第207話 シスコンサムライとの決闘

「それでどうなの? ハルカとは?」


「俺の勝利は目前だと思う」


「確かに、脈はありそうだな]


「だろう? ヴェルもそう思うよな?」




 夕食後。

 エルを呼んで二人きりになってから、ハルカとの関係について聞いてみたところ、予想どおりかなり脈はあるようだ。


「ただ、一つ問題があってな……」


 ハルカの兄が、次第に二人の仲がよくなって行くことに反発し、『少なくとも、俺と互角でなければ話にならん! 稽古の時間以外は離れてろ!』と騒いでいるらしい。

 俺は、どこの頑固オヤジだよと思ってしまう。

 そもそもハルカは、正式に俺たちの護衛に任じられているじゃないか。

 エルとは離れられないだろう。


「それは、陪臣家の次期当主としてどうなの?」


 とんでもない陪臣家の次期当主がいたものだが、ハルカの実家は元々小身の陪臣家であり、今優遇されているのは抜刀隊に選抜されるほど刀術に優れた兄と妹がいるからである。

 将来、自分の子供たちが抜刀隊に入れるほどの実力に到達する保証もなく、元々小さな家だから、そこまで妹の嫁ぎ先に拘っていないのであろう。

 

「ハルカは、結婚相手としては微妙なんだよね」


 家柄が低いから大家の陪臣家には正妻として嫁げないし、受け入れる夫よりも刀術に優れている。

 刀の腕前が重視されるミズホ伯国において、夫よりも遥かに刀術に勝る妻というのは、とても扱いに困る存在らしい。


「だから、抜刀隊に所属する他の女性もみんな独身だって」


 加えて、兄の存在もある。

 彼は妹を非常に可愛がっており、『変なところに嫁いで苦労するくらいなら、うちにずっといなさい』と常々口にしているそうだ。

 つまり、彼は俗に言うシスコンであった。

 妹が可愛くて仕方がないので、できれば嫁にやりたくないのであろう。


「ハルカの兄貴って、俺も何度か顔を合わせたよな?」


「ああ」


 若手ではトップクラスの実力を持つと聞いており、前にミズホ上級伯爵から紹介されたことがあった。

 とても真面目そうな青年に見えた記憶があるが、まさかシスコンだったとは、人は見かけによらないものである。


「ハルカの兄貴に聞いてみるか……本人に聞くのが手っ取り早い」


「頼むよ。今の俺の実力から換算すると、俺がハルカの兄貴と競えるのは数年後だし」


 エルは、ハルカの兄貴に刀術で追いつける自信はあるらしい。

 実際に才能もあるので、自信過剰というわけでもないと思う。


「そこまで待っていたら、ハルカさんが嫁き遅れてしまうからな」


「ちょっ、お前!」


 もしテレーゼの耳にでも入ったら、エルの舌禍事件になってしまう。

 俺は慌ててエルの口を塞いだ。

 テレーゼは、かなり微妙な年齢だからなぁ……。

 この世界だと。


「とにかくだ、ハルカの兄貴本人に聞いてみる」


「頼むよ、ヴェル」

 

 翌朝。

 俺は、エルとハルカを伴ってミズホ伯国軍の陣地へと向かう。

 その中にある抜刀隊の陣屋に向かうと、そこではハルカの兄が熱心に刀の稽古をしていた。


「これは、バウマイスター伯爵様ではありませんか。ハルカがお世話になっております」


「どうも」


 やはりシスコンには見えないな。 

 真面目で爽やかそうに見えるハルカの兄は、一旦稽古を止めて、俺に朗らかな声で挨拶をした。


「ハルカは役に立っていますか?」


「いい腕をしていますからね。俺の剣の腕前では永遠に勝てないでしょう」


 俺がハルカの刀の腕を褒めると、彼は上機嫌であった。

 同時に、妹の普段どおりの姿を確認して安堵しているようだ。

 やはり彼は、妹スキーのシスコンであった。


「実は、少しお話が……」


「駄目ですよ! とにかく駄目です!」


 早速俺が話を切り出そうとすると、その前にいきなり拒絶されてしまう。

 俺がなにを頼もうとしているのかを、ハルカの兄は半ば本能で察知したようだ。

 さすがは凄腕の剣士……鋭い……。


「兄様? なにが駄目なのですか?」


「ハルカはわからなくてもいい!」


「???」


「(えっ?)」


 ここで俺は、ある事実に気がつく。

 どうやらハルカは、真面目すぎるばかりに、そういう方面の知識があまりないらしい。

 いや、ただ単に気がついていないのであろうか?

 自分がエルに嫁ぐかもしれないという事実に、思い至ってもいないのだ。

 となると、ハルカがエルに好意的なのは、彼女が単純な刀術バカで、自分が教えているエルの腕前の上昇速度に喜んでいるだけの可能性があった。

 もしかして、またエルは駄目なのか?

 まだそう決まったわけではないので、話を進めよう。


「とりあえず、話をですね……」


「いや! それは駄目です。可愛い妹を他国にやるなんて!」


 兄としては、可愛い妹を他国に嫁にやりたくないのであろう。

 こういう場合、俺がミズホ上級伯爵に頼んでもいいのだが、上から強引に命令を出しても感情の面でシコリが残る。

 上手く説得して、彼に納得してもらった方がいい。


「エルのなにが悪いのです?」


「才能はあるが、まだ未熟だ」


「とはいえ、あと何年も待たせるのですか?」


「それは……」


 可愛い妹には傍にいてほしいが、かと言って、自分の我儘で結婚を妨害するのも実の兄としてどうかと思う。

 ハルカの兄は、心の中で葛藤を続けているようだ。


「……。ハルカが他国で暮らす。文化の違いとかもあるし……」


「そこまで心配することもないと思いますが……」


 言葉にそう違いがあるわけでもないし、食文化も俺のせいで大分ミズホ寄りでもある。

 それに俺は、帝国の内乱終結に協力したお礼として、ミズホ伯国との直接交易を条件に入れている。

 定期的に買い物には行くし、その時にハルカはいい案内役になってくれるはずだ。

 『瞬間移動』があれば、彼女の里帰りなどすぐにできるのだから。


「しかし……」


「あなたが、あまり子供のように駄々を捏ねても仕方がないのでは?」


 俺としては、ハルカ本人が嫌がれば強制はしない。

 他に候補は沢山いるし、エルもそれを望まないからだ。

 だが、兄の反対という理由では引くつもりはなかった。


「ハルカを預ける男は強くないといけないのです」


「ですがね……」


 俺の妹が欲しければ、兄である俺を倒していけ。

 物語としてはともかく、現実には面倒くさいという事実だけが判明した。

 ハルカの兄貴よりも強い男で、現時点で彼女に惚れていたり、彼女を嫁に迎え入れるメリットがある家が存在しているとは思えない。

 ならば、バウマイスター伯爵家とミズホ伯国との最初の繋がりとしては悪くないと思うのだ。

 もしミズホ上級伯爵に言えば、すぐにオーケーが出るはずである。

 

「私に勝てる男でないと駄目なのです」


 もう数年もすれば、エルはハルカの兄と最低でも互角に近い腕前になるであろう。

 そういう見立てではあるが、そのまま数年待つのもどうかと思う。

 せめて、将来性を買ってほしいと願うわけだ。


「エルなら、確実に数年後にはいけるのでは?」


「今でないと駄目です! とにかく駄目です!」


 ハルカの兄は頑なであった。

 感情的な理由が一番大きいが、小身の陪臣家なので無理に政略結婚で家を大きくするという発想がないのかもしれない。

 さて、どうやって本人に納得してもらうべきか……。


「エルが、刀でなくて剣で戦うとか?」


「いや。今の俺だと、剣でも彼に勝てないから」


 俺からするとエルの剣術は相当なものに見えるのだけど、ハルカの兄はもっと上であり、ミズホ伯国にはそのハルカの兄貴すら上回る名人が数十名もいるそうだ。

 

「(一応やってみたら? もしかしたら……という可能性もある)」


「(それで負けると、また話は振り出しだぞ)」


「(そうなんだよなぁ……)」


 勝てなければハルカを嫁に出さないと言っているのだから、どうにかしてハルカの兄を倒す必要があるのだ。


「バウマイスター伯爵様でもよろしいのですが」


「えっ! 俺?」


 ハルカの兄貴の突然の申し出に、俺は困惑してしまう。

 どうして俺なんだ? 


「バウマイスター伯爵様は、エルヴィン殿の主君ではありませんか。貴殿が強ければ、私は安心できますので」


 どうして俺でもいいのかが、まるでわからない。

 別にハルカを嫁にするつもりはないし、俺の剣の腕ではエル以上に脈がないのだから。


「俺の剣の腕前をご存じで?」


「いや。私はバウマイスター伯爵様の魔法と戦いたいのです。それがあなた様の一番強力な武器でございましょう?」


「魔法ですか?」


 俺は、ハルカの兄が、実はもの凄い戦闘ジャンキーなのではないかという疑いを持った。

 刀で魔法に対抗する。

 異種格闘戦なのであろうが、まさかこんな勝負を挑んでくるとは思わなかった。


「ヴェル、頼むよ」


「わかった……」


 親友で家臣でもあるエルの願いだ。

 俺は、ハルカの兄貴との決闘を了承するのであった。




「あまりデカい魔法は使うなよ」


「あとは、殺しては駄目である!」


「わかっていますよ」


「一応釘を刺しておかないと、伯爵様の魔法はたまに洒落にならんからな」


「左様、災害クラスの威力があるのである!」


「(導師に言われたくないよなぁ……)二人の中で、俺はどれだけ危険人物扱いなんですか」


「「……」」


「そこは、嘘でもいいから普通に答えてくださいよ!」




 エルとハルカの婚姻を認めてもらう目的でハルカの兄に会いに行ったのに、俺はなぜかミズホ伯国軍の練兵場がある草原で、彼と決闘をする羽目になってしまった。

 どこから聞きつけたのか?

 草原には、テレーゼ、アルフォンス、ミズホ上級伯爵他、多くの観客が集まっている。

 ブランタークさんと導師も、いつの間にか俺のセコンド役になっていた。

 野戦陣地や屯田を広げながらの持久戦で、全員娯楽に飢えているのであろう。

 みんな思い思いに飲み食いしながらの見学で、俺の中に微量の殺意が湧いた。


「油断するなよ」


「それは勿論」


 あまり強力な魔法は使えないし、ハルカの兄は魔刀持ちである。

 まだ実際に斬りかかられたことがないので、どの程度まで『魔法障壁』を打ち破れるか予想が困難であったからだ。


「魔刀の性質を見るに、初級魔法使いでは下手をすると斬られるのである」


「魔法使い殺しですか?」


「戦争でもないと、貴重な魔法使いを斬る機会などないであろうからわからぬが、可能性は高いのである!」


 導師の言い分に異論はないが、ということは、ハルカの兄は俺との実戦形式の決闘で魔法使いとの戦い方のコツを掴みたいのかもしれない。

 どうやら、俺は実験台でもあるようだ。


「あなた、怪我に気をつけてください」


「エリーゼが治せる範囲の負傷に留めるよ」


 エリーゼは、心配そうに俺に声をかけてきた。

 もし刀でバッサリ斬られたら、大怪我をするかもしれないからであろう。


「ヴェル。ハルカのお兄さん、エルとは格が違うと思う」


「なるほど……。俺には、なんとなく凄そうくらいしかわからん」


 刀と槍の違いはあるが、イーナはハルカの兄の実力の高さに驚いていた。

 俺には、まあ強いんだろうなとしかわからない。

 魔法使いの力量はほぼ計れるようになったが、刀術に関しては門外漢であったからだ。


「ヴェルも昔は、剣の訓練とかしてたのにね」


「才能がない以上は仕方がない」


「魔法ならそう負けることはないと思うけど、ヴェルは『魔法障壁』の魔力をケチらない方がいいよ」


 ルイーゼも、俺と二十メートルほど離れて対峙するハルカの兄の実力に警戒感を露わにしていた。


「懐に入り込まれると駄目」


「小さな魔法を連発して、とにかく相手に先制させないことですわね」


 ヴィルマとカタリーナからもアドバイスを受け、俺とハルカの兄との勝負が始まった。


「(そんなに、魔刀で魔法使いと戦いたいのかね……。普通は、エルとの刀術勝負で彼が思わぬ奇跡を見せ、ハルカの兄が『エルヴィンもやるじゃないか』とか言いながら称賛し、エルと硬い握手をして締めくくる場面だろうに……)」


 そのはずが、俺がエルの主君だからという理由で戦わされる羽目になっている。 

 完全に意味不明であった。


「あの人、確実に戦闘ジャンキーなんだろうなぁ……」


「自分の目標を高く持っている人なのは確かだな。魔法使いともそれなりに戦える力と経験が欲しいのかも」


「俺は経験値の元か……」


「すみません、兄様が……」


 思わずエルに愚痴ってしまうが、隣で謝っているハルカを見ると勝負を投げるわけにもいかない。

 俺が勝てば、少なくともハルカとエルの結婚に、ハルカの兄貴の賛同が得られるのだから。


「まあいいさ。俺が勝てばいいのだから」


 ハルカのために軽口を叩きつつ、内心でも実は勝利を確信している。

 こちらに『魔法障壁』がある以上、どう考えても向こうの攻撃は通用しないのだから。


「じゃあ、始めますか」


「バウマイスター伯爵様、いざ尋常に勝負」


 俺の周囲からエリーゼたちが離れ、ブランタークさんが合図の『火の玉』を上空に打ち上げるのと同時に勝負が始まる。

 相手が刀を使う以上、俺に接近しないと意味がない。

 一方の俺は、魔法によるアウトレンジ攻撃でダメージを蓄積させた方がいいわけで、まずは大量の『石礫』を、時間差をつけて連続でハルカの兄に向けて放つ。

 何発か命中すれば、彼は戦闘不能になるはずだ。

 さすがに、妹の前で彼を殺すわけにもいかない。

 主君である、ミズホ上級伯爵の手前もあるのだから。


「甘いっ!」


 ところが、ハルカの兄は電光石火の動きで刀を抜き、『石礫』を次々と斬り裂いて落としていった。

 その素早い動きは、まるで某三世に出てくる斬鉄剣の使い手のようであった。

 彼も、拳銃の弾を刀で斬り落としていたな。


「マジで!」


 『石礫』をすべて斬り裂かれてしまった俺は、今度は小さな『火の玉』を連発でハルカの兄にぶつけていく。

 すると今度は、切り札である三本目の魔刀を抜いた。

 ハルカの兄が青白く仄かに光る刀身を振るうと、火の球は次々と『ジュワ』という音を立てながら消えていく。


「水属性か!」


「魔刀は、使用する属性と魔力の量が調節可能ですからな!」


 続けて、小型の『ウィンドカッター』を連続して放つ。

 帝都内や逃走途中に多くの兵士たちを殺傷した魔法だが、これも黄色く光る刀身によって次々と消滅させられていく。

 土属性の魔力を刀身に這わせ、『ウィンドカッター』を消滅させてしまったのだ。


「(ミズホの魔刀って、ヤバくないか?)」


 初級魔法使いくらいだと、達人の魔刀使いなら容易に殺せてしまいそうである。

 これは、ニュルンベルク公爵が警戒するわけだ。


「(これは、接近させるわけにはいかないな)」


 魔刀の欠点は、内蔵する魔晶石の魔力が尽きるとただの刀になってしまう点にある。

 ならば、なるべく魔力を消耗させてこちらに近づけさせなければいいのだ。

 『火の玉』程度では斬り裂かれながら接近されてしまうので、今度は魔法の袋から、昔師匠から貰った刀身のない剣を取り出す。

 すぐに炎の刀身を出すと、地面に突き入れ、ハルカの兄に向けて地を走る『火の蛇』を連続して発射した。

 俺が魔法剣を持った瞬間、ハルカの兄の顔が一瞬緩んだが、剣術が駄目な俺が接近戦を挑むわけがない。

 魔法剣などなくても『火の蛇』は出せるが、ハルカの兄を惑わすためであった。


「ちっ!」


 当然当たるはずはないが、ハルカの兄は回避のために前進を止められてしまう。

 その間に、俺は徐々に後方に下がって行った。

 常に距離を取るのは、俺の基本戦術であった。


「『氷の蛇』と『地走り』と『カマイタチ』とどれがいい?」


 ハルカの兄の答えなど期待していないので、次々とフェイントをかけながら連発していく。

 とにかくカタリーナとヴィルマの言うとおり、懐に入られないようにしないと。

 万が一にも『魔法障壁』の展開が遅れれば、俺の負けは確定なのだから。


「魔刀に不可能はない」


 俺の魔法を回避し続けていたハルカの兄であったが、大きく横に移動してから魔刀を地面に突き刺す。

 一瞬刀身が赤く光ると、まるで火が着いた導火線のような火炎が俺に向かって来た。

 どうやら、俺の魔法を真似したらしい。


「(魔法使いでもないのに、魔刀とは恐ろしい代物だな。だが……)」


 俺はこれを待っていたのだ。

 凄いとは思うが、こういう攻撃は魔刀に残った貴重な魔力を消費させる。

 魔法使いではないハルカの兄が魔刀の魔力を失えば、ただの優れた剣士に戻ってしまうのだから。

 実際に何発かを『氷の蛇』で消してしまうと、彼の魔刀から光が消えていた。


「ふふっ、魔刀の魔力がなくなったからといって、これで終わりというわけではない!」


 ハルカの兄は、魔刀の柄を開けて魔力が空になった魔晶石を外し、懐から取り出した予備の魔晶石に入れ替えた。

 衝撃の事実であった。

 なんと、魔刀に内蔵された魔晶石は、魔力が尽きたら電池のように交換可能であっのだ。


「しかしながら、このままでは埒があかぬ。これより、私の渾身の一撃でお相手しよう」

 

 と言うや否や、ハルカの兄は一直線でこちらに突進してきた。

 俺は慌てて『火の玉』を連射し、ハルカの兄の接近を防ごうとするが、それは魔刀による大振りの一撃ですべてかき消されてしまう。


「なっ!」


 今度は魔力の節約を行わず、一直線に俺への接近を試みたのだ。

 元の身体能力の差などもあり、俺の後退は間に合わなかった。

 ハルカの兄が至近に迫ったので今度は直径一メートルほどの『火の玉』で防ぐが、これも水属性を纏わせた魔刀の一撃で真っ二つに斬り裂かれてしまう。

 

「『魔法障壁』!」


 もう俺とハルカの兄との間に距離はほとんどない。

 ここまで接近されると、あとは『魔法障壁』で攻撃を防ぎ続けるしかないのだ。

 ゆえに『魔法障壁』しかないはずなのに、なぜか一瞬嫌な予感がした。

 勘の類であったが、こういうものを無視すると大抵酷い目に遭うような気がする。

 そこで、いつもよりも『魔法障壁』を厚くしてみると俺の勘は正しかったようだ。

 

「ミズホ新陰流奥義『牙狼突』!」


 ハルカの兄は、斬るのではなくて一点集中による突きの技を繰り出してきた。

 魔刀の先端のみに大量の魔力を込め、一点突破を試みる。

 この判断は正しく、彼の一撃は普段よりも厚く張った『魔法障壁』の大半を貫通して、ほぼ薄皮一枚残ったという状況であった。

 勘に従っていなければ、俺は急所に刀を突き付けられて負けていたであろう。

 殺し合いではないし、ハンデで魔法の威力は落としていたが、それでもハルカの兄に敗北してしまうところであった。


「私の負けですね」


 渾身の一撃が届かなかった時点で、ハルカの兄は魔刀を鞘に納めて自身の敗北を認めた。

 どうやら、予備の魔晶石の魔力も使いきってしまったようだ。


「嫌な予感を無視して、『魔法障壁』を厚くしていなかったら負けていたな」


「その勘は、バウマイスター伯爵様が自身の研鑽によって得られたものです」


「あなたは強いですね」


「いえいえ、私などまだまだ未熟者です。それはそうとハルカの件ですが、勝負に負けた以上、認めてあげたいと思います。バウマイスター伯爵様の元にいれば、ハルカも安全でしょう。エルヴィンもじきに強くなるでしょうから」


「それはよかった」


 わざわざ決闘までした甲斐があった。 

 これでようやく、ハルカとエルの結婚に障害がなくなったというわけだ。

 

「ハルカさん」


「エルさん」


 そして当事者同士であるエルとハルカは、お互いに見つめ合っていた。

 あとは、エルが甲斐性を見せるだけであろう。


「この戦いが終わってからになるけど、ハルカさんはバウマイスター伯爵領に来てくれるかな?」


「はい、喜んで」


 エルのプロポーズに、ハルカは躊躇うことなく了承の返事をする。

 上手く行ってよかった。

 

「ようやくエルの坊主も結婚か」


「よかったのである!」


「ヴェデリンも、妾にこういうプロポーズでもしてくれぬかの?」


「いや、それは無理でしょう」


「アルフォンスよ。なにもこういう時だけ冷静に答える必要はあるまいて」


 一部外野がうるさかったが、なににせよ無事に事が収まってよかった。

 周囲の視線は、無事にプロポーズを終えたエルとそれを受けたハルカに向かっていた……。

 はずだったのだが、なぜかここで予想外のアクシデントが発生する。

 続けてハルカが、とんでもない言葉を放ったのだ。


「はい、エルさんの剣術指南役ですね。喜んで!」


「はい?」


 エルはプロポーズをしているつもりだったらしいが、ハルカはエルの剣術指南役としてバウマイスター伯爵領行きを認めてもらったという認識しか持っていなかったようだ。

 自分の兄は、ただ妹が国外に行くのを反対しているだけなのだと。

 ハルカの予想外の返答に、エルは目を点にしていた。

 苦労してプロポーズしたのに、こんな結末ってないと思う。


「そういえば、誰かハルカに、エルへの嫁入りの話をしたのかな?」


 翻って考えてみるに、直接婚姻の話をしたことはなかったような気がする。

 少なくとも俺は……という条件はつくが。


「それで、お兄さんはどうなのです?」


「すみません……。言葉では、ただバウマイスター伯爵領行きへの反対をしただけです……」


 剣の才能の問題もあったが、基本シスコンであるハルカの兄は妹が嫁に行くという事実が許せなかったようで、その手の教育を一切行っていなかった。

 美人で剣の才能があって料理や裁縫なども上手で、これが大和撫子かというイメージの女性なのだが、恋愛とか結婚とかそういう知識がほとんど頭の中に入っていないようなのだ。


「妹さん、抜刀隊の同僚とかに口説かれたりとかは?」


「そういう不逞の輩は、私が訓練でわからせてあげました」


 兄妹で共に抜刀隊にいるので、ハルカにおかしな虫が付かないように奮戦していたのであろう。

 まさに、シスコンの鏡と呼ぶに相応しい男である。


「ミズホ上級伯爵に許可を取るから、兄として次期当主として妹さんにちゃんと説明するように」


「それは御免蒙ります」


「(さすがはシスコン……)認めない。やれ!」


 俺は勝ったのだ。

 それだけは譲れないと、口調を強めてハルカの兄貴に命令する。


「承りました……」


 俺はハルカの兄の両肩を強く両手で掴みながら、彼の説得に成功した。

 しかし、他国のとはいえ伯爵からの要請を拒絶するなど、この男は恐ろしいまでのシスコンである。

 見た目は古風な剣士で普段もそういう風に振る舞っているから、この男の心の内に流れるシスコンの本能に気がついている人は少ないはずだ。


「あとは、ミズホ上級伯爵の許可を得るだけだな」


 ようやくエルとハルカの結婚に障害がなくなり、俺は心から安堵の溜息をつくのであった。

 あっ、まだ内乱が全然終わっていなかった。

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