバットの攻略を主張しているようだな。あとは、その近辺などに付属する城塞などもか」


 バーデン公爵公子たちは、このソビット大荒地にある野戦陣地を安全な後方拠点とし、前線をハーバットとその周辺にある複数の城塞を繋いだラインまで前進させたいようだ。

 テレーゼとアルフォンスは反対しているが、思いの外攻勢案に賛同する貴族たちが多く、今行っている会議はそのためのものであるらしい。


「ミズホ上級伯爵は、会議に参加しないでよろしいのですか?」


「我らは、見事にハブられたからな」


 伝説にまでなっているサムライの奮戦。

 魔銃や魔刀による高威力の攻撃。

 魔法使いの数や質も劣っておらず、追撃戦でも精強な騎馬隊のおかげで多くの戦果をあげたミズホ伯国軍は今回は遠慮してほしいと、バーデン公爵公子から言われたそうだ。


「別に、私が皇帝になるわけでもないのにな」


「戦後の領地分けの問題からでしょうね」


 ミズホ上級伯爵の顔に、一瞬苦み走った物が浮かぶ。

 テレーゼは、参戦してくれたミズホ伯国には領地の加増を約束していた。

 他にも、選帝侯家への格上げある。

 これは一見名誉に見えるが、要はミズホ伯国を帝国に縛りつけるものでもあった。

 領地は、ご丁寧に海に面した場所をくれるらしい。

 海産物が大好きなミズホ人には嬉しいはずだが、同時にアキツ盆地以外に守る土地が増えるので防衛が面倒になる。

 新しい領地に住む人たちを統治する必要もあった。

 異民族を抱えてしまうので、色々と面倒なことが起こりそうだからだ。

 本音では断りたいが、まさか断るわけにもいかず、ミズホ上級伯爵としては痛し痒しなのであろう。


「時代が変わるというわけだな。変化の進め具合の匙加減が難しいが……」


 ミズホ伯国も、難しい舵取りを迫られるというわけだ。

 勝っても負けても、王族や貴族とは仕事が増えて面倒なものだな。

 あっ、俺もそうか。


「テレーゼ殿は本当に油断ならん。選帝侯の中で、一番ミズホ人を理解しているからな。だが、バーデン公爵公子たちの攻勢案を却下できるかな?」


 いつの間にか、オリハルコン刀の試し斬りはハルカへと移行していた。

 彼女の腕前はタカオミさんには少し劣るようであったが、名人には違いない。

 まるで紙でも切るかのように、フルプレートを着せた案山子を真っ二つに斬り裂いていく。


「妹もいい腕をしている。バウマイスター伯爵の護衛には最適であろう」


「護衛は前からそうですが、なにか我々に仕事でもあるのですか?」


「ある可能性が高い。まったく、自分たちだけで攻めればいいものを……」


 試し斬りは無事に終わり、二組のオリハルコン刀はエルとハルカが使うことになった。

 三日後にはもう一組が完成するので、これは俺付きになったタケオミさんに貸与する予定だ。


「貸与でも素晴らしい」


 タケオミさんは大喜びであったが、やはりエルを見ると顔の表情が怖くなる。

 シスコンもここまで拗らせれば、ある意味素晴らしいのかもしれない。

 そしてミズホ上級伯爵の予想どおり、家に戻るとそこにはテレーゼが申し訳なさそうな表情で待ち構えていた。


「すまぬ、反対しきれなかった」


「俺たちにも出番ですか?」


「ミズホ伯国軍にもな。目標はターベル山地砦じゃ」


 テレーゼ様は、一枚の地図をテーブルに広げた。

 

「場所は、ここから南東に二十キロほど。標高六百メートルほどの台形型の岩山の上にある砦じゃ」


「メインの商業都市は、バーデン公爵公子たちの獲物ですか……」


 派手な戦果は自分たちで独占して、オマケのような砦は俺たちに押し付ける算段らしい。

 その前に俺たちは、この砦を落とす意義を見出せないでいたが。

 それにしても、みんなそんなに戦功が欲しいのかね?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る