第202話 第一次ソビット大荒地会戦(前編)

「押し寄せる敵の軍勢、まさに絶景であるな!」


「いや、絶景とか言っている場合じゃないだろうに……」


「いよいよですか……」




 ソビット大荒地に陣を張ってから一週間。

 ついに、反乱軍の先鋒部隊が押し寄せてきた。

 街道を塞ぐように南側に設置した馬避けの塹壕や石造りの柵などを挟んで、両軍が睨み合う。

 反乱軍の推定戦力は四万人ほどで、味方は合計で二万五千人ほど。

 しかも反乱軍は、これが全軍ではない。

 残念ながら兵数では不利であったが、質ではそう負けていないはず……。

 それに防衛戦なので、よほどのヘマをとしないと負けないはず……だと思いたい。

 紛争ではなく、初めての本物の戦争なので俺たちはガチガチに緊張していたが、導師はどこ吹く風といった感じで、いつも通りのままであった。

 ブランタークさんも、彼の神経の太さに呆れているようだ。

 きっと、導師の心臓には竜の体毛でも生えているのであろう。


「帝都の『青白ダイコン』どもを斬り裂いてくれようぞ!」


「「「「「「「「「「おおっーーー!」」」」」」」」」」


 こんな状況でも戦意の高さを保っていたのは、今回初めて防衛戦闘以外で出兵しているミズホ伯国の面々であろう。

 彼らからすると、帝国中央部や南部にいるアーカート族至上主義者たちは許しがたい敵であり、攻めてくるのであれば皆殺しにしてやるまで、という気持ちが強い。

 防衛陣地の東側に陣取る彼らは、抜いたミズホ刀を掲げながら反乱軍を挑発していた。

 なお『青白ダイコン』とは、ミズホ人が帝都周辺にいる人たちを指して言う侮蔑の名称である。

 普段は偉そうなくせに、いざ戦になると惰弱な連中、という意味合いだと聞いた。

 個人的には大根は大好きなので、あまり侮蔑の例えには使ってほしくないのだけど。

 昨晩、ミズホ上級伯爵からご馳走になった『おでん』にソックリな料理と、『沢庵』に似た漬け物は美味しかった。

 これとミズホ酒の熱燗とが、今の寒い季節と相まってとてもよく合うのだ。

 おっと、話が反れてしまった。


「味方の戦意は高いか。救われるねぇ……」


 そして陣地の中央部に、総大将代理のアルフォンスが、フィリップ公爵家近衛騎士隊と共に陣取っている。


「数では不利だけど、防衛戦闘で数を減らす戦いならなんとかなるのかな?」


 攻勢は、防衛の三倍の戦力が必要だと言うからな。


「なるべく犠牲を減らすため、バウマイスター伯爵に期待しているよ。導師とブランターク殿もよろしく」


「わかったのである!」


「俺たちは中央に陣取って、総大将の護衛も必要か。どれどれ、魔法使いの配置は……」


 こういう本気の戦の際には、魔法使いの配置が重要であったりする。

 魔法使いは魔力が残っている間、一般兵士を虐殺可能なジョーカーのような存在だ。

 当然、本陣には一番数を置く。

 もし魔法の狙撃で総大将が殺されてしまうと、一気に軍勢が瓦解してしまうからだ。

 ところが逆の手を打って本陣の守りをあえて薄くし、右翼や左翼に強力な魔法使いを配置して一気に敵の数を減らすという奇策に出る手もあった。

 軍勢や魔法使いの配置は軍略の一種であり、いかに相手を欺くかが重要であった。

 ただ例の『通信』と『移動』の魔法を抑制する装置のせいで、魔法使いの配置に悩む事態になっていたのだ。

 いざという時、『飛翔』で応援に行けないので、安全策を取って中央には俺たちを、残りの魔法使いは満遍なくと言った感じだ。

 フィリップ公爵家は一名の上級レベルの魔法使いに、四名の中級レベル、十五名の初級レベルと実はブライヒレーダー辺境伯よりも多くの魔法使いを抱えており、他の貴族たちも意外と多くの魔法使いを用意していた。

 戦なので、大金を積んで臨時に雇ったのであろう。

 これに加えて冒険者ギルドにも、臨時で魔法使いの徴集命令を出していた。

 戦時に備えてそういう制度があるらしく、これに応じた魔法使いも多い。

 帝国の冒険者ギルドは、現在二つに割れている。

 北方の支部にいる冒険者ギルドの幹部たちは、内乱勝利後、帝都にある本部へ栄転できるとテレーゼに誘われてこちらに協力していた。

 さすがはテレーゼというか、冒険者ギルドの幹部たちが欲深いというか。


『是非協力させてください! なあにお国のためです。報酬なんて必要ありませんよ! なんて言う奴の方が怪しいのでな』


『それもそうだ』


 さっきテレーゼがそう言っていたけど、俺は納得してしまった。

 そんなわけで、北部の大半の支部はテレーゼに、帝都の本部、中央と南部の支部のほぼすべてが、ニュルンベルク公爵に全面協力しているそうだ。

 ただ中には中立を宣言している支部もあって、他にも多くの支部が去就に悩んでいるとの報告だ。

 ここで選択を誤ると将来干されてしまう可能性もあるから、冒険者ギルドの幹部たちはどちらが勝利するか、予想するのが大変だと思う。

 内乱が終わって冒険者ギルドを再統合する際、勝者は大いに苦労することになりそうだ。


「どちらの勢力も、可能な限り魔法使いを集めているようだな。在野の魔法使いには、お国のために働くなんてゴメンだと言って拒否する連中も多いが、中には貴族になるチャンスなどと言って積極的な者も多い。ただおかげでしばらくは、魔物の素材や魔道具の供給が減るな」


「どうせ運べないのである!」


「それもそうよの。導師の言うとおりじゃ」

 

 例の装置のせいで魔導飛行船が動かないから、物資の輸送量が大幅に落ちている。

 冒険者たちが頑張って魔物の素材を大量に集めても、すべては運べないから、魔法使いたちを招集しても問題ない?

 最大の消費地である帝都に運び込みにくいってのもあるのか。


「戦争ってのは、景気が悪くなって困るよな」


 軍需産業は儲かるかもしれないが、基本的には民需が落ち込んでしまうからな。

 ブランタークさんは経済への影響を心配しているようだが、こればかりは内乱が終わらないとしょうがない。

 それに、それを考えるのはテレーゼたち帝国人の仕事だ。

 俺たちじゃない。


「ラン族とミズホ人の魔法使いが多いかな?」


「自民族の危急存亡の瀬戸際だからな」


 ニュルンベルク公爵のやり口を見れば、危機感を覚えて当然かもしれない。

 褐色の肌色をしたラン族とミズホ人の魔法使いが多く、特にミズホ伯国が独自に抱えている魔法使いは多いようで、その質でも中央には負けていないはず。

 しかしまぁ……よく揃えたものである。


「救護部隊の質もいいからな」


「バウマイスター伯爵の奥方は、優れた治癒魔法使いだ。安心して負傷……は、しない方がいいか」


 アルフォンスは、エリーゼの治癒魔法使いとしての力量に期待しているようだ。

 兵士の怪我が早く大量に治れば、それは軍の力を大幅に引き上げることになるはず。

 エリーゼは教会から派遣された治癒魔法の使い手たちと共に、野戦陣地内にある救護所の中で待機していた。

 治癒魔法使いは前線に出ても攻撃手段が乏しいく、後方で治癒に専念してもらうためだ。

 ところが、そこでひと騒動起こってしまったのだ。




『ええっ! ミズホ伯国とは救護部隊を分けるのですか?』


『エリーゼ殿、あなたが教会の司祭でもある事実は知っていますけど、ここは大人の配慮でね』


『噂には聞いていましたが……』


 帝国がミズホ伯国を保護国にする際に一番揉めた問題が、この宗教の問題であった。

 実は、ミズホ伯国は教会とは別の宗教を信仰していたからだ。

 日本風だからかは知らないが、仏教と神道が混じったような宗教で、俺たちも鳥居のある寺院のような建物をいくつかミズホ伯国内で見ている。


『教会でも過激な連中は、ミズホ人に改宗させろと迫ってね』


 もしそんなことをすれば、ミズホ人が一丸となって宗教戦争を仕掛けかねない。

 双方に多大な犠牲が出てしまうであろう。

 

『帝国が国教をプロテスタントにする際に、もの凄い血が流れた歴史がある。私たちは戦争で忙しいから、そういう話題には触れたくないのさ』


 カソリックの信徒で強硬な連中がプロテスタントへの襲撃を行い、プロテスタント側も仕返しに走って内乱寸前にまでいったらしい。

 同じ宗教でもこれなのだ。

 ミズホ人に無理やり改宗を迫れば、大変なことになってしまうはず。


『そこで、妥協策が出てね』


 同じ神を祭っているけど、少し形態が違う。

 ミズホの宗教は、教会の分派のようなもの。

 ということに、強引にしたそうだ。


『秘密協定で、教会はミズホ伯国内で布教を行わない。ミズホ教側も、他の帝国領内で布教を行わないというね』


 外地にいるミズホ人で教会の信者になったり、ミズホ伯国を生活の拠点にしている他の民族でミズホ教の信者になる者たちもいるそうだが、これは極少数なのであまり気にもされていなかった。


『わかりました……』


 エリーゼは、バカでもないし狂信者でもない。

 他の宗教を信仰する人たちを理解はしていたが、どこか納得できない部分もあるのであろう。

 子供の頃から教会に関わっているので、仕方がないのかもしれない。


『自分と宗教が違うから認められないだと、ニュルンベルク公爵と大差ないからなぁ……』


『すみません、あなた』


『エリーゼは、子供の頃から教会と生活を共にしているから、どこか納得できないのも理解しているんだけどね』


 偉そうな物言いだが、これも宗教観が曖昧な元日本人らしい考え方なのかもしれない。


『そうであるぞ、エリーゼよ。宗教などただの方便なのである!』


『導師は一応王宮筆頭魔導師だから、それなりに配慮しろよ』


 俺とは違う意味で宗教などまったく信じていない導師の本音に、ブランタークさんが苦言を呈していた。


『伯爵様はどうなんだ?』


『まったく信じていないわけでもないですよ。ほら、こういう戦いの前には祈りたくもなる』


 『イワシの頭も信心』の類だが、普段から献金だの利権で教会に貢献しているのだから、たまには役に立ってもいいはずだ。


『私は、頭が固いのでしょうか?』


『それはないんじゃないのかしら?』


『そうだよね。本当に頭の固い人なら、強引に改宗を迫ったりすると思うし』


 俺と同じく教会に対してはドライな感覚を持つイーナとルイーゼが、エリーゼを慰めていた。


『それに、戦争が始まればそんなことは気にしていられない』


『宗派が違うから治療しない、とは言えませんからね』


 ヴィルマとカタリーナの言うとおりで、戦争が始まると治癒を担当する神官や魔法使いたちは大忙しとなる。

 負傷者を素早く治すのは戦力の保持に必要なことであったし、実は治す順番なども時には考慮しないといけない。

 ある魔法使いの魔力が残り治癒魔法一回分だったとして、目の前に二人の負傷者が運ばれてくる。

 片方は普通の兵士で、もう一人は高名な騎士であった。

 戦闘力から考えると騎士の方を優先するのは当然として、もし兵士の方が瀕死の重傷であったらどうするのか?

 治療しなければそのまま死んでしまうが、戦況を考えれば騎士を復帰させた方がのちの死傷者も減るから、兵士の方を見殺しにし、騎士を治療する決断も必要というわけだ。


『柔軟に、ミズホ伯国にも頼まないと駄目なのですね』


『向こうも余裕がないかもしれないけど、頼めないと死ぬ人が増えるケースもある。その辺は柔軟に動かないと』


『わかりました、あなた』


 こんな会話の後に、エリーゼは後方の野戦治療所へと向かっていた。

 それにしても、宗教とはなかなかに面倒である。


  


「しかしながら、戦争とは残酷なものだね」


 負傷者だと治療されて戦線復帰される危険があるので、本当の戦争では相手を必ず殺すことが要求される。

 この前の紛争などお遊びにしか見えないのが、二百年前に終わった本当の戦争なのだ。

 なかなか戦争にならないのには、こういう事情もあった。

 みんな誰しも、しんどいのが嫌いなのだから。

 

「おっと、敵軍の大将が名乗りをあげるようだね」


 アルフォンスが顎で示した先には、豪華な鎧を着て綺麗な馬に乗った太っている中年男性と、護衛役と思われる二騎の若い騎士たちの姿があった。

 彼らはこちらに馬を走らせていたが、俺が作った馬避けの溝の前で立ち往生する。

 騎士たちの馬使いは巧みだが、煌びやかな中年男性の方は少し危なっかしいな。

 俺と同じじゃないか。


「騎士の美学を心得ない野蛮人どもが! いいかよく聞け! 我こそは、陛下よりソビット大荒地の解放を命じられた帝国軍のクラーゼン将軍である!」


「美学ねえ……戦は勝たないと意味がないから、美しくなくても勝つことが重要なのに」


「ふんっ! あの黒豚女の惰弱な従兄か!」

 

 テレーゼを黒豚扱いとは……。

 あんたも人のことは言えないし、以前からよほど彼女が気に入らなかったようだな。

 いい機会だから、言いたい放題なんだと思う。


「人に美学だのと言っておいて、その悪口はないと思う。それに、直接本人に言ってみろよって話だ。どうせ、本人に面と向かって言う度胸がないんだろうけど」


「クラーゼン将軍は、威張り腐るのと、家柄自慢しかしないものだから、すっかり白豚になっちゃって」


 反乱軍の大将は、帝国軍からの裏切り者らしい。

 口調からしてニュルンベルク公爵のお友達のようだが、彼の挑発に対しアルフォンスは同じ挑発で返した。


「ぬぬっ! 今なら降伏すれば命だけは助けてやる」


 アルフォンスに煽られたクラーゼン将軍の顔は怒りで真っ赤であったが、どうにか降伏を促すという戦闘前の儀礼だけは忘れずに行えたようだ。

 というか、そんなに激高しやすいなら、こっちを挑発しなければよかったのに。


「命だけ助けられてもねえ……」


「我らアーカート族の生存権を汚す野蛮人どもが! 生かしてもらえるだけありがたく思え!」


「そのアーカート族とやらが幻なんだよ。そんな民族はいないから。学者に聞けばわかる……クラーゼン将軍のオツムじゃ理解できないか。すまない」


「むむむっ、若造のくせに! 年長者を敬え!」


「敬えるような実績がないからね。年を取っていれば尊敬されるのなら、私はクラーゼン将軍よりも、その辺の木を敬うよ」


「ぬぬぬっ、なんという口の悪さか! 当主も当主なら、その従兄も従兄だな!」


 挑発するつもりが逆に挑発されて、クラーゼン将軍の顔はさらに赤くなったような……。

 頭の血管が切れないか心配だ。

 それと、もう少し挑発と悪口のセンスが欲しいところである。


「知っていたんだな、彼を」


「有名なおバカさんだね」


 血筋がいいから帝国軍の将軍になれたが、でなければ兵長くらいが関の山くらいの人物らしい。

 実家が帝国成立前からの名家なのが自慢で、それが縁でニュルンベルク公爵についたものと思われる。

 アルフォンスの説明で、俺はこのクラーゼン将軍について理解した。


「お前らは皆殺しにしてやる!」


 四万人で二万五千人に勝つのならともかく、全滅させるのは不可能なはず。

 その程度のこともわからないから、アルフォンスに無能扱いされているのであろう。

 クラーゼン将軍は、戦闘を開始すべく一旦後方へと下がった。 


「魔法で殺せば楽じゃない?」


「礼儀に反するからね。向こうも一応ルールを守っているから、今は見逃がしてあげようよ」


 反乱を起こした時点でルールもクソもないような気もするが、ここはアルフォンスの命令に従っておく。

 しばらくすると、歩兵が前に出て俺が掘った馬避けの溝に板をかけ、前進を開始した。

 いよいよ、本格的な大会戦が始まる。

 俺は緊張のあまり、ツバをゴクリと飲み込むのであった。

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