第205話 テレーゼ様、前線に出る(後編)

「防衛戦とはいえ、数に勝る敵を敗走させたアルフォンスの功績は大きいものがあるの。ここに褒美を」


「はっ!」


「よくぞやってくれた、アルフォンスよ」


「ありがたき幸せ」


「うむ、これからも頼むぞ」




 以前に、カルラが着ていたものよりも豪華なミスリル製のチェインメイルに身を包んだテレーゼが、出迎えたアルフォンスに直接声をかけ、続けて金貨の詰まった袋を褒美として手渡した。

 こうやって、家臣の忠誠心を上げるわけだ。

 某歴史シミュレーションゲームみたい。


「他の者にも褒美があるが、これはあとで渡すゆえに」


「はっ!」


 テレーゼはすぐに、石材を積んで作った砦に本陣を置く。

 そして、すぐに諸侯や家臣たちを集め、簡単な作戦会議を開始する。


「二万人近くを討ったのか、大戦果じゃの」


 敵軍の半数が死傷したなんて戦いは滅多になく、確実に大戦果なので、大いに褒めて士気を上げるのは当然であろう。

 ただし、必ずしも手放しで喜べる状況ではないのも事実であった。

 

「こちらが防衛側だったのと、魔法使いの質の差が出ましたね」


 アルフォンスの発言で、テレーゼを含めた主だった連中の視線がすべて俺たちに向く。


「敵の魔法使いもかなり討ちました。ですが、大半は選帝侯家のお抱えたちです」


 事前に報告書は読んでいるようであったが、テレーゼの顔は暗い。

 

「王国と帝国は、国力比で差が広がりつつある。のうバウマイスター伯爵」


「さあて? 私は傭兵ですので」


「いや、そなたを責めてはおらぬよ。ヘルムート王国にはそなたがいて羨ましいと思っただけじゃ」


 テレーゼは、さすがに普段のように俺をヴェンデリンとは呼ばなかった。


「貧乏貴族の八男が足掻いただけですが」


「そなたの足掻きが、王国には恵みの雨となって降り注いだの。その上、帝国は反乱で国力を消耗する。なるべく早く終わらせて、貿易も含めて国力の増大を行うしかない。本当に骨が折れる話じゃ」


「とにかくも、今の俺は傭兵ですので」


 バウマイスター伯爵として参加して功績をあげると、褒美の問題が出るので面倒なのだ。

 『両国の爵位と領地を、一人の人間が兼任可能なのか?』という、有史以来両国が経験したことがない議題のせいで政治が混乱しかねない。

 傭兵として金だけ貰って貸し借りなしというのが、双方にとって一番幸せであろう。


「とにかくも、ニュルンベルク公爵には困ったものじゃ」


「四万人もの軍勢を磨り潰した意図は、なんなのでしょうか?」


 最近では、よくハルカと一緒に刀術の訓練をしているエルが、珍しく真面目な質問をぶつけた。

 少しは、家臣としての自覚が出てきたのであろうか?


「(ハルカにいいところを見せようとしているのか?)」


 どちらにしても、俺もそれは聞きたかったのだ。


「勝っても負けても、ニュルンベルク公爵には得になるからの」


 もしテレーゼたちの準備が遅くて勝利を挙げられれば、帝国の覇権を狙って敵対する両勢力の天秤は、ニュルンベルク公爵側に大きく傾いたであろう。

 北方諸侯の領地では、なにもラン族ばかりが住んでいるわけではない。

 不利になったテレーゼを裏切る貴族たちも多く出たはずだ。


「負けて半数を失っても勝ち?」


「それはな、あの四万人の内訳のせいだ」


 俺は、エルに持論を説明する。


「帝国軍中央で無能ではあるが力があるクラーゼン将軍に、当主を人質にされている各選帝侯の諸侯軍で構成されていたからな。いくら死んでも、ニュルンベルク公爵の懐は痛まない」


 クーデターにより帝国中枢を掌握しているニュルンベルク公爵の命令で、彼らは出兵して失敗している。

 多くの兵力を失わせ、大敗した責任を取らせて処罰すれば、自分はなにもせずに彼らの力を落とせるのだから。


「それで、兵を出した選帝侯は処刑でもされましたか?」


「いや。密偵からの情報によれば、総大将のクラーゼン将軍は改易されたそうじゃが、あとの連中は罰金となっている」


 テレーゼがここに来るのが遅れたのは、魔法や魔道具に頼らない諜報網の再構築に忙しかったからというのもあるのであろう。


「クラーゼン将軍は戦死しましたからね。処分も楽であったと?」


「あの伯爵家は、当主も跡取りもバカであったからの。ニュルンベルク公爵からすれば、なんの躊躇いもなく処分したのであろう。幸いというか、兵力の半数を失う大失敗も犯している。処罰する名目はしっかりとあった」


「それで、他の選帝侯家は罰金ですか?」


「中枢たる兵力や家臣を大量に失って、挙句に作戦の失敗で罰金を取られる。戦争をしていた時代には、罰金で敗戦の責を償うことはよくあったらしいからの。そう無法でもないから文句も言えまいて」


 当主を人質に取られている時点で、選帝侯家は、ニュルンベルク公爵から下された処罰を断ることができなかったのであろう。

 

「戦死者への補償もあるのですから、選帝侯家の屋台骨に皹が入ったのでは?」


「好都合であろう。払えなければ、利権や領地で補填せざるを得ない。形式上は帝国政府に払われるが、その主人は今やニュルンベルク公爵なのじゃから」


 中央集権を目指す、ニュルンベルク公爵らしい手法と言える。

 選帝侯家や大貴族の力を殺ぎ、ニュルンベルク公爵家の力を増すわけだ。


「えげつな」


「エルの言うとおり、本当にえげつないよな」


「幸いにして、中央の皇家の一族は処刑はされておらぬようじゃの」


 一族皆殺しなどにすると中央の法衣貴族や帝国軍の反発があるので、今のところは軟禁に留めているらしい。

 彼の言う中央集権が進めば、処分される可能性は大であったが。


「では、選帝侯家はどこも味方してくれませんか」


「いや、そこにいるアンスガー殿はこちらに付いてくれた」


 テレーゼは、隣にいる身なりのいい青年を紹介する。


「アンスガー・ヘルガー・フォン・バーデン公爵公子と申す。バウマイスター伯爵の高名はよく耳にしているよ。よろしく」


 まだ二十歳前後の金髪の青年で、とても育ちがよさそうに見える、貴公子然とした風貌が特徴の人物であった。


「あれ? バーデン公爵公子殿ですか?」


 確か、皇帝選出の選挙に父親のバーデン公爵は出馬していたはずだ。

 眠たい目を擦りながら演説を聞いていたのを記憶している。


「父であるバーデン公爵や、一部重臣たちは捕らえられたままさ。だが、うちはあの四万人の軍勢には兵を出していないよ」


 バーデン公爵領は、帝国の東北部に存在している。

 下手に兵を出せば、その留守をテレーゼに攻められる可能性があったからだ。


「最初に不法を行ったのはニュルンベルク公爵であるし、彼に一時的に付いても将来が不安でもある。我がバーデン公爵家はテレーゼ殿に付くことを決めた」


「お父上や重臣たちは?」


「子としては不甲斐ないが、バーデン公爵家には多くの養わねばならない者たちがいる。ニュルンベルク公爵に処断されないことを祈るしかない」


 要は見捨てるということだが、これはただの親子の問題ではないから、感情的に彼を冷徹だと責めるわけにもいかない。

 そういう決断ができなければ、選帝侯家の当主にはなれない……大貴族というのは大変だな。


「(詳しく聞いてはいけないんだろうな……)」


 実の父親を見捨てるのだ。

 平静でいられるはずがないのだから。


「バーデン公爵家の参加で、かなり勢力比的には近づいたので助かったの」


 しばらく会議は続いたが、今度は主だった貴族たちとの顔合わせも兼ねた夕食会が行われ、その席でテレーゼは全員に自身の考えを述べた。


「この内乱で、帝国貴族の再編がおきようの」


 公式には宣言していないが、反逆者ニュルンベルク公爵に対抗するテレーゼは次期皇帝の有力候補である。

 先日新皇帝に決まったアーカート十七世は、たとえ生きて救出されたとしても、ニュルンベルク公爵の反乱を防がなかった責任がある。

 皇帝に復帰しようとしても、誰も言うことを聞かないはず。

 クラーゼン将軍を始めとする多くの大物貴族たちの死と没落も避けられず、次期皇帝候補であるテレーゼが、貴族の再編が起きると明言した。

 彼女が勝利すれば、内乱の首謀者であるニュルンベルク公爵家は当然改易となり、他にも改易、減封される貴族も多数出る。

 内乱のせいで、一族が全滅する者たちも出てこよう。

 そのせいで浮いた土地や役職は、当然勝者に配分されなければならない。

 テレーゼに味方するということは、その権利を得たに等しいと彼女が宣言しているのだ。


「(まあ、当然だよな)」


 いくら内乱でも、無料奉仕で働く貴族どころか人間などまず存在しないのだから。


「果たして、ニュルンベルク公爵がいつ全軍を挙げて攻めて来るのかは知らぬが、その戦いが天下分け目の一戦になろうの」


 夕食後、貴族たちはそれぞれの陣地に戻った。

 野戦陣地の拡張や屯田を続けながら、彼らは北上するニュルンベルク公爵の軍勢を待ち受けるのだ。

 ニュルンベルク公爵は、テレーゼを討たなければ帝国を統一できない。

 必ず北上するはずだ。

 そしてテレーゼは、彼を待ち受けて討ち取る。

 状況が変われば作戦も変化するかもしれないが、今のところはそういう方針になっていた。


「それで、ここがヴェンデリンの家か?」


「ええ、自分で造りました」


 夕食後に他の貴族たちがいなくなったので、テレーゼは俺をまたヴェンデリンと呼び、さらに家に押しかけてきた。

 一応口実は存在している。

 俺たちへの報酬の確認というもので、勿論それが名目上だけなのは、誰の目から見てもあきらかであった。

 なぜなら、ブランタークさんはアルフォンスの護衛役だからと言って出かけてしまい、導師もいつの間にか姿を消してしまったからだ。


「えらく豪勢じゃの」


 傭兵は、基本的には衣食住は自己負担である。

 一応アルフォンスから家を建てる土地は分け与えられており、そこに廃鉱などから切り出した石材を積んで意外と堅牢な造りになっている。

 暖房は一酸化炭素中毒を警戒して暖炉ではなく、ヒーターやエアコンのような魔道具を使い、風呂や台所も完備されていた。

 すべて、例の魔の森の地下遺跡の品だけど。

 家の中の壁塗りなどの内装も丁寧に行ってから家具や他の魔道具も置かれ、テレーゼはその豪華さに驚いているようであった。


「見たことがない魔道具じゃの」


「発掘品ですから」


 いわゆる現代日本人が想像する形状のエアコンやヒーターは、例の魔の森の遺跡でしか見つかっていない。

 テレーゼからすれば、見慣れぬものなのだ。

 

「妾の屋敷はストーブと暖炉じゃがの。それでも、兵士たちよりは遥かに恵まれておる。その魔道具は売ってもらえるのかの?」


「残念ですが、王国の許可が必要ですね」


 魔の森産の魔道具は、また魔道具ギルドが大金を叩いて購入して行ったが、量産には相当な時間がかかると予想されていた。

 現物があっても、そう簡単には作れないのが魔道具だからだ。

 だからこそ、帝国に渡すわけにいかなかった。


「やれやれ、帝国は魔道具でも劣勢になる可能性があるの」


「ミズホ伯国はどうなのです?」


「あそこは、独立独歩の気質が強いからの。侵略はせぬが、我が道を行く。今回の内乱で勝てたら、選帝侯にでもして縛るかの」


 帝国が乗っ取られる可能性があったが、テレーゼは内側に入れた方が利益があると思っているのであろう。


「ところで、そなたたちへの報酬であるが……」


 契約では、基本的には金銭で払われる。

 人殺しから、野戦陣地の工事、井戸掘り、畑の開墾、怪我人の治療などと。

 アルフォンスが作業量を記載して認定し、相場に基づいた額がプラスされていく。

 今の時点でも、かなりの金額にはなっていた。


「あとは、ミズホ伯国とバウマイスター伯爵領との貿易許可と……」


 このソビット大荒地にある廃鉱から、鉱物を取る許可である。

 当然、過去に帝国の魔法使いによってそれは行われていたので、この条件はすんなりと許可が出ていた。


「金や銀は沢山採れたかの?」


「まあまあですよ」


「まあまあか……。それはよかったの」


 こういう時、魔力が多いと得である。

 廃鉱の地下数百メートルにあるような、今の帝国の技術では採掘不可能な鉱脈から自由に魔法で抽出できるのだから。

 今までに回収した金と銀で、報酬をチャラにされても困らないほどであった。


「(まさに知らぬが仏。どうせ、あんな地下の鉱脈には手が出ないだろうし)」


 出ていれば、とっくに採掘されていたであろう。


「アルフォンスから聞いておるが、活躍したそうじゃの」


「それなりには」


「謙遜するでない。敵の先手には上級レベルの魔法使いが複数人存在していたと報告を受けておる。先の四兄弟も同じく、帝国では凄腕だと言われていた連中じゃ」


 俺は自分を、戦闘では威力のある放出系魔法と強固な防御力だけで対応するガサツな魔法使いだと思っている。

 師匠の境地に達するには、まだ相当な時間がかかるはずだ。

 ところが、帝国の魔法使いには魔力が多いことに安心し、俺よりもガサツで引き出しが少ない魔法使いが多かった。

 だからこそ俺のみならず、カタリーナ、ブランタークさん、導師によって一方的に撃破されているような気がするのだ。


「帝国の魔法使いのお手本は、導師じゃよ」


「つまり、パワーに特化すると?」


「左様じゃ。なんでも昔に高名な魔法使いが言ったそうじゃ。なにか一つを極めると、その魔法が強固になると」


 間違っているとは思わない。

 実際に一つの魔法を極めると、消費魔力効率や威力が上がるからだ。

 ただそれで、絶対的に強くなるという保証もない。

 導師ほど極めれば最強になれるが、俺のような魔法使いは多くの引き出しを持っていた方がいいわけで、その人によるとしか言えないからだ。


「これから、多くの魔法使いが死ぬの」


 さらに言えば帝国内での内乱なので、俺たちを除けば犠牲はすべて帝国の魔法使いである。

 テレーゼとしては頭が痛いのであろう。


「嘆いても仕方がないがの。早く内乱を収めて、帝国の国力増強を進めなければなるまいて」


「初の女帝陛下ですか」


「この状況で回ってくるとはの。それに、ニュルンベルク公爵に勝てたらという条件もある」


「俺は勝つ気でいますよ。まだ死にたくないし」


 こんな内乱で死ぬのはゴメンである。

 そのために、やりたくもない人殺しをしているのだから。


「正論じゃの。話を戻すが、功績の大きいそなたに妾から特別に褒美があっての」


「あの、夜伽とかはいらないですよ」


「おおっ! ヴェンデリンは冷たい男じゃの。仕方なしに皇帝にならざるを得ない妾に情けをくれぬとは……」


「同じ帝国内から、夫は探してください」


「ヴェンデリン様の仰るとおりです。テレーゼ様は次期皇帝の最有力候補なのですから、妻がいる男性との醜聞は避けるべきです」


 俺がテレーゼと話をしていたリビングの隣にある寝室の扉が開き、そこからはネグリジェ姿のエリーゼが姿を見せていた。

 テレーゼからの露骨な誘惑に、また腹を立てたのであろう。


「エリーゼ殿か。妾が女帝になると夫君の人選が難しくての。少しだけ貸してくれればよい」


「男性の貸し借りとは、とても帝国淑女たるテレーゼ様の発言とは思えませんが……」


「未婚を貫くにしても、妾も子供くらいは欲しいからの。ヴェンデリンの種だとは決して漏らさぬことを約束する」


「詭弁ですね。政治状況によっては、躊躇わずに公表するのでは?」


 エリーゼの問いに、テレーゼは答えなかった。

 どうやら図星だったようだ。

 

「もしこの内乱で敗北が決定した時には、テレーゼ様は亡命なさるおつもりでしょう?」


 その時に俺と関係があって、さらに子供まで妊娠していたら?

 その子は、バウマイスター伯爵家を継ぐ資格を持つ。

 テレーゼが亡命すれば、その家臣や親族たちも集まってくるはずで、俺は立場上彼女らを保護しないといけない。

 家臣になって出世する者も多いはず。

 そして、そんなテレーゼ一派が王国内で祖国奪還に向けた政治闘争を始める可能性がある。

 エリーゼの推測は、決して現実からは遠いものではないはずだ。

 

「(なるほど。テレーゼといたすのは、どんな高級娼婦よりも高くつくんだな)」


 女帝になれたとしても、その子を口実に王国に対しなにか外交的な要求をしてくる可能性もあるのだ。

 つまりそれだけ、テレーゼの誘惑は危険なのであろう。


「それにですね」


 エリーゼは、俺に背中に抱き付きながら話を続ける。

 テレーゼにも負けない胸の感触が、俺の意識をそちらに向けさせた。

 我が妻ながら、実に大したものである。


「ヴェンデリン様は、毎晩お忙しいのです」


 エリーゼがそう言うと、寝室から同じくネグリジェ姿のイーナたちも姿を見せた。


「テレーゼ様、横入りは感心できませんよ」


「五人も六人も同じだと思うのじゃがな」


「ヘルムート王国内なら、将来的にはそういうこともあるかもしれませんね」


 テレーゼに対しても、イーナはきっぱりと謝絶の意志を表す。


「テレーゼ様、夜這いはボクとヴィルマがいるから不可能だよ」


「そう。テレーゼ様は、アルフォンスとかに狙いを絞った方がいい」


「アルフォンスは、妾を女としてなど見ておらぬわ」


 ルイーゼとヴィルマが監視している状態で、テレーゼが夜這いなどできるはずがない。

 彼女の実力では、どう足掻いても彼女たちには勝てないのだから。


「それでは、バーデン公爵公子様などはいかがなのです?」


「あの者の正妻は、あのアーカート十七世陛下の姪御なのじゃぞ。向こうでお断りであろうよ」


 やはり、選帝侯家と皇帝の親族による政略結婚は普通に行われているようだ。


「色々と大変なようですが、帝国内でお探しくださいませ」


「カタリーナよ、そちの言い様が一番残酷じゃ!」


「そう言われましても。それに、ヴェンデリンさんはお忙しいのですから。我がヴァイゲル家の跡取りを作っていただかないと」


 そう言うないなや、カタリーナは俺の腕を引いて寝室へと移動を開始した。

 テレーゼを無視して。


「そなたら、まさか……」


「はい。私たちは毎日全員で、ヴェンデリン様のお相手していますがなにか?」


「ううっ!」


 エリーゼの真顔による返答に、テレーゼは若干引いてしまったようだ。

 昔のカタリーナと同じくその手の経験が皆無なので、本能的に引いてしまったのであろう。


「ヴェンデリンよ、毎日で大丈夫なのか?」


「大丈夫ですよ」


 師匠からの魔法もあったが、別に毎日そういうことをしているわけでもない。

 要は、テレーゼに対してエリーゼたちが隙を作らないことが重要なのだ。

 眠るまで話だけをしたり、ゲームなどで遊んでいる日も多いのだから。


「一対五でか?」


 やはりその手の経験がないらしい。

 テレーゼ本人の気丈さで声には出していたが、彼女の顔はのぼせ上がっているように見える。

 内心では、恥ずかしくて堪らないのであろう。


「テレーゼ様も六人目として加わりますか? 五人も六人も同じなのでは?」


 エリーゼによるトドメの一言が放たれると、それを聞いたテレーゼは反射的に席を立った。


「いや……。そういうことは……。初めての時には、二人きりでこうな……」

 

 次第に口調がしどろもどろになり、最後には大きな声でこう宣言した。


「必ずや、ヴェンデリンと二人きりになって既成事実を作るからの!」


 そこまで言うと、テレーゼは逃げるようにして家を出て行ってしまう。


「少し可哀想なことをしたかな?」


「あなた。このくらい割り切らないと、第二、第三のテレーゼ様が現れますよ」


「だよなぁ……」


 すでにエリーゼたちの魔力が増えた件もあるので、下手に妻や愛人を増やすわけにはいかないのだから。


「あなた。そろそろ寝室に行きましょう」


「そうだな」


 外に出ても兵士ばかりで娯楽にはならないし、とっとと寝室に篭もった方が魔力も早く回復して生き残れる可能性も上がるのだから。

 ……ということにしておこうと思う。


「今にして思うと、ドミニクは大変だったのですね」


「ここ最近は、毎日結局こういう感じになるわね」


「ある種の現実逃避? 違うね。ボクたちには子供が必要だから」


「戦争だから、そういう感情が高ぶっても仕方がない。前にお義父様が言っていた」


「ヴィルマさんはよくご存知ですわね」


「ベットの上は、俺が『浄化』の魔法で証拠を消しておくか……」


 翌朝。

 一緒にお風呂に入りながら、ベッドの上の惨状を忘れるかのように話をする俺たちであった。

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