第201話 ついに出陣(その3)

「やれやれ、向こうも熱心だな……」


「仕事ですからね」


「戦争なんて、やる気がないくらいがいいと、俺は思うけどね……」




 フィリップ公爵家諸侯軍の先遣隊が、ソビット大荒地に到着してから三日後。

 俺は南側で土木工事をしながら、遠方に見えるニュルンベルク公爵家諸侯軍の偵察隊を発見した。


「バウマイスター伯爵よ。うちの者たちが仕留めるので、安心して工事を続けられるがよろしかろう」


「それは心配していませんけどね」


 俺はニュルンベルク公爵家諸侯軍以下の反乱軍の北上に備えて、ソビット大荒地の南側で馬避けの堀を幾重にも張り巡らせ、野戦陣地の構築にも協力していた。

 帝国の交通と流通を担う北方街道を塞ぐ行動であったが、先に反乱軍側が商人や旅人の北部への移動を禁止していたので問題ない。

 こちらも、北方にいる商人や住民の移動を禁止しているのでお互い様だ。

 内乱で帝国内の流通が南北に分断している状態であったが、別に俺のせいではないとだけ言っておく。

 すべて内乱が悪いのだ。

 そしてそんな工事の様子を定期的に敵の偵察隊が見にくるのだが、それもすぐに排除されている。

 なぜなら……。


「我がミズホ伯国自慢の抜刀隊がいるからな」


 ソビット大荒地に点在する岩などに潜んでいた、ミズホ伯国の精鋭抜刀隊が数名、偵察隊の騎士や兵士たちに斬りかかる。

 彼らは剣やシールドでそれを防ごうとするが、装備している魔刀によって体ごと斬り裂かれてしまった。

 あとには、切断された数体の死体だけが残された。

 彼らを斬り殺した抜刀隊の面々は、死体と馬、装備品などを回収して戻ってくる。


「これで何度目であったかな?」


「五度目にございます、お館様」


「しつこいの。また来たら、必ず始末するのを忘れないように」


「畏まりました」


 抜刀隊の面々はミズホ上級伯爵に報告を行うと、馬と死体を置き、再び隠れて敵を待つ。

 気配を消した敵にいきなり魔刀で切りかかられ、鋼の剣やシールド程度では防いでも斬り裂かれてしまう。

 抜刀隊が使う魔刀は燃費や整備性に欠点があるが、その切味は過去の歴史から見ても明らかである。

 彼ら自身も厳しい選抜と訓練を乗り越えているエリートであり、俺はどうしてミズホ伯国の兵士たちが、帝国人から恐れられるのかを実感した。


「しかしながら、戦況はこちらが不利であるかな」


 ソビット大荒地に、反乱軍の北上を防ぐための防衛野戦陣地の構築には成功しつつある。

 これには俺も土木魔法で参加しているので『墨俣の一夜城』には負けるが、この三日間で大まかな部分は仕上げていた。

 フィリップ公爵家から追加で援軍が来ているので兵力も一万人を超えており、ミズホ上級伯爵も自ら一万人の軍勢を率いて参加している。

 北部諸侯も一部を除けばこちら側につくと明言していて、すでに諸侯軍を送り込んでいる貴族もいた。

 東部や西部の諸侯でも、北部に領地がある貴族の大半がこちらの味方だ。

 しかし、次第に敵味方双方の戦力が知られるにつれて、こちら側の不利が判明している。

 南部と中央部はほぼ反乱軍の手に落ちてしまい、今では一部の面従腹背の貴族たちと、地下に潜ったラン族とミズホ人が少数いるだけのようだ。

 なにしろニュルンベルク公爵は、ラン族、ミズホ資本の接収や、人間を収容所送りにまでしているのだから。

 経済的には褒められたことではないが、情報の漏洩や、例の通信と移動を防ぐ魔道具の破壊を防ぐためであろう。


「まさか、残りすべての選帝侯家が裏切るとはな」


 裏切るというか、当主を人質にされてそうせざるを得ないというか。

 よほど抵抗しなければ殺された貴族は少ないようだが、軟禁状態にある貴族は少なくない。

 なぜわかるのかと言えば……。


「当主を見捨て、こちらにはつけないでしょう」


「であろうな」


 ミズホ上級伯爵に報告を行う、黒装束に身を包んだ男性。

 顔はよく見えないが、動きからして年齢は三十歳くらいだと思う。

 彼こそは、代々『ハンゾウ』の名を受け継ぐ、ミズホ伯国の諜報機関の長であった。

 その見た目は、時代劇によく出てくる忍者そのものである。


「通信と移動を阻害され、情報の伝達速度が格段に落ちて困っております」


「それは向こうも同じだけど……。面倒なことになったなぁ」


 ニュルンベルク公爵はその状況を生かし、当主からの連絡不在で混乱している中央貴族たちと、他の選帝侯家を落としたのだから。

 物理的にすべて占領されたわけではないが、当主を人質にされて動けず、実質的に反乱軍を利している選帝侯家もあった。

 ハンゾウさんからの報告を聞いて、アルフォンスは溜息をついている。

 

「ハンゾウさんは、どうやって帝都などの情報を?」


「勿論馬とこの足にて。我ら『クサ』の者は、こういう事態も想定して日頃から備えておりますれば」

 

 早馬と走りで、敵地からの情報を集めているらしい。

 お互い様だが、こうなるとなにをするにも時間がかかって困ってしまう。


「バウマイスター伯爵は、『瞬間移動』と『飛翔』が封じられているかの」


 逃げ帰るにも、大陸縦断をしないといけないので困ってしまう。

 できれば、そういう最悪の事態を避けたい気持ちはあるのだが。


「その代わり、他の魔法で圧倒していますな。わずか三日で、野戦防衛陣地の基礎工事が終わっているのですから」


 ハンゾウさんは驚いているようであったが、こちらも陣地の完成が遅れて反乱軍に攻め込まれても困るので必死であった。

 まずは防衛が最優先であり、反乱軍の勢いと主義、主張に染まっているアレな連中を殺して数を減らす。

 馬避けの堀や柵を設置し、長対陣に向けてテントではなく石造りの兵舎、櫓、塀などの設置も進めていた。

 兵士たちの士気を落とさないためだ。

 その材料は、ソビット大荒地自体が元々廃鉱山が多い土地なので容易に入手可能であった。

 使えそうな鉱物を回収しながら、残った岩などをカットしたり固めて石材にする。

 廃鉱になるレベルなので含有量は微々たるものであったが、これを集め、他の魔法も毎日ギリギリまで使って魔力の量も上げる。

 王国と対を成す帝国には、もっと凄い魔法使いが多数存在するはずなのだ。

 彼らに殺されないためにも、毎日の訓練は大切であろう。

  

「うぬっ! ルイーゼ嬢も強くなったようであるな」


「三対一で、ボクたちを押している導師の方が凄いんだけど……」


「魔力が増えて増した自信が消えていくわ……」


「導師、強すぎ……」


 魔法使いとして強大な魔力を持ちながらも、俺のように普段使いできる魔法が一切ない導師は、魔力が増したルイーゼ、イーナ、ヴィルマの三人を同時に相手にして実戦形式の稽古を続けていた。

 ルイーゼの拳も、イーナの槍も、ヴィルマの大斧も。

 当たってはいるようだが、すべて導師が展開した強固な『魔法障壁』によって弾かれてしまった。


「あまり攻撃されると、『魔法障壁』が壊れそうである」


「手がジンジンするんだけど……」


「練習用だけど、槍が欠けちゃったわね」


「私の大斧もそう……」


 特殊な事情により俺の妻たちはみんな魔力が増えて強くなったのに、導師はそれを遥かに超える強さを誇っていた。


「『暴風』なんだから、ちゃんと綺麗に石材を切れよ」


「ただ風で吹き飛ばし、切り裂くのは得意なのですが……」


「伯爵様は綺麗にやるぞ」


「先行されている分、ヴェンデリンさんに魔法の精度で勝つのはまだ大分先の予定ですわ」


「勝つ気はあるんだな。というか、こういう魔法を覚えないと導師みたいになってしまうぜ」


「私には、あそこまで極めるなんて不可能ですわ」


 カタリーナも、ブランタークさんの指導で石材の切り出しを手伝っていた。

 彼女は、まだこういう魔法の精度に少し問題があって訓練中なのだ。

 ブランタークさんが細かく指導していた。


「カタリーナは、導師のことをちゃんと分析しているんだな」


 導師は間違いなく、単体戦闘力では世界最強のはずだ。

 ただし、俺やブランタークさんとは違い、『土木』などの生活系の魔法はできない。

 『聖』治癒魔法を習得できたことすら、実はブランタークさんは驚いていたりする。

 カタリーナとしても、導師ほどの戦闘特化魔法使いになるのは不可能だと思っているからこそ、領地開発にも使える魔法の習得を優先しているのであろう。




『バウマイスター伯爵たちのおかげで、野戦陣地の構築は順調であるな。となれば、あとは迎撃するのみ』


『反乱軍は来ますかね?』


『絶対に来る。アルフォンス、現地では努々準備を怠らぬようにな』


 大量にある政務を片付けてからここに来る予定のテレーゼは、自分たちに味方する貴族たちの士気を上げたいのであろう。 

 クーデター軍、ニュルンベルク公爵家軍などとバラバラに呼んでいたものを、『反乱軍』と正式に名称を定めていた。


『ニュルンベルク公爵はしてはいけないことをしてしまった。反乱軍で十分であろう?』


 テレーゼは魔導通信機越しに、アルフォンスや自分に味方する貴族たちに向かってそう言い放ったそうだ。

 アルフォンスが、昨日俺に教えてくれた。




「反乱軍はまずひと当てして、この野戦陣地を落とさずとも士気をあげて戦況を優勢にしようとするはず」


 反乱軍の方が戦力は大きいが、如何せん反乱軍なので、仕方なく従っている者たちが多い。

 なのでここで一度戦いで勝利し、そういう連中を一気に反乱軍側から引き剝がしたい意図がある。

 アルフォンスは、さほど遠くない時期に最初の攻勢があると予想していた。


「逆に負けると、向こうの士気が落ちませんか?」


「負けるとは思っていないのであろうな」


「なるほど」


 ミズホ上級伯爵とも話をしながら、俺は夕方まで野戦陣地の構築に尽力する。

 ほどよく魔力も消費したので、俺は自分の家に戻った。

 自分でカットした石材で造った石造りの家は急造にしてはよくできており、内部もカタリーナに魔法の練習代わりに仕上げさせたり、室内には持参した魔道具を置いているので快適な生活を送れるようになっていた。

 料理なども、エリーゼたちが交代で作っているので問題ない。


「エリーゼさん、私の分もお願いします。大盛りで」


 なぜか、この野戦陣地と派遣軍の責任者であるアルフォンスもテーブルに座ってうちの飯を待っていた。

 まあ、別にいいけど。


「我が友よ、なぜうちに?」


「単純に飽きたから」


 フィリップ公爵家の家訓で、戦時にはみんなで同じ食事をとるというルールが存在するらしい。

 俺たちは傭兵扱いで、食材から調味料、料理人まで自前なので問題はないのだが、アルフォンスたちは毎日同じ食事を食べ続けないといけないのだそうだ。


「ライ麦パン、ジャガイモを蒸かしたもの、ザワークラウト、ベーコンかソーセージが入った野菜のスープ。あとは、非番時にカップ一杯のアクアビット。さすがに三日も続くと飽きる」


「ミズホ伯国は?」


「あそこは特殊だから。独自に補給部隊を運用しているから文句も言えないしね」


 ご飯を炊いて、漬け物、梅干、味噌汁に魚や肉も普通に出ている。

 どこから見ても和食そのものだが、魔道具の製造技術が高いミズホ伯国なので金はあり、大規模な補給部隊を運用しているので問題はないみたいだ。


「ミズホの陣地に行けば、変わったものが食べられるぞ。美味しいし」


「それももの凄く食べたいけど、私がミズホ伯国の陣地に行くと表敬訪問扱いになって面倒だから」


 俺たちは傭兵扱いなので、逆に応対が簡単だから、陣地に行けば美味しいミズホ料理がすぐに食べられた。

 ミズホ料理はほぼ和食なので、俺にとっては美味しい食事であったのだ。


「そんなわけで、私はここでご馳走になることにしたんだ。気軽に訪れることができるから」


 アルフォンスは何食わぬ顔で導師とブランタークさんの間の席に座り、エリーゼが作ったシチューを食べていた。


「我が友の奥方たちは、とても料理が上手だね」


「冒険者もしているから、自炊ができないと不便なんだ」


「なるほど……。そうやって我が主君を避けていると?」


 それが原因なわけがない。

 ただ、他国の公爵様など嫁にしても面倒でしかないからだ。


「アルフォンスが貰ってあげれば?」


 従兄で力量もあるので、十分にその資格はあると思うのだ。


「私とテレーゼは幼馴染同士で仲がいい。だが、そういう関係でもないんだよなぁ……。それに、妨害も大きかった」


 もしアルフォンスとテレーゼが結婚すると、兄の子供たちに継承の芽が完全になくなる。

 妨害が激しいのだろう。

 強行すれば結婚できたかもしれないが、そのせいでフィリップ公爵家が割れることを、アルフォンスもテレーゼも恐れた。

 そんなところか?


「帝国の内乱が終わったら、テレーゼ様とアルフォンスが結婚できるようになると思う」


「できるだろうけど、これまた色々と面倒なんだよ」


 内乱に勝利したテレーゼが次期皇帝になると、自然とフィリップ公爵位は彼女の甥たちに譲られる予定となっている。

 だからこそ、テレーゼの兄たちは諸侯軍の招集や補給で手を貸してくれているのであり、下手にアルフォンスとテレーゼが結婚して子供が生まれたら……。


「テレーゼの兄たちと、その支持者たちがザワつくだろうね。今となっては、そんな噂すら立たない方が安全ってわけさ。戦後、私は中央で手伝う必要があるから余計にだね」


 反乱のせいで宮廷内もグチャグチャなはずで、アルフォンスは自分も皇宮に出仕しなければ駄目だろうと予想していた。


「面倒だけど、新しい政権がまた倒れるのもなんだから。テレーゼが皇位を継いで彼女の甥が新フィリップ公爵になると、これの後見もあってね。父親たちがいるけど、肌の色の関係で私も手を貸さないとフィリップ公爵領の政治が動かない。皇宮に出仕した際にテレーゼとそういう噂になると、テレーゼの兄たちは気が気でなくなる」


 新フィリップ公爵となったテレーゼの甥を、『統治に不備あり』などの理由で隠居させ、皇帝命令で自分とアルフォンスの子供を新しいフィリップ公爵にするかもしれない。

 

「……貴族ってのは、想像力に長けているんだな。小説家にでも転職したらどうだ?」


「そんな理由で、私とテレーゼが結婚なんてあり得ないね」


「大変だな、我が友よ」


「こうなれば、メイドのスカートを短くして楽しむしかないかな? ところでエルヴィンを見ないな」


「ああ、エルなら……」


 実は、ハルカから剣術を習っていた。

 剣が好きでお金も持っているエルは、せっかくなのでミズホ刀をコレクションとして入手しようとハルカに相談したのだが……。


『刀と剣はまるで違うものですよ。使わない刀など、可哀想ではありませんか』


 帝国では美術品扱いで集めている人も多いそうなので、適当な刀を紹介して買わせればいいのに、そこで真面目にそう言い放ってしまうのがハルカという少女であった。

 普段も俺たちの護衛に徹しており、エリーゼたちがお茶などに誘っても『任務中ですから』と言って、なかなか参加しないほどの真面目人間なのだ。

 それでも、俺が命令だと言って誘うと参加して、幸せそうな顔をして甘い物を食べている。

 やはり女性なので、甘い物が大好きなようだ。


『じゃあ、刀術を覚えるか』


 そういうわけで、エルは時間が空くとミズホ伯国の陣地に行ってそこで刀を習っていた。

 ミズホ上級伯爵に言わせると、筋はいいらしい。

 

「彼はハルカ君が目当てなのかい? それともミズホ刀?」


「両方でしょう」


 エルは美少女も好きだが、剣や刀も大好きなのだ。

 俺も刀は欲しいと思っているが、自分で使いこなせるようになるとは到底思えなかった。

 ただ、どこかに飾ると格好いいかなって思ったくらいだ。

 

「それで、脈はあるのかい?」


「あるような……。ないような?」

  

 家柄などで問題になるはずはないが、問題はハルカが真面目すぎてエルをどう思っているのか、サッパリわからなかったのだ。

 もう一つ問題があって、それはハルカの兄の存在であった。


「ハルカの兄貴も、抜刀隊にいてね」


 このフジバヤシ家の跡取り兄貴は、ハルカよりも優れた剣士であった。

 しかも、ハルカを異常なまでに可愛がっている。

 主命だから妹が俺たちの護衛役になった件に文句は言わないが、エルがなにかにつけてハルカに話しかけたりしているのが気に入らないらしい。

 おかげでエルは、その兄貴から毎日のように厳しく扱かれていた。

 

「つまり、あの兄貴に勝てれば問題ないわけだ」


 もっとも、性格的に負けず嫌いの面もあるエルからすれば、その兄貴は打倒すべきボス扱いのようだが。


『さすがは、抜刀隊!』 


『この男、思ったよりも強い……』


 剣も刀でも、実戦で人を斬るのには違いない。

 ハルカの兄貴は、自分で思っているよりもエルに対して剣術で優勢でない事実に危機感を募らせていた。


「エルは、そんな青春をしているわけだ」


「我が友は、随分とドライというか……」


「俺はそういう展開にならないもの。武芸はサッパリだし」


「私も、そういうのは苦手かな」


 指揮官としては優れているのだが、アルフォンスの剣の腕前は俺といい勝負であった。 

 好きな女性のために、その兄と剣を交えるという発想が理解できないのであろう。

 どうにか苦労して勝利するか、負けてもその腕前を認められるのなら物語としては素晴らしいのだが、俺やアルフォンスだと瞬殺されてしまうはず。

 共に武芸が苦手だからこそ、そんな話は成立しないとわかってしまうのだ。


「エルの坊主のことはともかく、そろそろ来るよな?」


「もう数日であろうよ」


「導師、それは勘みたいなものですか?」


「ただ帝都バルデッシュからの距離と、行軍の速度からの計算である!」


 導師の鋭い予想に、アルフォンスは感心している。

 自分の考えとほぼ同じだったのであろう。

 ブランタークさんも同様で、二人はバルデッシュ脱出の時に兵士たちを殺してもまったく動じなかった。

 若い頃に、相当な修羅場を切り抜けているので慣れているようだ。

 師匠も、同じだったのかもしれない。


「バウマイスター伯爵殿の活躍に期待しているよ」


「それをわざわざ言いに?」


「そういうにしないと、ここで食事がとりにくいからねぇ。エリーゼさん、シチュ^ーお替り」


 結局アルフォンスは三人前ほどの食事を平らげ、俺が魔法の袋に入れておいた王国産のワインまで貰って本陣に戻って行った。


「いい根性しているわね。アルフォンス様って」


 アルフォンスの図々しさに、イーナは呆れているようだ。


「ああいう人が大将なら、俺たちは傭兵のままで楽できるからな。食事とワイン一本なら安いものさ」


 前線で魔法を行使しないといけないのに、軍勢の管理まで任されたら堪らない。

 こなした仕事に対して現金や物資などで報酬をいただき、戦後の帝国に俺、バウマイスター伯爵の影響が少なくなるようにする。

 それが、余計な面倒を防ぐのにベストな方法なのだから。


「ヴェルは、自由にミズホ伯国で買い物ができれば問題ないんでしょう?」


「そういうことだね」


 ミズホ伯国には、俺が独学で造った醤油や味噌の上位互換種が販売されている。

 食には拘る俺なので、定期的に入手できるようにしたかったのだ。


「醤油のために戦争に?」


「さすがに、それだけじゃないよ」


 ルイーゼの質問を、俺は笑って否定していた。

 この内乱はとにかく終わらせるに限る。

 早く終わるかは不明だが、終わらせないと色々と不都合が多すぎる。

 もし王国が引き摺られて介入などしたら、余計に帝国が荒れてしまうからだ。

 王国とて、費用と手間の割に得るものは少ないはず。

 国内の開発も遅れてしまうし、喜ぶのは一部の人たちだけであろう。


「ですが、あまり安くお仕事を受けるのは……」


 エリーゼは心配しているが、実はもうかなり報酬を得ている。

 食事が終わったので食器が片付けられたテーブルの上に、俺は金と銀のインゴットを魔法の袋から出して積んでいく。


「結構な量があるな。しかしどうやって?」


「廃鉱から拝借してきました」


「テレーゼ様の許可は?」


「当然貰っていますよ」

 

 ブランタークさんと導師に、俺は底意地の悪そうな笑顔を浮かべながら答える。

 このソビット大荒地に点在する廃鉱には、当然最後に帝国で『抽出』と『採集』の魔法が使える魔法使いによって最後のひと絞りが行われる。

 なので地表や地下数十メートルには、まったく使えそうな金属類は残っていない。


 だが、その下はどうであろうか?

 しかも、このソビット大荒地にははマグマ溜まりが地表近くに存在している。

 金は地下のマントルから噴き出してくるので、実際に火山国である日本は黄金の国であった。

 俺はその大量の魔力を使って、地下数百メートルまで『抽出』の範囲を広げたのだ。

 大量の魔力を使うが魔力量を増やす訓練には最適なので、できる限り毎日実行していた。


「これで、テレーゼに報酬を踏み倒されても損はしない」


「さすがに踏み倒さないだろう」


「お義父様が言っていた。死んだ英雄はいい英雄だって」


 あの見た目に反して、エドガー軍務卿は意外と歴史書などを読んでいるらしい。

 義娘であるヴィルマに対し、意外と知的な話をしているのだから。


「あの装置さえぶち壊せば、最悪『瞬間移動』で逃げるから大丈夫」


「わかった、ヴェル様から離れないようにする」


 ヴィルマがそっと俺の膝の上に座る。


「ヴィルマさんの言うことも、あながち間違いではありませんわよ」 


「そうだな。結局、同胞殺しになるわけだし」

 

 カタリーナの指摘に、ブランタークさんも賛成していた。

 俺たちが活躍して功績をあげると、それを恨む帝国人も増えるという寸法だ。


「エッボさんでしたっけ? ああいう方は一定数いますわよ」


 帝都から逃走する際に、敵に足を与えないように他の馬車を破壊したら、とてもうるさかったのを思い出す。


「反乱終了後、報酬をあげたくないから軍令に反したと言って処刑というケースもあり得ます」


 反乱で多くの犠牲が出て不満がある帝国人たちに対し、外国人の傭兵で多くの同胞を殺した俺たちをスケープゴートにする。

 絶対にないとは言えないな。


「テレーゼに限ってそういうことはないと思うけどね。あったら……」


「あったらどうしますか? あなた」


「相応の仕返しをするけどね」


 少し恐ろしい話になってしまったが、そろそろ寝る時間なので寝室へと移動する。

 野戦陣地内に自力で石材を積んで造った家は、丁寧に隙間を塞いだので外の寒い外気が入って来ないので温かい。

 だが、そんなに沢山部屋を造るわけにもいかなかったので、基本的に寝室は二つであった。


「男性部屋と女性部屋ねぇ……」


「貴族として、バウマイスター伯爵には子作りが必須ではあるが……」


 今は戦時なので、避けた方が無難であろう。

 俺も、導師やブランタークさんに聞かれながらする趣味はない。


「ただいま」


「エル、また訓練か?」


「それもあるけど、刀の注文をね」


 エルとハルカは、交代で夜間警備でこの家の警備を他の兵士たちと行っている。

 今日はハルカの番なので、エルは自分が使う刀の注文に行ったそうだ。


「それで、砂鉄を欲しがったのか」


 ミズホ伯国軍の中には、従軍している刀鍛治が十数名存在している。

 彼らは戦闘に使うミズホ刀を打ち、手入れなども丁寧に行う。

 特に魔刀は特殊なメンテナンスが面倒なので、専門の魔道具職人たちと共に毎日忙しいそうだ。


「もの凄く質のいいやつは、ミズホ伯国内で買わないと駄目だけどな」


 戦場で使う分には、ここで打ってもらえる刀で十分だそうだ。

 消耗品扱いなんだろうな。


「魔刀は手に入らないのか?」


「あれはメンテナンスが面倒なんだよ。値段を聞いたら腰が抜けそうだったし」


 鹵獲しても、特殊なメンテナンスをしないと、よくて数週間しか使えないそうだ。

 そして、そのメンテナンス技術は門外不出らしい。

 値段も、魔道具なので恐ろしい価格なのだそうだ。


「エルの坊主がハルカを嫁に貰えば手に入るのか?」


「いやあ、無理じゃないですかね? 手入れのためにミズホ伯国まで出向かないといけませんから」


 エルの言うとおり、そう簡単に入手はできないであろう。

 ミズホ伯国軍の質の優位を支えている技術なのだから。


「ハルカを嫁には貰うつもりなのか」


「ハルカさんには、結婚を約束した男性とかはいないってさ」


 過去の教訓から、今度はそういう話をちゃんとしているらしい。

 ハルカに婚約者はいない……噂の兄がうるさいから?

 

「刀術も覚えて、ハルカさんの兄貴をぶちのめせば……」


 そんなに簡単に行くのかは不明だったが、エルは俺よりも才能はあるはずなので大丈夫であろう。


「ははははっ! 俺の恋は今度こそ成就するのだ!」


「そういうことを言われると、逆に嫌な予感がするのである」


「そんなことはあり得ませんよ」


 エルは、導師の発言を笑いながら否定した。

 その後は四人はベッドで就寝をするのだが、ここで一つ問題が発生した。


「グゴォーーー! ふぬっ! その首を圧し折ってくれようぞ!」


「ギリギリギリリリ!」


「またうるさい……導師は、イビキがうるさいのか、静かなのかわからない」


「クジの当たりハズレみたいなものだな。今回はハズレだ」


 せっかく新婚なので男心としては妻たちと一緒に寝たかったが、女性部屋にはハルカのベッドもあるのでそれもできず、しかも導師はイビキに加えて物騒な寝言が加わり、ブランタークさんは歯ぎりしがうるさかった。

 一緒に寝るようになってから三日間。

 導師は初日と今夜がうるさく、昨晩は静かだった。

 その法則がよくわからん。

 ブランタークさんの歯ぎしりは毎日だけど、正直どっちがマシなんだろう?


「二人と結婚した奥さんは、よく一緒に寝られるよな」


「本当、寝不足になりそうだな」


 俺とエルは、防音のためにかけ布団を被って、なんとか寝ようと懸命に努力を始めるのであった。

 結局すぐに諦めて、自分たちに『睡眠』をかける羽目になってしまったが。 

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