第203話 第一次ソビット大荒地会戦(後編)
「全軍! 射撃開始!」
射程距離内に反乱軍が迫ったのでアルフォンスが射撃を指示するが、放たれた弓はすべて弾かれてしまう。
「あーーーはっは! 帝国軍の『広域魔法障壁』を見たか!」
自分で魔法をかけたわけでもないのに、最初の矢による一撃がすべて弾かれて、クラーゼン将軍はご機嫌のようだ。
多分、ほぼすべての魔法使いたちに『魔法障壁』を使わせ、このまま前進を続けようとしているのであろう。
「上手くいけば、無傷でこの野戦陣地に取りかかれるからね」
『広域魔法障壁』はこちらからの攻撃を完全に防いでしまうので、上手くすれば損害を出さずに勝利できるかもしれない。
だが、この戦法には罠がある。
こちらの攻撃を『魔法障壁』で防いでいるので、自分たちも一切攻撃できないのだ。
「こういう戦法を考える人はたまにいるんだけど、普通は妄想に留めるんだよねぇ……」
確かに、『魔法障壁』を解くまで向こうは攻撃を受けないが、逆に自分たちもまったく攻撃できず、魔力の大量消費するのであとが辛くなるはずだ。
そういう考えに至らないからこそ、クラーゼン将軍は無能なのであろう。
バカをトップにすると大変だな。
「それでも、これはチャンスか」
俺は魔法の袋から双眼鏡を取り出すと、敵陣にいる魔法使いを探し始めた。
初級、中級と満遍なく配置されており、攻め寄せる反乱軍をほぼ均等に『魔法障壁』で覆っている。
向こうは魔法使いの数においても有利で、初戦の勝ちを狙っている反乱軍に相応しい魔法の使い方であろう。
魔力の使用配分と、魔法の持続時間を考慮しなければだけど。
「上級クラスは……」
数秒後。
俺は、ブランタークさんレベルの魔力を持つ魔法使いを一名見つける。
やはり中央を抑えているので、質のいい魔法使いを一定数を揃えているようだ。
「(まともにやれば、なかなか倒せないが……)」
大軍全体を覆う『広域魔法障壁』の要となっているので、彼らは自由に行動できない。
その証拠に、彼らは通常の兵士の格好をしている。
こちらからの魔法による狙撃を防ぐため、わざとそういう格好をしているのだ。
「ヴィルマ」
俺はヴィルマに顔を寄せると、双眼鏡を渡してその兵士に扮した魔法使いを教える。
彼女に狙撃を頼むためだ。
「まだわからない……」
「魔力が増えて時間が経っていないからだ。じきに覚えるよ」
ヴィルマは、まだ魔法使いを見分けるのに慣れていない。
そこで、俺が彼女に指示することにしたのだ。
「うーーーん、難しい」
ヴィルマはそう言いながら、例の鉄弓に鉄製の矢を番えてその魔法使いを狙撃した。
普通ならば『魔法障壁』で弾かれるし、フリーの上級魔法使いを狙撃できるはずもない。
ところが今は、ほとんどの魔法使いによる共同作業で『広域魔法障壁』を展開中なのだ。
それに全力を傾けているので、突然飛んできた鉄矢に反応できるはずがない。
『広域魔法障壁』は強固な防御力を持つが、当然欠点はある。
防御力を上回る攻撃力で一点突破すればいい。
ヴィルマが放った鉄矢は、俺が重ねがけした『ブースト』によって反乱軍の『広域魔法障壁』を貫通し、そのまま兵士に化けた魔法使いの頭部を木っ端微塵に砕く。
見た目は地味な魔法だが、かなり強固な『魔法障壁』を貫くので大量の魔力を持って行かれる感覚に襲われた。
標的を貫いた鉄矢は、さらに後方の兵士数名も貫通して死傷させていく。
「ひいっ!」
上級魔法使いの死で混乱したようで周囲の隊列が乱れるが、『広域魔法障壁』は消えなかった。
一人や二人の戦死で消すなと言われているのであろう。
いくら素晴らしい魔法使いでも、その行動を縛れば呆気なく死んでしまう。
そんなこともわからないクラーゼン将軍の能力はお察しであろう。
「ちっ!」
ブランタークさんが舌打ちをする。
『広域魔法障壁』が消えたら、すぐに手旗信号で味方に合図を出して弓と魔法を打ち込むつもりだったからだ。
「伯爵様、もっと殺せ」
「了解」
『広域魔法障壁』を崩すには、そのかなりの部分を担っている上級レベルの魔力を持つ魔法使いを殺すしかない。
「イーナさん、あの人ですわ」
「変装していてわかりにくいわねぇ」
カタリーナも、ブランタークさんの特訓の成果が出ているようだ。
イーナに変装している魔法使いの位置を教え、彼女も向上した魔力を使用して槍を投擲する。
これにもカタリーナの『ブースト』が入り、魔法使いは胴体の真ん中に穴を開けて倒れてしまった。
間違いなく即死であろう。
「可哀想だが、負傷だと治療されて復帰するからな。絶対に殺せ」
ブランタークさんの役割は、絶対にアルフォンスを死なせないことと、俺たちへの指示であった。
やはりこういう時には、どうしても経験の差が出てしまう。
導師ですら、大人しく彼の命令に従っていた。
「エルの坊主が、未婚のままで死ぬと可哀想だからな。厳しくやらせてもらうさ」
「ブランタークさんこそ、新婚では死ねないですからね」
「そういうのは、結婚してから抜かせ」
「じきに結婚しますよ」
俺の護衛をしているエルが、カタリーナを護衛しているハルカを見ながらブランタークさんに言い返すが、正直なところ脈があるのかはよくわからなかった。
「とにかく、魔力量が高いのを狙え。変装しているのは間違いなくそうだ」
「ねえ、ボクたちの出番は?」
「某も退屈である」
「追撃戦が必ずあるからね。二人は、一人でも多く殺せるように温存しておくよ」
冷徹に言い放つアルフォンスであったが、この意見は正しい。
反乱を起こしたニュルンベルク公爵は悪で、それを打倒せんとするテレーゼは正しいのだが、南部と中央をほぼ把握しているニュルンベルク公爵に従わざるを得ない貴族は多かった。
ここで大勝して、ニュルンベルク公爵の箍を外す必要があるというわけだ。
「戦争なんて損害しか出ないんだから、勝てても嫌になってしまうね」
すでに俺たちの狙撃で、上級レベルの魔法使いが二名、中級も八名が死んでいる。
俺とカタリーナが指示して、ヴィルマとイーナが狙撃、『ブースト』をかけて『広域魔法障壁』をぶち破る。
下手な戦略級攻撃魔法よりも多くの魔力を消費するが、ここで上位の魔法使いを殺しておけばあとが楽になるというわけだ。
「向こうは大損害だな」
「アレの命令で、実力を発揮できないまま死ぬ魔法使いが憐れであるな」
導師は、戦死した魔法使いたちに憐憫の言葉をかけていた。
なぜこんなバカな結果になるのかというと、クラーゼン将軍が軍人として無能だからである。
自由に行動させてこそ最大の戦果を得られる魔法使いを、一人でも軍勢の損害を減らして指揮官としての自分の評価を上げるため、『広域魔法障壁』役として固定してしまったのだから。
あとは、クラーゼン将軍は基本的に臆病者なのであろう。
万が一でも、自分が戦死するのが嫌なのだ。
「過去の戦争は、魔法使いの使い方で勝敗が左右したことが多かったみたいだね。双方が多くの魔法使いを揃えると、魔法の撃ち合いに巻き込まれて、勝った方でも被害は甚大だったみたいだし」
おかげで、戦争の頻度は低くなった。
勝っても被害が甚大なので、損害の回復に時間がかかるからだ。
ブロワ辺境伯との紛争がああいう形になっていたのも、本当の戦争になると出る甚大な損害への忌避感からなのかもしれない。
「魔法使いへの狙撃を続けます。ヴィルマ、あいつ」
「わかった」
俺が双眼鏡で探している魔法使いを、ヴィルマは目がいいので裸眼で簡単に確認してしまう。
「最近、また目がよくなった」
英雄症候群のせいで常に体が魔力で強化されているため、魔力が増えた結果余計に身体能力が増しているようだ。
その中には視力や聴覚もあるらしく、これは不思議な現象ではある。
ヴィルマは、五感が鋭くなったと言っていた。
「大分威力が落ちたな」
ブランタークさんは、反乱軍に張られている『広域魔法障壁』がかなり弱まったのを確認した。
あれだけ魔法使いが死ねばな。
「普通なら、『広域魔法障壁』を解除して突撃じゃありません?」
「だから、バカなんだろう。クラーゼン将軍は」
「死にたくないんじゃないの? 彼は臆病で有名だ」
アルフォンスは、軍人としてのクラーゼン将軍をまったく評価していなかった。
大分こちらとの距離も稼げたのだし、あとは『広域魔法障壁』を解いて突撃すべきだと思うのだ。
残された魔法使いを自由にすれば、塀や柵を破壊し、兵士もかなり殺せるはずなのだから。
「今のところは、損害は少ないからだろう」
「いや、魔法使いは被害甚大だろうが」
死傷者は少ないが、大半は魔法使いなのだ。
貴重な魔法使いの動きを封じて死なせているのだから、やはりクラーゼン将軍は無能なのであろう。
彼が指揮官でなくてよかった。
「ニュルンベルク公爵って、有能なんじゃないの?」
「さあな」
イーナの言うとおり有能だったとしても、中央の帝国軍の助力を得るためにそれなりの譲歩が必要だったのかもしれない。
そんなことを考えながら魔法使いへの狙撃を続けていると、ついに戦況が動いた。
突然、左翼のミズホ伯国軍から、なにかが弾けるような音が一斉に聞こえたのだ。
「アレはなんだ?」
「まさか、『魔銃』を完成させたのか!」
アルフォンスが驚きながらも口にした『魔銃』という単語で、俺は理解した。
戦国時代から江戸時代くらいの日本風文化を持つミズホ伯国なので、魔力で弾を撃つ火縄銃のような武器を開発したのであろう。
「第一列交代! 第二列前へ!」
ミズホ伯国軍と対峙している左翼反乱軍を見ると、その前衛が壊滅状態になっていた。
俺たちのせいで『広域魔法障壁』が弱体化したところに、魔力によって撃たれた銃弾が貫通して兵士たちを一方的に襲ったからだ。
しかも『魔銃』は、火縄銃とは違って射撃間隔が短いようだ。
前込め式で銃身に弾だけ入れればいいようで、魔力は付属している魔晶石から供給しているように見える。
火薬式よりも連射性能には優れていた。
ただ、五発ほど撃つと銃身が加熱するので、そうなると次の人員と交代するらしい。
こんな高性能な新兵器なので、当然相対していた反乱軍の動揺は大きい。
だが撤退命令は出ていないようで、左翼反乱軍は前進を続けて無駄に犠牲を増やし続けていた。
「伯爵様、『広域魔法障壁』が消えたな」
「ええ」
ようやく残っている魔法使いを自由に動かすために『広域魔法障壁』を解除したらしい。
クラーゼン将軍は判断が遅いな。
そして、ブランタークさんがそれに気がつかないはずもなく、アルフォンスに目線を合わせると、中央の本陣に赤い旗が上がった。
攻撃開始の合図を出す旗で、接近していた反乱軍に弓矢や魔法が容赦なく撃ち込まれる。
反乱軍からも反撃が始まって、ようやく双方による本格的な死闘が始まった。
この野戦陣地を落とさんと前進と攻撃を続ける反乱軍と、それを阻止しようとする味方の軍勢にと。
犠牲は攻撃側である反乱軍に多く出ているようだが、向こうにも魔法使いは残っているのだ。
「第七櫓が完全に破壊されました! 死傷者多数!」
「フォーゲル大隊長が戦死! リンツ中隊長が指揮を引き継ぎます!」
味方の犠牲が次々と報告されるが、応援には行けない。
そこにも中級や初級の魔法使いが一定間隔で配置されており、こちらの狙撃で魔法使いの数と質については優位に立っている。
俺たちには本陣の守りもあるし、正面の軍勢の撃破も手伝わないといけない。
なにより初めての命を奪い合う戦争で、俺たちに余裕など一つもなかった。
「伯爵様、あまりデカイ魔法を打つな」
「了解しました」
小規模の『ウィンドカッター』や『ファイヤーボール』を作り、次々と石塀を越えようとする反乱軍の兵士たちにぶつけていく。
多くの兵士たちが切り裂かれ、焼け焦げて死んでいくが手加減はできない。
戦争で負ければ、無残に殺されて終わりなのだから。
「全体的には優勢なようだね」
反乱軍の攻撃が始まってから三時間ほど、俺たちの眼前には反乱軍兵士たちの死体が多数倒れていた。
正確に数えてはいないが、間違いなく数千に達する損害であろう。
味方にも数百名の死傷者が出ていたが、反乱軍側の魔法使いの数が危機的なまでに減っており、兵数による力押し頼りなので、反乱軍側の損害が大きかった。
「クラーゼン将軍も、今さら退けないのだろうな」
「プライドって厄介ですね」
「無能ほどプライドが高いって法則が……おっと!」
突然、眼前に『ファイヤーボール』が飛んでくる。
一発逆転の狙撃を試みたのであろうが、威力は低いし、ブランタークさんによって簡単に防がれてしまった。
「あいつだ」
「はいっ!」
カタリーナが『ウィンドカッター』を飛ばして、その魔法使いを狙う。
初撃は『魔法障壁』で弾いたが、次に俺が銃弾を魔法で飛ばすと頭部に穴が開いてそのまま倒れてしまった。
確実に殺したはずだ。
「その魔法は、『魔銃』を再現したのですか?」
「そうだよ」
俺は銃の構造など知らないので、ただ魔力で前部をひしゃげさせた銃弾を魔法で撃ち出しているだけだ。
材料は鉄と、一部にタングステンなどの金属も用いている。
最近、『探知』で鉄と銅以外の金属もわかるようになったのだが、クロム、ニッケル、ボーキサイトなどは使い方がわからないのでただ『抽出』して死蔵していたのだ。
銃にはライフリングとかをすると威力が上がるそうだが、魔銃にそういう仕組みがあるのかはわからない。
向こうも、今まで隠していた秘密兵器の詳細をそう簡単には教えてくれないであろう。
「私も覚えたいですわね」
「人殺しにしか使えない魔法だけど」
「それは今さらでしょう」
カタリーナの言うとおりで、目の前にはえぐい死体だらけ。
数千人もの損害が出ているのに反乱軍は攻撃を止めず、『広域魔法障壁』を用いて前進していたせいで、すでに味方の一部が石壁を登ってくる反乱軍の兵士や騎士たちを槍で突いて落としている状態であった。
こうなると、無能なクラーゼン将軍では撤退も至難の技か。
「キリがないな」
「そうですね」
エルとハルカも、イーナから予備の槍を借りて石塀を登ってくる敵兵を落とし始めた。
「指揮官を発見」
ヴィルマも、鉄弓で指揮官を狙って狙撃を続けている。
「エリーゼは大丈夫かな?」
まさか見に行くわけにもいかず、俺は後方で負傷者の治療を続けているエリーゼが心配になってしまう。
「エリーゼ様は強いから大丈夫」
「そうか」
彼女を慕っているヴィルマが弓を放ちながら、俺の懸念を払拭してくれた。
「しかし、変だな……」
反乱軍の攻撃は、すでに六時間近くも続いていた。
眼前には万に近い死体が折り重なり、おかげで敵軍は石塀を登りやすくなっている。
損害比でいえば圧倒的に不利なはずなのに、彼らは攻撃を一向にやめないのだ。
「簡単なことですよ。主力は選帝侯の諸侯軍なのだから」
主君を人質に取られていて、彼らは退くことができない。
失敗は主君の処罰に繋がるので、相手と刺し違えてもこの野戦陣地を落とすのだと無理をしている。
「だから、クラーゼン将軍が大将なのか」
中央の法衣軍系貴族である彼からすれば、他の貴族の諸侯軍などいくら磨り潰しても腹は痛まない。
しかも、クラーゼン将軍は帝国軍の重鎮ではあるが無能でもある。
失敗したら処断してニュルンベルク公爵の独裁性を強められるし、選帝侯の軍勢が潰されれば、その領地の完全制圧も容易になるのだから。
「俺たちに、選帝侯の軍勢を始末させているのか……」
選帝侯本人たちは人質だが、名目上は責任者なので敗戦の責任を取らされて処断される。
領地は没収で、ニュルンベルク公爵に吸収されるというシナリオなのであろう。
「だから意地でも退かないであろうな」
その結果が、この万を超える死体の山である。
双方から大量の弓や魔法が飛び交い、ミズホ伯国軍は魔銃を連発している。
味方の死傷者は千人ほどであるが、これはこちらが防衛側なのと、エリーゼたち治癒部隊が頑張っているからに他ならない。
敵軍は、負傷者を後方に下げようとする時にも狙われて損害を増やしているのだから。
「夜戦に突入するかな?」
「できれば避けたい」
「なぜ?」
「ニュルンベルク公爵家諸侯軍なら可能かもしれないけど、夜は警戒に集中したい。フィリップ公爵家諸侯軍で夜戦ができる部隊は本当に少ないんだ」
ニュルンベルク公爵が皇位を狙っていた以上、夜戦も可能なよう、諸侯軍に厳しい訓練を課していてもおかしくないと、アルフォンスは考えているのであろう。
元々、ニュルンベルク公爵軍は精強で有名だそうだ。
「なら早く決着をつけないと」
「それにはクラーゼン将軍を討つ必要がある。できるか? バウマイスター伯爵」
味方の損害が大きいので、クラーゼン将軍はかなり前に出て大声で督戦を行っているのが確認できた。
戦況が不利すぎて、尻に火が点いたようだな。
だが、その両脇にはとっておきの上級クラスの魔法使いが二名いて、彼らはクラーゼン将軍の護衛のみに専念しているので魔法による狙撃も難しかった。
彼らがクラーゼン将軍と自分たちだけを守る強固な『魔法障壁』を展開すると、そう簡単には撃ち破れないからだ。
「魔力を枯渇するほど『ブースト』で威力を増して使えば可能だけど……」
戦場ではなにが起こるかわからないので、できれば魔力はある程度温存しておきたいものである。
「すまんがやってくれ」
「わかった。だそうです」
「後ろでふんぞり返って、駄目な将軍である!」
俺が合図を出すと、退屈なのか敵軍に岩を投げていた導師が膨大な魔力を込めて巨石を数百メートルも離れたクラーゼン将軍たちに投げつけた。
「よくあんなに飛ぶよねぇ」
「ルイーゼ、いいから早く!」
「当てるのはそう難しくないけど……」
他にも、ルイーゼも導師ほどではないが巨石を、イーナも投擲用の槍を連続して、ヴィルマも鉄弓を連射し始める。
狙いは正確で次々とクラーゼン将軍の元に到達するが、護衛の魔法使い二人が使う『魔法障壁』によってすべて防がれてしまった。
「カタリーナ!」
「はいっ!」
だが、それは囮である。
その直後に俺が複数の銃弾を魔法で発射し、それに強固な『ブースト』をかける。
さらにタイミングを合わせて、カタリーナも『ブースト』を重ねがけした。
ぶっけ本番では不可能な芸当だが、前にたまたま練習をしていてよかったと思う。
その時は弓矢で練習していたけど。
複数の銃弾が、とてつもない貫通力を得てクラーゼン将軍たちに向かう。
「ふんっ! いくら攻撃が来ても、『鉄壁』『硬壁』の我ら兄弟の前には!」
「兄者! まずい!」
いくら強固な盾でも、それを上回る攻撃力で攻撃すれば壊れてしまう。
小さな銃弾によって『魔法障壁』が一点突破され、立て続けに二人の魔法使いとクラーゼン将軍の体を貫通する。
しかも、銃弾には回転も加えてあり、対人用にダムダム弾仕様にもなっているのだ。
体の内臓を大分持っていかれて、血反吐を吐きながら三人は倒れ込んだ。
「クラーゼン将軍が!」
「総大将が!」
周囲にいた兵士たちに動揺が広がり、それが全軍へとウェーブのように伝播していく。
いくら無能な総大将でも、一応総大将ではあるのだ。
戦死すれば、当然士気は低下していく。
「撤退だ!」
加えて、今まで合同訓練もしたことがない複数の諸侯軍で編成された混成部隊である弱点も出ていた。
一部の指揮官たちが、勝手に退却を始めてしまったのだ。
こうなると、この流れが全軍に広がるのも時間の問題であろう。
「アルフォンス、魔力切れだ」
「私も駄目ですわ」
俺とカタリーナは、その場に背中合わせとなってへたり込んでしまう。
気絶まではいかないが、もうろくな魔法は使えないであろう。
「助かった。これでこちらの勝ちだ。追撃部隊を出す!」
「伏兵の危険は?」
「ないな。『探知』を使える魔法使いも連れていくから」
「『遮蔽』の魔法に気をつけろよ」
やはり戦争なので、綺麗事は存在しないようだ。
アルフォンスは、温存していた騎士隊などに追撃命令を出していた。
「追撃が必要なのですか?」
「必要だな」
貴族になることを目指していたカタリーナからすると、背中を見せる敵を追撃する行為が貴族に相応しくないと思っているのであろう。
「追撃が一番敵を減らせる。背中を向けているからな」
それに、逃げられれば再編されてまた俺たちに立ち向かってくる。
減らせる時に減らすのが、未来の味方の犠牲を減らす最善の方法なのだから。
「私が言っているのは綺麗事なのでしょうか?」
「普段はそれでいいんだと思う」
「今は戦争だから、仕方がないと?」
「そう思わないと、人なんて殺せないだろうから」
「そうですわね……」
今までに大量の魔物を殺してはいるが、目の前で本格的に人間を殺したのは帝国に来てからだ。
クーデター軍から逃げるために兵士たちを殺し、今日も攻め寄せる敵を大量に殺している。
戦っている時には夢中でなんとも思わなかったが、眼下に広がる血塗れの死体を見ていると、途端に震えが止まらなくなるのだ。
俺でもそうなのだから、女性にはもっと辛いであろう。
いつの間にか、俺は四人を抱き抱えるようにして座り込んでいたのだから。
「すまないね、うちの事情で」
「仕事だからな。死体を見て震えている駄目な傭兵だが」
「いや……。うちも似たようなものだ……」
よく見ると、アルフォンスも指先が震えている。
周囲の兵士たちも気が抜けて槍を杖のように使って立っている者もいたし、負傷した戦友に泣きながら声をかけている者もいる。
唯一元気なのは、準備を整えて出撃した追撃隊のみであろう。
「それもカラ元気さ。本物の戦争の経験者なんて一人もいないからね」
武勲を立て、出世と褒美を得るため。
そう自分に言い聞かせながら、表面上は勇んで出陣していく。
だが、実際にはみんな怖くて仕方がないのだ。
人殺しが大好きな人など、滅多に存在しないのだから。
「ヴェル、俺も行くぞ」
「いいのか?」
「まだ馬にも慣れていないし、あまり無理はしないよ」
エルとしても、ここで武勲を挙げておきたいのであろう。
バウマイスター伯爵家が大きくなり過ぎたので、エルを縁故だけの男だと批判する人も増えていたのだから。
「未帰還とかは勘弁してくれよ」
「気をつけるさ。それにハルカさんも一緒だし」
「血生臭いデートだな」
「言ってくれるな。じゃあ俺はいくから」
エルはハルカの縁で、ミズホ伯国軍の追撃隊に加わるようだ。
新しく作って貰ったミズホ刀を掲げながら、例の『抜刀隊』の面々と追撃に出かけた。
その隣には、ハルカも一緒にいるのが確認できた。
「バウマイスター伯爵、もう休んでくれていいよ」
「大丈夫か?」
「今日はね」
戦闘に参加しているのは追撃隊だけになってしまったし、今は敗走した敵軍による逆襲や、他の敵軍による夜襲などに備えて斥候を出しているだけらしい。
「戦場の後片付けはこちらでやっておく。有効な戦力であるバウマイスター伯爵たちをこういう作業で疲れさせるわけにはいかないし」
「わかった。エリーゼの元に行くか……」
魔力が残っていない俺が役に立つとも思えないが、とにかく今はエリーゼの顔が見たかった。
いくら勝ち戦とはいえ、あまり気分がよくない。
アルフォンスの護衛をブランタークさんに任せて、俺たちは後方へと下がるのであった。
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