第198話 ミズホ伯国観光(その3)

「人がえらい目に遭っているのだから、助けてくださいよ」




 風呂からあがるとすぐ、俺はブランタークさんと導師に助けてくれなかった件で文句を言う。

 助けてくれても罰は当たらないと思ったからだ。

  

「伯爵様は決して誘惑に負けないって、俺は信じていたから」


「そんな調子のいいことを……」


「実際、大丈夫だっただろう?」


「ギリギリですけどね!」


 それもあるが、ブランタークさんとしては十年前に出会った可愛いテレーゼに強く言うことができないのであろう。

 年齢的に考えても、娘のように思えてしまうのかもしれない。


「某としては、どちらになってもあまり結果が変わらないような気がするのである!」


 フィリップ公爵家に俺の血が入れば、建国以来初の王国による血の侵略に成功したとも言える。

 かなり大げさではあるが、貴族とはそういう風に考える生き物らしい。


「中央の役人貴族共は、前例がなければ『前例がない』と断るのであるが、前例ができてしまえば『前例がある』と言って物事を進めるのである!」


 テレーゼは、クーデター前に進めていた両国間の交易と人の出入りを増やす政策を進めるはず。

 ニュルンベルク公爵に勝利しても内戦で国内が疲弊するので、交易の増大によってそれを補うはずだ。

 民衆や貴族は一部を除けば、そこまで右左の政治思想に拘らない。

 交易によって少しでも金回りがよくなれば、新政権成立後の夢から醒めた彼らを繋ぎ留められるかもしれないのだから。

 もっとも、それで職や利権を奪われて国粋主義に走る者たちが出るのも政治の世界というやつなのだが。


「貴族からしても、娘の嫁ぎ先や息子の婿入り先の選択肢が増えるのは悪くないのである!」

 

 両国の貴族の血が混じった子供が増えれば、それも戦争の抑止力になるかもしれない。

 それを侵略の理由にするのも人間という生き物であったが、将来のことは後世の貴族たちに任せるしかないだろう。


「だからって、人を見捨てないでくださいよ」


「ただなぁ、彼女の誘惑をかわすのは意外と簡単なんだぜ」


「是非聞いておきましょう」


 俺は、ブランタークさんの忠告に耳を傾ける。

 すると、彼は予想外のことを口にするのであった。




「なるほど、そういう手があったか」


「そういう手って?」



 俺は、おっさん二人との話を終えて部屋に戻った。

 俺たちに割り振られている部屋は、六人でも余裕で寝られる広い和室で、この宿では最高級の部屋だそうだ。

 大物商人や貴族が、複数の妻や愛人を連れて楽しむための部屋らしい。

 どうやら俺は、ミズホ上級伯爵にとって上客だと思われているようだ。


「テレーゼの誘惑をかわす手だ」


「それはいいわね」


 早速イーナが飛びついてきた。

 彼女も、『諦めない女』テレーゼに辟易していたのであろう。


「それでどんな手なの?」


「こういう手です」


 俺は素早くイーナの浴衣の帯を引っ張って取る。

 時代劇のように回転はしないし、イーナも『あ~れ~』とは言わなかったが、浴衣の前の部分が全部開いて前の部分がほとんど丸出しになってしまう。

 見えそうで見えない胸が、大変に素晴らしいアングルだ。


「ちょっと! ヴェル」


「答えは、全員で夜の時間を楽しむでした!」


 二十歳で肉感的な色気の漂うテレーゼであったが、彼女には欠点があった。

 未経験の処女なので、そういう現場に堂々と自分も混ざるほど経験と度胸がないのだ。

 耳年増なのであろう。

 だから、彼女が夜に忍び込んで来るのを防ぐには、毎日嫁たちの相手をしていろ。

 この手のことに経験豊富そうな、ブランタークさんらしいアイデアであった。


「この部屋は、そういうことに都合がいい」


 ベットではなく、畳に布団なので、布団を繋げてしまえばすぐに準備は終わってしまうのだ。

 しかもこの布団はかなりの高級品らしく、恐ろしいほどにフカフカで軽かった。

 羽毛布団なのかな?

 これも、そのうち手に入れたいな。

 

「ボクはいいアイデアだと思うな」


「だろう? えいっ!」


「あれぇーーー!」


 すぐに賛同して俺の傍にやって来たルイーゼの浴衣の帯を取ると、ノリがいい彼女はクルクルと回りながらお決まりの声をあげていた。


「それなに?」


「ミズホ式では、こういうシチュエーションもあるんだって」


「なるほど、ヴェル様」


「えいっ!」


「あれぇーーー!」


 若干低音であったが、ヴィルマの浴衣の帯を解くと、彼女もお決まりの声をあげる。

 しかし、ルイーゼはその情報をどこから得たのであろうか?


「にゃはは。面白いね。じゃあ、次はカタリーナね」


「私ですか? 私は恥ずかしいので……」


「駄目駄目。見せつけて、テレーゼ様をかわすという崇高な目的があるんだから」


「逃げられない」

 

 カタリーナは、ノリノリのルイーゼとヴィルマに捕まり、俺の前に引き出される。


「ノリよく行こう! えいっ!」


「あれぇーーー!」


 恥ずかしいと言いながらも、カタリーナもテレーゼの露骨な誘惑に含むものがあったのであろう。

 素直に帯を解かれて、クルクルと回りながらお約束の声をあげていた。


「ところで、これはなんなのですか?」


「ええと。悪代官とそれに襲われる若い娘のプレイ」


 俺は、田舎のお爺さんと子供の頃に見た時代劇から、悪代官が宴会でお酌をしている若い芸者に襲いかかるシーンの説明をした。

 王国や帝国でも、服装は違えど似たようなシチュエーションはありそうだな。


「帯を解かれて、そう都合よくクルクルと回るのですか?」


「このシチュエーションは、ミズホ服でやるのが普通だからなぁ、あとは、帯を解かれたらノリよく回るのがお約束?」


「奥が深いのですね」


 カタリーナは、妙な部分でミズホ文化の奥深さに感心していた。


「しかし、なんでルイーゼは知っていたんだ?」


「これを買ったから」


 町に書籍などを売っている店があったのだが、その中に浮世絵に似た絵も販売されており、ルイーゼは春画に似た未成年お断りの絵を密かに物色していたようだ。

 彼女が開いた春画集のページには、お代官プレイの春画が文章付きで描かれていた。


「前にブライヒレーダー辺境伯様から聞いたんだ。男の人って、飽きる生き物だって」


 だから、変わったシチュエーションで男性を飽きさせないことが肝要だと教わったそうだ。


「あの人は、なにを言うのかと思えば……」


 間違ってはいないけど……。


「そうですね。あなたは私たちの他に……おっと。失言でした。伯爵としての義務に一生懸命応えてくれていますが、子供が生まれるまでは頑張っていただきませんと」


 少しエリーゼが怖い。

 アマーリエ義姉さんとの関係は黙認という形になっていたが、やはりエリーゼからすると面白くないのであろう。

 こんな時に釘を刺されると、余計にドキッとしてしまうな。


「最後は私ですね」


 エリーゼに促されて帯を引っ張ろうとすると、彼女の隣にりもう一人帯を結び直したイーナが現れる。


「ヴェル、さっきはちょっとイマイチだったから、もう一回……」


 顔を赤くさせながらお願いをするイーナは、かなり可愛かった。


「了解だ、えいっ!」


「あーーーれーーー!」


 間違いなく、第三者から見れば『なにが面白いのか?』という状態なのであろうが、俺が楽しくて興奮できれば勝ちなのである。

 テレーゼの横槍を防ぐという大義名分もあり、その夜は六人で貴族らしい夜をすごすのであった。





「うわぁ、凄いなぁ」


「ちょっと、仲居さんが可哀想」


 翌朝、一番早く起きた俺とイーナは布団の上の惨状に絶句していた。

 屋敷でドミニクを絶望に叩き落した悪夢の出来事を、旅の恥はかき捨てとばかりに繰り返してしまった。

 いやはや、『精力回復』魔法とはなかなかに罪深いものである。


「ヴェル、動けない……」


「ヴェル様、エリーゼ様が目を醒まさないから」


 ルイーゼとヴィルマに促されて、俺は治癒魔法を自分も含めて全員にかけていく。

 せっかく使える治癒魔法だが、こういう時にしか使う機会がないのはどうかと思うな。

  

「久しぶりの治癒魔法が、こういう時ってのはどうなんだろう?」


 それだけ、エリーゼが優秀な治癒魔法使いである証拠なのだけど。


「効果があるからいいんじゃないの?」


「ヴェル様、凄い」


 ヴィルマに褒められ、悪い気はしない俺であった。


「カタリーナ、起きて」


「ふぁい……この惨状は……」


 いつものことと言えばそれまでであるが、なまじ環境が変わって新鮮味があったために酷い惨状で、カタリーナも絶句してしまう。


「これは、淑女として見逃せませんわ」


 宿の仲居が布団を降ろしにきて、ドミニクと同じ状態になるのは明白であった。

 カタリーナからすれば、貴族として恥ずかしいと思ってしまうのであろう。


「ヴェンデリンさん」


「『洗浄』くらい覚えなよ」


「私、そういう系統の魔法が苦手ですから」


 裸のまま、胸を張って自慢気に言うことではないと思う。

 ブランタークさんによると、カタリーナは生活に密着した魔法が苦手だそうだ。


「まあいいけど。エリーゼ、起きて」


「はい……」


 治癒魔法をかけてあげながらエリーゼを起こし、布団一式を魔法で『洗浄』してから、朝風呂へと向かう。

 部屋を出ると部屋担当の仲居がいたので、一両小判をチップに渡して部屋の片づけを頼んでいた。

 ほぼ綺麗にしたので、ドミニクのようにはならないはずだ。


「伯爵様、お盛んだったようだな」


 風呂を上がってから、朝食を取るために昨晩宴会をした部屋に入ると、すでにブランタークさんが朝食を食べていた。

 ミズホ式の朝食は、やはり日本の温泉旅館のものとそう違いがなく、俺の期待どおりだ。

 ご飯、味噌汁、焼き魚、お浸し、漬物、納豆、焼き海苔など。

 どれも懐かしいものばかりであった。


「(ミズホ伯国、最高!)」


 急ぎ、ご飯を茶碗によそってもらってから朝食を食べ始める。

 米は南部でも盛んに食べられていたが、味はこちらの方が格段によかった。

 ミズホ伯国があるアキツ盆地は夏が暑く、冬は寒くて温度差が大きい。

 つまり四季がちゃんとあって、それが米の味をよくしているのだ。

 ここは水も綺麗で美味しいから、いい米が採れる条件が整っていた。

 

「もっと大きな茶碗でよそって欲しいのである!」


 俺たちとほぼ同時に入ってきた導師は、ご飯を丼に山盛りよそってもらい、それをかき込むように食べていた。

 相変わらず、もの凄い食欲だ。


「お盛んにした結果、テレーゼ様は乱入して来なかっただろう?」


 ブランタークさんの言うとおりであった。

 あそこに加わるには相当の覚悟と経験が必要で、テレーゼには前者はあったが後者はなかった。

 無念だと思ったのか?

 部屋に入って来たが特になにも言わず、大人しく俺の隣の席に座ってご飯を食べ始めた。


「年下の癖にやってくれるではないか」


「バウマイスター伯爵、ハーレム伝説のスタートですよ」


「言う割には、数は少ないがの」


 色気はあるが、未経験のテレーゼが負け惜しみのように言う。

 それとテレーゼの言うとおりに、貴族の妻が五人ではハーレム扱いされないのも事実であった。

 少なくとも二桁は揃えないと言われないと聞いている。


「五人もいれば十分でしょうに」


「ヴェンデリンほどの身代ならば、最低でももう五人は必要じゃの」


「その時は、王国で探しますから」


「そなた、案外意地悪じゃの」


 朝食が終わると、出発の準備を終えた俺たちは再び馬車でフィリップ公爵領を目指す。


「フィリップ公爵殿、バウマイスター伯爵殿、兵を整えて待っておるぞ」


 ミズホ上級伯爵の見送りを受けて、馬車は北へと走っていく。

 アキツ盆地の北方にある山道を抜ければ、すぐにフィリップ公爵領に入れる。

 地理的に考えても、もうニュルンベルク公爵からの追撃はないはずだ。


「ここでも駄目か……」


「俺もさっき試してみたけど駄目だな」


「我慢できる頭痛ではないのである!」


 『飛翔』で宙に浮こうとするが、頭に激痛が走ってすぐに中止する羽目になった。

 このまま強行すると、激しい頭痛で意識を失うかもしれない。

 北方にまで効果があるとなると、帝国全土はほぼ妨害装置の影響下にあるといっていいであろう。

 下手に帝都バルデッシュで稼動中の装置を解析、量産でもされたら目も当てられない。

 これは、なにがなんでも破壊するしかなかった。

 安寧の生活を得るのは、なかなかに難しい。


「しかし、ニュルンベルク公爵はどうやってその装置を手に入れたのかの?」


「未発見の地下遺跡からでしょうね」


 俺たちだって見つけられたのだから、帝国が見つけられないはずがない。

 古代魔法文明は大陸全土で栄えていたので、どこに地下遺跡があっても不思議ではないのだから。


「戦争になるの。人が沢山死ぬ」


「はい」


 嫌なことではあるが、ここでニュルンベルク公爵を討たなければ戦火が王国にも広がる可能性があった。

 だから俺は、人を殺す戦争に参加することを決めたのだ。

 将来の大を活かすため、今小を殺しておく。

 まさに貴族らしい考え方だ。


「フィリップ公爵の地位は重たいの……」


 そう言いながら俺の肩に身を預けるテレーゼに対し、俺はなにも言えなかった。

 正面にいるエッボはなにか言いたそうであったが、さすがに邪魔をするとテレーゼの不興を買うと思っているのであろう。

 静かに俺を睨んでいた。

 彼は、テレーゼが第一の忠犬君なのだ。


「頼り甲斐のある殿方がいると、妾の負担も少ないのじゃがな」


 憂いの表情を浮かべながら俺の肩にのしかかってくるテレーゼは色っぽかったが、やはりすぐに現実へと引き戻される。

 俺の体が、反対側の隣に座るエリーゼに引き寄せられてしまったからだ。

 

「エリーゼ殿、酷いではないか。ここは、重責に苦しむ妾が憂いを見せてヴェンデリンの気を引く大切なところであるのに」


「そういう露骨な部分が信用できないのです。その前に、ヴェンデリン様は私たちのものですから」

 

 エリーゼがそう言うのと同時に、俺とテレーゼの間にルイーゼが割り込み、ヴィルマが俺の膝の上に座る。 

 さらに、俺の後方に座っていたイーナとカタリーナが背中の部分もガッチリとガードしていた。

 『対テレーゼ防御シフト』とでも命名しようかな、これ。


「テレーゼ様は、同国の貴族からご自由にお選びください」


「まだ見ぬ味方に、きっと好い方がいますよ」


「泥棒猫は感心しないね」


「年齢的に釣り合いが取れない」


「人様のものに手を出すのは感心いたしませんわ」


 テレーゼが現れてから、エリーゼたちのガードは余計固くなっていた。

 微小でも魔法使いとしての素養があって俺に抱かれると魔力が増える可能性があるという秘密もあるので、余計に女性を近付けたくないのであろう。


「ガードが固いの。こうなれば、作戦の話があると偽って……」


「ご一緒にお供させていただきます。従軍神官として」


 エリーゼにピシャリと釘を刺され、テレーゼは残念そうな表情を浮かべる。

 この様子を見ていたエッボは、ホっとしたような顔をしていたが。


「(しかし、人がこんな目に遭っているのに……)」


 ブランタークさんは御者席で警戒に当たっていたのでまだいいが、導師は朝風呂と大量の食事が原因らしく、また目を開けながらイビキをかいて寝ていた。

 そしてエルは、あろうことかハルカと話をしながら楽しそうにしているという。


「(文句は言えないが、なにか理不尽だな……)」


 エルもサボっているわけではなく、テレーゼの家臣たちと交代で馬車の窓から周囲の警戒を続けており、今は規定の休み時間に入っているだけなので、なんの問題もなかったからだ。


「南にある魔の森ですか。一度行ってみたいですね」


「この戦争が終わったら招待しますよ。あそこには、南国の果物が沢山ありまして」


「私。甘い物が大好きなんです」


「チョコレートの材料も取れますから」


「『ちょこれーと』というお菓子は、食料品屋の小父さんから噂だけ聞いています」


「少し差し上げますよ」


「本当ですか! ありがとうございます」


「(あれ? もの凄く上手くいってないか? エルって)」


 テレーゼとエリーゼたちの対立が続き、エルとハルカは楽し気で、導師が目を開けたまま居眠りを続けるなか、馬車は半日ほどで無事にフィリップ公爵領へと到着するのであった。 

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