第197話 ミズホ伯国観光(その2)
「バウマイスター伯爵殿は、ミズホ伯国が気に入られたようだな」
「ええ。だからこれからも、自由に来られるようにしてください」
「帝国との調整もあるが、買い物でお金を落としてくれる分には大歓迎であるよ。ただ現時点では、当事者不在の帝国政府との調整もクソもないがね。内乱が終われば、話はスムーズに進むはずだ」
「新しい帝国政府は、内乱で悪くなった景気をよくして、領民たちの支持を得たいでしょうからね」
「自然と、両国とミズホとの交易と交流は進んでいくであろう。バウマイスター伯爵殿は、理解が早くて助かるな」
夜になり指定された高級宿に向かうと、そこではミズホ上級伯爵が主催する宴会が開かれた。
温泉宿なので、俺たちも宿が準備した浴衣に着替えている。
お風呂は源泉かけ流しの天然温泉で、効能は神経痛とリウマチ。
加えて子宝にも恵まれるという伝承もあるそうで、エリーゼたちも早く入りに行きたいと言っていた。
露天風呂もあり、今日は混浴も可能だそうだ。
まずは食事ということで、畳敷きの宴会場に入ると、お盆に載った数々の料理が並んでいた。
刺身、天ぷら、畜養した牛や豚の肉を味噌で焼いた料理に、一人一人に小さな魚介類の鍋もついている。
前世の社員旅行で温泉宿に行った時に出たメニューの豪華版といった感じだ。
「料理人も欲しいなぁ……」
「外国への人の移動の許可は、帝国政府の領分だからの。現時点ではなんとも言えぬの」
「テレーゼ殿? まあそうだな。ミズホ伯国は高度な自治権を持つ領地だが、他国との外交交渉は帝国政府の許可が必要なのだ」
「やっぱりそうか」
俺とミズホ上級伯爵との会話に、テレーゼも加わってきた。
「まずは、反乱者ニュルンベルク公爵を討ち果たさねば、ヴェンデリンの願いは叶わぬ」
「だろうなとは思った」
もしこのまま運悪く、ニュルンベルク公爵が内乱に勝利して帝国の支配者になったとする。
俺がミズホ人の料理人を求めても、奴は王国への宣戦布告で答えるかもしれないのだから。
「一日も早く内乱を終わらせ、帝国を正常な状態に戻さねば」
「そうだよなぁ」
「早く平穏な日々に戻りたいものじゃ」
俺も一日でも早く、バウマイスター伯爵領でエリーゼたちに綺麗な着物や浴衣を着せたり、腕のいいミズホ人の料理人に美味しいミズホ食を作らせるといった、貴族的な日々を送ってすごしたい。
平和のために、俺はニュルンベルク公爵と彼に組する者たちを討たねばならず、これはまさに矛盾と言っていいだろう。
死後、あの世で地獄行きと言われなければいいけれど、今からそんなことを気にしても意味はないか。
「では、乾杯といこうか」
ミズホ伯国では、あまり格式ばった晩餐会などは行わないらしい。
誰が来ても、こういう形式で宴会を行うそうだ。
「妾は気に入っておるのじゃが、皇帝陛下を床に座らせるのかと騒ぐ者が多くての」
座布団があるのに、帝国中枢では畳は床扱いらしい。
土足厳禁なので俺はそうは思わないのだが、これも文化の違いってやつかな。
「そんな連中に参加されても堅苦しいだけだ。来たくないのであれば来なくて結構。誘った以上は失礼に当たらぬからな」
ミズホ上級伯爵が、隠しもせずに本音を語る。
そのせいか、皇帝のミズホ伯国行幸は行われた試しがないらしい。
半独立国なので特別な警備が必要で面倒臭く、計画がその都度立っては結局消えてしまうのだそうだ。
「選帝侯も同じよな。妾くらいであろう。ここに来たことがあるのは」
熱燗のミズホ酒を飲みながら、テレーゼが続けて語る。
「観光で、ここほど面白い場所は帝国にはないからの」
帝国は多民族国家なのだが、意外と文化的に差異がある地域は少ない。
ここ二千年ほどで、かなり同化されてしまっているからだ。
その中で数少ない独自性を保ち続けるミズホ伯国は、裕福な平民や選帝侯以外の貴族たちから見ても人気の観光スポットであった。
「うちは観光も主産業なのに、今回の戦乱で観光客が目に見えていなくなってしまった。予定を繰り上げて、家に帰るそうだ。予約も次々とキャンセルが入っておるし、まったくあの若き野心家を自称する公爵殿は空気が読めぬ」
ニュルンベルク公爵のせいで実入りが減ってしまったと、ミズホ上級伯爵は愚痴を零した。
今日の宿泊先がこの高級温泉宿になったのも、クーデター騒ぎのせいで富裕層の客が来なくなってしまったかららしい。
普段はなかなか予約が取れない宿だそうだが、確かに俺たち以外の客はいなかった。
この状況では観光どころではないので、当然といえば当然なのだけど。
「戦乱が長引けば、逆に帝国は衰退しますよね?」
「短期的には、どう足掻いても衰退するであろうな。ニュルンベルク公爵には高度で精密な、帝国を発展させる長期計画があるらしいがの。それが正しいのかは妾にもわからぬ」
テレーゼも、ニュルンベルク公爵に対して辛辣であった。
中央集権が強い一つに纏まった帝国など、そう簡単に作れるはずもない。
ニュルンベルク公爵が無茶をすればするほど、帝国が衰退する可能性もあるのだから。
「面倒な人ですね」
「やる気が余っているのであろうな」
宴会とはいえどうしても話す内容は、クーデターや首謀者であるニュルンベルク公爵の話題になってしまう。
だが、じきに話すこともなくなって次第に宴会はお開きになっていく。
「明日は早い。早めに風呂に入って寝るとするかの」
温泉、しかも露天風呂とは前世ぶりである。
子供時代に未開地で岩を掘って張った水を温めて風呂にしたこともあるが、あれは厳密には露天風呂ではない。
ただの野外風呂なので除外することにする。
そもそも、温泉でもなかったし。
「エル、風呂に行くぞ」
「おっ、おう……」
夕食も満喫できた事であるし急ぎ露天風呂に向かおうとするが、誘ったエルの視線がまた上の空であった。
視線の先を見ると、そこには一人の女性が立っている。
「エル、彼女?」
「うん」
これだけで通じてしまうのが、なんと言うべきか。
つまり、エルはまた初めて顔を合わせた女性に一目惚れをしてしまったようだ。
「(あいつは、行く先々で女に惚れるな)」
「(若いのであろう)」
ブランタークさんと導師が小声で話をしていたが、間違いなくまたエルがフラれると思っているようだ。
確かによく見ると、その女性はかなりの美少女であった。
エルには高嶺の花だと、二人は思ったのであろう。
身長は百六十センチほどで、水色の袴下と羽織姿で姿勢よく部屋の隅に立っている。
腰まで伸ばした黒い髪をポニーテール状に纏め、年齢は俺たちとそう変わらないはずだ。
和風女剣士風美少女で、俺はその顔を見てカルラを思い出していた。
それほど似ているわけではないが、雰囲気がよく似ていたのだ。
「ヴェンデリン、彼女が気になるのか?」
「護衛ですか?」
「妾たちは女性が多いからの。ミズホ上級伯爵がつけてくれたのじゃ。見よ、三本刀であろう」
『魔刀』持ちで抜刀隊に所属しているということは、かなりの腕前のはず。
そう、彼女は美少女剣士様だったのだ。
「『抜刀隊』は、基本的に男所帯じゃからの。女性は三名しかおらぬと聞いておる。その三名の中でも、彼女が圧倒的に強いそうじゃ」
テレーゼの説明によれば、彼女は『フィリップ公爵様御一行』を護衛するために明日から同道するそうだ。
まあ、俺たちのことなんだが。
「あの娘は、ハルカ・フジバヤシという名で十六歳だそうじゃ。妾くらいの年齢になれば、なかなかの美女になるであろうな」
雰囲気がカルラに似た和風女剣士美少女なので、エルが惚れるのも仕方がないのかもしれない。
「ヴェンデリンよりも、エルヴィンが惚れたのか?」
「かもしれません」
「悪くない組み合わせじゃの。共に剣を使うし、ハルカ・フジバヤシの実家は小身の陪臣家だそうじゃ。類稀なる剣の才能を持ち、抜刀隊に抜擢されたわけじゃな」
テレーゼ様が語る美少女剣士の情報が耳に入った瞬間、エルの全身に気合がみなぎってきたようだ。
彼女ならば、自分が嫁に貰うことになんの障害もないはず。
それに気がついたエルの目に、再び闘志が燃え始めた。
エルはタフだよなぁ……。
前世でもそうだったが、俺は失恋を引きずるタイプなので、すぐにはそうなれない。
今世では、失恋したことないけど。
「初めまして。私は、バウマイスター伯爵の警護をしているエルヴィン・フォン・アルニムと申します」
脈があるとわかるやいなや、エルは脱兎の如くハルカの元に駆け寄って自己紹介を始めた。
俺の護衛のはずなのに、すでに俺は眼中にも入っていない。
それにしても、なにが『私』だ。
「共に警護で協力する者同士、少し打ち合わせをしましょう」
「打ち合わせねぇ……」
「エルから、『打ち合わせ』なんて単語初めて聞いたよ。そんな難しい言葉を知っていたんだね」
俺たちのことは眼中になくても、ちゃんと護衛の任務を忘れていないのはさすがだけど、女性陣にはただのナンパにしか見えていないようだ。
ルイーゼが代表して、その心の声を代弁した。
「ハルカ・フジバヤシと申します。アルニム様」
「私たちは共に、フィリップ公爵様ご一行を警護する者同士、様なんて付けないでください。あと、親しい人たちは私をエルと呼びます」
「エルさんですか?」
「はいっ! よろしくお願いします。ハルカさん。早速ですが、警備の打ち合わせを。この宿内の警備は万全でしょうが、ミズホ伯国を出れば警戒を強める必要がありますから」
「そうですね」
ハルカという美少女剣士は、かなり真面目な人のようだ。
エルからいきなり名前で呼ばれても、仕事の話が出るとまったく気にしていない。
仕事の打ち合わせが必要だと言われると、素直に彼と話し始めた。
「こんなに真面目なエルって、初めて見たわ」
「俺も」
イーナの指摘に俺も賛同する。
ハルカという美少女がミズホ上級伯爵から大役に抜擢され、真面目に頑張ろうとしているのにエルが気がつき、それをフォローすることで彼女に惚れられようという作戦なのだと思う。
素晴らしい観察眼と作戦だと思うが、悲しいかな、これまでそれがエルの恋愛の成就に結び付いたことは今まで皆無である。
俺たちは、エルを生温かく見守ることにした。
「ところでハルカさんは、フジバヤシ家の長女なのですか?」
「いえ。嫁いだ姉がおりまして、後継ぎの兄もおります」
「そうですか」
途端に、エルの顔に満面の笑みが浮かぶ。
彼女ならば、なんの問題もなく嫁にできると思っているのであろう。
気持ちはわかる。
俺から見ても、そう滅多にはいない美少女であったから。
「(しかし、ここに来て美少女剣士か……)」
しかも彼女、何気にスタイルが良い。
剣を習っているので姿勢がよく、着ているミズホ服の胸の部分はかなり盛り上がっていた。
カタリーナよりも、少し小さいくらいであろうか?
つい女性の胸に視線が行くのは……これは男性の本能なので。
「ハルカさんは、ご趣味などは?」
「えっ? それが警備となにか関係あるのですか?」
「直接は関係ありません。ですが、警備というのは永遠に緊張が続くわけではありません。合間に、共に警備する人間とのコミュニケーションが大切なのです」
「なるほど、そういうことですか。お休みの日には料理などを……」
「なるほど、ハルカさんは剣だけではなくて女性としての嗜みも心得ているのですね」
「そこまでは上手ではありませんけど……」
ハルカは、エルから褒められて満更でもない表情を浮かべている。
もしかすると、あまり男性に免疫がないのかもしれない。
「口説きの経験値が増してきましたわね」
剣の腕は認めるが、基本彼をナンパ野郎だと思っているカタリーナは呆れ顔だ。
ただ、警備に関する発言で間違ったことを言っているわけではない。
これまで、エルは俺に危険がないようにちゃんと護衛役を果たしていたのだから。
「ヴェル、お風呂行こう」
「ヴェル様、お風呂」
「そうだな」
エルとハルカのことは、本人同士に任せておけばいいであろう。
もしハルカという美少女が迷惑だったら、俺はエルの上司として対応すればいい。
世界は違えど、管理職として、部下のセクハラに対しすぐに対応しなければいけないのだから。
今のところそういう感じでもないし、ルイーゼとヴィルマに手を引かれたので、すぐに露天風呂へと移動することにする。
「男性風呂、女性風呂、混浴とございますが」
「男性……」
「混浴で!」
「混浴よ!」
「混浴だね!」
「混浴」
「混浴ですわ」
男性風呂と言おうとした俺を、エリーゼたちが混浴だと言って言葉を被せてきた。
別に俺だって、導師とブランタークさんの裸に興味など一欠片もなかったが、男同士で入った方が気楽だと思っていたのに……。
「お連れ様なら、先程男性風呂の方に行かれましたよ」
従業員の中年女性によれば、二人は急ぎ男性風呂へと向かってしまったらしい。
「混浴でよいではないか。妾も……」
「テレーゼ様、これからは夫婦の時間ですので、ご遠慮を」
混浴と聞いてテレーゼが割り込もうとするが、すかさずエリーゼが釘を刺した。
間違いなく導師とブランタークさんは、これを予想して先に逃げたのであろう。
「バウマイスター伯爵家の貸切でもあるまいて。妾が入ってなにか問題があるのかのぅ?」
「それは……」
「あるではないですか。帝国のフィリップ公爵と、王国のバウマイスター伯爵が同じお風呂に裸で入る。周囲に漏れたら大変ではないですか!」
カタリーナの言ったことは正論であった。
外聞が悪いだけではなく、下手をすると俺とテレーゼが組んで帝国を盗もうとしていると、ニュンベルク公爵から宣伝される可能性があるのだから。
「(テレーゼとの混浴は魅力的だけど……)」
下手をすると、王国側にも懸念を抱かれかねない。
テレーゼに、それに目を瞑ってまでの魅力があるとは俺は思えなかった。
内心ではかなり惜しいとは思いつつであったが。
「大切な大義の前ですので、テレーゼ様はご遠慮くださいませ」
カタリーナからピシャリと言われてしまい、俺たちは混浴風呂へ、テレーゼは諦めて女風呂へと向かったようだ。
「テレーゼ様もしつこいね」
ルイーゼが露天風呂に浸かりながら溜息をつく。
露天風呂は、さすがは高級宿というだけあって豪華で広い造りとなっていた。
六人が岩で囲まれた露天風呂に浸かっても、まだ広さに余裕がある。
周囲は竹垣で覆われていたが、その上から満月と山々の稜線が見えて美しい風景を形作っていた。
隣接する日本庭園風の庭には、獅子脅しもあって定期的に竹の音を鳴り響かせている。
いかにも高級温泉宿といった感じだ。
「もしかすると、テレーゼ様は魔力の増加を狙って…」
「ルイーゼ、しっ!」
イーナが慌ててルイーゼの発言を止める。
すでに魔力量が限界を迎えていたはずの五人の魔力が上がり、しかもその原因が俺との夜の生活かもしれないという事実は秘密であった。
同じくそういうことをしているアマーリエ義姉さんには元から魔法使いの素養がなかったようで、一切魔力は増えていない。
だが、初級以下ながらも、無意識に魔力を行使して槍や戦斧を使っていたイーナとヴィルマの魔力は増えている。
ブランタークさんの予想によると、これまでは数千人に一人と認識されている魔法使いの数が、数百人に一人になる可能性を秘めているそうだ。
『ただし、伯爵様とシタ場合な』
修練や器合わせで魔力量の限界を迎えたはずのエリーゼ、ルイーゼ、カタリーナの魔力量も増えている。
もしこれが世間に知られれば、俺の元に大量の女性が押しかけるであろう。
『へへへっ、五十年ぶりの殿方との逢瀬ではあるが、これで魔力も増えるのだからご褒美よの』
『ほんに、楽しみよの』
八十歳超えの老婆魔法使いなどが、俺に抱かれようと押し寄せてくる。
これはもう、完全に悪夢としか思えない。
それでもまだ女性ならばいい。
『ウッス! 俺の魔力を上げて欲しいっす!』
男が尻を差し出した日には、俺は確実に発狂するであろう。
教会ではタブー視されているが、魔法使いが増える、魔力量が限界を超えて上がるという魅力の前に、儀式扱いして教会が黙認する可能性だってあるのだから。
ルイーゼが秘密を口に出そうとしたのをイーナが止めたのは、ナイスタイミングだったと思う。
「ルイーゼ、口が軽いわよ。ここには、目と耳があるのだから」
「確かに失言だね」
ミズホ伯国としては、俺たちになにかがあると困るのであろう。
『探知』で探ると、周囲には護衛をする人たちの反応を感じた。
しっかりと護衛されているようだな。
「(もしかすると、『ニンジャ』とかいるのかな?)」
「覗き?」
たとえ警備目的でも、もしかすると裸を見られたのでは?
そう感じたヴィルマが身構える。
「大丈夫だよ、ヴィルマ。全員女の人だから」
「よくわかるな……」
『では、クノイチなのか?』という考えよりも、ルイーゼの『超探知』の方が気になってしまう。
「男性と女性って、微妙に魔力に違いがあるんだよ」
「それは知っているけど……」
子供の頃に師匠から教わっているが、実際に男女をを見分けられる者などほとんど存在しないと教わっていたからだ。
師匠やブランタークさんでも不可能だと言っていた。
二人は一度魔力を覚えた個人の特定は可能だが、初見の魔力だけで、それが男子か女子かを見分ける技はルイーゼだけの特技であった。
「ルイーゼは凄い。今度、教えて」
ヴィルマは素直に感動していた。
「最近、ますます凄くなってきたな」
もはや導師ともタメを張れそうな能力に、俺は驚きを隠せないでいた。
「でも、最近になって魔力が上がってからだよ。同時に、魔力の探知能力が上がったような気がするんだ」
「その気になれば、独自に爵位を得られそうですわね」
カタリーナも、ルイーゼの実力に太鼓判を押す。
「いらない。領地の運営とか面倒そうだし。ボクはヴェルの奥さんのままで、まだ見ぬ子供たちと共に魔闘流を世間に広めるのさ」
「ヴェンデリンさんとルイーゼさんの子供ですか……。私たちの魔力が増えた点も合わせて、もしかしたら……」
導師のような子供が生まれるかもしれない。
カタリーナは、そんな風に予想したらしい。
「お話を戻しましょうか。素晴らしい露天風呂ですね」
確かに、この話も他人に聞かれると面倒である。
エリーゼの言うとおり、話題を露天風呂の方に戻した。
「定期的に来たくなるな」
「今度は、ゆっくりと何泊かしたいですね」
そう微笑みながら話しかけてくるエリーゼであったが、さすがはエリーゼ。
その胸は、湯船にトプンと浮いている。
結婚後に一緒に風呂に入った時から気がついていた……。
いや、元々知識で胸は脂肪だから浮きやすいとは知っていたけど、実際に見ると感動するというか。
「(素晴らしい光景だな)」
カタリーナの胸も浮いているし、イーナとヴィルマの胸はお湯を通して見ると、直接見るのとは違ってまたオツである。
きっとこれは、嫌な人殺しまでして生き残った俺に対する神様からのご褒美なのであろう。
罪悪感がなくもないが、あまり気にしているとこの世界では生き残れない。
そう割り切ることにしようと思えてくる。
「ぶぅーーー! ボクの胸はこれはこれで個性なんだぁーーー!」
一番胸がないルイーゼが俺の背中に飛びついてくる。
さすがに十二歳の頃からは少し成長していたが、やはりルイーゼの胸はAカップであった。
「そうだな、個性だな。俺は好きだよ、ルイーゼの胸」
背中にルイーゼの微乳を感じながら、スケベ親父のようなことを言ってみる。
中身の年齢から考えると、そうおかしくないのだが。
「そうでしょう。ボクの胸は希少価値なんだよ。それに誰とは言わないけど、ボクは嫁き遅れてないしね」
「おいおい……」
誰のことかと言えば、勿論二十歳でいまだ独身なあの人のことであろう。
「ほう、誰が嫁き遅れなのか? 是非とも妾に教えて欲しいものじゃな」
しかし、ルイーゼもなかなかに意地が悪い。
度々俺にちょっかいをかけてくるテレーゼがこの混浴風呂に入って来たことを『探知』しつつも、わざと気がつかないフリをして嫌味を言うのだから。
ルイーゼの実力から考えて、大分前からテレーゼの気配に気がついていたはず。
「(おいおい、ルイーゼ)」
「(女性の気配には気がついたんだけど、テレーゼ様とは思わなかったよ)」
「(嘘つけ)」
などど言い訳をしているが、間違いなく嘘であろう。
彼女は、もうとっくにテレーゼの魔力を覚えているはずだからだ。
「あの……テレーゼ様?」
さすがに、テレーゼに裸で入って来られると困るんだが……。
「安心せい。初心なヴェンデリンのために、湯着を着てきたぞえ」
さすがは観光地の温泉。
他人と裸で風呂に入る風習がない観光客のために、湯着まで用意しているとは。
テレーゼは白い湯着姿であった。
「共に命をかけて戦う戦友同士になるのでな。こういうつき合いも必要であろう?」
そう言いながら湯船に入るが、元々湯着は薄くて体のラインが出やすい上に、お湯でテレーゼの体に張り付いて乳首などが透けていた。
俺は慌てて彼女の体から視線を逸らす。
「テレーゼ様、高貴な身分の女性がはしたないと思いますが」
「エリーゼ殿は裸ではないか」
「夫婦が一緒にお風呂に入って、なにか不都合がありますか?」
「ないの、早く子ができるかもしれぬから、かえって好ましいの」
エリーゼからの攻撃を、テレーゼは前と同じようにのらりくらりとかわしていた。
さすがは選帝侯にして、次期皇帝候補でもある。
「妾はふと思うたのじゃが、妾がヴェンデリンと結婚すれば、このエリーゼ殿との不毛な言い争いは消えるの。それなれば、平和じゃな」
「いや、俺の立場と胃袋が常に戦時に曝されます」
間違いなく、両国から要注意人物にされてしまう。
それだけは御免被りたかった。
テレーゼは魅力的な女性ではあるが、年上属性はアマーリエ義姉さんがいるのでもう必要ないのだ。
「テレーゼ様は、これから集める貴族たちに餌を与えないといけないでしょう」
イーナの言うとおりである。
新皇帝アーカート十七世と他の選帝侯たちの生存を確認できない以上、反逆者ニュルンベルク公爵を倒そうとしているテレーゼこそが次期皇帝候補の最有力者なのだから。
「妾の婿になれるかもと言って仲間を集める。常套手段なので勿論使わせてもらうが、絶対に誰かを婿にするという保証もないのでな」
「では、テレーゼ様は独身を貫くのですか?」
「女帝の夫君は、扱いが面倒での」
帝国でも男尊女卑の気風が強く、下手をすると女帝による統治の邪魔にしかならない。
これまでにも女帝は皇帝候補にはなったが、実際に即位した例はゼロであった。
必ずこの問題で躓くので、皇帝選挙で勝てないのだそうだ。
「外戚の扱いも面倒じゃ。だからの」
俺の隣で湯に浸かっていたテレーゼは、俺の腕にしがみ付いてくる。
二の腕に感じる豊満な胸の感触が素晴らしい。
ではなくて、これでは俺が湯船から上がれなくなってしまうではないか。
「たまに妾に子種を提供するだけでいいぞ。ただそれだけでは色気もないので、夫婦の時間も楽しもうではないか」
「いや、それは……」
「いい加減にしてください! ヴェンデリン様が困っているではありませんか!」
怒ったエリーゼが俺をこちらに引き寄せ、テレーゼは俺と引き離されてしまう。
今度は、エリーゼの胸の感触が二の腕に当たってくる。
俺の股間は……湯船からあがれません。
「困っておるのかは、ヴェンデリン自身が決めることじゃの。のう、ヴェンデリンよ」
ここで怒って傭兵としての仕事を放棄してもいいのだが、次第にニュルンベルク公爵の危険な思想が公になってくると、彼に勝たせるわけにはいかなくなった。
そもそも彼は、俺を異常なまでに敵視しているというのもある。
さらに将来、フィリップ公爵領とミズホ伯国を滅ぼした帝国がニュルンベルク公爵の下で一つに纏まり、王国に敵対してくる可能性が高かった。
下手をすると、国内を纏めるためにわざと準戦時状態に持っていく可能性もある。
内戦で疲弊して不満が多い民衆や貴族たちにわかりやすい敵を作ってやり、国内での自分の支持を増やしつつ、彼らを戦争に駆り立てるのは、どの世界やどの国でもよくあることだ。
戦争にならなくても、両国が軍事的に緊張した状態が続けば、王国全体の経済や未開地の開発状況に影響が出るであろう。
王国貴族としての俺は、テレーゼに勝ってもらわなければいけないのだ。
彼女はそれを見通しているだけでなく、もし自分が皇帝になった時に備え、支持基盤の強化にも乗り出している。
外戚の専横を防ぐため、あえて外国貴族である俺の子を産もうとしている。
もしその子が次の皇帝になってもならなくても、帝国に親王国派という派閥の源流が生まれるわけだ。
テレーゼはそれを利用して、自分の子孫を守ろうとしているのかもしれない。
「ヴェンデリンが望めば、この湯着を脱いでも構わぬぞ。見てみたいのではないか?」
「それは勿論……じゃなかった! いえ、結構ですから!」
「そう言わずに」
「テレーゼ様、無理強いはよくないと思います!」
「ヴェルを守るわよ!」
「おう!」
「ルイーゼさん、どうしてヴェンデリンさんにおぶさるのです?」
「テレーゼ様が、その大きな胸の感触をヴェルの背中に感じさせる作戦を防ぐためさ」
「あり得そう……なのが怖いですね」
「ヴェル様の前を取った」
「私も!」
俺を誘惑するテレーゼと、それをけん制するため、俺の両腕を取るエリーゼとカタリーナ、背中にしがみつくルイーゼ、胸と背中を密着させ、前を守るヴィルマとイーナにと。
男子からすれば夢のようなシチュエーションなのであろうが、そのせいで俺は露天風呂自体をあまり楽しめず、揚句の果てに大切な部分が治まるまで長湯をしてしまい、逆上せかけてしまうのであった。
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