第206話 オリハルコン刀
「えいっ! とうっ!」
早朝に身支度を整えてエリーゼたちと共に家を出ると、庭に相当するスペースでエルが熱心に刀を振っていた。
いつの間にか稽古着だと思われるミズホ服を手に入れており、見た目は外国人剣士のようである。
素人判断だが、エルが刀を振る動作はかなり様になっているように見えた。
俺の評価なんてあてにならないけど。
エルの隣で指導するハルカも、特に注意するでもなくその様子を眺めていた。
しかしさすがは美少女サムライガール、立っているだけで様になっている。
よくエルが、その顔をニヤけさせないものだ。
「おーーーい、エル」
「おう、ヴェルか。俺の大刀筋はどうだ?」
「まあまあ?」
「なんで疑問形なんだよ?」
「魔法のことならともかく、俺に剣や刀のことを聞かれてもなぁ」
刀術では素人の俺に、正確な論評を求めるのは勘弁してほしい。
俺に刀の才能などなく、剣術の方ももうとっくに諦めて鍛錬していないのだから。
そんな時間があったら、魔法か弓でも訓練した方がよっぽど効率がいいと判断してのことだ。
俺の腰に差さった剣は完全なお飾りなのだから。
「これでも結構いい感じなんだぜ」
「そうなのか?」
傍にいるハルカに聞くと、彼女はパっと笑みを浮かべながら説明を始める。
「エルさんは、もう抜刀隊に入隊可能なくらいに強くなりましたよ。兄様とも、かなり互角に近い戦いができるようになりました」
「それは凄いな」
ハルカによると、エルは剣よりも刀の方に才能があるらしい。
今まで知らなかったのは、ヘルムート王国には刀が存在しないかったからであろう。
極少数、一部好事家が密かにコレクションしているらしいが、そういう人が刀を普及させようとするわけがない。
美術品と同じ扱いで、観賞用だからだ。
しかし、よくぞここまで短期間で……と思っていたら、エルはハルカから汗を拭く手拭いを渡され、とてもご機嫌そうだ。
エルは元の顔の造りがいいので、部活の練習後、エースにタオルを渡す美少女マネージャーのような絵面になっている。
元々刀の才能があったこともあり、とにかくハルカにいいところを見せたいのであろう。
動機はかなり邪であったが、実際に真面目に鍛錬して実際に強くなっているので、バウマイスター伯爵家的には問題ないと思う。
「(まさしく、リア充がいるな……)刀か……。それが最初に購入したやつか?」
「ああ、数打ちの量産品だけどな」
エルが、自分が振っていた刀を俺に見せてくれる。
日本刀には全然詳しくないので『分析』魔法で材質を探ると、かなり高純度な鋼が使われている……以上!
いくら俺が元日本人でも、日本刀の仕組みなんてよくわからないのだから。
「ミズホ伯国軍の従軍鍛冶師が作ってくれたんだ。材料は、前にヴェルがくれたやつ」
「ああ、俺が準備したやつか」
「忘れるなよ」
エルが刀を作るというので、地面から適当に砂鉄を集め、余分な成分を抜いて鉄の塊にして渡したのを思い出す。
あれでよかったのか。
「バウマイスター伯爵様には、鍛冶の才能もお有りなのですか?」
「いや、魔法で普通に集めただけだよ」
自慢ではないが、前世で美術、技術、体育などの実技系教科はすべて平均的な評価しか貰えなかった。
そんな俺に、作刀の才能などあるはずがない。
ただ魔法を使って、地面から材料を抽出しただけである。
俺は、ハルカの問いにそう答えた。
「廃鉱や鉱毒の池から金属を集めるのは得意だけど、加工は無理だな」
それができていれば、魔道具職人として活躍できたのに残念であった。
そう思う理由は、俺が勝手に職人という字面が格好いいと思っているからだ。
「ですが、素晴らしい素材であったと刀鍛冶の方が褒めていましたよ」
ミズホ刀は、なるべく鉄の純度が高い素材を使って打つと高品質の刀になるようだ。
ところが、鉱山由来の鉄鉱石からこの世界の技術で鉄を作ると、チタンなどの混ぜものが入って、合金のような金属になってしまう。
それはそれで硬くて武器には向いてるそうだが、ミズホ刀はしなりも重要だそうで、高品質な刀はわざわざ川原などから高純度の砂鉄を集めて作るらしい。
確か現代の日本でも、作刀のために砂鉄の採取が行われていると聞いたことがある。
会社の上司に日本刀が趣味の人がいて、忘年会の時にそんな話を聞いたのだ。
「本当ならば、数打ちの刀には使わない高品質の鉄ですからね」
「へえ。そうなんだ」
いくら技術に優れているミズホ伯国でも、そう簡単に高品質の鉄を刀の材料にはできないようだ。
鉄から不純物を抜き鋼に加工する工程は、どうしても魔法に頼ることが多くなるからであろう。
王国や帝国では、末端の兵士が使うような剣は、叩き付けるのがメインの頑丈なだけの鍛造品である。
鍛冶屋が自らハンマーを振るって打つ高性能な剣というのは、下級貴族でも金を貯めて買うものなのだから。
「この刀も凄いけど、もっと腕が上がったらオリハルコンで刀を作りたいな」
「オリハルコンで? 作れるのか?」
ミズホ刀が日本刀と似ているのは理解したが、硬い鉄と柔らかい鉄の組み合わせでできている刀を、オリハルコンだけで再現可能なのであろうか?
俺は、その疑問をハルカに問い質した。
「ミズホ伯国の秘伝で、ミスリルとオリハルコンを一定の割合で混ぜた軟秘鋼と、純粋なオリハルコンを特殊加工した硬秘鋼を組み合わせたミズホ刀が最高級と言われています」
さすがは美少女サムライガール。
知識があるハルカは、その見た目と相まってミズホ刀の解説役に最適であった。
「そういうのは秘伝で、あまり他国の人に言ってはいけないのでは?」
「このくらいの知識なら、帝国の鍛冶屋ならみんな知っていますよ。具体的な混合率や特殊加工の方法は門外不出ですね。私にも皆目見当がつきませんし」
「なるほどねぇ……」
ミズホ伯国には、とにかく秘伝の技術が多すぎる。
魔刀はともかく、あの魔銃には驚かされた。
ガチガチの国粋主義者であるニュルンベルク公爵からすれば、滅ぼすか支配すべき脅威に見えたのであろう。
俺からすれば、日本を感じさせる遠方の半独立国なので、仲良くしておくに越したことはなかったのだけど。
「オリハルコン刀は、魔力を注いだり、職人が定期的に高度な手入れをしなくても魔刀に匹敵する攻撃力を持っているのです。なので、ミズホ人で欲しがる人は多いですね」
エルが手に入れたオリハルコンの剣は、ヘルタニア渓谷で多くのゴーレムを豆腐のように斬り裂いた。
オリハルコン刀なら、もっと斬れ味がいいのだとハルカは言う。
「エル、大小のオリハルコン刀を作ってもらえ」
「いや、無理だろう」
「そうですね。作刀可能な鍛冶師はいますけど、肝心の材料がありません」
ハルカが言うには、材料のオリハルコンがないそうだ。
もし手に入れば、すぐにミズホ家や重臣家で刀にしてしまうそうで、在庫はほとんどないとハルカは語る。
ミズホ伯国内には現在、新規のオリハルコン鉱山は見つかっていないそうだ。
「材料ならある!」
未開地、ヘルタニア渓谷などの鉱山で採掘されたオリハルコンはすべて俺に届いており、子供の頃には未開地で、微量でも反応があれば無駄に魔力を使ってでも集めていたからだ。
オリハルコンは、とにかく量が採れない。
有望な大規模鉱床を見つけて、数十年かけて採掘をしてやっと二百キロほど採れた。
今回の鉱床は大当たりだったな。
こういう会話が、鉱山関係者の間で交わされるほどなのだから。
むしろ、古代魔法文明時代の地下遺跡から出土したオリハルコン製品の方が多いほどなのだ。
「二本分の材料を出すから、代わりにエルのオリハルコンの剣をくれ」
「いいのか?」
材料のみとはいえ、ミズホ刀の大小が二本作れる量と、剣が一本である。
加工賃を考慮しても、エルは俺の方が損をすることに気がついていた。
「俺が刀を持ってもなぁ……」
「確かに、扱いが難しいからな」
剣ならば、最悪兵士の一人くらいは斬れる可能性がある。
ところが刀など無理に持っても、今の俺では使いこなせないことが確実であった。
元日本人なので刀に憧れはあったが、使えないのでは意味がない。
ならば、エルに持たせるのが一番効率がいいわけだ。
「それに、俺の最終防衛ラインはエルだからな」
「確かにそれは俺の仕事だ」
「じゃあ、受け取れ」
俺はエルにオリハルコンの塊を渡す。
在庫の半分ほどであったが、これならば必要な数の刀が打てるはずだ。
「多くないか?」
「三本くらいは打てるか? とりあえず、作れるだけ作ってみてくれ」
俺はエルに、作刀の注文を頼んだ。
「ヴェルも、鍛冶師のところに行かないか?」
「見学かぁ。楽しそうだから行くよ」
俺たちは、エルとハルカの案内でミズホ伯国軍本陣に隣接する野戦工房へと向かった。
ここでは、従軍鍛冶師や魔道具職人が武器や防具の製造や手入れなどをしている。
数十名の鍛冶師や魔道具職人たち達が、刀を打ったり、魔銃の手入れを行っていた。
「エルヴィン殿ですか。私の打った刀はいかがですか?」
エルに声をかけてきたのは、初老でいかにも熟練の刀鍛治といった風貌の人であった。
作務衣に似た服を着て、流れる汗を手拭いで拭きながらこちらに歩いてくる。
「手によく馴染みます」
「それはよかった。ところで、バウマイスター伯爵様ですよね?」
「そうです。実は私の主がお願いがあるそうで……」
「刀の作成依頼ですか? ああ、申し遅れました。私は、ミズホ家のお抱え鍛治師である八十七代目カネサダと申します」
名前からして、もの凄い刀を打ちそうな人である。
ミズホ伯国にも、代々作刀を家業にしている人がいたのか。
「ヴェンデリン・フォン・ベンノ・バウマイスターです。実は、オリハルコンで刀を打って欲しくて」
俺がそう言うと、エルはオリハルコンの塊をカネサダさんに渡す。
「よくぞこれだけの量を。大小が二組に、懐刀が一本ですかね」
さすがは、名職人というべきであろう。
オリハルコンの塊を見て、作成可能な刀の数をすぐに言い当ててしまうのだから。
「それで、エルの刀を打ってください」
「承りましょう」
「カネサダさん、よろしいのですか?」
エルは、カネサダさんに敬意を持っているようだ。
丁寧な口調で話しかけていた。
「エルヴィン殿は、素晴らしい速度で上達していますからね。すぐに必要になると思います。一度鍛冶師として生まれたのであれば、常にオリハルコンで刀を打ちたいと願う者は多い。これを引き受けないのは勿体ないわけです。こう見えて、私は欲深い鍛冶師なので」
オリハルコン自体が稀少なので、そう滅多に打てるものではないらしい。
鍛冶師からすれば、憧れの素材なのだそうだ。
せっかくのチャンスを逃したくないわけか。
「自惚れかもしれませんが、私は初代カネサダと互角と言われている鍛治師です。必ずや名刀を打ってご覧にいれましょう」
「それは心強い。では、大サービスです」
魔法の袋から、もう半分のオリハルコンを取り出す。
彼なら、すべて素材を渡しても大丈夫そうだ。
「大小五組に、懐刀が一本ですね」
「期間は指定しません。納得のいくまで打ってください」
「ありがとうございます」
あとは、同じく少量だけ材料として使うミスリルと、作刀の代金として、俺が成分を調整した鉄の塊を要求されたので、それもいくつか渡しておく。
「バウマイスター伯爵様は、魔法で高品位の鉄を精製できるのですな。この鉄ならみんな喜びます」
「では、頼みます」
「お任せください。いい刀を打ってご覧に入れましょう」
作刀も無事に頼めたので、みんなで家に戻ると、そこには数名のミズホ人たちが待ち構えていた。
服装からして、かなり高位の重臣たちのようだ。
「バウマイスター伯爵様、貴殿が材料持参で作刀を依頼したミズホ刀を売ってください!」
「私にこそ売ってほしい!」
「お金なら出しますから! 三十万リョウでいかがでしょうか?」
「私は四十万リョウで!」
俺が大量のオリハルコンを野戦工房に持ち込んだ情報をいち早く掴んだようで、完成する予定の刀を売って欲しいと、もの凄い勢いで迫られてしまうのであった。
さすがは、サムライ。
刀には拘るのだなと、妙に納得してしまった。
「へえ、そんなことがあったのか。おっさんに迫られて大変だったな」
その日の夕食の席でその話をすると、ブランタークさんが興味深そうに詳細を聞いてくる。
おっさんに迫られたってよりは、みんなミズホ刀が大好きで、譲ってくれと強く頼まれただけなのだけど。
「ミズホ刀は、剣士の誇りであり魂なのです」
「優秀な武器が欲しいのはわかるけど……」
オリハルコン製のミズホ刀を手に入れようと必死な同胞の心情を、ハルカがわかりやすく説明した。
ミズホの剣士にとって刀は己の分身のようなもので、優れた刀を手に入れるのが人生の目標の一つなのだと。
イーナは、自分の命を救う武器を大切にするのは理解できたが、誇りとか魂とか言われると意味不明らしい。
一人、首を傾げていた。
「エリーゼはわかる?」
俺が知っているのは、昔の日本で武士が刀を大切にしていたのを知識として知っているくらいだ。
ただ、これはあくまでも知識で、俺自身は刀にそこまでの感情は持てない。
多少の憧れと、『大切にしないと』と思うくらいだ。
「例えば、修道着や聖書を大切にするというか」
「そうですね。大切にはしますけど、神は『物に固執するなかれ』とも説いていますし……」
物欲を抑制するための説話なのであろうが、この時点でミズホ伯国とは宗教的に反りが合わないことが理解できてしまう。
実際には、神官でお金や高価な品が大好きな人は多いのだけど。
「ミズホ伯国でも、別に物に固執しているわけじゃない。むしろ、一度打ってもらった刀を、できる限り大切にする的な意味合いだと思うんだ」
「そういう考え方なら理解できます」
宗教や哲学の話は、俺にはサッパリ理解できない。
適当に言ってみただけだが、イーナたちはやはり理解できないようで首を傾げていた。
導師に至っては、話に加わらずに食事に集中している有様だ。
完全に興味がないのであろう。
導師が大切にするのは、己の肉体と判断のみなのだから。
「刀は、己の命を預ける相棒だと言った方がわかりやすいかもな」
「それですよ、エルさん」
ハルカは、普段もの静かな女性である。
一流の剣士として隙のない部分と、大和撫子的な部分を合わせ持っているわけだ。
ところが、エルが絡むと楽しそうに色々と話をする。
「(エルに脈アリか?)」
エルの親友としては好ましく、同時にミズホ伯国との縁も強くなるから好都合ってものだ。
なにしろあの国には、俺が望む懐かしき日本的なものが多いのだから。
それはそれとして、頼んだオリハルコン刀が早く完成するといいな。
早く見てみたいから。
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